桜木君とカレー食べる



「ん?」
パサりと上着が肩に掛けられる。
きょろきょろ左右の肩に視線を向けてから頭上を見上げると、桜木が見下ろしていた。
さっきまで桜木がTシャツの上に着ていた長袖の上着だった。

「桜木君。」
「あ、あんまり、肌を出すのは良くないのでは、ないでしょうか……。」
「!!」
見かけによらず紳士の対応に目を丸くする。
そして気遣われてしまって、今まで浮かれてたのが恥ずかしくなってしまう。

「ありがとう桜木君。」
「この子本当に女の子に弱いからね~!」
「アヤコさん!!」
恥ずかしそうに慌てて、彩子の言葉を遮ろうとする桜木が可愛らしくて笑ってしまう。

「ふふ。桜木君のそういうところ素敵だなー。」
「ぬ……。と、当然のことをしたまで!こういうところが流川とは違うこの天才・桜木……。」
「うるさいどあほう。」
桜木の背後から、流川がぬっと現れる。

「あはは。ちゃんは流川にデレたりしないから桜木花道の好感度も高いのかな?」
「アヤコさん。さんのような態度が普通なんですよ、フツウ。こんな無愛想キツネ、さんのように軽くあしらう程度で十分。」
「……あれ、私、流川君に対してそんなだったっけ……ごめん……。」
「どあほうの言うことなんか気にしなくっていいっす。それより。」
流川がの隣に並んで、一点を指差す。
「あいつ、借りる。」
「あいつ?」
その方向にいるのは沢北だ。
「えっ!」
1on1?と声を掛けようとしたが、スタスタと沢北に向かって行ってしまった。

「だ、大丈夫かな……。まぁ近くに牧さんもいるし……。」
独り言に近い言葉を呟いていると、隣から、ぐう、と腹の音がする。
桜木がバッと腹を押さえた。

「あ、お腹すいた?桜木君。」
「この子朝寝坊したのよね。」
「朝飯を抜いたから腹が……。」
「屋台行く?」
「案内してくれるんですか!?」
「いいよー。こっちこっち。」
一瞬、晴子の顔が浮かんだのか、はっとした顔になったが、に行こう、と服を引かれると大人しくついていった。

「ふふ。」
彩子がそれを見て笑う。
の下心のなさは、桜木の口から、俺には晴子さんが、という台詞を言わせることすら躊躇わさせる。




体育館から出ると、お好み焼きの香りがした。
のお腹も鳴りそうになる。

「何食べる?」
「そうですね……あ。」
桜木が眉根を寄せてしまった。
何事だと思って視線の先を追うと、屋台の並ぶ通りの近くのに地べたに座り込んで、ガツガツ焼きそばを食べる3人と、壁にもたれかかって笑いながら缶ジュースを飲む男がいた。
ジュースを飲もうと顔を上げた彼がこちらに気づく。

「よお、花道。」
「洋平。」
「よっス、花道……おお!?」
他の3人も焼きそばを食べながらだがこちらを向くが、驚いた顔をして箸を持つ手が止まる。

「なんでてめーら来てんだよ……。」
「でかした花道ー!!」
「海南のマネージャーさんだ!!」
「どうもー。」
桜木とのところに駆け寄る3人に、水戸が呆れた顔をする。

「花道がお世話になってますー!」
高宮が口元をにやけさせながらの前に立つ。
「俺たちと一緒に遊ばない~?」
大楠がいつもの調子で直球で誘ってくる。
「花道よりも楽しいよ。」
野間はこそこそに耳打ちするように囁いた。
「こらこら、困らせんなよ。」
水戸も歩み寄ってきて、に迫る3人を小突く。
高宮が水戸に振り返る。
「何言ってんだ!声をかけない方が失礼な美貌だろ!」

それを聞いたが瞳を大きく開いて驚いたあと、照れたように笑った。

「わあ~~おだてても奢らないぞ~!でもジュースくらいならいっかなー!!!」
「あっ、そういう感じの人なんだ。」
困るどころかお世辞と思われ喜ぶに、水戸が安心したように笑った。
「でも桜木君がお腹すいてるみたいだから、遊ぶ前に腹ごしらえかな。」
「その焼きそばどこにあった?」
「あっちっす。」
「俺も食う。」
「私も食べたーい。」
焼きそば目指して歩き出すが、すぐに服を引っ張られて止まる。

さん、そこのたこ焼きも、美味しそう。」
「あ、あぁそうだね。そっちにする?」
「いや、追加で。」
「そっか。男の子はいっぱい食べるよね。」

たこ焼き一つ、と花道がオーダーする。
作ったばかりのものがあり、すぐに受け取れた。

「おお?ドーナツ?」
3歩進むとまた止まる。
「買うの?」
「はい!」
相当お腹空いてるんだなというのが伝わってきて、ふと、友人のことを思い出す。

「友達のクラスの出し物がカレーなんだけど、行く?」
「カレー!!いいですね!」
「うん。大盛りにしてくれるように頼んであげるよ。」
「花道ずりぃー!俺らも行くー!!」
「あはは!こいつら俺が止めとくから行ってこいよ。」
「当然だ!ついてくんな!」

