貫きたかった決意編 第9話


「邪魔が、入ったの……。周辺の警備の状況は?」
「今報告が御座いましたが、異常が無かったとのこと。どこかに忍んでいたのやもしれませぬな。」

小十郎は頼まれたとはいえ、俺がこの人の相手をするのかとげんなりしていた。

「梵は強いから大丈夫だよ!!ただ、ご飯が冷めちゃうのが残念です。義姫様が折角もてなして下さったのに。」

成実はあぐらをかいて、のんびりとくつろぎ始めた。
それを見ても普通にしている義姫は、成実の実力を高く評価しているように思えた。

(それに演技、得意だしな……)

成実は敵に回さない方が良いと判断している義姫には愛想が良い。

(うらやましい……)

俺にもその柔軟性分けてくれ……と思う小十郎だった。

「あの、今日は小次郎さまはいないの?」

会いたかったなぁという気持ちが込められた言葉だった。

「小次郎は体調が悪いようで部屋で休養をとっている。気にするでない。」
「そうなんですか。じゃあ後でお見舞い行くね。」
「喜ぶであろうな。是非そうしてくれ。」

成実の、無難な会話も限界が近づく。
退屈させてしまえば、政宗を待つ時間が長く感じてしまうかもしれない。
小十郎は控えていた家臣に目配せをする。

「では、義姫様、しばし舞などは如何でしょうか。」
「そなたが舞うならばな、小十郎。」

いきなり挑発的な眼差しを向けられ、小十郎はピクリと口元がひきつる。

「俺、ですか……。」
「そうじゃ。妾を楽しませよ。」

しばしの沈黙の後、小十郎が立ち上がる。
そして一歩踏み出そうとしたとき、天井から言葉が降ってくる。

「小十郎さんの舞?すごく見たい!でも、ごめんね?」

ボッと音がし、煙幕が広がる。

「なっ……。」
「何事なのださっきから……!!」

深い霧のように煙が部屋を包み込む。
家臣を呼ぼうとした義姫の前に、ストッと軽い音がした。

「義姫様、お久しぶりでございます。」

睨み付けたままの義姫だったが、見覚えのある顔を見て、あぁと一言呟く。

「妾に復讐しに来たか。ご苦労なことだ。」
「いいえ、私は貴方に頼まれて、ここへ。」
「笑わせる。お前は頭がおかしいようだな。」
「おかしくて結構。」

義姫を助けに来た家臣が倒れる。
横に小太郎が静かに立っていた。
義姫を探し始める者達を静かに静かに倒していく。

「最初は、輝宗様かと思いました。」

強く強く私を引いたあの想い。

「この場所が、教えて下さいました。貴方は、後悔した。」
「何を言い出すかと思えば…」
「この先を恐れた。もう一つの物語を、貴方が、望んだ。」
「お前、妾のしたことを覗いておったのか?そんな言葉で妾が揺らぐと?」
「邪魔して欲しかった。最悪の結末を……ならば、私は……叶えますよ。」
「最悪だと?政宗が死ぬのが最悪だと言うか?それはそなたの考えではないか!!」
「政宗さんは死にません。」

難しいなぁと思ったら笑みがこぼれる。
どうしたらいいかな、輝宗様、と呟いてみる。

「政宗さんを殺し損なえばその先は……まあ、想像にお任せします。」

馬鹿にしたような表情をしていたが、の言葉は義姫様の耳に確かに届いていた。
微かに唇が震える。

全て言う必要は無いと思っていた。
もしかしたら、義姫自身が政宗に殺されることを想像しているかもしれない。
それならそれでいいと考えていたが、僅かに口が開く。

「……小次郎、か?」
「やはり政宗様の母上様。聡明で。」
「はは……鬼じゃ……まさに鬼!!実弟を、殺すとは……そうであろう?よくぞ教えてくれた。やはり妾は、殺さねばならない。あの男を、ここで!」
「待ってくださいよ。あなたは、政宗さんをそんなに嫌いじゃないんでしょ。」

