8.一緒に迎える普通の朝
朝起きて目を開けると、目の前に牧の横顔があって一瞬何がなんだかわからなかった。
そうだ、昨夜は一緒にホテルに泊まったんだ、と思い出す。
暑かったのか、寝たときは頭まですっぽり巻き寿司かのように包まっていた布団は肩まで出て乱れていた。
牧はまだ静かに眠っていて、起こさないようゆっくり体を起こす。
掛け布団を剥ぐと、汗をかいてじとっと不快な感覚に眉根を寄せる。
寝苦しくて起きたりはしなかったが、シャワーを浴びたいと思い立ち上がる。
ふらふらしながら、タオルを手にバスルームへ向かった。
牧はシャワーの音で目を覚ました。むくりと起き上がって周囲を見回す。
現実だったんだなぁと、昨日のことを思い出した。
疲労感があるのは、相手が山王だったからだろう。
「俺はお前のおかげだと思ってるよ。」
ぽそりと、横にぐちゃぐちゃに置かれた掛け布団に視線を送りながら独り言を呟いた。
きっと本人に言ったら、そんなことないと否定されるのだろう。
「俺だってお前がいて助かってるよ……。」
立ち上がってカーテンを開けた。 道行く人が、はしゃぎながら同じ方向へ向かうのが見えた。
「牧さんおはよーございますー。」
振り返ると、髪を片手でタオルドライしながらが眠そうな顔をしていた。
もう一方の手にはドライヤーが握られていた。
「おはよう。眠いか?」
「シャワー浴びたら目覚めた!と思ったんですが出てきたら眠くなりました……。」
目を細めながらベッドに座り込み、ドライヤーをコンセントに繋ぐ。
「牧さんはシャワーは?」
「あぁ……せっかくだから浴びるか……。」
牧も眠気覚ましにシャワーを浴びようとタオルと着替えを手に取る。
「先に飯食っててもいいぞ。」
「いえー。お着替えして軽くメイクしてますんで一緒に食べましょうよー。」
「分かった。」
バスルームに入って浴衣の帯を緩める。
「着替え……。」
俺の買ってきた下着履くのか……と一瞬考えてしまって壁に頭を打ち付けた。
ゴンッと音がしてが驚いてバスルームに視線を向ける。
大丈夫ですかと声をかけると、大丈夫だと返事がきた。
心配しつつ、牧が出てくるまでに身支度を済ませようとばたばたと忙しく動いた。
髪を大急ぎで乾かして、着替えを済ませる。
電気ケトルがあるのを発見し、水を入れてそのスイッチも入れた。
牧が買ってきてくれたお茶を開けて一口飲んで、鏡に向かう。
特に気張らずに、いつも通りのメイクをしようとポーチを開けた。
牧が風呂から上がると、はベッドの上に脚を抱えて座ってテレビを見ていた。
「今日は神奈川晴れです牧さん!」
「おお、そうか。よかったな。みんな今日も練習するんだろうな。」
牧の携帯が鳴る。 鞄から取り出して画面を見ると、苦い顔をした。
そしてなかなか鳴り止まない。
「……ちょっと静かにしててくれ。」
「はい!」
ばっと口に手を当てて、喋らないという意気込みを見せた。
牧が電話にでる。
「なんだ清田。こんな朝っぱらから。」
会話を聞きながら、清田君、今日も牧さんを練習に誘うのか、熱心なのか牧さんが大好きなのか、どっちもなんだろうけど良い子だなあとは思っていた。
「せっかくだが今日も無理だ。忙しいんだ。悪いな。なんでってお前……食い下がるな……。」
牧がちらりとを見る。 だがすぐ視線を壁に向けて、家の用事が入ったと言い訳をしていた。
