5.埼玉に行こう



家を出るにはまだ時間があるが落ち着かない。
ビデオは持った、カメラも一応持った、書く物も持った、タオルとシューズも持った。
お金も余裕をもって財布に入れた。

「……ふむ。」

試合に行くような気持ちなのに私服なのも落ち着かない。
牧も私服で行くと言っていたので、気が付くと鏡を覗き込んでしまう。

「牧さんの私服は結構シンプルだった記憶があるので……大丈夫よね……。」

も柄物は選ばずに無地の服を選んだ。
デートではなく偵察だというのに、気合が入ってしまう。

「そ、そろそろ行くか……。」

荷物を持って、玄関に来てまた悩む。
ちょっとヒールのあるものを用意していたが、歩きが遅くて牧に置いていかれないだろうか。
いっそ歩きやすさ重視のほうが好感度は上がるのだろうか。

「…………。」

分からん。

「いーやいーや、大丈夫……それなりに見えれば多分……。」

牧さんだぞ? 牧さんはきっと外見より内面を重視してくれるはずだそんな格好ひとつで嫌われたりするわけ……。

「……ない……はず……。」

不安だ。







駅まで来ると、自販機の前に立つ牧の姿が目に入った。

「ええ!!待ち合わせの時間まだなのに!」

小走りで駆け寄ろうとすると、牧がこちらに気づく。

「おはよう。」
「おはようございます牧さん!よろしくお願いします!」

ぺこりとお辞儀をすると、頭にコツンと何かが当たった。

「まだ時間がある。コーヒー飲むか?」
「はい!頂きます!」
「そんな固くなるなよ。」

頭に当たったのはコーヒーの缶だった。
受け取ると、牧はもう一本、自分の分を買った。
駅の椅子に座って、電車を待つ。

「緊張してるか?」
「はい……!」
「遊びに行く感じでいいんじゃねえか?山王にびびるなよ。」
「え、あ、はい!」

牧と二人で遠出するなんて初めてだからその緊張のつもりだったが、問われたのは違っていた。
そうだ浮かれてばっかりはいられない。

「皆はどこかで自主練ですかね?」
「神は走るそうだ。清田からは練習の誘いが来たから断った。」
「清田君どんまい……。」

牧もコーヒーの缶を開けて飲み始める。
牧はブラックだがにくれたものはカフェオレだった。
最初からの分と思って買ってくれたのかと気づいて、ただそれだけでも嬉しくなる。

「時間は書いてなかったな?とりあえず場所に行ってみるか。もし何もなかったらデートに切り替えだ。」
「牧さん……!はい!分かりました!」

電車の時刻が近づいて、残っていたコーヒーを一気飲みする。
牧から空になった缶を受け取って、捨てて戻ってくると、じっと見つめる牧の視線を受けて硬直する。

「な、なにか、変ですか。」
「いや、可愛い服を着るんだなと思ってな。」
「そっスか!?」

褒められて、顔を赤くして照れ隠しで可愛くない返事をしてしまう。

「牧さんこういう服好きですか!?」
「え?うーん……特にそういうのは考えたことないが……。」
「ですよねー!!!ちなみに牧さんの私服めっちゃ素敵です!!!!!!」
「ははは、ありがとな。さあ、電車来たぞ。」

この牧の余裕がたまらなく好きで、は憧れの眼差しを向ける。
電車の中でもう一度場所と経路を確認した後、今年の山王の情報が載った雑誌を広げる。

「こう、雑誌に載ってるの見るとかっこいいですよね沢北さん。」
「お前の前だとでれでれした顔しか向けないんだろうよ。」
「ま、牧さんまでからかわないでくださいよ!!!!」
「えっ。」

からかったつもりはなく本当にそうなんだろうなと思って口に出したのだが、が困った顔をするのでそれ以上言うのはやめた。
そういえば手紙騒動の時、神が、沢北は高校No.1プレイヤーな上にモテるからバスケ好きな子からしたらこんなことがあったらめちゃくちゃ喜びそうなのに、冷静な凄すぎ、と言っていたのを思い出す。





