楽しく終わった帰り道
湘北に絡まれながら文化祭を無事終え、沢北を駅まで送り届けた。
最後別れの挨拶と、アメリカへ発つ際に空港でまた会いましょうと約束してもなかなかから離れない沢北を牧が引き剝がす。
その後皆で打ち上げとしてご飯を食べて解散となった。
疲労感に襲われてしまってどこかで休みたいなと思いながらふらふら歩く。
絡んでくる湘北の相手をするのは初めてで困惑し、いつも相手にしている彩子を尊敬してしまった。
帰ったらすぐに寝ようと思いながら、海岸線沿いの道で海を眺めつつ歩く。
潮風の気持ちよさで覚醒するかと思ったが、余計に座ってゆっくり海を眺めて休みたいと思ってしまった。
「あれ。」
防波堤に胡座をかいて座るツンツン頭の姿が見えて立ち止まった。
のんびり釣りをしているようで、そのマイペースっぷりに、一人で笑ってしまう。
「仙道君。」
近づいて名前を呼ぶと、ん?と不思議そうな顔で振り返る。
話しかけられるのは珍しいのだろうか。
「か。ちわ。部活帰り?」
「ううん。文化祭帰り。」
「文化祭だったんだ。」
仙道の横に置かれたクーラーボックスを覗き見る。
3匹、狭い水の中を魚が泳いでいた。
「わー仙道君すごい!なのでしょうか?」
いつから釣っているのかも、大きいのか小さいのかも良く分からずは首を傾げる。
「今日は普通かなー。」
「魚可愛いー。」
しゃがみこんで、魚をつんつんと突ついてみると、驚いて尾をビチビチ激しく動かす。
「文化祭なにしたの?」
「クラスは普通の喫茶店で、バスケ部はそのまんま、希望者とバスケ。」
「楽しかった?」
「うん!いろんな人に会えて楽しかった!けど疲れたー。仮装させられたし。」
「仮装?」
「……なにを着たかは聞かないで……。」
「なにそれ。気になるな。」
仙道が視線をから水面に移す。
ウキはブルーの、陵南のカラーを思わせる色だった。
釣れる瞬間が見たくなり、も仙道の横に座り込む。
「椅子忘れたんだ、今日。ごめんね地べたで。」
「いえいえ、むしろ何居座ってんのと言ってくれていいのに。魚釣れるとこ見たいな。」
「頑張りまーす。」
「頑張れー。」
気合いも入っていないゆっくりとした口調で頑張りますと言われ、笑いながら応援する。
穏やかな波の音と、ゆらゆら漂うウキと、隣には仙道。
(まずい……。)
ゆっくりとした空気に、眠気に襲われて頭が揺れる。
ちゃんと帰れるかどうか不安になり、手の甲を抓るが全く覚醒しない。
「眠い?」
「……ご、ごめん。うん、ちょっと……疲れた……。」
会話すれば起きるかなと、話題を探すがうまく頭が働かない。
ぽすぽす、と音がして、仙道を見ると、いつもの笑顔で自分の太ももを叩いていた。
「え?」
「枕。どーぞ。」
「膝枕?」
「こんなもんしか今なくて。」
「ふふ。いいの?嬉しいー。」
お言葉に甘えて、鞄からタオルを取り出して敷いてその上に座る。
横になって仙道の太ももに頭を乗せた。
「くすぐったくない?」
「変な感じするけど大丈夫。」
「嫌だったら言ってね?」
そりゃこんなことあんまりする機会ないから変な感じするよねーと考えて追及はしなかった。
「ははは。むしろ歓迎だけどね。」
「?」
目を開けると、普段とは違うアングルで見上げる仙道の顔が新鮮に思える。
仙道も目線を下げてを見ると、竿を置いて、手を伸ばしてくる。
「ちょっと本当に寝たら?置いて行ったりはさすがにしないし。」
大きな手で髪を撫でられて目を細める。
いつから釣りをしてたのだろう。手が冷たい。
「ごめんね仙道君……。ちょっとだけ……。」
目を閉じて、また仙道が竿を持ち直すときには、はすやすやと眠ってしまっていた。
「疲れてんなー。牧さん普段からこき使ってそうだもんな。」
が膝で寝てるくらい全く問題ないと思っていたが、無性に頭を撫でたくなり、釣竿から手を離したくなる。
とんだ作業妨害だ。
「……。」
3匹釣れたし今日はもういいかな、と思いそうになったが、に釣れたところを見せたいなとも思ってしまって悩む。
「まぁ……いいか。」
撫でたくなったら撫でて、釣りに集中したくなったらすればいいや……とのんびり考える。
魚と違っては逃げたりしないし。
しばらく気ままに過ごしていると、ウキが沈んでアタリの感覚が手元に伝わってくる。
