10.約束はすぐに



藤真からは翌日に連絡がきた。
陵南と湘北の試合のDVDを海南分も用意したとのことで、いつ渡そうかという内容のメールだった。
返信には、藤真の予定に合わせることと、翔陽まで取りに行きますよ、と記載した。
その返事には、昨日のところとは違うおすすめのお店教えて、とあって、は慌てた。
一緒にお昼を食べていた友人に突然の質問を投げかける。

「イケメンに似合うお店を紹介してくれないか!?」
「私も同席していいなら紹介しよう。」
「部活関係だ。遊びではない。」
「ちっ!」

思いっきり舌打ちする容赦のない友人に笑ってしまう。

「神君?……じゃないか。だったら二人で行きたいお店探しそうだもんね。」
「うん。」
「とりあえず神君には、がイケメンと密会しようとしていることを伝えよう。この前一緒に行った和カフェはー?」
「んおおおい!一言余計なのあったんですけどそういうのやめて!あそこ良かったけど、あんみつ目当てで行ったよね。他に何メニューあったっけ……。」

しかも翔陽の近くだった気がして、場所としては丁度いい。

「確か丼とかあったよ。」
「聞いてみよ。」
藤真に、和食はお好きですか、と尋ねる。
少し悩んで、和スイーツメインかもですが……、と付け足した。
すぐに返事がきた。

一言、好きだよ、と。

「……。」

この言葉だけ誰かに見られたら誤解されそうで恐ろしい。
藤真さん、主語入れよ?と心の中で思うだけにする。

急ではあったが今日の部活終わりに最寄の駅で待ち合わせる約束となった。




「うおおおお部活部活ー!!」
「わぁ!?」
体育館に向かう途中、背後からやかましい叫びと足音が聞こえてくる。

「あー!さん!ちっス!」
「お疲れ様、清田君。昨日はごめんね。」
「いえ、こちらこそ!お友達さんと遊ぶときにすみません!」

とても楽しそうな笑顔で清田が部室に入っていく。
今日の部活は土日の分の気合いも入って活発になりそうだ。

体育館に入って、牧の姿を見つける。
ボールを磨いてくれている一年生に声をかけていた。

「牧さん。ちわー。」
「おう、。」

一年生にもお疲れ様ー、ボール磨きありがとー、と声を掛ける。
ぺこぺことお辞儀で返された。

「今日、部活終わったら藤真さんにDVD頂いて来ます。」
「今日貰えるのか。早いな。」
「ありがたいですね。」

昨日すでに受け取っていて、帰ってからやってくれたのだろうか。
試合終わりで疲れていただろうに、とてもありがたい。

「あと牧さん。」
ぐいぐいと牧の上着を引っ張って体育館の隅に移動し、小声で話し始める。

「忘れないうちに、一昨日見た山王と、昨年の山王の試合見比べませんか?何か発見あるかも。」
「あぁ、なるほど。そうだな。いつにする?」
「お昼休みに学校のパソコン借りましょうよ。」
「あぁそうか、その手が。」
「えっ!私この手しか思いつかなかったんですが。」
「いや、あるだろ。うちに来るとか。」
「……。」

