藤真さんと観劇
「えっ!?」
「えっ!?なんですか、藤真さん。」
ただ歩いていただけなのに、藤真に驚かれて困ってしまった。
制服に着替えたからだろうか、と思ったが、いつまでもコスプレというのも恥ずかしいし、バスケ部の時間も終わったし、普通のことだと思ったが。
「なんで一人でいるの?」
「なんでと言われましても……今、体育館で椅子運び手伝ってて、終わったばかりで。藤真さんこそ。」
「俺はちょっと休憩。騒がしいのは嫌いじゃないけど海南と湘北の奴ら揃うと半端なくて。」
「あはは。」
バスケ部の体育館使用時間は終わってしまい、それでは物足りなかった海南、湘北のメンバーは場所を変えてまたバスケを始めてしまった。
沢北も連れられて行ってしまい、ひと段落したら合流しようと約束していた。
「しかもちゃんいないから友達といるのかと思ったら一人とか……。あいつら気が利かねえよなぁ本当に。」
「私、一人でも大丈夫な人ですよ。一人でショッピングとか行きますし。お気になさらず。」
「せっかくの文化祭なのに?」
「誰かとご一緒できるなら嬉しいですけど。」
「じゃあ俺と回ろうか?」
「いいんですか?」
「もちろん。案内してほしい。」
「やったー!!」
こういうところが可愛すぎなんだよなぁ、ちゃんは、と思って笑ってしまう。
普段は控えめなのに、こういうときは大袈裟と思うくらい、でもわざとらしくなくて本心で喜んでいるから誘い甲斐がある。
が持っていたパンフレットを開き、藤真に見せる。
「見たいものとか食べたいものありますか?」
「劇が気になってるんだよね。」
「あぁ。ちょっと離れてるけど、ここからなら会場近いですよ。」
「案内してくれる?」
「はーい。」
「よし。はい。」
「はい!?」
藤真が軽く左肘を曲げて、右手でぽんぽん自分の左腕を叩く。
「エスコート。」
「て、手を、添え……?」
「何してんだ!って言われて、ちゃん放置してる方が悪いって言ってやりたい。」
「藤真さん優しすぎなんですよー。」
絡めるのは恥ずかしくて、ただ手を置くだけさせてもらう。
「藤真さんは観劇好きなんですか?」
「プロだとさ、チケット高いからなかなか行けないけど、ステージで、目の前で演技見るのってやっぱ感動する。」
「へえー。でも藤真さんて監督さんだから、お話の構成とか見せ方とかの方が気になってそう。」
「え、ばれてる。」
「あっ!そうなんですか!当たったー!」
「ここでこう持ってきてこういう展開か、面白い、とか考える。バスケでもさ、ここであいつ入れてこういう流れにもっていきたい、とかあるからさ。よく分かるな。ちゃんは頭良いの?」
「並みです!」
「じゃあ観察眼が優秀だ。」
にこっと藤真に笑いながら褒められて心臓がどきどきしてしまうのはもう仕方ないと諦めが入ってるだった。
しかし、プロの舞台を観に行ってるとは、うちの演劇部頑張れと思ってしまう。
「会場ここです。」
「結構人入ってるね。どこ座る?」
腕においていた手を離し、靴を脱いで、スリッパに履き替える。
ぽつぽつと空いている椅子があり、藤真の後ろを着いていった。
後方だが全体が見やすそうな位置に座る。
「ロミオとジュリエットだって。」
「メジャーですね。あ、でも私舞台は見たことないです。」
「学生演劇だ。簡単にアレンジしてるかもしれないし、見たまま楽しめばいいんじゃないかな。」
「はい。」
雑談していると開演時間になって照明が暗くなる。
劇が始まると、藤真は、お、と感心したような声を出した後、静かに見始めた。
は藤真の反応がとても気になってしまったが、感想を求められるかもしれないと思い、集中して見ることにした。
劇が終わり、拍手をして、藤真はふう、と息をつく。
「どうでしたー?」
「うん。テンポ良かった。役者も綺麗だったし。衣装はいまいちだったけど。」
「予算の問題ですかね。大目にみてやって下さい。」
