22.勝利の後に
監督に注意を受けたあとは冷静になって試合を見届けた。
赤木の怪我も、流川の活躍による逆転も冷静に記録していく。
ベンチに戻ってくる選手にタオルやドリンクを渡す時も、データを確認するときも冷静に。
一緒に戦いたい、でも私は点は取れないから。 ただ、ひたすら選手を信じてサポートするだけだ。 そう貫いていただのが、一つのシーンで、ガタンと音を立てて立ち上がってしまった。
桜木のダンクシュートに吹っ飛ばされ、牧が倒れる。
「……き、清田君っ……!」
笛が鳴った後に近くにいた清田を慌てて呼ぶ。
「!は、はい!」
そしての指示を受けたあと、すぐに牧に駆け寄った。
「牧さん!大丈夫っすか!」
「ああ……。」
「肩、動かせますか!?えっと、鎖骨!」
「!」
肩から落ちたのを見て、すぐに傷害の心配を清田がしてくれるというのが意外で驚くが、問題なく動かして見せると、少し悩んだ後にベンチに視線を向けた。
その方向を見ると、が心配そうにこちらを見ている。
視線が合うともう一度動かしてみせて、問題ない、という意味を込めて手を軽く挙げた。
なるほど、の指示で確認しにきたはいいが大丈夫なのか大丈夫じゃないのかまでは清田は分からなかったか。
がほっと安心した表情を見せると、清田も安心したようだった。
「…………。」
そして決着がつく。 激戦は、海南大付属の勝利で終わった。
清田がベンチに戻ると、すぐにが声をかける。
「清田君、指大丈夫?」
「え……」
「三井さんのスリーポイント……」
「あ、ああ、はい、えっと……」
清田がに手を見せる。出血する爪を見て一瞬目を丸くしたが、すぐに救急箱を用意する。
「控室に戻ってからでも大丈夫ですけど……良く見えましたね?」
「三井さんがあのフォームで放ってシュート外したこと見たことないから。」
「!」
三井さんへの信用か……!と口を尖らせたくなるのを我慢しながら、手当てするをじっと見る。
処置が終わって、手が離されたときにハッとする。
「こ、このくらい自分で出来ます!」
「え。もう終わったけど。」
「ありがとうございます!」
すぐには牧へ視線を移す。
かなり衝突が多かった試合だが、いつもと変わらない調子のようで、声をかけるなら控室でいいだろうと判断する。
片付けをする間にちらりと湘北を見る。
下を向く桜木に三井が視線を向けていた。
彩子と目が合うと手を振られたので、も振り返す。
「……。」
湘北、良いチームだな。
沢北さんにも自信もって紹介できるよ。
控室に戻り、着替える選手に監督が労いの言葉をかける。
それを耳に入れながら、も片付けを進めていた。
「ふう……。」
「牧さん!」
汗を綺麗に拭き終わって、一息ついた牧が近くのベンチに座る。
「お疲れ様でした。」
「ああ。お前もな。……なあ、。」
「はい?」
「思い出したんだが……昨日、仙道が来て、お前の話途中になっただろう。あれは……。」
「はい~~~!!!???イヤソノ何ですかねあの、大したことないっていうか!!!」
「え。そ、そうだったか?」
「えっと、牧さんのこと、ずっと、尊敬してるって、感じでした……。その、ただの先輩とか思ってませんっていうか……。」
「そうだったのか。ありがとな。」
急な問いかけに挙動不審なまま答えて冷や汗をかく。
心臓に悪いからやめてほしい……と思いながら、牧の姿を見つめた。
「……。」
「!」
一度は部員に視線を向けた牧だったが、じいっと真剣な顔でに見つめられて、またに視線を戻した。
「……なんだ?」
見つめているのは顔のようで、桜木に言われてしまったことを思い出してしまう。 あの時は傷ついて話をあまり聞いていなかったが、はフォローしてくれていた気がする。
改めて見るとフケてますねと言われたらどうしようと牧の動きが止まる。
「……牧さん……。」
は、確かに牧さんは大人っぽい、でも見る人によってはフケてると受け取られてしまうなんて……と考えていた。
でもいつもより幼く見えた時があった気がする、そうだ、ホテルに泊まった時だ。
