18.君の事を想う時間
山王バスケ部は昼休みに体育館に集まっていた。
ミーティングの時間を取った後、各自昼食をとる。
沢北は体育館の端で携帯を眺める。
『注目選手、藤真と仙道って人どうでしょう?』
と、に送った。
「……。」
いや体格からして分かるよ俺くらいになると。この人たちはめちゃくちゃ動けるでしょ。
だから決して顔で選んでさんの様子を伺うとかそういうことではない。
俺に向かって、かっこいいですよね~!とか言ってくる人だろうか。いや、そんなことさんは言わない。
ちなみに俺はさんを試すためにこの二人を選んだとかそういうことでは決してない。本当に。動けそうってだけだからほんとに。
「沢北なんか怖い顔してんな。」
「くだらないこと考えてる顔ピョン……。」
一之倉と深津がひそひそ話していることにも気付かず、沢北はの返事を待っていた。
「!」
の返信が来る。
恐る恐る開く。
『藤真さんと仙道君!え、本当にリストと写真だけで!?
凄いです!この二人は本当に上手いですよ!』
ほ――――――らね?
素晴らしいよさん真面目にバスケが大好きが貴女が大好きですよ俺は。
しかし気になる。同学年なのに俺は沢北さんで、なぜ仙道って人は仙道君なの。
いや俺もさんって呼んでるけど。
ちゃん?深津さんみたいに呼び捨てしてみる?いやまだ無理すぎる。普通に緊張する。
しばらくは、沢北さん、でいいです。
「沢北が穏やかな顔になった。」
「まあミーティングも終わった事だし沢北観察会でもするかピョン。」
『仙道君?なんか親しげ?知り合い?』
このくらいならいいでしょ。聞いても。
『はい!藤真さんも仙道君もよくお話してくれます!
この前試合一緒に観て勉強させて頂きました!』
「……えぇ~~~~~ん……」
「沢北が鳴いた。」
「どういう感情だピョン?」
さんと一緒に他校の試合観戦とか羨ましすぎて泣きそう。
『藤真さんは監督も兼任してて、視野広くバスケに関わってるんですよね。
仙道君はなんというか、ムードメーカーだったり点取り屋だったり、底が知れない感じがします。普段は雰囲気緩いんですけどね。』
『なんか面白い人たちっスね。監督兼任とかすげえや。』
『私もそう思います!』
『ちなみに他にも注目してる良い選手います?』
「……仙道って人なんか見た事あるかもそういえば……。」
の指が止まる。
注目選手と聞かれ、湘北の三井、とまで書いて、いやちょっと待て、となっていた。
なんかあの沢北さんにこう易々と名を知られるのは何か悔しい。
いや私も別に頑張って知り合いになったとかそういうやつではないけど。
『ダークホースって感じのチームがいますけど、ウチと翔陽、陵南相手にしてどうなるのか分からないのでそれは結果次第で。』
『なんか仰々しくない?』
『いや沢北さんのお耳に入れるには厳選しないと……』
『何それ!?俺も普通に同学年の男だってこと忘れないで!』
は目を細める。
「そうだったわ……」
折角沢北さんが親しく接してくださるのに萎縮してしまう。
でも仕方なくない?沢北さんだよ?
「……。」
『私の都合かもしれないです。ちょっと彼なら、沢北さんに紹介してもいいかなって思う活躍を最後までしてくれるんじゃないかなって希望があって。』
『その人も知り合いなんだ。』
『子供の頃バスケ教えてくれた人なんです。怪我してブランク明けで久々の試合で。』
『え、さんバスケやってたんだ。選手にならなかったの?』
『考えなかったですね。その時も大体応援する方でした。背も伸びなくて。
サポートの方が性に合ってるんですよね。それに選手だったら沢北さんに声かけてもらえるなんて一生無かったと思うんで良かったと思ってますよ。』
「!!」
『ごめんなさい、そろそろ学校なのでまたご連絡します。』
『わかった!またね。』
携帯を置いて、沢北はふう、と一息ついた。
目を細め、眉間に皺を寄せたままスポーツドリンクを飲み干す。
俺が一方的に話しかけたのを良かったと言ってくれるんですかさん。
もしかして俺の事結構好きですかさん!?
