11.予選開始



「ちーっす……。」
「おう、沢北。来たな。」
今日の授業しんどかったなーと疲れた顔をしながら体育館に着くと、河田がご機嫌な笑顔で立っていた。

「どうしたんですか、河田さん。なんか良いことでもあったんですか?」
「どーだ、沢北、このタオル。」
「あ。」

肩にかけたタオルは一度も洗った様子のない新品で、山王カラーだった。
この様子だと、さては……と思い沢北が笑う。

「そのブランド知ってますよ。良いっすよね、手触りいいしすぐ乾くし。その様子だとプレゼントですか?」
「あぁ。女の子からな。」
「おめでとうございます。あ。」

おめでとうございます、なんて言って、絶対、俺がプレゼントもらうのがそんなに珍しいかーとか言ってプロレス技をかけられる!と身構えたが、河田は笑顔のままだった。

「河田早速使ってるのかピョン?」
「おう。」
「え?」

体育館倉庫から出てきた深津も手に同じタオルを持っていた。

「あ、なんですかー?お揃いで。3年の先輩の誰かから貰ったんですかー?」
「秘密ピョン。」
「いーじゃないですか、減るもんじゃなし。」
きっとクラスメイトのバスケ部のファンの子が、頑張ってね、と渡してくれたのだろうと想像する。

「お前の分はねーぞ。」
「はは。いいですよ。俺は。」

後輩が体育館の入り口に向かって挨拶をするので振り返ると、堂本監督が来たところだった。

「えっ?」
「あぁ、沢北。」

堂本監督の肩にも同じタオルがかけられていて目を丸くする。

「すまないな。私まで貰ってしまって。」
「え、何の話ですか?」
「何のって……?」

堂本監督が深津と河田を見ると、知らん顔でストレッチを始めていた。
こいつら言ってないのか、と沢北に同情する。

「ほら、海南大付属の、マネージャーの子が。」
「えっ?」
「この前はありがとうございました、って、タオルを贈ってきてくれたんだ。もしご入用でしたらどうぞなんて謙虚というか慎ましいというか。」
「えっ……。」

口を開けたまま、沢北の動きが止まる。

「先生ー。そいついらないそうなんで大丈夫ですよ。」
「いらないのか?沢北……。」
「い……。」

ふるふると震えながら、沢北が監督に近づく。

「いるに決まってるじゃないですか!!!ど、どこですか!どこにあるんですか!!」
「部室にダンボールあったろ?」
「あれかぁぁぁぁ!!!」

沢北が猛ダッシュで体育館を出て行ってしまった。

「先生、お手数おかけしましたピョン。」
「涙目だったぞ沢北……。可哀想だろ……。」
「いーんすよ。あのくらいのほうが調子に乗らねえで。」

まだ部活開始まで時間があるのを確認すると、深津と河田も部室に向かった。

「ない!!!!」

部室に駆け込んで来て、ベンチに載せてあったダンボールの伝票にの名が書いてあることを確認するが、明らかに空っぽの状態に膝をつく。

「うっ……。」

まだ着替えてた一之倉が標的にされないようにこそこそとタオルをロッカーに隠すも遅かった。

「……我慢の男ですよね……?」
「譲らないぞ!?」
「なんでですか!!こんなことがあって良いんですか!?俺が!!俺がさんの差し入れ貰えないなんて!!!」
「お前はいいだろ女の子からプレゼント貰ってんだろ~~。オレにはレアなんだよ~!」
さんは別ですよ!!俺にもレアですよ!!いてっ!」

後方から飛んできたボールが沢北の背に当たる。
振り返ると、深津と河田が呆れ顔をしていた。

「イチノ苛めるなピョン。」
「深津さ~ん……。」
「落ち着けよ沢北……。」
「あの子がそんな考えなしに見えるのかピョン?」
「え?」

ダンボールの横に、別に紙袋がおいてあり、深津がそれを拾う。
「お前にはこれだそうだピョン。手紙付き。」

沢北が受け取って、ぎゅっと紙袋を抱きしめる。
「俺用……。」
「お前用。」
「手紙……!」

袋の中に手を突っ込んで手紙を取り出し、封を破く。
便箋を開くと、一番下に、学校にはお手紙もう出さないでくれると嬉しいです、という一言と、連絡先が書いてあるのが目に留まる。

「お、おおおお!さんの連絡先!」
「は?」

河田が腕を組んで眉根を寄せる。

「な、なに言ってんだ沢北……それくらい焼肉屋で二人きりにしてやったとき……。」
「あ、そ、そうか!あの時聞けば良かったのか……!」
「沢北。」

深津に襟を掴まれて、ずるずる引っ張られる。

「え、え、深津さん……。」
「先輩の気遣いを無下にした罰でランニングしてこいピョン。」

そのまま部室を出て体育館への道を戻る。 沢北は慌てて訂正した。

「そ、そんな、そうじゃないんですー!あのときは、留学のこと話させてもらってとても有意義に……!」
「あのタイミングでかよ!順番違くねぇか!?」
「そんなことないです!!」