牧さんのお家ぃぃぃぃ!!!行きたい!!とが震え出す。
むしろその手を先に思いつきたかった。

「ど、どうした、震えて。大丈夫か。」
「大丈夫です……。牧さんのお家でゆっくり見れたらそれはとても嬉しいなって……。」
「じゃあそうするか。」
「えっ!!」

やったーーー!とが全力で万歳をする。
牧は大袈裟だなと笑って、集まり始めた部員の元へ歩き出した。

も監督の姿を発見して、挨拶に近づこうとしたがすぐに止まる。

「ん!?」

そんなお気軽にお部屋呼ぶとか もしかしてホテルに何事もなく一泊出来たからなんというかその あ、こいつ別に平気だわー的な 女性としての魅力がないというか……

……そういう感じに捉えられて……

、今日の練習は……ど、どうした!?暗い顔して……。」
「監督……女性の魅力ってなんですかね……。」
「大丈夫か!?人生相談か!?」







ボールを片付けていると、牧に早く上がれと声をかけられた。
一度部室に戻って携帯を見ると、10分前に、あと30分で学校出れそう、と連絡が入っていた。

「私も行かなきゃ。」

さっさと制服に着替えて靴を履き、外から体育館を覗く。

「先上がらせてもらいます~。神君、鍵お願いね~!」
「おう!お疲れ様!」
「お疲れ様!」

お疲れ様です!と遠くから清田の声も聞こえてきたので手を振る。
牧も片手を上げてくれたので、ぺこりと頭を下げた。

「今日も用事っすか、さん。」
汗を拭きながら、清田が牧に近づいた。
「ああ。ちょっと藤真に用があってな。」
「藤真さん!?翔陽の!?」
神もそれにはぴくりと反応する。

「試合のDVDを貰うだけだ。」
「そうなんですか。交流広いんですね……。牧さんは行かないんですね。」
「ああ。に連絡が来たんだし。それに、の方が俺よりいろいろ話しやすいだろ。」
「?」

清田はよくわからないといった表情で首を傾げる。
「藤真さん、何か悩みでもあるんですか?」
「さあな。」

直接的なことは言わない牧の言い回しは分りづらい。
そして本人も確証はないのだろう。





待ち合わせ場所に着いたは、きょろきょろと左右を見渡す。
私服の女の子2人組が同じ場所を見つめてはしゃいでいるのを発見して、その方向に視線を向けると、藤真が携帯を操作しながら佇んでいた。 女の子たちは、声掛けようよ~、でも~、と話していて、は凄まじく藤真に近づきにくい。

携帯が鳴る。
着いたから待ってるね、と藤真からの連絡だった。

「…………。」

試練だ。

はよ声かけて断られてくんないかな、と意地の悪いことを考えてしまった。
それか今後はお面でも常備しようか。
藤真さんに声をかけたら、なにあのブスとか言われそうで怖い。

「……私の評価などどうでもいい!」

藤真さんを待たせるほうが嫌だわ!と考え直して、駆け寄る。
こちらに気付いた藤真が手を振ってくれた。

女の子たちは、なんだあ彼女と待ち合わせかあと去ってしまって、良い子達だった!!ごめん!!あと私彼女じゃないごめん!!と心の中で謝った。

「お待たせしてすみません。お疲れ様です。」
「お疲れ。遅くなっちゃったけどお薦めの店行きたいな。いい?」
「はい!ぜひぜひ。まだやってますし。」

藤真と並んで大通りを歩くことに少し違和感を感じる。
いつもなら昨日のように牧も一緒にいて会話することが多いので、急に二人になると何を話していいか分からなくなる。

「あの、昨日の今日で用意して頂けるとは思わなくて。ありがとうございます。」
「いや、そういうのはさっさとやっちゃう方が楽なんだ、俺は。それになんか面白い奴いたし。早く見てもらいたい。」
「面白い奴?」

店に着いて、一旦話を中断する。
案内された椅子に座ると、すぐに藤真がDVDを渡してくれた。

「ありがとうございます。おいくらですか?」
「お金はいいよ。」
「えっ、あ、そうか、DVD代というのもあれですもんね。じゃあこの場は奢らせてください。」
「そういうわけにも。気にしないで。」