さらっと言うと、義姫はきょとんとする。
失礼だが、人間らしいところが見えたのが嬉しく思えた。

「この場所で、誰かが憎まれる。誰かが死ぬことになる……。いいえ、誰かは、死なねばなりません。」

そこまで言って、義姫を見下ろすことを止め、は片膝立ちになり視線を合わせた。

「ならば」

義姫に微笑みかける。
自身も不思議だった。
まるで迷子の子供を安心させるように、穏やかに笑えたのだった。

「私が、死にましょう。」


義姫の頭に何かが流れ込む。
細胞全てが熱を持ったような感覚になり、めまいがする。


あのとき、許せていたらよかった

どうか、もしもう一度戻れるならば

今生きている者たちで

懸命に生きて

笑って



見開いた義姫の目から、涙が一筋零れる。
拭うことはない。
自分が泣いていることに、気がついていない。


「て……」
開いた口から漏れた言葉は、あまりに弱々しかった。

「……輝宗……様?」
「……輝宗様では、無いのです。」

はゆっくりと立ち上がる。

「貴方の、想いなんですよ。」

小太郎が構える。
もうすぐ、霧が消えてしまう。

「私を、恨んで下さいね。」

懐にゆっくり手を伸ばす。
そして、脱力する義姫に、銃を向ける。

家臣の持ってきた防具に身を包んだ小十郎と成実が目にしたのは、冷酷な眼差しで、義姫に引金を引こうとするの姿だった。










「くそっ、なかなか強いよな独眼竜はっ……!!」
「引け、武蔵っ!」

刀を交えながら、二人の攻防が続く。

「何でここなんだ!本多忠勝、鬼島津、沢山いるだろ!!ここである必要があるのか!?」
「うるさいな!!おれさまが決めたんだ!!」
「聞き分けねぇ子にゃお仕置きが必要になんぜ……!」

政宗が刀を引き、後方に飛び退く。
時間が随分たってしまった。
何故か武蔵は譲ろうとしない。
最初は意地かと思ったが、ここでなくてはいけない理由がある。
その理由に心当たりがなく、政宗は戸惑った。
だが、本気で来るなら容赦はしない。

「武蔵!歯を食いしばれっ……!」

武蔵にだけ聞こえる声量で発する。
そして地を蹴り、武蔵の腹に一撃を食らわそうとする。
しかし、城から聞こえた一発の銃声が、それを止める。
戦いの最中ということも忘れ、振り向いてしまう。

「なんだ……!?」

しかし、すぐ武蔵の存在を思い出し、振り返るが、武蔵も目を見開き驚いていた。





武蔵は疑問を感じていた。
成し遂げたいことがある。だから、政宗さんを足止めして欲しい。
義姫という人は、鬼姫とも呼ばれている。その人に戦いを挑めば、政宗さんは絶対出てくるから。
はそう、武蔵に言った。

そんなの簡単だ。むしろ頼ってくれて嬉しかった。

でも

姉ちゃんのやりたいことって何?

俺がいないとこで、

独眼竜がいないとこで、

こっそりやりたいことって、楽しいの?

それはほんとに、姉ちゃんが望んでることなの?

俺は強いやつが好きだけど、

戦場が似合わない、優しい姉ちゃんもすきだよ

笑ってる姉ちゃんがだいすきだよ



疑問が音となる。


「ねぇ、ちゃん……?」

それを耳にしたと同時に、政宗は走り出した。







目の前の光景が信じられなくて、小十郎は動けずにいた。
の撃った弾丸は、政宗の膳を貫き、器が無惨な形で床に転がる。

「この女が、私にした仕打ち……」

もう一度撃ち込む。さらに、もう一度。
パリンという音が部屋に響いたところで、銃声は止まった。

「何も知らずに、このような宴……。何も知らず、のん気に……。私がどんなに辛い思いをしたかっ……!許さない、この女、この女と共にいる人たち……全員……!!」

の口から出る言葉が自分達に向けられていることが信じられない。
そこに、一人分の足音が近づく。
急ぎ慌てる足音。
部屋に飛び込むと、何も言わず、驚愕の表情でを見つめる。

「奥州筆頭……」

冷たい、冷たい声だった。

銃口を政宗に向ける。

十分すぎる、背徳行為だった。




そして、あらかじめ小太郎の仕掛けていた小さな爆弾が外の安全な場所で爆発し、それに驚いたと小太郎はその場から去る、という計画だった。
しかし、爆発は起こらなかった。
その代わりに破壊音が聞こえる。

「お邪魔するぜぇ!」
閉まっていた襖を派手に蹴り飛ばし、白髪を揺らして男が現れる。
そして驚くを軽々と抱き上げ、叫んだ。

「この女は我ら長曽我部軍の命の恩人!狙う奴は俺達を敵に回すぜぇ!」
「えっ!?」

は急な出来事に抵抗も出来ず肩に担がれてしまう。
そしてもう片方の手は碇槍を振る。
それと同時ににだけ聞こえる声で話す。

「大人しくしてくれると助かるぜ。舌噛むなよ?」
「そ、それは……?」

嫌な予感は的中する。
飛び上がり、碇槍に乗り、弩九を発動させる。
そして障子があるのも気にせず突っ込み、庭に出ると、急に方向転換をし、門を目指す。
の体は大きく揺れる。