を見下ろすと起きる気配なくぐっすり眠っていた。
「ー。起きて起きて。釣れそう。」
「ん……。」
が寝返りを打ち、
「ってばー。」
「……ねむ……。」
「起きないとキスするよ?」
「ん……。」
「え、いいの?」
がのそりと起き上がり、目をこする。
「……あ、あ、魚?釣れる?」
話を聞いていたのではなく、単に声に反応して起き上がっただけの様子だ。
「多分ちっちゃいけど。待ってて。」
「うん。」
慣れた手つきでリールを巻く仙道と海面に視線を行ったり来たりする。
「よっと。」
「あっ!」
釣り糸の先には10cmほどの小さな魚が必死に暴れていた。
「みたいに可愛いの釣れた。」
「おおー!おめでとう!……私みたいな……?」
「うん。小さい。」
「サイズか!」
仙道から見たら大抵の女の子は小さいサイズではなかろうかと思いながら、釣り針から魚を外す手つきを眺めていた。
しっかり握って、魚の顔を見せてくれた。
「お魚。可愛い?」
「うん。可愛い!」
「じゃあと名付けよ。」
「飼うの?」
「食べるよ?」
「食べるんかい!」
名前を付けてくれるなんて、水槽で飼うのかなと思ったら、なに言ってるんだろう?というような勢いで目を丸くされて食べると言われてしまった。
「じゃあ仙道君の食されるまで君は私と同名だ……よろしく……。」
魚の頭をつんつんと突く。
「悲しい声出されると食べにくくなるな。」
「仙道君の栄養になれるならこの子も本望だよ。」
「ははは。ありがと。」
またのんびりとした不思議な会話になって、仙道の雰囲気に落ち着いてしまう。
消えたかと思った睡魔にまた襲われる。
「うう~。」
「ちょっとちょっと、まだ眠いの?」
「大丈夫……帰る……。」
「寝不足?」
「それも……あるけど、仙道君は癒し系だから……。」
「なにそれ?俺のせいってこと?」
ははは、とまた仙道が笑う。 魚をクーラーボックスへ入れ、またに向き直る。
「俺のせいなら俺が起こそうか?」
「うん……平手打ちお願いします……グーは嫌だな……。」
何を勘違いしたのか、顔を傾かせ、が左の頬を向けてくる。
にこにこ笑いながら、体を寄せての顎に手を添えた。
「!」
痛い衝撃はなく、柔らかい感触に目を開ける。
すぐ近くに仙道の伏せられた瞼を見るも、当たっているのは唇ということに気がつくのに数秒を要した。
「せ、せ、」
声を発すると、仙道も目を開いて唇を離すが、吐息がかかる距離で囁かれる。
「起きた?お姫様?」
「せんどうくん……???????」
「はい、何でしょうか?」
「こちらこそ……???????」
頬に手を当てて俯く。 眠気はばっちり覚めたが、どうしたら良いか分からず沈黙してしまった。
「お姫様はキスで目覚める。綺麗な結末だ。」
「せ、仙道君が王子様なの……?」
「あーしまった。俺のキャラじゃないよね。」
眉をハの字にして、自分の首に手を添えて困った様子の仙道に呆気にとられてしまう。
いつもの調子のまんまで、女性の頬にキスを平気でできる人なのだろうかと驚いてしまう。
「仙道君……。」
「ん?」
「あまりこういうことを……気軽にやらない方が良いのではないでしょうか……。ここは日本ですし……。」
忠告のつもりが途中から心配な声に変わってしまった。
仙道に憧れる女の子はいっぱいいて、こんなことされたら絶対に勘違いされて修羅場になるのが目に見えている。
真剣な顔で仙道を見つめると、また笑われてしまった。
「仙道君、私心配して……!」
「気軽になんて出来ないなあ。」
「はい!?」
が困惑すれば、仙道もなにそれ意味分からないといった態度で話が進まない。
動揺するを構わず、仙道は釣り道具を片付け始めた。
荷物をまとめ終わると、に視線を向けて口を開く。
「やっぱり聞いていい?」
「何?」
「何の仮装したか。」
終わった会話と思っていたので、そんなに気になるのか不思議では首を傾げてしまった。
「こんなに疲れてるとか、どんな負担になる衣装なんだろって思って。部活でそこそこ体力ついてるでしょ。」
「あーなるほど……。」
「怖いやつ?この時期……うーん?ハロウィンで……ゾンビとか……?」
「あー!ガチのメイクでゾンビやりたい!」
「やりたい方か。」
「驚かせたーい!!」
怖い系は歓迎なんだ、と仙道は笑う。
