海南大附属高校文化祭



携帯電話で通話をしつつ雑誌のページをめくっていたが、ぴたりと止まる。

「え、沢北さん日本戻ってくるんですか?」
「少しだけですけど。こっちの生活にも慣れてきたし、母親が体調悪くしたらしくて気になって。」
「そうなんですか!え、大丈夫なんですか?入院とか……?」
「念のため検査はするらしいんスけど、声聞いた限りは元気そうでした。ご心配ありがとうございます。それで、到着は羽田空港ですし、もしさんのご都合良かったら会いたいなって。」
「いいんですか!?でしたらぜひぜひ!」
「はは。歓迎されるのは嬉しいな。それで時期だけど、急なんですけど……。」

渡米した沢北からの連絡はメールが多かったが、最近は短時間だが電話をするようにもなった。
その理由を聞いたら、最初声を聞いたら余計寂しくなってしまいそうだからと言っていた。
アメリカで1人の生活なんて想像出来ないし大変なんだろうと思っていたけど、バスケをやり遂げたいという強い気持ちを感じたと同時に、情けなさそうに小声になる様子が可愛くて、そのときはつい微笑んでしまった。

「え、あ、その、あたり。」
「試合とかありますか?まぁ試合だったら見に行きますけど。」
「…………。」

告げられた帰国予定日をカレンダーで見て、は黙ってしまった。
楽しみなのに来て欲しくないイベントの日で、オレンジ色のマーカーで丸がしてあった。

「あれ!?どうしたの!?無理だったら諦めるから、大丈夫だから言ってね!?」
「いえ、あの、その週に文化祭があって。」
「あ~文化祭。そんな時期っすね。忙しい?」
「沢北さん……。」
「え、なに!?何かあった!?」

辛そうな声を聞いて慌ててしまう。
いつも元気な声ばかりを聞かせてくれていたから余計に。

「沢北さあああん聞いて下さいよおおおお!!皆酷いんですよ!!!」
「皆!?牧さんも!?」
「じゃんけんで負けたんですけど!!」
「何の話!?」
「あああすみません取り乱して!」

沢北は気になって携帯を持って前のめりになり、は落ち着こうとベッドに寝転がった。

「バスケ部はまあ、そのまんまバスケの挑戦者募集みたいなことするんで楽なんですけど……折角だから仮装しようって話になって。」
「仮装?」
「じゃんけんで負けた人が……あれ絶対嵌められました!2回で決着つくとか!」
「負けたんすか。」
「はい……。わ、私と、1年の清田君で仮装することになって。」
「何やるんですか?」

う……と言いにくそうにして、一体どんな無理難題を押し付けられたのだろうかと思いながら返事を待つ。

「チ、チアリーダー……。」
「え?」
「チアの、コスプレ……です。」

今度は沢北が止まる。

さんのチアリーダー。
けしからん。

「わああもう笑っちゃいますよね!沢北さんはアメリカでプロとか見てらっしゃるでしょう?もうなんか申し訳ないです遊び半分でこんなこと!」
「けしから……!あ、いや、いいと、良いと思います!!似合いますよ!絶対!俺凄く応援されたいです!」
「うえええんありがとうございます……!でもあの、恥ずかしいから見られたくなくて……。」
「いや海南の文化祭ってあれですねそうだ俺ずっと行きたかったんだ!!いやあいい時に帰国するなあ!もう行くしかないって感じですね!!」
「沢北さん!?」








本当に来るのかなあと疑いながら、文化祭当日を迎えてしまった。
クラスの出し物は普通の喫茶店で、少し接客の手伝いをしたあとで、神と待ち合わせて部室に向かった。

「大丈夫大丈夫。ほら、みんなメイド服とか、アニメキャラ?っぽい格好してるじゃん。」
「他人事だと思って!!」
「じゃあ言い直す。チアのとか絶対可愛いから楽しみにしてたんだ。」
「……やっぱ他人事でいいです……。」
神の優しい微笑みと甘い言葉攻撃には滅法弱くて縮こまる。
部室に向かう通路で挙動不審な清田を見かけて声をかける。

