13.内に秘めた想い



翌朝、はいつもより遅めに起床し、身支度を急いでいた。
昨日は家に帰ってきた後、沢北との会話を思い出してプレーをどうしても見たくなってしまい、動画を見てから眠ったのだった。

「個人用に撮っておいてよかった……。」
会った時に連絡先を聞かれなかったから少し不安になりながら手紙に書いたのだが、あんな連絡を貰えるなんて。

「やばい。感想を伝えたくなってきた。」
じわじわと、あの沢北と連絡がとれるということがバスケ好きとして幸せすぎると実感してくる。

「私からも連絡していい感じだったよね……。」
試合ではいつもセンス抜群のシュートを連発するから、通話中にしていた不格好なシュートをむしろ見たくなってしまう。
でもまずは山王の予選、頑張ってくださいと連絡することから始めようか。
そう思いながら携帯を覗くと、三井からの連絡が入っていた。
今日も来るのか?とだけで、は首を傾げるだけでは足りず体ごと傾げた。

「あれ?これ久しぶりの連絡だよね……?」
もうちょっとこう、 久しぶりだな、とか 昨日は来てくれてありがとな、とか また会えて嬉しいよ……とかまではいらないけれど、もうちょとこう、なにかないかな?と考えてしまう。

「久しぶりっていっても男の人はこんな感じなのかなー。」
私には遠慮なく接して大丈夫とか思われてるのかな? 神君に聞いてみよ。
もしかして舐められてるのでは!







「考えすぎ考えすぎ。」
神は笑って手をパタパタ振った。
「そうなの?」
「昨日の勢いだと、むしろちゃんと挨拶文があったら、三井さん変なものでも食べたのかも!って言いそうなんだけど、俺の気のせいかな?」
「あ、それは……あるかも……。」
「それで返信はなんてしたの?」
「あ、してない!!」
「してないの?」
「だって朝の忙しい時に来てたから……。」

今日は牧が来れないから神とで一緒に会場へ向かう。
清田は珍しく寝坊してしまったようなので、ゆっくりおいでと返事を返していた。

「行くよ~って返したらいいかな?アヤコさんに会いたいから挨拶に行こうかな……。神君、三井さんに会ってみたかったりする?」
「行くなら一緒に行くよ。」
「神君ついてきてくれるなら頼もしいな~。じゃあ行っちゃおうかな!」

会場にもうすぐ着くから挨拶に行ってもいいかな?と三井に連絡をする。
すぐに返事はないだろうと、鞄に携帯をしまった。 神を見上げると、今度は神のほうが携帯画面を見始めた。

「信長、今家を出たってさ。」
「急いでる感じ?」
「わかんない。でもあいつ先輩後輩関係しっかりしてるから慌ててそう。」
「私たち行きたいから行ってるだけだから気にしなくていいのに……。」
「まあいいんじゃない?」

返信が終わり、ポケットに携帯を入れると、神もに視線を向ける。
「昨晩牧さんから電話あってさ。」
「うん?」
「ここ見てきてくれ~っていうのいくつか頼まれたよ。牧さんのバスケに対する情熱は凄いな……。」
「神君だって。」
「え?」

牧の話題を出せば、は喜んで、だよねだよねとはしゃぎ始めるかと思ったがそうではなかった。

「神君だって凄いよ。真面目で、熱心で、一所懸命。」
「そ、そっかな……。牧さんには敵わないよ……。」

そうだった。は牧さんが好きだからって牧さんばっかり見てるような人ではなかった。 皆のことをちゃんと見てくれるんだった。

「あ、私飲み物買いたいんだけどコンビニ寄っていい?」
「もちろん。俺も買う。」
他にも頼まれたことはあったが、さすがにには言えない。

大丈夫だとは思うが、なにかあったらを守るの頼んだぞ、って。

世話焼き過ぎて、笑うのを必死にこらえてた。 でも牧さんは至極真剣に言ってるんだよなあと思ったら、羨ましくなってしまった。
三井さんとどんな関係かまだよく分からないし、無神経にの胸のこととか言ってくるかもしれないからそのときは、やめてください、と言おうとは思うけれども。