は仙道なら笑ってくれるかな、お疲れ、って言って終わるかな、と考え、言うのも渋るのもおかしいと考え直した。
「私がやったのチアリーダーのコスプレだったの。」
携帯を見ると、丁度神が撮った写真を送ってくれて、画像を開くと一人だけ写った全身写真もあった
それを表示し照れながら仙道に画面を向けた。
「めちゃくちゃダンス出来なさそうなチアじゃない?恥ずかし~。」
「え。」
仙道が画面に顔を近づける。
「……。」
仙道が黙って凝視し始めては困惑する。
みんな褒めてくれたけど、仙道君には感想に困るくらい似合わなく見えてるのかな……と不安になる。
「沈黙が、辛いです。仙道君……」
「え、あ、ごめ……え?今日これで過ごしたってこと?」
「半日くらい?ポニテは友達がしてくれてね~」
「ちょっと……俺無理なんだけど……」
「!!」
ばっと勢いよく仙道に向けていた携帯を自分で抱きしめる。
「あ。」
「ごめん!こういうの嫌い⁉あのでもこれは希望じゃなくじゃんけんで負けたからと言い訳させて!」
「あ、あー嫌いじゃなくて……牧さん達がこの近くで見てたってことでしょ。知らない外部のやつも。」
「そうだけど……盛り上げに着たので……」
「普通に嫉妬してやばいって話で無理。」
仙道が手を伸ばし、の携帯に触れる。
握る力を緩めると、ひょいと持ち上げて画面を見て口を尖らせた。
「俺も行けばよかった。可愛い。」
「あ、りがとう……。」
「悔しいな。俺結構負けず嫌いなんで。」
「負けず嫌いなのは知ってるけど……。」
「そうだねは知ってくれてるね。」
口を尖らせるのを止めて、いつもの笑顔の仙道になる。
立ち上がるので帰るのかと思い、も敷いていたタオルを片付けようとすると、仙道は荷物を持たずの背後に回る。
「ん?」
そして足を投げ出して座り、後ろからを抱きしめる。
「え、え、なに!」
「座椅子。」
「仙道君が座椅子!?」
見上げると仙道がはははと口を開けて笑っている顔が見える。
「寄りかかってみて?」
「でも……」
「座椅子だし体温あったかいと思うけどなあ。ちょっと風が寒くなって来たでしょ。少しだけ、二人で海眺めたら帰ろ。」
「仙道君がいいなら……まあ……。」
動揺しながら、前を向いて海を眺めるが、外で、仙道に包まれている状況に顔が赤くなる。
もしこんなところ相田さんに見られたら大変だ。
「暖かいと眠くなっちゃうかな?」
「さすがにちょっと緊張して眠気消えた……。」
「そう?」
手がお腹に回されて引き寄せられる。
仙道に寄りかかる体勢となってしまい、慌てて見上げると仙道が優しく見下ろす瞳とぶつかった。
「ねえ、俺に誰にも見せたことない姿見せて欲しいな……。」
「……こ、コスプレほぼしたことないんで結構見せたことない姿はあるかと……。」
「お願いしたら見せてくれるの?俺の家に呼んでもいい?」
「な、なになに仙道君なんか怖いよ!私何着せられるの⁉」
の顔が真っ赤になり、仙道の腕を掴む。
「怖がらなくていいじゃん。現実問題買わないとコスプレなんて持ってないけど。あ、俺のユニフォームとか?」
「ぶかぶかだし!」
「確かにぶかぶか。それがかわ……」
可愛いんじゃない?と言おうとして止まる。
肌の上に仙道のユニフォームだけを着て、恥ずかしそうに身体を隠すの姿がばっと浮かんでしまった。
「わ……。」
我ながら単純なことを考えてしまったと思ったが、それが良くてもう少し妄想したいと思ってしまった。
かわわ……?と反芻して首を傾げるには反応が出来なかった。
「……しかもなんか、ユニフォームはこう……番号とかさ、その人の大事なものみたいに感じるのでこちらは……。簡単に遊びで着せるとかしないでくれると嬉しい。」
「あ、マジレスだ。ごめんごめん。でも俺のユニはに着てもらえたら喜ぶと思う。」
「仙道君のユニフォーム君が?」
「そ。熱心にプレー見てくれるのこと好きだって。」
「それはありがとうって伝えといて。」
「持ち主に似てんの。」
「ん?」
唇をの頭に寄せる。
髪にキスを落として、抱き留める手に力を込めた。
「仙道君……?あの、ここ外……。」
「外だけど大丈夫だよ。俺身体大きいからは隠れて見えないよ。」
「そ、そ、そ、そうかな……。」
「誰に見られると嫌なの?」
「バスケ部の人……。」