ぴっと切って、ため息をついた。
「清田しつこい。」
「慕われてるんじゃないですか。」
「とデートだって言おうか悩んだがやめておいた。ついていくとか言い出しそうで。」
「…………。」
昨日と今日でたった2回なのだが、それでも牧から、デートという単語が出てくるのが珍しくて、妙に気になってしまう。
デート……を……したい……お年頃なのだろうか。
「じゃあ今日はデートしましょうか……。」
「いいのか!?」
「えっ意外な反応!!したかったんですか!?私でいいんですか!?しかも昨日と同じ服で!!」
「俺は気にしないが、もし気になるなら途中で買って着替えてもいいんじゃないか?」
「そうします。そういえば体育館で動いた時に汗かいてたし……焼肉食べたし……。」
牧が携帯を机に置いて、が使ってそのままにしていたドライヤーを使い始めた。
は立ち上がり、先ほど沸かした湯で、備え付けられてたインスタントコーヒーを淹れた。
その時今度はの携帯が鳴る。
牧がドライヤーを止めた。
「電話か。」
声をかけると、が振り向いて、人差し指を唇に当てた。
電話に出て、清田君どうしたの?と言い出したので、清田しつこすぎる!!!と思っていた。
「牧さんに断られたか!忙しいんだね牧さんも。私?私も今日用があって……うん、友達と買い物。……うーん夕方なら大丈夫かもしれないけど約束出来ないかな……ごめんね……。」
あれちょっと待て清田お前を誘ってるのかおい図々しくねえかと今頃気づく。
の電話を取り上げて喋ってやろうとも思ったが、嫌がられそうなので我慢する。
それに、バレないように黙っているこの状況が、密会しているようで楽しい。
「うん、また月曜日に学校でね。ばいばい。連絡ありがとう。」
電話を終えると机に置いて、コップにお湯を注ぐ。
「もっと強く断ってもいいぞ。」
「あはは。清田君へこんでましたよ。追い打ちはかけられないですよ。」
昨夜、牧が買ってきてくれたおにぎりやサラダを見つけてビニール袋から取り出す。
「牧さん、レシート貰ってきました?」
「……貰う余裕があると思ったか?」
「す、すみません……。千円で足りますかね?」
「そのくらい、別にいい。」
いいと言ったが、は構わず財布を取り出した。
「何言ってるんですか。そしたら本当に牧さんが私に下着買ってプレゼントしたことになるじゃないですか。せめて私に頼まれて買わされたという状況にしときましょうよ。」
「お前言うなぁ……。そして俺の傷をガンガン抉ってくるな……。」
誰にも見られてないのに律儀なものだと逆に感心し、牧はからお金を受け取った。
またドライヤーを付けて、ある程度乾いたら止めた。
机に移動して淹れてくれたコーヒーを口に含むと丁度いい熱さだった。
「テキトーに買ってきたが、朝飯にこだわりとかあるか?」
「特にないです!頂きます!!」
牧が椅子に座り、はベッドに座って食べ始める。
テレビでは最新デートスポットなる特集をやっていた。
「10時チェックアウトでしたよね。」
枕元に置かれた時計を見ると、9時を示していた。
「もう少しゆっくりできるな。」
牧が椅子に座ったまま伸びをして、首をコキコキ鳴らした。
二人並んでこのベッドで、寝返り打てなかったから体がちょっと固まってるのかな、と思うと申し訳なくなる。
だが野宿よりましだ!!!