「……。」
「!!」
が牧の髪に手を伸ばす。 わしゃわしゃと、試合後で崩れた牧の髪型を更に崩す。
「な……?」
「牧さん、前髪下ろしたら可愛いです!!」
嬉しそうに声を上げたに反応して、部員達も視線を向ける。
「あ、確かに若返……いつもより、高校生らしく見えますよ。」
神も言葉を選んで牧に声をかける。
「そ、そうか……?」
牧はそれよりも、仲間の頭を撫でることはあってもなかなか撫でられる経験がなかったので、の不意打ちに動揺していた。
「……髪型か。ちょっと……変えてみるか。」
「はい!!」
部員達は二人の様子からなんとなく察した。 牧ももコンプレックスがあるから、お互い放っておけないし真剣に改善方法を考えてしまうのだろう。
そんなお互いの言葉だから、素直に受け止められるのだろう。
「……あ、牧さん。」
「ん?」
「やっぱり、ちょっと、内出血してますね。肩。」
「大したことない。」
「ちょっと圧迫しておくだけでも治り違いますよ?軽くテーピング貼りましょう。」
「……しかしもうすぐ集合時間に……。」
「大丈夫ですよ~!俺たちが帰る準備しますし!牧さんとさんはゆっくりどうぞ!!」
躊躇う牧に、清田が元気に声をかける。
「そうですよ。牧さんに手当するなんてなかなかないもんねえ、。」
「あはは。確かに貴重な機会かも。なかなか怪我しませんもんね。」
会話を聞いていた高頭監督も、牧とに笑いかける。
「怪我をされたら困るがな。今日は甘えたらどうだ?牧。」
「は、はあ……。じゃあ……。帰る準備、任せていいか?高砂。」
「もちろんだ。」
「俺も手伝うし~。」
武藤もさっさと着替えて荷物をまとめて控え室を出て行ってしまった。
すでに外で待っている後輩の元へ向かったのだろう。 高砂はてきぱきと部員に指示を出して、控え室からどんどん荷物が運ばれてく。
「テーピングどれ使う?」
神がテーピングの入った鞄を持つことになったようで、牧に使用する分をに尋ねる。
「あ、じゃあこれだけ……。あとはお願いします。」
「うん。外で待ってる。」
軽いテーピングだからそんなに時間もかからず終わるだろう、一緒に出れるだろうと思っていたのに、試合慣れもあってか、皆、動き出したら早かった。
あっという間に片付け終わって、牧との二人になってしまう。
「……あれ?こんな残ってまで大げさに手当するつもりはなかったんですが……。」
「はは。まあいいだろ。」
牧の隣に座って、内出血の広さを確認する。 そしてテーピングを切り始めた。
「吹っ飛ばされるなんて久々だったよ。」
「私、初めて見ました。」
「そうだな……。昨年の全国でも倒されることはなかったからな。……情けないと思ったか?」
「え!?思いませんよ!!むしろ桜木君のパワーが凄すぎて……!」
「そうか。……確かにな。」
「そうですよ!牧さんに何かあったらどうしようと思って……!びっくりしたのはそれですから!情けないなんて一瞬でも思ってないです……。」
ぺたりとテーピングを貼っていくと、牧がじっとの手つきを見つめ始めた。 チェックされているのかなと思ったが、あまりに穏やかに微笑んでいるので、普通に感謝してくれているのだろうか……?と考えてしまった。
「俺の心配して、清田に指示してくれただろう。」
「もちろん!」
「……頼もしいな。」
「当然ですよ!!」
そう言ってくれるのは嬉しいが、むしろ心配しないマネージャーってどんなマネージャーなの!?と、動揺してしまう。
牧は優しいから、そう言わずにはいられないのだろうが。
「……はい!出来ました~!適当なタイミングで外してくださいね~。」
「ああ。ありがとう……。」
テーピングを確認したあと、すぐに控え室を出るかと思ったが、ベンチに座ったまま動かなかった。
「?」
はあまり気にせず、自分の荷物を持って早く出なきゃと立ち上がろうとしたが、牧に腕を掴まれる。
「どうしました?」
「……インターハイ出場を決めたら、お前に言おうと思ってたことがある。」
「え?」