「神さん!さん!本当にこれ俺着るんですか!?」

本日の衣装と紙袋を抱えながら、涙目になっていた。

さんがチアなら俺は応援団っしょ!!!学ランでしょ!!」

清田が持っているのもチアリーダーのコスプレ衣装だった。

「信長が女装してたら人集まるって。」
「利益重視にしないでください!!俺自分で友達から学ラン借りましたから!お願いします~!ほらハチマキも!」
「神君。清田君可哀想だよ~。ちなみに私も学ランなら着たい。」

う~ん、と神が腕を組んで考え込む。

「じゃあ信長は一回だけ着て俺に見せてくれたらよし。」
「あっ清田君免除ずるい!!私はどうしたらいいんだ!!」
「くっ!着ることには変わりなし!しかしありがとうございます!!!」

笑顔になった清田がの手を引く。
「さっさと着替えましょうさん!」
「学ランになった途端にノリが良い!」
「正直着てみたかったんですよ!」

走り出す二人について部室に入ると、大きい背中のお出迎えがあった。

「ん?」

肩ごしに振り返る、いつも通りの制服姿の牧はロッカーの前に立って何かをしていた。

「牧さん!」
「牧さん、お疲れ様です!」

と清田は頭を下げ、神は牧に近づいていく。

「クラスの方は大丈夫なんですか?」
「うちは部活優先の奴が多いから、時間ある奴らで外に屋台を出してる感じだ。」
「屋台いいですね。俺も焼きそばとか鉄板料理やってみたいです。」
「神はウェイターの方が似合うと思うけどな。」

牧が神に笑いかけながらこちらを向く。
その手には紫色のポンポンを2つ持っていて、目を丸くする。

。」
「え、あ、はい。」
「うちのマネージャーがチアの衣装着るって言ったら、なんかこれクラスメイトから貰えたんだ。これ、えーとなんだっけ、名前。ああ。」

牧がに差し出してくるが、はピクリとも動けなかった。

「ぽんぽん。」

牧がそう言った瞬間、が膝から崩れ落ちて倒れこむ。

「おお!?」
さーーーーーーん!!!!」
清田が咄嗟にしゃがみこんでの上半身を起こした。

「ま、牧さんの口から、かわ、可愛い言葉でた……。」
「大丈夫ですかさん!可愛かったですね!同意します!頑張って!立ち上がって!」
「かわいい……信じられない……絶対今のイントネーション平仮名だったから……。ぽんぽん……私、私チアがんばる……。」
「神さん!思いがけないところでさんがやる気を!」
「さすが牧さん!」
「よく分からないがありがとう!!」

よろよろと立ち上がって、はポンポンを受け取る。
更衣室へ向かうのを見届けて、神は清田に向き直る。

「ほらー信長も!」
「一回着ればいいんすよね!」
バッと、清田が勢い良く着ていた制服を脱ぎ、大きめサイズのチアのコスチュームを広げてみる。
通販で買った安いものらしいが、色はこだわって、白と紫の海南のチームカラーと似ている。
セパレートタイプでスカートとノースリーブの衣装だったが、丈は長めなのでそんなにお腹が出たりはしなさそうだ。

「へー。清楚な正統派って感じで可愛いですね。誰が選んだんですか?」
「高砂だ。」
「へー。えっ?」
「高砂。」

清田が牧を二度見したところで勢い良くドアが開いた。

「着た!!!」
「おー、早いな。」

なにかが吹っ切れたかのように手を腰に当てて堂々としていたが、清田はの姿も二度見する。
「あれ!?おへそが見え……!?あっ、そうか!!」
胸の分上に上がってるんだ!と、早合点したところで、が清田に歩み寄る。

「清田君も早く着る!」
「は、はいー!」

牧もジャージに着替えている最中でシャツの襟から頭を出すと、を見る。

「おお、可愛いぞ、。」
「ありがとうございます!」
「客引きはしてもらうけどナンパからは守るからねー。」
「ありがと神君!しかしこんなコスプレ野郎をナンパする稀有な人はいるのか!?」
「け、稀有って表現!さんなんかテンションおかしい!」

