19.客席からの景色
昨日の今日で全快、というわけにもいかなかったが、行かないで家で結果を待つほうが具合が悪くなりそうだった。
勝利を疑っているわけではない。 見守りたくてしょうがなかった。
沢北から、初日ですね、応援してます、と連絡が入っていた。
サポートしたくてしてるんだ、と彼に言っておきながら体調を崩したなんて伝えられない。
ありがとうございます、とお礼だけを返した。
「、おはよ。」
「おはよう、神君!」
学校に到着すると神が声をかけてくれた。
「大丈夫?」
「うん!昨日はごめん……保健室連れて行ってくれてありがとう。」
「いいよ。俺のいないところで倒れられるよりずっといい。」
「ん?」
「助けられない方が辛いから。」
「優しっ!!!」
落ち込んでる脳に神の優しさは効き過ぎる。
今日神はスタメンかもしれないのに、こっちが元気にしてもらってどうする。
「……ありがとう。神君が駆け寄って来てくれたときすごく安心したんだよ。」
「なら嬉しいな。」
「準備任せちゃってごめんね。申し訳ない……。」
「んー……。」
悩むように唸った神を見上げると、唇を尖らせて目を細めていた。
「俺も申し訳ないことあるんだけど。」
「えっ?えっ?何?」
には何も思い当たることがない。
まさか部員に、症状を大げさに言ってしまってみんなに心配かけたのだろうかと焦ってしまう。
「メモ、貰いに保健室行ったとき、寝てたじゃん。」
「うん。でもあれは起こしてくれて全然大丈夫だったよ!」
「いや、寝顔、見ちゃって。」
「あ、うん。」
変な顔していただろうか、まさかいびきをかいていたりしたのだろうかと今度は不安でどきどきする。
「そういうの……嫌だったよね……。わざとじゃなかったんだけど、ごめん。」
「私は大丈夫だったけど!!え、え!?そ、それだけ!?」
「え?それだけって?」
「へ、変な顔してたとか……お目汚しになってたら……。」
「えっ!?」
困った顔でを見下ろしたあと、頬を僅かに赤くして、神が照れ笑いを浮かべる。
「それ聞かれると答えるの恥ずかしいんだけど……あの、うん、可愛かったよ?」
「!!」
「体調悪いのにほんとごめん。俺としてはもーどきってして、今日の試合すごい頑張ってに良いとこみせて安心させなきゃとか……うわっ、ごめん……男って単純だよな~。」
「そそそんなこと!あああごめんそんなこと聞いちゃって!」
もうこの話題は話さなくていいと、ブンブン手を顔の前で振りながら赤くなった顔を隠す。
「……。」
本当はもっと申し訳ないと思いながら考えてしまうことがある。
今度は俺が助けられてよかったと。 あの日近くにいたのが牧さんじゃなくて良かったと。
またを助けたのが牧さんだったら、嫉妬してしまっていたかも知れないと。
「今日は、出来ることを思いっきり頑張るね!」
「うん。まず、さん大丈夫ですか~って走り寄ってくる信長の世話ね。頑張って。」
「が、頑張ります!」
を見つけると予想通りの反応で駆け寄る清田に迫られ、は苦笑いしながら大丈夫だと伝える。
そこへ牧が現れ、清田うるさい、と注意をした。
牧に挨拶をすると、おはよう、の一言が返されただけで監督の元へと行ってしまった。
「……。」
遠くの牧の姿をつい追ってしまう自分に気づいてはっとする。
軽く首を左右に振って、荷物を顧問の先生の車に積めるのを手伝った。
積め終わると、部員は高頭監督の引率で会場を目指した。
到着して荷物を整理してすぐ、は清田と試合を見に行った。
「大丈夫っすよ、さん。」
「!」
まだ試合は始まらないが、客の多さを警戒して場所を取ってカメラを準備をしていると、隣に座る清田に突然そう話しかけられて動揺する。
「清田君……。」
「皆、さんがマネ席に座るの待ってますから。それだけっス。」
「ありがとう。私もスコアつけたいな……。けど、もしかして私暗い顔してる?」
「少し。」
「ううーん。」
気にしないで開き直るのも難しい。
本当に、海南は私がいなくても大丈夫なんだということを。