ゆっくり立ち上がって、出口へ向かう。
「みんなのところ戻ります?」
「ちょっと腹減ったんだけど。」
「じゃあ何か食べましょ!」
「えーうそー藤真さんてこんなの食べるの信じられなーい!ってちゃんが思うもの食べたい。」
「なんでですか!?」
「俺には分かる、ちゃんの中の俺のイメージは良すぎる。積極的に破壊していきたい!」
「そ、そんな!酷い!ひど……?酷いんですかそれは藤真さん!それすらもよく分かりません!」
「肉ないか肉!漫画肉みたいなやつ!!ワイルドに食えるやつ!!」
「落ち着いて下さい藤真さん!!」
靴に履き替えるとずかずかと進んでしまう藤真に慌ててついていく。
とりあえず男らしく思われたいようだというのは伝わったが、今のままで藤真は十分魅力的だと思ってしまう。
藤真に追いつくと、の持っていたパンフレットに触れてきたので、素直に渡す。
ぱらぱらとめくって、藤真が項垂れてしまった。
「くそっ……!無性に甘いものが食べたい……!チュロス食べたい……!」
「わーいわーい行きましょ藤真さーん!!」
素直に食欲に負ける藤真が可愛くて、は喜んでしまった。
無理はしなくていいのにな、と思う。
屋台に着いたらチュロスを2つ買って、歩きながら食べる。
初めて見た舞台だったが、素直に上手いな~と感じてしまったのが抜けなくて、またパンフレットを開いて演劇部の紹介を見た。
「ああ。うちの演劇部、昨年、大会でいいとこまでいってるんだそうで。」
「知らなかったの?」
「バスケでいっぱいいっぱいです!」
「そんな自信満々で言わなくても。死ぬシーンは切ないなーって思っちゃったな。」
「悲しいですね……。ロミオさんとジュリエットさんが死んで両家は和解ってうのもなんか……。」
「もし俺たちだったらさ。」
「ん?」
藤真がニコニコと笑っている。
楽しい遊びをを思いついた子供のようで可愛らしく感じた。
「俺とちゃんが恋に落ちるも両チームは因縁のライバル同士、許されないってか。そりゃ逆に燃えるわ。」
「な、何を言い出すのですか!」
「駆け落ちしようとするも失敗して、俺とちゃんが死んで両チーム和解……。」
腕を組んで目を閉じて、ストーリーを組み立てているようだが、動きがぴたりと止まる。
「和解……しないわ。するような奴らじゃないわ……。」
「むしろ戦争じゃないですか。うちの藤真をたぶらかして!!って。」
「俺だって、うちのを誘惑しやがってって言われちまうわ。」
もぐ、と同じタイミングでチュロスを頬張って互いのチームメイトを思い出す。
特に翔陽は、海南を目の前にすると闘争心をむき出しにしてくるのでちょっと怖い。
「ふむ……。」
藤真が食べ終わって立ち止まり、包装紙を丸めてゴミ箱に向かって投げる。
綺麗にぽすんと入るのをも目で追った。
少し噛むペースを上げて、同じくチュロスを食べ終えた。
藤真がゴミをの手からつまみ上げて、また丸めてゴミ箱にシュートする。
「ありがとうございます。」
「良い子は真似をしないように。」
「あはは。」
また歩こうとしたが、藤真は止まったままだったので、も一歩踏み出しただけで止まる。
「藤真さん?」
行きましょ、と腕を引こうとしたが、逆に手首を握られてしまった。
まっすぐ、穏やかな笑みで見つめられて、どきりと心臓が高鳴る。
「……ちゃんが海南の名を捨てても、この愛らしい姿に変わりはないはず。」
「!!」
ロミオとジュリエットのセリフを真似してまた遊んでる、と笑うべきところだったのかもしれないが、藤真の声にふざけた感じがなくて、反応に困る。
「え……?」
一歩、藤真が歩み寄って屈む。 耳元に口を寄せて、呟かれる。
「海南の名を捨てて、俺を受け入れて。」
「……!!」
言葉だけでも顔を真っ赤にしてしまったが、それで終わりではなかった。
ちゅ、と音を立てて、耳に柔らかいものが当たる。
「ひえ!?」
「お、可愛い反応……。」
