20.元通りになるために
「あ!?」
休憩時間に携帯を確認した沢北が驚きの声を上げる。
察した深津と河田は練習疲れもあって絡まず無視していたが美紀男は興味津々で沢北に近づいた。
「沢北さんどうしたんですか?」
「さんに連絡したら電話があった!!」
「わあ~よかったですね~!」
「付き合ってるみたいだ!!!!」
「え、え、着信があっただけで……!?」
「美紀男に突っ込まれたら終わりだろ沢北……。」
浮かれすぎて舞い上がる沢北に呆れながら、河田が仕方なく近づく。
「電話すんなら終わってからにしろよ!」
「も、もちろんです。もしかして忙しくて出れなかったよ、ごめんね、という俺と、ううん、大丈夫だよって悲しそうに話すさんの展開ですかこれは!!」
「うざいピョン……。今済ませて来いピョン……。」
「え?いいんですか?」
「5分で済ませて来いピョン。試合結果だピョン?勝って嬉しくてつい電話しちゃったのかもしれないピョン。」
「ええ……?初戦くらいでそんなになる人に見えねえけどなあ……。さんも俺から連絡来ると浮かれたりすんのかな?」
「お前。」
「その自信はどこから出るピョン。」
え?と目を丸くして不思議がる沢北からは悪気が感じられない。
かといってあんまり自惚れてるとマネージャーさんに嫌われるぞとでも言えば、やだああああ!!と泣き出しそうでめんどくさい。
「あ、いや変な意味じゃなくて、さんが喜んでくれるんなら素直に嬉しいっすよ。深津さんの許可もあるんで電話してきます~。」
タオルを肩にかけて外へと出る沢北を一之倉が目で追う。
「……調子に乗ってる時はつい海南マネに振られたら面白そうだなとか思っちゃうよな。」
「マネさんはなあ……」
「沢北のコンディション気にして直接的なことは言わなそうだピョン……」
「え、そんな優しいのか……。」
5分て短くね?と思い、歩きながらの番号を押す。
が出るのを待ちながら、きょろきょろと人のいない場所を探した。
どうも自分は彼女の事になると顔が弛んでいるらしい。自覚はないし、そんなのいつも顔合わせてるバスケの奴ら以外分かんないだろと思いつつも、念のためあまり人に見られたくない。
「沢北さん。」
電話に出た声は真面目で淡々としていて、少しの緊張も感じる。
俺の連絡に浮かれたわけでないことは分かって、それがイメージしていたさんらしい、と安心してしまった。
「さん!すみません、着信出れなくて。」
「いえ、あの、私こそすみません。今、お伝えしたい内容打ってたんですけど……大丈夫なんですか?」
「ええ、もちろん。どうしました?試合でしたよね?」
なんか相談事かもしれん。じゃあやっぱ5分短いわ……。
聞く前にメッセージでくれと言った方がいいか?部活の休憩中でそんな時間無いんですがと先にいえば良かった。
「あの!」
「お?」
そう対応に悩んでいると、が急に早口になる。
「沢北さんに、高校ナンバーワンプレイヤーとして聞きたいことがあるんです!!」
「え?ど、どうぞ?」
「チームの、マネージャーには、どんなことを望みますか!?」
「……え?」
何かミスでもして自己嫌悪に陥ってるのだろうか。
とりあえずは返答を考える。 そんなことあまり考えたことなかったなあと思いながら。
「……俺にそれを聞くんですか?」
「沢北さんに聞きたくて!」
「俺は厳しいっすよ。さんを傷つけるかもしれない。」
「……!構いません!!」
「そっか……。」
ひと呼吸置いて、考えを話し出す。
「まず……最低限欲しいのは……。」
「はい。」
「俺たちのことしっかり応援して欲しいっすよね~……。」
「え?」
きょとんとした声を出すの反応にやっぱりと笑いながら続ける。
「まあ俺は余裕ですけど、やっぱ練習キツイんで、終わった後にお疲れ様~って笑顔で声掛けてくれたり。」
「え、ええと……。」
「良いプレイは褒めてくれて、ミスしても変わらない態度で声かけてくれたり、悩みがあったら聞いてくれたり。」
「あの」
