沢北さんを軽率に誘う
「お……おかしい……。」
ぜえはあと息を荒げながら沢北は涙目で校庭にあるバスケのコートに立っていた。
文化祭を楽しみに来たのに、流川に絡まれて1on1やらされて、そのプレイを見た牧や藤真にその後絡まれて体育館が使えないから外でと案内されて即興チームで試合が始まった。
「い、いや、牧さんと同じチームとか楽しいんですけど……。」
「さ、沢北さん……頑張れえ~!!」
「ありがとう!さんの応援に徐々に同情が含まれてるの察してます!ありがとうさんが癒し!!!」
牧も藤真も全く悪意なく、折角だから一緒にバスケやりたいという純粋な気持ちだから断りづらすぎる。
「じゃあ次でラストにするか!」
「はい!」
牧の声に沢北が勢いよく振り返って手を挙げる。 パスをもらって、一瞬で終わらせてやると身構えた。
そのとき、ギャラリーから黄色い声が上がる。
「きゃーかっこいいー!」
「ん?」
ギャラリーが増えていて、ずっと見ていた私服の女の子達から沢北に歓声が送られた。
「俺はさんの応援しかいらん。」
「どあほう集中しろラストだぞ。」
対峙する流川が目を鋭く光らせる。
「てめーこそ。へばってんじゃねえぞ。」
も歓声を送った女の子達に視線を向けてしまった。
あの人誰?何年生?と海南生徒に聞き始めている。 確かにブロックしまくるわアリウープするわ攻守ともに活躍する沢北はかっこいい。
女の子に囲まれたりすると沢北さんも嬉しいのかな……?とはぼんやり思う。
最後は流川と桜木のブロックを引きつけた沢北が神へパスを出し、スリーポイントが決まった。
なんで勝負しねーんだ!と桜木に指を差され、空いてる奴いたらパスするだろ、と冷静に返していた。
「お疲れ様です。」
はコートから出てくるひとりひとりに声をかける。
そして案の定、沢北が女の子たちに囲まれるが、困ったような笑顔で返してすぐに輪から抜け出てくる。
ちなみに流川はいつの間にやら来ていた親衛隊に守られていたので誰も声をかける人はいなかった。
「やっと終わった……。」
「お疲れ様です沢北さん!ドリンク買ってきたんですけど、なにか飲みます?」
「あ、じゃあポカリを。」
缶を受け取り、ごくごくと上下する喉に視線が向かってしまう。 飲み終わると、こちらを見た沢北と視線が合ってしまって、私は何を見つめているんだ!と、は動揺してしまった。
その態度を不思議がりながら、沢北は校舎の時計を見て目を丸くした。
「時間……!」
「あ、帰らないとです?飛行機……?」
「いえ、新幹線なんで交通は大丈夫なんですが……さんとあんまり一緒に過ごせないじゃないですか……文化祭何時までですか?」
「あと1時間……。」
「1時間!!!!!!」
沢北が頭を抱えてうずくまる。 しかしすぐがばっと勢いよく起き上がる。
「フィーリングカップルってなんですか⁉」
「あーあの出し物興味あります?男女5人ずつでお見合いみたいなことするそうです。」
「想像と全然違った!!しかし俺はそういった状況下でもさんと一緒になれる自信があるぞ!!」
「!」
どんな想像してたのだろうと気になるが、大きい声で真っすぐにそう言われてはも動揺する。
「なんか……相性見てもらえるのかと思ってた……。」
「占いならありますよ?お遊びだと思いますけど行きます?」
「いいんですか⁉行きます!」
ぱあっと笑顔になる沢北に神が近づく。
「沢北さん。」
「あ、なんすか!文句言わせませんよ!」
「汗くらい拭いて行ってよ。」
「あ。」
制汗スプレーと汗拭きシートを渡され、ぺこりと頭を下げた。
更衣室に寄って沢北は汗を拭き、はジャージを羽織って占いに向かう。
ブースは3組順番待ちをしていて、人気なんだ、とは驚いていた。
「楽しみだな~。俺占い自体初めて。」
「私悪いこと言われたらどうしようって思っちゃってドキドキするんだけど……。沢北さん堂々としてますね。」
「は?何言ってるんです?俺とさんの相性悪いわけないでしょ。」
「そんな自信満々に……」
これはバスケで見せる自信とかとは全然別、と沢北が笑う。
「相性悪かったら、とっくに連絡途絶えてるんすよ。」
「あ。」
「秋田と神奈川、今じゃアメリカと日本っすよ。」
照れたような笑みを浮かべ、沢北がの手に触れる。
「だからそこは安心して。」
そして手を握られる。
順番が来て、手を握ったままブースへ案内された。
