17.誤解の始まり
朝起きると既に三井の母親がの分の朝食も用意していた。
あまり食欲が出ず、食べきれるか不安になりながら食卓座るが、出された目玉焼きが子供のころから好きだった半熟の焼き加減を見て嬉しさがこみ上げた。
中学に上がっても遊んではいたが、家で食事をしたのは小学生の頃が最後だったはずだ。
「よかったらこれも。」
「あ!ありがとうございます!」
デザートにキウイとバナナのヨーグルト和えも出される。
これも好きだった、と嬉しそうに笑う様子を見て、三井もふっと笑っていた。
朝起きたときは目の下にクマがあって心配していたが、少しは元気が出たようだ。
朝食が終わって、は礼を言って先に出て行った。
三井は食器を片付けたら自分も準備しての家に行こうと思っていた。
母親の隣に立つと小突かれる。
「なんだよ。」
「昨日、あんたがちゃんの家に連絡入れたんでしょ?あの、どうだった?」
「どうだったって。普通だったぜ。優しい感じで……久しぶりだねとか、遊びにおいでとか言ってくれたよ。」
「そう……。」
「なんだよ?」
母親の意味深な口調に、眉根を寄せてしまう。
「……ちゃんのご両親ね、あんたのこの2年間のこと、知ってるから。」
「えっ……。」
「街であんたのこと見かけて、心配してくださって、私のお話聞いてくれて。相談相手になってくれてたの。」
「で、でも、そんな様子……!」
「隠してくれてたんでしょう。きっと大丈夫だからって、あんたのこと信じてくれてたから。」
「……。」
「ちゃんにも隠してくれていたのよ。」
「だから、の耳には全然入ってなかったのか……。」
早くの家に行かなければと、部屋に小走りで向かった。
挨拶だけじゃない、今の姿を見せて、一言謝罪をしたい。
グレていたのを知っていたのに、昨日はを迷わず俺に預けてくれたなんて。
制服に着替えて鞄を持って、階段を駆け下りた。
「行ってくる!!」
「行ってらっしゃい。」
家を出て真っ直ぐの家を目指した。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、母親がドアを開け、一瞬驚いた顔をしたあとに笑顔でおはよう、と声をかけてくれた。
「お、おはよう、ございます。あの……。」
「寿君……久しぶりね~!最後に会ったのはいつだったかしら。大きくなって。」
「あの……。」
無難な会話に流されたくなるが、ここははっきり、俺が言わなきゃならないところだと、一度きゅっと口を結んだ。
「すみません!親に……親に聞きました。俺、この二年間、馬鹿なことしてたの……知ってて、に黙っていてくれたって。」
ばっと頭を下げて、罪悪感から声を荒らげてしまいそうになるのを耐えながら言葉を紡ぐ。
「ああ……。」
「昨日も、俺、知らないだろうと思って、電話しちまって。、さん、のこと、俺を信じて預けてくれて。」
母親が歩み寄り、頭を上げて、と優しく話し出す。
ぽん、と肩に手が触れた。
「お父さんがね、寿君の声きいたら大丈夫だと思ったんだって言ってて。私はお父さんを信用しただけなのよ。」
「え……。」
「のこと、気にかけてくれてるのが凄く伝わってきたから、寿君はもう大丈夫なんだろうって。来てくれてありがとう。私も今の寿君見たら納得したわ。」
「!!」
「せっかくだからまたと遊んであげてね。あの子もバスケ部のマネージャー頑張ってるの。」
「わかってます。あの海南のマネージャーなんて……。」
「ありがとう。」
が玄関で靴を履こうとしているのが見えた。
母親と話しているのを視界に入れると、慌てた様子で靴を中途半端に踵を踏んだ状態で履いて駆け寄ってきた。
「おいあぶねえぞ!ちゃんと靴履けよ!!……あ。」
母親の前でついを叱ってしまった。
これは気分を悪くするのはと思って表情を伺うと、クスクス笑っていた。
「お兄ちゃんね、寿君。」
「すみません……。」
「いいのよ。気がついたら言ってあげて。あの子落ち着きがないから。」
「な、何話してるの~!?」
ちゃんと靴を履きなおすと、恥ずかしそうに寄ってきた。
「久しぶりねって話してたのよ。ね。」