「あとね~やっぱりどうしても思っちゃうことはあって……。」
「!」
が静かに沢北の言葉を待つ。
携帯越しに、緊張している雰囲気が呼吸音から伝わって、沢北は微笑んでしまった。
俺の事どんなキャラだと思ってんスか。
「マネージャーがさんだったらいいのになあって。」
「……えっ……あ、その……」
慌てた声も可愛い。こんなこと言われると思って無かったのかな。
呼吸を整え、が動揺しながら声を絞り出す。
「嬉しいですけど、そうじゃなくて……。」
「そうじゃなくて?」
「スキル的な、もので。体力があるとか、練習にここまで付き合えるとか、こういう指導出来るとか……。」
俺とそんな話がしたかったのか、と分かって笑ってしまう。
この人は向上心がありすぎる。
「あはは!そんなの要りませんよ!どんだけ俺らのチームを好きになってくれるか、俺はそっちのほうが嬉しいです。」
「そう、なんですか。」
「嫌々やられるのはね、イラっとしますよ。頼んでねえから辞めろって思うし。山王バスケ部に所属してたって経歴が欲しいだけの奴は腹立ちますし。」
沢北と話して思い出したことがある。
海南にはバスケ初心者だって入ってくる。 私だって初心者だけれど、牧さんも神君も、だからって残念そうにすることはない。
一緒に頑張ろうって思ってくれるし、誰かが怪我したら、体調崩したら、回復するの待ってるねって話しかけるのは自分じゃないか。
上手い人がいて、下手な人もいて、練習について行ける人もなかなかついて行けない人もいて、でもみんな、バスケが好きだから。 バスケが好きな人は、大歓迎だ。
「さんは、後輩マネージャーが入ってその子がバスケ好きだけどスキルゼロだったらがっかりするんですか?」
「しません!!大歓迎です!バスケが好きな人にバスケ部入って欲しいです!」
「でしょ?」
「はい!!ありがとうございます沢北さん!」
「何かあったんですか?でもさんなら大丈夫ですよ。高校ナンバーワンプレイヤーが保証しましょう。」
「え!沢北さんがお墨付きくれるんですか?」
「ええ、さんのためならいつだって。」
くぐもった声がして、照れてくれてるのかな?とまた嬉しくなった。
「ありがとうございます……。」
「何かやらかしたのなら、ごめんなさーい!!って言って次から気をつけたらいいんです。」
「はい!!頼っちゃって、すみません。急に不安になっちゃったんです……。」
「さんに頼られるのはすっげえ嬉しいわ。そういうときはいつでも連絡してよ。すぐ反応出来ないときの方が多いと思うけど、絶対俺も連絡するから。」
「あ、ありがとう……ございます……。沢北さん今部活の休憩中ですよね……。そろそろ切った方が……?」
「え。王者山王といえど休みの日くらいはありますけど。今はその通りです。なんでわかったの?」
「微かにですけどボールの音聞こえたんで。」
確かに、2,3年の休憩中に1年がシュート練習をしている。だから途中から早口になったのか。
落ち込んでる時くらい自分の事だけ考えてりゃいいのに。
校舎の時計に視線を向ける。
「……しかも丁度5分。」
「5分?あ、5分で悩み解決しました。ありがとう沢北さん。」
「いいえ、俺こそ。さんの声聞くと元気出るな。」
「そうなんですか…?えっと、じゃあ部活頑張ってください!」
「すっげー頑張る。ありがとう。」
互いにまたねと言って通話を切る。
すげえな、何も言ってないのに。こんなに言葉にしなくても合う人っているんだな。
頼られたって思ったけど、俺の事気遣うのも忘れてなくて。
体育館への道を携帯に視線を落としながら戻る。
「…………。」
待って、今は自覚ある。
今俺顔すっげえ弛んでる。
咄嗟に携帯ごと手を顔に当て、誰にも見えないように表情を隠す。
そこへ声がかけられた。
「キモ北。」
「誰っすか!!!俺のことっすか!!!???」
一気に顔を上げると、深津がドリンクを片手に持って立っていた。
「ああでもキモイのは否定できないかもしれないっす!今の俺にやけが止まらねえっす!!!!」