「~~~~~~~~~~~~~~~!!」
「頑張れよォ!」

衝撃に耐えるは、それを追いながらの心配をする小太郎に気付くことも出来なかった。













呆然とする政宗に、小十郎が駆け寄る。
背に手を添えると、政宗は膝をついて座り込んだ。

「……何が」

小十郎の着物を掴み、答えを求める。

「何があった?俺のいない間に、何が?」

頭の回る政宗だ。
ただの家臣の裏切りなら、素早く反応できる。対処が出来る。
今回は相手が悪かった。
小十郎でさえ混乱し、状況の把握が難しかった。
けれども政宗の表情を見てしまったら、自分が動くしかなかった。

「政宗様……俺は……。」

必死に考える。
成実はが動くと言っていた。
歴史を知るが動くと言っていたのだ。
この宴で、何かが起こっていた。
しかし情報が少なく、何も思いつかない。
小十郎の頭には一つの事実しか浮かばない。
ならば、それを信じる。

「俺は、信じます。を。」

だから行動する。
家臣に向かって叫ぶ。

「今の奴らを逃がすな!追え!捕えて牢にぶち込め!」

が予想できる、このような状況で自分がするであろう行動をする。
表向きは、の手の平で踊ってやる。
ぼーっとしていた家臣が、慌てて外に出るのを見送った後、政宗に声をかける。

「政宗様!」
「なぜ、は?どうして……元親と共謀してたのか?俺が……歴史を曲げたからか?」
「っ!」

聞きたくない。
一番を想っているから、一番動揺しているのは判る。
だが、自分が信じると決めたのだから、政宗にはもっと信じていて欲しい。

「政宗様……」

両肩を掴んで、まっすぐ見つめる。

「今、を追わねば、後悔します。」

それだけは、確信できる。
の心境がどうなっていたとしても。

「このまま別れてしまっては、後悔します……!」

小十郎の瞳に映る強い光を、政宗は見つめた。

「……は、泣いてたんだ。」

怖くて怖くて泣いていた。
そうだったのか。
今起こっている出来事が、すべてを失う裏切りが怖かったのだ。

「怖いと、泣いていたんだ。」
「政宗様……。」
「言ってやらねえと。俺に、頼れと。俺は味方だと……。」

安心した小十郎は、壊された障子から覗く人間に気がつく。



「小次郎様!」
「何が、あったのです?」
そして座り込んでいる義姫に近づいた。
「母上……!」
義姫は一点を見つめたままだったが、小次郎が横に座ると、縋りつくように身を寄せた。

「小次郎様、体調は?」
部屋の雰囲気には合わない質問をしたのは成実だった。
「あ、ああ、一眠りしたら、良くなってきまして……やはり私も参加したいとここへ向かっていましたら……。」
「そうなんですか。」

成実がにこっと笑うと、小次郎は察した。
小さく、こくりと頷いて、言葉を待った。

「今、義姫様とうちの筆頭に銃を向けた奴がいましてね。」

成実は、ぐちゃぐちゃになった政宗の膳に寄り、破片を拾い上げる。

「けど人を殺める勇気は無かったのか、頭に血が上ってしまっていたのか、これにばかり三発も。」

そして、最後に割った徳利は上半分が粉々になり、下は残っていた。
覗けば酒が残っている。

「これにばかり三発も?いやあ違うかな。ここにばかり三発も、だ。」

弾丸の軌道は、徳利ばかりを狙っていた。

「壊したい理由があった?これ、調べさせて頂きますよ。これだけ残ってりゃあ……沈んでるでしょうし。」

ああ、そうだったのかと、小次郎は瞼を伏せた。

成実は単独で動き、その確信を得ていた。
自分が動くべきなのなら、それは政宗が酒を飲もうとしたとき。
止めることしか出来ないから、それ以外があるのならと、黙って成り行きを見つめていた。


「母上……。」

義姫は頭痛がするのか、頭を抱え、目をぎゅっと瞑り苦悶の表情をしていた。

「もうやめましょう。もういいでしょう……。一番苦しんでいるのは、母上なのでしょう……?」

本当は一番、平安を望んでいた人だったのだ。
いつからおかしくなってしまったのだろう。

「まだ、やり直せますから……きっと……」
「……なぜ私は、この時を望んだ……!」

搾り出された声に、義姫が泣いていることに気付く。

「あの人が生きている時にっ……その時に戻れば……あの人の死を邪魔してくれれば……」
「母上?」
「なぜっ……私は……あの子が憎くて……運命が違えば私はあの子を……」

