12.湘北へのご挨拶
部活が始まる前に牧とがボールを持ってゴール前で話していた。
牧がジャンプシュートを決めて、自分でボールを取りに行く。
それに続いてはドリブルからのレイアップシュートを決めた。
「これくらいは出来ますし。」
二人ともお遊び程度のゆっくりとしたプレイだった。
「うん。なかなか上手い。」
「わーい!牧さんに言われると嬉しい!」
「で、教えてもらった三井には会わないのか?」
湘北の初戦が終わった後、牧に、三井に会いにいけば?と声をかけられたが、いいです!と言って神と清田と合流して帰ってきた。
「……覚えてるの私だけかもしれませんし。」
「そんなことないかもしれないじゃないか。」
がゴール下でワンハンドシュートを放つも上手く上がらずリングに当たって弾かれる。
「あっ!」
「教えてやろうか?」
今までツーハンドしかやらず、これで十分といった様子だったのに、いきなりワンハンドやり始めるとか、三井の綺麗なフォームを見て影響されてるんじゃないか?と想像してしまう。
そのうち根負けして会いに行くだろうな、と笑ってしまった。
「牧さん、お疲れ様です。」
「あぁ、神。お疲れ。」
「なになに?ワンハンド練習するの?」
「出来たらかっこいいよね……。」
「教えるよ?」
「う、うぅ……。」
教え役を神に取られてしまって牧が苦笑いする。
しかし今日は監督が来れないと言っていたので遊んでばかりもいられない。
練習の流れを頭の中で組み立て、高砂に声をかける。
今日も海南はいつも通り練習をこなしていく。
「ぐぬ……。」
湘北の2回戦、は気に食わない顔をしていた。
腹が立つ程三井のプレイは好調だった。
怪我で離れてはずなのに、と考えたところで才能か、と思い至り嫉妬する。
三井がスリーポイントを決めると、ああっ!と嫌そうに反応するの横で、牧は反応に困っていた。
ひさにぃ、なんて口走るから、ひさしおにいちゃーん!と三井に笑顔で駆け寄る可愛い子供のを想像したのに現実はそうでもないようだ。
「……?」
しかし時折嬉しそうな表情をするときもある。
それは三井のプレイとは無関係のようだった。
試合は湘北が圧勝し、はカメラを片付ける。
「……。」
「神と清田は目立つとこで見やがって。」
コートの隅にいた神と清田がこちらに気づいて手を振るので、牧も振り返す。
「ま、牧、さん。」
「どした。」
真面目な顔で言いにくそうにして、この先の展開は読めたが牧はあえて何も言わなかった。
「ちょ、ちょっと行くところがあるので、先に神君と清田君と帰ってどうぞ……。」
完全に牧と視線を合わせず、びくびくしている。
また尋問されるんじゃなかろうかと怯えてるようだったので、俺もそんなに鬼ではないぞ、と思う。
「わかった。気をつけてな。」
「はい。」
牧が会場から出て行くのをが見送る。
といっても牧は先に帰るつもりはなかった。
理由をつけて、待ち伏せして、三井はどうだった?と聞いてやろうとしていた。
出口付近に神と清田が立っているのが見えて、また手を振る。
「まーきさん!あれ?さんは別ですか?」
「あぁ。用があるってさ。俺は待ってる。」
「なら俺たちも待ってますよ。用ってなんだろう……?」
「幼馴染に会いに行った。」
えっ?と神と清田が驚いた顔をするので初耳のようだった。
言う機会もなかったのだろう。
「湘北の三井。幼馴染のお兄ちゃんなんだと。」
「へー。知らなかった。」
「え、それ、大丈夫なんですか……。」
清田が汗をかく。
牧はそんな心配することが思い当たらず、清田の言葉を待った。
「なんかよくあるじゃないですか。久々に会って恋愛に発展したり……。俺は嫌です……。湘北なんぞにさんの彼氏がいるとか……。」
考えすぎの清田をど突こうかと考えたが、可能性が捨てきれず想像してしまう。
「牧さん。」
「なんだ、神。」
「俺ちょっと湘北の控え室付近に行きますね。」
「お、おい。」
神がすたすたと行ってしまって、牧と清田も追う。
