牧さんと天文部



藤真にも、湘北にも挑んでくるもの全てねじ伏せた牧にが寄り添い、目を輝かせていた。
「さ、流石、流石牧さんです!!湘北に一勝も譲らないそのプレイ!ホストとかゲストとかそういうのガン無視で挑む容赦のなさ!!」
、それ褒めてるんだよな?」
「もちろんです!!おかげで粗品の捌けが悪いです!」
「褒めてるんだよな?」
「褒めてます!!」

はダンボールの中に用意していた粗品を取り出す。

「参加賞にしていいですか?」
「余らせても仕方ないだろ。あいつらに配ってやれよ。何だったっけか?粗品。」
「ジュースとお菓子の詰め合わせだったり、当たりにはチタンネックレス~。」
「効くのか?」
「……え、えっと。今度調べて報告いたします。」
「す、すまん。自分で調べる。」

あわわあわわと動揺するキャプテンとマネージャーがさっきまでの好戦的な目をしていた奴らとは違いすぎて、座って休んでいた藤真が笑った。

「豪華じゃん、参加賞。」
「1年生部員のお父様が会社の社長さんらしくて、提供頂きました。」
「……スゲエな。」
「藤真さん選んでください!」
ダンボールを差し出すと、藤真は覗き込んで悩まずすぐに一つ取り出す。
「ありがとう。チタンっぽい。」
「効くのか?」
「お前自分で調べるって3分前に言っただろうが!3分も経ってねえかもしれない!」
「そうだった……。」
はそんなおとぼけくらいなら慣れてるといった様子ですたすたと湘北メンバーのもとに行ってしまった。

「藤真はこのあとどうするんだ?」
「あー。てきとうに遊んで帰る。牧に負けた悔しさを抱きながら。」
「お、おう……。」
「お前は?」
藤真の言葉にどう反応していいか困ってしまったが、問われて藤真の顔を見るとにやにやと笑っていた。
「俺?考えてないな。ああ、案内するか?」
「誰がお前にお願いするか。おいおい考えておけよ。ちゃんと思い出作りしてやったら?」
……は先約ありそうだよなあ。」
「お前が先約しとけよ。」
うーん、と悩む牧に、こりゃ期待できないなと苦笑いした。

劇がロミオとジュリエットをやると宣伝していたのが来た時に聞こえていたので、それにしてちょっと雰囲気良くしたらいいじゃねえか、と助言しようとしたところでが悲しい顔をしながら戻ってきてしまった。

「三井さんもチタンだったんで、スタミナ無いからよかったですねって言ったら怒られました~。」
ちゃん……それは怒ると思うよ……。」
「わざとです!」
「そうだと思った。」
悲しげな顔から一気に真面目な顔になるので、この子も食えねえなと思ってしまう。

。」
「はい。」
「このあと時間あるか?」
「あ、牧……。」
うんうん唸ってた牧が誘いはじめてしまった。
こいつどうせ色気ないこと言うぞ絶対と藤真が身構える。

「俺のクラスメイトの天文部が、今日はプラネタリウムをやると言っていたんだが行かないか。」
「えー!!行きます!!賞とったことありますよね!天文部!」
「ああ。すっげえ説明してくるからうざいかもしれねえが、まあ、綺麗なんじゃねえかな。」
「牧の本番に強ェとこ本当むかつくわ。」
「藤真!?」

面白くないといった顔をして藤真がむくれる。
俺が折角指導してやろうとしたのに、と呟いた。

「じゃあ着替えてきますね。」
「あぁ。……と、待った。。」
「はい。」
すぐ走り去ろうとしたは呼び止められて振り向いた。
普段あまりしないポニーテールの髪がなびく。

「髪はそのままがいいな。可愛い。」
牧に笑顔を向けられて、は動きを止めたが藤真も驚いた顔をして止まった。
「えっ。」
牧が交互にと藤真の顔を見比べて動揺する。
「あ、ち、違うのか……?そうか、もしかしてこれは、俺以外にその姿を見せるな的独占欲のほうが良かったのか……?」
「わ、分からん!それを俺に聞くな!」
「ひええええ……。」
「ほらもう牧!ちゃんが寿命縮まってるんじゃないかって感じの動揺!」
「すまん、すまん!なんて言えばいいんだ!」
「多分なにも言わないほうがいい!」
おろおろあたふたする強豪校のキャプテン二人が非常に目立ち、海南メンバーはなんとなく、湘北メンバーにお見苦しいところをお見せしてすみませんと謝っていた。