「沢北。」
「はい。」
「我慢せずに発してみろピョン。」
「さん可愛すぎて可愛い……」
深津に言われて迷いなく出た言葉がそれで、一之倉はひえ…っと声を上げた。
「語彙力しんでるじゃん……」
それまで黙っていた松本が沢北の様子に笑う。
「そんなにか!ああいう子が好みだったのか。」
「好み……とかは考えたことないっすけど。」
「確かに可愛かったよな。髪さらさらでさ、肌綺麗で、おっ「松本。」
松本の言葉を深津が制す。
「?お?」
沢北に返されて、深津に睨まれて動きが止まる。
「……お、上品な、食べ方でさ。」
「分かります!一口ちっちゃくてびっくりしました!あれ女の子は普通っすか?」
焼肉屋での話に沢北が目を輝かせる。
そこへ次の授業移動だぞ、とクラスメイトから声がかかった。
「やべ、じゃあ俺先に失礼しますね!」
「授業も頑張れよ。」
「うっす!」
沢北が体育館から出るのを確認し、再び松本に深津と河田の視線が向く。
「……野辺も言ってたからな?」
「共犯にするな!!」
「なんて?」
「……沢北、そういうの興味無さそうな感じ出しといて実は巨乳好きだったとか可愛いとこあるじゃねえかって……」
「良くないピョン。」
「一目惚れって聞いたらなあ……。」
「昨日、昨年のインハイのビデオを監督から借りてみてたピョン。」
「ん?」
「も少し映ってたピョン。」
「それで?」
「の姿はなんか俺も印象に残ってるなって思ってたら、汗かいててもファスナー常に締めてずっと上着を着て動き回ってたんだピョン。学校ルールでもあるのかと思ったけど、まあそういうことだな。ピョン。」
「しんどい思いしたことあんのかもなあ……松本みてえな奴とかに会って……」
「う……悪い。そうなりたくてなってるわけじゃないもんな。男同士の悪ノリしちまった……。」
「俺たちのバスケの会話に結構入って来れてたぜ。ありゃ勉強もしてるよ。」
「からかったり妙な事吹き込むなピョン。何よりプライベートピョン。」
「……わかった。気を付ける。」
そう言いつつも、関心を離せそうにない松本の表情を見ながら、もう一回注意することになるか、と深津は予感する。
沢北とのやりとりを終え、一人小走りで海南への道を進む。
神から、今日は昼は何も食べず学校に戻ったから、一緒に食べよう、と連絡が来た。
神は優しいから、自分と話す時間を作るためにお昼を食べなかったんじゃ、と勘ぐってしまう。
「うん、一緒に食べよう……、と。」
何て言ったら安心してくれるだろう、と考え始める。
水戸達がもう大丈夫、と言ってくれたのが効いたのか、不安はすっかり消えていた。
「……。」
少し、気分が悪いのは寝不足のせいだろう。
ただでさえ非日常なことが起きたんだ、今日は帰ったら早く寝て体調を整えなければならない。
「明日は海南の初戦だし。」
また、常勝の歴史を作らなければならない大事な初戦。
も緊張はありつつも、選手のサポートに走り回れて、勝って皆と喜びを分かち合える瞬間がとても好きだった。
学校に着いて、教室を目指す。 神に着いたと連絡を入れると、今理科室にいるからちょっと待ってて、と返信が来た。
「…………。」
神は次の授業で行う実験の準備をする友人を手伝っていた。からの連絡が来ると、そちらを優先してキリがいいところで手伝いを終えた。
小走りで教室を目指すと、途中の廊下での後ろ姿を見つける。
「あ、!」
声が届く程度の大きさで呼びかけるも、は振り返らなかった。 足取りがおかしい、と気づいて神の歩みが止まり、不安を抱く。
「!」
が壁にもたれ掛かる。
そしてずるずると、壁を伝いながら座り込んでしまった。
「!?」
神が駆け寄って、の横に座り込んで顔を覗き込む。
顔色が真っ青で、息を荒げていた。
「大丈夫!?」
「神君……?ごめん……気分、悪くて……。」
が神の腕に手を添える。 それを握って、もう片方の手での背を摩った。
「保健室連れて行くから!大丈夫だからね……立てる?」