目的地の最寄りの駅に到着して伸びをする。
「着きましたねー!」
「駅から近いみたいだな。そこの道をまっすぐか。」
「はい!差し入れになにか買っていったほうがいいですかね?」
「挨拶できるとも限らんからな。最初に顔出してから買いに行ってもいいだろう。」
「分かりました!」

しばらく歩いていると高校の校舎が見えてきて、が地図と見比べる。
「同じ高校名。」
「体育館でけえな。」
「開いてないみたいですね……?」

何もないかもしれないという可能性も一応思ってはいたのだが、本当にそうなるとがっかりしてしまう。
とりあえず体育館に近づいて、入口を伺うが誰もいないし鍵がかかっている。

「ううううう……。」
「校舎の方にも行ってみるか。」

歩き出した牧の後についていく。
職員室の窓が見え、人がいるのを確認した。

玄関は開いていて、牧が靴を脱いでスリッパを履く。
も靴を脱ごうとしたが牧に止められた。

はここで待っててくれ。俺たちの方が先に来ちまった可能性もある。外を見てろ。」
「はい!」

牧が職員室に向かって歩き出し、は外を見た。

「見たいな~山王……。」

沢北さんも電話番号を書いてくれてたらよかったのに、と手紙をまた眺めながら、外に出て左右を見渡した。






「合宿所綺麗だったな。」
「体育館のすぐ裏なんて近くて良いピョン。」

山王のメンバーは今まさに体育館に向かっている途中だった。
昨日到着して1泊、今日は埼玉の高校で密かに練習試合をする。
毎年のことだがメディアからの問い合わせが多く、スタメンだけではなく選手全体のスキルを試すちょっとした合宿をしたかった監督は、OBがコーチをするこの埼玉の学校に来ることを極秘にしていた。

「沢北、何か暗くないか?」

一之倉が沢北の背をポンと叩く。

「そ、そんなことないですよ!」

普通に考えて練習だろうし、あのタイミングで手紙を出しては昨日までに返事なんて望めない。
一応、マスコミに情報が漏れたら迷惑がかかると思ってギリギリに出した。
来るか来ないか当日しか分からないのは覚悟の上だった。

「はあ……。」
「堂々とため息なんていい度胸だな。」
「あ、か、河田さん……。」
「朝からそんなんでどうするピョン?まだ時間があるから校庭走ってきたら良いピョン。」
「ええ!!そんな俺も皆と一緒に……!」

深津に抗議しようと身を乗り出した時、校舎の玄関が見えた。
そこでうろうろする女の子を凝視する。

「行ってきます!!!!!」
「は!?沢北!?」

選手の輪の中を飛び出して、玄関に向かう。
は沢北には気づかずに中へ入っていってしまった。

「……なんだあいつは……。」
「10分経って戻ってこなかったらフットワークさせるピョン。」


牧の脱ぎっぱなしの靴を揃えて、また校庭の方を向く。
そこへ走り込んでくる足音が聞こえてはびくりと肩を震わせた。

さん!!」
「あ!!沢北さん!!」

嘘じゃなかった、山王が来てるんだ!と分かって笑顔になる。
その笑顔を見て沢北も嬉しくなる。

「き、来てくれたんですね……!さん!!」
「あ、うん、そんなに遠くなかったから……わあ!?」
さん!!」

沢北が両手を広げて迫ってきて、に勢いよく抱きついてきた。
素早すぎる動きに反応できず、はされるがままになり鞄を落とした。
幸せそうな顔をする沢北にげんこつが降ってくる。