制服になって、牧と並んで三年の教室を目指す。
看板が見えたところで牧が神妙な面持ちで口を開いた。
「天文部の部長な。」
「はい。」
「頭は良くて部員の信頼も厚いんだが変な奴でな。」
「はい。」
「来たな牧!!!!!!!」
「な。」
「はい。」

牧の姿を見つけた制服の上に黒いマントを被った小太りでメガネの生徒が勢いよく指を指して迫ってきた。

「バスケ部ばかりちやほやされるのも今年で終わりだ!!海南の最も優れた部活は天文部だと今日見せつけてやろうじゃないか!!!うわあああああ!!!!女連れだああああああああ!!!!!!!」

の姿を視界に入れた男はすぐにUターンして教室の中に入っていってしまった。
「え、私ダメでした?」
「あれなんだ。あいつリア充爆発しろって言うタイプの奴なんだ。」
「リア充ってカップル的なあれですよね!?そんな、牧さんに私なんかそんな……。」
「嫌か?」
「ええ!嫌じゃないです!!でも、あの、恐れ多くて……。」
「やめろおおおおお部長の鳥肌が止まらないんだやめて差し上げろ!!!!!!」

教室からまた別の部員が慌てふためいた様子で顔を出した。
その男に連れられて、部長と思われる男がぜえはあ息を荒げながら再登場する。

「来いっていうから来てやったのになんでバスケ部対天文部なんていう異種格闘技やろうとしてるんだ?」
「やかましい!文武両道女子にもモテるお前を妬まない要素の方が少ない!なるほど丁度いい!男女で入るがいい!美しい夜空とともに女ったらしゼウスの神話を延々垂れながして、男って……ていう微妙な空気にさせてやるぞ!」
「凄く酷い出し物だな!!!」
「す、すみませーん。ギリシャ神話を分かりやすく流してるだけなんで相当敏感な人じゃないとそうはならないので大丈夫です~。」

ずるずると、同じく部員らしき女性が部長の口を塞いで教室に引きずり込む。
牧とは顔を見合わせた。
気にならないと言っても事前に聴いてしまったら気になってしまうのではないか。

「ま、まあ。入るか。」
「はい。」
教室の中に作られたドームに入る。
すでに数名が文化祭のパンフレットを見ながら楽しそうな表情で始まるのを待っていた。

「なんだか面白い方でしたね。」
「お前がそう言ってくれる奴で助かるよ。すまんな騒がしくて。」
「あ。」

ドームの中が暗くなる。 プロジェクターが起動し、天井を見上げた。

「あ、星座名書いてあってわかりやすいですね!」
「普通にしてればいいのになんでああ突っかかってくるんだか。」

そして先ほどの部長を引きずっていった女性と思われる声で、星座の説明が始まった。
耳に残る優しい声で、皆静かに聞き入っていた。 は時々牧の横顔をちらっと見ていた。
授業中は、こんなふうな真面目な顔で黒板を見つめてるのかな、と想像しつつ。
そして言われていたゼウスの神話も、女性の気遣いか、異国の地であったお話ということで、自分だったらと置き換えてしまうようなことは全くなく、普通に楽しめてしまった。
終わった後、部員が出口で誘導していたので、は女性に声をかける。

「凄く綺麗でした!あと解説がとても素敵で聞き入ってしまいました!」
「ありがとう。私、幼稚園で絵本読み聞かせのボランティアとかしてるから、そのせいかな。眠くならなかった?」
「全然!!!またこういったものがあったら見に来ます!」
「牧の彼女が良い子で腹立つ!!!!!!」
「か、の、じょ……じゃないんだ!!!」
「何!?あんな子が近くに居るのに手が出せないのか牧ザマァ!!!!」
「そういう言い方をするな!!!」
牧がの手首を掴んで引く。