みんな一緒でもいいのにな、と思いつつ、水戸が3人を落ち着かせて、桜木がガルルルと威嚇して追い払うのが日常茶飯事なのかなと思える慣れ具合に、口出し無用かなと大人しく桜木についていく。

「騒がしい奴らですみません。」
「大丈夫だよ。こっちこっち。」
が桜木より一歩前に踏み込み、案内を始める。
カレーの香りが漂ってきて、サリーを着た友人が忙しく客を案内している姿を発見する。
の姿を見つけると、ん!?と声を出す。

「あれー!?なによー男連れ!」
「ぬ。」
「別にいいじゃないの。大盛況ですな。」
「待ってて。大丈夫、もうすぐ案内できる。」

手書きのメニューを貰って見ると、トッピングも選べるようだが、ゆでたまごが売切れになっていた。
すぐに案内されて教室に入り、テーブルに着くと、友人がムスゥ、と頬を膨らませた。

「笑顔で接客せい。」
「やかまし!もー、牧先輩か神君か、一年生の子か誰と一緒に来るかで賭けしてたのにー。他校の子?」
「湘北の一年生。バスケ部の桜木君。」
「どうもー、の友達です!」
「ど、どうも。」

桜木は困ったような顔でぺこりと頭を下げた。

「髪の毛染めてるのー?すごいねー真っ赤だ。」
「綺麗な色だよね。」
「!」
「はー、いいなー。可愛い子と一緒で。」
「ふふふ。いいでしょ。日頃の行いかな。」
「調子に乗るなよ!ご注文は?」
「桜木君は大盛りにしてくれない?トッピング何かする?」
「運動部はよく食べるわねー。あ、ごめん、たまごと、さっきカツが売切れた。あんま用意も出来なかったし。」
「はあ。じゃあソーセージを。」
は?」
「私普通で。トッピングはなし。」
「はいよー。待っててねー。」

二人きりになって向かいあって、先ほどとは逆の状況では笑ってしまった。
「騒がしい奴らですみません。」
桜木と同じ台詞を言う。

「い、いえ。なんか……。」
「ん?」
「こういうことが初めてすぎて……。」
「文化祭?」

ぶんぶんと桜木が首を振る。

「じょ、女性と、普通に友達のように……。」
「え。」
「は、晴子さんとはまた違った感じで……。」

いいでしょ、と、一緒にいることを友達に自慢されて、驚いてしまった。
今までふられ続けの人生だから当たり前といえばそうかもしれないが。
まるで自分がちやほやされているようではないか……と考えてはっとする。

「フツウ。」
「え?」
「これがフツウです。さん。この桜木、これまでがおかしかった。」
「は、はぁ。」
うんうんと頷き始める桜木に首を傾げてしまう。
カレーがすぐに運ばれてきて、問いかけるタイミングは失ってしまった。

「お待たせ~。」
「お?」
ご飯だけでなく、ナンも運ばれてきて目を丸くする。
量も大盛りで二人前だ。

「え、大丈夫なの?」
「へへ。ナン失敗して後で皆で食べるかって言ってたやつでよかったら食べる?形歪でしょ。味はおかしくないんだけど。」
「もちろんいいよね?桜木君!」
「頂きます!」
スプーンを持って手を合わせて、桜木がカレーを掬う。
ガツガツと勢いよく食べ始めた。

「うわあ!見てて気持いいくらいがっつり食べてくれるね!」
「私もこういうの見るの好きだわ~。」
笑って桜木を見つめてしまうが自分も食べないとと慌ててスプーンを取った。
ごゆっくり、と言って友人はまた接客に戻っていった。

「お腹満たされそう?」
「はい!もちろん!」
「ナンも食べていいよ。多分私食べきれない。」
「いいんすか!ならありがたく!」

女性の前では本当に大人しくて素直な桜木で笑ってしまう。
量が全然違うのに、桜木のほうが食べ終わるのが早かったのは少し悔しい。

「ごちそうさまです!さて、体育館戻る?」
「ええ。小坊主にボロクソに負けている流川を見に行きますか。」
「ぼ、ぼろくそ……。そうだね、どうなってるか気になるね……行こうか……。」

席を立って会計に向かう。

「……。」
桜木がぽんぽんとポケットを叩いたあと、青ざめた。
「お、おいくらでしょうか……。」
「500円だけど……。」
その様子に、状況を察する。
先ほど屋台でちょこちょこ買って、小銭がなくなってしまったのだろうか?