まだ予選が終わっていないタイミングで牧がそんなことを言い出すのがあまりに意外だった。
今年も行けるだろう、なんて、予測で動くような人ではない。
確実に手にしてからそういうことは言うだろうと、内容よりも、そんなことを言い出す牧の行動が不思議すぎて首を傾げた。
「でも、今言いたくなった。いいか?」
「そこまで聞いたら聞きたくなりますよ~?なんですか?」
あまり身構えずに聞き返してしまった。 じゃあ、インターハイには直接関係のない話だろうか?としか考えなかった。
にこりと笑顔を向けると、牧も笑ってくれた。
そして、意味を噛み締めるように、ゆっくり言葉を口に出した。
「……海南大附属バスケ部の、マネージャーになってくれてありがとう。」
5秒ほどの沈黙が流れた。
「……ん?」
そんなに変なことは言っていないはずだが、は驚いた顔をして硬直してしまった。
「…………。」
やはりこういうことはインターハイ出場を決めて、打ち上げの場で呼び出して……とかいう方が良かっただろうか、と冷や汗をかく。
脳内で藤真が、お前はほんとに空気読めねえな!!!!と勝手に叱責する姿を想像してしまう。
「…………っ!!」
「ん!?」
何か言わねばと思ったところに、がポロリと涙を零した。
「え……。」
どんな反応をくれるかというのは特に想像はしていなかったが、泣くとは想像していなさすぎて、狼狽えてしまう。
「……。」
掴んでいた腕を離すと、は顔に手を当てて、ボロボロ出てくる涙を必死に止めようと目頭を押さえたり、涙を拭ったりする。
「ま、牧さんが、いきなり……そんなこと言う、から……。」
「すまない……。今日はいつもより、お前の有り難みを感じてしまって、つい……。」
そっと肩に手を乗せる。
「う、うれしくて……!!で、でも何で今……!」
「泣くとは思わなくてな……。」
「そ、外で、みんな、待ってますのに!!……私、これ、泣き顔……!」
涙がなかなか止まらないようで、おろおろしながら拭くものを手探りで探す。
牧が自分のタオルを差し出してきたが、受け取るのも使うのも躊躇われた。
「……大丈夫か?深呼吸してみろ。」
「は、はいい……。」
遠慮するを察して、ぽふっと、の目の上を、牧がタオルで包む。
「わ、私……。」
「おう。」
「役に、立ててますか……?」
「ああ。」
「牧さんの役に、立ててますか……?」
「十分立ってる!……でも役に立つという言い方は嫌だ。仲間なんだから。」
「あ、す、すいませ……。」
「お前が、海南バスケ部を選んでくれたことを、俺は本当に感謝してる。」
「うううううう~~~~~……。」
「あ……。」
更に泣き出してしまい、牧が慌てる。 泣き止むよう慰めるよりも、もう後から帰ったほうが良い気がしてくる。
「……少し、一人で待てるか?皆に先帰って貰うよう頼んでくる。監督にも俺から説明する。」
「う……。」
「後から……落ち着いたら、一緒に帰ろう。」
「は、はい……。」
タオルをずらして、申し訳なさそうな目をして牧を見上げる。
「牧さん……ありがとうございます……。」
「……っ!」
それはだめだろう、と思う。 献身してくれる相手に感謝を伝えたら、泣くほど喜んでくれて。
上目遣いで、潤む瞳を向けてきて。
「……。」
「?」
頬に添えられる手を警戒することもなく大人しくしている。 外からバタバタと足音が聞こえてきてはっとする。
から手を引っ込めた次の瞬間にドアが開く。
「牧さん、、もう少しかか……る……?」
声をかけながらドアを開けるのは神だった。 それにほっとして、神にも協力を頼もうと視線を向けると、また予想外に目を見開いて驚く神の表情に言葉が詰まる。
「神……。」
そう声をかけるより早く、神は足早に二人に近づいて腕を伸ばした。 の体に腕を回して抱き寄せるように引っ張って、牧と距離を取る。
「何してるんですか!?」
「神!誤解だ!!」
その態度にショックを受けてしまったが、客観的にみたらそうかもしれない、と思い直す。 俺が、を泣かせるようなことをしてしまったんだろうと、そう見えるのかもしれない。