「そろそろ行くぞ。」
「あ、はい!」
牧に引かれながらぺこぺことお辞儀をして教室を去る。

「楽しかったー。ねえ牧さん。」
「言うほど女ったらしな話に聞こえなかったしな。」
「あの女性の方の、優しいけど淡々とした説明の仕方が良かったんですよ!」
「男って……、ってならなかったようだしな。」
牧がを見てくすりと笑う。 見ていて気持いいくらいにご機嫌な様子だった。

「男って、かあ。ちょっとよく分からないですね。牧さん浮気とかしたことあります?」
「無いな。俺みたいな不器用な奴、一人でいっぱいいっぱいな気もするが……。」
浮気なんてするつもりがなかったのにしてしまったという状況だってあるのだろうなと思い、俺はしない、と断言することは出来なかった。
もそのあたりは、テレビや雑誌、友人の話を耳に入れて、男女って難しいんだな、と分かってはいる。
それでも思ってしまう。

「牧さんに好かれる人は幸せでしょうね。」
「!!」
羨ましいです、と続けそうになっては慌てて口を閉じた。
「わからんぞ。俺も人間だしな。」
「あはは。牧さんらしい答え。」
特に行く宛なく歩き、なんとなくまた体育館に行こうと靴に履き替える。

「お前はちょっと心配だな。」
「え、浮気ですか!?私が!?し、しそう、ですか?」
そんなことを言われるとは思わなかったが慌てる。

「違う。一人好きになったら真っ直ぐのめり込みそうで。浮気されても気づかねえんじゃないかなって。」
「えっ。」
「気をつけろよ。そういう泣き顔は本当に見たくないな。想像するだけで無理だ。」
「牧さん……。」
「ははは、こういうこと言うから藤真に保護者って言われるんだよな。」
気にかけてくれていて嬉しい、とも思うが、色々引っかかってしまって仕方ない。
牧の後ろを歩きながら、それを聞きたいけどタイミングが分からない。

「!」
体育館入口が見えて、中で清田と桜木がまた騒いでるのが見えた。
着いてしまったらもうこの話題は出せない気がして牧の制服を引っ張る。

「牧さん!!!」
「ん!?」
不意打ちをくらって牧が後ろに反る。 体勢を立て直してから、に向き直る。
「どうした?」
「牧さん、は、あの!」
「落ち着いて話せ。」
「あの……。」
深呼吸して、きりっと真面目な顔で牧の目を見つめる。

「牧さんは、その、あんまり、人に、真っ直ぐのめり込まれたら、う、う、うざい、ですか?」
「!!」
さっきのことを気にしてるようで牧が焦る。
心配のつもりだったが、傷つけていただろうか。

「すまん!さっきのは悪い意味で言ったわけじゃない。」
「それは、分かってます!けど……、私普段から牧さん牧さん言ってる気がして、もしかしてそれとかも、嫌だったりするかなって……。」
「え?」
顎に手を当てて思い起こしてみる。 確かに子犬が尻尾を振って懐いてくるかの如く牧さん牧さん言ってくる時があるな、と思い出すが、いつも神か清田も一緒だった。
同時に、手が出せないのかザマァと言われた天文部の顔も思い出してしまった。

「……あれを……お前単体でやられるとちょっとな。」
「えええええ!?ご、ごめんなさい!!」
「あ。」
また言葉足らずで、が涙目になってしまった。
こういうところが俺の悪いところだ、ときょろきょろと周囲を見回す。
校舎の壁に、柱の影になった死角を見つけて、またの腕を引いた。

「牧さん……?」
に寄られて嫌だと思ったことはない。むしろもっと来て欲しいくらいだが。」
「え?」
牧に肩を押され、壁の前に立つ。
振り返ると牧との距離が近くて後ずさり、背中にコンクリートの冷たい感触が当たる。

「!!」
牧が片手を壁に突き、の顔を覗き見る。
「……うん。そうだな。やっぱり。」
「や、やっぱり……?」
「お前にべたべたされたら俺も手を出したくなる。やめておいたほうがいい。」
「!!!!」
真っ赤になる顔を隠したくても、距離が近すぎて何も出来ない。

「……そういう意味だ。」
屈んでいた上体を起こして、牧が離れる。
が俯きながら、牧のシャツを掴む。

?」
「牧さんになら……。」
「!」
言葉が止まる。 先を恥ずかしくて言えないというより、言ったらまさに騙されやすい女認定されるかもしれないと思って口を開いたことを後悔する。