「は、はい……!」
「そっか?それじゃ学校いってきます。」
「いってらっしゃい。」
母親に見送られて、二人並んで歩きだした。 これも久しぶりすぎて、何を話したらいいかわからなくなり言葉を探す。
「お母さんおしゃべりだった?ごめんね。」
「いや。相変わらず優しい母親じゃねえか。」
「そ、そう?なんか恥ずかしいな。」
ちらりとを見て、気になったことを聞いていいのか一瞬悩む。
でもそんな遠慮しなくていいかと思い直した。
「靴下じゃなくて黒タイツなのか?」
「膝の絆創膏隠したくて。」
「……化粧してんのか?」
「え!!う、うん。」
「……ちょっと濃くねえか?朝のすっぴんと比べると。」
「ううう~!指摘されると恥ずかしい!!!だ、だって顔色悪いんだもん!!」
顔を背けて手で隠すが、三井は遠慮なく覗いてくる。 そして眉根を寄せた。
「怪我も顔色も隠さなくていいじゃねえか……。心配かけないようにって?逆に心配かけとけよ……。昨日の今日でいつも通りとか倒れねえか心配すんだろうがよ。」
「で、でもそんな、今日は体育無いし、疲れるような授業はないし。部活はもうすぐ海南だって初戦だし。大丈夫だよ。」
「部活が一番問題だろ!」
「ぐ……!迷惑かけたくないのでいいの!!」
「おいおい~!牧の連絡先教えろ!俺が代わりに言ってやるよ!!」
三井がの携帯に手を伸ばす。
まさかそこまでされるとは思わなかったは咄嗟に鞄を三井から逸らし、一歩距離を開けた。
「保護者じゃないんだからやめてよなにそれ!!」
「誰が保護者だ!俺は昨日のことを知ってる奴としてなあ!!」
それでも諦めようとしない三井に困惑してしまっただったが、ふと聞こえてきたボールの音に視線を向ける。
話題をそらすのに丁度いい、バスケットボールがリングに弾かれる音だ。
「あ!だ、誰かバスケやってるよ!!」
三井から慌てて離れて、ドリブルの音がする方へ駆け寄る。 バスケットゴールのある敷地をフェンス越しに覗くと、目を丸くした。
「流川君。」
「あ?流川?」
三井も並んで覗き込む。
ジャージ姿で一人気ままに練習していたが、流川もこちらに気づいて動きを止める。
ぺこりと頭を下げて、ボールと指先でくるくる回す。 三井とはそこへ近づいていった。
「おはよ~。朝練?」
「ども。……お二人、お揃いで。」
不思議そうに二人に視線を向ける流川に、三井は自慢げに笑った。
ぽん、と、の肩に手を置く。
「まあな。お前みてえな奴には刺激が強いかもしれねえが、昨夜はうちに泊まったもんで。」
「三井さんのお母さんのご飯美味しいんだよ。」
「あ、特に何事もなかったんっすね。」
「のくそ正直野郎め……!!!!」
折角の流川の反応を見て楽しめる機会かと思ったが、の能天気な一言で終わってしまった。
「流川君だったんだ。さっきゴール外してたよね?ガコンて音。」
「はあ。」
「流川君も外すんだねえ。」
「……はあ。一応、人間なんで。」
にこにこ笑うと、不思議そうに首を傾げる流川は会話が成立しなさそうだなと、三井が間に入り込む。
「は試合しか見る機会ねえもんな。」
「うん!毎回かっこいいよね流川君!目線が自然と向いちゃうよ!」
「……そっすか……。どうも。」
「……おい聞き捨てならねえな。俺の方には向かねえってか。」
「え?」
がしりと三井がの頭を掴み、流川に向いていた顔を自分の方へ向かせる。
「今は流川君と話してるの!三井さんのプレイもちゃんと見てます!」
「お、おう……そうかよ……。」
はっきり言われると照れてしまい、声が吃る三井を流川がじっと見つめる。
「……そろそろ、朝練じゃねっすか。」
「あ!?もうそんな時間か!?」
「あっ!やばい練習遅刻する……!」
三井もも腕時計を慌てて見て焦るが、流川は落ち着いてボールを仕舞い始めた。
「おい、行くぞ!」
「流川君は?」
「あいつ自転車なんだよ!」
「そうなんだ!」
「……送る?」
「なんだと!?流川がんな親切なこと言うか馬鹿野郎!幻聴が聞こえた!」
の手を引き学校へと急ぐが、近くに停めていた自転車を漕ぐ流川にすぐ追いつかれる。