「まあ無理に元気になってくださいとは言いませんし。」
「ううん!やっぱり、なんで体調崩しちゃったんだろうって考えちゃうけど、試合始まるまでには復活して、皆のこと応援するから!」
「そんなこと望んでませんて!たまには頼ってくださいよ!」
拳を握り、ドンと胸を叩いて嬉しそうにする清田の意図が分からず首を傾げる。
「え?」
「さんを嫌でも笑顔になっちゃうようなプレーして見せますから!……あー……といっても、俺今日出れるか分かんねえっすけど……。」
「清田君……。」
「いつも支えてもらってるんですから、こんな時くらい返させて下さい!」
目を輝かせた屈託のない笑顔で言われて、嬉しさと恥ずかしさで下を向く。
「ありがとう、清田君。」
「えへへ。しっかし今日は翔陽と湘北っすかあ。どっちか応援すんですか?」
「私はいつでも海南の応援ですから。」
「さっすがさん!浮気はしませんね!!三井さんに応援しろとか言われませんでした?」
「ううん。なんか緊張してるみたいだった。」
「緊張。」
試合参加自体への緊張というのは、清田にとってはああ~俺も初めて出る試合は緊張したなあ~という思い出話。
ブランクがあり高校三年の夏になって再びコートに立つ緊張感というのは想像することしか出来ない。
ふふ、と何かを思い出したようで、が微笑んだ。
「昨夜ね、連絡が来てね、また何か偉そうなこと言われるのかなあと思ったら、ちょっと俺を褒めろ、って書いてあって。」
「……緊張してますね。」
「シュートを褒めたら、ありがとよ、って来てね。ちょっと可愛いって思っちゃった。」
「む……。」
そのの表情を見て、清田が唇を尖らせる。
可愛いと言われるキャラは譲れないし負けられないという意地が芽生えてしまっていた。
「あ、メンバー出てきたよ。」
コートに視線を落とし、湘北と翔陽のメンバーを交互に見る。
清田にはそう言ったが、やはりどちらかが今日消えてしまうというのは寂しさがある。
「身長差すごいなあ……。」
「ふん、俺らは身長差なんて関係ねえッスけどね!」
「うん、もちろんだよ!翔陽の皆さんには悪いけどね!!」
そう言いながらも二人で身を乗り出してコートを見てしまう。
大きくなる声援を耳にしながら、今年の翔陽への期待の大きさを感じ、湘北のメンバーまだ緊張してるのかなあとそれも気にしてしまう。
「俺は藤真さんが出たら牧さんに報告しに行きます。出ますかねえ。」
「藤真さん出ずに終わっちゃうのは寂しいから出てほしいなあ……。」
「あ。」
藤真がふとこちらに視線を向けるのを清田は見逃さなかった。
そして笑顔でひらひらと軽く手を振る。
「……。」
「あ、藤真さん手を振ってくれたよ!清田君一緒に振り返そ~!」
絶対に、さんに向けてだけだと思います。
そうも言えずに、とりあえず先輩だからとペコりと頭を下げる。
そんな余裕を見せる翔陽とは反対に、まったくこちらには気付かない湘北大丈夫かよ、とコートに視線を巡らせる。
流川に視線を向けると、彼だけは淡々とウォームアップをこなしている。
「……。」
ぎくしゃくしてたら笑ってやろうと思ったが、その姿勢に安心してしまった。
さすが俺のライバルになりそうな男、とにやりと笑う。
「わが海南のライバル翔陽と対戦してえっすけど、個人的には流川と対戦してみてえってのもあるんすよねェ。」
「ナンバーワンルーキー対決かあ。」
「負けませんよ!」
「うん!応援するね!」
ニコリと微笑みを向けられ、清田は頬を赤らめ口角が自然と上がってしまう。 しかしすぐにはっとする。
さんは体調が悪いのにべらべらやかましく喋って応援してもらって俺が一人で喜んでるとか!!!! デリカシーがなさ過ぎる自分に呆れてしまう。
「あ、あの、すみません。俺うるさいですよね。さん病み上がりなのに……。」
「遠慮しないで。気遣われすぎるのは嫌だから。」
「なんかあったら俺のことこき使ってくださいね。飲み物買ってこいとか。」