「いたあ!!」

バッとから体を離して顔を上げると、困惑した牧の表情が目に入る。

「すまん。だが自業自得だと思う。」
「ま、牧さんおかえりなさい……。」
「えっ!牧、さん!?お一人じゃなかったんですね……!」

慌てた様子の沢北だったが、すぐに礼をして頭を上げる。

「山王の沢北です。お久しぶりです。あの、手紙を見て来てくださったんですね……?」
「ああ。来てよかったのか?深津たちは知ってるのか?」
「むしろ牧さんが来たなんて知ったら喜びますよ!今日は午前中に軽く練習して、午後から試合の予定なんです。OBがこの学校でコーチをしている関係で、場所と対戦相手用意してくれたんです。」
「体育館に行って良いんですか?」
「聞いてきます!」

沢北が背を向けて走り出し、牧とは顔を見合わせる。
とりあえず沢北に着いて行き、体育館近くに来ると会話が聞こえてきた。

「海南大付属の!!キャプテンとマネージャーさんが偶然いらっしゃってて!!」

それを聞いて冷や汗をかく。

「おい、その偶然の理由を考えなきゃならねえのは俺たちじゃねえかそれ。」
「ど、どうしましょう牧さん……。正直に言うのは沢北さん可哀想ですし……。」
「ここに知り合いなんていねえぞ。」
「濁しますか。」

体育館から山王メンバーが顔を覗かせる。

「本当だ!牧!」
「マネージャーさんも。」
「何でこんなところにいるピョン。」
「よお。」

牧が困った顔でを見て、はおろおろしながら、牧さん言っちゃダメですよ、と小声で囁いて、演技をする。

「すまん。詳しくは言えないんだが、ちょっとここの先生に用があったんだ。」
「体育館が今日使えなくて、丁度休みだったんです。」
「…………。」

深津がじっと沢北を見て、まあいいピョン、と呟き、堂本監督の元へ向かった。

「…………。」

沢北が蛇に睨まれた蛙のように固まった。
牧とも体育館に入り、堂本監督のもとへ向かった。
挨拶をし、ためらいつつも折角なので見学していいかと問う。

「そうだな……。今日は内緒の練習だったんだが、追い返すのもな。ギャラリーからならどうぞ。」
「ありがとうございます。」

二人で深々とお辞儀をして、階段を目指して歩く。

「上手くいったんですかね?」
「とりあえず俺たちはな。」
「沢北さん頑張れ……。」

ギャラリーから下を覗き込み、見渡す。

「この流れでビデオはやめたほうがいいですね。」
「そうだな。」

沢北がに手を振るので振り返す。
その呆れるほどに嬉しそうな顔に、牧も苦笑いだ。
女にだらしない噂なんて皆無な沢北がどうしてこんなにに惚れ込んでいるのか。

「……。」

しかし練習が始まると、その気迫に牧もも沈黙して見入る。

「このスピードが最後までもつんですもんね。」
「そうだな。深津、河田、沢北がそれほど前に出てきていないな。控えの層を試すのかもしれん。」
「あ、あれが河田さん弟ですか?」

ゴール下で練習をする巨体に視線がいく。
牧を見上げると静かに目を細めていた。
集中しているようで、もコートに視線を映し、黙って観察し始めた。
2時間程の練習のあと、昼の休憩に入るようだった。

「俺たちはどうする?」
「外に食べるとこありましたっけ?」
「駅前に戻ればあったな。」

階段を降りると、汗を拭きながら沢北が近づいてくる。

「お昼ですか?」
「ああ。午後は何時からだ?」
「14時に対戦相手が来る予定です。」
「じゃあそれまでに戻ってきますね。」
「えっ二人っきりで食事……。」

硬直する沢北を押しのけて深津が前に来る。

「牧、今日は何時まで居れるピョン?」
「特に決めていない。」
「試合は見ていけピョン。」
「ああ、もちろんだ。」

すぐに背を向けて、沢北の襟を掴んで引っ張っていく。

「行くか。」
「はい。」

靴に履き替えて外へ出る。

「試合は見ていけ、なんてかっこいいですね。」
「帰るわけねえだろ、って感じだけどな。」
「戻ってくるときペットボトル買ってきましょー。」

駅前に向かって歩き出し、牧とが校門を出たのを確認すると、河田が沢北の尻を蹴る。


「痛い!!」
「おめえが呼んだんだろ沢北!!マネが気に入りだからって調子に乗んな!」
「だ、だって……。」
「河田、落ち着くピョン。」
間に深津が入って止める。
バレてるとは思ってなかった沢北は涙目だったが、深津の様子を見てなにかを察する。