「俺との噂流されたら嫌?」
仙道が前に屈み、の顔を覗き見ようとする。
それを避けるようには俯いた。
「顔見せてよ。」
「ま、まって。無理。」
「なんで?真っ赤だから?」
「からかわないでよ~……。」
「俺は真面目だよ。」
の顎に指先を添えて、顔をゆっくり持ち上げる。
耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうな顔をしている顔があまりに可愛らしくて、仙道は笑顔を浮かべた。
「今日はこの顔が見れたからいっかな。」
の頬にそっと唇を寄せる。
ちゅ、とわざと音を立てて離れると、は両手で顔を隠してしまった。
「今日ほんとなに~~~!?」
「全然抵抗しないもなあに?」
「抵抗……!?」
はっと、今気付いたかのようなの声に、嘘でしょ、と声を出しながら笑ってしまった。
「仙道君……。」
「言葉が浮かばないくらい俺の事信用してくれてたんだ。ごめんね。」
抱きしめていた手を離して、不貞腐れた顔をするの頭をよしよしと撫でる。
はゆっくり仙道から離れ、立ち上がった。
夕焼けで赤く染まる空を眺めて深呼吸をしてから、仙道へ向き直った。
「仙道君はまだ帰らないの?」
「そろそろ帰ろっかな。俺に送らせてくれる?」
「一人で帰れるけど……お願いした方がいいやつ?」
「信用取り戻さないと。」
「別に裏切られてないけど……。」
「優しい。」
もっと手を出してもいいってこと?と言おうか悩んだが、これ以上を困らせたら可哀そうか、と考え直す。
荷物を持って、と並んで歩き出した。
「なんか仙道君のペースに巻き込まれちゃって悔しいな。お願いしたら私に仙道君の誰にも見せたことない顔見せてくれたりする?」
「懲りないなは!!」
「懲りない……?」
俺の家に来たら見せてあげるよ、と言ってまた困らせたくなってしまった。
いや、じゃあ行く、と言われて俺が困るという場合もあり得る……
「なんか困らせちゃった……?」
「ちょっと考えこんじゃった。ちなみにどんな俺の顔見たい?」
「可愛い顔?」
「いつも可愛いでしょ俺。」
「えー?あはは!そう言われるとそうかも!」
無邪気に笑うに仙道もいつもの笑顔で返す。
「あ、仙道君の寝顔も見たいな。さっき私の寝顔見たでしょ。わあ~思い出したら恥ずかしい。」
「…………。」
にこにことした笑顔のまま仙道の歩きが止まる。
「言わせようとしてる?」
「え?なに?」
も立ち止まり、仙道を見上げる。
きょとんとした顔にため息をついて、仙道はに一歩近づく。
「俺の家に来る勇気が出来たらおいでよ。誰にも見せた事ない顔でも寝顔でもなんでも見せてあげるから。」
「!」
「その代わりに一切手を出さないってのは無理だからね。」
「え……?」
「俺がどんだけが好きか教えるよ。」
いつでも待ってる、と最後に囁いて、の手を引いて歩き出す。
「え、え?」
「あー恥ずかし。でものせいだからね。言いたくなっちゃったんだもん。」
仙道が顔を赤くする。
見たことない顔、今見せて貰っちゃったと思ったが、口に出したらまた変な顔されちゃいそう。
無言の時間が続いてしまい、気が付くとの家の近くまで来てしまった。
「……。」
「!」
仙道に握られた手を握り返す。
珍しく恥ずかしがる仙道はから目を逸らす。
その反応を見ても地面に視線を向けてしまった。
「えーと、文化祭お疲れ様。」
「仙道君も釣りお疲れ様。……度胸が出来たら、おうちお邪魔するね。」
「わあ。……じゃあ俺も気持ちの準備はしておこ。」
「仙道君でも準備が要ることあるんだ?」
地面に向けた視線を起して仙道を見つめる。
あまりに素直な疑問といった声に仙道もに視線を向けた。
「は特別ね。二人きりじゃなければ大丈夫なんだけど。」
二人に近づく人物に、仙道が顔を向ける。
「仙道かよ。居たか。びっくりしたぜ……。の家の前で男が立ち止まってんの見えたからよ。ストーカーかと疑ったじゃねえか。」
「三井さん。」
「と偶々会ったんで家まで送ったんです。今お別れのキスするところです。」
「させねーけど!!??」
ほんとだ、二人きりじゃなければ大丈夫なんだ、と三井に胸倉掴まれる仙道に目を丸くしてしまう。
家にお邪魔して二人きりになったら、とっても可愛い顔を見せてくれそうで、はくすくす笑った。