過保護じゃないかと思いつつ、気になってしまうのは仕方ない。
も湘北の控え室前に来ていた。
三井が入って行った様子がなくて、ノックしたくても躊躇ってしまっていたら、片手に飲み物を持った彼が一人やってくる。
「ん?何か湘北に用か?」
やはり面影があってひさにぃだ、とわかるのだが、あれ、なんか目つき悪くなってないかと思って言葉が詰まった。
「おい、悪いがそこに立たれると邪魔なんだが。」
「み、三井、さん……。」
「ん?」
「あのー、なんです、けど、覚えてないかな……。」
三井がきょとんとした顔になった後、目を見開いて驚いていた。
牧達もそこを曲がれば湘北の控え室、というところまで来たところで、男の驚いたような声が聞こえてきた。
角から覗きこむと、まさに三井とが再会しているところだった。
「おま、!?久しぶりだな……!」
「覚えててくれた!」
「忘れるか馬鹿野郎!!」
三井がの頭をがしがしと撫で、微笑ましい兄妹のように見える。
ほら、大丈夫だったろ、と牧は思った。
あんなに微妙な顔をしていたも、嬉しそうに目を細めていた。
「なんでここにいるんだよ?」
「へへ。私今、海南バスケ部のマネージャーしてるんだよ。」
「は?海南て……あの海南か……?」
「王者、海南!ですわ。」
「お前が?海南に行ったとは聞いてたが。すっげー意外。練習ついていけてんのか?まぁバスケは俺とやってたもんな。」
「うん。ひさにぃが教えてくれたの、悔しいけど役に立ってる。」
「悔しいってなんだよ!あとひさにぃってやめろ!恥ずかしい。三井先輩もしくは三井さんと呼べ!」
「あ、ああ。ご、ごめん……。」
清田がはらはらしたような表情をするので牧は清田の頭をぽんと叩く。
「おいおい。いつまで覗きなんてしてるんだ。」
こそこそ二人を見つめる神と清田にため息をついて、呆れて壁に寄りかかる。
「だってやばいですよ!さんがなんかもじもじしてませんか!!」
「嬉しいんだろ、覚えてたから。」
「牧さんは余裕すぎっすよ!」
三井が腰に手を当てて前かがみになり、を覗き込む。
「で、俺を見つけてわざわざご挨拶にきたのか?それだけか?」
にやにやと笑って、それ以外にも用がありそうだというのは三井も察したようだった。
「あ、あのね。」
「おう。」
が下を向いて、顔を赤らめる。
「紹介、して欲しい人がいて。」
にやにやと笑っていた表情から一変、三井の顔が引きつる。
清田と神もまさかの展開に少し身を乗り出す。
「紹介……ってーと、湘北……の奴。」
「う、うん。」
「……違ェだろ。」
「え?」
三井を見上げると、焦った顔で指を指される。
「幼馴染の再会に!!!人を紹介しろだ!?違ェだろが!!!三井先輩かっこよかったです~とかねえのか!!!!連絡先変わってねえかも聞け!!!!!!」
「え、あ、いや、色々三井さんに聞きたいこともあるんだけど、取り急ぎ。」
「取り急ぎじゃねえ!!!!なんだテメエ胸ばっかり立派になりやがって!!!!揉むぞコラ!!!!ふてぶてしいのは変わってねえな!!!」
さんにお胸の話はああああ!!!!と清田が焦る。
神もあまり態度に出さないが、こんなパターンは初めてで、守りに行くべきか観察すべきか悩む。
「な、なんですかこっちはお願いしますと頭下げようとしてんのにそういう人のコンプレックスをズバズバと指摘してくるいじめっ子気質変わってないですねえええええ!!!!!!!今度から三井さん見かけたら積極的に金的狙いますよ!!!!」
「おおお上等だやれるもんならやってみろこの野郎!!!!」
下ネタで対抗した!!!と驚愕する。
互いに睨み合ってたが、試合の疲れもあるのか三井が先にため息をつく。
「はーあ……。……で?」
「ん?」
「誰を紹介して欲しいんだよ。」
仲介してくれる様子には喜ぶが、三井がすぐにああ!?と声を上げてまた威嚇してくる。
「まさか流川か!?てめえまでも!!!!」