「牧と会えるとはいい収穫ピョン。」

うわ、対戦する気だ……と皆感じて、静かに燃える深津を横目に汗をかいていた。







レストランに寄って昼ご飯中、牧はずっと真面目な表情をしていた。
「見たか。深津のディフェンス。」
「当たり前ですけど昨年以上ですね。全部のスキルが上がってる感じします。」
「沢北は集中力散漫なまんまだったな。」
「し、試合ではきっと良いプレイ見せてくれますよ!」

パスタをクルクル巻きながら、ちょっと練習を見ただけなのに興奮してる自分を落ち着かせる。

を問い詰めて良かったよ。こんなもんが見れるとは。」
「私も牧さんに言って良かったです!」

良く考えたら牧さんがいなかったらあの沢北さんの無茶ぶりや監督への挨拶を自分一人で行わなければならなかったのだ。
それは回避したい。

「牧さんもプレイしたくなってるんじゃないですか?」
にこにこして軽く言ったつもりだが、牧はにやりと笑った。

「すげえしたい。」

眼光が本気で、はびくりとする。
バスケをしたくてうずうずしすぎてる。
神奈川に帰ったら絶対練習誘われるからお付き合いしよう、今日の帰りは遅くなるな……と覚悟を決める。



差し入れのスポーツドリンクを買って体育館へ戻ると、練習試合の相手と山王のメンバーが談笑していた。
見学者は知り合いと思われる人が数人、ギャラリーにいるだけだった。
沢北にペットボトルをどうしたら良いか聞くと、喜んで受け取ってくれて、一年生と思われる部員に渡してくれた。

「じゃあ俺達はまたギャラリーで……。」
「牧。」
歩き出したところで深津に呼び止められて振り返る。

「バッシュは持ってるピョン?」
「ああ。戻ったらそのまま練習しようとしてたからな。」

もう沢北の嘘はバレているような気がしたが、ひとまず合わせる。

「練習試合、最初は半面で控えがやるピョン。」
「おお。」
「もう半面は自由に使うピョン。1on1勝負ピョン。」

深津の申し出に一番ぎょっとしたのはだった。
こんなところでそんな勝負をしていいのか。

「ほう、いいのか?」
「怖気づいたなら断ってもいいピョン。」
「望むところだよ。」
「よし、早速アップしろピョン。」

体育館の隅に寄り、鞄からバッシュを出す牧に駆け寄る。
「牧さん!」
「そういうことだから、悪いな。一人で楽しんで。」
「それはいいんですけど……。その格好で大丈夫ですか?」
「さすがに着替えは持ってこなかったな。でも動きやすいんだ、この服。大丈夫。帰り汗臭かったらごめんな。」
「気にしないですけど、そんなの……。」

きゅ、と紐を縛って立ち上がると、沢北がボールを投げてきた。
受け取って、に渡す。
半面の一方のゴールは深津がアップで使っていた。

「そっち使ってくださいよ。よかったらアップのお相手しましょうか?」

ストレッチをする牧に沢北が近づく。
牧は首を横に振った。

「お前に相手してもらうとか願ってもねえことだが、大丈夫だ。アップになんか使っちゃ申し訳ねえ。」

親指を立てて、を指す。

「俺にはマネージャーがいる。」
「え?」
「はい!」
も急いでバッシュを履き始める。

「え?さんが牧さんのお相手するんですか?」
「まあな。マネージャー、最初から飛ばしてくれ。」
「はい!」
フリースローラインにが立つ。
「走りますか?」
「ちょっと待ってろ。」