驚いて離れようとしても、手をしっかり握られたままで動けなかった。
「ようし、ちゃん。」
「え、え、え……。」
藤真の後方に、自分たちを見つけて手を振る清田の姿が見えた。
「さーん!藤真さーん!牧さんが呼んでますよ~!」
「逃げようか。」
「え!?」
「あ!?」
清田の声をしっかり聞いたあと、藤真がの手を引き走り出した。
「え!?ど、どこ行くんすか!?」
「ごめん清田君!私にも分からない!!!」
「俺にもわかんねーから牧によろしく~!」
「どういうことっスか!?」
慌てる清田と楽しそうな藤真の顔を交互に見て、どうしたらいいか分からずオロオロしてしまう。
校舎の角を曲がると、追いかけようか悩む清田の姿が見えなくなった。
「ちゃん攫って翔陽帰っちまうのもいいかな~。」
「スパイ来たって言われます!」
「俺がちゃんを守れないとでも思ってるの?」
自信満々で強引な王子様に笑ってしまった。
「あはは!藤真さん肉食べてなくてもワイルドに見えてきましたよ!」
「マジで?やった。楽しそうにしてくれて何より。ちゃんは多少強引なのもお好きと。俺覚えた。」
「えー!?あんまり振り回されるのは嫌ですー!」
「そんなに笑ってるのに?」
「だってなんだか楽しくなって!」
戻ったら、牧さんに、藤真さんと駆け落ちごっこしてましたと言ったらどう思われるかな、と想像する。
怒られるかな、それとも嫉妬してくれるかな?
「なんか余裕そうだけど?」
「!」
校舎裏に来たところで、藤真が身を翻す。
「俺は結構本気なんだけど。」
「!」
藤真が目の前で屈んだと思ったら、脇と膝にに腕を通され、持ち上げられる。
いわゆるお姫様だっこの状態に、目を見開く。
「わぁぁぁ!?」
「あっやばい!ちゃん俺の首に腕回して!くっついて!」
「ええええええ!」
「俺の腰がやばい!」
「ふ、藤真さんの腰ーー!!」
ぎゅう、と藤真に密着すると、安心したようにふう、と息を吐いた。
「……よし、これならいける。」
「重くないですか……。」
「身体離されなければ大丈夫だから、くっついてて。」
「はい。わぁぁ……乙女の憧れお姫様だっこ~~。」
藤真を見上げると、端正な顔で優しく微笑み、まさに王子様だった。
見惚れそうになるのを必死に耐えていたが、それは藤真自身がぶち壊す。
「はーっはっはっは!ちゃんは貰った!じゃあな海南!!」
「あれ!?王子様じゃなくて怪盗でしたか!?」
そして裏門から本当に海南を出てしまったので慌てる。
「愛の逃避行はどこがいいかなちゃん!?」
「ふ、藤真さんの腰が大丈夫な範囲で……!じゃあすぐそこの公園で……!」
「俺を甘くみないでくれるかな!!落とさなから安心して!」
「でも恥ずかしいです~!」
「はは。俺もちょっと恥ずかしい。海南戻ったら、牧さんがぼけっとしてるから私、藤真さんのものになっちゃった……って牧に言っといて。」
「嫌です!!!!あと私海南の名前は捨てませんから!」
「つれないな~。じゃあ公園までは俺のものってことで。」
翔陽じゃなくて!?と思ったが口には出さないでいた。
うん、翔陽じゃなくて、とにっこり微笑まれたら恥ずかしくて暴れてしまいそうだ。
「ああ。一気に公園に到着したくなくなった。」
「ええ。藤真さんが心配なのもあり早く降りたいです。」
「せっかく俺がお姫様だっこしてるのにそのドライな反応!」
「ひい!ごめんなさい!そうは言ってもかなり照れてますよ私!」
藤真にぎゅう、としがみついて顔を隠すと、ふふ、と笑われてしまった。
「そういうところが好きなんだけど。」
「あ、ありがとうございます……。」
「私も藤真さん好きって言ってくれないと下ろさないよ。」
「藤真さん!どこまでふざけるんですかああ!!」
「本気だって言ってるのに。」
公園まであと10mもない。
さて、着いたらこの子どうしてやろうかなと考える藤真の顔はあまりに無邪気なものだった。