清田もに手伝われながらチアのコスチュームに着替え終わる。
「清田君可愛いー!」
は笑顔で拍手していたが、牧と神は口に手を当てて笑いをこらえていた。
「スカート履くとか変な感じですー。早く着替えてぇ……。これでいいですか……。」
「だめ、だめ、の、信長、記念撮影。」
「なんの記念ですか!」
神が震えながらカメラを構える。
にひとつ、ポンポンを渡され、腕に手を回されてぎゅっとしがみつかれてしまった。
「うわーーー!さ、お、ぱ、」
「清田、耐えろ。」
牧は清田の言葉を遮るように言葉を発した。
「わーい、清田君と写真!」
はポンポンを顔の横に持って来て、照れ笑いのような表情をしていたが、清田の顔はひきつっていた。

「はーい、信長表情ー。ほらほら。」
「その写真流出させないでくださいよ!」
清田がビシッとポンポンを前に突き出して口を開け、舌を出して決め顔をしたところでシャッターを押した。
「いーじゃん、ほら、カップルみたいだよほら……ペアルックの……。」
「神さん声がどんどんか細くなりながらそういうこと言わないでくださいよ!わかりやすいお世辞!俺は着替えます!」

牧や神とも写真撮影を始めてはしゃぐ先輩達を横目に学ランに着替え始める。
「なんだ、着替えるのか、清田。」
「人前に出れませんよこれは!」
残念そうな牧の声に勢い良く振り返ったところで部室のドアが開いた。
「おっつかれー!」
「お疲れ。」
武藤と高砂がジャージ姿で入ってくる。
「お疲れさまでーす!」
「もう着てたのか!めっちゃ可愛いぞー!」
「ありがとうございます武藤さん!高砂さんもご用意ありがとうございますー!」
「あぁ。そのくらいの方がいいかと思ってな。あまり露出するのもよくない。」
「そして俺も着替え完了!この姿でもう一度記念撮影お願いします!」
今度は応援団の格好で元気に清田が駆け寄って来る。白い手袋までしていて、本格的だ。

「はいはーい。応援団様好きなだけポーズとりなさい。」
神が再びカメラを構える。
さん、あれやってくださいよー!片膝立ちで、ポンポン上に上げる感じで!」
「おいおい、部室じゃなくて外でやれば?」
「あっ!そっすね!外行きましょー!」
「はいはい。」
清田がの手を引き、神もカメラを持って苦笑いしながら部室を出る。

「うちのアイドル様方は可愛いねぇ。」
「俺たちもそろそろ行くか。お先な。」
部室から出ようとすると、高砂が、あ、と声を上げるので、牧が振り返る。
「さっき色々見かけたぞ。」
「?」





清田とはグラウンドをバックに写真を撮っていた。
「ありがとー神君。」
「ありがとうございます!」
「いえいえ。」
大きなオブジェが置かれたり、ダンス部が踊っていたりして、校庭は賑やかだった。

ー!」
「あれー?どしたー?かわいー!」
名前を呼ばれて振り返ると、サリーを身に纏った女の子がに手を振りながら走ってくる。
こそかわいー!!チアいいなー!」
「えっでもサリーって何、出し物……!」
「カレーだよ。ナンとご飯選べるから来てね!」
「本格的だー!」
の友人は神と清田を視界に入れるとぺこりと頭を下げた。

「おおー衣装凄いっすねー。神さんは知り合いですか?」
「いや、とは仲良いみたいだけど俺はそんなでも。」
二人の邪魔はせず距離を置いていたが、会話の内容はばっちり耳に入る。
「パンツ何?スパッツ?」
「厚手のインナーパンツなんだよね。少し丈ある。」
「「……。」」
神と清田は咄嗟に耳を塞いだが遅かった。