「どうしたの?大丈夫?」
「だ、大丈夫!!ごめ、ごめん神くん!!牧さんは何も悪くないんだよ!!私が涙腺弱いから……!!」
牧から引き剥がされたも、困惑した表情をしながら、必死に神の誤解を解こうと声をかける。
「牧さんが……!あ、改めて、あの、ありがとうって言ってくれたから……うれしくて……。」
「えっ?」
そんなことでこんなに泣いてるの?と、きょとんとした表情をしたところで、神もはっと我に返る。
牧との表情を交互に見て、困ったような笑みを浮かべた。
「あ、す、すみません……。そうですよね、牧さんがに酷いこととか、するわけ無いって、わかってたはずなんですけど……。」
「いや……。この状況でが泣いてたら俺を疑うだろう。神は間違ってない。」
「そんな……!」
は今度は違った理由で泣きたくなっていた。
自分が泣いていたせいで、牧と神の間に妙な空気が流れてしまった。
次は強敵である陵南戦が控えているのに。
いや、試合があろうとなかろうと、関係が気まづくなるのは嫌なのに。
おどおどと、眉をハの字にして動揺するを視界に入れて、牧は落ち着けと自分に言い聞かせた。
「俺たちを待っている状況か、外は。」
「!あ、そ、そう、です。」
「俺が声を掛けてくる。……は、涙は引っ込んだようだが……泣いてたというのはばれる顔だしな。神はここにいてくれ。」
「あ、あの。」
「すぐ戻ってくる。俺たちは三人で後から戻ろう。」
そう早口に言うと、牧は控え室を出て行ってしまった。 残された神とは顔を見合わせた。
「……ごめん。俺、牧さんのこと、疑って……。」
「落ち込まないで神君!私のこと、心配してくれたんだもんね……。ありがと……ごめんね。」
「も、気にしないで。俺、ちゃんと牧さんに謝るし。尊敬してる牧さんだから……余計、びっくりしちゃったのかな……。」
「う、うん!そうだよ!!牧さんがデリカシーないこと言って私泣かせたんだろうって思っちゃったんでしょ!?牧さんたまに天然だから!」
「!」
が必死に、笑えるような話に持っていこうとしているのが口調から分かって、神はくすりと笑う。
「ああ、そうかも!」
「そうだよ……!」
「もう、本当にびっくりしたよ……。嬉し泣きだったんだね?」
「うん。牧さんがね、海南のマネージャーになってくれてありがとうって、しみじみ言ってくれたから……。」
「なんでこのタイミングで……。」
動揺する気持ちが落ち着いてきて、牧ともちゃんと話せそうだとひと安心する。
そうか。 牧さんがそんなこと言ったんだ。 それだけ、だったんだ。
「……ちょっと、トイレ行ってくる。牧さん戻ってきたらそう伝えて。」
「うん、待ってるね。」
は控え室を出る神を見送りながら、手元は鞄から鏡とポーチを出していた。
泣き顔を誤魔化せるように軽く化粧でもするのかもしれない。
神はトイレに向かわず、柱の影の通路からは死角になる場所に身を隠した。
気持ちは落ち着いてきたものの、先ほどの驚きを思い出すと動悸が激しくなる。
本当は牧さんがに酷いことをして泣かせたんだなんて思わなかった。
嬉しそうに牧さんを見つめるの様子に一番に気づいたんだ。
体が勝手に、を牧さんから奪うように動いてしまった。
そのあとは、帳尻合わせの演技をしてしまった。 牧さんがを傷つけて泣かせたんだと、勘違いする演技。
それ以外どうしたらいいか分からなかったんだ。 怖かったんだ。 どちらかが告白して、両思いになってしまったんじゃないかと思ったら怖かったんだ。
あの空気を壊すしか、やることが思いつかなかったんだ。
「……二番でいいんじゃなかったのかよ……。」
情けなくて項垂れる。
「信長にあんなにはっきり言っておいて、俺は結局……。」
牧さんとが結ばれるのを、素直に祝福できるほどの余裕はなくて。
「……………情けな……。」
監督に事情を話してすぐに戻ろうと会場の廊下を早足で歩く。
「あ、牧くん!」
「!相田さん……。」
今は話している場合ではないが、立ち止まって礼をする。
「ちょっとだけいい?」
「すみません、部員を待たせていて。」