頬杖をついて、にこりと笑いかけられてドキっとしてしまう。
大変だ。
この人はお顔が綺麗すぎる。

「な、何を、食べますか。」
「和スイーツだっけ?わらび餅食べたい。」
「わらび餅!いいですね!」

注文をして、DVDに視線を向ける。
綺麗な文字で、日付と陵南・湘北戦とメモが入っていた。

「面白い奴っていうのは?」
「見ればすぐ分かるよ。桜木って、赤い髪の奴。」
「赤い髪?派手ですね……。」

今日帰ったら一度見て、明日牧に渡そう、と思う。

「凄いルーキーで、その桜木君の活躍で1点差?」
「うーん、どうだろうな?」
「え?」

藤真は困った顔で笑う。 冷静に試合を分析できる彼がそんな表情で言葉の濁すのは珍しく感じた。

「とりあえず見てみて。感想あったら連絡頂戴。」
「はい。」

鞄にしまって、店員が持ってきた水を飲む。
週初めの遅い時間というのもあって、客は数人しかいなかった。

「こういうお店知ってるのいいね。」
「へへ。実は私も友達の紹介ばっかりなんです。いつも部活部活なのに呆れて、時間が出来るとこういうところに連れてきてくれるんです。」
「良い友達だ。」
「はい。かろうじて女の子出来ます。」
「いや、試合の時だって十分女の子らしいよ。」
「ひえ!ありがとうございます!」

優しい言葉に頬を赤らめてしまうのはもうしょうがない。
牧とライバル同士の険悪な雰囲気だったり、ふざけあったりする藤真なら見慣れてるのに、目の前にいるのは穏やかな雰囲気で爽やかな笑顔を向ける好青年だ。
何か話題を探そうとしたところで、藤真さんに聞きたいことがあるんだった、と思い出す。


「そうだ、藤真さん、今まで女性からもらったプレゼントで一番嬉しかったのってなんですか?」
「何で貰ったことあるの前提なの……。」
「え、貰いますでしょ藤真さんは。牧さんだって貰ってますよ。」
「まあ貰うけど……使いはしないんだ。ちょっと怖くて。まじ?牧も貰うんだ。断りそうなのに。」
「あー……。牧さんも使いはしませんね……。」

牧は元々そういう贈り物は断っていたが、そうなるとマネージャーである自分に渡してくれと頼みに来る。
何も知らなかった頃に安易に引き受けてしまって、牧を困らせたことがあった。
そのとき牧は牧で、マネージャーに迷惑をかけたと感じてしまい、今度からは自己解決すると言って、受け取るが使わない、というスタンスになっていた。

「嬉しい、かー。高いものは困るしな。でもそういうのって俺は物自体より誰から貰うかって方のが大事だし。」
「それを言われちゃうと……。」
「誰にプレゼント?」
「えっと、ちょっとお世話になった人に、ありがとうございましたと、これからも頑張ってください、という気持ちを込めて。」
「そういう純粋な気持ちのプレゼントは何でも喜ばれるよ。」

純粋な気持ちじゃないプレゼントってなんだと思いつつ深くは聞かなかった。 きっと藤真さんくらいモテると色々あるんだろう……と考えておく。

「あ、俺もちゃんからのプレゼントならいつでも貰うよ。」
「じゃあ今日奢らせてください。」
「それはだめ。」

即答すぎてプクウと頬を膨らませると、藤真が顔に手を当てて笑った。
わらび餅と抹茶が盆に乗って運ばれてきて、テーブルの上に置かれる。
藤真は笑い顔のまま、それを食べ始めた。

「牧がさ、ちゃんと一緒にいると、癒される通り越して脱力することがあるって言ってたんだけどなんか分かるわ。」
「私不在のところで私の話されてると思うとなんだか恥ずかしいです!あとそれ褒めてるんですかね貶されてるんですかね!?」
「褒めてる褒めてる。あと顔芸はずるいから。可愛い顔してるんだから。」
「顔芸とか言わないでくださいよ~。そんなことはないんですけどありがとうございます……。」
藤真さんこそそんな素敵な表情で人を褒めるとかずるいですわと思いながら、抹茶を啜る。

「やっぱり無難な、タオルとかリストバンドとかがいいですかね。」
「バスケ部の奴?」
「はい!」
「いいと思うけど、あげたいものあげちゃえば?そっちのほうが楽しくない?」
「そんなもんですかね?」
「うん。俺だったら、すっごい意外なもの貰ったら、ちゃんこういうの好きなのかなとか発見になって一種のコミュニケーションになるから嬉しいよ。」
「それ藤真さんが寛大だからじゃないですか!?変なのもらったら、うわ、いらねーって……。」