「あ……うん……。」
立ち上がろうと、膝を立てるが、上手く力が入らないようでそこで止まってしまう。
「ごめん……神君……ごめん……。」
「謝らなくていいから!」
近くを通りかがった生徒が心配して近づいてくる。
神は協力してもらって、を保健室まで運んでいった。
部活の時間になり、牧が体育館に来ると、メモを見ながら倉庫で何かをしている神が目についた。
「神。どうした?」
「あ、牧さん……。」
少し気まずそうな態度に心当たりがなく困惑する。
試合を見にいったつい先程までは普通だったのに。
「あの、明日の準備を。大体はできてるんで、もう少しで終わります。」
「がいつもやってることじゃないか。はどうした?」
試合に持っていく物品の最終チェックをしているようで不思議がる。
「あの、、なんですけど。」
「何かあったのか?はっきり言え。」
心配よりも把握しておかねばならないという義務感で口調を強くしてしまった。
いつも全く変わらない人間などいない。 何があっても代わりはいる、海南はそういう環境にあるから神一人がの仕事をカバーする必要もないし、何かあれば協力するから問題ない。
そう、いつも通りのことを牧は考えた。
「……昼に、倒れて。今保健室で休んでいます。」
「…………。」
いつも通り、起こったことは仕方ないから、これからのことを指示せねば、と考えようとしたが、神の言葉が重く感じてしまった。
「倒れた?」
「はい。あの、別に病気とかじゃなくて、寝不足と疲労だろうって……。だから……。」
大丈夫ですよ、と神も言葉を続けられなかった。 試合前は自分が足を引っ張ってはいけないと、いつも以上に体調に気を配っていただ。
そして昨日の三井のこと。
神経をすり減らすことが、の周囲で起こったのではないか。
「……家のこととかは、聞いてないです。学校に戻ってすぐのことだったんで。保健室でちょっと寝たら少しは楽になったみたいですけど、安静にしろって先生が。試合のためにやってほしいことのメモ渡されたんで、俺はそれだけ。」
牧の態度を察した神が、冷静に説明する。
「そうか……。」
「牧さん、あの……。練習始まる前に、保健室行ってあげてくれませんか……。」
「ん?」
「親の迎え待って、まだ保健室にいるんです。、申し訳なさそうにしてたんで……。」
「……。」
「このくらい、大丈夫だよって、言ってくれたら……。」
「……その言葉でいいのか?」
「え?」
珍しく、迷うような声色の牧に、神が目を見開く。
しかしすぐにその空気は壊された。
「おい!おい神!体調崩したってほんとか!?」
武藤が心配そうに眉根を寄せながら、神と牧のところへ駆け寄ってきた。
「あ、はい。ちょっとだけ……。」
「そっかー!まあ仕方ねえな!おい牧、軽く見舞い行ってきたら?」
「は?」
「マネージャーが大変な時に、いつも支えてもらってる俺らがシカトか?そりゃねーよ!なあ、神。」
「そう、ですね。そうしてくれると、有難いです。」
「…………。」
武藤の言葉に頷き、行ってくると一言言って牧は体育館を出て行った。
「……牧さん、今何考えてるんでしょうね?」
神は、ぼそりと呟いてしまった。 牧が優しく声をかけてくれたら、は元気になる、と思ったのに。
ただ、牧が、が倒れてしまったことを情けないと一瞬でも思ってしまったらどうしようと、それだけが怖かった。
「まー……牧も色々あるからねえ……。」
「!」
神の言葉に、武藤が目を細める。
先程までの勢いは消えていて、牧を保健室へ行かせる為の演技だったのか、と理解する。
「色々?」
「怪我したり、体調崩したり、それをきっかけに今まで溜め込んでたもん出てきて、部活辞めます、ってパターンね。今年も数人いたよ。」
「!」
「想像しちまうんだろうよ。が、もうついて行けません、辞めます、ってなったらどうしようとかさ……。」
「あ……。」
その言葉でいいのか?というのは、 部活辞めるか?という言葉のほうがは欲しいんじゃないかって?