清田も、なにい!?と声を上げ、それは一番嫌だとたちのもとへ足を踏み出そうとするが、牧と神に服を掴まれ止められる。
「え?流川君?あ、うん、流川君もご紹介頂けるなら嬉しいけど。」
なんで?といった様子で首を傾げるので、三井と清田がひと安心する。
「……そーだったな。お前は俺が女子にバレンタインにチョコもらいまくってる時に堂々とチロルチョコ渡してくるような色気のない奴だったな……。」
「え?チロルチョコ美味しいでしょ?」
「今でも尚後悔してねーのかよくっそ!!!!俺はあの時お前のチョコ一番楽しみにしてたんだぞ!!!!!!」
膝に手を突いて三井がうなだれてしまった。
「私も三井さんとチロルチョコ食べるの楽しみにしてたよ。」
「そうじゃねえ!なんかもう悲しくなるからこの話題はやめだ!!!で!?誰と知り合いてえんだ!?木暮か!?」
半ばやけくそになる三井が不思議になりながら、また照れ笑いを浮かべる。
完全に誰かに恋してんじゃねーか、と思える態度で面白くない。
「あ、あのね。」
「おう。早くしろ。俺まだ着替えてねえんだぞ。」
「……マネージャーさん……。」
三井の動きが止まる。
清田も口を半開きにして、神は、ああそういうこと、と苦笑いした。
「は?」
「湘北の、マネージャーさん。あの、美人な人……。」
「彩子か。」
「アヤコさんっていうの?あの、昨年もちらっとお見かけしたときも綺麗な人だなって思って。でも接する機会なかったから……。」
「……。」
三井がの肩に手を置いてため息をつく。
「お約束すぎんだろうが……。」
「だ、だめかな。お忙しいかな?」
「待ってろ。」
三井が控え室のドアノブに手を伸ばす前にドアが開く。
「三井、何してるんだ?」
木暮がすでにジャージに着替え、こちらを覗き込んで、状況がわからないといった顔をする。
「どちらさま?」
がぺこりと頭を下げる。 三井は親指を立ててを差す。
「ああ。俺の幼馴染だ。」
それまで不動だった牧がぴくりと反応する。
大人しく覗いていた神と清田は、たちのもとへ行ってしまう牧を目線で追うだけだった。
「三井。」
「ん……?お?」
現れたまさかの人物に三井がびっくりし、木暮も、ええ!?と声を上げた。
「うちの、マネージャーが失礼な態度を取っていないか気になって来てみたんだが。」
うちの、を強調した牧が何に対抗心を感じたかはよく分かったが、神と清田は、そこかよ!!というツッコミをしたくてたまらない。
「牧さん!」
「人と会っててすぐ帰れなかったよ。これから神と清田でいつもの店に行ってるから、挨拶が終わったら来いよ。」
「はい!お声かけありがとうございます!」
そしてすぐ背を向ける牧に頭を下げて見送る。
「……?連絡くれればいいのにわざわざ……。」
そこだけはよく分からず、牧さんが優しいからかな、と無理やり考えて三井と向き直る。
神と清田は、お前のじゃねえうちのだと主張して戻ってきた牧の満足そうな顔に、それでいいんすか、と思いながら迎える。
「飯食いにいこう。」
「は、はい!」
「まあ、牧さん自ら行ったらなんかもう安心だな……。」
一方三井は、突然の訪問者に驚いてしまってなんだあいつとしか思えなかった。
「いいのか?あいつ。」
「うん大丈夫だよ。」
「あ、ああ。じゃあ待ってろ……。」
三井が控え室に入っていき、木暮がを見つめる。
「か、海南のマネージャーが三井の幼馴染?」
「あの、はじめまして。突然すみません。と申します。」
「あ、ご丁寧に。俺は木暮公延です。」
頭を下げると木暮もぺこぺこと挨拶してくれて、低姿勢な様子に好感が持てる。
三井さんとは大違いだ……と思いつつ。
控え室から、女性の高い声が聞こえてきて、ばたばたと足音が近づいてきた。
ドアが開くと、先程まで憧れの眼差しで見つめていた湘北マネージャーが顔をのぞかせて、はどきりとする。
「あ、あの、お呼び立てしてしまい申し訳ないです……。」
「三井先輩が、海南のマネージャーが私と知り合いたいって……。」