「5分で一体何があったピョン……」
「可愛かったです!!!!!!」
「何も分からないピョン……」
体育館に向かう深津の後を、深呼吸を何度もしながら沢北がついて行く。
「さんに部活頑張ってって言われたから頑張ります!!」
頬をパシパシと両手で軽く叩き、表情を戻した沢北が気合を入れる。
「勝敗は。海南何点取ったピョン?」
「あ!!!聞いてねえ!!!」
「何しに電話したピョン?」
「何しに……?さんがなんかやらかして落ち込んでたみたいなんで励ましたっす。」
「……何やらかしたんだピョン?」
「聞いてねえっす。」
「そうだと思ったピョン。」
そんなコミュニケーションでよくそんなにデレデレできるな…と思ったが、もそのあたりはあまり気にしないのかもしれない。
「5分って言われたじゃないですか~ゆっくり話せませんよ!さんも部活中なの察してくれて急いで話してくれて……。」
「じゃあ部活終わりに改めてゆっくり聞け。ピョン。」
「あ!そうします!!やった!!夜も連絡出来る!」
は沢北との電話を終えて、また控え室に戻った。
もうすでに荷物はまとめ、もう少しで選手が着替えを終える時だった。
「さ~ん。」
「どうしたの、清田君。」
「神さんに、今日のプレーのかっこいいとこ話しかけてたら、信長よりさんに言われたいって言われたんすけどお~!!酷くないっすか!!!」
「えっ。」
「信長は擬音が多いんだもん。その点は遠慮なく反省点も言ってくれるよ?」
「そうだっけ?」
「そー。ビデオ一緒に見ながら、この時こっちの選手空いてたよって。」
「ええ!反省点のつもりなかった!思ったこと言っただけで……。」
「俺は気付けなかったんだもん。」
ダメ出しのつもりはなかったが、神にはそういう風に受け取られてたのかと焦るが、神は優しく笑うだけだ。
「その次の試合では連携とれたりして攻撃の幅広がったりしてるんだよ。助かってる。」
「ありがとう……。」
「今日、帰り牧さんと帰るんだろ?」
「うん。」
「牧さんは、俺なんかよりよっぽどしっかりしてるから、なんでも話して大丈夫だと思うし。」
「え?」
「むしろ相談されたがってると思うよ。」
クスクス笑う神の視線の先に、高砂と真剣に話す牧の姿があった。
「……よし。皆準備終わったか?学校に戻るぞ。」
牧の掛け声に返事をして、各々が荷物を持って控え室を後にした。
学校に到着すると、簡単に明日のスケジュールを確認したあと解散となった。
牧と待ち合わせてジャージのまま帰路を歩く。
会話は当然のように試合の話題だった。
「とりあえず初戦突破だな。」
「もちろんですよ!牧さん出番無かったですね!」
「良いことだな。どうだった。いつもと違う場所で見てて。」
「え、えっと……客観的に、見れまして……」
「勉強になったか?」
「なりました!」
牧が公園を指差し、足を向ける。
はそれについて行った。
遊具の少ない公園で、ベンチには女子高生やサラリーマンがすでに座っていて空いている場所がない。
周囲を見渡して、今度はブランコを指差した。
「ブランコに牧さん座るんです?」
「座っちゃいけなかったか?似合わないって?」
「似合わないと思いますけど、可愛いと思います。」
「可愛いって言われても喜ばんぞ。」
眉間にシワを寄せながら、鎖に手を掛け座り込んだ。
も隣のブランコに腰掛けた。
「単刀直入に質問するが……大丈夫なのか?」
「はい!元気になりました!」
「そうじゃなくて……。」
「え?」
牧に微笑みかけたが、気まずそうな牧の表情に心当たりがなくて、首を傾げる。
「三井が迎えに来た時……家庭環境で何かあったようなことを言っていたが。」
「……。」
「……部活、続けられるのか?」
父も母も、健康診断でちょっと指摘を受けることはあってもまだまだ元気だ。
三井が何か言ったとしたらその場しのぎの誤魔化しではないかと察する。
「あ、あーーー……。」
そういうことにしてしまった方が早いのではないかと、心当たりがあるような声を上げて、視線を逸らす。