「少し!3分!はい!」
相田が一冊の雑誌を差し出す。
牧はそれを受け取り、ピンクの付箋が張られたページを開く。
深津のインタビューが載っていた。
「深津君がね総得点の1/3取った試合があって、いつものプレイスタイルと違ったからお話聞かせて貰ってね。あ、担当は私じゃなかったんだけど。」
「……。」
「河田君と沢北君は少ししか出てなかった試合だから深津君が点取りに行くとは思ってたんだけど予想以上で。牧君を意識して攻撃的プレイに挑戦したって!名指しで!」
「…………。」
埼玉の事を根に持っている。
「凄いわね!インターハイで対決が実現するの、楽しみにしてるから。その時は私がインタビューしたいのよ~!楽しみ!」
「……ハイ……。」
雑誌を貰って、ご機嫌の相田と別れる。
本当にあの時は調子が良かったから勝てたが、次やったら勝てる保証はない相手だ。
火が付きすぎているようで、俺もトレーニング増やさねえとな、と考える。
神が控え室へとまた歩き出すと、ちょうど牧が小走りで戻ってきた。
「神。荷物。」
「あ!すみません!!」
牧の手には清田に持たせていた自分の鞄があった。
急ぎ受け取って、牧に確認する。
「じゃあもうみんな帰って……。」
「あぁ。これだけ預かってきた。明日の練習は休みだ。休養をとってまた火曜日からな。」
「はい。」
どこか元気のない神の様子に、牧がぽんと肩に手を置いた。
「!!」
「お前は今日も体育館に戻ったら練習だろ?」
「そうですけど。」
「俺も付き合っていいか。」
「ど、どうぞ。もちろん。」
何か話をするのだろうか、牧さんは理不尽なことは言わないけれど、それでも今のこの精神状態では、牧に自分のへの気持ちを吐露してしまうのではないか、などとぐるぐると考えてしまって不安になる。
「…………。」
牧が控え室のドアを開けての名を呼ぶ。 は鏡に向けていた視線を上げて、申し訳なさそうに眉を寄せた。
「お手数、おかけしました……。」
「そんなかしこまるな。落ち着いたか?」
「はい……。た、タオル、洗ってお返しします……。」
「別に気を使わなくてもいいぞ。」
「いやです!!!汚しちゃったから……。」
いいなあ、と思い始めたら止まらなくなるから意識しないようにしていたのに。
ただのキャプテンとマネージャーとして話をする二人は真剣な顔つきで、むしろ邪魔しないようにしようと思うのに、今目の前のは恥ずかしそうに、嬉しそうに、どう見ても牧を慕っているというのがわかる態度で。
「なんか元気になったみたいだな?じゃあ俺たちも戻るか。」
「も、元々元気は、ありましたし……。」
も牧も荷物を持って、忘れ物がないか最終確認をしてから出てくる。
神も並んで歩き出すと、心なしかが牧よりも神寄りで歩く。
「……。」
泣き顔見られて、恥ずかしいのかもな、と思いつつも嬉しかった。
こんなことで喜んでしまうなんて、二番手根性はすっかり定着してしまっていているようだ。
体育館に到着し、明日が休みということをに伝えて解散になった。
は試合で疲れたのか、牧と神が体育館に用があるということを聞くと、そうなんですね、と特に何も聞き返すことなく帰っていった。
お疲れ様です、とお辞儀をして去るを見送ってから、体育館に入った。
「俺がパス出すか?壁にでもなるか?」
「そんな悪いですよ。牧さんは牧さんの練習してください。」
「二人共別々に動いていたら大声じゃないと会話出来ないだろう。それはかなり疲れそうだぞ。」
「……それもそうですね。」
じゃあお願いします、と、牧にパスを頼む。 ボールをカゴごと倉庫から出して、ゴール下に近い位置に置いた。
軽くウォームアップをするとすぐにシュート練習を開始する。 まず1本目はフリースローラインギリギリから放ち、綺麗に弧を描いてリングに吸い込まれる。
「さすが。」
「牧さんの前で緊張してますけどね。」
「本当か?」
「良い緊張感です。」
2本目をパスで貰ってまた放つ。 普段の500本のペースよりゆっくりとしているが、今日は調子がいい。