二人と並ぶと、降りて自転車を押し始めた。
「今日、乗れるやつなんで。」
「そ、それに言ってんのか!?」
「海南の場所分かりますし。ここから電車面倒でしょ。」
「それはまあ……」
「俺のが速い。近道通る。」
がチラリと三井を見る。 三井も判断に困っている様子だった。
「早く決めてください。」
「甘えていいのかな……!」
「何か考えてんじゃねえだろうな流川……!」
「……別に、何も。」
「ち、遅刻するよりは、いいのか……?……じゃあ乗せてもらえ!」
「じゃあ、お願いします!」
「うっす。」
こんなに意思表示する流川も珍しくて押されてしまった。
自転車に跨る流川とという図が見慣れ無さ過ぎて眉根を寄せてしまう。
「荒い運転すんなよ!」
「努めます。」
「よ、よろしくお願いします~。」
そして流川が自転車を漕ぎ出す。 二人の姿が見えなくなってから、はっとする。
昨日の今日で、なるべく目を離さないようにしようと思っていたのに。
「流川!なんで今日に限って……!」
まあ、流川は喧嘩も強いしな……と一瞬でも考えてしまったのがまた悔しい。
帰りは絶対俺がを迎えに行くぞ畜生、とぶつぶつ呟きながら、湘北への道を急いだ。
「流川君!肩ちょっと不安!お腹に手回していい?」
「どーぞ。」
は流川の両肩に手を置いて掴まっていたが、スピードが速くて不安になりお腹に手を回した。
「私重くない?」
「別に。」
ずっと、一言言えば一言返される言葉のやりとりで、仲良くなれる気がしなくては不思議がる。
フレンドリーな想像はしていなかったが、こんなにもコミュニケーションを取らない人だったとは。
「練習。」
「えっ、なに?」
「いつもどういうタイミングで参加してんですか?最初からずっと?」
「……部活?うん、そうだよ。たまにやることあって途中からのときもあるけど。」
「練習ついていけるんすか。」
「質も量もきついけど、私はマネージャーだし。強豪だから逆に保護者の理解もあって協力的だし、環境も整ってるから実はやりやすかったりするのかなーって。」
「そうなんすか。」
「うん。差し入れもくれるし。」
「ふーん。」
何が知りたいのかはいまいち分からないが、海南に興味を持ってくれるのは嬉しい。
「あ、そうだ!」
「なんすか。」
「私、マネージャーって初めてでね、なんとかやってるけど、他のチームのマネージャーはどんなことしてるのか気になってて。彩子さんとお話ししたいなって思ってたんだった。」
「聞けばいいじゃないっすか。」
「うん。流川君は、彩子さん何してくれるときが一番助かるーとかある?」
「どあほうを黙らせる。」
「えっ。」
「……桜木花道。うるせえどあほう。」
「そ、そうなの……。」
彩子は容姿のまま、姉御肌なのだろうなあと憧れを抱く。
自分はそういうキャラになれそうにないから流川の意見の実践は難しそうだ。
「……。」
ちらりと、後方を見てしまってはっとする。 昨日とは違うんだ、追いかけてくる人などいないと頭では分かるのに、二人乗りをしているこの状況が昨日の出来事を思い出させてくる。
「速いっすか?」
「え?」
「腕。力入れてるから。怖いのかと。」
無意識に流川のお腹にぎゅっとしがみついているのに気づいて慌てて力を緩めた。
「痛かった!?」
「いや。」
「あんまり、二人乗りとかしないから……!怖くないよ!風を切る感じ、気持ちいい。満員電車より全然良いね。」
「そんなもんと比べないでください。」
「あはは、ごめん!」
「あと5分くらいで着きますけど。」
「早い‼間に合う!ありがとう流川君!」
湘北の一年生って皆良い子ばっかりなんだな!海南も良い子ばっかりだけど!と考えながら流川と少しずつ会話を増やしていく。
きっと人見知りなだけなんだろう!と、の頭の中で都合よく解釈されていった。
「……練習メニューはコーチが組むんすか?あの主将?」
「…………。」
しかし徐々に違和感を感じてくる。 内容にも、ちょっとした変化で分かりにくいが、そわそわとした態度に。
「……もしかして流川君、うちの練習見学したかったり?」