持ってきてしまった手紙にまた視線を落として、今度は最初から読み始める。

「あ、神奈川ももうすぐ予選始まるそうですよ。観にいくんですって。さんは本当バスケ好きなんだなぁ……。」
「にやけた顔は練習始まりまでにどうにかしろピョン。」
「あの子に敬語抜けねーしよ。」
「敬語に、な、なっちゃうんですよ。ほら、俺とさんはきっと似たもの同士で先輩方と交流が多くプレッシャーをいつも食らってるんですよ……。」
「なにがプレッシャーだ。そんな弱くねーべや。」
「敬語は別に良いんじゃないか?ピョン。」

深津が振り返る。 口元を上げて笑っていた。

「他人行儀とか、距離があるとかの敬語に聞こえないピョン。沢北はマネさんのこと、マネさんは沢北のこと尊敬して出る敬語ピョン。」

深津の言葉に沢北は目を丸くする。

尊敬してくれているのだろうか。
でも深津さんが言うならきっとそうなんだと思える。

「そういう関係は、凄く良いと思う。ピョン。」
「深津さん……。」
「焦らないでしっかり連絡して距離詰めていけピョン。」

ぽん、ぽん、と深津と河田に尻を叩かれ、沢北はぐっと拳を握った。

「まあすぐ連絡できると思うなよ。」
「え?」
河田の言葉に沢北は冷や汗をかいた。

「確かに沢北には絶好のご褒美だピョン……。」
「いやちょっと……連絡は早い方が……。」
「次こんな機会あるか分かんねえからなあ。」
「ちょっとお!?」

堂本監督に駆け寄って沢北の練習メニューを提案し始める深津と河田に、沢北は頭を抱えた。












は客席で緊張した面持ちだった。
三脚に設置したビデオカメラを朝起動したら動作が遅くて調子が悪かった。

「沢北さんに抱きつかれたときにカバン落としたから……!?」

試合前に再び起動するといつも通りに戻ったようだったが、不安が拭えない。
途中で止まったらどうしよう。

。」
「あ、牧さーん。ふらふら終わったんですか?」
「終わってはいないが、試合見るよ、俺も。」
「見ましょうー見ましょうー。」

が隣の席をバンバン叩くが牧はのすぐ後方の通路に立ったまま動かない。

「嫌だ。お前の隣座ったらまったり雑談しちまう。ビデオに声入る。」
「今ビデオおやすみ中なんですけどねえ!お気遣いどうもです!」

まあいいか、私も牧さんがお隣にいるの危険だし……と思い直す。

藤真に貰った陵南・湘北戦と、昨年の山王のビデオを牧の部屋にお邪魔して見たが、その時も普通にバスケ観戦で終わった。
すぐ隣に牧が座って並んでいたので、は牧に寄りかかったり腕にしがみついたりしたくなってしまって耐えるのに必死だった。
牧がトイレに立った際に机に頭をぶつけて平静を保った。
そして牧が戻ってきてからは部屋に転がるボールを抱え込ませてもらって、甘えたくなる感情を抑えた。
迂闊に部屋に踏み込むと危険だ!と、の方が思っていた。

「次湘北出ますよ~。あと三浦台。」
「ああ。」
カメラの焦点をチェックして牧を見上げる。

「どっちが楽しみだ?」
「流川君のプレイ見たいですね。あと赤木さんのダンク。」
「湘北か。」
「牧さんだってそうでしょ?」

にこっと笑って見上げるが、牧は何も言わずに微笑むだけだった。
ワー、と歓声が上がって、はコートに目を向ける。

「……ん?」
湘北が出てきて陵南戦ではいなかった選手に目が止まる。

7番の宮城は知っている。
もう1人、短髪で、赤いサポーターを右膝に付けた、14番。

「あれは……?」
牧も何かに気付いたかのように声を発した。

「…………。」
「ん?おい、。どうした、硬直して。」
「ひ……。」
「ひ?」
「ひさ兄ィだ……。」
「ひさにい?」
「あっ!」

咄嗟に口を手で塞いで牧をまた見上げる。
気になった牧はの隣に座った。

「14番か?」
「14番、み、三井、寿、さん。あれ絶対間違いなく……。」
「中学MVPの。知ってるのか。」
「……お、幼馴染、です。今は交流ないけど。」
「ほお。世間は狭いな。お前、入った当初バスケ部経験無かったくせにパスやドリブルの基礎は身に付いてる感じだったのはあいつの影響か?」
「え、そうだったですか?ありがとうございます。ひさに、三井さんとは結構一緒にバスケで遊んでました。怪我で離れたって聞いてたんですけど。」
「大きい怪我だったのか?今復帰とはな。」
「わからないんですけど……そうかもしれません……。」