「それについては、あの、大丈夫です!」
「そうなのか?」
「はい!」
まさか辞めるのではと思われていたのだろうか。
そんなことはないのに、不安げな顔をする牧を見ていると嬉しくなってしまう。
必要とされてるみたいだ。
「三井さん、意外と心配性なんですよ。」
「へえ……。」
「だから、大丈夫で……。」
これでこの話題を終わらせたくなかった。
もやもやしていたけれど、沢北と話してすっきり解決したことがある。
「……でも、これからも私、牧さん達に迷惑かけるかもしれません。」
牧がを凝視し、続く言葉を待った。
も牧の顔を見る。 そしてへらっと笑った。
「頑張ってるつもりでも、体調崩したり、何の役にも立てなくて無力感を感じたり、きっと、いっぱいするんじゃないかって思います。落ち込むこともいっぱい。」
「…………。」
「その時は、すみません。それでも私、バスケ部マネージャー続けたいんです。バスケ部のみんなのこと……バスケのこと、好きなんです。」
「……。」
「ふつつか者ですが、これからもよろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げたと同時に、牧は立ち上がった。
急に焦って頭を上げる。 試合直後に、こんなことを言って不謹慎だったか、牧さんは怒ってしまったのかと慌てたが、牧はの前に立ってしゃがみこんだ。
「えっ……。」
牧を見下ろすということに慣れていなくて、距離が近くて、焦ってブランコから立ち上がろうとするが膝に牧の手が置かれて制止された。
「牧さん……?」
ジャージ越しとはいえ、膝に手が触れた瞬間、びくりと震えてしまって恥ずかしい。
牧は優しく微笑むだけだった。
「俺も好きだ。」
「え……。」
「俺も、バスケが、バスケ部が、好きだから。お前が同じ気持ちになってくれてるなら、嬉しい。」
「牧さん……。」
自分への告白ではないと分かってはいても、牧から優しい口調で好きだという言葉が聞けて心拍数が上がってしまった。
「強いよ。お前は。」
「そんな……。」
「だからたまに不安になるんだ、俺も。俺の前じゃ強がってばかりで本当は辛いんじゃないかって。」
「そんなことないです!むしろ、いつも、牧さんには元気貰えるというか……!」
「ありがとな。」
少し緊張しながら、鎖を掴む手を解いて、の膝に置かれたままの牧の手に触れる。
「あ、すまな……。」
退かそうとした手をは両手で包むように握った。
「牧さんに心配かけてすみません。気にかけてくれてありがとうございます。」
「当たり前だろ……。」
「でも、本当に……。」
「去年も。」
「え?」
牧が握られた手に視線を落とす。
「こうやって、手を握ってくれたよな。」
「あ、あの時は、その、嬉しくて。」
思い出してはっとする。 なんてワンパターンなことを。
でも牧の大きな手に触れると安心するのだ。たまに触れる程度なら許されたい。
「……結構、どきどきするんだぞ。」
「え!」
「驚くなよ……。俺だって一応高校生なんだぞ。」
「一応って……。わかってますよ?そんなこと。」
「えっ!?あ、そう、そうか。ならいい……。」
牧が一瞬挙動不審になったことに疑問を持ちながらも、手を離さなかった。
嫌だと思われていないならこうしていたい。
「あの時は……俺が力になってやれればと思って声を掛けた。」
「びっくりしましたよ。牧さん、家に連れてってくれるんですもん。」
「に手を握られてた時にな、はっとしたんだ。家にあまり話したことの無い女性連れ込んで俺は何してるんだって。最初はいい提案だと思ったのに。」
「ええ!?お、遅くないですか……ほぼ帰る前じゃないですか……。私は最初から心臓バクバクでしたのに……。」
「そうだったのか!?」
「何されるのかなって……。」
「恐怖か!!!!そうだよな、すまなかった!!!」
「い、いえ……。」
でも、牧さんが優しい先輩だって気付いて、好きになっていったスタートだ。 そう思うと頬が赤くなる。
