6.あまりにも魅力的な誘い
牧とはギャラリーに上がる。
コートを仕切っていたネットを外し、全面が使われる。
「あちい……。」
ぱたぱたシャツを扇ぎながら、牧が座り込む。
「お疲れ様です、牧さん。今のうちはシャツ脱いでたらいかがです?」
「お前が気にしねえなら。」
「気にしませんよ。ちょっと待っててください。」
が駆け足で下へ降りていってしまった。
コートでは試合のメンバーが出てきて、沢北がギャラリーを二度見したあときょろきょろと慌てて周囲を見回す。
牧は笑いながら、人差し指と親指でちょっとだけ、とサインを送った後、外を指差した。
沢北がぺこりと頭を下げる。
上着を脱いで一息つく。
ジャンプボールは河田が勝ち、沢北が速攻を決めた。
「わ、わ、始まってる!!」
がばたばたを走って戻ってきた。
手には私物のタオルを濡らしたものを持っていた。
「今始まったばっかりだ。」
「うっす!はい、牧さん。」
「使っていいのか?」
「もちろんですよ?」
むしろなぜそんなことを聞くのかと言わんばかりに、目を丸くする。
受け取って、1枚を額に当てると、ひんやりして気持ちがいい。
「ありがとな。でもそんなに俺のことは気にすんな。」
部活中でもなく、何か言ったわけでもないのにこのように動いてくれるのは嬉しいが、そんなに気を使ってもらっての負担になるのは避けたかった。
遠慮がちに1枚で顔を拭き、もう1枚で体を少し拭いた。
「ええ!!そう言わずに気にさせてください!今日は部活ではないですが戦いですよ!牧さんめっちゃ見るんですよ試合!!そして今後の練習に活かしたいけど誰にも言えないこの状況!牧さんが上手く誘導せねば!!私サポートしますし!!」
が拳を握って力説を始める。
「あっ?今のシュートなんですか?」
「複雑な動きはしたがただのレイバックシュートだ。お前も頑張れ。」
「めっちゃがんばりますので教えてください!!」
「おう、めっちゃ見ろ。お前だったらあのディフェンスどう抜く?」
「難題なんですけど!!!」
ふざけた会話もほどほどにどちらからともなく止まり、牧は胡座で、は正座で真剣に試合を見る。
「黙って見るのもいいけど、お前は沢北応援してやれよ。」
忘れてるんじゃないかと思うほどは静かに試合を見つめるので、ポスン、と空になったペットボトルで頭を軽く叩く。
「は!!そうだ!!でも牧さん、ギャラリーがいないんです!選手の声しかないんです!キャー沢北さーん!とか言ったら私目立つと思います!」
「嫌か。」
「嫌ですね!!」
「ほらシュート入れたぞ沢北。」
「は!!え、えーと」
ナイッシュー沢北さん!!と叫ぶと、沢北が飛び跳ねてこちらに手を振る。
「そのぐらいでいいだろうよ。」
「そうですね、普通に考えてキャー沢北さんって結構ミーハーファンですよね。」
「去年のインターハイで良く聞いたからな。」
「モテますねえ沢北さん。あれだけかっこいいプレイできれば当然ですかね……。」
「…………。」
あまりに他人事すぎるその言葉に、牧は何も言えなかった。
(沢北は脈なしなのか……?)