パシリというより忠犬のような態度の清田が可愛くて微笑む。
大事な選手にそんなことさせないよと思いつつ、気持ちだけ受け取ろうと手を伸ばす。
清田の後頭部を手のひらでわしゃわしゃと撫でた。
「えっ!?」
「清田君、わんちゃんみたいよ。よしよし。」
「……。」
「あれ。」
からかって、やめてくださいと振り払われるかと思ったが、清田は顔を赤くして俯いてしまってされるがままだ。
「……。」
髪の毛がふわふわだ。
ぽんぽんと優しく叩き、髪を一房指に絡める。
「…………。」
「清田君、あの、嫌がってくれてもいいんだよ?」
「い、いえ、あの……。」
ちらりとに視線を向けて、また下を向く。
「……さんの、手、や、優しい感じで、触られるの、好き、なんで……。」
そう言い終わると、清田が勢いよく立ち上がりに背を向け、通路を歩き始めてしまう。
「清田君?」
「の、の、飲み物、買ってきます!!!!!」
「いってらっしゃい……。」
やめてくださいと振り払ってくれるかと思ったがやはり女の先輩だとそういうのもし辛いのかなと、からかいすぎたと反省しながらまたコートに視線を落とすと、藤真と目が合う。
そしてすぐ視線を逸らして口に手を当てて笑っていた。
「……。」
見られていた。 ごめんね清田君。
試合前の牧はどこか話しかけにくい空気がある。
キャプテンとして、プレイヤーとして負けられない試合の前だからというわけでもない、微笑み談笑する余裕もありピリピリしているわけでもない。
ただ誰よりも、試合に臨む集中の精度が違っていた。
いつもなら試合に関係のない話はあまりしない神も、今日ばかりは牧に聞きたいことがあり牧に近づく。
「牧さん、昨日と話したんですよね?」
「ああ。」
ベンチに座り、屈んでバッシュの紐を調整する牧の隣に立って話しかけた。
「電話で?あの、ありがとうございます。、朝元気そうだったんで……。」
「いや、それなら俺のおかげってわけじゃない。」
「え?」
「話はして、大丈夫だと言ったが、やっぱり落ち込んではいた。元気だったならお前がに寄り添ってくれてたからだろう。」
「……。」
「ありがとな、神。」
「そんな……。」
逆にお礼を言われてしまって動揺する。
考えていたことが、牧さんじゃなくて俺がのそばで助けられて良かったと思ってしまったことが、あまりに幼稚に見えてしまって。
バッシュの紐を結び終えた牧が上体を起こす。
神を振り返る表情は少し眉根を寄せていた。
「ちいと、女心は俺には難しいらしい。今日の帰りにでもリベンジするよ。」
「はい……。」
下心の無い、ただチームのことを考えた行動する牧に神はため息を吐きたくなる。
もう高校生の可愛げがないじゃないですか監督の貫禄すぎますよと。
「神、今日はは客席からじっと見てるんだからな。良い試合しろよ。」
「もちろんですよ。」
しかも、俺のことも、ちゃんと気にかけて一番刺激になる言葉をくれるんだもんなあ。
清田が牧に報告すると控え室に向かって行ってしまい、一人になった。
翔陽対湘北戦、後半で藤真が出たことを伝えに。 冷静に見ようと思っていたのに、気が付けば手に汗を握ってしまっている。
藤真さんが出たなら翔陽の勝ちだろうと思う自分と、湘北を応援する自分がいて、どちらが勝とうと関係ないどころかむしろどちらの負けも見たくないと思ってしまって。
「清田君は戻ってこないか……。」
海南のメンバーがコートサイドに現れたのに視線を向ける。
そこに清田の姿も見つけた。 落ち着いて、気持ちを切り替えて試合を見守ろうとしたとき、後ろから声を掛けられる。
「~。」
「え。」
驚いて振り返ると、ここに居ちゃいけないだろうと思う人物がいた。
「せ、」
仙道君、と名を呼ぼうとすると、仙道が人差し指を口に当て、しー、と声を出す。
先程まで清田が座っていた席に座り、カメラを指差した。
そして携帯を取り出し、文字を打つ。
『元気?』
メッセージが来てこくこくと頷いた。
も携帯を取り出す。隣にいるのに不思議な感じだ。