「は、はい!あの、試合見てて、素敵だなって、思ってて。よ、良かったら一緒にバスケのお話とかしたいなって……。」
「ええ!?」
彩子がの目の前に飛び出して手を握る。
急な行動に、と木暮が驚きの声を上げた。
「嬉しーい!!!!いいの!?あたし彩子!」
「え、う、嬉しい?こちらこそ!あの、嬉しいです!私、です。」
「ちゃん!よろしくねー!海南のマネージャーとお近づきになれるなんてー!」
「俺に感謝しろよ。」
ジャージに着替えた三井がまた控え室から出てくる。
「あらー?三井先輩は間に入ってくれただけでしょー?わざわざ来てくれたなんて!」
「わわ!」
彩子に腕を回されて抱き寄せられて赤面してしまう。
この積極的な態度、羨ましい。
連絡先も交換し、三井にまた向き直る。
「ありがとう、三井さん!」
「おお。」
「なんだミッチー、誰と話してるんだ?メガネ君とアヤコさんも。」
「あ。」
ひょいと顔を出したのは、桜木だった。
近くで見ると赤い髪のインパクトにおお、と声が出そうになった。
「なんだお前さっきまでヘコんでたくせに。退場で。」
「うるさいミッチー!」
「ミッチーって呼ばれてるの?」
「、お前もうるさい!」
「可愛い呼び方じゃないですかいいな~。」
「やめろ!!ああもうめんどくせえから全員に紹介させろよ。」
「え。」
ちょいちょいと手招きされるが、他校の控え室になんて入ったことがないので一気に緊張する。
彩子に背を押されて、中に踏み込む。
まず赤木を探して見つけると、ぺこりと頭を下げた。
驚いた顔で近づいてきて、その背の高さと威圧感に少し仰け反る。
「なんだ?三井。」
「ちょっと会ったから紹介しとくわー。俺の幼馴染で今海南のマネージャーやってるだ。」
三井が紹介してくれたので、はまたはじめまして、と頭を下げた。
海南……!?とざわついたので、うちにとっての山王のような存在なのだろうなと思う。
「海南……?今日来てたあの生意気な奴がいるところですか?」
「生意気……。清田君ですねすみません……。」
桜木が敬語を使ってくるのが意外だったが、あの目立つところで大声で怒鳴る清田を思い出して詫びる。
「い、いえ!貴女が謝ることないですけど!」
「お?」
焦る桜木の様子がさらに意外だ。
桜木こそ生意気な一年生かとおもったのに、予想外に紳士だ。
「海南の、マネージャー……。」
「あ!流川君だ!」
がボソリと呟いた流川に気軽に声をかけると、ただ見られているのか睨まれているのか分からない目つきをされる。
「決勝リーグで潰す。」
「あああ流川もう!ちゃんはマネージャーなのよ!!女の子!」
「それはそれは、お待ちしております。」
「!」
流川の挑戦的な態度にが可哀想、と思ってしまったが、それには不敵な笑みでが返す。
としては、海南だ~と目を輝かせられるよりも、このような態度をされる方が慣れているし嬉しくなる。
「あらー……。見かけによらず強い子なんですね?三井先輩。」
「俺の幼馴染だからな。」
ふっ……と三井が自慢げに笑う。
がはっとして、三井の方を向く。
「三井さん。怪我が治って復帰されたんですよね。大きな怪我だったんですね。高校最後の夏に間に合ってよかった。今度お祝いのもの何か持ってきます。」
にこ、とが笑うが、また周囲がざわっとする。
三井の表情も硬くなってしまって、あれ?違ったのかな……?ときょろきょろと周囲を見渡す。
「み、ミッチー、さんは知らないのか……。」
「知らない……?桜木君、私何か間違ってた?」
「いやミッチーはですねえ……。」
「桜木ィ!!!!!」
三井が桜木との間に割り込む。
「お前そろそろ戻れ!!」
「え、あ、うん……?」
「出口まで送ってやるからほら!!!!」
腕を引っ張られて、挨拶は最後、控え室を出る瞬間にお辞儀をするだけで終わってしまった。
ぐいぐいと引っ張られて腕が少し痛い。
「あ、あのなあ……。」