神や清田がいたら貴方こそ他人事ですね!!??と突っ込まれているということに牧は気付けない。
「ゾーンプレスはやりませんかね?」
「10点開いた。このペースでは無さそうだが。試すなら分からんが。」
山王工業はユニフォームを着ていたが、対戦相手は各々自由な格好だった。
社会人チームなのかもしれない。 だが実力差は圧倒的だった。
「お。」
深津は難しいフローターシュートを決め、牧に向かって指を差す。
「煽ってくるスタイル!ですね!」
「いいね、この感じ。」
牧は嬉しそうに身を乗り出した。
「深津も点取りに行ってるな。今のなら俺は止めた。」
「牧さん物足りない感じですか。」
「当たり前だ。」
そわそわと、いつも落ち着いてる牧が子供のように無邪気に楽しんでいるように見えて、は笑う。
結局その試合は後半には選手が控えと入れ替わるも、ダブルスコアで山王が勝利した。
「堂本監督、本日はありがとうございました。」
試合が終わり、片付けが始まって、牧とは下に降りて監督にまた挨拶をした。
体育館に山王のスタメンのメンバーは見当たらなかった。
「お礼を言うのはこちらのほうだ。正直、深津らにはつまらない遠征になりそうで申し訳なかったんだが、君たちのおかげで皆楽しそうにしてくれていて良い雰囲気で今日を終えられたよ。」
「そう言って頂けるのはとても嬉しいです。俺も勉強させて頂きました。」
「ところで、まだ時間はあるのかな?」
「え?」
終わった後は用がある、と言っていた深津の言葉を思い出す。
それがあるから今日はもう大人しく帰ろうと思っていた。
「今日はこれから皆で焼肉なんだ。一緒にどうだい?」
「「……!!」」
牧とは顔を見合わせる。
いいのか、と思いつつも、山王メンバーとまだ会話ができるという喜びで何度も頷いた。
店には先に部員が行っていると聞いたが、場所を聞いてもよくわからないし、先に行ってしまうのも図々しいような気がして、堂本監督を待っていた。
挨拶周りを終えて、体育館に戻ってきたところで合流し、店へ向かう。
「今年の神奈川はどうだい?」
「まだ予選も始まっていませんが、とりあえずは……楽しみ、です。」
「それは良いことだ。」
は大人しく話を聞きながら牧の横を歩いていたが、突然堂本監督に声をかけられて驚く。
「お腹すいてるかい?」
「はい!お誘い本当にありがとうございます!」
「といっても女の子だ。うちの奴らが食べろ食べろうるさかったら断ってくれていいからね。」
「あ、俺がいるんでそんなことさせませんよ。お気遣いありがとうございます。」
「おや、良いコンビなんだね。」
堂本監督がいなかったら、牧さん今の台詞もう一回お願いしますと言っているところだ。
頼もしすぎて嬉しいを通り越して泣きたくなってきた。
「ああ、そこの店だ。おや?」
焼肉屋に着くと、沢北が店の外で笑顔で出迎えてくれた。
私服に着替えていて、デニムにシャツとラフな格好だった。
「先生お疲れ様です!わあ!本当に来てくれたんですね!ありがとうございます!」
沢北の前で止まって、同じく笑顔を向けてお辞儀をする。
「図々しくも参加させて頂きます。」
「図々しくなんかないですよ!OBの方で欠員が出てしまったんで。」
「そうなんですか?」
「ええ。仕事があるとかで。」
「やっぱり社会人チームだったんだな。」
「勝ちましたよ~。」
「見てましたよ~。おめでとうございます!」
沢北が掌を出したので、はハイタッチする。
「タメ口はもうやめたのか。」
「「あ。」」
がらがらと店の引き戸が開いて、河田が顔を出す。
「河田。」
「先生、OBの方待ってますよ。」
「ああ、今行くよ。」
「牧、お前も早く入れ。うちのキャプテン様がお待ちだ。」
「お?」
部外者として隅のほうで参加させてもらおうと思っていた牧とは一瞬戸惑う。
「さんは俺の隣で!に、二年同士!」
「今更下心隠すのかよ!!」
「二年同士!よろしく!!」
「なんてまっすぐ受け取るマネだよ!!!」
呆れ顔で頭をガシガシ掻いたあと、牧の背を押す。
店の中へ押し込みつつ、沢北の横に松本置いとくから大丈夫だと思うが、と声をかけられる。
店へ入ると、部員に、ちーっす!と声をかけられる。