「…………。」
並んで。
今更ながら顔が赤くなってしまった。
「とりあえず」
「はい!!」
言葉に慌てて過剰反応してしまい、牧に不思議そうな顔をされてしまった。
「駅前の店に寄って、そのあとは東京に行くか。」
「はい!!」
「なんか行きたいとこあったら言えよ。」
「牧さんも!!」
食べ終わって歯を磨いたあと、がベッドを整えて牧を手招きする。
「なんだ?」
「昨日クールダウンで出来なかったんで、ストレッチしますよ。あと30分ありますし。」
「それは助かるが、お前も体大丈夫か?布団に閉じ込めたみたいで悪かったな昨日は……。体の自由きかなかったろ……。」
「いえ、大丈夫ですよ私はっ……あっ!」
腕をぐるぐる回すと、ごきごきと音が鳴ってしまった。
「はは。俺がストレッチしてやろうか?」
「はっ!!??ままま牧さんが私のような一般人をそんな!!!!」
「ストレッチに関してはお前のが上だろ。下手だったらすまんな。スカートだから肩がいいな?」
「牧さん……。」
誘導されてベッドの縁に座り、牧がベッドに乗って、後方で膝立ちになる。
「じゃあお願いします。」
肩を挙上して肘を曲げる。 牧が肘に手を添えて脇を伸ばしてくれる。
「伸びてるか?痛くないか?」
「伸びてます~。うう……硬い。」
そのあと腕を後ろに引いて持ち上げる。
「ぐああああ牧さんお手柔らかに!!!」
「おい大丈夫か!もう少しいけるだろ!お前ももう少し柔軟しろ!」
「うええええん!努めます!!」
今度は後頭部で手を組んで、肘を引いてもらう。
背筋が曲がらないように、牧が体を背中にピッタリ当てる。
ドキリとしたが、善意でやってくれているもなので平常心を保たねばと気合を入れる。
「ぐうううううう……。」
「唸るな唸るな。ほら今度は前に倒すぞ。」
首を前に倒すと、後頭部を押してくれる。
「痛くないか?加減が難しいな。」
「大丈夫です、牧さんお上手だよ!さすが!!」
ゆっくり顔を起こして、振り返ると、すぐ後ろで牧が優しく笑っている。
「ありがとうございます~。交替しますか?」
場所を変わろうと、片足をベッドに乗せて体を後ろに向けると、手が伸びてくる。
片手が背中に添えられ、ぽすんと、牧の胸に顔が当たる。
「いつもありがとな。」
軽い抱擁で、こんなのは牧にとっては絶対に挨拶程度だ。
分かっていても不意打ち過ぎて心臓がバクバクしている。
「ああああ牧さんなんですか急に……!恥ずかしいで……す……?」
自分のことでいっぱいいっぱいだったが、牧の心臓の音も高鳴ったような気がする。
顔をあげようとしたが、それより先に牧が体を離す。
「よーし、そろそろ行くか。」
「は、はい!」
牧がベッドから降りるのに続いて、も降りる。
荷物を慌ててまとめて、忘れ物がないか周囲を見渡す。
部屋を出る瞬間に、牧との二人の空間終わるのがちょっと名残惜しくなった。
ホテルを出て駅に向かう。
ゆっくりした休みの日、人の賑わいを見てると楽しくなる。
駅ビルの中の店に、の好きなブランドの店舗があったので寄ってもらった。
可愛いと思ったブラウスを手に取って、さっさとレジに向かおうとしたところで、ぴたりと止まって牧の顔を見る。
「ん?どうした?」
「……こういう時は、牧さんに選んでもらってそれを着たほうがデートっぽい……?」
「お、俺か……!いや、その服可愛いと思うぞ……?」
「ちょっと何か選んでみてくださいよ~。トップスだけでいいんで!」
ブラウスを置いて、牧の隣に並ぶ。 牧は困ったようにきょろきょろと店の中を見る。
「うーん……。」
適当に何着か服をとってみる。 徐々にがわくわくした顔になってきてプレッシャーになる。
タイプが違うだけでどれもこれも可愛いと思ってしまって決定打がない。
に着て欲しい服、と考え直してもよく分からない。
「……こういうのどうだ。」
なんとなく目にとまった、白いレースのトップスを手に取って、に渡す。
「可愛い!これにします!ありがとうございます!」
レジに行って精算を済ませたあと、着て行きたいと店員に声をかけてタグを取ってもらい、試着室に入っていった。
牧は店の前で少し落ち着かない様子で待っていた。
女性ものの店が並び、客もスタッフも女性だらけのフロアで1人が心細い上に、が出てきて、どうですか?と聞かれたら何て答えようか悩む。
可愛い、だとありきたりだろうか。
似合う、と言ったほうが嬉しいのか?