牧がランニングとダッシュをする間、もストレッチを始める。
手首と足首を入念に動かしたあと、ゆっくりとしたドリブルをして真剣な顔でゴールを見つめる。

。」

牧の言葉に反応して、パスを出す。
シュートをしに飛び上がったときにもゴール下に走り込んで、落ちてきたボールを拾い、すぐに振り返ってパスを出した。
牧はそのままドリブルシュートをしたり、にボールを渡してパスをもらったりと自由に行い、もパス出しとボール拾いを臨機応変に対応する。
は最初は牧のスピードに合わせてパスを出していたが、それが徐々に速くなる。

「牧さん、まだ遅いですよ!」
「おう!」
「?一回、ドリブルシュート!」

の指示に従ってドリブルからのレイアップシュートを決めると、一旦止まる。
コートから離れて会話を始めた。

「牧の練習に付き合えるのかあのマネージャー。パス速いな。」
松本がその光景をずっと見ていた沢北に近づいて話す。
「むしろ指示出してる……。可愛い顔して。」
野辺も汗を拭きながら話しかけるが沢北からの反応がない。

は牧にタオルを渡しながら首を傾げる。
「牧さん、股関節かな?いつもより硬い。」
「もう少し動けば大丈夫だ。」
「ストレッチ少ししましょう。」

牧が仰向けに寝転んで、が牧の脚を持ち上げる。

「ああ!!」
そこでようやく沢北が声を出した。

「どーせ、さん凄いただのマネージャーじゃない流石俺の見込んだ女!ああ!牧の脚ストレッチしてる牧羨ましい代われ!とか思ってんじゃねえか?」
「河田さん読心術なんていったいどこで!?」
「いいから練習しろ!!」

河田から投げられたボールをキャッチして、一度ドリブルシュートを決めた。
そして振り返り、また嫉妬する。
「俺も頼んだらやってくれないかな~。」
「無理だろ。」
「やめとけピョン。」
「何でですか!?」
深津が沢北の肩をぽんと叩く。

「あんなに密着されたらお前が悲鳴上げる未来しか見えないピョン。」
「牧はあれどんな顔でやってもらってんだ?」
「……普通の顔してんだが……当たってないかあれ?」
深津、河田、松本が牧を観察しながら小声で話す。
沢北はそれを遮るように3人の前に腕を広げて立った。

「そんなセクハラ目線やめてくださいさんに!!」
「沢北顔真っ赤だぞ。」
「つか揺れてなかったか?揺れてたよな?揺れるってサイズいくつくらいなんだ?」
「やめて下さいって!!特に松本さんなんですけど!!」



そんな会話がされてるとは思っていない牧とは、山王のメンバーも仲良いな、と話していた。
「天下の山王ですからね~。牧さん横向いて。股関節伸ばす。」
「おう。久々にやってもらうと気持ちいいな。」

一通りストレッチを行うと、牧が立ち上がってジャンプをする。
「よし。お前も気合入ってんな。」
「深津さんと対決ですから……!ではもう一回、パス出しますよ。」
「はは。心強いよ。お前がいると。」

ワンバウンドパスを出したり、追いつくかどうかぎりぎりのところにパスを出したり、牧は受け取ったタイミングによってレイアップシュートやアウトサイドシュートを決めていく。
「ナイッシュー牧さん!」

牧がちらりとの表情を見る。
今度は満面の笑みなのを確認して、よし、と呟く。
これだけ海南の練習に参加して、それを見てきたは選手の好不調を客観視できる。
自覚との反応が一致したときは安心してプレイができる。