内装はアジアンテイストの布で覆われ、黒い衣装に身を包んだ人物と対面する。
「来たなバスケ部。」
「お知合いですか。」
「隣のクラスですね。」
「所詮学生の占いと馬鹿にしないでね。3か月修行しました。」
「そんなに。」
「それもこれもバスケ部のプレッシャーのせい。なんだ17年連続全国って。昨年の文化祭まじでなにめっちゃ注目されてうちの担任がああいうの良いなあってずっと言ってた。」
「おお。さすが海南。文化祭でも手を抜かない。」
「その様子は他校生ですか。がお世話になってます。」
「あ、いえいえ。」
「前置き長いな。」
「しかし占い大繁盛。口コミちょう広がってる。帰宅部でもめっちゃやれるところ見せてやんよ。」
「海南って負けず嫌いしかいないんですか?」
「そうでもないはずなんですけどね……。」
手相とカード占いを組み合わせて占うと言われ、沢北が照れながら、相性見てください、と申し出る。
おや、とニヤリと笑われ、は照れを隠しながら、真面目にやれよ、と睨みつける。
「……ふーん?今遠距離?」
「え。」
「そうっす。」
占いが始まると的確な事を言われてしまい、何も言ってないのに、とが動揺する。
「相性いいじゃないですか。支え合ってる感じ?」
「え?」
沢北が首を傾げる。
え、それは私思い当たることあるけど沢北さんには無いの⁉私だけ⁉と視線が泳ぐ。
「今のままでいいと思います。言って欲しいことや言わなくていいことの感覚が合ってるので一緒に居るとのんびりできるんじゃないですか?今はお互い同じくらい好き合ってるようだし、まあ、多忙みたいなんで連絡途絶えないように気を付けてさえいれば……」
ずっとカードに視線を送っていたのを二人に向ける。
沢北もも硬直している。
「ええ……。何その反応やり辛いよ……良い結果には喜べよ……。」
「え、あ、え⁉いや、喜んでますよ…⁉ありがとうございます‼」
「想像よりやるなあ帰宅部!!感心したわ!!!」
二人とも、あはははと無理矢理笑い声を出す。
沢北の脳内は同じ言葉が反芻する。
(え、さんが俺と同じくらい?同じくらい好き合ってる?同じくらい?)
の脳内は文句をひたすら繰り返す。
(なんだよもっと無難な可愛い占いにしてよ3か月も修行するんじゃないよ!!!!!)
「あ……もう時間なんだけど……ほかに聞きたいことあった?」
「ない!!大丈夫十分ありがとう!」
「ありがとうございました!!」
「わあ~。体育会系の勢い良いお礼だ。」
ばっと頭を下げてすぐにブースから退出する。
「思ったより早く終わったので、何か食べ物とかどうかな……?」
初めての占いどうでした?と話しかけることは出来なかった。
「えっと……そうっすね……」
沢北も占いの言葉が気になるが、あの内容をここで深く掘り下げるのは恥ずかしい。
ぎこちない反応に、はまずいどうしよう会話しにくくなってきた、と困惑した時、携帯が鳴る。
「あ……牧さん。ちょっとすみません。」
「どうぞ!」
その場で電話に出る。
牧から今どこだ?とのんびりとした口調での言葉が出て、は安心してしまった。
「はい、今校舎の方にいて。はい。沢北さんと。……え!あ、じゃあ体育館に向かうんで、聞きながら。はい。」
の顔が笑顔になる。牧さんと何話してるんだろう、と気になってくる。
携帯を切ると、沢北の腕を掴む。
「ん?」
「もし良かったら、この後のバスケ部だけの打ち上げに沢北さんもどうかって牧さんが!」
「え?いいんすか?」
「お金はこっちで出しますし、せっかくだから沢北さんが日本で食べたいものあればそこ行こうって話になってるっぽくて。お時間あれば……。」
「海南優し!!!」
「牧さん達も沢北さんのお話興味津々みたいです。途中抜けなきゃなら、私駅までお送りします!」
「そんなことまで言われたら最後までいます。俺も話聞いてもらいてえかも。」
調子を取り戻し、自然な笑顔で話しながら体育館へ向かう。
「何食べたいですか?」
「なんでもいいんすか?でも俺一番食べたいの白米だなあ……。うーん……。」
「じゃあ団体で入れるお店いくつかこっちで調べるんで、そこから選んでもらう感じでもいいですか?」
「あ、それ助かるな。」
すぐに牧に連絡を取るを見つめる。
(さんにとっては今の会話、特別でもなんでもない普通のことなんだろうな。)
ふと思い出してしまう。
中学でどうしてもとお願いされて行ったデートで、なんでもかんでも沢北君決めて、と言われてしまったときのことを。