「ってゆーか何髪下ろしてるの?ポニテにしたら?そっちのがぽいよ!」
「えっ、やる気まんまんぽくてやだ!」
「中途半端なの反対!ほら後ろ向いて!シュシュ貸したげる!」
「ええ……。」
器用にの髪を束ねて、スタンダードかサイドか相談していたが、結局普通に後頭部で結わえていた。
「おお……。」
清田が感嘆の声を漏らす。
「出来たー。よしよし、あの二人の反応で大体分かるな。」
「何の話?」
「男受け最高ってことよ。んじゃ、頑張ろねー。」
「男受け……?媚びか!媚びろということか!ありがとー。」

友人はさっさと行ってしまい、はまた神と清田の元に行く。

「媚びバージョンに進化しました。」
さん言い方!いやでもさらに良いです!!素敵っす!」
「あざーっす。」
「はは。牧さんこういう感じ好きそうだから早く見てもらいなよ。」
「本当ーーー!?やったー!」

周囲に目を向けて牧が早く来ないかと、そわそわ動き回りだす。
神と清田も牧達と合流しようかと歩き出そうとしたところで声をかけられた。

「信長!応援団だー!似合ってるー!かっこいいじゃん!」
「まーな!」
「神君カメラ持ってる!ねえねえ一緒に撮らない?」
「え?俺普通にジャージだよ?」
「いいじゃんー!」

二人とも女の子に囲まれてしまった。その様子を見て、は笑う。

「あはは。人気だ!」
「ねぇ、ねぇ、お姉さん!」
「え?」
気がつくとの背後に私服の男二人がいた。

「チアだ!可愛いー!出し物なに?案内してよ‼」
「俺らここ来るの初めてなんだ!なんか奢ってあげるからさー!」
「わぁお。」
稀有な人はいるもんだなとのんびり思ってしまったが、あまりにチャラい態度でどう断れば良いか悩む。
困った顔をした瞬間に腕を掴まれ引っ張られてしまって焦る。

「あ、ちょ、」
「あ!さん!」
気づいた清田が駆けつけようとしたが、それより先に、男の肩に手が置かれる。

「悪ィがそいつ、俺が先約なんだわ。」
「あ。」

振り返ると、ニヤリと笑う短髪の男がから2人組を引き剥がしてくれていた。
男達との間に割り込んで、に背を向け、男達を睨みつける。

「なんだよ彼氏かよ……!」
逃げ腰で去る二人が見えなくなった後、ため息をついた。

「だーれがこいつの彼氏だよ。」

は意外な人に助けられたなと少し困惑しながら彼の名を呼ぶ。

「ひさに……ミッチにぃ……。」
「言い直した意味!!!!」

三井は勢いよく振り返ってに怒鳴った。

「三井さんと呼べ馬鹿野郎!わざわざ来てやったんだ!」
「たのんでねぇ~。」
「助けてやったやつになんて態度だこら!」

はベタすぎるやりとりに笑った後、三井の腕をぽんと叩いた。

「ははは!ありがとうございます!それで、やってくでしょ?挑戦!」
「そのために来たんだよ!湘北メンバーでな!」
「えっ!」
三井が指差す方向を見ると、ぞろぞろと湘北のバスケ部メンバーが歩いてくるのが見えた。
宮城と彩子を筆頭に、桜木や流川も歩いてくる。
海南バスケ部は知名度があるため、昨年やったときも自然と挑戦者もギャラリーも集まっていた。
いつもならストリートで自由気ままにプレイしている大学生や高校生がきて、勝負というよりはエンターテイメント性のあるバスケをしていた。
パフォーマンス重視でとんでもないプレイを決めれば興味本位で見に来た人たちがファンになって応援してくれたり、寄付してくれる人まで出てきたから今年もやろうと監督が活き活きしてたのだが。

「……ま、真っ向勝負野郎共が集まってしまった……。」

女の子達に一言声をかけて別れ、神が三井に近づいて挨拶を交わす。

「三井さんこんにちは……。」
「おお、神!俺はお前に3P勝負を申し込もうじゃねえか!」
……とんでもないメンバー呼んだ……?」
「ごめん神君……。文化祭なにやるんだって聞かれたから答えただけなんだけど……。」
「賑やかになっていいけど。」

