伊達軍居候編 02話



気を失うことなく、真っ黒の空間を抜けられたのはまぁ、良かった。
昼間で明るく、周囲の様子がよく見えるのも良い。
そして時代劇で見たことのあるような町に抜け出ることができたのも、まぁ良かった。
人がいっぱい居るというのも、まぁ良しとするところなんだけど

人々が手に持ってるのは刀で
血飛沫をあげて倒れる人も居て
戦の真っ最中の場に転がり込んでしまったことを知る。

「じ……じいさ~ん……氏政じいさ~ん……。」
絶対に恨む。
しかし、頼れる人は氏政しか居ない。
けれども、とても落ち着いて探せるような空気ではなかった。
逃げ腰で立ち上がり、民家の影に隠れた。

「氏政~……こ、小太郎ちゃん~……?」
とりあえず知ってる名前を口にしたが姿も見えず声も呟く程度の声量では届くはずもない。

「……!!!!」
こそこそと周囲を見渡した瞬間、喉に矢が突き刺さり、絶命する人間が見えた。
一気に足が震える。
悲鳴を上げることも声を出すことも出来ず体が強張るが、このままここに居るわけにはいかない。
危険すぎるのもあるし、この乱戦の中を利用してうまく潜り込まないと、氏政と会える機会など無いのではないか?と、城へ続く道にある巨大な門を見て思う。

「……あの……お城見学とか、開催してたらまた別なんですが……。」

戦が終わったばかりのときに、お城一般公開イベント開催。
想像して、いやいやいや無いだろうと首を振る。
そして自分の着ている服を見る。

女の子です。
着物では無いし、自分の感覚ですが、この格好は明らかに女の子です。

「……よし。」

逃げ遅れた町娘、ということにしよう。
そして、氏政と同じ家紋の人に助けを求めてみよう。

「……。」

言うのは簡単だ。
足がすくむ。

戦を知らない平和な時代を生きてきた人間にこの空気はきつい。
話しかける人を間違えたらすぐ殺されるのではないだろうか。

「どうしよ……。」
泣きたくなってきた。
氏政が無責任に言い放った言葉を思い出して怒りを覚える。なにが大丈夫だ。

迷っていると、徐々に兵の流れが変わってきた。
見た限り、北条側が押されているようだ。

「……やば……。」

この場所が敵軍に占領されては、ますますどうしたらいいのか判らなくなる。
馬の蹄の音まで聞こえてきたし、とりあえず氏政を探すしかない。
ここから動く覚悟を決め、心の中で、3、2、1、とカウントダウンする。

「ジジイ―!!」
そして、叫んで一気に走り出した。
しかし、その突進はすぐ阻まれてしまった。
巨大な馬によって。

「hey、girl!あんた爺さんのとこ行くのかい?ぜひとも案内してほしいもんだぜ!」
「hey!?」
後方からやってきた馬はのすぐ横を通り過ぎたと思ったら華麗にJターンを決める。
乗っているのは青い陣羽織に三日月の前立をした青年だった。

「何だ何だ?そりゃ南蛮の服か?」
そう言って、男は馬を下りて近づいてくる。
「政宗様、その女、何やらおかしなものを持っております!不用意に近づいては……。」

後ろからもう一人、同じく馬に乗り近づいてきた様だが、振り向いて確認する余裕は無かった。

……今、まさむね様って言った?
まさむね……正宗……政宗?

「ha!どう見ても武器じゃねえだろ?心配しすぎだぜ、小十郎。」

おかしなもの、というのはバッグの事だ。
確かに武器じゃない。
武器だったらどんなによかっただろうか。

……いや、大学帰りのままだから解剖学やら疾病やらの太い教科書が入っているはず……。
角が肌に当たれば痛いんじゃ……。
あぁ、だめ、スマホが入ってる……。
お兄さんの防具にでも当たったら壊れる……。

そんなことを考えてたら、突然胸倉を捕まれ、顔が近づいた。

眼帯をして、名前が政宗でしょ!?
私でも知ってる人ですか!?
伊達政宗ですか……!?

「さぁて、案内して貰おうか?あのジジイ、途中で逃げやがって……。」
「ににに逃げたぁ!?あのじいさん!?」
何してんだよ爺さん!
ってかこの時代ですでに爺さんかよ!
惚れねぇよ!!

「政宗様って……伊達政宗様ですか……?」

こんなテレビもネットも無い時代、偉い人でも知らない方が自然だろうと思い、確認してみる。

「話逸らしてんじゃねぇよ……。まぁいい、その通り、俺が伊達政宗だぜ?Do you understand?」
「……い、Yes……。」

つられて英語で答えてしまった。

「お……いいねぇ、異国語が使えるってのは。お前、名前は?」
それを聞いて目を丸くするのは一瞬で、すぐににやりと笑って目を細めた。

……です……。」

あの、顔近いんですけど……
かなり整った顔なんですけど……
恥ずかしいんですけど……

「はっ……離せ!」

耐えられなくなって、彼の手を振り解いた。
そしてすぐ後悔した。
周囲の人は目を丸くして、口開け、政宗はさらに邪悪な笑みを浮かべる。

「怖っ……!」
「おいおい、そりゃないぜ。互いに自己紹介したらもうオトモダチだろうが?こんな粗末に扱うのか?」

胸倉を掴むのはいいのか

という言葉は飲み込んだ。

「決めたぜ、てめえの口から爺さんの居場所吐いてもらう。」

そういえば、誤解されたままだ。
氏政の居場所なんて知らない。
爺さんの語る武勇伝に逃げ場所なんてなかったぞ……

「知りません……。」
「ほぅ……?」

腕を組んでを見下ろす様は明らかに信じてない。
先ほど、小十郎と呼ばれていた人は刀構えている。

これでもか弱い女の子なのに!
厳しいぜ!戦国乱世!

