16.三井家にて



まさか、そんなわけないだろ、と思いながら三井は部屋から窓の外を見下ろした。
いつもは閑静な住宅街にバイクの音が轟いた。
聞き覚えのあるような、でもあいつが俺の家に来るはずがないと、バスケ雑誌を広げながら考えていたが、それは三井の家の前で止まったようだった。

「鉄男……!?」

相変わらずのノーヘルで、でもいつもと違うのは、後ろにヘルメットを被った女を乗せていた。
これも、見覚えのある姿で、三井は階段を駆け下りる。
勢いよく玄関のドアを開けると、よう、と鉄男が軽く手を挙げた。
鉄男がバイクを降りて、女にちょいと待ってろと声をかけた。 三井に歩み寄り、小声で呟く。

「なんだお前。髪切ったのか。」
「お、おお。」
「お前の知り合いらしいな。」
「ど、どういう繋がりだ?」
「大したことじゃねえんだが。明日は用事あんのか。」
「明日?明日は試合がねえから普通に練習だが……。」
「あの女、送迎してやれよ。」
「あ?」
「あとはまぁ……なんとかなる。」

それだけ言って、鉄男は引き返す。
のヘルメットの留め具を外してやると、すぐにヘルメットが落ちて、が慌ててキャッチして鉄男に返した。
そして、鉄男に、行けと顎で示されて、バイクから降りて三井のもとに駆け寄ってくる。
それを見て、、お前忠犬みてぇだぞ……と三井は思っていた。

「み、三井さん。」
「どうしたんだ。状況がさっぱりわからねぇ……。」
「あの……あ!」

バイクの走り出す音に、が振り向く。
慌てながら、ありがとうございます!!本当に、ありがとうございます!と、叫んでいた。

「とりあえず中入れよ。」
「いいの?」
「そのために来たんじゃねぇの?」
「三井さんの家の近くって言ったら、三井さんの家の前で下ろすって言われたから、ここに……。」
「そうか。兎に角、何があったのか教えてくれ。」
「う、うん……。」

顔色が悪く、疲弊しきった様子のの肩を抱いて中へ促す。
とりあえずわかったことはひとつ。

(……鉄男……一応ヘルメット持ってはいるんだな……。)

ちょっと可愛いじゃねーか……と思ってしまったことは秘密である。






部屋の明るい照明での姿を見ると、制服が所々汚れて膝を擦りむいていた。
血は滲む程度だったが、痛々しい。

「そこ座れ!あー救急箱どこだったかなー!」

バタバタと三井がリビングにある家具を漁り始めた。
はおとなしくソファに座る。
昔とあまり変わってない三井の家の様子に居心地の良さを感じていた。

「あった。」
「絆創膏もらえたら嬉しいな……。」
「消毒もしろ。ソファに脚乗せろ。」
「ありがとう……。」
「任せろ。」

三井がピンセットを取り出して自信満々にニヤリと笑う。
そういえば結構器用なんだよな、と思い出して、任せることにした。

「終わったら制服脱げよ。俺のスウェット……じゃでかいか。母さんのあるかな……。」
「なんでも大丈夫。」
「そういうわけにもいかねーだろ。」

膝に処置を施し終わると、三井はの様子を観察する。

「他に怪我は?」
「大丈夫……。あの、おばさん達は?」
「残業なんだ。でももう少しで帰ってくる。」

立ち上がって、今度は二階への階段をバタバタと走っていく。
残されたはソファから脚を下ろして俯いた。

!」
「!」

戻ってきた三井が服を投げてきて、の頭に被さる。

「着替えたら上に来い!俺の部屋!」
「う、うん。」

シンプルなグレーのスウェットを、乱暴だなーと思いながら受け取る。
三井は二階と一階を頻繁に行き来していて、部屋が汚いから掃除してるのかな、別に気にしなくていいのになと考えながら着替えをする。
着替え終わる頃には足音も聞こえなくなり、言われた通りも二階へ上がった。

「三井さん……。」
「おー。来たな!座れ座れ。」

示されたのはベッドで、は縁に座った。
三井はサイドテーブルに紅茶を用意していて、の近くに移動させる。

「ありがと……。」
「で、何があった?」

三井は机の椅子に座って、に真剣な顔を向ける。

「今日、部活の買い物に行った時、桜木君のお友達の……水戸君達と偶然会って、手伝ってくれて……。」
「ああ、あいつらが……。」
「水戸君達、喧嘩してる人が、いるのかな?その人達が、それ、見てたらしくって、捕まって、私のこと利用して水戸君たち殴るとか言ってて……。」
「は……!?それで、どう……!?」
「バイクの、あの人も、その人達と知り合いで、呼ばれてたみたいで。後から来て。」
「おお。」
「話、聴き終わったら、その人達、殴り始めて……。気に入らなかったからって言ってたけど。私のこと連れて、逃げてくれて。」
「……。」