それが良いって奴もいるんだろうが、俺みてえなバスケ馬鹿に店やら服やら言われんのきつかったな。
「!」
話し中のの手をとって握って、体育館へ歩き出す。
不思議そうに見上げるの視線に笑顔を向けると、首を傾げながらもも笑顔で返した。
「じゃあ私は沢北さんを送るので。」
「今日は本当にありがとうございました!」
「沢北を送るを送ろうか?」
「牧さん空気読んでくださいよ!俺の貴重なさんとの時間を!」
「え……そうか……すまない……。」
座敷のある店で定食を食べながら騒ぎ、解散となった。と沢北は店の前で帰っていく海南メンバーに手を振る。清田はきょろきょろと何度も振り返っていたが、神に背中を叩かれて前を向く。
「うわ~楽しかった。ありがとう。和食美味かったし。」
「よかった。じゃあとりあえず駅向かいます?」
「あ……あの、さん。」
「はい。」
沢北が腰に手を当てて項垂れ、言葉に詰まる。
「なんでも言ってください。」
「……この辺って泊る所ある?」
「え?」
「途中までは行けるんすけど家までは難しい時間で……。テツ……親父に迎え来てもらうってのもありますけど今はおふくろと居て欲しいしで明日帰ろうかなって……。」
「え!時間言ってくれれば合わせたのに!」
「牧さんの話参考になりすぎて去りにくくて。後悔は無いっす。」
埼玉の私たちの状況になってたわけだ。気付けなかった。
「あ、じゃあうち泊まればいいじゃないですか。」
軽い口調で沢北に提案する。沢北は目を丸くして固まった。
「え……。」
「大丈夫です。うち今誰もいなくて。」
「なんで⁉」
「あ……うちはうちでその、母方の祖母が膝痛めちゃって。今日父と母が病院連れてって、泊りがけで家のことしばらく何もしなくても大丈夫なように掃除とか食事とか庭の事とかやって明日の午後帰ってくるんで。」
「ああ~~ちゃんとした理由だ!!!!」
「海南の皆で夕ご飯まではスケジュール決まってたので寂しくなかったんですけど、沢北さん来てくれるなら嬉しいな。もっとお話ししたい。」
「う……。」
頷きたい気持ちしかなかったが、純粋に微笑むを見て、大丈夫か、俺大丈夫か?と自問する。
「明日早く出るのに、東京で泊まりたいとかあれば諦めるんですけど……。」
「!」
しゅんとするを見てはっとする。
ここまで言わせて断るなんて出来るか。
「じゃあ、お願いします……!」
言葉が震えてしまったが、はにこーっとご機嫌そうに笑うだけだった。
こっちです、と案内されて歩き出した。
「いらっしゃい沢北さん。キャリーそこに置いておいてください。拭くもの持ってきます。」
「お邪魔します。ありがと。」
スリッパを出して、洗面台を案内する。手を洗い、トイレも借りて戻るとの姿がない。 名前を呼ぶと玄関から声がして、覗くとがキャリーケースを拭いていた。
「わ、ありがとう、さん。」
「いえ!ソファ座っててください。終わったら運びますんで。」
「いいよそんな。重いし。」
沢北が小走りで近づいて、拭き終わったキャリーケースを運ぶ。
リビングの広いスペースに置いて、荷物を取り出す。
「さん、お土産あげる。」
「え!お土産!?何ですか?」
「ルームフレグランス。良い匂いだったんで。」
「わあ!ありがとうございます!」
早速開封して空間にワンプッシュして、は匂いを嗅ぐ。
「わ、外国の香りって感じ!華やかだね元気出そう~!今日から使うね。」
「でしょ!俺も同じの買っちゃった~。」
「おそろいだ。」
ふふ、とが嬉しそうに笑う。
深津さんと河田さんに、それは気持ち悪いんじゃねえかと電話で言われてしまったがさんを信じてよかった~!
俺の部屋とさんの部屋が同じ匂いすると思うと、嫌なことあっても元気になれるじゃん。
「寝る場所の準備するんで、その間にお風呂入って貰ってもいいですか?」
「え、手伝うよ。」
「でもすぐ出来るし……私の部屋の隣が空いててそこにベッドあるんで。」
「さんの隣の部屋……。」
言葉を噛みしめてしまった。
寝間着で、入る扉の前でおやすみと言い合って部屋に入って寝るのか……。
青春っぽい。すごくどきどきの青春。
「?あ、一緒の部屋の方がいいですか?」
噛みしめたのをは勘違いする。
「はあああああああ!?ななななにを言い出すんっすか!!??」
「え、慣れない家で寂しいのかと……。」
ま、ま、まって?俺結構さんへの好意出してるよね?