スロースターターである牧を調子づかせるために、試合で良く出される角度のパスを出してくれたはひどく集中していたのか汗を垂らしていた。

「深津!いつでもいいぞ。」
牧の声に反応して、深津が振り向く
はタオルを肩にかけて、沢北の方に歩いてくる。

さん、普段の練習でもああいうことやってるんですか?」
「はい!時間が合えば。牧さんいつも調子づくの遅めなんですけど今日は流石にテンション上がってます。でも2回目くらいからかもです。本気出すの。」
「いいなあ……。さんみたいなマネいたら本当にやる気出ますよ……。」
「いなくてもやる気出せ。」
「……はい。」
すかさず河田に言われて沢北が静かになった。

「ふふ、ありがとう沢北さん。」
「!!」
隣で優しく笑うにどきりと胸が高鳴る。
そうだ。 折角さんと会話する機会が持てたんだ、話さねば。

「えっと……。」
「はい?」
「……どっちが勝つと思いますか?」
「それは牧さんって答えないと!」
先輩の視線も痛いし何も思いつかないしでバスケの話題しか出てこない。

(何でも知りたいんだけど……。誕生日とか血液型とか好きな食べ物でもなんでもいいから知りたいんだけど、完全に今聞く話題じゃない……。)

目を細めて、何か今聞けることはないかと、ボールを片手でくるくる回しながら考える。
やはり海南のことが無難だろうか。
「……。」
「!」
が沢北の手元を見て、くるくるボールを回すのを真似する。
手の大きさが違うので床にボールが落ちる。

「(可愛い!!!!!!!!)あ、これ、もう少し手の力を抜いて回したほうがいいですよ。」
「こうですか?あ。」
牧と深津が位置につく。
横のコートで試合をしていたメンバーがざわつくが、河田に怒鳴られ試合を再開する。
堂本監督は練習試合を見ていたが、その嬉しそうな深津の雰囲気を見て微笑んだ。

「5本、先に入れた方が勝ちピョン。」
「分かった。」

深津が牧にボールをパスし、牧が深津にボールを返した。
その瞬間牧が腰を落とし、深津がドリブルを始める。

「始まった。」
がゴクリと息を呑む。
沢北も無表情になり、対決に視線を向けた。

「深津さん最近は周りを活かすポイントガードやってる方が多いんすけど、やっぱ楽しそうだな。」
「勝負ってのはやっぱり、燃えるんですね。」
「相手が牧さんなら当然だよ。」

おい沢北お前そういう会話してる時は普通にイケメンだぞずっとそうしてりゃいいのに無理してカッコつけようとすると逆に馬鹿っぽくなるんだよ馬鹿、と先輩が口に出さずに思っていたなどとは知る由もない。

「!」

深津が一歩下がったかと思うと一気に距離を詰めてバックロールで抜こうとする。

「速い!」
「でも牧さん対応してるね。」
一気にドリブルで攻め込むが、牧が回り込むのが先だった。
フェイントを入れてミドルシュートを打つが、ブロックされる。

「……まあ最初はこんなもんかピョン。」

いまいち想定したタイミングが合わなかった深津は随分と悔しそうだがそう吐き捨てた。
すぐに次のディフェンスに気持ちを切り替える。

「ん!?あれ、牧さん……?」
深津からパスを貰った牧はすぐに低いドリブルを始める。

「……チェンジオブペースじゃないんです!?」
さんの予想外れましたね。1回目から本気ですよ。」

息つく暇も与えないスピードで、フェイクとクロスオーバーで深津を抜きにかかる。

「うわあ……深津さんも楽しそうだけどそれ以上に牧さん……嬉しそう。」

昨年負けた相手を前にして、勝ちへの飢えが牧を一気に本気にさせた。
そのままシュートに突っ込むかと思うほどの気迫に押されるが、もう一歩のところでスピードを緩めた。

「!」
「冷静だ。」
深津との距離が離れたところで、ジャンプシュートを打つ。

「先制。」
牧がにやりと笑った。
へえー、と感心したような声を上げ、沢北もその場でドリブルを始めた。

「ん?」
牧が先制したのだからは大喜びすると思ったが、何も言葉を発しなかったのが気になって沢北が視線を向ける。
は何か考えているようで、手を口元に添えて、真剣な眼差しを目の前の勝負に向けていた。