「……。」
まさか、と思って発した言葉だったが当たりだったようだ。
「なるほどー。」
自分の心配してくれたわけではなく、海南に行って、あわよくば練習を見ようとしていたのだろう。
がっかりとした気分はなく、予想していた流川の性格っぽさがあって、納得して頷いてしまった。
「大丈夫だと思うよ!朝練見学してる人いるしそれに混じっても、牧さん多分ダメって言わないから中入って見ててもいいと思うし。」
「なんで分かったんすか……。」
「えー!?わからないと思ったの!?あれ!?」
流川の表情は見えないが急に自転車のスピードが速くなる。
彼なりの照れ隠しなのだろうか。
「だ、だってほら、流川くんは!バスケにほんとーに!!!真面目そうだなって思ってたから!!」
そんな流川にそわそわしてたからと言うことはできず、言葉を選ぶと一瞬だけちらりと振り返った。
「そーっすか。」
「う、うん!当たって嬉しい!!」
誤魔化してるうちに校門前に到着して、自転車が止まる。
はお礼を言いながら下りて、流川の表情が見える位置に回り込んだ。
「駐輪場近くにあるから、そこに停めて体育館行こうか?急いで許可取ってくるから。」
流川は体育館の方を向く。
まだ練習が始まっていない体育館は静かだった。
「……やっぱ、いーっす。」
「え?」
「試合で、潰します。」
そう言って、ペダルに乗せていた片足に力を込めようとしたが、ぴたりと止まる。
「もし。」
「?」
「もし気が変わったら、あんたに連絡すればいーんすか。」
「え!?あ、うん。大丈夫だよ!そのほうが事前に聞いておけるから……。」
「わかりました。先輩に連絡先聞いておきますんで。そんときはよろしくお願いします。」
そう言い終わると、今度こそ自転車を漕ぎ出した。
Uターンをして、すぐに背中は見えなくなる。
「……不思議な子だなあ……。」
とりあえず、流川君もうちを倒すことを目標にしてくれているようだ。
それぐらいしか分からなかったが、あの気まぐれそうな流川くんから連絡が来たら面白そうだなあと喜んでしまった。
「さて。部活!」
裏道を通れば湘北の朝練にも十分間に合う、……モップがけには既に間に合ってないが、その辺は三井先輩がなんとかしてくれんじゃなかろうかと他力本願に考えながら、流川は湘北を目指す。
「……。」
直線の道に差し掛かり、そっと片手を背中に回す。
「……柔け。」
抱きつかれた感触が残っていて、顔は無表情のまま、頭でだけ意識してしまう流川だった。
はまずそっと体育館を覗くと、部員はストレッチをしていたりシュート練習を始めていて、まだ3年の姿は見えなかった。
時間がギリギリだったので一言声をかけてから着替えようかと思っていたが、この様子なら間に合いそうだと部室に向けて走り出そうと振り返ったところでぼすんと何かに当たる。
慌てて見上げると、不思議そうな顔をした牧がこちらを見下ろしていた。
「おはようございます……。」
「おはよう。ど、どうした?大丈夫か?」
「前方不注意すみません……。遅くなっちゃったので……。皆もういたらどうしようかと思って……。」
「ははは。そんなことか。大丈夫だから着替えてこい。」
「は、はい!」
今度こそ走り去るの後ろ姿を視線で追うと、今度は丁度曲がり角から現れた神にぶつかりそうになっていてクスリと笑ってしまった。
一言挨拶を交わして、部室へと消えていった。 神は機嫌良さそうな笑顔で牧に近づいてくる。
「、制服にタイツは初めて見ました。なんか心境の変化ですかね?」
「そうだっけか?」
「そうですよ。私服ならともかく。」
神はよく見ているなと感心する。 女の子が髪型を変えたらすぐ気がついてあげられそうで、そのあたりもモテる一因なのだろう。
「足のラインが綺麗に見えていいですよね、タイツ……。……俺好きです。」
「そ、そうか……。まあ、タイツのほうが冷えなさそうだよな……。」
エロ目線とお父さん目線で、もう少し中間地点の意見を言える清田早く来てバランスとってくれないかなと、近くを通りがかった高砂は考えていた。