「ああ、どうも。参加させて頂きます。」
牧は片手を挙げて挨拶をする。
キャプテンというより社長とか部長とか、そういう言葉が似合う貫禄だなあと密かに沢北は思っていた。
席に案内されると、深津が横で腕を組んでドーンと座っていた。
「良く来たピョン。」
「おお……なんだお前そのキャラは……。」
「1on1では負けたピョン。だけど別にチームが負けたわけではないピョン。」
「おいおい分かってるよ俺だってさすがに。」
牧は椅子を引き、着席しながら答えた。
負けたのを相当気にしている。
も沢北に案内されるが、牧の向かいの席だった。
「揃いましたよー。先生。」
「ああ、始めるか。」
堂本監督は奥の席でOBと一緒の席だった。
「さん、最初ウーロン茶で良い?」
「うん、ありがとう沢北さん!」
「牧はビールか?」
「ど、どういう意味だ河田……。」
笑いそうになるのを沢北と松本がこらえる。
監督が立ち上がり、グラスを掲げる。
「皆お疲れ様。忙しい合間を縫ってこの場所と時間をくれたOBの皆に感謝だ。」
ありがとうございまーす!と一斉に山王の選手がお辞儀をするので、牧ともぺこりと頭を下げた。
「あとは堅苦しいことなく楽しみなさい。海南のお二人も、遠慮しないでね。」
「はい。」
「ありがとうございます!」
姿勢を正して礼儀よく頭を下げる二人に堂本監督は微笑む。
「では、乾杯!」
かんぱーい!とグラスを上げる。
隣の人間とグラスを合わせて、は手を伸ばして牧とも乾杯する。
躊躇いつつも深津にも寄ると、マネさん乾杯ピョン、と言って合わせてくれた。
「山王の皆さんだ……。」
「今更だな!?」
「こいつマネージャースイッチ入ってると肝が座ってるんだが解除するとヘタレでな。」
「ヘタレってなんですか牧さん!!」
「びびってるだろお前。」
「うっ……。」
身を屈めて小さくなったに、大げさに沢北が驚く。
「えー!?びびらないでくだ……びびらないでよ‼さん!!俺もっと仲良くなりたいで……なりたいから!」
「そんなにタメ口難しいピョン?」
「さんの横、思った以上に緊張します!!」
「じゃあ席変えるか。」
「嫌です!!」
「えええ……沢北さんこそなんで私なんかに緊張……?」
「二年組、ボケボケじゃねえか!!」
肉の大皿が運ばれてくると、皆そちらに視線を向ける。
カルビやロース、もも肉などが大量に運ばれてくる。
「おおお!」
「美味そう!!」
各テーブルから声が上がる。
「俺が焼く。」
一番にトングを取って目を輝かせたのは松本だった。
「任せるピョン。」
「カルビ食いてー。いっぱい焼いてくれよー。」
「分かった。」
は一応、女一人なので動かなきゃ、と思っていたが、やりますとは言えない空気で大人しくしていた。
「さんは肉何が……あ、ちょっと待ったどーなんスか、初めて聞くさんの好きなものが肉の部位ってどーなんスか!?」
「知らん。」
大声で自問自答する沢北に深津と河田は冷めた目を向ける。
「初めてを大事にする沢北キモいピョン。」
「そういうとこ女々しいんだよお前は。」
沢北に辛辣な言葉を投げる3年に挟まれて、牧はぎこちなく顔を左右に動かす。
「えっ……俺も大事にしたい派だぞ……。」
「牧は初めてのデートで薔薇をいっぱい抱えてそうでキモいピョン。」
容易に想像出来てしまってが吹き出す。
……お前……と睨まれたので、プイッと視線を逸らす。
「さ、沢北さん、私お肉は……。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいその前に他の質問させてください!えーと、」
腕を組んで、必死に考える。
聞きたいことは山ほどあるが、その中で一番何が良いのか。
「す、好きな……。」
「はい。」
「好きな男性のタイプを……。」
この場に相応しいかどうかなどよりも聞きたいことを聞いてしまった。
は驚いた顔をして赤面する。
「えっ……。」
「あっ!すみません困らせました!?」
目の前に牧がいるのに、そんなの言えない、と思って下を向いてしまうが、すぐに気が付く。
それ牧さんだろ、って思われる特徴言っても天然牧さんは気付かねーわ!!!!