コンビニで少し悩んだ後、フルーツジュースを手に取ったの背後に立つ。
はそれ買うの?」
「うん。あ。」

ひょい、と神に、ペットボトルを取られてしまった。
「?」
「買ってあげる。」
「え?なんで?」
「褒めてくれたお礼。」
「え!?お世辞じゃないよ!?本当のことなのに!」
「嬉しかったから。」

にこっと笑顔を向けられて、レジに向かう神を大人しく見送ってしまった。 会計を終えるとこちらを振り向き、おいでおいでと手招きされる。

「神君スマイルの威力~~!!」
強すぎて困りすぎる。 藤真さんスマイルとどっちが上かなと考えてみても全く見当がつかない。





清田はとにかく走っていた。 神とと三人で試合を見に行くのは、もちろん牧がいても好きだけれど、それとはまた違ってまったりして居心地が良いから楽しみにしてたのに寝坊で遅刻とか情けなさすぎる。

「信長~どこ行くの~?」
「試合だよ試合観に行くんだよ!」

自転車に乗った女子生徒が隣に並び、清田に話しかける。 同じクラスの生徒だった。

「観に?はー、お疲れ様ですバスケ馬鹿~。」
「うるせえ!神さんとさんと一緒で、すっげえためになるんだよ!てめーには分からねーだろーがな!」
「えっ、清田あんた邪魔じゃないのそれー?大丈夫?」
「は?」
「神先輩と先輩見たことあるけどお似合いじゃない。二人きりにしたほうがいいんじゃない?」
「は?そんなんじゃねーよ!」

確かにはたから見たら仲良しだし、カップルだったら羨ましいって絶対思っちまうけどさんは牧さんが好きっぽいし神さんは 神さんは……

「ん?」

神さんってさんのこと好きっぽいけどどうなんかな?






湘北の控え室近くに来ると、選手の一人に遭遇した。
「あっ!」
「あ、ええと……。」
宮城が不在だったときにガードを務めていた人だ、というのは分かったが名前が出てこない。

「海南の神さんと……さんですよね!」
「えっ!私の名前覚えてくださってたんですか……!」

プレイヤーである神はともかくあんな一度わたわたと挨拶しただけなのに、記憶力が良いのかなと驚いてしまった。
すぐにひょっこりと彩子も現れる。

ちゃーん!」
「アヤコさん!」
「うふふ。名前覚えちゃうわよ。三井さんがずーっとブツブツ言ってるんだもの。」
「え、な、なんて……?」
、可愛くなったな……って」
「おいコラァ!!!!!」

彩子が声を低くして、三井の真似をしたところで本人が飛び出してくる。

「何をベラベラ喋ってやがる!!」
「本当のことじゃないですか~。やだ三井先輩、照れちゃって。」
「か、勘違いすんじゃねえぞ!!昔と比べてだからな!」

三井が彩子を睨んだ後、そのままの眼光でを見る。 しかしはきょとんと目を丸くして、三井を見つめていた。 神もどういう反応なのか分からず、黙っての傍にいた。

「本当?」
「あ?」

一歩、三井に近づいて顔を見上げる。

「ちょ、ちょっとは、可愛くなってる?」
「お、おお。そりゃ、い、いいんじゃねーか?ガキの頃よりは全然……。」
「あ……ありがとう……。」
「!」

恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべて、素直にお礼を言う。
そして彩子に呼ばれてすぐに湘北の控え室の中に入っていってしまった。