一緒の部屋でいいって、無防備なのか手を出していいということなのか受け取り方に困ってしまう。
「ちょっと今日……さん積極的ですね……。」
「積極的……。」
もしかして、あの占い合ってたのかな。久しぶりに会えて喜んでくれてるのかなと照れてしまって下を向く。
はふと、女の子に囲まれる沢北を思い出した。
もしかして私嫉妬した……⁉
「……じゃあ、寂しいんでさんの部屋で。」
「あ、はい。じゃあ沢北さんベッドで、私布団用意します。」
「いえ俺布団でいいっす。寝るまで話せますね。」
へらっと笑う沢北に、がこくりと頷く。
「お風呂の準備しますね。タオルもパジャマもうちの使ってください。」
「さんの親父さん大きいの?俺着れるやつある?」
「甚平あるの。謎にもらった京都の甚平。沢北さん絶対似合うから。」
「まさかそれは坊主だからという理由で……?」
「そ……それもある……。」
「素直。」
別の部屋に行くの背を見送る。
そういや海南の人めっちゃくちゃおしゃれな髪型してる人いっぱいいたな~……
ああいう奴ら見慣れてると坊主ってどうなんだろう。
快適すぎて伸ばす気にならんのだけど……もしさんに伸ばして欲しいと言われたら俺伸ばす……?
「うーん……。」
「沢北さん?」
「あ!はい!」
「これ。」
がすぐに戻ってきて、タオルと甚平を差し出してきた。
「ありがとう。」
「えーっと今お風呂お湯溜めてて……私ちょっと部屋掃除してくるんでくつろいでてください!」
「はい。ちょっと荷物整理させて貰うね。」
キャリーケースを開ける。
歯ブラシや下着など今から使うものを取り出した。
「……。」
一枚のDVDも手に取って、手提げ鞄へ入れる。
可愛い音のメロディが鳴る。
が二階からひょこりと顔を出し、お風呂の準備できた音です、と声をかけられた。
「じゃあお借りします。」
「はーい。ごゆっくり!」
ゆっくりできるかな……さんが毎日入ってる風呂なんだよな……と一瞬考えてしまい、深呼吸する。
落ち着け、ご家族も入ってるぞ!
衣類を脱いで、浴室に入ろうとしたときに声がかかる。
「沢北さん。」
同時にドアをノックされてびくりと反応してしまう。
「え⁉あ、はい⁉あの俺もう全裸で……!」
「あ、いや、開けませんよ。洗面台の下の扉開けて右側に入浴剤あるんで使ってください。」
全裸とかいらん事言った!!!と沢北は赤面する。
「ありがとうございます……。」
「おすすめは緑色の薬湯!あったまるよ!」
そう言ってがドアの前から離れていく気配。
戸を開けると複数の入浴剤があった。
「ラベンダーとかベルガモットとかもあるのにおすすめ薬湯……渋い……。」
家に上げた男に渡すのが甚平なのも渋い。親近感出る。最高。好きです。
「……。」
はまた2階に上がってカーペットに掃除機をかける。
「…………。」
全裸と言われてさすがに恥ずかしい。顔が赤くなってしまった。開けると思われたのかな。
沢北が風呂から上がってリビングへ向かうと、はソファに座って水を飲んでいた。
「あれ?ドライヤーの音しなかった。」
足音で気付いたが視線を向ける。
ダークネイビーの甚平は沢北に良く似合い、肩にかけた白いタオルも相まって山王のユニフォーム姿を思い起こさせた。
「ドライヤーいらねっすよ。すぐ乾く。」
「え!そうなんですか!」
頭をタオルでわしゃわしゃと拭きながら、に近づき、隣に座る。
「甚平着心地大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ゆったりしてるやつっすね。」
「よかった。すごく似合ってる~ふふ。」
隣で見上げながら嬉しそうにふふ、と笑うのまじ可愛すぎなんですが?と沢北が指を顎に当てて真剣な顔をする。
「え、どうしました?」
「あ、いや!ええと、おすすめ薬湯あったまりました。」
「でしょ!私も入ってきます。何か飲む?」
「あ、じゃあ水欲しいっす。」
が冷蔵庫からミネラルウォーターをコップに注ぐ。
沢北に出すと、テレビでも見ててください、と言ってすぐに風呂場に向かって行った。
あまり一人で待たせるのも悪いかなと思い、は急いで髪と身体を洗い風呂に入る。
「……。」