「えっと……。」
「やっ、やっぱりバスケ上手い人です?」
「あっ、ば、バスケ上手い人……かっこいいですよね、ときめきます。」
「それ!聞けて嬉しいです!よーしさん、じゃあ食べたい肉の部位は……。」
「そんなこといいだろ別に。好き嫌いせずに食え。」
焼けた肉をぽいぽいと皿に分けられてしまった。
「松本さん……。」
「お、お肉は、好きですよ、カルビもロースも……リブも……。」
「そうなんですね!」
このテーブル邪魔する人しかいねえ……と泣きたくなった沢北だったが、の言葉に元気になる。
ぱっとに笑顔を向けると逆に心配されてしまった。
「沢北さん煙来る?ちょっと涙目ですよ?」
「あ、すみません大丈夫です!気にしないでください。」
「それで泣くとは驚きだ。」
「泣き虫すぎだピョン。」
「泣き虫……?」
「ちょっとやめてくださいよ!!さんの前で!!」
がさらに心配して沢北の顔を覗き込むと、沢北は顔を赤くしながら慌てて視線を逸らす。
「ほれ河田カルビ。牧はどれがいい?どれでもいいな?食い時の肉が美味い肉だ。」
「松本が焼肉奉行か。」
「こういうときは逆らわない方がいいんだピョン。」
大人しく分けられる肉を待ちながら、深津と河田は沢北を横目で観察していた。
深津と河田がどちらからともなくトイレに向かう。
連れションのが女々しいっすよ!と騒いだ沢北にはでこぴんを贈ってきた。
「沢北あれまじなのかピョン?」
「マジっぽいな。」
家族連れも利用しやすいよう広く作られたトイレの手洗い場の前でこそこそと会話をする。
「最初は沢北の高いプライドだと思ったけどな。」
沢北が海南のマネージャーをナンパしているのを見たとき、すぐに納得していた。
名門校でのマネージャーを立派にこなしてるようで、可愛らしい容姿だ。
ハイレベルなバスケに携わっていて沢北の能力の価値を理解できる。
プライドの高い沢北だ。
彼女レベルの女性じゃないとそもそも興味を持たなそうだ。
そしてそれは愛情とは違った子供じみた見栄だと思っていた。
「そーかそーか、今度から沢北がなんかやったら海南のマネに嫌われるぞって言えばいいのか。」
「あいつもなかなか素直な奴だピョン。」
会話を終えて席に戻ると、牧と沢北とが肉をゆっくり食べながら話していた。
「……で、ファウル取られたんですよ!」
「ああ、その審判なら知ってるよ。厳しいよな。」
「もー俺の華麗なプレイを!あれは悔しかった!!」
「審判にも対応してこそエースだよ。」
「うっ……そう言われると……。」
牧の冷静な言葉に沢北が言葉を詰まらせた。
が慌ててフォローを入れる。
「あああ沢北さん、気にしないでください。牧さん精神年齢高すぎなんですよ~!沢北さん審判に逆らったわけじゃないんですから、そういう風にむきーってなるのもいいと思いますよ!負けず嫌い感!」
「うう……でも俺には牧さんみたいなクールさが足りない……。」
「年齢が……高すぎ……?」
「精神ですからね牧さん。」
深津と河田に気づいた沢北が視線を向ける。
おかえりなさい、と言った後で目を丸くして首を傾げた。
深津が、スクリーンをかける際のサインを出していた。
「牧、ちょっと来いピョン。」
「ん?」
「先生、ボード借りるピョン。牧の意見を聞きたいやつがあるピョン。」
「分かった。」
「おう松本、あっちの一年肉焼くの下手くそすぎなんだよ。教えてこいよ。」
「それはやる気が出るな。」
「ここの肉は俺が見てるわ。」
がたがたと先輩たちが立ち上がって席を外してしまう。
状況がわからずきょろきょろと周囲を見回す。
「マネさん箸が進んでねえじゃねえか。腹いっぱいか?」