相変わらずむちゃくちゃやってるなと思うが、まさかを助けてくれるとは。
今は鉄男に感謝するしかない。

「えっと、てつおさん、って言うの?お名前、聞いてなかった……。」
「ああ。金属の鉄に、男って書いてな。外見通りの名前って感じだよ。」
「鉄男さんが三井さんの知り合いなんてびっくりした。水戸たち以外で湘北の知り合いいるかって聞かれて答えたんだけど。」

三井の表情が曇る。
鉄男と知り合いということをはどう受け取るのか。
聞かれるんじゃないか。
ばれるんじゃないか。
バスケを離れて、鉄男達と連んで喧嘩をしていたことを。

「……怖かっただろ……。」
「ううん!大丈夫!鉄男さんが来た時……あの、体、大きいし、怖かったんだけど……。逃げてる時転んだの。それで膝……。そしたら、何も言わずにお姫様抱っこしてくれて。バイクまで運んでくれたの。」
「鉄男が……。」
「ヘルメット、鉄男さんのなのに被らせてくれて……。付けるのにもたついてたら、慣れた手つきで留めてくれて。」
「て……鉄男、が。」
「うん。凄く優しかった。」
「……そ、そうか。」
「三井さん。」
「なんだよ……。」

が三井ににこりと笑いかける。

「素敵なお友達だね。」

そんなことを言われるとは思っていなかった三井は目を丸くする。

……。」
「羨ましい。私、友達結構いるけど、鉄男さんみたいな人はいないもん。」

そりゃいねーだろうよ……と思うも、口には出さなかった。
会場で久々に会った時は子供の頃の面影あって、変わってねーなって思ったが、やっぱり変わってんだな。
成長して、優しくなって、強くなった。

「あいつは大事なダチだよ。」
「うん。」

怖い目に遭ったばっかりだっつーのに、俺を安心させてどうすんだよ。 もっと、怖かったって、なよなよ抱きついてくりゃ可愛げがあるのによ。

「……そうだな。」

こいつはたぶん、俺がグレてたなんて知ったら、馬鹿って言って終わりそうだ。
人の過去を否定するようなこと、言いそうにねえ。
だから

「……共通の友達がいてよ。それで、話してたら、気があったんだ。」
「そうだったんだ。」

全部を話したりはしない。 こいつに言葉を貰ってしまって、自分の過去を肯定して甘えるようなことはしたくねぇ。
負い目を感じて、バスケに必死にしがみついていたい。

「なんかよ。もう少しねえのかよ。」
「何が?」
「怖かったよ~!とか、三井さん私のこと守って!!とか。」
「はぁ?」
「はあ?じゃねーよ!!!!!」

慌てる三井をがクスクス笑う。 だがもう体力が無いようで、笑い終わるとすぐに床に視線を落として目を伏せがちになり、暗い表情になる。

「……今日、泊まってけよ。」
「大丈夫。帰るよ。」
「いや、心配だろうが。今日起こった事親に言えるか?」
「言えない……。」
「だろ。事情知ってる奴の近くにいろよ。急に不安になるかもしれねえだろ。甘えてきても笑わねえから。」
「三井さん……。」
「昔話で盛り上がって、俺が無理やり引き止めたってことにしていいし。」
「ありがと……。」

安心したのか、はベッドに横にぽすんと倒れ込んだ。
その状態で首を動かして、三井の部屋を見回す。

「三井さんの部屋ってこんなだったんだね。」
「あ?何をいまさら……ああ。高校に上がった時に机とベッドは新調したなそういや……。」
「違うよ。三井さん部屋に入れてくれなかったよ?」
「え?そうだっけか?」
「そうだよ。初めてだよ。いつも遊ぶのはリビングだった。」