カメラに声が入らないように配慮してくれているのは分かるが、それより聞きたいことがありすぎる。
『一人でどうしたの?』
返信をした後、先程下に陵南のメンバーも見えた気がするがと身を乗り出すと、試合に集中して仙道が消えたことに気付いていない様子だった。
『相変わらず良い場所取りしてるから下から発見できたよ。』
『団体行動しなきゃ……』
『体調崩しちゃったんだって?さっき牧さんに聞いた。』
むう、と唇を尖らせる。
こんなことが他校にまで知られるというのは喜ばしくはない。
しかもエースにだ。
『情けないと思った?』
『なんで?普通に心配した。もう大丈夫なの?』
『心配ありがとう。うん、大丈夫だよ』
『良かった。でも、今は大丈夫じゃないよねえ』
視線をからコートへ移す。
仙道だって思うところはあるだろうに、表情からは心の内が分からないのは感心してしまう。
コート上でのメンタルの強さを思い出す。
『翔陽と湘北は、決勝リーグで見たかったな。』
『俺もそう思うよ。』
仙道が前かがみになり、膝に肘を置いて頬杖をつく。
しばらく試合を眺めると、また携帯を打ち始めた。
『どっちが勝ってもダメージ?』
「…!」
返信に悩む。
『正直言えばしんどいけど、でもコートの皆の方がしんどいだろうから私は客観的立場で。』
『別にいいじゃん、しんどくなっても。優しいんだから我慢しないで。』
『私は海南なので』
『が後で一人でしんどくなるのは俺が無理。』
仙道と視線を合わせる。
いつも通り、穏やかな笑みを浮かべたままだ。
『手が届く範囲でしんどくなってくれると助かる』
そこまで打って、仙道が携帯を膝の上に置く。
右手を伸ばし、の左手を握った。
そこまで気遣いをされて、は断る理由が浮かばなかった。
こくりと頷いて、仙道の手を握り、右手でビデオに触れた。
客席から藤真さーん!と女性の声が飛んだ。
その気持ちが分かるほど、コートの藤真は活き活きとプレイをしていた。
「……!」
「!」
シュートを打った藤真が宮城と桜木に挟まれた状態で倒れる。
その瞬間にの手に力が入った。
「……。」
あの程度、全員大丈夫だと思うけど、と仙道は思うが、にとっては心配の対象か。
試合中に冷静沈着なマネージャーをするのは大変だろう。
(……俺がそうした方がいいって言ったんだけどね。)
がビデオに触れていた手を離し、携帯で文章を打つ。
仙道の携帯に通知が来て、メッセージを開く。
『藤真さんやっぱり凄い。雰囲気が一気に変わったね。』
『そうだね。いつもの翔陽だ。』
『三井さんの疲労が気になる。やっぱり2年もブランクあったら翔陽相手はスタミナもたないかな』
仙道が三井を見る。
呼吸が大きく、疲労の具合が見て取れる。
「……。」
『湘北って勝ちへの執念凄いよね。』
返信を見て、は仙道に視線を向ける。
『三井さんはなんか、意地と根性が凄そうだね。』
「……。」
『負けず嫌いだからね。』
『それに関しては俺も負けないけどね。』
『海南も負けないよ!』
『出た。マネージャー脳。』
ふふ、と小さな声で笑いあう。
は身体から力が抜けるのを感じる。
ずっと強張って試合を見ていてしまった。
「……。」
海南の私に心配されても嬉しくないだろうな。
最後まで、怪我が無いようにとだけ祈らせてほしい。
『ありがとう仙道君。』
『なにが?』
『なんか力抜けた。』
『いや真面目に見なよ。』
『仙道君に言われたくないんですけど!?見てます!緊張がほぐれたってこと!』
『ならよかった。』
にこっと笑顔を向けられる。
この笑顔を見ると、気を許しちゃうんだよなあとは思う。
初めて仙道に話しかけられたときもこの笑顔だったのだ。
連絡先を交換するのも仲良くなるのも早かったなあ。
「!」
桜木の肘が花形のこめかみに当たる。
は驚いて身を乗り出す。
「桜木君のファウルで花形さん負傷。……意識あり。」
がビデオに声を吹き込む。
「あ……プレイに支障ない様子。試合再開。」
落ち着いて背もたれに寄りかかる。