俺の好みだとか言うのは上から目線の気がする。
そうだな、さらっと、似合う、と言おう。
「牧さーん!待たせてすみません!」
「あ、いや……。」
来た!と思って振り返る。
予想通り、元々好きなブランドだと言っていたし、可愛らしく着こなしている。
「選んでくださってありがとうございます!大事にします!」
「そうか、はは……間違ってなくてよかった……。」
「じゃあ行きましょうか!!」
は、牧はこんなところ一刻も早く脱出したいだろうなと気遣って、牧の服を引っ張った。
「……。」
「電車、あと5分で来るのに乗れそうですね。」
「、どうですか?って聞いてくれ。」
「えっ!?あ、服ですか……!?ど、どうですかとか、恥ずかしいんですけど……。」
「いいから。」
「ど、どうですか……?」
上目遣いで、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、が言う。
「凄く似合ってる。」
「ああああありがとうございます……!」
牧は満足そうに笑って、歩き出した。
エスカレーターに向かう。
「い、言いたかったのかな……?」
小走りで牧に追いついて、隣に並ぶ。
「5分後な。少し急ぐか。足は大丈夫か?」
「はい!全く問題ないです!」
電車に間に合って乗り込み、空いている席に並んで座る。
「さて、乗れたはいいが着いたらどこへ行くかだな。」
「どうしましょうね。」
「朝、デートスポットとかいうニュースやってたな。」
「あー……やってましたね……。」
がのんびりとした口調で答えるので、見てはいたが頭には入ってないのかと察する。
「昨日の沢北はファール何回してた?」
「2回!」
「デートスポットは。」
「……どこでしたっけ……。」
「俺も忘れたからお前のこと言えんけど。」
女の子として興味の対象がこれどうなんだとは遠い目をした。
「牧さん、デートがしたいんですか?」
「ん?」
「いや、デートデート言うのが……珍しい……あ、私が知らないだけかもしれませんが!」
「お、おい。誰でもいいからデートしたいとか、そういうことは思ってないぞ。」
「ええ、そんなこと思ってませんよ!」
牧自身もそんなに言っていたか?と思い出してみるが、そもそもあまり口にしたことがない単語だったので、が不思議がるのも無理もないかも知れない。
「ああ、そうだ。」
「?」
「お前が口を滑らせたときの電話。デートに誘おうとしてたんだ。達成されなかったからそれが頭にあったのかな。結果的に今日できることにはなったが。」
「ええ!!あ、あ、そうでしたね……予定聞いてくださったんですもんね……。」
口を滑らせてなかったら、牧からのデートの誘いを断るというとてつもなくやりたくないミッションが待っていたのかと思うと青ざめる。
「どこに誘ってくださる予定だったんですか?」
「海に。」
「おおお海!!」
そういえば牧さんの趣味はサーフィンだと言っていたな、いつか見たいなと思った瞬間、行きたいところが決まった。
「海行きます?」
「ん?神奈川戻ってか?」
「はい。」
「近場じゃないか。」
「嫌ですか?」
にそう言われると、近場の、慣れたところの方が落ち着いて、残った疲れも取れるかもしれないと思ってくる。
「じゃあそうするか。海辺を散歩。」
「ついでに行ってみたかったカフェがあるんですがいいですか?」
「可愛い系か?」
「落ち着く系です!」
特に飾ったことは必要ないデートになりそうで、牧は笑ってしまった。
それはそれで絶対に楽しい。
「そのうち気合のいれたデートもさせてくれよ。」
「待ち合わせに薔薇持って立つのはやめてほしいです……。」
「……そんなキャラにするな……。」
神奈川に戻り、海に着く頃には昼を過ぎていた。
浜辺に降りると、はしゃいでる男女のグループや、座って談笑するカップルがいた。
「結構人いますね。」
「おう。とりあえず歩くか。」