そうだったかなと昔の記憶を思い起こすと、一度部屋に入りたいと言われた時があった気がする。
そのときは散らかってたから、見られたくなくて嫌だと言ったのだろう。

「……。」
「…………う?」

立ち上がって、目を閉じて今にも寝てしまいそうなに三井が歩み寄る。
ベッドに座り、の頬をぺしりと優しく叩いた。

「寝かせてやりてえがちょっと待て。シャワー浴びて、汚れ落してすっきりしてからのがいいんじゃねえか?」
「……うん。」
「…………。」

胸にの肩が当たって、はっとする。 無意識のうちに覆い被さり、の頬に唇を寄せていた。
「っっ!!」

慌てて起き上がって、拳で自分の頭を叩く。
弱ってるに何やってんだ。
今は頼れる兄貴分でいなきゃ、鉄男が俺のところに連れて来た意味がない。
に上着を掛けて部屋を出た。
風呂を沸かして、の家に電話しよう、と階段を降りる。
浴槽に湯を溜め始め、新しいタオルを用意してから、電話に向かう。

「……もしもし、さんのお宅ですか?三井です。」

父親が出てドキリとしたが、久しぶりだね!と嬉しそうな声で対応してくれた。

「お久しぶりです。あの、今日帰りがけにに偶然会って、家にちょっと、寄ってもらったら、あの、話盛り上がっちゃって。今、疲れて寝ちゃったんですよ。」

たどたどしい話し方になってしまったが、迷惑をかけてしまったねと申し訳なさそうにしてくれて安心する。

「いえ、あの、それで、このまま泊まらせてもいいかと連絡を。運ぼうかなと思ったんですが、部活疲れもあるみたいで……ええ。起こすのも悪いかなって。」

大丈夫だよ、と、快諾し、寿君も今度また遊びにおいでと言ってくれた。
の両親は自分の記憶の通り優しいままで、嬉しくなって口角が上がってしまう。

「ありがとうございます。ええ、あの、朝、寄ってから行くと思うんで。俺も、挨拶させて頂けたら……。」

会話が終わるころ、玄関の戸が開く音がした。
受話器を置いたと同時に慌ただしく母親がキッチンに向かっていく。

「ちょっと、誰か来てるの?玄関に女の子の靴……。」
が来てんだけだけどもう一人分夕食頼めるか?今は……部活疲れで俺の部屋で寝てんだけど……。」
「えっ!?ちゃん!?久しぶりね!もちろんいいわよ!!」

母親が一気に嬉しそうに笑う。
のことは可愛いがっていたからな、と思い出す。
風呂場をまた覗き、溜まったのを確認する。
そしてまた部屋に向かっていった。

ドアを開けると、まだは同じ体勢で眠っていた。

。」
ベッドの横に膝をついて座り、の肩に手を添えて揺らす。
「う……んん……。」
「……。」

眉根を寄せて、ゆっくり瞼を開ける。
可愛いと思ってしまうのは仕方ない。

「大丈夫か。」

背に手を回して上体を起こす。
目頭を手で抑えながら、三井に申し訳なさそうな表情を向けた。

「ごめん……寝てた……。」
「少し寝てすっきりしたか?」
「うん。」
「風呂入って、飯食おう。お前の家に電話しといたから。」
「え、本当に?うちの親、なんて?」
「たまたま会って、家で昔話して盛り上がったら、疲れて寝たってことにしてるから、合わせろよ。」
「分かった……。気を遣わせてごめんね。」

三井に腕を引かれて立ち上がる。
廊下に出ると、美味しそうな匂いがして、空腹感を覚えた。

「おばさん、お久しぶりです。お邪魔してます。」
「あ!!ちゃん!あら……!」
フライパンから視線を外して振り返り、驚いた表情をされる。

「あの、服お借りしてます。」
「いいわよもちろん……!緩くない?あらあら……ちゃんすっかりお姉さんになって……。」
「そりゃそうだろ。高二だぞ。いつの記憶と比べてんだ。」

三井がミネラルウォーターをコップに注ぎ、テーブルに置いた。
に座れと指で促す。

「痩せたんじゃない?美人になったわね~!」
「あ、えっと、部活で、動いてるんで。」
「バスケ?」
「はい。マネージャーですけど。」
ちゃんがマネージャーなんて羨ましいわね。ねえ寿。湘北にちゃんがいたら、寿ももっとまともだったかも……。」
「お、おい!余計なこというなよ!!!」
「あら怖い。」

クスクス笑って、また鍋の方に向き直る。

「来るって知ってたらもっと夕食頑張ったんだけど残業でね……。豚肉の生姜焼きなんだけどいい?」
「はい!好きです!!」
「よかった!」
「何か手伝います?」
「大丈夫よ!もうすぐ出来るからね。」