「すみません。ご飯が多かったので……。」
「まだ肉来るんだぞ。軽く散歩でもしてきたらどうだ?沢北。」
「は、はい。」
「エスコートしろよ。」
河田さんそんなゴツイ顔してエスコートなんて言葉を知ってたんですね……と一瞬思ったが、作戦を察した。
と二人の時間をくれるということだ。
「……!」
「あ、いいですよそんな。裏の土手を軽く歩いてきますんで……。」
が遠慮がちに立ち上がる。
沢北さんは食べててください、と言われるが、勢いよく立ち上がった。
「ダメですダメです。一緒に行こう。俺も気分転換したかったところだし。」
「ありがとう……。」
敬語なのかタメ口なのか安定しなさすぎて落ち着かない会話に突っ込みするのを押さえながら、河田は二人を見送った。
外に出ると日が落ちて周囲が暗くなっていた。
あまり外灯もないので沢北が一緒に来てくれてなかったら引き返していただろう。
「土手だね?」
「沢北さん、行きたいとこあればそこでも……。」
「特にないかな。行こう。」
沢北が歩き出すので着いていく。
山王の先輩方と一緒にいるところを見てしまうと、どうもいじられキャラな印象が強くなってしまうが、普通にしていると体格も良くて落ち着きもあって、エースらしいと思える。
一本、路地を入って土手の近くの道に来ると、涼しい風が吹いて目を細める。
「うわ、風気持ちいい。」
「焼肉屋の店内にいたから余計ですね。」
「確かに。」
歩きながら、焼肉の匂い凄いかな、と服の袖の匂いを嗅ぐ。
その動作を見て沢北が笑う。
「マネージャースイッチ入ってないと普通の女の子だね。」
「!!」
「マニアックなバスケの話していいのかなって迷っちゃうよ。」
「え、し、してください!」
「あはは。折角先輩がいない状況なので他の話題にしよう?」
はふと、沢北に言わなければならないことを思い出した。
「沢北さん、あの、牧さん以外には今日のこと言ってませんから。」
「あ、そういえば言わないでーとか書き忘れたなーと思ってました。察してくれたんですね。」
「山王が来るとなったら騒がれそうですもん……。」
「ありがとうございます。」
「本当は一人で来ようと思ったんですが、牧さんに予定聞かれて挙動不審になって問い詰められました。」
思い出して、苦笑いしてしまう。
「結果良かったじゃないですか。ウチの先輩方も喜んで。でも一人で来ようとしてたってのは嬉しいな。あんな突然の手紙に。」
「びっくりしましたけどね。しかし沢北さんも良くインターハイでちらっと見ただけの私に手紙なんて出せましたね。」
沢北がぱっと左手を出す。
「さん、さん。」
「ん?」
あまりに突然だったがはまた沢北の手に自分の手を合わせてハイタッチしようと右手を伸ばした。
「わ!!」
パチンという音は出ず、沢北に手を掴まれた。
そのまま引き寄せられて、沢北の体にもたれ掛かる。
「騙されると思ったー。さん結構分かりやすいですよやっぱり。」
「だ、騙したのか!!」
沢北の顔を見上げると、意地の悪い顔で笑っていた。
「俺の人を見る目を舐めないでね?」
「えっ。」
「さんが嫌な人である可能性低過ぎですから。見てれば分かる。」
沢北が空いてる右手をの背に回してきたのでは焦る。
少し力を込めて抱き寄せられるがその手はすぐに離された。
「す、すみません……。調子に乗りました……。」
「いえ……!」
バッと体を離したの顔は赤かったが、それ以上に沢北の顔の方が赤かった。
……さんの胸の存在感に絶叫しそうになった……。
なんと情けない、と思いつつ、これに慣れてる牧さん枯れ過ぎでしょう……!と考えてしまっていた。