「はい……わ!」
石につまづいて、牧の背中に咄嗟に手を突いてしまった。
転ぶのは回避したが、恥ずかしくなる。
「大丈夫か。」
「私は大丈夫ですが、すみません~!」
ぱっと背に当てた手を離すが、次の瞬間、牧に手を差し出されて目を丸くする。
「えっ!」
「繋いで歩こう。いいか?」
「も、もちろん、大丈夫ですけど……。」
嬉しいけど緊張して、上手くぎゅっと握ることができない。
でも、牧が振り返った一瞬、視線を落として靴を見たのに気づいていた。
転ばないように手を繋ごう、と思ったのだろうに、それを伝えてこない気遣いが嬉しい。
そして傍からみたらカップルに見えるかなあと考えると、照れてしまう。
ただ、同時に、バスケ関係者にこの姿はあまり見られたくないと思いつつ。
おかしな噂が立ったら困る。
「たまに仙道がこの辺で釣りしてるらしいな。」
「えっ!?仙道君!?」
見られたくないと思った矢先に!と思ったが、仙道なら見られても全く害が無さそうだとしか考えられずに安心する。
「今日はいないみたいだな。陵南も練習試合だったか。」
「翔陽とじゃないですよね?」
「ああ、違う。」
折角牧さんと二人きりで海辺を歩いているというのに、皆練習や試合をしていると聞くとそわそわしてしまう。
明日からはちゃんと練習できるんだよね牧さんと別れたら体育館見に行こうかなあとまで思ってしまった。
「牧さん練習試合組むならどことやりたいですか?」
「贅沢言うなら愛和学院と対戦したいかな。」
「名古屋遠征!!」
「まあでも昨日贅沢しちまったから、どことでもいい。」
牧を見上げて、昨日の好戦的な姿を思い出す。
かっこよかったなあ……とデレつつ。
「そういえば焼肉のとき、散歩行って沢北に何かされなかったか?大丈夫か?」
「あ……沢北さん……。」
どもった瞬間牧が凄い勢いで手を離して両肩を掴まれた。
「何かされたのか!?」
「い、いいいいえいえ!!そ、そうじゃなくて……!」
ブンブンと首を横に振ると、牧がほっと息を吐く。
「沢北さん……夏が終わったらアメリカだそうです。」
「アメリカ!?」
「教えてくれて、沢北さんのプレイ日本で見れなくなるの寂しいなって、思っていた感じです。」
「そうだったのか……。」
肩から手が離れ、また牧が歩き出す。
今度はポケットに手を入れて。
「でも、また戻ってくるかもしれませんし!テレビで見れるかもしれないですし!」
「それはそれで楽しみだがな。」
手を繋ぐのは終わりか~と残念にもなったが、自分からは言い出せないので大人しく隣を歩く。
足元にも慣れてきたので、もう転ばないだろうと判断されたのかもしれないが。
「ん?」
牧がポケットから携帯電話を取り出す。
画面を見て、今度は意外そうな顔をする。
「藤真?」
「藤真さん?どうぞ牧さん、出てください。」
時計を見ると、もう練習試合も終わったのかなと思える時間だった。
「どうした。」
『牧。藤真だけど、今話せるか?』
「ああ、大丈夫だ。練習試合終わったんだな。」
ちらりとを見ると、また口に手を当てて、喋りませんの意思表示をしていた。
今は外だし、喋っても大丈夫そうだが、その姿が可愛らしくて、そのまま藤真と話し始めてしまった。
『今日ごめんな。体育館使えなかったんだって?』
「いや、むしろ検討してくれたって話聞いて悪かったなと思ったくらいだったよ。」
『そんなのいいって。結局無理だったし。自主練だったのか?これから会えないか?』
「え?」
『どこか店行って話でもしないか?』
藤真と話もしたいが、そのせいでと別れなければならないのも惜しい。
悩んだ瞬間、藤真に心境を読まれてしまった。
『あ、誰かと一緒にいるのか?』
「ああ、まあ……。」
『部員?』
「……。」
名前を出した瞬間、藤真が、ああ!と声を大きくした。
そして名前を出された当人も、黙ってたのはなんだったのかと驚いていた。