もう少しリズムが合ってきたら牧に早いパスをもらおう、と考えて牧のほうを見る。
目が合う瞬間にはすでに牧はボールを投げていて、前に出した手にちょうどいいタイミングでボールが届いた。
「……。」
「どうした?」
「い、いえ。」
練習に付き合うって言っても、牧さんが受身の練習なんてするわけないか、と考え直す。
絶対に、自分の様子を見て、ここだという時に的確なパスを出している。 指示する必要なんてないな、と、シュートに集中し始めた。
そして、10本目のシュートが入ったところで牧が喋り始めた。
「……さっきのことは……。」
「に聞きましたよ。本当にすみません。」
「いや。謝らなくていい。ただ俺に不信感があって試合に支障をきたしたら困る。」
「試合、ですか。」
「もちろんお前に嫌われるのも嫌だけどな?」
牧が苦笑いをしながらパスを出してくる。 この人のこういうところだ。
牧と連携が取れないなら、選択肢は誰でも『神をベンチに下げる』という方を選ぶ。
それが分からないということでもないだろうに、俺に付いてこれないならスタメンから外すぞ、なんて、言われたっておかしくないところなのに。
「優しいんだよなあ……。」
「ん?」
ぼそりと呟かれた言葉は牧までは届かない。
「何か言ったか?」
「バスケに関しては、大丈夫ですよ。牧さんを中心に、俺もちゃんと海南のバスケをします。信用してますよ。」
「神……。」
「ただし、俺は牧さんの女性の扱いはどうかと思ってましたからね?」
「なに!?そ、そうなのか……?」
さっきのと同じように、笑い話に持っていこう。 そう思って神は笑った。
「テーピング巻いてる最中にの胸が当たって、うっかり、何か変な事言っちゃったりしたのかと。」
「そんなこと……するわけないだろう……。」
眉を顰めて、呆れたような声色で、やや強めに牧がボールを投げてくる。
それを笑いながら受け取って、また綺麗にシュートを決めた。
「そんなに心配になるくらい俺凄い顔とかしてました?逆にすみません。」
「……あんなに怒った神の顔と声は初めてだったぞ。」
「あれ。そんなに。」
自覚はあったが、そうかなあ……とすっとぼけた顔をする。
「にも心配かけちゃいまして。」
「そうだな……。絶対次の試合でパスミスとかしたら私のせいだ!!って思いそうな感じだったな。」
「ははは。想像できる。なんか連携プレーで点取りましょうよ。もう大丈夫って言葉でいうよりそっちのほうがは分かってくれそうです。」
「そうだな。打ち合わせしとくか。難しい技探して決めてやるか。」
無邪気に笑えば、牧も笑顔で返してくれた。 これでこの話は終わりになるかなと思った瞬間、牧が俯いた。
「……いいな、とも、思ったんだ。」
「え?」
「が泣いていたら、あんなに咄嗟に、を守ろうと怒れるお前がな。」
「……。」
「お前は存在感はあるやつだが、大人しい時が多いからな。ああいうふうにもっと自分の意思を出してきてくれて構わんぞ。」
「そ、そう、ですか?」
シュートを外してしまった。 バックボードに当たって跳ね返ってきたボールを牧がジャンプしてキャッチする。
「俺なんてオロオロしちまってな。触れるのも勇気が要ったよ。」
「ま、牧さんが?」
「意外か?」
「いえ……。」
うろたえる気持ちがあって、その場でドリブルを3回する。 気持ちを落ち着けて、シュートを放った。
リングにぶつかりながらも、なんとか入る。
「も、お前が来たとき、安心したような顔つきになっていたし。そういえばお前がを練習に連れてきて、それがきっかけだったよな?の入部は。」
「は、はい……一応……。」
「そうか。お前らは良い関係だよな。互いに頼りにしてるのが良くわかるし。部には別に恋愛禁止なんてもんは無いが、そういう関係ではないのか?」
「…………。」
不思議な感覚だった。
ずっと近くで牧さんを見てきたんだ。 俺は、いつ牧さんとの関係が進展してしまうのだろうかと、寂しくなったり悲しくなったりしながら二人を見ていたのに、牧さんは俺との仲をそう思っていたのか?