背を向けていて表情は分からないが、声が動揺していた。
言ってはいけないことだったのだろうかと思い、俯く。
出口の前に来ると、三井が振り向き、の肩に手を置く。
「いいだろ過去のことは別に!祝いのものもいらねえし。折角再会したんだ。今の俺だけ見てろ。」
「!?」
真顔で、今の俺だけ見てろなんて言葉よく言えるなとびっくりする。
そしてなんだかかっこいい、と思ってしまった。
「……うん。ごめんね。怪我したときのことなんて思い出しくないよね。今までの分ぶつけて思いっきりプレイしてね。見てるから。」
「う……わ、わかってるよ。あとお前連絡先変わってるか?」
「変わってないよ。」
「分かった。んじゃあまた見に来いよ。」
「うん!」
三井に手を振って、会場を後にする。
この時間ならまだ皆お店に着いたばかりだろうと思いつつ、小走りで牧たちの元に向かった。
三井はの後ろ姿を見ながら心を痛めていた。
「け、怪我だと……怪我だけだと思ってやがる……!そりゃそうだよな……!」
見てると言ったの顔は、目を細めて、とても優しく微笑んでいた。
マネージャーになって、怪我でバスケが出来ないことの辛さを理解できているのだろう。
グレてたなんて知られたくないが、罪悪感が溢れてくる。
いつもの店といってもいくつかあるが、ここからだとファミレスかなと思い、歩いて向かう。
携帯が鳴り、牧さんだ、と思ったが、画面には知らない番号が表示されていた。
「はい?」
がちゃがちゃと騒がしい音と複数の男の人の声がして、間違い電話かと思ったがそうではなかった。
嬉しそうな声が聞こえてくる。
「さん!沢北です!!」
「あ、沢北さん!?」
「あの、あの、タオルありがとうございました!連絡先も!すぐお礼の電話したかったんですが……。」
言葉が途切れて、遠くから、なんだよ、と声がした。 河田の声だ。
「シュート練200本こなしたら電話していいって謎の条件出されまして~。」
「それ、こなして……。」
「はい。さっき200本目入れました!他の練習しながらだったので時間かかっちゃって。俺はお礼が遅いなんて失礼だと思ったんですが……」
「沢北さんがシュート200本も私のために……?」
「え?」
「あの、お疲れ様でした…!どうしよ、それはあの、嬉しい……。」
「え?」
沢北は深津と河田に視線を向けた。
もしかしてさんが喜ぶのが分かってて俺に課したのかと。
しかし深津も河田も同じくえ?ときょとんとした顔をする。
ただ沢北に猛練習させる口実だった。
「筋肉痛とかなってないですか?」
「や、全然こんなの、余裕ですよ!」
河田が小声で、あの子も変わってんな……と呟いて、深津がこくりと頷き同意した。
「ラストはなんのシュートで決めたんですか?」
「深津さんにパス貰ってアリウープで。」
「わぁぁ!絶対かっこいい!見たかったなー!」
「さん……あっ!」
沢北の声が遠くなって、今度は深津の声に代わる。
「音だけでいいならどうぞピョン。河田。」
「いくぞ沢北!」
「ま、間に合いませんてちょ、ちょー!!」
だだだだと走る音がした後、ドゴン、と盛大にゴールした音が響く。
「入れましたね?」
「凄い体勢でかっこいいとは言えないが決めたピョン。手、痛そうにしてる。」
「ええ……大丈夫ですか……!?」
「ご心配には及ばないピョン。タオル、使わせて貰ってるピョン。ありがとう。でもそんなに気を使わないで欲しいピョン。」
「い、いえ、あの贈りたくて贈ったので……!山王の皆さんに使って頂けるの、凄く嬉しいんで。」
「争奪戦で勝ち取った奴が使ってるピョン。」
「ええ!?そんなに……!全然足りなかったですよね……?」
「大丈夫、全員分あったらそれこそ驚きピョン。みんなで使うものにしたかったけど、うちにはさんみたいな優秀なマネがいないからちょっと管理が心配だったピョン。」
「そこまで気が回らず…。でも喜んでくれたなら安心しました。」
ふと気がつくと、レストランの前に着いてしまった。