「どうしました?」
「……反省しました。」
「反省?」
「さっきの牧さんのスピードに合わせたパスは今の私では無理です。」

もっとサポート出来るようにならなきゃ、と呟くを凝視してしまう。
プレイヤーでもないのに、どうしてそんなに本気になれるのだろう。
次の深津のオフェンスは、シュートを決め、牧が舌打ちをする。

「1on1じゃ深津のが不利じゃねえか?試合形式で牧も入れりゃいいのによ。」
「こういう環境だからでしょう。身内しかいない空間だから、個人としての勝負がしたかったんですよ。うるさいメディアもいないですし。」
「で、どうなんだ?沢北先生の見解は。」
「どうですかねえ。」

はっきりとは言わない沢北は、本当に勝負が読めないようだった。

「マネージャーさんよ、牧に弱点はねえのかよ?」
「時々空気を読まずにボケかますところでしょうか。」
「おっとそいつはマズイ。こっちは先生もOBも見てるってのに本気で勝ちに来るな。」
「いいんじゃないですか?深津さん楽しんでますし。」

次の牧のオフェンスはシュートできずに終わる。
「深津さんナイス!」
「牧さんドンマーイ!」
「負けんなよ深津!」

攻守交替の際に深津が3人の前を通り、河田に指をさす。

「あ?」
「河田、余裕ぶってるけどお前もこんな可愛い子と話すの初めてで緊張してるピョン?無理するなピョン。」
「な、なんだと!!」
それに沢北が吹き出す。

「えっそうなんですか河田さんうわ顔赤くなってますよ!!あははは!!」
「沢北てめえ!!!」
「わあー!!!」
怒った河田が逃げる沢北を追う。
そんな可愛くないですよ……、と肩をすくめるの前に牧が来る。

「なんだ、は人気だな。キャプテンとして鼻が高いぞ。」
「牧さん。わわわ!」

頭を大きく撫でられ、の上体がぐわんぐわんと揺れる。
やめてくださいよ~と牧の腕に手を添えて頭から下ろす。

「コンディション良さそうですね、牧さん。」
「ああ。調子いいな。」
「えへへ、本気な牧さんかっこいいです。頑張ってください。」

腕に手を添えたままで、牧を見上げてにこにこと笑う。
それを見た河田が標的を牧に移した。

「何いちゃいちゃしてんだ牧コラァ!!!」
「い、いちゃいちゃなどしていないんだがな!!!」
「続きやるピョン。」
「おお。」

小走りで河田も沢北も元の位置に戻る。
ぜえはあと息を荒げて、沢北がを見る。

さん……。」
「大丈夫ですか?沢北さん。」
「俺は今のところ大丈夫なんですけどさんの回答次第でダメになるかもしれません。」
「え?」
「……ま……牧さんと付き合ってるんですか?」
「ええええ!?つ、付き合ってないですよ!!そんな私なんか!牧さんモテるし!あ!?そういうことじゃないですか!?練習に付き合うとかそういうことですか!?」

大慌てでまくし立てて、ひとまず沢北はほっと胸を撫で下ろす。

「す、すみません、急にこんなこと聞いて。」
「いえいえ……!あっ、牧さん入れた!けれど!!」

1on1に視線を戻すと、深津が尻餅をついていた。
体勢を崩しながらも牧はシュートを決め、着地するとすぐに深津に寄っていく。

「すまん。」
手を差し出すと、深津もそれを取る。
「こっちのファールピョン。」

横で河田が時計と隣の試合の様子をちらりと見る。

「おい深津!時間ねえぞ!」
「5本は多かったか。どうする。終わってからやり直しでもいいぞ。」
「終わったあとは用があるピョン。3本にするピョン。」
「いいのか、俺が勝つぞ。」
「調子に乗るなピョン。」