ふう、と息を吐くと、仙道の手を思い切り握ってしまっていることに気付いてぎょっとする。
咄嗟に離そうとするが、仙道は優しく握ったままで離せなかった。
「……。」
仙道の顔はにこにこと笑ったままだ。
身体を寄せて耳元に口を寄せる。
「痛くなかった…?」
「全然?」
「……それはそれで悔しいな……。」
「はは。変な負けず嫌い出すなよ~。」
仙道がから顔を背ける。
携帯に何かを打っている。
『そういうの声入れてんだね。彦一はずーっと騒がしい声入れてるから見習ってほしいわ。』
『それはそれで臨場感あるんじゃない?見たことないから分からないけど。』
『見たらさすがのも、うるせえって言うと思う……。』
『そんなに』
逆に気になるな…と思いながら、カメラに目を向ける。
じりじりと離れていく点差よりも、三井の足元のふらつきが気になっていると、長谷川のファウルで三井が背中から倒れる。
「三井さん…!長谷川さんのファウルでフリースロー3本……」
大丈夫か、と思っていると3本とも決め、そして三井の猛攻が始まる。
「……。」
今度は仙道がの耳元に口を寄せる。
「基準が分からなくなってきた。」
「なにが?」
「ファウルの時と、良いプレイが来ると手にぎゅって力入るけど、三井さんのスリーは無反応なんだ?」
「あ、私そうだった?三井さんはフォーム見たら入るかどうか分かるからかな。」
「そうなんだ……。」
「ん?」
今度は仙道がの手を包み込むように握って力を込める。
「……。」
痛くはないが、振りほどくのは困難だと感じる。
「仙道君?」
「なに?」
「手……なんか……何かあった……?」
「ちょっと気合入った。」
「?あ、湘北追い上げてるもんね。」
「……うん。」
そういうことでいいよ、と頭の中で考える。
本当に心配してるだけでこんなに近くでずっと手を握られてると思っているのか。
下心あるに決まっているのに。
コートでは三井がボールを取るためにベンチに突っ込んでいった。
「あ!」
感情的な声を上げてしまって、の視線はコートとビデオをせわしなく往復した。
「え、えーと、同点、です。」
仙道は必死に声を押し殺して笑った。
大したことないと思ってしまうが、心配の声は入って欲しくないのか。
声に出してから遅れて、同点か……と改めてぼそりと呟く。
どっちが勝ってもおかしくない展開に、ごくりと唾を飲む。
その緊張も、桜木の叫びとゴンという大きな音に驚いてすぐ桜木の姿を探した。
「ど、どうしたんだろう?」
「まああいつらしいというか。」
「体育館に頭をぶつけるのが!?」
そして桜木の目の色も変わる。
「……。」
ちょっとのスイッチで、あんなに雰囲気が変わるなんて。
その後は静かに。 仙道ももただコートを見つめて、その試合を見届けていった。
そして試合終了のブザーが鳴った。
ビデオの録画を止める。
「やっと普通に喋れる。良い試合だったね。」
「仙道君、まだ時間ある?」
「あるよ。よかったらさ……」
「ちょっと荷物見ててもらっていい?」
「え?」
二人で話そう、と言葉を続ける前に、は立ち上がる。
「すぐ戻る!」
「トイレ?」
「藤真さんのところに行ってくる!」
「え?」
そう言っては、お願いねと仙道の肩を叩いて通路を駆け上がっていく。
「え?」
の背中を見送ったあと、今度は仙道が慌てる。
「え、ええ!?ま、負けた直後の藤真さんに会いに行けるわけ……!?」
お疲れ様の言葉をかけるのだろうか。
海南のメンバーであるが目の前に現れたら藤真さんはどう思うんだ? 悔しくて悔しくて、誰とも会いたくないという気持ちになっていてもおかしくない。
「強いな~、……。」
仙道にとって今日一謎の行動をとったのはだったなど、きっと本人は思いもしてないのだろう。
慌てすぎて、翔陽の選手が通る通路から一番遠い階段を下りてきてしまった。
しかし試合直後なのだから丁度いいかもしれないと、小走りで向かう。