「おい……。」
「え?」

三井はが立っていた場所から視線を外さないまま、神に声を掛ける。

「あいつ……いつもあんな感じなのか?」
「え?ですか?まあ……褒められたときはあんな感じだったり、そんなことないよ~って言ったり。」
「大丈夫なんだろうな?」
「何がですか?」
三井が神に近づいてくる。 胸倉を掴まれてしまって、神は慌てつつも、別に敵意を向けられているわけではないことは心配そうな表情から分かったので大人しくしていた。

「あいつ仕草とかよお!あの素直な感じとか昔っからなんだよ!」
「は、はあ。」
「海南で変な男に目ェ付けられたりしてねえだろうな!?」
「えっ。」

あ……この人もの親馬鹿かな……?と考えてしまった。

「そ、そんな噂はないですね。」
「ならいいけどよ!!あいつ泣かせるような奴がいたら俺に報告しろよ!!」
「み……三井さん落ち着いて……。うちには牧さんがいるんですよ……。牧さんが怖くて手出しする人いませんて……。」

やんわりと三井の腕に手を置いて、離してもらう。 昨年のこととか沢北のこと知ったらどうなるんだろこの人、と興味が出たが、さすがに言えない。
牧さんより圧倒的に短気な保護者だ。

「……それもそうか……。」
「思った以上にお兄ちゃんなんですね。三井さんは。」
「別に。ぼーっとしてんのも相変わらずそうだったからよ。」
「あはは……。否定はしませんけど大丈夫ですよ。しっかりしてるマネージャーですから。」
「へえ。」

それはそれで面白くなさそうな顔を向けられてしまう。 自分としてはしっかりしてるけどちょっと抜けてるところが一緒にいて楽しいし気楽なのだが、三井さん的にはいっぱい頼られたいのだろうか。

「あの、赤木さんはいらっしゃいます?俺も挨拶したほうがいいですかね。もし邪魔じゃなかったら。」
「はあ?律儀な奴だなお前。」
「あ、そうだ、すみません遅くなりましたが、海南の神宗一郎です。三井さんのプレー拝見してます。」

遅くなったというか完全にタイミングを逃していたのだが、とりあえず先輩ということで頭を下げる。

「ああ。……改めて挨拶もいらねえかもしれねえが、三井寿だ。」
「怪我でブランクがあるとお聞きしましたが、綺麗なシュートフォームで。」
「そ、そんなことも言ってんのかよあいつは!!!!あんまりそのことには触れねえでくれるか!?」
「え?あ、すみません。」

神が三井の反応に疑問を抱きつつも素直に頷いた。
そうだな、俺も怪我したらそのことにはあまり触れて欲しくないかもしれないな……とやはり素直に受け取っていた。

「というかが遠慮なく控え室に入ってしまっていて。お~い、。」
ひょい、と中を覗くと、彩子と救急道具を覗いて話をしていた。
横で三井が、ああ!?呼び捨てだ!?と呟いたのが耳に入ったが、そのくらいは許してくださいよ、と考えつつスルーすることにした。
そして一緒に赤木もいたので、神はぺこりと一礼して中へ入っていく。

「なんの話してるの?」
「テーピング……。」
「テーピング?」

は彩子に向かって腕を出して、手首をぐるりと巻いてもらったあと、ぷらぷら動かしていた。

「今使ってるやつが私一番巻きやすいしみんなにも評判いいから好きなんだけど、通販での取り扱いが終わっちゃうらしいの。」
「そうだったんだ。結構予防で使うからねウチ……。」
「うん。探して買いに行ってもいいんだけど、通販だと安いから別なのにするか今監督と相談中で……。で、湘北は何使ってるのかどんな感じか聞いてたの。」
「うちは赤木先輩が固定力重視だからね~。粘着強いの買ってるわよ。」
「い、いいだろう。うちは使うやつの方が少ないし。怪我したときぐらいか。」
赤木くらいのパワーがあったら強いのじゃないと制御の意味を持たないのだろうな……となんとなく察する。