「今回も、ありがとうございます。牧さんの優しさに私何度も救われてますね。」
「いや……今回は……。」
「?」
「今回は、違うんだ。」
「違う……?」
「俺が……。」
牧が視線を落とす。 手に力が込められ、握り返された。
「のこと、知らない事が多いって思い知らされて、寂しかったんだ。」
予想してなかった言葉に目を丸くする。
「私、単純ですよ?見たままの感じって、言われますし……。」
「三井に見せつけられた気までしてくる。そりゃ、言いたくないことだってあるんだろうって、分かってるのに。」
「え。」
「お前が嫌じゃなければ、俺はもっとのことを知りたい。お前は、俺のことをバスケ部の先輩としか思っていないかもしれんが……。」
「そんなことないです!」
牧の言葉に驚いて前屈みになってしまう。
話す話題はバスケのことが大半で、でもそれでも牧と話せるということだけで嬉しくなる自分がいた。
あまりに舞い上がって話してたら好意に気付かれるんじゃないかと思って感情を抑えたりもした。
何を意識しすぎているんだ。 牧さんはこんなに誠実な人なのに。
「私、牧さんのこと……!」
必死な声に牧が驚いたような顔をする。
続きを言うのか、と自問自答しながら、は躊躇いながら口を開く。
「あれー?」
突然、素っ頓狂な声がして牧が振り向く。
声の主は公園の入口で目を丸くして立ち、すぐににこりと笑ってこちらへ歩き出した。
その手にはクーラーボックスと釣竿を持っていた。
「牧さんとだ。こんなところで何してんです?」
「仙道。」
「せ、仙道君……試合お疲れ様ー……。」
牧が立ち上がった拍子に握っていた手が離れる。
第三者の声に驚いて、どちらの手も力が抜けていた。
「俺たちは学校からの帰りだが……お前こそどうしたんだこんなところに。」
「え?分かんないですか?これから釣りですけど。」
ひょいとクーラーボックスを持ち上げ、釣竿を揺らしてみせるが、そうじゃないと牧がため息を吐いた。
「状況がわからん。明日も試合なのに釣りなのか。しかも家からも学校からも遠いこんなところの道を通ってか?」
まさか付けて来たんじゃなかろうなと疑って目を細める牧と、へらへら笑ってばかりの仙道をはオロオロしながら見ていることしか出来なかった。
「えー!?酷いなぁ……牧さんが良い釣り場があるって教えてくれたんじゃないですか……。」
「ん!?……あ。」
すぐにそのやりとりを思い出したようで、牧は目を丸くした。
「ずっと行きたかったんですよ?今日は早く解散になったんで。釣りは息抜きになるんです。明日試合でも問題なし。むしろ集中力増しますよ。」
楽しそうに笑う仙道を見て、はほっとする。
偶然通りかかったことが分かって牧も警戒を解いた。
「牧さんは今日は海行きます?」
「いや、帰って明日に備えようと思っていたが。」
「よかったら場所案内してくれたら助かるんですが。あの辺かーってのはわかるんですけど。」
「案内くらいならいいが。を送ってからな。」
「ここで解散でも大丈夫です!」
「おおそうか、って言うと思ったのか?ダメだ。送っていく。」
「俺も付いて行こ~。」
仙道が嬉しそうにを手招きする。
確かにこんなメンバーで歩くのは珍しいし、牧と仙道の会話にも興味が出て、おとなしく送ってもらうことにした。
「初戦勝利おめでとうございます。」
「俺は出てないけどな。ありがとな。」
「あれ不満気です?釣り勝負でもします?」
「牧さんと仙道君の勝負⁉」
「早く帰るって言っただろ。も反応するな。」
「すみません……。」
いつものバスケの会話となっては気持ちを落ち着けてマネージャー脳に切り替えて牧の隣を歩く。
仙道に、何の話をしてたのか、聞かれないことを祈りながら。
家の前に着くと、は牧と仙道にぺこりと頭を下げた。
仙道が手を振るのでもドアの前で手を振った。
それを見た牧もぎこちなく手を上げて小さく振ってくれたのは可愛くて微笑んでしまう。
「今度ゆっくり時間があるときに釣り誘わせてね~。」