今日藤真さんに会えるのはこのタイミングしかないかもしれないということと、仙道君も早く陵南メンバーと合流しなければならないかもしれないから早く戻らなきゃということで焦ってしまう。
「藤真さん!!」
「!!」
翔陽4番のユニフォームが見え、咄嗟に名前を呼んだ。
タオルで顔を、もしかしたら涙を拭いていた藤真は慌てたように手を動かして振り返った。
「ちゃん。」
「!」
振り返った藤真は、表情を作っていた。 目を赤くしながら、にこ、と不自然に笑っていた。
「カッコ悪いとこ見せたね……。」
「かっこよかったです!!藤真さん!あの、試合、お疲れ様でした……!」
「ありがとう……。」
「それで、あの、藤真さん……。」
藤真のその顔につられてしまっての目も潤んでくる。
その目に見上げられて、必死になられては嫌味もなにも思いつかない。
私たち、翔陽の分まで戦いますなんて言われたらどうしようかな。
ありがとう、よろしくねって言うしかないかな、と、困ったように口角を上げる。
牧にでも言われたらぶん殴る勢いだけれども。
「冬は!!!!!??????」
「うん、ありが……え?」
「冬は!!!出ますか!!!???」
必死に質問を繰り返すを目を丸くして見下ろした。
「冬?」
「冬!!!!」
試合のダメージはもちろんあって、それで忘れていたのだろうか。
そうだ、この子もなかなか予想通りには動かない子だった。
「ぷっ……!」
「!!」
笑ったのをどう受け止めようか。
まさか、出るわけないじゃん、という意味だろうかと考えてしまうと悲しくて泣きたくなる。
「ねえちゃん……。俺、今、負けたね?」
「はい……!」
「そんな俺に駆け寄って来てくれて、それで?」
「え、あ、ふ、冬……は……?」
断固として質問を変えない意志のくせに姿は怯える小動物のように縮こまっている。
その様子がツボにはまってしまった。
「あははは!!!!」
「!?」
「ご、ごめん!なんなのもう!!!」
「え、えっと、疲れてるとこ、あの、すみませ……。」
「いいよいいよ。冬、そうか……冬、かあ……。」
「私、もっと藤真さんのプレー見たいです……。だから、だから、あの……」
「その気持ちはありがたく受け取ろうかな。けど今はちょっとね。落ち込んでる選手に声掛けなきゃ。それから考える。」
スピードも、シュートのセンスも、素人が見たってすごいと思えるだろうそのプレーは負けたチームといっても目に焼き付いている。
これで引退なんてしてほしくない。
それは私の勝手な考えだってわかっているけれど、自分を待っていてくれる人がいるというのは強い支えになると実感したばかりだ。
藤真に声をかけない自分の方が考えられなかったのだ。
「……考えたら……。」
「はい。」
「………連絡、していいかな?」
「もちろんです!!」
「ありがと。」
額から流れる汗を一度拭いて、今度は目を細めて優しく笑う。
手をひらひらと振って、控え室へ向かっていった。
「藤真さん……。」
「ちゃん。」
「わあ!?」
背後から突然声が降ってきて、驚いて振り返った。
すると花形が、顔を洗ってきたのかどこかさっぱりした様子で見下ろしていた。
「花形さん!すみませんいきなり!試合、お疲れ様でした!」
「そんな畏まらないで。」
「あの、衝突とか、お怪我……大丈夫ですか?」
「問題ないよ。それより、ちょっと盗み聞きしたんだけど。」
藤真さんに不躾に声をかけてしまって怒られるかなと思ったら、花形はぺこりと頭を下げる。
「え?」
「ありがとう……。本当は、俺が支えなきゃって思うんだけど、今日ばかりはどうしたらいいか分からなかった。」
「花形さん……。」
「落ち込んでる選手には藤真が声を掛けられるけど、あの藤真に声を掛けられる奴は翔陽にはいなかったから。」
「そんなこと……。」
「慰められて元気になるような奴じゃない……。ありがとう。藤真にちゃんの言葉は丁度良かったと思う。」
一安心した様子の花形から、それはお世辞じゃなくて本心だということが伝わる。
「じゃあ……。海南の応援はできないけど……試合頑張ってね。」