清田も神とに近づくが、一点に向かって威嚇する。

「なんで来たんだ赤毛猿!!!」
「はっはっは、なんだ野猿変な格好して!」
「応援団だ!変じゃねぇし似合ってるだろが!!」
清田と桜木はいつも通り口喧嘩で騒がしい。
三井の横に宮城が並び、ぺこりと頭を下げて挨拶をした。
一歩後方に控える彩子とは手を振りあった。

「どーも。楽しんでるねえ文化祭。俺たち、三井さんに教えられて来たんだけど。」
「あ、案内します!牧さんも体育館にいるはずなので……!」
ちゃん気合い入ってすっごい可愛いー!ナンパしたい!」
「アヤコさんにナンパされたらどこまでもついて行くー!」
「嬉しいこと言っちゃってー!あとで一緒に屋台回ろう!!」
「ぜひ!」
「美味しそうなクレープあって~!」
「クレープ!食べたい!」
「俺も混ぜてほしーな……!」
「宮城てめーは何しに来たんだよ!」
アヤコとがきゃっきゃとはしゃぐ姿に宮城がでれっとしたのを見逃さず、三井が突っ込む。
彩子と会えたのが嬉しすぎて周りが見えなくなっていたがその言葉にはっとして、は宮城に向き直る。

「あ、すみません!こちらです!」
神と清田と一緒に体育館へ向かう。
そしてきっと先客はいるだろうなあと思いつつ。







体育館に飛び込んで、牧の姿を探すと、やはり人と話していた。
「牧さん!お客さんですよー!」
「おう……おう!?」
ちゃ~ん!と、おお!?大所帯だな!」

牧と一緒に話していたのは藤真だった。
藤真には牧が声を掛けたと言っていたから予想通りなのだが、もう1人、すでに来ていた客に皆がぎょっとする。

さーん!!!」
「ほら言ったろ隠してねえって。」
「すみません!だって牧さんいつもさんのお父さん過ぎるから……!さん……の!チア!可愛い~!!!可愛い~!!!!」
可愛い可愛いと言いながらに向かって凄いスピードで迫るのは沢北だった。
牧は、お父さん……?と呟いて硬直していた。

「本当に来たんですか!?」
「当然です!!俺が来なくて誰が来るんですか!!」
「ちょっと意味分かんないですけど!」
そのままに飛びつくのではと神と清田が身構えたが、沢北が急ブレーキでぴたりとの前に止まって両腕を掴んでブンブンと振る。

「あああもう本当可愛いです!似合う!こんなさんが応援してくれたらすげーやる気出ますって!」
「あ、あの、ありがとうございます……。ちょっと恥ずかしいです、けど……。」
「まあでも……本音を言うなら俺だけのチアになってほしいというのはありますけどね……!!」

にこにことご機嫌すぎる沢北にとてもイラっとした神が、沢北の腕を掴む。
「お?」
「沢北さんどうも。日本に戻ってたんですね。うちのマネージャーに手を出すのもほどほどにして頂けます?」
「どうも。さんだって俺に会いたがってくれてたんスけど?俺とさんの仲を邪魔しないでくれます?」
目を細めて静かに敵対心を燃やす二人が恐ろしくて清田が後退する。

「あー、えっと……。ま、牧さーん……。」
が牧に困った笑顔を向けると、苦笑いで返された。
宮城が一歩踏み出し、牧に声をかける。

「挑戦しに来たんだけど。」
「おお、湘北も来るとはな。」
「え……?ああ!湘北!!!」
「沢北……。」
沢北は視界にしか入れてなかったようで、湘北の存在に慌てて指を差す。

「なんでここに!」
「俺達は分かるだろ同じ神奈川なんだから!そりゃこっちの台詞だ!!」
三井も指を差し返してついでにの肩に腕を置いて寄りかかるから沢北が驚愕する。

「あ、あ、貴方こそ何ですかさんに馴れ馴れしい!」
「お前程じゃねーだろ!!」
「あーもう落ち着けって皆。」
宮城がこのややこしい事態に頭を抱えてしまったので、安田が間に入る。
しかし牧が構わずを手招きするので、するりと人の間を抜けてが牧の元へ行く。