言葉が止まる。
彼がそのようなことを言う姿が想像できない。

「なるような人にあげるの?」
「そんな人じゃありません!」
「でしょ?」

上手く誘導されたような気がするが、全く悪い気分にはならない上に悩んでた気持ちが軽くなった。
さすが、人の気持ちを捉えるのが上手い人だと尊敬する。

「じゃあタオルにしようかなって思います。一口に言っても色々ありますけどね……!」
「ちょっと待って。」

藤真が携帯をしばらく弄った後、画面をに向けてきた。

「これお薦め。手触りいいし、汗凄く吸収してくれる。」
「!」

白地に一本のラインとブランドロゴが入ったシンプルなタオルだった。
ラインは色違いがあり、ネイビーもある。

「藤真さんのおすすめ素敵です……!お店に売ってます?」
「ああ。取扱店、神奈川に結構あるよ。」

一度画面を自分の方に戻し、ショップリストのページを開いて見せてくれた。

「あ!うちの近くにもあります!」
「よかったら見てみてよ。」
「もちろんです!ありがとうございます!」
「今日何回ありがとうって言われたか分かんないな。」
「え、そ、そうです?言いすぎました……?」
「感謝は何回されても嬉しいものだよ。」

上級生や監督と話をすることが多いから、何かがあるとすぐありがとうございます、と言うようになってしまっているのは少し気にしていた。
ありがとうが口癖になったら1回1回に込める気持ちが軽いと思われるのではないかと深く考えてしまって。
優しいな、と思いながら最後のわらび餅を口に運ぶ。
藤真もすでに食べ終えて、ゆっくりとお茶を飲んでいた。

「……。」

洋も似合うが和も似合う。
藤真さんの着物姿とか素敵だろうな、と、伏せ目がちな表情を見ながら思う。

「!」
藤真がキョロキョロと左右を見回した際に、靡いた髪の隙間からこめかみの傷が見えた。

「そろそろ出ようか?」
「あ、そうですね。ラストオーダーの時間になっちゃいますね。」
鞄を持って席を立つ。
伝票を取らねばととっさに手を伸ばしたが、藤真が取る方が早かった。

「油断ならないな。」
「うう……。」
「はは!行こう。」

しかも奢ってくれようとしたので、必死に制服を引っ張って阻止した。




ちゃん強情だなぁ……。」
また駅に向かって来た道を戻る。
藤真は引っ張られた制服を気にして、は申し訳ないと感じつつも知らん顔していた。

「同じバスケ部としてお会いしたのにそんなお気遣い不要ですから!」
「女の子の前じゃかっこつけたいもんだよ、男は。」
「阻止します!」
「手厳しいな!」

横目で藤真を見ると、楽しそうに笑ってくれていた。

「あの、藤真さん。」
「なに?」
「インターハイの時の、怪我は大丈夫、なんですか?」
「あぁ、これ?」

藤真が前髪をかき上げて、残る傷跡を見せてくれた。
豊玉戦で南の肘が入った瞬間をも見ていて、あの時のショックは今でも覚えている。

「問題ないよ。ちゃんも驚かせたよね。ごめんごめん。」
「謝らないでくださいよ……!」
「俺も避ければ良かったんだよ。南に……。」

間が空いて、藤真が俯く。

「エースキラーなんて呼び名付けさせちゃったな。」

「……!」
まるで自分のせいであるかのような言い方に、は言葉を失ってしまった。
無茶をした南に怒ったっていいのに。
誰も咎めないのに。

「み、南さん……!」
「ん?」
勢いよく言葉を発してしまったが、藤真にかける言葉はこれであってるのか悩みながらで語尾が小さくなる。

「驚いた、顔してました……。あの時は、絶対わざとじゃなかった……と、思います……。」

藤真はやや目を見開いた後、優しく微笑む。
「うん。」
「あっ、し、知ってます、よね。で、でしゃばり……すみませ……。」
「少し、気になってはいたかな。あの時の話はなんとなくし辛くて。」