「ありがとうございます。」
「どお?良かったら買ってるところ教えるけど。」
「ううん……ちょっと強いですね……。ありがとうございます!ちょっと検討してみます!」
「いつでも連絡頂戴。」
にこにこ笑う彩子が優しくて嬉しくなって、もにっこり笑ったが、頭にゴッと衝撃が来た。
なんなのかはとてもよく分かったので、ゆっくりと振り向く。

「なんでしょうか三井さん?」
三井のチョップだった。 引きつった笑顔を向ける。
「なーに真面目な会話してやがる。良い子ぶりやがって。」
「私は真面目です!!!!」
「三井サン、男の構ってちゃんはみっともねーっスよ?」
「ああ!?」

シューズの紐を結びながら、宮城がにやにやと笑う。 三井は勢いよく振り返って宮城を睨みつけた。

「なんのことか分かんねえし、宮城に一番言われたくねえんだが!」
「はあ?それこそ分かんないっスよ。ねえアヤちゃん。」
「そういうところだよ!!」

試合前に言い争いする余裕もあって、リラックスしているなあと控え室を見渡す。 何が起こるか分からないけど、こんなところで負けて消えるようなチームにはみえない。

「ん?」
控え室の隅でブツブツ何かを言っている選手が目に入って近づいてみる。

「桜木君。」
「退場しない……退場しな……は、はい!!」
「あ、ごめん邪魔した?」
自分の世界に入っていたようで、肩をぽんと叩くとびくっと背を伸ばして驚いていた。

「湘北のことはよく分からないけど、そんなに思い悩んでて大丈夫?あ、もしかして願掛けだった?」
「いらぬ世話。ただ素人が緊張してるだけっす。」
「うるせえ流川!!!!」

横をスタスタと通り過ぎざまに流川が呟いた。

「今日、今日こそはファールしないと気合を入れてるんです……!」
「そんなに考え込まない方がいいと思うんだけど……。しなきゃいいってもんでもないでしょ?臨機応変だよ桜木君。作戦としてファールすることもあるんだから。」
「え、さく、作戦?」
、そいつ本当に素人なんだよ。コントロールできねえんだ。お前んとこの奴らの感覚でアドバイスしても無理だぞ。」
「え、あ、そうか……。」

三井に声をかけられて、余計なことを言ってしまったかなと慌てる。
「ご、ごめんね桜木君……!混乱させちゃったね……。」
「い、いえいえいえ!!!!ゴリやミッチーみたいな冷たい態度より全然嬉しいです!!!」
「おい誰が冷てえんだよ。」

不満げな三井のことは気にせずに桜木の腕をぽんぽんと叩く。

「ファールにびくびくするより桜木君の豪快なプレイを観客も見たいはずだよ!!私も客席でビデオ録ってるから頑張ってね!!」
「びびびびびびビデオ!!!!!??????この桜木の活躍をび、ビデオに!!!」

びしっと背筋を正してさらに桜木が緊張してしまった。

「桜木にトドメを刺してねえか?」
ぽん、と、の肩に手が置かれたので、振り返る。 三井が呆れたような顔をしていた。

「桜木は女に弱いんだ。あんまり苛めてやるなよ。」
「え?」
「顔赤くしやがって。いいけどよ別に。」
、そろそろ俺たちも行こうか。」
神が腕時計を気にする。
「長居しちゃってすみません!」
「全然問題ないわよ!」
「他校の話を聞くのは勉強になる。気にせずまた来てくれ。」
「ありがとうございます!」

彩子も赤木も全く迷惑そうにしていなくて嬉しくなる。 また質問したいことがあったらぜひ聞かせてもらおう、と思いながら頭を下げた。

。」
出口に向かう神に続いて控え室を出ようとしたが、三井に呼ばれて振り返る。
こちらに拳を向けていたので、も拳をこつんとぶつけた。

「三井さんのプレー見てますからね!」
「惚れんじゃねえぞ。」

またそんな冗談言う、と笑って控え室を出て行った。
すぐ外で携帯電話に目を落として居た神の横に並び、声をかける。
「清田君どうしよ?」
「今着いたって。合流しようか。」
「うん。」