「そういうんじゃ、ないですよ。」
「そうなのか?」
実は、のことが好きなんです、って言ったら、牧は応援してくれるんだろうか。
付き合ってるんですって嘘をついたら、牧はに必要以上に近づかなくなるんだろうか。
自分は策士が向いてるという自信はあるのだがだめだ。 牧さんと戦うなら真っ向勝負じゃないといけないんだ。
騙すようなことをして勝ってしまったら、きっとずっと罪悪感が残るんだ。
まっすぐな、男気のある、尊敬する先輩だから。
「良いカップルになるんじゃないかって、思うが。」
「牧さん、俺、思うんですけど。」
「ん?」
「触るのに勇気が要るって人は、特別な人なんじゃないですかね。」
500本のシュート練習を終えて、自転車を走らせる。
「あーもう俺自分のこと良く分かんないな~。」
神は困惑しながら、でも楽しそうな表情で自転車を思い切り漕いだ。
牧の目を丸くした表情を思い出してぷぷ、と笑う。 本当に自覚なかったのかな。
少し経ってから、顔を赤くして、ああ、そうだな、と、特別と言えば、特別だぞ?大切な、チームメイトだし、そうだろ、って。
誤魔化したいのかな?ってこっちが気を遣ってしまう牧さんが珍しすぎて。 なんでわざわざ牧さんに自覚させるようなこと言っちゃったんだろう。
お礼だったのかもしれない。
もっと自分を出していいのかな。
遠慮なんかしないで、もっとへの気持ち出していいのかな。
そんなこと言ってくれた牧さんが、土俵に上がってなかったんだもん。拍子抜けするよ。
どっちがを幸せに出来る男か、勝負しましょうよ。
「あ……。」
進行方向にあるコンビニから、が出てくるのが見えた。
スピードを緩めて、の近くまできたら自転車を降りて声をかけた。
「神君!」
「お疲れ~。買い物?」
「うん。飲み物を少し……。今帰り?ごめんね、私さっさと帰っちゃった……。帰っちゃってから、あれ!?私さっさと帰っちゃった!!って気付いた……。」
「いや、帰っていい雰囲気だったよ?残る俺たちのがおかしいというか。」
「で、でも……牧さんも、すぐ帰ったの?大丈夫だった?」
が心配そうに神の顔を見上げてくる。
心配してくれているには申し訳ないけれど、俺は今幸せな気持ちになってる。
偶然でも会えたのが嬉しい。 明日もまた会えるのに、たまたま会って、二人きりで話せる時間に運命みたいなのを感じてしまっているから男は単純だ。
「は心配性だな……。」
「え?あ!あの、信用してないとか、そういうんじゃ……。」
「大丈夫。分かってる。」
「う、うん。」
「わかってるよ……。」
自転車のハンドルから片手を離す。 の背に腕を回して、抱き寄せた。
「え……?」
自転車を停めて置けばよかった。 そうしたら両手で抱きしめられたのに。
「じ、神君!?ちょっと……!!」
慌ててしまうのは分かる。 コンビニの前で人通りも多いんだ。 恥かしいに決まってる。
ごめんね。 どうしても気持ちが高ぶってしまっていて。
そういえばハグはストレスを軽減させるとかって聞いたことあるな。 好きな人とだと格別だ。
触れているとひどく安心する。 肩の力が抜けていく。 俺はやっぱりこの人が好きなんだって、再確認する。
「……幸せ……。」
そう耳元で呟いてしまった。 ゆっくり離れると、は頬を真っ赤にしていた。
「家まで送ってく?」
「だ、だ、だいじょうぶ……。家……すぐだし……。」
「そっか。じゃあまたね。」
こっちを見ている通行人が居て、神も恥ずかしさが込み上げてきてしまって、また自転車に乗った。
手を振って、ペダルを漕ぎ出した。
も3回手を振ったあと、逃げるように歩き出す。
「じ、じ、神君、何かあったのかな?」
牧さんとなんの話をしたんだろう。 いやそれより、 それよりだ。
「し、幸せ……って?」
普通に考えれば、自分を抱きしめて幸せを感じたってこと?
「え、え?」
混乱する。 そんなこと言われたことない。
「あ、違う?聞き間違い?しあわ……シワ?シワ寄ってた?」
正直自分何言ってんだろうと思う。
「え、えーと……。あ……。」
三井の家の前を通ると、丁度帰ってきた三井を見つけた。
「ひさ……み、三井さーん!!!!」
「あっ!!!」
三井はの姿を確認すると、嫌そうに表情を歪めた。
「くっそ!!!次は負けねえぞ!!」
「は、はははー……。」
そう、 そう、 今は予選の真っ最中。 次は陵南戦。強敵。集中しなきゃ。