「はい!牧さん!」
牧の近くに来ると、事務連絡だと察して真面目な顔になる。

「俺たちが体育館使えるのあと20分後だろ。あいつら参加するなら名簿に記入してもらえ。」
「はい!」

バインダーに綴じられた表とペンを渡される。

「あ、さすが藤真さん、トップバッターですね?」
「まあな。もちろん牧指名で。」
「負けんぞ。」
「牧スロースターターだからな。もう少し体温めてくれてからのが良かったかもだけど。」
「おいおい……。一応アップはしたんだぞ……。お前が来るって言うから。」
「ははは。冗談だよ。俺も負けないぞ。」
落ち着いた雰囲気に癒されてしまってここに居たいなあと思ってしまう。
しかしエントリーしてもらうために戻らねばと振り返ると、相変わらず神と沢北は睨み合ってるし清田と桜木は口喧嘩してるし、安田はイラつく三井を宥めて、壁に寄りかかった流川が沢北をじっと見てるし、宮城はいつもどおり照れながら彩子と話していて混沌としている。

「え、えーと。」
とりあえず新キャプテンである宮城の近くに寄った。

「宮城さん、説明いいですか?」
「あ。もちろん。お願い。」

宮城が一度、牧に視線を向ける。
「!」
が牧を振り返ると、藤真と一緒に、余裕の笑みで佇んでいて、宮城の雰囲気も変わる。
まさに王者と挑戦者の構図に、ドキリと昂りつつ、ただの文化祭なのになあ……と困惑する。
他の湘北メンバーもふざけた雰囲気から一変し、の言葉を待っていた。

「参加希望の方はこちらに名前を書いてエントリーお願いします。チーム戦も承ります。開始は20分後。5分前に締め切ります。」
宮城に差し出して、名前を記入すると、後ろにいた三井に渡す。

「で、もしも、勝利できたら粗品をプレゼントいたしますので。」
にっこり笑って、うっかりもしもと付けてしまったがまあいいか、と思う。
もしもだと?と三井がぴくりと反応する。

「いいぞーさん煽ったれ~!」
「うるせえ野猿!」
「おめえがうるせえ赤毛猿!!」
「だぼだぼな学ラン着たお子ちゃま猿に何言われても怖かねーな!!はっはっは!」
「うるせえ口を閉じねえかこの……。」

清田がの腕を引き、不意打ちをくらったは引かれるまま足を動かした。

さんガード!!!!」
「っ…………!」

を桜木と自分の間に置くと桜木が黙ってそっぽを向いた。

「かーっかっか!!!てめーが女に弱いことなんざ分かってんだよ!!!直視できねえだろうがこのセクシー可愛いさんのお姿!」
「……。」
「わははは黙りやがってこの馬鹿猿!!!」
さんをガードに使うな1年!!!!!!!」
「信長~……。」

沢北が清田の行動に慌て、神がため息をついて呆れ返っていた。
信長のガード体制のまま、説明の続きを仕方なく行う。

「ええと、と、とりあえず……書き終わったら私に戻してくださいね……。バインダー……。お昼頃終わるように時間調整いたします。最低でも14時まで。それ以降は軽音部がここ使いますので……。」

うーっす、と返事が返ってきて、信長の手も離れた。

「ありがとうございますさん。あの馬鹿猿は一度絡んでくるとしつこすぎる!」
「いやーお礼言われるのも不思議な感じだけど、皆お客さんだから仲良くしてね清田君。」
「はーい。」
「さてと。」

とりあえずこの場はタイムキーパーに勤しんで、そのあとはどうしようかなあと考える。
誰かと一緒に文化祭回れたら楽しいだろうな。


牧さんと天文部
神君と迷路
清田君と着替えに行く
三井さんとお化け屋敷
桜木君とカレー食べる
流川君の我儘に付き合う
藤真さんと観劇
沢北さんを軽率に誘う
楽しく終わった帰り道