「そんなわけないじゃないですか……。」
確証は持てないけれど、きっと、そんなことは起こるはずないと神は思う。
に会えば、そんなことは杞憂だったと、安心した顔で戻ってきてくれると、神は信じた。
保健室に近づくたびに足取りが重くなる。 部活を続けたいとか続けたくないとか、そんな本人の気持ちなんてお構いなしにそのときは来ると、経験上知っている。
怪我をして辞める奴も、辛くて辞める奴も、 親が病気になり部活してる場合ではなくなった奴も過去にいる。
自分の限界を感じて、自嘲しながら辞めると言う奴、 プライドを捨てきれず、半ばキレながら辞めると言う奴、 部活を続けたくても難しくなってしまった奴が涙ながらに辞めると言ったり、 それは様々だ。
と一緒にマネージャーをやっていた子はなんと言って辞めていったのだろう。
一人になって不安になりながらも一所懸命頑張ってくれたの姿しか思い出せない。
「…………。」
思い出してみれば、は俺に個人的な相談事をしたことがなかったな。
神にはしていたのだろうか。 の周囲で今何が起こっているのかなんてさっぱり検討がつかない。
三井が昨日現れなかったら知らないままだったのだろう。
「……こんなの、初めてだな。」
に会うのが怖いと感じる。 簡単に想像出来てしまう。 まだそうだと決まったわけでもないのに。 ぼろぼろ泣きながら、ごめんなさい、辞めます、というの姿が。
「……。」
保健室の前に着いてしまった。 ドアに手をかけたところで、あ!と声がした。
その方向を振り返ると、養護教諭が焦った顔をして小走りで牧のところへ向かっていた。
「牧君!牧君ちょっと!さんに会いに来たとか!?」
「え?ま、まあ……。まだいると聞いたので、ちょっと心配で……。」
「その気持ちも分かるけど!今はやめてもらってもいいかな?」
「え……。」
まさか、が、牧に会いたくないとでも言ったのかと、嫌なことばかりが浮かんでくる。
「それは、どういう……。」
「部活行きたい行きたい言って仕方ないのがやっと落ち着いたとこなのよ!牧君の顔見たらまた言い出すかも……。」
「……。」
一気に緊張が解れるのを感じる。
「部活に……?」
「そうなのよ。も~今にも倒れそうな顔色してるのに!」
「行きたいって……。」
「さんは本当にバスケ部が好きだからね~。結構教員の間でも有名なのよ。」
「そうなんですか……。」
この扉を隔てた向こう側には、部活に行きたくてうずうずしているがいるのか。
いつも通りのが。
「……わかりました。あの、どんな状態なんですか?病院行かなくても?」
「最近良く寝れなかったっていうからそれと、貧血かな。病院行って検査してもらうって言ってたから。」
「俺ものこと気をつけます。」
「うん、無理しないように見ててくれると助かる。明日から試合でしょ?」
「はい。」
「行かせるなとは言わないけど。」
「可能なら、会場にはいて欲しいです。……大事な、部員ですから。」
親の迎えが来て、病院へ寄る。
診察が終わって家へ向かう途中、はっと思い出す。
「お母さんごめん、ちょっと寄って欲しいところがある。」
「え?どこ?」
「あのコンビニ止まれない?」
「いいけど……買い物?」
「落とし物したの……。」
「え?探すってこと?後にしなさいよ。体調悪いのに……!」
「落とした場所、覚えてるから……」
「じゃあ私が取ってくるから。」
「ごめん……私が拾わなきゃいけないの……」
こうなったらこの子は引かないと察して、わかった、と返す。
駐車場に止めると、コンビニで飲み物買ってるから、と母親も車を降りる。
はコンビニから10m程先にある道路脇の草むらを目指す。
ゆっくり休んで体調も足取りもましになってきた。
「確か、この辺に……」
この場所をバイクで通った時に、私は怖くて必死に鉄男さんに掴まっていた。
その時に見たんだ。ポケットから鉄男さんのライターが落ちていってしまったのを。
ポケットから徐々にずり落ちていくところを見ていたのに、必死すぎて手を伸ばしてキャッチすることも出来なくて。
「あった……」
土で汚れてしまっていた銀のジッポを拾う。
簡単に手で汚れを払って、ハンカチに包む。
「よかった……」
三井さんに紹介してもらえたら、返さなきゃ。
ただこんな男物っぽいライターを持ってるというのは親にばれたくないというのもある。
「鞄の内ポケットに入れとこ。」
手入れって水で洗っていいんだろうか。帰ったら調べよう、と思いながらコンビニへと戻る。
帰宅し、は夕御飯の支度が終わるまで部屋で休んでいた。
呼ばれる頃には大分体調も回復してきていた。
食卓に座って、大盛りのレバニラを前に気合を入れる。
「体調どうなの?」
「大丈夫!食べたら回復する!」
「そう。無理はしないでね。」
携帯電話をテーブルに置いて食べ始める。