自動販売機の前まで移動すると、きょろきょろと周囲を見渡す清田がいた。
「神さん!さんすみません!!」
二人の姿を発見すると叫びながら駆け寄ってくる。
「大丈夫大丈夫。試合までまだあるし。」
「あー。清田君寝癖そのまま?髪跳ねてるよ~。」
「わあああ!!」

笑顔で手を伸ばして髪を弄ってくるに慌ててしまう。
優しくて見ているだけで癒される雰囲気のある先輩たちで、この二人は本当にお似合いだよな、と考える。
分からない人たちからみたら付き合ってると思われても仕方ないかもしれない。

さん、俺カメラ持ちますよ。」
「え?」
答えを待たずに清田がが肩に下げていたカメラの入った鞄を持つ。
「今日は俺も働きます!」
「ありがとう。席にもう行っちゃおうか?」
「俺ちょっとお手洗い行っていいかな。」
「うん。待ってる。」
神がトイレに行き、清田とはその場で帰りを待つ。
二人共制服だったが、分かる人には海南のバスケ部というのはよく分かってしまう。

「あああああああ!!!!海南!!!!!」
「えっ。」
「お?」

大声で叫ばれた方向を向くと、二人のジャージを着た男が一緒に歩いていた。
関西弁で慌てる男の子の隣に、困った顔をした仙道がいてこちらに手を振っていた。

「仙道……!陵南か!」
。今日は……ええと一年生?二人で来てるの?」
「ううん。神君も一緒。牧さんは来れなかったんだ。」
「そうなんだ。」
「せ、仙道さん。仙道さん。一応紹介してくださいよお。」
ぐいぐいジャージを引っ張られたので、仙道ははいはい、と笑った。

「うちの一年。相田彦一。よろしくねえ。そちらは?」
「うちの一年で清田信長くんです。よろしくお願いします。」
「しゃす!!」
気合を入れて挨拶をしてしまったのはがわざわざ紹介してくれたからで、決して相手に敬意を払ったわけではない。
……というのをいちいち説明もできなくて、この俺がなんでこんな腰低くしてんだと頭を下げたことを後悔した。

「これはこれはご丁寧に。信長くん?同じ一年同士、よろしくなあ。」
なんか言い方がむかつくんだけど調子に乗んなよ関西弁!!!!!! 俺とてめえとじゃ実力が違うんだよ!!!!!と腹立っていたがの前でキレるわけにもいかない。
ぽん、と清田の肩にの手が置かれる。

「えへへ。清田君はねえ凄いんだよ。運動神経もバスケのセンスも抜群で海南のスタメン取ったんだよ。」
さんんん!!!!!」
嬉しいフォローをしてくれて、清田は歓喜に震える。 こういうところが大好きですと飛びつきたくなった。

「なんやて!!!!海南のスタメン……一年で!?」
「あ。」
仙道が冷や汗をかく。 彦一がペンとノートを取り出して、要チェックやと騒ぎ出した。
「スイッチ入っちゃった。」
「ん?」
勢いよく清田に迫り、その圧力にが後ずさる。
こそこそと仙道がに寄り、身を屈めて耳打ちする。

「ああなると長いんだ。」
「そ、そうなの……?ごめんね?」
「いえいえ。そちらの一年生も満更でもなさそうなんでより長くなりそう。」
経歴や得意なプレイをインタビューし始めて、清田も咳払いなんてして嬉しそうに答えている。
試合開始前には終わらせて欲しい。

「でも仙道君が止めたら止まってくれるでしょ?大丈夫大丈夫。」
「大丈夫とか言ってる場合じゃないよ。」
「え?」
「逃げるチャンスは今しかない。」
「逃げるの?」
「いやあ俺がこの前牧さんに会ったって言っちゃったから彦一も会いたがって付いてくるんだ。逃げたくなるでしょ?」
「試合見るのは一緒なのに逃げるの?」
「うん。牧さん来てないって分かったし俺自由行動おっけいでしょう。」

