神君と迷路
三井に3P勝負を挑まれた神だったが、三井自身が絶不調だったこともあり、神の勝利だった。
「神君おめでとー!」
「が俺のこと応援するたびに、三井さん、あの野郎!って言ってたよ。」
「海南応援するに決まってるのに三井さんは何を言ってるんだか。」
三井の方に視線を向けるとこちらを睨んでいた。
は余裕の笑みで対抗した。
「はは。は逞しいな。ありがとう。俺の勝利の女神様。」
さらっと恥ずかしげもなく言われての動きが止まった。
「神君よくそんなこと言えるね……?」
「え?おかしかった?」
「おう。私は聞いてるだけで恥ずかしいぞ。」
「以外にこんなこと言わないから平気だよ。」
「そういう言葉もね!?」
「え、なになに?もしかして照れてくれるの?嬉しいなあ。」
にこにこと笑いっぱなしの神は内にどんな感情を秘めているのか、リアルタイムで察することが難しすぎる。
「このあとどうするの、は。どこかの手伝い?」
「ううん。特に頼まれてないよ。沢北さんがせっかく来てくれたからお話したいとは思ってるんだけど……。」
は沢北に視線を向ける。
流川と桜木に相手をしろと追いかけまわされていた。
我慢できなくなった清田もボールを手にし、お願いします!と叫びながら沢北を追う。
「止めようと思ったら、沢北さんも段々楽しそうな顔してんだよね。」
「沢北さんて何で帰国したの?まさか本当にに会いに……?」
「違うよ。羽田だったからついでだよ。お母様が体調ちょっと崩したらしくて。」
「え、そうなんだ……。」
ちゃんと理由あるんじゃん、と考え直す。
だったら邪魔しなくたって、沢北とが一緒にいる時間は限られる。
「……じゃあ今のうちに俺に付き合ってくれない?友達の出し物に来いって言われてるんだけど。」
「うん、いいよ!着替えてくるね!」
「あ。」
は神が声を上げたのに気づかず背を向けて部室に向かってしまった。
そりゃ着替えるよな、と思いつつ、チアリーダーのコスチュームが終わってしまうのが惜しくて呼び止めようとしてしまった。
「まあいっか。は俺が適当に理由つけてどうしてもお願いってしたら絶対また着てくれるし。」
「牧!!!!神が爽やかな笑顔で怖いこと言ってる!!!」
「それは俺にもどうにも出来ない。」
武藤と牧が神の発言に眉根を寄せた。
制服に着替えて神と合流し、目当ての出し物に向かう。
それは校舎1階にある会議室にスペースを取っていた。
看板も大きく客の入りも多くて目立っていた。
「巨大迷路!?すごい!」
「そ。しかも2つ入口あるから、一緒に入るも良し、別の入口から入ってどっちが早く出れるか勝負してもよし。」
「となりますと。」
びし!とが神を指差す。
「勝負だ神君!」
「そうこなくちゃ。何賭ける?」
「えっと……食べ物?」
「食べ物ならいつでも出来るからな~たまには特別なことしようよ。」
「そうだね。じゃあ何にしよう?」
神がにこっと笑う。
「負けた方が勝った方の言うこと何でも聞く。」
「何でも?」
「何でも。」
「絶対?」
「絶対。」
が嬉しそうな顔になって俄然やる気になっていた。
神もも、お互い自分が負けた時のことはあまり考えていなかった。
「わー何してもらおうかなー!」
「ちょっと、俺の台詞かなそれは。それじゃ行こっか。」
ゴールしたら連絡する約束をして、各々別の入口から入っていく。
「ん!?」
行き止まりかと思ったが、怪しさ満載の掛け軸が下がっており、めくると穴が開いて通れるようになっていた。
「なにこれ面白い!」
これは勝負より神と一緒に回りたかったなと思い始めてしまった。
「お。」
神は鏡が置かれた通路に辿り着き、自分の姿に驚いてしまった。
だったら驚いて奇声発してたかな?などと思いながら。
「神くーん!」
「なにー?」
子供の声や楽しむ学生たちの声で聞こえないかなと思ったが、近い位置からの返事に喜ぶ。
合流もできるかもしれないが、およそイーブンの状態なので先にゴールしたいとも思うしで悩む。
「楽しい!ぼっちだけど!」
「俺も楽しんでる!ぼっちだけど!」
「あはは!」
自然と神の声がする方に足が向いてしまった。
曲がり角でひょこ、と顔を出すと、神の後ろ姿が見えた。
「見つけてしまった。」
「そういう勝負じゃなかったはずだけど。」
神は苦笑いで振り返る。
「仕方ない。一緒に行こう。」
「うん!」
「こっちかなー?」
神のシャツを掴んで、キョロキョロしながら歩く。
「さっきね、掛け軸裏の隠し通路を通った。」