一度深呼吸して気持ちを落ち着かせてまた歩き出す。
横を歩くをちらりと見ると、暗くて顔色は分からなかったが、まだ照れているようで口をきゅっと結んで緊張した面持ちだった。
いろんな顔を見せてくれるのはとても嬉しい。
「……そうですね、まともに話すの今日が初めてなんですよね。」
「う、うん。」
「ほんとに嬉しい。」
「あ、ありがとう……。沢北さんは話に聞くのでそんな初めてな感じしないんですけど……。」
昨年のインターハイで声をかけたときは本当に困らせてしまったなと思い出して唇を尖らせる。
あの時は、声を掛けるタイミングを探して海南の周りをちょろちょろしてしまったという自覚はあった。
会場の人気のないところで一人でいるところを発見して大急ぎで近づいたら、両手にドリンクをいっぱい持って整理しているところだった。
忙しいところごめんなさいと謝りながら、知り合いになりたいということと連絡先を聞きたいとお願いしたら、酷く動揺したようで、持っていたボトルを落としてしまったりしていた。
通り過ぎる人が、あ!沢北だ!と声を出すたびにイラっとしていた。
ただでさえ驚かせているのに、視線が気になって彼女が余計慌てている。
「私の連絡先ですか……?」
「はい!あの、お名前は!?」
やっと落ち着いてきて、彼女が口を開いてくれた。
「です。」
「俺は沢北栄治です。」
そう言うと、一瞬目を丸くしたあと、彼女が笑った。
「知ってます。だからびっくりしたんです。」
優しく笑う表情が可愛くて、見惚れて気が緩んだ瞬間に頭をベシンと叩かれて前のめりになる。
「何してる。行くぞ。」
「河田さん……!」
選手の一人が彼女に駆け寄って行くのを、河田さんに襟を掴まれてずるずると引き摺られながら見ていた。
大丈夫?大丈夫だよ、という会話がされていることは口の動きで分かった。
絶対良い子じゃん……と思いながら、ボトル持ちを手伝うその男に嫉妬していた。
今は隣で、二人で普通に喋れてる。
めちゃくちゃ悩みながらも、手紙を送って本当に良かったと思える。
「……海南のマネージャーって、大変じゃないですか?」
「海南は、多分私居なくても大丈夫なんです。」
「え?」
「皆、大変な練習こなして、団結力が凄いんです。だからきっと私いなくなったらいなくなったで全く問題ないんです。」
「そんな……。」
ネガティブなことを言い出して、に抱く印象が変わってしまう。
もっと頑張り屋さんで前向きな女の子かと思ってた。
「だから、私がサポートしたくてしてるんです。凄く楽しいです。体力的には、まあ、ちょっとキツイとこもあるんですけど。置いてもらえて、皆と一緒に戦えてる気持ちにしてもらって、凄く幸せです。だからあんまり、大変だーもうやだーって、冗談でも言いたくないんです。」
「…………。」
そうか、と思った。
俺は一所懸命マネージャーを頑張ってるさんが気になったんじゃなかったのか。
牧さんたちと一緒に、戦う彼女を見てたのか。
「そっか……。」
「ん?」
「さんのこと、好きになりました。」
「えっ!?」
「あっ!!」
赤面して後ずさるに反射的に手を伸ばして腕を掴む。
「嫌だ嫌だ!!折角二人になれたのに離れないでくださいよ!」
「あああだってそんなこと言われたら……!」
「大丈夫です!俺無害です!大丈夫です!!もう困らせることしませんから!!」
「が、害とは思ってませんけど!!」
あまりに沢北の表情が泣きそうなので、はちょっと沢北に寄った。
これでいいのだろうかと思いつつ。
「あの、海南のことはよくわかりませんけど……。」
「はい。」
「……多分、牧さんたちは、さんいないとさみしいと思いますよ。慰めとかじゃなくて……。」