「……俺になら手を出されてもいいのか?」
牧がの両肩を掴む。
「あ……。」
手の力が普段より強くて、少し不安がりながら牧を見上げた。

「……。」
「!」
ゆっくり顔が近づいてきて、両目と口をきゅっと閉じる。
牧がふっと笑ったような気がした。 鼻先に柔らかい感触がして、牧が離れる気配がした。
目を開けると、壁から手を離し、ポケットに手を入れて牧が可笑しそうに笑っていた。

「……あ、あの。」
「そんな緊張されたらな。」
「すみませ……。」
「余裕ぶられる方が困る。無理されたって嬉しくないぞ。」
「む、無理じゃ……無理じゃないですもん……!経験が足りないだけですもん……。」
頬に手を当てると、熱くなっていて、早く冷めて欲しいと、壁の方を向く。

「牧さん先に行っててください……。すみません……。」
牧がその場を動く気配がなかったから声をかけたが、むしろ足音はこちらへ一歩近づいてきた。
「えっ!」
「すまん。」
背後から腕が回され、抱きしめられる。 牧の身体と壁に挟まれて身動きがとれない。

「ま、ま、ま、牧さっ……!」
「俺だってそんな余裕ばかりあるわけじゃない。」
「え……。」
「可愛がりたいって、思うんだ。俺も。」
うなじに口付けが落とされてびくりと肩が震える。
「っ……!」
続けて舌が這う感覚に驚いて、壁に手をつく。
その腕が掴まれたと思うと、身を反転させられ、真剣な顔をした牧の視線とぶつかった。
「……!」
今度は喉に唇が触れる。
敏感になってしまって、一瞬触れた歯の感覚驚いて、強張ってしまった。
皮膚を軽く吸うだけで、牧の顔は離れていった。

「……大丈夫か。」
「うっ……。」
ただそれだけなのに、牧が離れ声をかけられた途端、力が抜けてしまった。
ずるずると、壁を伝って座り込む。

「す、すまん……。」
「牧さん謝ってばっかり……。」
「そりゃな……。」
牧も座り込んで、力の入っていないの手を握る。

「心の準備がいまいちだっただけです……。すみません。大丈夫です。」
は自分が情けなくて、牧の手を掴ませてもらって立ち上がる。
「もう少しここにいるか?」
「大丈夫です。体育館、行きましょうか……。牧さん、べたべたされるの嫌いじゃないって知れて安心です。」
「あのなあ……。」
まだ顔が赤くて、今のこの空気を誤魔化そうとしてへらへら笑っているのは分かる。
それを言うならだって、俺が手を出してもいいってことを言ってるじゃないかと考えてしまって頭を掻く。

「うう……。」
体育館へ歩みだすと、が牧に飛びついて、腰にしがみつく。
「お!?」
「牧さん……!!!」
牧の背を見た途端に、もっと牧にくっつきたいと思ってしまったのだが、腰にしがみつくとか甘えるの下手か自分!!と自身にツッコミしつつ離れられない。

「おい……!あいつらに見られるぞ……!」
「嫌ですか……?」
「キャプテンとマネージャーがこういうのは、ちょっと、どうなんだ……!?」
「あーーーーー!!!」
「!!」
清田が牧との姿を発見して、大声を出してぎょっとする。
ああ、海南のメンバーはともかく、湘北翔陽に怪しまれて変な目で見られそうだと牧はため息をついた。

「なんですかさん!牧さんに甘えていいなー!!」
「は?」

清田が駆け寄ってきたと思ったら沢北も突撃してくる。

「俺はさんに甘えたい!!!」

腰にしがみつくに沢北がしがみついて、驚いた清田が剥がしにかかる。

「なんだの野郎、くそガキか。世話かけるな、牧。」
「お、おう……。」
三井には申し訳なさそうな顔を向けられてしまった。
藤真もニコニコ笑いながらこちらを見ていた。

「誰も勘違いしてくれねえどういうことだ!?」
「なんだなんだ牧~。しっかりパパやってんなあ~。」
「藤真の一撃はダメージでかいぞ!!」