あ、これ沢北さん入った後のお風呂だ、と意識してしまった。
「~~~~~。」
一気に顔が赤くなり、ざばっと勢いよく風呂から上がった。
ドライヤーをしながら何度も大きく呼吸をして、平静を取り戻す。
「お待たせしました!」
「早かったっすね。気ィ使わせちゃった?」
「いえいえ。お客様一人で待たせるのも悪いので。」
沢北が見ていたのは株価のニュースだった。
「株価……ご興味が?」
「あ、いやなんか、色々見てて、興味は別に……」
沢北は沢北で、風呂上りか、風呂上がりのさんが来るのか、やばくね?可愛いんじゃね?頬がほんのり赤かったり?俺とおんなじ匂いがするのか?やばくね?と考えてしまってテレビの内容は全く頭に入ってきていなかった。
冷蔵庫へ向かい、水をコップに注ぐの姿を横目でちらちらと見る。
ルームウェアが女の子全開のふわふわしているやつだ……。
突然来たんだから狙ってるとかじゃなくいつもこれなんだよな……?長袖長ズボンなのがマジでリアルだし。
乾かしたばかりでいつもより髪がぼさぼさしているのもナチュラルだし表情も学校より気が抜けてる感じで可愛い。
凝視したいけど落ち着け俺。コスプレじゃねえし二人っきりだし、普段着をじろじろ見るのはやべえ気がする。
ぐるぐる考えていると、コップとペットボトルを持ったが沢北の隣に座る。
シャンプーのフローラルな香りを強く感じる。
落ち着け俺。さんにかける言葉なら用意してある。
「「あの!!」」
お互いに同時に声を出してしまい、顔を見合わせる。
「あ、なんすか?」
「沢北さん先にどうぞ。」
「いやさんのほうが。」
お互いに譲り合ってしまった。仕方ない。こちらから言おう。
「「バスケの試合見……!!」」
思ったことも言い出したことも一緒で目を丸くする。
「あはは!」
あまりの一致に沢北が口を手で押さえて笑う。
「じゃあ見ましょっか。」
も目を細めて笑った。
「俺の試合、見てくれません?」
「え!あるんですか?」
ソファの横に置いた鞄から沢北がDVDを取り出す。
「さんにも色々話聞いてもらってんで、現状報告。」
「嬉しい!」
「そんな期待しねえで見てくれると。」
沢北からDVDを受け取って早速再生デッキへ入れる。
映像が始まると、ジャンプボールのシーンからだった。
「え!沢北さん最初から出てる!」
「このときはね。」
体格の大きいメンバーに囲まれて、沢北がポイントガードをこなしていた。
が一気に集中して試合を見だしたので、マネージャー脳に切り替わったのかな、と沢北は横目でを見ていた。
そんな真剣に見てくれるのは嬉しい。
「凄い、沢北さん。」
「ん?」
「速い!基礎練も多いって言ってましたもんね。キレが増してる。」
「地道にね。今でも悩んだ時は堂本監督にアドバイス貰ったりしてます。」
「へえ!」
「頼もしいっすよ。」
沢北のアシストから仲間がフリーでスリーポイントを放つ。
「うまーい!沢北さんのパス!」
「シュートじゃなくて?すっげー褒めてくれるねえ。」
「コミュニケーション問題なさそうですね。」
「それはさんのおかげ。」
「え、私英語教えてない……。」
「最初舐められててあんまパス貰えなかったんですけど、さんが食事とかのアドバイスしてくれたっしょ。」
「アドバイス……っていうか勉強したら楽しくてただ語っちゃった感あるけど……」
「はは。俺も納得の語りだったからさ、参考にしたらまじで筋量増えたんすよ。当たり負けしねえ場面増えて。練習と勉強こなしながらすげえじゃんって認めてもらえたっつーか。」
「!」
「さん介さなかったら牧さんともこんな話せてねえと思うし。」
「お店で牧さんと何話してたんですか?熱心に聞いてましたよね。」
「牧さんの今後の話とか聞いてる?」
「今後?海南大行くことと、部活引退時期は聞いてます。」
「言っても問題ないと思うんで言っちゃうと、海南大でもバスケするって。経営学学ぶって言っててさ、牧さん卒業後はサラリーマンになるんすか、って聞いたら……」
自分より沢北の方が牧の将来の事突っ込んで聞いていることに動揺する。
山王でも深津、河田が残っていると聞いているから気になるのかもしれないけれど。
「日本でプロバスケチーム作って、プレーしながら運営にも関わってでかく出来たらいいよなって……」