「結構凝ってるんだよね。でもなんとなく分かってきた。」
「そこを右かな?」
「そうそう。ほら。」
ゴールの文字が見え、くいくいとがシャツを引く。
「一緒にゴールしようよ。」
「賭けはなし?」
「どうしよ?」
「せっかくだしやろうか?」
「お互いに命令しあうの?」
笑いながら、それも楽しそうかなと神の横に並ぶ。
せーの、で一歩、外に出た。
「何命令されるのか一気に緊張する!」
神が笑いながら前かがみになるが、は明るく微笑んでいた。
「私もう決まってるよー。」
「ええ!早い!」
「へへ。とりあえず外行こう。」
並んでまた歩き出して、会議室を出る。
人気のない場所に来たところで、が照れ笑いを浮かべながら神と向き合う。
「言ってみたかった我儘があるんだ。」
「なに?」
「あ、あのね、うわー恥ずかしい!」
手を頬に当てて、下を向く。
可愛いなと思いつつ、何をオーダーされるのかどきどきして待つ。
「こ、今度の試合で、1本でいいから、私のためのスリーポイント入れて……ください……。」
最後のほうは呟きに近い声で、言い終わると、わー少女漫画!少女漫画!と騒ぎ出した。
神は笑顔で硬直する。
「眩しい。」
「え?」
「が眩しい。直視できない。」
「ど、どういうこと!?」
一応男女ということで、キスとか別な衣装のコスプレしてもらうとかばかり考えていた神は自分の脳を恥じた。
なにそのピュアすぎる命令。
「でも仕方ないよー。俺も健全な男だし……。」
「???あの、ダメ、かな?」
「いいよ、もちろん。のためのスリーポイント10本入れる。牧さんにやる気を示しておいてパスもらお。」
「30点も!?」
それは贅沢なんじゃないかなと慌て出すの感性はよく分からないが、そんなに喜んでもらえるのは嬉しい。
「分かりづらいかな?やっぱり次の試合で俺が入れた点は全部のためくらいにしておこうかな。」
「ほ、本当に!?マネージャー席で一人で喜んでるよ!?」
「監督に、今の得点私のためなんですよーって言ってみたら?」
「嘘みたいに怒られそう!!!!!」
今度は神が悩みだす。
咄嗟に健全なお願いが出てこない。
バスケ関係でもと思ったが、折角なんでもするという条件なのに。
「……命令悩む。」
「私に出来ることなんて大したことないし、お手柔らかにお願いします。思いついてからでもいいよ?」
「いや、やっぱり今……。」
神がの肩に手を置く。
いつもの微笑みだったが、口を開く瞬間に、頬を赤らめた。
「キスして?」
が固まる。
5秒ほど無言の時間が続いたあと、ええ!?と大声を上げた。
「え、え!?き、え!?」
「なにその予想してませんでしたって反応~。普通はこういうのだと思うんだけど……。」
「え、だって、そんなの、ご、合コンじゃあるまいし、しかも神君が……そんなこと……。」
「うそ。俺そんな紳士なイメージだったの?壊しちゃったどうしよ……。」
神が口に手を当ててそっぽを向く。
そりゃ牧さんだったら、俺のために疲労回復するスムージーを開発しろなど至極真面目なことを言いそうだけど。
「い、イメージ壊れたとかそういうのは、ないけど!?」
「俺のこと嫌いになった?」
「そんなことない!!大丈夫!!」
「じゃあお願いします。」
「う。」
神に腕を引かれ、花壇の影に座りこむ。
「大丈夫。こっち見てる人なんていないよ。」
「頬?」
「どうぞ。」
神の肩に手を置いて、どきどきしながら唇を寄せる。
いいのかなと躊躇いつつだったので、ゆっくりと。
「……。」
神が横目で、目を閉じて顔を近づけるを見て、ふふ、と笑う。
頬でとは言ってないし、主導権はこっちだ。
くるっと振り向き、ちゅ、とのものに自分の唇を合わせた。
「……。」
「柔らかい……。」
唇を合わせたまま囁かれ、目を開く。
時間差で顔が真っ赤になり、離れようとしたところで後頭部を手で軽く抑えられた。
「……っ!」
下唇をはむ、と咥えられてすぐ離される。
「じ。」
「ん?」
「神、くん……。」
動揺した様子に、何を言われるか予想がついた。
「にしかしないよこんなこと。」
今度は神の顔も赤くなる。
手で口元を覆い、から視線を逸らす。
「あ、ちょっとやばいね俺も。」
はまた頬に手を置いて俯く。
「体育館しばらく戻れないよ~。」
「落ち着くまでここに居ようか……。」
校舎花壇の隅でしゃがんで丸くなったままの二人は、何か嫌なことでもあったのかなと思われて誰も話しかける人はいなかった。