「うん。海釣見学させてね。」
そのときは牧さんも一緒に行けたらいいなと思ったが、牧からは何も発されなかった。
海へ行く二人を見送って、家に入る。
が家に入るのを見届け、牧と仙道は浜辺に向かって歩いていた。
あまり口数の多い方ではない二人だからいつも静かなのは静かなのだが、牧が俯きがちで話題に相槌くらいしかしないので、仙道は不思議がる。
「牧さん。なんか様子変ですけど?大丈夫ですか?」
「ああ、いや……。」
「俺がとの話の邪魔しちゃったからですか?すみません。真剣な話でした?」
あまり深くは考えず、邪魔したいと思ったわけではなく、ただ見かけて嬉しくなって声をかけてしまった。
しかし、思い出せば普通の話をしていたわけではないのは一目瞭然だったかもしれない。
牧さんがあんな風にしゃがみこんで相手に目線を合わせて話すなんて初めて見た。
だって、見たことのない真剣な顔をしていた。
「……。」
「仙道。」
「え?なんです?」
「……来てくれて、助かった。」
一瞬何を言われたのか分からなくて思考が停止する。
不快に思われるならまだしも、有難がられることは何一つした記憶がない。
「はい?」
「危なかった……。いや、に変なこと無理やりしようとかそういうのはないぞ!?ただ、触れたくなったというか……。」
牧が口を右手で覆う。 恥ずかしそうに目を細めながら。
「……何を言っているんだ俺は。すまん。忘れてくれ。」
「あはは!」
「!」
仙道が声を上げて笑う。 その表情は心から楽しそうに。
「牧さんってほんと面白い。」
「何がだ……?」
「憎めないんですよねえ。そういうとこ。ま、でも負けませんよ。」
そう言うと、あそこですよね、と岩場を指差して走り出した。
牧はその仙道を追いながら、眉を顰めた。
「俺は真面目に言ってるんだがな……?」
は家の中に入るとすぐに部屋に駆け込んだ。
荷物は床に適当に置いて、ベッドに倒れこむ。
「…………。」
私は牧さんに一体何を言おうとした。
牧さんは私のことは知らないことが多いって言ってたばかりですよ話聞いてましたか!?
こっ、こっ、告白、あんなタイミングでしたら、そんなこと言われても状態でしょ!!!! 牧さんにもっと私のこと知ってもらうほうが先でしょ!!!! バスケのこと以外で!!!!!!
「ああああ~~~~……。でも牧さんが私のこと知りたいって……?う、嬉しい……。」
顔が真っ赤になってしまう。 しかしそう言われてもどうしたら良いのだろう。 もっと雑談を増やせばいいのか?
「私も牧さんの好きな物とか知りたいし、やっぱりサーフィンしてる姿も見たいな~。」
一緒に連れて行って欲しいとお願いしてみてもいいだろうか。
ふわふわした気持ちで想像を膨らませていると、ふとカレンダーが目に入ってはっとした。
「予選期間中だからね!!!」
浮ついている場合ではないと飛び起きた。
「次は湘北だし!」
そうだ、結局沢北さんに勝敗の話をしていない。
まだ部活中だろうから、今度は文字でと携帯を取ると、丁度三井からの着信が来て手を止める。
「?」
すぐに思い当たる用件は思いつかなかったが、最近のことを思い出すと何かあったのかもしれないと考えて急いで出てしまった。
「もしもし?」
「おう、俺だ。今家かー?」
「家だよ。」
「んじゃ、今から行くわ。」
「は?」
一方的に切られて動揺する。
えっ、何?宣戦布告? 翔陽戦で疲れてるんだからそんなことしないで海南戦に備えなよ。
そもそも私まだ化粧落としてないしジャージだからいいけど、完全にパジャマだったりしたらどうするの。容赦なく外で待たせますし!? あっでも牧さんが来たとき私パジャマで飛び出したな!? 牧さんは待たせたりしないけど!! いやそもそもそんなデリカシーない訪問の仕方は嫌われると思います!! 牧さんは心配して、話をしようと思って来てくれたんだからノーカウントだけど!! 三井さんそんな調子で大丈夫なの!?周囲から嫌われてない!?