牧に謝罪の連絡をしたが返事は来ていない。
「…………。」
試合前に倒れただなんて、幻滅されてしまっただろうか。 もっと体力のあるマネージャーの方が良いと思われてしまったらどうしよう。
考え込むと箸が止まる。
だめだ、もりもり食べて回復して、明日の試合に参加させてもらうんだ!とレバーを口に運ぶ。
「……といっても食べ過ぎないでよ。それお父さんの分もあるからね?腹八分目にしておきなさい。消化器弱ってるかもしれないんだから。」
「う、うん!」
「貧血は大したことないって先生言ってたけど……」
「食事で何とか持ち直したい。どうぞよろしくお願いいたします。」
「はいはい。」
母親が湯呑をテーブルに置く。 暖かい緑茶の湯気を見て、気を緩める。
「ありがとう。お茶はほっとするねえ。」
「何言ってるの。」
そんな他愛ないやり取りをしていると、携帯が鳴り、びくりと体が強張る。
牧からの連絡だと、通知が知らせてくる。
「……。」
おそるおそる、内容を確かめると、今外に出れるか?と一言だけだった。
「えっ……!」
まさか今、家の前にいるのだろうかと、驚いて立ち上がる。
「?」
「ちょっと、外……行ってくる!」
「誰か来たの?」
「う、うん。学校のもの、届けに……!」
咄嗟に嘘をついてしまったが、何で来たのかわからないとも言えなかった。
寝巻きのまま、慌てて外に出ると、携帯画面に視線を落とした牧が立っていた。
「牧さん!」
「あ、……。」
小走りで駆け寄って、ぺこぺこと頭を下げた。
「今日は、あの、ごめんなさい!」
「いや、いいんだ。大丈夫なのか?」
「はい。いっぱい、眠って、あの、あ……。」
視線を落として、自分の格好に気づく。
ルームウェア一枚で下着も付けていない。
「……ご、ごめんなさい、こんな格好で……。」
恥ずかしくなって腕を胸の前で交差する。
「俺も、急に、すまん。やっぱり話しておきたくて。……その、その服も、可愛いから、大丈夫だ。」
「あ、ありがとうございます……。」
そんなこと言わなくていいのにと思いつつ赤面しながらお礼を言った。
「……明日は来れるのか?」
「はい!行かせて下さい!」
「そうか……。」
牧の顔を見上げると真剣な表情をしていて、このあと言われる言葉に姿勢を正す。
「……明日は、お前はギャラリーで見てろ。マネージャー席には座らせない。」
覚悟はしていたつもりだった。 でも牧に、目の前ではっきりと言われるとショックは受けてしまう。
「はい。」
「お前の代わりはいる。」
「……はい。」
当然だ。 むしろ私なんかより経験豊富でスコアを任せられる人間はいっぱいいる。
牧から言葉が発せられる度に、見つめる目に涙が滲む。 唇をきゅっと結んで、流れないように耐えた。
「……。」
牧がゆっくりと手を伸ばしてくる。 頬に優しく触れて、包み込む。
「……代わりは、いるが。」
「……。」
「大丈夫だ……。」
厳しいキャプテンと、優しい先輩の牧さんが半分半分。
そんな印象を受ける、少し迷ったような牧の表情。
「大丈夫だから……。」
居場所はあるから、待っているから、そう言いたげな優しい声に、はまた泣きそうになるのを耐えた。
牧さんにはきっと私の気持ちなんて分からない。
牧さんは、私は今、明日の試合でマネージャー席に座れないことを悲しんでると思っているでしょう?
試合を、皆のすぐそばで、一緒に戦えないのを悲しんでると思ってるでしょう?
違います。
牧さんが今、私のことを考えているのが辛いんです。
戦術のことを、自分のコンディションのことを、闘志を高めて、試合に備えて今日を過ごして欲しかったんです。
「…………はい。」
そんなこと、口にすることができなくて、ただ牧を見上げながら返事をした。
牧は帰宅してどうも落ち着けず、すぐに風呂に向かった。 ゆっくり湯船に浸かって、ことを考えていた。
「……。」
の部屋着姿には少し動揺した。 露出しているわけではないのに肌の上に直接着ているのがひと目で分かり、柔らかな体の線を想像できてしまって。
「……。」
頬に手を添える。 平静を保っていたよな、まさかニヤケたりしていないよな、と心配になりながらやり取りを思い出す。
「……少し、不満げだったな。」
おそらく俺は、が欲しかった言葉をかけてやれなかった。 とりあえずいつもどおりで、部活に来る意欲があったのを確認できたのは良かった。
「初戦が終わったら、話すか……。」
風呂に入っている時間は思考を深められる、良い時間だ。
いつもなら試合前は、相手チームのプレイを思い出したり、部員にかける言葉を考えたり、自分のことを考える。
なのに今は、のことしかない。
「…………。」
こんなことに言ったら、私のことなんて気にしないでください!などと言われそうだ。
でも止めてやらない。
俺が、のことを考えていたいからだ。