がしりと仙道がの腕を掴む。
「私、神君と清田君と一緒で……。」
「子供じゃないんだ。大丈夫。カメラはそちらさんが持ってるみたいだし。行こう。」
「ええ!!仙道君……!!」

ずるずる引きづられてしまい、振り返って清田の姿を見るも二人は会話に夢中だった。
神がトイレから出てくると、清田は陵南の生徒と自慢げに会話していて、の姿は見当たらなくて困惑する。

「信長。」
「あ、神さん!!こいつ陵南の一年の彦一ってやつです!!」
「神さん!!!!はじめまして相田彦一です!!」
「ど、どうも。何してるの?は?」
「え?」

そこで初めての姿が見えないことに気づいたようで、清田はきょろきょろと首を動かした。

「あれ!!仙道さんもおりません!!!!」
彦一も動揺する。
「はあ?、一緒にどっか行っちゃったの?」
「うわあああすみません俺が話に夢中になって!!」
「いや、大丈夫……。」

が何も言わずにどこか行くなんて珍しくて、仙道に連れて行かれたんじゃないかと不安になる。
不安になるが、仙道なんだから妙なことにはならないだろうと考えつつも、急いで携帯を取り出して電話をした。

「わーすみません!仙道さんたら勝手に行ってしまうとは……。」
「……出ないな。」
「先に行っちゃったんですかね?」
「とりあえずカメラセットしよう。行こう。君も、陵南のとこに行ってもしを見かけたら俺に連絡するように言ってくれる?」
「わかりました!」

走り去る彦一を見送って、神は深呼吸する。 大したことない。 仙道と一緒にどこかに行ってるだけだ。 他愛のない話をしてるだけかもしれない。 それでも、牧さんになにかあったらを守るの頼んだぞって言われたのに。 こんなに簡単に目の届かない所に行っちゃうこともあるんだよな、と考えてしまった。





神は清田と早足で席に向かう。 清田は、てきぱきと対応しつつも心配そうな神の表情をちらちらと伺った。
「あのお、神さん。」
「何?」
「神さんって、さんのこと……好きですよね?」

きょとんとした表情で見下ろされる。 確信に近かったのに、あれ?違ったのかなと思ってしまうような顔だった。

「突然すみません……。ええとひとまず、カメラ、カメラこの辺、ですよね?」

コート両面がよく映る場所に席を取り、清田はカメラを取り出した。 隣に神も座る。

「……そう見える?」
「え?」
のこと、好きそうに見える?」
「え、ええ……。」
神の態度に困惑しつつ、手を動かすのは止めなかった。 もうすぐ試合が始まってしまう。 客席にと仙道の姿がないか探すのも後だと必死に準備した。

「録画始めていいんですかね?」
「うん。お願い。」
開始したあと、神は席を一列後方に移動した。 周りは空席が多く、どこにでも座れる状態で、神は清田を手招きする。 カメラから離れて、清田は神の隣に座った。
コートを眺めながら、神は清田にだけ届く声量で話し始める。

「俺、のこと好きだよ。」
「あ、やっぱり……。」
「なんで突然そんなこと聞いたの?」
「いや……さんいなくなって、凄く、心配そうな顔してて……。好きなんだろうなって思ってはいたんですけど、気になっちゃって。」
「何を?」
言いにくそうに眉を顰めるが、清田は神をしっかり見つめて問いかけた。

「神さんは、嫉妬とかしないんですか?牧さんに。」
「牧さんね……。」
「告白しようとか、ないんですか?」
一切神は動揺せず、そのままの笑顔だった。 もうすでに答えは分かっているようで、落ち着いて言葉を返す。