ぐるぐる思考が巡って最終的に三井の心配をし始めたところでインターホンが鳴った。
慌てて玄関に向かう。
扉を開けると、ジャージ姿の三井が、よっ、と手を上げた。
「10分後に行くとかそういうのの方が女性受けはいいよー?」
「母さんが早く行けってうるせえんだよ。」
「三井さんのお母さんが?」
「まだ親帰ってねえだろ?」
三井は大きめのコンビニ袋を持っていた。
何か買ってきてくれたのだろうかと不思議がりながら近づいた。
「これ。」
「え?」
「お前んとこの親と朝話したら、の体調が心配だけど仕事早く切り上げられるか分からねえって暗い顔してたんだとよ。」
「大丈夫、なんだけど……お母さん今繁忙期だし……。」
「だからほら、食い物差し入れてこいって。」
「三井さん……。」
「一緒に食わねえか?」
そう言った次の瞬間、ぐるるると三井の腹の音が鳴る。
「……ま、まあ。俺も腹減ってるし……。」
恥ずかしそうに顔を背けながら、空いてる手をお腹に添える。
途中まではかっこいいお兄ちゃんだったのに、と笑ってしまう。
「うん。ありがとう!!なんだろう!楽しみ~!」
好意に甘えようと、家に案内する。
三井がリビングで持ってきてくれた料理を広げる間に、は飲み物の準備をする。
「~。皿借りていいか?」
「もちろん。どんなの?」
言葉が帰ってくる前に、三井が台所に顔を出す。
きょろきょろと周囲を見たあと、懐かしい、と呟いた。
「そんなにコロコロ変える家具でもねえとは分かってるけど、子供の時見たのと変わんねえとなんか思い出すよなあ。」
「それは分かる……。」
遠慮なく食器棚を開けて、適当な皿を持って台所を出て行った。
もお茶を注いだコップと箸を持ってリビングに向かう。
「あっ?ご飯も持ってきてくれたの?」
「おう。飲み物以外持ってきたぞ。」
「おいしそ~。」
三井に差し出された皿には、ボイル野菜と和風ハンバーグが載っていた。
「もしかしておから?」
「って言ってたな。」
「やった~!」
「多かったら残せよ。」
「残さず食べる!」
三井と向かい合って座り、は自分のコップを差し出す。
「ん?」
「乾杯。しないの?」
「ああ。」
「決勝リーグ進出、おめでとう。」
「どーも。」
カチリとコップを合わせてお茶を一口、口に含む。
「次は海南に勝って乾杯しに来てやるよ。」
「私たちは全勝優勝しか頭にないんでー。」
「くっそ、むかつくなこのヤロウ。」
一緒にいただきますと言って食べ始める。
「おいしい!」
「食欲は大丈夫そうだな。」
「うん!食べなきゃ!明日の試合はマネージャーちゃんとやらせてもらうんだから!」
「……。」
何か考えたのか、三井が視線を泳がせる。
「そ、それはよ。やっぱ、あの件で……参っちまったのか……?」
「え?」
「一応心配してたんだよ。」
「無関係とは言えないけど。部活の疲れも溜まってたみたい。大丈夫!」
「あ、でも逆に安心したかもしんねえ。」
「……ん?何が?」
眉根を寄せていた三井が、ふと何か閃いたように目を見開く。
「お前すっかり海南の練習についていける体力馬鹿になったのかと思ったよ。」
そう言われての動きが止まる。
「ゴリラみてえな女になっちまったのかと……。」
そしてそう続ける三井に、むう、と唇を尖らせる。
「体力……あったほうが良いじゃないの……。なにそれ酷い……。」
「酷い!?いや、安心したって言ったろが!」