「牧さんが!?」
「牧さんなら出来そうな気がしません?俺ぜって~深津さんと河田さんにこれ言うから。刺激受けると思う。」
「すご……。そんな話聞いたことなかった。沢北さんだから言ったのかな……。」
「そっすね……。やるからにはNBA!って思ってるんすけど、それ聞いたら、日本に戻ったら戻ったで楽しそうって思って。」
「それって……皆がオリンピック出たり……?」
「そう!日本代表で!」
「わあ……!」
目を輝かせてしまう。皆なら勝てるんじゃないかと期待してしまう。
「今は先が見えねえでただ必死なんですけど、道は一つじゃねえって思えたら俺のメンタル安定しそう。すごい収穫。」
試合は休憩に入った。後半は交代しているが、そのまま見るかどうかはの判断に任せようと黙っていた。
「……占い、当たってなかったっスね。」
「え?何て言われたところが?」
「支え合ってるって。俺が支えられてばっかりだな。」
は沢北の顔に視線を向ける。テレビの方を向いて、焦点はどこか遠くを見ている。
沢北の手に自身の手を重ねると、すぐにの方を向く。
「沢北さんが海外で頑張ってるって思うと私も嫌な事あっても頑張ろうって思えるよ。それじゃ理由弱い?」
「!」
きゅ、と細い指が沢北の手を握る。はまっすぐ沢北を見つめる。
沢北も大分の性格を掴んできている。
ここは、俺の本音をしっかり伝えるべきところだ。
「弱い。」
「ッアーーーーー!!!弱いかあ~~~~!!雰囲気で押せるかなあと思ったんですけどダメでしたかそうですよね~~~!でもまって!タイム!私が沢北さんに支えてもらってること言語化が難しいの!」
「あはははは!!!雰囲気で押さねえでくださいよもう!空気作り上手かったけどね!」
作戦が見破られたは沢北から手を離して腕を組んで顔を顰めて悩み始める。
態度の急変に沢北は笑ってしまった。
「でもとりあえずネガティブなことは考えたことないかも。沢北さんのお話面白いし、沢北さんのことがあるから深津さん達とも連絡とれて楽しいし……」
「えまってなにそれ深津さん達と連絡とってんのなにそれ初耳なんだけどちょっとまって」
「あ、深津さん言ってないんだ?じゃあ言わないでおきます。」
「遅いよ!!!???もう遅いっすよなに気になっちゃうじゃん!!俺の変な事聞いてない⁉いや変な事とかしてないっすけど別に!?」
「言わないでおきます。」
「意思が強い‼」
沢北が頭を抱える。深津さんたちって河田さんも?会ったら聞かなきゃ、と考えていると後半の試合が始まる。
「沢北さん交代だ。」
「見るのここまでにする?」
「最後まで見たい!ベンチの沢北さんもチェックしよ~!」
「そこはあんまりチェックしないで……。」
真剣に試合を見始める横で、沢北はこめかみを抑える。視界の端でそれに気づき、はすぐに沢北の背に手を添えた。
「頭痛!?あ……もしかして時差ボケ……?」
「うん、ちょっと。」
「すみませんそうだ…!時差ボケの事調べたのに私……もう寝ましょうか?」
「でもせっかくさんと二人きりでいちゃいちゃできるチャンス……」
「寝ましょう!」
「ばっさり切られた……。でも試合見てよ。あと15分だし。」
「沢北さん先寝る?」
「ん。」
「!」
沢北はソファに横になり、の太ももに頭を乗せる。
「いいでしょ。許してよ。」
はは、との顔を見上げると、胸の間から顔が見えると言う光景となっていて、ぎょっとしてすぐにテレビを見る。
「まあいいですけど……。可愛がってしまいますよ。」
「え、どゆこと?」
質問には答えず、は沢北の頭を撫で始める。
「!」
「あ、ほんとだもう髪乾いてる……!」
試合を見終わり、の部屋に移動する。
布団の上に沢北が座るとも横に座って背中を擦る。
「体調大丈夫?頭痛薬飲んだ方が……。」
「そこまでじゃないっスよ。大丈夫。」
「もし夜中に喉乾いたりしたら冷蔵庫にポカリとお茶と水のペットあるんで好きに飲んでね。コップ出して置いて来たんで。」
「ありがと。」
「……無理させましたよね。」
「流川がね……‼」
あいつ~~~と思い出して眉根を寄せる。頭痛と眠気と身体のだるさが襲ってきた。
「明日の新幹線のチケット取ってないんですよね?」
