伊達軍居候編 01話



大学生になり親元を離れ一人暮らしを始めている。
友達も出来て、学びたいことを学べている。
そんな毎日がとても楽しい。

……ただひとつ、悪霊に憑かれていることを除けば。

『なんじゃと!?そなた、悪霊に憑かれておったのか?』
「……あなたのことですが、北条氏政爺ちゃん。」

子供の頃から霊感が強く、それは今でも衰えることなく残っている。

「大人になれば霊感消えるって聞いたことあるのになあ……!!」
『何を言うか!そなたに霊感がなければ、わしと会話などできぬのだぞ!?』

だからそうしたいと言ってるのですよ。

そう思いながら、背後のフェンスにゆっくりともたれかかった。

大声で話す目の前の霊は、戦国時代を生きた、北条氏政……らしい。

『大体お前はわしの偉大さを知らなすぎる!』
「だから私は理系なわけよ。もう歴史はうろ覚えなのよ。」
『今からでも遅くはない!学ぶんじゃ!』

うるさい爺さんだ……と思う。
しかし、嫌いなわけではない。

氏政と会ったのは大学入学式直後だった。
満開とは言えないが、綺麗に花を咲かせた桜の木の下に淋しそうに佇んでいた。
その姿があまりに印象に残り、知り合ったばかりで、無難な会話をしていた同学科の集団を一人抜け、ゆっくりと近づいた。

「何をしてるんですか?」

優しく話しかけると、こちらを見た氏政は目を見開いて驚いた後きょろきょろと周囲を見回した。
人差し指で自身を指し、わしに話しかけているのかという質問には頷いて答えた。
するとすぐに氏政は満面の笑みを浮かべ、早口で自己紹介とご先祖様自慢を始めたのだった。
延々と続く話に徐々に時計が気になり始め、嫌な予感は確信へと変わる。
それ以来どこに行くにも付いて来るようになり、まるで孫にでもなったかのような距離感で現在に至る。


何を考えとるんじゃ、と氏政がの頭を撫でる。
正確には、撫でようとした。
生きているに触れることはできず、手はそのまま頭の中に沈んでいった。

『ぐぬう……これほどはっきり会話できるのに……。』
「接触はまた別なんじゃない?私は幽霊に触られたことはないし。」

霊感があるといっても霊について詳しいわけではないし、見えるなんて友人にも口外していない。
そういった情報がないので曖昧に答えるしかない。
……口外していないというよりは隠している、と言った方が正しいのかもしれない。

「あぁ!そうよ!あのね、大学に来るのは良いけど話しかけるなっていったでしょ!?今日酷かったわよ!あれ何あれ何って…」
『仕方ないじゃろう!あんな病は見たことがない!』

大学では医療を学んでいる。
真剣にノートを取っていたのに、突然、氏政は疾病の教科書をのぞき込んで、載っていた写真に指をさして聞いてきた。

『む……まぁ、しかし……すまん……。』
「いいよ……無視しちゃったしさ……私こそごめん。」

誰にも言えないのは自分は普通ではないということを知っているから。
信じてくれる人などいなかったから。
隠していれば何ら問題はない。子供の頃は悩んだが、吹っ切れて隠すことを選択した今は友人にも恵まれている。

『やはりにはわしが直々に歴史を教えてやらぬといかんな……!!』

ため息をついてそう言っているが、顔が嬉しそうだ。
もう長々と語るのは勘弁してほしい。
それに一つ言いたいことがある。
氏政の話はぶっ飛んでる。
炎をまとう武器は卑怯じゃとか、
六爪流は卑怯じゃとか。

卑怯な以前につっこめよ。

「あのさ、そんなに氏政爺さんは偉かったの?」

戦国時代といえば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など、名立たる武将のことしかは知らなかった。
氏政をからかうためでも罵るわけでもなく思ったことを口にしてしまった。

『なんじゃと!?はわしが嘘をついていると!?』
「いや、そうじゃなくて。」

実際、氏政の話を聞いてても風魔小太郎って強いんだな、という感想しかない。
なんだっけ……確か戦で氏政の身代わりとかしょっちゅうやってたとか……。
返り討ちしちゃうらしいよ。
立派だぜ、小太郎ちゃん……。
……小太郎って名前可愛いよなぁ……呼んでみたい……。

!生前のわしを見たら絶対におぬしは惚れるぞぉぉ!あぁ、見せてやりたい!!ご先祖さまああぁぁ!!』
「落ち着いてよ~、判った判った、話聞くからさ……ってもう8時じゃん!私帰るわ……。」

夕御飯も食べておらず、一度も家に帰っていない。
最近はアルバイトや課題が忙しく、あまり氏政の相手をしてあげていなかったから、予定の無い今日くらいは、と思い残っていたのだった。

ちなみここは氏政と初めて会った桜の木の下だった。

……何でじじいと木の下で語ってんだろ……。
自分がすごく可哀想な子に思える……。



『……。』

地面に置いていた鞄を拾おうとしていたため、下を向きながら答えた。

「なに~?私帰るからまた明日……」

『すまぬ……。』

「え?」

顔を上げ、氏政の顔を見ると、の背後を見つめていた。

『いってらっしゃい……。』

「へ……?」

振り向けば後ろにどす黒い空間が見えた。

それはだんだんに迫る。

『願ったら、ご先祖さまが叶えてくれたぞ……。』

「願いって……」

今言った、生前の爺さんを私に見せたいということ……?

「!!」
あまりの驚きに逃げることを忘れてしまった。
半身が飲み込まれる。

「ここここわい!ちょっと‼助けて!!」
『いやご先祖様のことじゃしきっと大丈夫じゃろ……きっと……』
「なにそれ!手を振ってないで……ちょ……お……わっわああああ!!」

視界が真っ黒に覆われる前に見えた満月は、憎たらしいほど静かに光り、美しかった。