『マネージャーか!仲良いなお前ら!』
「まあな。」
勘違いされるかもと思ったが、藤真は爽やかに受け取った。
『よければマネージャーも一緒にどうだ?』
「あー……ちょっと待ってろ。」
携帯電話を体から離し、牧がに問いかける。
「藤真が一緒に話でもしないかって。」
「えっ!私も一緒に?」
「ああ。」
「ぜ、ぜひ!」
喜びつつも緊張したような返事だった。
が良いなら良いか、と思って、藤真に返事をする。
「OKだ、藤真。場所なんだが、が行きたいカフェがあるんだがそこでもいいか?」
「!」
ちゃんと覚えててくれたのが嬉しかったが、すぐに牧が眉根を寄せてしまった。
何か言われたのだろうか。
「……ああ、着いたら場所連絡するわ……。」
電話を切って、大きくため息をつく。
「どうしました?」
「牧の口からカフェ、って爆笑された。」
「す……すみません……。」
「お前のせいじゃない。どう考えても藤真が失礼すぎる。」
ポケットに携帯を入れて、に向き直る。
「藤真はあと1時間後に来るそうだが。」
「お店に移動しますか?ここからなら10分くらいで着けます。」
「そうするか。」
そうするかと言いつつ牧が靴を脱いで、ズボンを捲る。
「その前にちょっと海堪能させてくれ!」
そして海に向かって走り出した。
「わーーずるい牧さん!私も行きますし!」
も靴を脱いで、靴擦れの場所にしっかりと絆創膏が貼ってあるのを確認して走り出した。
牧は勢いよく海に入り、波を蹴り上げて水しぶきを楽しむ。
浅瀬に立った牧の近くにも走り込んできた。
「あっ!」
海に漂う昆布を見つけて蹴ろうとする。
「昆布ー!わあーー!!??」
「おおお!!??」
昆布が思ったより大きくて脚をとられて転びそうになる。
ギリギリのところで持ちこたえて、恥ずかしくて笑いながら牧を見ると、中途半端に手を伸ばして目を丸くしていた。
「びっくりしたぞ!!」
「うわはははすみません!大丈夫です!海気持ちいい!!」
「お前も海好きか?」
「はい!」
「ならよかった。」
バシャバシャと手足で波を楽しんだあと、が町の方を指差した。
「お店あっちなんです。」
「分かった。ずぶ濡れで居たら藤真びっくりするよな。ほーら。」
「わーーー!」
海水を少し掬って、に向かってあまり当たらないように掛けた。
は驚いて腕で防御したが、3滴ほど当たっただけだった。
「びっくりしたーーー!青春ぽくて恥ずかし嬉しいですけどびしょ濡れしてたら絶対入店拒否されますって!えい!」
も牧に遠慮がちに海水を掛けた。
「あっ!おま、先輩に向かって。」
「ええ!?ここで先輩後輩出しますか!?」
少女漫画ならもっと色気のある会話が繰り広げられそうだが、自然体でいられるこの関係が心地よい。
「ははは、冗談だ。そろそろ行くか。」
「はーい!」
海から出ようとしたときに、大きめの波が来て、の体がぐらつく。
今度はすぐに気づいて、牧が腕を掴んでくれた。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
足に砂が付いたのをシャワーで落として靴を履く。
「しかし藤真は試合終わりか。店は甘いものばかりだったりするか?」
「いえ、ワンプレートのご飯とかあるって聞きましたけど、藤真さんていっぱい食べるんです?」
「ワンプレートか……。どうだろうな、足りなかったら場所移るか。」
「そうですね。」
おしゃれなカフェでご飯を食べる藤真さんを想像する。
なぜか窓辺で本を読みながらゆっくりした時間を満喫する姿がすぐに浮かんだ。
似合いすぎるだろ。
「じゃあ店に案内してくれ。」
「はい、こちらです……。」
道を指差して、牧を案内しながら、どうしよう、と思っていた。
藤真さん!!牧さんがカフェって言わないで店って言うようになりました気にしてるんですけどどうしてくれるんですかー!!!!!!!