が着替えて体育館に戻ると、ランニングをしていた清田が慌てて近づいてくる。
「さんおはようございます!」
「おはよう清田君。どうしたの?何かあった?」
「あの……すみません~!!昨日冷却スプレー使ったんですけど、俺、開封済みのやついっぱいあったのに気付かなくて新しいの使っちゃって……!」
眉根を寄せてしまっていて、なんの報告かと思ったらそんな話だ。
気にしなくていいのに、と思うと同時に心配になる。
「えっ。そんなの大丈夫だよ。それより怪我!?大丈夫?」
「大したことないんです!なんで俺気付かなかったんだろー!さんがわかりやすいようにケースにまとめてたのに……!」
「いいのいいの!ケースがプラスチックの白だったから見えにくかったよね……今度買うときはカラーにするね!」
「さん……!」
「あれに気付かないのは清田くらいだ。、甘やかすな。」
会話を聞いていた牧が呆れたような顔をして清田の頭を拳でぽんと軽く叩く。
「牧さん……!」
「で、でも、そのくらいの間違い……大丈夫ですよ……。」
「大事な備品はちゃんと使え。」
「牧さん怒って……!や、やっぱり昨日も怒ってたんだぁ!!」
背を向けて、高砂の方に行ってしまう牧を清田が慌てて追う。
やっぱりというのはよく分からなくて首を傾げると、神が横から屈んで耳打ちをする。
「昨日はね、牧さん、あ、そう……って感じだったんだよ。」
「そうなの?なんで今日はあんな言い方なんだろう……。」
「がいるからだよ、絶対。」
「ん?」
「牧さんが怒った時はがいつもフォローしてくれるって図式出来てるじゃん。昨日はのフォローがないから調子狂っちゃったんじゃない?困ったキャプテンだよね。」
「えっ……。」
「フォローが必要ないときだってそりゃあるけど。そういうときはも察してくれるから、何にせよがいたほうが厳しいキャプテンになれんだよね。牧さんは。」
集合の合図が鳴る。 神はにこっと笑っての背中をポンと押して走って行った。
は、そんなの恐れ多いと思いつつも嬉しくて、笑ってしまうのを堪えながら神の後に続いた。
昼休み、三井は屋上に居た。
弁当を早食いし、携帯電話の画面を見つめていた。
「……。」
よし、と意気込んで、鉄男に電話をかける。
数回コールすると、眠そうな声の鉄男の声が聞こえてどきりとする。
「なんか用か、三井。」
「な、なんかじゃねーよ!今起きたのか?昨夜……あの後……喧嘩、したとか……。」
「昨日はバイトだよ……。俺はそんな熱血持ち合わせてねえよ……。俺の知り合い……になるのか?の、女に手を出しやがって、ってか?……ガラじゃねえな。」
カチ、と音がする。ライターでタバコに火をつけたのだろう。
直ぐに煙を吐く息の音も聞こえてくる。
「なら……いいけどよ。あのよ……言われたとおり、帰り、のこと迎えに行くからよ。」
「そうしとけ。」
「何してくれるのか、分からねえけど……今回は、勝てる喧嘩、してくれねえか?」
「あ?」
の耳には入らないようにしようとは思うが、もし鉄男が怪我でもしたら、俺も嫌だしも落ち込む。
直接そういうのは照れがあって、言い回しを変えてみても、鉄男は少しの沈黙の後笑いだしたのだが。
「なーに言ってんだ。あいつらは完全に俺のことが気に食わなくなってんだよ。もうあの女もお前も関係ねえよ。これは俺の喧嘩だ。」
「でもよ……。」
「……分かったよ。元々負けるつもりはねえんだよ。」
「そうか……。」
露骨に安心した声を出してしまうと、鉄男は今度はふっと笑う。
「なあ。」
「まだなんかあんのか?」
「何でのことあんなに助けてくれたんだ?俺の知り合いってわかったからか?」
自分で言って、自意識過剰だろうと恥ずかしくなってしまった。
しかし、鉄男はつるんでいた頃女好きの様子もなかったし、たまに連れてる女はとは全然タイプの違う大人びた女だった。
「ああ、そりゃあれだ。」
「?」
「目とか雰囲気がよ。」
「おお……。」
「昔飼ってた犬に似てたんだよ。」
じゃあな、と電話が切られる。
「…………。」
三井は硬直する。
それだけで? 実はみたいなのが好みだったとかそういう訳ではなくて?