牧からのパスを受けて、深津がすぐにシュートをする。
「おっ!」
不意をつかれてしまい、ジャンプするも手が届かない。

リングに当たって弾むが、そのままゴールに入る。

「あと一本入れたほうが勝ちピョン。」
「このやろ……。」

今のをラストにやればいいのに、勝負楽しみすぎでしょ、と、深津を知る者は思っていた。

「牧さんの体幹凄くなってないっすか。」
「深津さんの今の無駄な動きの無さ……あれは不意をつかれますわ……。」
見学二年組は、二人のプレイに冷や汗をかく。
キャプテンという殻を破った二人は、何も気にせずに火花をバチバチに散らせている。

「深津さーん。しっかり一本止めましょー!」
「牧さーん!ラストにしましょー!!」
応援する方は違うが、冷静に試合を見る二人は穏やかな雰囲気で声援を送る。

「そういえばさん、同じ二年なんですから、敬語やめてくださいよ。」
「えっ!?沢北さんにタメ口とか抵抗があります!けど、沢北さんも私に敬語……。」
「そうだった……。ど、努力しま、努力するから、よかったら。」
「はい……、あ、うん!」
「お前らこのタイミングでそんな会話か。呑気だな。」
「「あ。」」

1on1に視線を戻すと、牧がゴール下で攻めあぐねていた。
一度戻り、体勢を立て直す。
牧が大きく息を吸った。

「!!」
「うわっ……。」
沢北が眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をする。
一気に右に踏み込み、深津を抜こうとする牧の迫力に遠くに居るのに押されそうになる。
だが冷静な深津はボールに手を伸ばす。
バックロールターンで回避し、左へ抜けた瞬間に深津のマークが外れた。

「あれ!?」
勝った、と思い、は拳を握ったが、牧はシュートしなかった。
そのままゴールへ向かっていき、深津が追いついた。

「空中戦ですか。」

沢北の言葉にこくこく頷く。
牧と深津が飛び上がった。

「ダブルクラッチでしょうね。」
「牧の体横に流れてんぞ。」
「あのくらいなら牧さん平気で入れますよ。」

深津にもダブルクラッチでくることは読まれていたが、牧は承知の上だった。
ボールを引き寄せたあと、僅かに体を捻って深津に背を向け、フックシュートを放った。
バックボードに当たって、シュートが入る。

「わーい牧さん!!」

万歳してが喜び、牧もに視線を向けて微笑む。

「やられたピョン。」
「先に入れたのは俺だが。深津もやるか?」
牧がボールを拾って深津に投げる。
受け取って、無言で2回ドリブルをする。

「引き分けはつまらないピョン。止められなかった俺の負けにするピョン。」
「お前……。」

入れる前提かよ、と思ったが、好戦的な態度に口元が上がってしまう。

「相手してくれてありがとな、深津。試合でも負けんぞ、今年は。」

と沢北がタオルとドリンクを持って走ってくる。
「牧さん。」
「おお。」
「深津さん。」
「たまには気が利くピョン。」

それほど時間はかかっていなかったが、二人共汗だくだった。
尋常じゃなく集中していたのが見て取れて、こんなに熱くなれるなんていいなあ、とと沢北は思う。

「俺も相手してもらいたいなあ。」
「沢北、俺達は次試合だ。」
「はいはい。じゃあ牧さんに舐められないように良い試合しないと。」

沢北が目を細めて不敵に笑う。
その様子に、牧もにやりと笑うが、次の瞬間、沢北の顔がにへらっとだらしない顔になる。

さん!ギャラリーでしっかり見ててね!」
「むしろ応援するよ沢北さん!」
「ありがとうさん!!」

目の前で繰り広げられた1on1に影響されて本気になったかと思ったが、深津と河田はため息をついた。