「はい。ちょっとゆっくりさせてもらって昼ぐらいの新幹線で帰ろうかな……。」
「そうしてくれると私も安心します。東京駅まで送ります。」
「え、ほんと?部活は?」
「文化祭の振り替えで部活も休みです。」
「そっか!じゃあ東京駅でお昼食おうよ。案内してくれると助かるかも。」
「はい!」
「やったあ~!」
にこ、と笑ってが立ち上がる。
ライトを消して、ベッドへ向かう。沢北も布団に入り、今日の事を思い出す。
「はあ~楽しかった!チアのさん可愛かったな~‼あ⁉一緒に写真撮ればよかった!」
「あ、撮って無かったですね。」
「もう一回着て!」
「学校で洗濯しよ思って持って帰ってないですよ!」
「ええ……。じゃあ写真あったらください……。」
「待って。」
寝たままで携帯を取り出して、写真のフォルダを確認する。
「ん~と、これかな。」
一番自分の顔が良い感じに写っているものを選んでしまった。隣の清田君は決め顔作る直前の顔。仕方ない。許して。
写真を沢北の携帯に送る。沢北はすぐに確認し、顔を顰めた。
「あの……さんのことだから悪意ないのは分かってるんですが、男とのツーショット見せられるのは良い気しないですね……。」
「え!あ、すみません……!」
「しかもめちゃくちゃくっついてるじゃないですか……!」
「清田君は後輩なので……。」
「……。」
後輩って言っても男ですよ!危機感持ってください!と言おうとしたがこの状況。
俺も隣の部屋で寝ろという話になってしまう。それは嫌。
「嫉妬しました。」
「え。」
「そっち行っていいすか。」
「そっち……って、ベッド?」
「……一緒に寝ていいですか?」
「シングルだから狭いよ?」
「分かってて言ってます。」
「私が深津さん達と連絡先交換しているということをお忘れ……?」
「ああ―――!なにそれ脅してる⁉なんか変な事したら深津さん達に言うって⁉俺日本海に沈められるじゃん!」
「日本海に……こわ……。」
暗い部屋の中で、がくすくす笑う声がする。
「嫉妬したから、清田君よりくっついて寝るの?」
「腕枕したい!腕枕!」
「いいですよ。」
が上半身だけ起き上がり、布団を捲り、ヘッドボードに置かれていたテーブルライトを点ける。
沢北は自分から言い出しておいて、どきりとしてしまった。
「やっぱ時々積極的になってくれるのなんすか……。」
沢北が起き上がる。を怖がらせないように、ゆっくりベッドへと近づいて膝を乗せる。重さにギシ、と音が鳴った。
先に沢北がの方を向いて横になり、右腕を伸ばす。が位置を調整して、ぽすんと沢北の腕に頭を乗せた。
「わ、腕枕初めて。どきどきする。」
「俺も初めて。寝心地どっすか?」
「固い……」
「素直。」
甘くはならない会話に笑いつつも、もっと触れたいと思う気持ちを抑える。
うるさい心臓の音がにも聞こえているだろうか。
「沢北さん。」
「え!なに!?」
名を呼ばれて、沢北の方が動揺してしまった。
「さっきの話なんだけど。もし私、知ってる選手がオリンピックに出て、私も関係者として皆を支えられたら嬉しい。幸せ。そういう気持ちって分かる?」
「そりゃもちろん。」
「そんな感じ。」
「え?」
「沢北さんに連絡してる自分。」
沢北が首を枕から浮かせて、の表情を見ようとするが、は沢北の胸に顔を埋めてしまった。
「沢北さんの挑戦に、私も夢見させてもらってる。ありがと。」
沢北の腕がを包み込む。
ぎゅっと抱きしめられて気持ちが伝わったかなと思うと同時に気恥ずかしくなる。
「あ!そういえばバタバタしてて、私、沢北さんにおかえりって言ってなかったね!」
明るい声色で話題を変え、沢北の顔を見ようと胸を押し返して距離をとろうとするが、抱きしめられる腕に力が入る。
「沢北さん……!」
「……あの……」
「ん?」
「おかえりのちゅーして……」
「!」
普段より甘えたような声に、驚く程伝わってくる心臓の鼓動。
断ったら泣いちゃうんじゃないかと思うくらいの緊張を感じる。
「……。」
がもぞもぞと腕を動かすと、沢北の力が弛められた。
沢北の頬に手を伸ばして、二度指で撫でる。
私の事だから頬っぺたとか鼻とかおでこにされると思われてんじゃないかな?