「……て、鉄男……!」
かっこよすぎんだろ俺もそんな台詞言ってみてえよ!!と、顔を赤らめてしまう三井だった。
放課後の練習も終わり、神の練習にも付き合って、今日は牧、神、清田、の四人で一緒に帰ることになった。
「俺今日絶好調でしたよ!!よっしゃー!いい感じで試合迎えられそうっす!」
「自分で言うな、清田。」
「えー!牧さんたまには褒めてくれたって……!スリーポイント入ったんすよ!」
牧の周囲をうろちょろする清田の後ろを、神とがゆっくり歩く。
「初戦どこになるだろうね~。」
「武園じゃないかな。調子いいし。どこになっても出たいな~。調子掴むのにさ。」
「読めないもんね高頭監督の作戦。」
「何が来ても対応できるって選手への信頼って受け取っておくよ。」
もし誰かが腹が減ったと言い出せば、店へ行って軽く食べて帰る、いつも通りの下校になるはずだった。
前方から、三井が歩いてくるのが見え、牧と神は不思議そうな顔をし、清田は牧に絡んでいるのを見られたことを気にして恥ずかしそうにし、は驚く。
「三井?」
「よお……。」
間に合った、と安堵の表情で軽く手を挙げる。
「約束でもあったの?……?」
言ってくれれば良かったのに、と声をかけたが、は驚いた表情のまま、一歩下がる。
先程までの楽しそうな表情は一切無くなり、顔色まで悪くなる。
「あ……。」
気付かれねえだろ、気軽に、迎えに来たから来いと言えば付いてくるだろと簡単に考えていたがそういうわけにも行かないようだ。
「おい、……。」
「あ、あの!ごめんなさい、私……忘れ物、しちゃって……。」
誰でも、嘘をついていると分かる口ぶりに、牧も清田も振り返る。
「さん?」
「だから、皆さんはお先に、帰ってて下さい……!じゃあまた明日……。」
後ずさりして、強ばった笑顔で手を振るに、めんどくせえな!と三井が顔を顰める。
「!!」
走り寄って、の腕を掴む。
「帰るぞ。」
「だ、だから忘れ物……!」
「いいから来い。」
神は牧と視線と合わせる。 一体何があったのか分からないが、とりあえず止めるべきなのか。
「三井さん?あの、どうしたんですか?」
神が、ぎゅっとの腕を掴んでいる三井の手に触れる。
すると三井ははっとした様子で手を離した。
痛かったのか、は掴まれていた部分を片手で摩る。
「すまん、ちょっと色々あって……。」
「何もないです!大事な予選の前になんで三井さんこんなところに?もしかして偵察?」
「お前を迎えに来た。それ以上でも以下でもねえ。」
「……!」
「いいから来いって!」
「三井……?」
今度は手を掴んで、を引いて歩き出す。
牧の前を通り過ぎざまに、ぼそりと呟いた。
「悪ィ……。幼馴染となると、家のこととか色々あってよ。」
三井も三井なりに大事にはしたくなくて、話を誤魔化してその場を去る。
今にも泣きそうなの表情に心配になってしまったが、何もできずに二人を見送ってしまった。
「……おい。」
しばらく無言で歩き、人気のない路地に来たところで話しかけた。
「あいつら不審がってたぞ。俺の事信用して大人しく付いてくるとか出来ねえのかよ。」
反応のないを振り返ると、口をへの字にしていた。
「三井さんが……来たから……。」
「昨日の今日で心配だっただけじゃねーか!」
「本当に……?」
「お、おう。それ以外に、何があるってんだ。」
「昨日の人たちが、まだ、私のこと狙ってるとかじゃないの……?」
やはり、最悪のことを考えてしまっていたか、とため息をつく。
「それはほぼねえよ。そもそもお前と水戸たちじゃ関係性薄いんだしよ。まあ、念のためだ。帰り、怖いんじゃねえかって心配しただけだ。」
「もし……。」
「ん?」
俯いてしまったの肩に手を置いて屈む。 するとぽたぽたと涙を流していてぎょっとする。
「……もし、私が、襲われたら、三井さんが守ってくれるの?」
「あ、当たり前だろ!幼馴染の頼れる兄ちゃんだろうが俺は!!」
「…………嫌だもん……。」
「は?」
不安すぎて泣いているのかと思ったらそういうわけでもなさそうで、三井は目を丸くする。
「私のために……三井さんが、喧嘩するとか……嫌だもん……。」
「……俺?」
「三井さんが、怖い目に遭うとか……嫌だもん……。」
なんだそりゃ。 昨日はすぐ立ち直ったくせに、なんで今日、そんな理由で泣いてんだ。
なんで自分じゃなくて俺のこと心配して泣いてんだ。
「…………。」