ただいまと声がして、三井が玄関がある方向へ顔を向けて声をかける。

「おかえり。今日来てっから!覚えてるか!?」
「え?ちゃん!?久しぶりだな……。」

父親がネクタイを緩めながらリビングへ嬉しそうな顔をして入ってくる。
も挨拶をするとにこにこ笑ってくれた。

「いや、近くに住んでるのに会わないもんだなあ。ゆっくりしてってね。」
「はい!」

父親が着替えに行っている間に、テーブルに料理が運ばれてくる。
豚の生姜焼きにキャベツとトマトのサラダ、スープとご飯が並ぶ。

「お父さんが来たら食べましょうね。」
「はい。」
「おやじー!早くしろよ!!!」

三井の気配りに感謝する。
そのまま自分の家に帰っていたら、思い出したり、いらないことを考えたりしていたかもしれない。
昔話や最近のこと、家族の話をして、沢山笑って、沢山食べて、怖かった今日の出来事を振り払った。







夕食を食べ終わり、風呂を借りてゆっくり温まった後はまた三井の部屋に行った。
ベッドに座って携帯電話を確認する。
沢北からの連絡を開く。


『今日インタビュー受けたんですけど、注目の他校の選手はいるかって質問になんにも思いつかなくて流れ止めちゃったんですよね。
さんに神奈川の情報貰っとけばよかったとか思ったんですけど、海南しか興味ないかな?』


普通の連絡が今は嬉しい。
返信を打つ間、今日あったことを忘れられる。


『インタビュー、雑誌に載るんですか⁉どの雑誌ですか?
他校の気になる選手はいっぱいいますよ。何人かピックアップしましょうか?』


『地元紙か月刊バスケットボールなんすけど…どっちだっけ…忘れた…。すみません確認します…。
ちょっと待って俺自分で神奈川の選手調べてさんの注目選手当てる!』


『地元紙かもなんですね。取り寄せってできますかね?
あの、私の注目選手は結構世論と一致してると思いますんで大体当たるかと……』


『地元紙だったら俺が送りますよ。
それかインターハイで手渡し!会いましょう!
選手のリストと写真だけで考えてみますよ!』


「沢北さん……」

沢北さんのこともまだあんまり知らないけど、声かけられても抱きつかれても怖くはなかったな。


今日の事を思い出しそうになって目をぎゅっと瞑る。
返信だ、返信をしよう。


『お願いします!楽しみにしてます!
じゃあ注目選手選んだら教えてください。答え合わせしましょう。』


『ちょっと時間ください!また連絡します!
じゃあ今日は、おやすみなさい。』


『誰選ぶか楽しみです。おやすみなさい。』


「インターハイ…絶対行きたい…」

バスケの事だけ考えよう。ありがとう、沢北さん。


部屋の扉が開き、困った顔の三井が入ってくる。

「はあ……。」
「どうしたの?」
「あ?な、なんでもねえ。寝る準備する。」

母親がと一緒に寝たいと言い出すが、それでは泊まりを言い出した意味がない。
俺の部屋でいいだろと言うと、変なことしないでしょうね、と疑われた。
そりゃもう高校生だし、不安になるかもしれねえが、信用して欲しいぜ……。

「お前は俺のベッド使え。」
「え?ここ?」
「おう。結構フカフカで寝心地いいんだぜ?感謝しろ。」
三井はベッドの横にあるテーブルなどをどかし、スペースを作る。
そこに部屋のすぐ近くまで運んでいた布団を敷いていく。

「いいの……?」
「当たり前だろ。ん?布団の方が好きか?」
「どっちでも……。」
「じゃあいいだろ。」

敷き終わると、三井は照明のスイッチに指を添え、の様子を見る。
「早く寝ようぜ。消していいか?」
「うん。」
荷物を適当な場所に置いて、布団に潜り込む。
電気を消すと、カーテンの隙間から差し込む月の光を頼りに三井も布団に横になった。

「母さんも父さんもうるさくて悪ぃ。」
「そんなことないよ。楽しかった。」
「そうか……。」
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」