深津さんが言ってたよ。アメリカ行った後は余計に私の優しさが沁みているようで真面目だとかピュアだとか清楚だとかどんどん美化されてるっぽいから迷惑かけないかちょっと心配してるって。
大丈夫でしたって報告出来る反応だといいな。
「……おかえり、栄治。」
ちゅ、と唇に口づける。
「え。」
沢北は目を丸くして驚いた後、みるみる顔が赤くなるのを感じた。
「たっ、ただいま、……」
返す言葉がどもってしまった。でもいいや、暗闇でうっすら見えるさんの顔が優しく笑ってるから。
「……。」
ゆっくり顔を近づけて、唇が触れる直前で止めての様子を伺う。
は静かに目を閉じた。
今度は沢北から、唇を合わせる。
ゆっくり離して、お互いの目が合うと照れ笑いを浮かべ、おでこを合わせた。
「へへ……。」
「なんか恥ずかしいね……。」
「めっちゃ恥ずかしい。でも嬉しい……。」
が照れてしまって顔を手で隠す。
沢北はその手を優しく握って、唇に寄せる。
「明日どこかで写真撮ろうよ。記念に。」
「うん。どこがいいかな。体調大丈夫だったら海行く?」
「ちなみに今この状態撮っちゃダメ?」
「駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目。」
「そんなに。」
「流出とか怖いじゃないですか!沢北さんの変な噂とか出たら嫌だ……。」
「ん?」
不快とかじゃなくて俺の心配なんだ、と分かって微笑んでしまう。
「優しいっすねほんとに……。」
「沢北さんが優しくしてくれたから……。」
「ん?俺なんか優しくしたっけ?世話になりっぱなしのような。」
「……バスケ終わった時可愛い女の子に囲まれたけどすぐ私のとこ来てくれたじゃないですか……」
「え。」
目を丸くしてしまう。
そんなの当たり前じゃないか、さんに会いに来たんだから。
しかしそれよりもだ。このさんには意地悪な事を言いたくなってしまう。
「……嫉妬した?」
「!いや、その、気を遣ってくださったのかと。」
急に沢北から目を逸らすというの分かりやすい反応をされて目を細めてしまった。
よそ見する男に思われたくはないが、少しからかってみたい。
「ふーん?」
「なんですか……」
「はは!反応可愛い。」
「む……」
「さん俺の事分かってねーなあ。さんのとこに一刻も早く行きたかったから相手しなかったに決まってるじゃん。」
「!」
「……手繋いで寝よ?明日も手繋いで歩こうよ。」
右腕で腕枕、左手で手を握られるという体勢に、沢北に包まれているという感覚が増す。。
「恥ずかしいんですが!」
「俺も恥ずかしいんですけど一緒にいられる時間すくねえんだもん!」
唇を尖らせて、乗り気でないに駄々をこねるような口調になるが、腕枕をする右肘を曲げて髪を梳くように優しく撫でられて、は顔を赤くする。
もゆっくり、沢北の手を握り返すと、沢北が笑った気配を感じる。
恥ずかしさで顔を見て確認することは出来なかった。
「、って呼ぶの練習するから、栄治呼び練習してよ。」
「課題が多い……!」
「多いよ。俺スパルタなんで。」
「ふふ、さすが!ついて行けるかな……?」
「さん以外ついて来れる人いねえし、さんが疲れたら休憩入れます。」
「スパルタなんだか優しいのかわかんない……。」
沢北がふふ、と笑ったあと、大きくあくびをする。
「おやすみなさい。さわ、えい……沢北さん……」
「おしい。……ごめん限界……おやすみ……さん……」
目を閉じて静かになる沢北を確認する。腕を伸ばしてテーブルライトを消した。
沢北の腕が朝痺れてたら嫌だけど完全に離れてたら寂しがりそう、と思い、身体を下にずらして、頭頂部が少しだけ乗るように調整する。
「……。」
左手は今はただの手に乗せられているだけ。
が寝たら離れてしまうから、指を絡ませる。
寝顔を見ながら、今日の会話を思い出す。
さんのおかげ。
参考にしたらまじで筋量増えたんすよ。
「嬉しい……。」
ただお話が楽しかったのに、そんな風に役に立てたなら嬉しい。
沢北さんのことを支えられているということにこんなに喜びを感じられるなんて知らなかった。
「応援してるよ。会いに来てくれてありがと……。」
起こしてしまわないように、か細い声で囁く。
沢北の体温を感じて急に顔が赤くなる。
このシチュエーションのせいだ、と無理矢理考えて、目を閉じた。
外から聞こえる鳥の声でゆっくりと目覚める。
眠った時と全く同じ体勢で、目の前に沢北の胸があった。
「さん。」
「あ、起きてたんですね。おはようございます……。」
視線を上げると、沢北がにこにこと笑っていた。
体調はどうですかと聞こうとしたところで、あまりにご機嫌なので昨夜の自分の行動を思い出して動きが止まる。
「昨夜のこと覚えてます……?」
どれの事だろうと思いながら、こくりと頷いた。忘れたなんて言うのは最低だろう。
「そっか、じゃあ……おはよ。」
挨拶の言葉を言うと同時に顔が近づく。
ちゅ、と音を立てて唇にキスを落とされる。
「……。」
結構勇気出してキスしたんだけど、沢北さんには挨拶のキスは許されたという解釈だったのだろうか。
深津に、沢北はすぐ調子乗るピョン気を付けるピョンと言われたことを思い出す。
「東京駅で別れる時もキスしてい?」
えへへと笑いながら、の頭を優しく撫でる。
「沢北すぐ調子乗るピョン……」
「え――――⁉なんでなんで急に深津さんが降臨してんの⁉びっくりしたあ!!」
「東京駅は嫌ピョン……」
「やだああああ!添い寝で過ごした朝の良いムードがバキバキに壊れてるよさー-ん‼」