「私は、落ち込んでたのに……。」
「落ち込んでたのかよ。」
「あ。」
大丈夫だと言ったばかりなのを思い出した。
目を丸くしたを三井が笑う。
「ちょっとは弱いとこ見せたほうが男にモテるぞ。」
「モテなくていいです!」
「マジかよ。まぁ本当によ、思ってるよ。そんな細腕でよくやってるよなって。明日は俺らが勝つけどな。泣いてもいいぞ。」
「負けませんし!!」
ハンバーグを口に運びながら、は三井に敵対心を向ける。
しかし全く怖くもないし、心から湘北の敗北を望んでるわけでもない。
ただ全力でぶつかって勝ちたい、という思い。
「ねえこの対立構造の会話まだ続ける!?」
「ん?どっちでもいいが?」
「話変えていい!?」
「なんだ?」
「三井さんのスリーポイント凄かった!!」
「ん……。」
素直に褒められるとは思わず、三井は言葉を詰まらせる。
「翔陽相手に、しかも後半に4本連続!スタミナ心配だったけど身体戻ってきてるの?」
「……スタミナはまあ……課題だな。」
「そっか。急には難しいよね……。でも流石だったな。フォーム凄い綺麗だった。お手本じゃん。」
「……すげえ褒めるな。」
「やっぱりまた三井さんのプレイ見れたのが嬉しくて。」
「……。」
三井は照れてしまって言葉が出てこなかった。
あたりめえよ、とドヤ顔を向けてやりたかった。
選手を褒めるのが当然の行いになってやがる。
「明日もやってやるから覚悟しろよ。」
「今日は早く寝なよ。」
「優しい言葉やめろ……。」
大きく口を開けてハンバーグを食らう。
もぐもぐと豪快に食べながらを見ると、丁寧にハンバーグを箸で切りながら食べている。
「……。」
お嬢様かよ、って思っちまうこいつの食い方、綺麗で好きだったなあ。
変わってねえのか。今でもいいなって思うな。
「……とりあえず予選が落ち着いたら、出かけようぜ。」
「出かける?」
「お前が言ったんだろ?鉄男にお礼したいって。時間くれるっていうからよ。」
「あ!うん!!やった!!え?三井さんも来るの?」
「は……はあ!?俺が行かねえと思ってたのか!?俺がいたほうが頼もしいだろうが!!」
「じ、自分で言う!!!」
の反応に唇を尖らせて、不服そうな三井を見て吹き出してしまう。
「うん。三井さんが一緒だと安心かな?」
「疑問系にすんじゃねえよ。」
「すごい偶然だよね。三井さんのお友達に私助けられて……。」
言葉が途切れ、三井は嫌な汗をかく。
どういう友達なのかと聞くのか?聞かれるのか?と思いながらを見つめた。
「……本当に……私、恵まれてる。」
「あ?」
「色んな人に支えられてる。落ち込んだら、優しい言葉をくれる人がいっぱいいるの。」
「……そうかよ。」
「うん。頑張らなきゃ、じゃなくて、なんだろう、怖がらずに、やりたいことをやろうって思えるの。」
「やりたいことって、マネージャーのことか?」
「うん。」
「別に、そんな有難がるもんでもねえんじゃねーの?」
三井の言葉が意外で、驚いた顔をして見上げると、三井がコップを持って立ち上がった。
「もう一杯お茶もらうぞ。」
「あ、うん……。……!!」
通り過ぎざまに、の頭にぽんと手を置く。
「お前がそういう奴だから、そういう言葉を掛けたくなるんだろうよ。」
「え?」
「支えてもらってると思ってる分、お前もそいつを支えてんじゃねえの?」
すぐに頭から手を離し、キッチンに向かっていく。
「……そうなのかな。そうだったらいいな。」