矛盾している事には気付いていた。
邪魔をするな、政宗を殺したいのだ。
邪魔をするな、邪魔をするなら、あの日に戻って輝宗様を生かし、政宗をずっと愛させてくれ。

「母上、なぜ泣いて……?」

政宗は義姫の姿を見て問いかけるが、部屋に入ってきた怒号がそれを掻き消した。

「お前ら何してんだよおおおお!姉ちゃんがさらわれた!お、おれとめられなかった!くやしいから追うんだよ!みんなもそうだろ!?」

武蔵は余程悔しかったのか、おかしな言葉になるが構わず叫ぶ。

「馬、外につれてきたぞ!おれさま先行っちゃうからな!」

政宗がすぐに立ち上がり、走り出す。

「よくやった、武蔵!」
「あっ!なんだよ!おれさまより早くいくんじゃねえよ!」

小十郎は、成実にこの場は任せると一言残し政宗を追った。







馬に乗ってひたすら走る。
後ろに乗って振り落とされないよう元親に必死にしがみつくは、まだ状況が判っていない。

「いやーギッリギリだったなあ!あぶねえあぶねえ!」
「な、何で元親さんがここに……?」
「先にお前が、何でこんな事したのかを言った方が順序が良いぜ?」
「私は……。」

小太郎を見ると、こくりと頷かれた。
言えということなのだろう。

「あのまま、何もしなかったら、政宗さんは義姫……お母さんに毒を盛られるの。」

一度言葉を切ると、元親は、で?と話を催促するので、反応を気にせず話そうと想った。

「でも、政宗さんは死なない。その罪を被るのは、政宗さんの弟。それが嫌だった。私の我儘……。」
「それで?お前には、その先があるはずだ。」
「政宗さん、小十郎さん、成実さん、みんな、みんなが私のあれを真に受けてくれるとは想ってないの。皆、頭がいいもの。きっとばれる。もしかしたらもうばれてるかもしれない。」

成実さんは、驚いてはいたがそれは最初だけで、私の言う事することをすべてしっかりと観察していた。

「私は最初、さっきの米沢城に着いたの。で、人身売買されそうになって。それは小次郎様の計画で、その方法で外に出して助けてくれたんだけど。その状況を利用して、義姫様に恨みを持った私が、この日をぶち壊してやろうと計画し、実行したってことにして。」
「兵達にゃでかい出来事だな。政宗の飯から毒が出てきたってばれても、まあお前がやったんだろうってなるな。武蔵が邪魔して失敗して腹を立てて……自らの手で殺してやろうと姿を現した。」
「そう。弟の、小次郎様とも接触してます。お母様のことが大好きな小次郎様が怒り、私を探し殺すために便利な役職に就くことを望む。それは『奥州筆頭』の地位ではない。」
「それでとりあえず家督争いも一時的に鎮めちまうってか。」
「……すべてうまくいく、とは思ってないよ。私にはこの方法しか思いつかなかった。私の予想通りじゃなくても、何かは起こる。きっと、政宗さん……私のしたこと、活かしてくれると思うんだ……。」
「そうか……。あとは託して消えますってか。」
「そう。逃げまくるよ私は。」

それで、元親さんはなんで?と顔を覗くようにして聞く。

「俺は小太郎に頼まれたんだよ。を連れて逃げてくれって。」
「え?」
「筆談だったけどよ。」

小太郎は全く表情を崩さない。

「気付いてもいいだろう?お前の持ってる銃、すんげえ立派じゃねえか。俺が取り寄せたもので一番良いやつだぜ?」

さすが俺!と笑い出す。
は小太郎が自分の為にそんなに動いてくれていたことに驚いてしまう。

「小太郎ちゃん……本当に……?」
問いかけるが、無表情で反応はない。

「で、さあ助けにーって船を出したらよ、場所が違うじゃねえか……。」
「青葉城に向かったの?」
「半分くらい来た所で一応確認に忍向かわせたら、宴は米沢城?予定狂ってよ、ちゃんと伝えやがれ!!って文句を送ったら、小太郎、迎えに来てくれてよ……。だから俺一人来ることになっちまった。」
「……。」

あのとき、ゼェハアして疲れていたのは、術でも使って急いで元親を迎えに行ったものだったのだろう。

「じゃあ、これ、元親さんの船に向かってるの?」
「違う。」
「え?」
「調べられたらすぐばれて包囲網食らうだろうが。反対の海に、元就に向かってもらってる。」
「も……」