ま、まあ今は、そういう雰囲気だろ、と考え、の背に手を回す。
涙が制服に付くのを気にしたのか、が体を引こうとしたのを構わず抱きしめた。
「俺は喧嘩はしねえよ。」
「でも……。」
「逃げる気満々だってんだ。めんどくせえ。結構道知ってんだぜ?」
「そうなの……?」
ぽんぽん、と背を叩いていると、涙も止まってきたようで、三井の顔を見上げくる。
「お前は巻き込まれただけなんだ。水戸たちと、鉄男がちゃんとそいつらとけじめつける。」
「けじめ?」
「男の世界だよ。」
「……ドラマみたいだね……。」
「そうかもな。」
落ち着いてきたを離して、隣を歩く。
「……でも絶対牧さん達に心配かけちゃったよね……。」
「わ、悪い。でもお前も悪いんだぞ!?」
「普通慌てちゃうでしょ……。でも三井さんも言い方悪かったよ!!!」
「あーあーわかったわかった!お詫びになんか言うこと聞いてやるよ!」
「え?」
「アイスか?チョコか?」
「選択肢が小学生か‼……なんでもいいの?」
「おう。そんな高くなきゃ……。」
「鉄男さんともう一回会いたい。」
「あ?」
まさかのお願いに、三井が動揺する。
「ちゃんと、お礼言いたい。だから、あの、機会作って欲しいな……。」
「……鉄男は結構気まぐれだからなあ。」
「何回すっぽかされても大丈夫なように心構えはしておく!!」
「そ、そんなにか……。」
犬に似てたなら……会ってくれるかな?と前向きに考えて、場を作ると約束してしまった。
「……。」
大丈夫大丈夫、鉄男はお礼になんかしろとか言ってくる奴じゃないし、飯でも食いながら話す程度で大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせた。
そしてますます自分がグレてたことは知られるわけにはいかなくなってるな……ということも。
清田が道端に転がる石を蹴り上げた。
「あーーー!三井さんずっりいなーーー!!!家の事情なんて言われたらはいって言うしかねえじゃないっすか!!」
と一緒にのんびり帰れるのを楽しみにしていた清田は拗ねた表情で叫ぶ。
「家の事情……。なんだろう?誰かが病気とか?」
「俺たちが話してもしょうがないだろう。」
「離婚とかでも大変ですよね……。大丈夫かな、……。」
「……。」
相当なことがあったのではないかと、先ほどのの表情を思い出すと推測してしまう。
でもデリケートな話題過ぎて、こちらからは聞き辛い。
「ひとまず俺がと軽く話すから。もし、部活をやめなきゃいけない事態にでもなるなら……監督にも……。」
「い、嫌です!!さんが辞めるとか嫌です!!」
牧が淡々と言葉にすることが悲しくて、清田は声を荒げてしまった。
そんなことになったら俺なんかよりずっと牧さんの方が寂しい思いをするというのが分かるから尚更口にして欲しくなかった。
「例えばの話だ……。」
「来れる日数が減る程度で済むかもしれないし、ほら、信長、落ち着いて。」
「は、はい……。」
牧との話し合いを待つことしか出来ないのがもどかしい。
きっと牧さんだって、今すぐにでも話に行きたいって思ってるのに違いないと、いつもと変わらない表情で歩く姿に願ってしまった。
三井は家に帰ってまた鉄男に電話をかける。
「またか、なんだ?」
不機嫌そうな声に、詫びを入れながら、約束を取り付けなければと話し出す。
「がお前にお礼をしたいって言ってるんだが、時間とれねぇかな……。」
「は?礼だ?」
「あぁ……あのな……。」
「あの女がヤらせてくれるってことか?」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、待ってくれないか!」
冗談かもしれないが言うと思ったぜ!と頭を抱えた。
「すまん!は胸はでけぇがそういうことはからっきしだ!勘弁してくれ……!」
「なんだよ違ェのかよ。慣れてねえのはお断りだ。噛みつかれたら災難だからな。」
「お、おう!歯ァ立てんぞ絶対!」
「そいつは怖ェな。」
こうなってしまえば、途端に鉄男にはを任せても大丈夫だと思えるからこの男はずるい。
凶悪な外見のくせに中身は漢気に溢れている。
「……構わねぇよ、別に。そんな忙しくもねぇし。」
「ありがとな!後ででいいから都合の良い日教えてくれ!」
「おうよ。」
三井まで嬉しくなるのは、なんだかんだで鉄男と居るのは楽しかったという記憶があるからだった。
同行する気満々だった。