録画ボタンを押して、撮影を始める。

「あっ!?べ、ベンチだ!!まだ復帰したてなんでしょうか……!!」
「落ち着け。宮城も流川もベンチだぞ。」
「あ、ああ。ほ、本当だ。例の桜木君も……!」

手術が必要な怪我だったのだろうか。
あんなに大好きだったバスケから自分の意思で離れたのではなく、離れざるをえなかったならどんなに辛い思いをしていただろう、と想像すると悲しくなる。
自分が何か行動して何になるんだとか、向こうからは連絡ないんだし、とか勝手な理由をつけて遠ざかって、自分は海南大付属バスケ部のマネージャーだなんて。

彼に教えてもらっていたから、バスケ部にそれほど抵抗なく入れて、ここまでやってこれたというのもあるだろうに。
大変なときに、例え自己満足で彼にとっては不要だったとしても、励ましの言葉をかけたかった。

「……。」

牧は、何かを思いつめているようなの横顔をちらりと見る。

「……良かったな。また三井のプレイが見れるだろ。」
「はい……。」
牧の手がの頭に乗る。
優しくぽすぽすと叩かれて、慰めてくれていると察して慌ててしまう。

「あ、いえ、あ!?すみません変な顔してました!?元気です!」
「無理するな。色々考えることがあるんだろ?」
「あの……まあ……はい……。」

すぐ表情に出てしまうのをどうにかしたいと思いながら、また試合に集中する。

「仲が良かったんだな。三井と。」
「牧さん……。ええ……私……!」

自分の知らないを知っている三井、というところで心に引っ掛かりを覚えた牧だったが、幼馴染とまた共通の場で会えた喜びを邪魔しちゃいけないとに声をかける。
も牧に笑顔を向けた。

そして思い出す。
小さい頃、三井と一緒に過ごした日々を。

自分はお人形遊びしたかったのに無理やりバスケに付き合わされたり、 珍しくおままごと一緒にやってくれたと思ったら亭主関白すぎてくそつまんなかったり、 ぽっちゃりした体型だった自分をデブと、悪意なくしかも無駄に言ってきたり、 一緒にご飯食べるといつも苦手な食べ物は押し付けてきて、 お母さんに買ってもらった大事なぬいぐるみにジュースこぼされるし

「腹立った記憶しかねえっスわ!!!!!!!!!!!」
「そ……そうなのか……?」

一変して苛立った顔をしてノートに書く文字の筆圧が強くなったに冷や汗をかきながら、牧は立ち上がる。

「の、飲み物でも買って来るよ。待ってろ。」
「ありがとうございます!」

ベストメンバーではない湘北が三浦台に押される。
試合を見つつ、もう一人、は視線が向かって仕方ない人がいて、ドキドキしていた。






牧はもあんな不機嫌な顔するんだなぁと思いながら自販機に向かう。
「お。」

目的地の前に目立つツンツン頭を見つけて、にやりと笑った。




牧がいなくなって少し経つと湘北がメンバーチェンジで赤木以外を変える。

「牧さんまだかな……。あ。」

宮城のパスから三井が3Pを放つ。
綺麗に決まり、怪我は大丈夫な様子に一安心する。
牧にも見てもらいたいなとが振り返ると、缶を二本持って歩いて来るのが見えた。

「おう。変わったか。」
「はい。」
「さっき仙道に会った。」
「えっ!」

缶を受け取りながら、牧に驚いた表情を向ける。

「陵南もいらっしゃってたんですね。ご挨拶したかったな……。」
「そのうち会うだろ。」

缶を開けて、ゴクリと一口飲んで、に飲みかけの缶を渡す。
「?」
「俺は見やすいところに行ってくる。カメラはその位置キープな。」

牧の缶は隣の席に置いた。

「お任せあれ!」
「流川かっこいいとか言ってアップにすんなよ。」
「しませんよ!!」
「はは。また後でな。」

心外だなーと唇を尖らせながらまたコートに視線を向ける。
携帯が震え、メールを見ると、神から、今向かってるよ~とのんびりした連絡が入っていた。
すぐに返信をする。

「気をつけて来てね、と……。」
「あ、いた。」
「ん?」

聞き覚えのある声に振り返ると、にこにこと笑って手を振る仙道の姿があった。

「仙道君!こんにちはー。」
「こんにちは。さっき牧さんと会ったからもいるかなーと思って。」
「ごめんなさい探してもらっちゃって!」
「気にしないで。俺が挨拶したかっただけだから。」

すぐ行ってしまうかなと思ったが、仙道はゆっくりとした足取りで近づいて来て、の二つ後ろの席に座って手招きをする。
ビデオでコート全体が問題なく写ってることを確認して、仙道の隣まで移動する。