窓側の席に、牧、神、清田を見つけると、向こうも気づいて、清田がぶんぶん手を振っていた。
も手を振りかえす。
「さんにとっては」
「あ、ちょ、その前にすみません!深津さんにさん付けされるなんて恐れ多いです!」
「呼び捨てでいいのかピョン?」
「もちろんです!」
「それは沢北に羨ましがられて良いピョン。」
「あ、あはは……すみませんお話遮っちゃいましたね。どうぞ。」
沢北をからかう時とも、試合中の真面目な声とも違う優しい声色に、こんな一面もあるんだな、と知れることが嬉しくなる。
「にとっては、沢北は厄介なナンパ野郎かもしれないピョンが……。」
「えっ!」
突然何を言いだすのかと思ったが、深津が、ん?と声をだす。
「いや、そうピョン。沢北は厄介なナンパ野郎ピョン。その通りピョン。間違ってないピョン。」
「深津さんそれまるで私が言ってるかのようにそちらに聞こえてませんかね!?」
「大丈夫ピョン。沢北は今は河田に技かけられてるピョン。卍固めくらいなら知ってるピョン?」
「な、何があったんですかね!?」
深津が微かに笑った感じに、は首を傾げる。
「は特別みたいピョン。」
「え?……あの?」
「普段はナンパなんて一切しない真面目な奴ピョン。ちゃんとのこと知りたいと思ってるようだから、たまに構ってやってくれたら嬉しいピョン。嫌がるようなことをしたりする奴じゃないピョン。」
「深津さん……。」
あの沢北を邪険に扱う気なんてないし、むしろ色々聞きたいと思ってるくらいだ。
「もちろんです。練習のお邪魔にならない程度に、お話できたら嬉しいなって思います。」
「も忙しかったらちゃんと言えピョン。」
「ふふ。はい。そのときはごめんなさい、って言います。」
「それでいいピョン。」
ナンパというのはやはりイメージが悪いと思ったのか、電話を奪ったのはそのフォローのためだったのだろう。
後輩想いの先輩だなと、微笑ましくなる。
「あ……。」
長く話してしまって、ガラス越しに牧たちがこちらを伺っているのが見えて焦ってしまった。
「昼休み終わるピョン?沢北!!」
「あ、す、すみません!」
まただだだだと足音が大きく迫ってきて、ぜえはあと息を荒げた沢北に替わる。
「ちょ、深津さんばっかり話して!え、もう切らないと!?」
ではなく深津に向かって喋ったあと、もしもし、と慌てて電話に向かう。
「あの、あとでまた連絡します!俺の連絡先送りますんで!登録お願いします!」
「はい。待ってます。お電話ありがと、沢北さん。」
「いえ、こちらこそ!じゃあ。」
電話を切って、レストランに入る。 牧たちのテーブルに案内してもらうと、4人掛けのテーブルで牧の隣が空いていたので座らせてもらう。
そしてやはり電話のことを聞かれた。
「大丈夫か?何か急用とかじゃないのか?」
心配そうな顔で聞かれてしまったが、牧ならともかく、神や清田は自分が沢北に連絡先を教えたと知ったらどう思うんだろう、と考えてしまって正直には話せなかった。
「大丈夫です。友達が宿題やるの忘れてたって相談だったんで。解き方伝えてたらちょっと手間取っちゃいました。」
メニューを見て、早く出てきそうなスープを頼んだ。
「三井さんはどうだった?」
神が向かいで、少し前のめりになる。
牧さんに聞いたのだろうと察して、自分との関係の説明は要らないなと判断する。
同じスリーポイントシューターとして気になってくれているなら嬉しい。
「前は爽やかなフリしていじめっ子だったんだけど、今はただのいじめっ子になってた。」
「言葉が淡々としすぎてさんから驚くほど被害者臭がしないっすね!」
「昔は知らんが、今のはそうそう苛められんだろ……。」
「ふふ……。褒められてるのかいまいち分かりませんが。」
が不敵に笑う。
神にビデオを渡して、おかわりする清田と一緒にドリンクバーへ水を取りに行った。
「ブランク明けかぁ。感じさせないですね。」
「2回見ただけじゃな。体力がもつかだな。」