「先輩がおごります。」
「!!いやしかし女性に、とは……。」
「桜木君はお客様だからいいのー。」
後輩におごったりなどは海南ではなく、いつも割り勘だったから、先輩ヅラ出来るのがちょっと嬉しい。
二人分を払って、廊下に出ると、窓を隔てて桜木軍団の四人がこちらを指差しているのが見えた。

「?」
「なんだあいつら……。」
「いたーーー!!!!!さーん!!!!!」
「え、お。」

声のする方向を向くと泣きそうな顔をしながら沢北が走ってくる。

「逃がすか。」
その後方から追ってくるのは流川だ。
「助けてくださいさん!あいつほんと諦めないんですよ!」
「さ、沢北さん!!」
がばっと抱きつかれて慌ててしまう。
友人のいる店が近くに結構あるし、単純に恥ずかしかったりもして沢北を押し返すが力の差でびくともしない。

「先輩からも言って。見たいよな?こいつのプレイ見たいよな?」
「え、え、そりゃ、見たいけど……。」
流川にも近づかれて、屈んで顔を寄せられて頬を赤らめてしまう。

さんが見たいと言ったら見せる!ふたりっきりでだ!おめえの欲は満たさねえ!」
「ケチな野郎は嫌われるぞ。」
「おめーに好かれる嫌われるの話は語って欲しくねえな!」
「わ、わあ!ちょ、あの!!!」

耳元で怒鳴られて驚いて身を竦めてしまった。
落ち着いてくださいそして離れてくださいと言わなきゃと顔を上げると、むすっとした顔の桜木が沢北の腕を掴んでいた。

「桜木君……。」
「あ?なんだよ?」
さんを離せ。迷惑してる。」
「っ!!あ、すみません!!さん……。」
「だ、大丈夫ですけど、場所を考えて欲しいかな……。」
「はい!」
「で、やるのかやらねえのか。外のコート使えんだろ。」
「流川てめえはほんっとに……!!」

桜木が沢北から腕を離し、今度はの手首を掴む。
突然のことで、は引かれるまま桜木の隣に立った。

「行きましょうさん!我儘野郎の近くにいたら伝染りますよ!」
「え、あ……。」
どこに?と聞く猶予もなく歩き出してしまった。
振り返ると、むうっとした顔の流川と、自分の行いを反省しているような表情の沢北が静かに佇んでいた。
流川は大丈夫そうだが、沢北のことはあとでフォローしなきゃと思いながら、小走りでずんずんと大股で進む桜木の横に並ぶ。

「うふふ。」
「ぬ?あ、すみませ……。」
ぎゅっと掴んでしまっていた手をぱっと離されてしまったので、今度はが桜木の腕に自分の腕を絡める。

さん!?」
「助けてくれてありがとー。すごい嬉しい!!」
「へ、い、いや、と、当然のことをしたまで!」
面白いくらい顔を真っ赤にしてしまう桜木が可愛い。
このでかい図体に似合わない反応なのが余計に。

「桜木君は優しいね。」
「……!!」
口に手を当てて、そっぽを向かれてしまったが、明らかに照れてるだけで嫌がってはいない様子に、言葉を続けてしまう。

「力が強くて頼もしいし。」
「は、ま、まあ、喧嘩では負けません。」
「かっこよかったー。」
「……。」

桜木に限界が来たようだ。
余裕はなさそうだが、の腕を外す手つきは優しい。

「俺には晴子さんがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「おや。」

驚異の瞬発力を披露し、に背を向けて走り出した。

「やりすぎたかな……。」
「あははは!!すみませんお姉さん!!うちの桜木純情なんでお手柔らかに頼みますよ!!」
「あ。」
いつの間に校舎に入っていたのか、後方から桜木軍団が笑いながらやってくる。

「しかし一人置いていくとは花道酷いな。」
水戸はの前に来ると、前に屈んで顔を覗き込まれる。

「尻拭いは俺たちが。というわけでいかがでしょう?」
「え?」
「一緒に回りましょー!文化祭!」

水戸に続いて高宮も待ってましたと言わんばかりにはしゃぎ始めた。

「いいの?よろこんで。」
「よっしゃあ!!」

高宮が拳を握ってガッツポーズをして、大きな喜びの表現に見ているのほうが嬉しくなる。

「うふふ、なんだかモテモテみたいで嬉しい。」
「ええ!!マネージャーさんがモテないとかここの学校の男共は何してんだ!?」
「えええもう嬉しい!高宮くん何が見たい~?それとも食べる?ほら行こう~!!」
「おおおうこの高宮!本日モテ期だ!!!」
は高宮の背後に周り、楽しそうに背を押して二人で進み始めた。
先輩なのに、その無邪気さに水戸も微笑んでしまう。

「はは。男の問題じゃなくてマネージャーさんの鈍さの問題かもなあ。」
「晴子ちゃんとどっちが上だ?」
野間に問われて首を傾げるしかない。

「見た感じどっちもどっちかも?」
それを聞いて大楠は可笑しそうに笑う。

「あはは!花道はときめく相手はいっつもそんな感じだな~。」
「仕方ない仕方ない。さて、どうやらマネージャーさんは世話焼きっぽいから俺たちは負けじと男の甲斐性見せねえと。」

おー、と気合を入れて、二人を追う。
あとで花道に羨ましがられてしまうのは覚悟して。