湘北の四回戦を観戦し終わると、三井から湘北の控え室に来いと連絡が来た。
朝合流した牧と神と清田は、口には出さなかったが昨日のことを心配してくれているような態度だったので、とりあえず昨日はすみません、と謝った。
彩子と約束があるんだと言って帰る三人を見送り、湘北の控え室に向かった。
「三井さん!」
「おう。」
三井は控え室の前で待っていてくれた。
後ろを指さすと、申し訳なさそうな顔をした水戸達がいた。
「えっ……。」
そして皆、多少なりとも怪我をしていた。
「すんません……。俺たちのせいで巻き込まれたって聞いて……。」
「仕返しはしてきましたんでもう大丈夫です。」
「け、けじめって、やつ?」
「まぁそういうことっす。」
野間は口元を切っているようで絆創膏をし、大楠は左頬が腫れていた。
「怪我……!」
「大丈夫大丈夫。」
眉を八の字にして心配そうに寄るを水戸が静止する。
彼も頬に軽い擦り傷と、手に絆創膏を貼っていた。
「それより、先輩は大丈夫だったんですか、本当に。」
「う、うん……。」
「なら良かった。まあ弱い上に度胸もない雑魚でしたからね。」
「そうそう、この高宮のパンチ一発で三人くらい吹っ飛んでましたよ!!」
「そりゃ盛りすぎだ。」
あはははと笑い出す四人が、自分に気を使ってることくらい分かる。
「ははは……って、こんな冗談では笑えないっすよね……。どうしよっかな……。」
悲しそうな顔のままのに、水戸が焦る。
「……あの……。」
困ったように視線を泳がせた後、に穏やかに笑いかける。
「……大丈夫です。もう、誰にも、先輩に手を出させません。」
「!!」
水戸がそう言った瞬間、高宮、野間、大楠はヒュー!と声を出してからかい、三井は面白くなさそうな顔になる。
「あ!?な、なんだよ!?」
「洋平のイケボーーー!!」
「やだーーー惚れちゃう!!」
「昼間っから口説くのやめてーーー!!」
「お、お前ら……!」
高い声色ではしゃぐ三人が楽しそうで、は笑ってしまった。
焦る水戸も、のその緩んだ表情を見てやっと安心する。
そこへひょいと桜木が控え室から顔を出した。
「なんだなんだ、洋平がからかわれるなんて珍しいな。」
「どけ、どあほう。」
「うお!」
そして桜木を蹴り、流川も出てくる。
ぎょっとする三井にちらりと視線を向けた後で、に近づく。
「流川!」
「三井先輩が連絡先教えてくれねーんスけど。」
「え、なんで?三井さん……。」
「べっ、別に、大した意味はねーけど……!」
あの流川が、誰かの連絡先を教えてくれなどと言いだせば湘北のメンバーなら誰だって驚愕する。
そして三井は父親のような保護欲が出てしまって拒否したのだった。
「でも今時間あるなら交換する?」
「お願いします。」
「あぁ……!」
流川なんかに大事なはやらん!と思いつつも口には出せずに残念そうな顔で連絡先の交換を見届けることしか出来なかった。
「流川と交換すんなら俺らもなぁ、せっかくだし。」
「何かあったら助けに行きますから入れといて下さいよ。」
そして桜木軍団とも交換を始める。
「わぁーありがとう!嬉しい!」
「こちらこそ!」
控え室から彩子も顔を出して、三井をにやにやと見つめる。
「三井先輩過保護なんですね?」
「はぁ!?そんなんじゃねーよ!」
「あら、素直じゃない……。ちゃーん!」
ぷぷ、と三井を笑った後、彩子はに向かって走り出した。
「アヤコさん!」
そして嬉しそうな顔のに抱きつく。
「今日も私たちのこと応援してくれた?」
「もちろん!!いよいよ次翔陽戦ですね!」
「ええ!負けないから!!」
藤真とも知り合いのには、どちらが負けても寂しい。
だから、すっとマネージャー脳に切り替える。
「翔陽、強いですよ。頑張ってください。」
「分かってるわ!でもうちは負けないから。見ててね。」
「はい。」
彩子と離れ、ニコリと笑いかける。
そろそろ学校に戻らないといけないと、湘北のメンバーに手を振った。
「ふふ、ちゃん可愛いわねえ。」
「彩子と話すときが一番楽しそうだな畜生。」
「嫉妬ですか?三井先輩。ちゃんって凄くふわふわしてるんですよね~。柔らかくて抱きしめるの気持ちよくってつい……。」
「ああ、そうですね。」
「なんで流川が同意してんだよ!!!!!!」
「……えっ?」
自転車の二人乗りを思い出しただけなのだが、三井に思い切り怒鳴られ、威嚇され、彩子にも睨まれてさすがの流川も冷や汗をかいた。