「どうしたの?」
「このあたりならビデオに声入らないかなあと思って。」
「うん、大丈夫。でも仙道君ジャージ……チームで来たんじゃないの?戻らなくていいの?」
「大丈夫大丈夫。見れれば。」
「ほ、本当に?」
「じゃあ海南の偵察に来たってことで。最近どう?」
「いつも通りです!」
「それは良かった。」

にこっと仙道に笑みを向けられると、もつられてへらっと笑ってしまう。

「仙道君はどう?」
「ん~。俺もいつも通り。」
「お互い様だ~。あれ?」

まったりとした会話をするが、二人の視線は試合に向かれていた。
桜木の5秒ヴァイオレーションにが首を傾げる。

「はは。桜木の奴。」
「さ、作戦じゃないですよね……?緊張?」

そういえば陵南戦でも最初はとんでもなく緊張してたっぽかったなあと思い出す。
仙道は隣で楽しそうに笑っていた。

「桜木君と早速仲良しになったの?」
「あいつ面白いんだ。」

桜木がフリースローを勢いよく外したボールを流川がダンクで叩き込む。

「お、噂の流川君。」

派手なプレイに自然と前のめりになってしまう。

も流川に一目置いてるんだ。」
「話を聞いて注目しないわけには。要チェックやーです。」
「はは。彦一に真似されてたって言ったら喜ばれるかな恥ずかしがるかな。」

仙道と話しているとそのペースに引き込まれてしまう。
聞いた当初は驚いたが、仙道と釣りというのはとても合っている気がした。

「仙道君は釣りが趣味だと聞きました。」
「ん?どうしたの。突然。」
「いや、なんか分かるなーって。」

にこにこ笑ってた仙道が、一瞬、どういう意味だろう?と口をへの字に曲げる。

「のんびり釣り糸垂らしてる姿がすっごい目に浮かぶ。」
もする?」
「え?」
「お魚もしくは海は好き?」
「好きだよ!どっちも!」
「お誘いする理由としては申し分ないかな?」
「釣りに誘ってくれるの?」
「うん。」
「やったー!」

が小さくばんざいをする。
仙道が時計を見て立ち上がった。

「じゃあ俺はそろそろ行こうかな。またね。」
「はーい。またね~。魚住さん達によろしくです。」

手を振って別れる。
はまたカメラを確認したあと、椅子に寄りかかってゆっくりと試合を見る。






陵南メンバーの元に戻ると、彦一が騒がしく仙道を迎える。
海南の牧さんに会ったというとさらに声を荒げる。

「……あともう1人……もいたから。」
さんて!海南のマネージャーさんですか!?」
「あれ、彦一知ってんだ。」

流されるかなと考えて小声になったのに、彦一は敏感に反応する。

「海南のマネージャーさんとはお話してみたかったんです!16年連続インターハイ進出のチームのデータ量はどんなもんなんや!全国のチームをチェックしてるに違いありません!」
「ああ、そういうこと……。」
「仙道さんとはお友達ですか!?」
「お友達というか。まあ普通に話すよ。ああでもさっき、」

仙道がポケットに突っ込んでいた手を出してピースをする。

「一緒に釣りする約束した。」
「彦一、海南のマネージャーの連絡先聞いてこい。」

聞いていた田岡監督が真面目な顔で言い出すので彦一が慌てる。

「なんですか監督!急に!」
「仙道が練習にこないときにあの子と一緒にいるかもしれんだろう!」
「え、そりゃまいったな……。」

仙道もしまったと思いまたポケットの中に手を戻して困惑した表情を浮かべる。

「監督が聞いたらええやないですかー!」
「馬鹿!おかしいだろう監督が女子高生の連絡先を聞くなど!話してみたいと言っていただろが!」
「せ、せやかて!緊張しますわ!近寄りがたいんですわ~!」
「そうなの?」
「仙道さんにはわからへんかもですが!美人さんでしかも先輩というのは~~!!!」

ああ~~~でも話してみたいわあああああと彦一が頭を抱える。
仙道としては逆に話しかけやすかったけどなあと、思ってしまう。

「……仙道はそういうの気にしないからな。」

越野が腕を組んでコートに向けてた視線を仙道、彦一に移す。

「そんなことない。可愛いと思うし。緊張はしないけど。」
「スタイルいいだろ。俺はそっちに視線が行っちまいそうで怖くて近づけない。うっかり見ちまってパーンて平手打ちとかな。」
「越野過去になんか嫌なことでもあったの……?」

彦一がああ……と呟き、真顔になる。

「…………。」

一気に静かになった陵南のメンバーをきょろきょろと見回して、仙道もとりあえず口を閉じた。
そんなことするような子じゃないのになーと思いつつ。