「俺、最初のことどう思ってたと思う?」
「え?クラスメイトの一人……とか?」
「うざい女子グループの一人。」
まさかの言葉に清田の方が動揺する。
「え……。」
「なんか知らないけど、俺にしつこく付きまとう女の子がいてさ。好みでもないし媚びる態度が嫌で、でもどう断っていいか分かんなくて避けてたんだけど、近くの席でそこそこ話もしてたが友達になっちゃって、うわあ、どうしようって思った。案の定俺に話しかける頻度増えて、絶対仲を取り持ってって言われたんだって分かった。」

思い出したのか、遠くを見ながら真顔になったが、すぐにふふ、っと笑って清田のほうを向く。
「まあ、は露骨にめんどくさそうだったけどね。おかげでそれほど嫌悪はしなかったけど。」
「そういうのが態度に出ちゃうの、さんらしいっすね。」
「うん。」
「女の子のコソコソした策略とか苦手そうですもんね。」

試合が始まり、ジャンプボールは赤木が勝った。 視線を向けつつ、続きを話す。
「マネージャーになりたいって言った時も、無理だろ、って思った。こんなに頑張ってくれるとは思わなくて。」
「そりゃ、それが普通じゃないですか?さん体力無さそうですし!」

罪悪感があって告白できないのだろうか、と考えて、それはなんか違うと思います!!と言いたくてそわそわしてしまう。 さんは一人しかいないんだから、遠慮なんてしてたら勝てるものも勝てないですよと、伝えたくなる。

「……俺さ、牧さんが変えてくれたを好きになったんだよ。」
「!!」
神が目を細める。
「他にいたマネージャーがやめても残って頑張ってるを見て、ああ、良い子だなとは思ってたんだけど。本格的に好きになったのは、牧さんとが仲良くなってからなんだ。活き活きして、可愛いなって思っちゃって。」
「そ、そう、なんですか。」
「なんか、凄いなって思った。ほとんど会話なんてしてなかったのに、牧さんはのこと、近くにいたはずの俺なんかよりもちゃんと見てて、が辛い時に助けてあげたんだよなって。それで、の良いとこを引き出してくれたんだなって。」
「それは、牧さんが、凄すぎというか……。」
「それもあるかもしれないけど。」
神はすでに、清田が言いたかったことなんて知っているようで、何も言えなくなってしまった。 たくさん悩んで、今の決断に至っているんじゃないかと思って、ただ神を見つめた。

「だから、俺は二番目。」
「二番目……。」
「どうしても、できないんだ。牧さん結構こういうことに関しては隙だらけだけど、牧さんを出し抜いてやるとか、奪いたいって思えない。俺は、と牧さんが結ばれなかったら、そのときは、絶対、俺がを幸せにしたい。」
「神さん……。」
「断られるかもだけどね。はは。でも二番目っていうのは、誰にも譲りたくない。もちろん沢北にも、仙道にも。」
神がちらりと客席を見渡す。 どこかに仙道とがいないか探しているようだった。
「信長にもね?」
「え!!!!!」
その次は三井さんかなと考えていた清田は不意をつかれて驚愕する。

「お、おおおお俺っすか!?……お、俺は、さんのことは、先輩として、好きっす。」
「へえ。」
恥ずかしそうに俯きながら呟いたが、神の返しの一言には含みがあった。 俺の勘違いならいいけど、と言われた気がして、口をきゅっと結ぶ。

「さんばんめ……。」
「ん?」
「三番目は俺っす。」
その意味をすぐに理解して、神は笑った。
「謙虚だな、信長。」
「さ、三番目は誰にも譲らないっす!!」

顔が赤くなるのを隠すように俯きながら叫ぶ清田に笑ってしまう。

「えっ、と、というか、仙道も?」
「ん?」
「仙道も、さんのこと好きなんですか!?」
「……分かんないんだけど。会うといつもには一言二言話かけるし、を見る目がやたら優しいんだよね……。」