「はい!ありがとうございます!」
「俺はもう冬のことは決まってるよ。」
「え!?」
「海南には教えないけど。」
最後ににやりと笑って、花形も控え室に向かっていった。
「……藤真さん……花形さん……。」
私の言葉なんかなくたっていつかは前を向いていただろう。
そう考えつつも、嬉しかった。
「~。藤真さんに会えた?」
「あ!?」
今度はカメラを首から下げ、三脚を持った仙道が後方に現れる。
「ごめん仙道君!!ごめんね!!」
「いいけど。それで?どこ持っていけばいい?」
「この後一度控え室に行かなきゃだから、受け取るよ。仙道君もチームと合流しないと。」
「大丈夫だよ。女の子の手伝いすることを咎めるような人は陵南にはいません。」
「仙道君……!」
そう言って仙道が海南の控え室に向かって歩き始める。
もそれに慌てて付いていった。 控え室の中まで入ろうとする仙道を止めて、ドアの横で荷物を受け取る。
「ありがと……。」
「どういたしまして。海南の試合は応援の奴らと一緒に見るんだろ?」
「うん。」
「客席から見るのは初めて?」
「うん。昨年も、練習試合をやる頃にはマネージャー私一人だったから。」
「そっか、じゃあ牧さん達も緊張してるかも?」
「え?」
「マネージャー様が遠くから熱い視線を送ってるんだもの?はは。何点取るかね?」
「そんなこと……。」
「どこにいてもはだから。」
仙道に心配されている。
そう気付いて、私は大丈夫と言おうと口を開くと、仙道が人差し指をの唇に添えて制した。
「海南と当たるの、楽しみにしてる。」
仙道がにこりと微笑んで、一歩下がる。
そして背を向けて歩きだした。
廊下の角を曲がると、もう慣れたと思ったのに、耳元で囁かれるのはなかなかやばかったなあと仙道は耳に手を添えた。
「…………。」
仙道の背を見送って控え室に入ろうとすると、先にドアが空いた。
「あ、。」
「神君。」
携帯を弄りながら、神が中から出てくる。
「もうすぐミーティング始めるから中にいて。俺はまだ来てない奴に電話する。」
「うん。」
神と入れ違いで中に入ると、清田が駆け寄ってきて三脚を持ってくれた。
そして他の一年生に持つように指示をし始める。
「。」
「牧さん。」
肩にぽんと手を置かれて振り返る。
「問題ないか?体調は?」
「はい、大丈夫です。」
「そうか。……頼みたいことがあるんだが、いいか?」
「はい!」
牧からお願いをされるなんてむしろ嬉しいことであるはぱっと笑顔になった。
言いづらそうにしていた牧も安堵の表情をしていた。
「今日、時間をくれないか?」
「え?」
「帰りに、少し話をしたい。」
「も、もちろんです。」
「よかった。じゃあ解散の後……もし近くに居なかったら連絡する。」
「はい。」
何の話だろう。 体調を崩したことだろうか。
このことに関しては絶対に本当のことは言わないと決めている。
自分の体調管理がなってなかったんだと、何度でも言って貫き通そうと思っている。
「~。ちょっとこっちきて確認してもらっていいか~?」
「あ、はい!武藤さん!!」
準備を万全に整えて、神も部員を連れて戻ってきてミーティングが始まる。
いつもと変わらない、試合前の空気だった。 そしては2階に、部員と一緒に上がっていった。
コートを見下ろすと不思議な感覚に陥る。 叫ばないと声は届かないんだな。
倒された時に、大丈夫かとアイコンタクト取ったり出来ないんだな。
選手交代の際に一言掛けたりたり出来なくて、 ベンチに戻ってきた選手にタオルや飲み物を渡すことも出来ない。
「……。」
寂しいというよりも、虚無感があった。
あっという間に点差が開いていき、 危なげなど一切なく、海南は初戦を勝利した。
「!」
携帯が鳴る。 勝利を喜ぶ選手が騒ぐ中、一人静かに確認する。
差出人は沢北だった。
『試合どうっすか?まだ終わって無いかな?結果待ってますね。』
そう書かれていて、もちろん勝ちました!と返信しようとして指が止まる。
送信を押さずに削除をした。