ぽすん、と藤真の手がの頭に置かれる。

「故意だったのか、事故だったのか、なんてさ。どっちだって結果は変わらない。俺は怪我をして倒れて、チームは負けた。」
「……はい。」
ちゃん……俺……。」

不自然に言葉が途切れ、藤真を見上げると、一瞬真顔になったあとににやっと笑う。
ああ、これは監督の時の顔だ、と思って、少し身を固くする。

「海南マネージャーのサポート力、か。いいね。評価するよ。」
「こ、光栄、です……。」
「……ありがとう。少し、気持ちが軽くなった。」
「藤真さん……。」
「残念ながら駅に到着だ。またね。」

こくこくと頷くと、頭を撫でられる。
「家は駅から近いの?大丈夫?」
「はい!」
「気をつけてね。」
「ありがとうございます!」




改札を通ってホームで反対方向の電車に乗る。
あの言葉でよかったかなと、は過ぎたことを悩んでいた。






「牧……。」

藤真は電車の入口付近に立って、外を見つめながら呟いた。
一緒に来るかな、と思っていたが一人で、牧は忙しいのかな、と思った。
俺だって一応男なんだぞ、こんな夜中に二人きりで会うのを許すとか、大事にしてるマネージャーのはずなのに甘いなとか考えていたが、多分違う。

を差し向けた、という方が表現としては正しい。

「気遣い無用だこの野郎。俺をなめるなよ……。」

監督の表情をしないとやばかった。 かっこつけたいもんだよ、なんて言って、逃げるなんてカッコ悪い、と眉根を寄せる。
俺が悩んでいたのはそれじゃない。
今年こそ海南に勝つために、もう少し個々のメンタルが成長する必要があるんじゃないかと悩んでいた。
どんな言葉をかけるか、どんな練習をするか、難しくもあり楽しくもあり、やり甲斐があって監督をすることが嫌なんて思ったりはしなかった。

ああ、昨年の怪我?大丈夫だよ。そうなんですね、よかった!で終わっていい会話だったじゃないか。
なんであんな言い方した。
なんでは欲しい言葉を察してくれた。

負傷して、大事を取って、復帰してしばらくして、南がエースキラーなんて呼ばれてることを知った。
ざまあみろなんて思えるほど非情になれなかった。
俺はそのことがどこかで引っかかってたのか。
知らなかった、と他人事のように思っていた。

まるで心に踏み込まれてしまったような感覚を拒む気になれず、心地よくて、もっと話していたいと思ってしまった。







牧と神と清田は一緒に帰路を歩いていた。
「別にに、藤真を慰めてやれとか、そういうんじゃないんだ。あいつは強い奴だ。何かに悩んでたとしても自分で答えを導き出せる。」

神も別に藤真とが二人で会っているということに嫉妬しているわけではない。
男女といってもちゃんと分別がつく二人だ。
DVDを受け渡しして、バスケの話をして今頃はもう帰っているだろうなとなんとなく感じていた。

は、ちゃんと相手のことを思えるだろ。」

練習中、ミスを連発してしまった自分に、特別なことは何も言わずにただ笑顔で接してくれたを清田は思い出す。
見学している奴らの応援の声が嫌に耳に響いて、精神的に余裕がなかった。
もっと上手くなりたいから、慰めなんて必要ねーし、この厳しい状況こそ欲したものだし、成長する以外のことで今の俺を癒すものなんてねえし、と思いつめていたけど、と話したら、よし、もう一回、とそれだけを素直に考えることができた。

「藤真の息抜きになるかなと思って。一人で行ってもらった。まあ感じ方なんてのは人それぞれだが、も、一人で何かを抱え込んじまう辛さを知ってる奴だ。」
「藤真さんとが恋仲になったらどうするんです?」

神はからかうような口調で牧に問いかける。

「……嫉妬するな。」

牧も、冗談めかした声でそう答える。

「俺もです。」

本気なんだかどうなんだかわからない態度に、神は、この人は本当にしょうがない人だなあと思った。






は家に着いて風呂に入ったあと、DVDを再生してみる。

「お。」
湘北ベンチに目立つ赤髪が見えて、藤真さんが言っていたのはこの人か、と思う。

「……。」

試合を見ながら、コート外にも視線がつい向いてしまう。

「やっぱりいないよねー……。」

いない人のことを考えても仕方ない、と思い、仙道のプレイに視線を向ける。