元就さんんんんんん⁉との叫びが夜の空に吸い込まれる。

「なんで、そんな、みんな巻き込んじゃって私……!」
申し訳なくて慌ててしまったに、落ち着けと声をかける。
「お前は気にしなくていい。元就、迷わず頷いてくれたみてえだしな。愛がなんとかとか言って。」
あいつアホだよなーと笑うが、は笑えない。
「今は俺達に甘えろよ。」
「でも……。」
「黙ってこんなことして、俺は少し怒ってるぜ?でも、お前には誰かに頼るって発想も時間も無かったんだろうよ。」
「ご、ごめんなさい。」
「いや、違うだろう。俺達がいけねえ。本当にお前に信頼されてたら、相談してたろう。もっとしっかりしねえとな……。」
元親のまさかの言葉に、は目を丸くした。
「そんな事無い!!相談したくなかったんじゃないよ!!こんなことに、皆を巻き込みたくなかったの!!」
必死に叫ぶと、元親が僅かに肩越しに振り返る。

「俺の側にいろよ。」
口元は、優しく笑っていた。
「もう二度とこんなことさせねえ。お前が悩んだとき、俺は側にいたい。お前に頼られたいんだ。」
政宗と心を通わせたのに、元親の言葉が深く心に染み込んだ。
「それに、俺も、お前を頼りてえ。心の支えってやつは、やっぱ要るだろ?」
困惑するに、さらに言葉をかける。

「好きだって、言ったろ。」

覚えている。
しかしあれは仲間としての言葉ではなかったのか?

「俺はお前が好きだ。」
「元親さん……。」
「お前と別れた後、何回お前を拐いに奥州に来る夢を見たか……。」

こんな形で現実になるとはな、と複雑な心境で話す。

「さぁて、これ以上はの小太郎ちゃんが怒ってるから控えて……。」

馬のスピードが落ち、山道で止まる。

「ここで下りるぞ。」
「え?」

海に着くにはまだまだ遠いのではないかと思うが、元親が誘導するまま馬を下りる。

「ここからはまた弩弓で進む。」

そう言うと、片手で碇槍の鎖を持つ。

「あっ、また?」

はしっかりと肩に担がれる。
先ほどの衝撃が思い出され、大した効果は無いと判っていても元親の服をぎゅっと掴んだ。

「行くぞっ!」
「は、はぃぃ!」

碇槍に飛び乗り、徐々にスピードを上げていく。

「俺達にゃ……」
「へ……!?」
「山を越える時間なんてねぇからなぁ!」


ザッと大きく音がすると
下を向いていたの視界から地面が消える。

「っ…!!」

高い高い崖を、飛び降りた。

「ひ……」

あまりの高さに目が眩む。
次の瞬間には落ちていくスピードに恐怖が襲う。

「道は作りゃいいんだよっ!岩があろうが何があろうが……真っ直ぐ進むぞ‼」
「まままままマジですかぁぁぁぁ!」













「遅いわ!!」
港へ着くと、元就が苛立ちを隠すことなく仁王立ちをしていた。

「……元就、後ろにいる家臣が全員くたばってるぞ……。」
可能な限りのスピードで船を動かし続けた元就の家臣たちは、休む暇もなく働かされた。
「そっちはがくたばってるではないか。」
はあまりに酷い振り回されっぷりに、口から魂が出そうな疲労と気持ち悪さに襲われていた。
もし敵襲があれば対応せねばならないためにを運べなかった小太郎は、背を撫でてを介抱していた。

。我に会えて嬉しいだろう?」
「は、はい……嬉しい、です……。」

そう返事をするのがやっとだった。
しかし元就は満足そうに笑う。

「ならばよい。早く乗れ。南下するぞ。」

小太郎に支えられながら立ち上がる。
元親が手を差し出してくれるが、大丈夫、と断った。

船に乗ったら、本当にもう、お別れだ。

「……。」

振り返りたくなるのをこらえる。
自分が決めたこと、自分が、決めたことなんだと心の中で反芻した。

今頃になって、最後に見た政宗の顔を思い出す。
目を丸くして驚いて、

(泣きそうな、顔を……)

非情にはなれなかった。

私の言った気持ちは、嘘じゃないよ。
ずっとずっと、大好きだよ。
そう言いたくて、たまらなくなった。

「……。」
「だ、大丈夫。お言葉に甘えて、乗らせてもらおうか…。」

一歩踏み出せたら、あとはスムーズだった。
元就の船に乗ると、すぐに出航の合図が鳴った。