といってもやはり同じ部屋で女と一緒に過ごすというのはドキドキすんな……と、三井はに背を向けた。
が大丈夫そうならさっさと寝ちまおうと目を閉じる。



夜中に声が聞こえて、ふと目を覚ました。
起き上がって、の方を見ると、驚いた顔をして周囲を見回していた。

?」
「あ、そ、そうだ……三井さんの、家、だったね……。ごめん……起こしちゃったね……。」

様子がおかしくて、三井は立ち上がってベッドの縁に座る。
異様に汗をかいていて嫌な夢でも見たのかと思うと同時に不安を抱く。

「なぁ……。大丈夫だったのか、本当に……。お前を、利用するって、言われただけか?」
頭や背に触れてみるが、殴られたとか、そういった様子はない。
言いたくなければ別にいいとも思ったが、が言いだすまで何もしないというのは違うと感じた。
聞いてやらないと、こいつは溜め込む。

「……バイクに乗って、逃げてくるとき、追いかけられたの……。」
「そうだったのか……。」
「私、今日部活早く上がらせてもらったの……。でも捕まって……鉄男さんが助けてくれて……。バイクに乗ったら、向こうもバイクで追ってきて……。鉄男さん、いっぱい走って、撒いてくれて……。」
かなり長い時間逃げ回っていたのか。
それは怖い体験だったろうなと、慰めるように背を撫でた。

「三井さん……。」
「どうした。」
俯いて、三井の胸にがもたれかかる。

「そ、その、その前にね。言われたの。鉄男さんが来てくれる前にね、この子、お、犯して、ビデオ撮ろうって、言われたの。」
「……!」
「び、びっくり、したの。冗談だったのかな……。ね、ねぇ、三井さん……本当にいるのかな……そんな、酷いことする人って……本当に……いるの……?」
辛そうな声を絞り出すを優しく抱きしめる。

「いる。非道な奴も、外道な奴も、人を傷付けてなんとも思わねぇ奴もいる。」
「そっか……。」
「今回は、そういうことを好まねえ奴の方が強かったからお前は助かった。それだけだ。」
「……。」
「……でも、びびってんじゃねーよ。お前は強いよ。俺が言うんだから間違いねぇし。」
「え……?」
三井の顔を見上げると、無邪気な表情で笑っていた。

「海南のマネージャーが務まる奴だ。俺の自慢の幼なじみだよ。」
「三井さん……。」
「だからよ……。ああ~!こういう時なんて言ったら良いかわかんねえけど……!!」
自分の頭を乱暴に掻いて、必死に言葉を探す三井の気持ちが嬉しい。

「お前は!ちゃんと現実と向き合える奴だろ!今は……俺の前では、落ち込んだって、いいけどよ……だけど、いつまでも、うじうじすんのはやめろよ!」
こんなこと言いたいわけじゃないのにと、三井は苦い表情をする。
もっと優しい言葉を選んでやりたいのにうまくいかない自分に呆れて、また頭をがしがし掻いて唸った。
は三井の必死な様子に驚いて目を丸くした。
一所懸命、自分を慰めようとしてくれているのだというのが分かり過ぎて。
嬉しくて、甘えても笑わないと言われたことを思い出して、三井の服を掴む。

「……大丈夫。伝わってきた。明日からまた頑張れる。」
「お……おう。俺でよけりゃ、なんでも相談乗るってんだ。」
「ありがと……。」
……。」

体から強張りが消えたの肩を押す。 大丈夫だから、早く休め、と思っての行動だったが、ぽすんと仰向けに倒れ、自分を見上げるにどきりとする。
「三井さん……。」
「あ、いや、その……。」

気付かれただろうかと動揺するが、はへらっと気の抜けた笑顔を向けてくる。

「今度はちゃんと寝れそう。本当に、ありがと……。」
「……お、おう。」
「おやすみなさい。」
「おやすみ……。」

ベッドから離れて、布団にすぐに潜る。 こいつ、こんなに愛らしかったか?と考えてしまうのを、別のことを考えて紛らわそうとする。
授業で居眠りして叱られたことや、部活で桜木に思いっきりファールされてブチ切れたことを思い出す。
「……。」
俺は桜木や鉄男みてえに強くねえし、もう喧嘩はしねえと安西先生に誓ったから、力でを守ることはできねえ。 でもやれることはしてやりたい。 大事な妹分だからだ。

「……。」
も三井に背を向ける。 いじめっ子のお兄ちゃんは、こんなに頼もしくなったんだと喜びながら。
言う通りだ。
そんなことする人がいるなんて、最低!って思って終わりにしよう。
海南のみんなや、三井さんや、沢北さんや……皆、このことを知ったら怒ってくれそうな人が沢山いる。
私は凄く、人に恵まれている。