「確かに。」
ビデオを再生して、シュートを入れるシーンで止める。
そこで騒がしくと清田が戻ってきた。
「さんセレクトのミックスドリンク作りました!!」
「不味くなるよう頑張りましたが難しいですね!」
「コーヒー入れろよ。」
「牧さん酷い!」
「躊躇いました!」
「さんナイス躊躇い!」
「ちょっともー小学生じゃないんだから。」
神が呆れながらも楽しそうにする二人に笑いかける。
「熱心に三井のプレーを見るのもいいが、湘北は翔陽に勝たないとな。」
「あ、そうですね。今日花形さん来てましたね。」
「ええ!気がつかなかった!」
「お前は三井に夢中だったもんな?」
「牧さん!!!!」
流川の次は三井さんか!!とが頬を膨らませる。
本気でなく冗談というのは分かるが、やめてほしい。
「藤真さんは来てました?」
「見なかったな。信長は?」
「俺も見てねっす。」
「あいつも忙しいからな。」
藤真さんは来てなかったのか。
花形さんが来ていたのなら話には聞くだろうけど、湘北は陵南戦とはチームの雰囲気が変わってるから絶対見ておいたほうがいいよな……とお節介なことを考えてしまった。
気軽に連絡していいような雰囲気だったし、連絡をしてみようかな、とちらっと鞄に視線を送る。
あとアヤコさんにも改めて自己紹介を送らなきゃ。
三井さんには……もし来たら返せばいいかな……。
真っ先に私が送ったら、急かすな急かすなそんなに会えて嬉しかったか、とか言われそうでちょっと腹立つ。
「なんかご機嫌だね?」
神ににこにことほほ笑みかけられて、こくんと大きく頷いた。
「友達ができた!湘北のマネージャーさん、アヤコさんていうんですって!あ、ま、まださっき知り合ったばかりだけど、凄く素敵な方!」
クラスに女の子の友人も多いだが、同じバスケ部マネージャーとなるとまた違うのだろう。
チームが試合で勝った時とも、牧に褒められた時とも違う、嬉しそうな表情をした。
「でも三井さんが恩着せがましかった!紹介頂いたんだけど、失敗だったかも!自分で行けば良かった~。」
「あの、さん、大丈夫なんですよね!?ただの幼馴染なんですよね!?」
「え?」
清田が必死な顔で聞いてくるのだが、意図が分からず困惑する。
「元彼とかじゃないですよね!?」
「……。」
まさかの言葉にが沈黙する。
「すまん、。何度か言って聞かせたんだが、清田が頑固でな……。に確認しないと納得しないらしい。」
牧も呆れ顔だった。
「き、清田君。落ち着こう。そういった色気のあることは何もないよ!」
「兄妹みたいな感じですか?」
「そうそう!それに、私子供の頃太ってたから、デブデブ言われてトラウマだよ!!彼氏にしたいなんて思ったことないもん!」
「でもそんなでもなかったんじゃない?の友達が言ってたの聞いたよ。気にしすぎだって。アルバム見たけど健康的ってレベルだったって。ほら、三井さんが言うからそう思い込んでただけかも。」
「えっ……そんなことないよ……だってぷよぷよしてたもん。」
「さん、今度アルバム持ってきてください!」
「いーーやーーーだーーー!!」
牧さん助けてと寄り添うが、牧はのんびりと、はははと笑うだけだった。
そういえば三井さんの悪口にはいつも続きがあった気がする。
お前ほんっとデブだからモテねーよな。
まぁいいんじゃねーの?
俺が
「……。」
俺が嫁にもらってやるから問題ねーよ。
「…………!!!」
「?」
牧の体に顔を当てて、表情を隠す。
モテないモテないうるさいわ!
そんなことなくなったもん。
痩せて、告白とかされるようになったもん。
まぁ、今はバスケに夢中だし、牧さんが好きだから断ってるけど。
嫁の貰い手だって、多分、いるもん。
子供の頃のそんな言葉なんて覚えてないでしょうけど。
私だって今久しぶりに思い出したわ。
……どう思ったかな。
今日会って、三井さんどう思ったかな。
ちょっとくらいは、可愛くなったって、思われてたらいいな。