「!」
客観的に見て、そう思われているとはにはとても嬉しいことだった。
「ありがとうございます。沢北さん優しいですね……。」
「いえ、さんのこと知ってたら、みんなそう思うと思います。」
「沢北さん……。」
会場で聞いた、心無い言葉を思い出す。
女子マネがついて行ける練習量になったんだなー海南。今年大したことねーかもよ。
そのときは何も分からなかったから、ふーん、なんか言われてら、としか思わなかった。
だから見た。見たらすぐに分かった。
強豪が、練習を楽にするわけないじゃないか。
彼女が特殊なんだって、選手に向ける視線や、試合に臨む姿勢で分かった。
選手が、そんな彼女に感謝しているのだって、見ててなんとなく伝わってた。
そしていなくなったらさみしくなると思いますよ、なんて、自分が軽々しく言う言葉じゃなかったなと思い、俯く。
「……あの、ちょっと俺の話になっちゃうんですが……。」
「聞かせてください!」
嬉しそうな表情になるを見て、沢北が優しく笑う。
空に顔を向けて、話出した。
「夏が終わったらアメリカに留学するんです。」
「えっ。」
突然すぎて、おめでとう、頑張って、沢北さんのプレイが見れなくなるの?という気持ちがぐるぐる回って何も言えなくなった。
「日本にはもう戻らねえぞー!とかそういうのは無いんですけど。先の事は分かんねえし。あっちでとにかく頑張りたくて決めました。だからさんに会いたくて必死だったんです。」
「沢北さん……。」
「せっかく気になる人ができたのにって。」
もう一度、今度は沢北から手を伸ばしての手を握る。
「向こうで寂しくなったら、思い出していいですか?」
「もちろんです!私で、よければ……。私も寂しくなります……。折角知り合えたのに。」
「寂しくさせないように注目される日本人選手になれるよう頑張りますね。」
その言葉を聞いて笑顔になった後、腕時計を確認する。
「すみません、しんみりしちゃいましたね。戻りましょうか。」
「はい!」
元気に返事をしたはいいが、握られっぱなしの手が気になり視線を向けてしまう。
それに気づいた沢北が顔を赤らめる。
「……店が見えるまで、これでもいいですか……?え、エスコート、しやすい?ですし?」
「ちょっと恥ずかしいですが、じゃあ、お願いします。」
昨年手紙を皆に見せてしまったというか見せざるを得なかった状況で茶化してしまったことの懺悔の気持ちもあって応じる。
焼肉屋にいる人間誰にも見られたくはないなと思ったが、それは沢北も一緒だろう。
からかいのネタにされてしまうのが目に見えている。
「ところでマネージャースイッチはどこですか?」
「脳天。」
「えっ。」
「脳天。」
沢北の冗談に、冗談で返した。
躊躇いつつも、えい、と沢北がの頭頂部を指で押した。
「何か用かね沢北君。」
少し照れながら声色を変えて答えると沢北が笑った。
「マネージャーさんの好きなプレイは何ですか?」
「えへへ、牧さんのチェンジオブペース。」
「名指しか!くそー俺の緩急も相当だと思うんですけど?」
「海南のマネージャーなので。」
「そうでした。」
やっぱり牧さんと対決したかったなーと、沢北が唇を尖らせる。
もそれは想像しただけでわくわくした。
深津とのゲームが見れただけでも凄いことなのにバスケに関しては欲深くなる。
でもやっぱりチームで戦って勝ちたい。
沢北のいる山王と戦って、勝ちたい。
「あとスクリーンとかも好きなんですよね。チームプレーがバシッと決まると気持ちいいです。」
「あ、す、スクリーン……お好きで良かった……。」
「?」