「ほっ……本当!といいますか、私が一方的に氏政のことを知ってるというか……。」
「あんた、どこかの忍か?俺らの戦覗き見たぁ、高くつくぜ?」

一方的に……は……そういう意味じゃない!!

「私、全然忍んでないだろ!?忍びのわけないだろ!」
「目立つ忍びなんて慣れっこだぜ。信玄公んとこのほどじゃねぇよ」

信玄公おおお!!
目立つ忍びって何いいい!?
って、信玄て武田信玄か……
これまた有名人だよ……

「嬢ちゃん!筆頭が怒る前に吐いちまった方が良いぜぇ!?」
周囲の臣下らしき人のアドバイスに従いたくなる。
そうしたいけどさ……
そうしたいけどさ……
知らないんだよ……

もしこの場に自分ひとりだったのならば、めそめそ泣き出していただろう。

「ちっ、思ったより頑固だなぁ……しゃあねぇ、こいつは人質だ。」
「いやいやいや!使えませんよ!私!!」

の事知る人なんていないことは分かりきっているため、ぶんぶんと首を振るが、彼らには何も効果がない。

「謙遜すんなよ……そんなご立派な衣装身につけて、おキレイな顔して、大切にされてんだろぉ?」

くそぅ!ときめいてしまった!!
キレイだとおおお!?
言われたことない!

政宗はひょいとを肩に担いで、そのまま馬に跨った。
政宗の前に座らされる。

「わぁ!?」
「軽いなおい。俺はもっと肉ついてる方が好みだぜ?」
「そうか!じゃあもっと痩せるわ!」
「てめぇなあ……。」
「馬!馬初めて!!」
「あぁ?しゃあねぇな、ほれ、手綱もって、支えてやっから。」
政宗が後ろからがっちりとの腹部に腕を回した。

防具が当たって痛いのは我慢しよう……。

「行くぜ!ついてこい、小十郎!」
「はっ!」

どこへ!?






少し走ると、一人のリーゼントが政宗を呼び止めた。

あの……リーゼントってさ……

「筆頭!吐きましたぜ!氏政は屋敷裏の森に逃げ込んだと!」
「はぁ?森だと?厄介なとこ行きやがって……。」
「……森?」

森に逃げるって、普通のことなのだろうかと、首を傾げる。

「いかが致しますか?もはや我々の勝利は確定しておりますが……。」
「今回は勝ったからって喜ぶもんじゃねぇ…あのじいさんに話つけねぇとな……。」
「では……。」
「あぁ、行くぜ。あんたもだ。」
「えぇ!?もういいじゃんよ~!居場所判ったんだし……。」
「話聞いてろよ!あの爺さんを殺しに来たんじゃねぇ!まぁ……向こうはやる気満々みてぇだが……。国境付近での不審な動向についてだな…魔王さんが絡んでたら厄介だ……とにかく情報がねえんだよ!Shit!文も返さねぇであのジジイ……。」

吐き捨てるように言葉を発し、馬を再び走らせる。

……身内でもないが耳が痛いぜ……。


政宗と小十郎は、森が見えると馬から降り、すぐに抜刀した。

「!!」
の視線が、政宗の両脇に装備された刀を捉えた。
先ほどまでは慌ててしまい、気付けなかった。

……六爪流……あんたのことか……?

「政宗様!それほど大きい森ではありませんが、気をつけて!」
「あぁ、背後は任せたぜ、小十郎……。」

うぅ……二人ともめちゃくちゃ殺気立ってる……。
おとなしくついていこう……。
……政宗様と小十郎様に挟まれて逃げれないし……。

びくびくしながら進むが、疑問を感じて仕方なく、きょろきょろと周囲に視線を巡らせる。
なぜ森なのか。
そりゃ木が障害物になって隠れんぼには最適だ。
しかし、広いし、もし持久力勝負になったら氏政の負けは目に見えている。
気になってしまい、話を聞いて、理解できる範囲で、も自分なりに推理する。

そこで、1つの答えに辿り着いた。

……まさか

いや、絶対そうだ。

ここには風魔小太郎がいる。

氏政の代わりになって、政宗様と小十郎様を返り討ちにする気だ。

自分は非力で何も出来ないのに、どうしよう、と考えてしまう。
正直二人に死なれたら嫌だ。
勘違いされて人質のようになっているとは言え、この二人が死んで良かったと胸をなでおろす自分はどこにもいない。

伊達政宗は戦死ではないはずだと知っていても、もし何かあったらと考えてしまう。

「あ、あの、ここは引こう!?」
「あぁ!?お前誰に指図……。」

政宗が振り返ってを見てしまった。

右からシュッという音が一瞬聞こえて、反射的に政宗を突き飛ばした。
もちろん倒れはしないが、一歩後方に下がらせることはできた。

……政宗様は防具がっちりつけてんのにさ……。
私現代人の格好なのにさ……。
なにしてんだろ……。


「……おい?」
「……痛い……。」

腕からバッと血が飛び、クナイが左側の木に突き刺さった。
震える手で、怪我した部位を抑えて、座り込む。
すぐに小十郎が政宗との壁となり、見えぬ敵に刀を構えた。

「……な……お前北条の人間じゃ……。」
「……違う……ここには私の帰る場所なんて……無い……。」

なんてネガティブなことを口にしてるんだろう……。
きっと痛いからだ。
血がドクドク出て気持ち悪い。
止血しなきゃ……


これほどの怪我を負ったのは初めてで
情けないことに気絶してしまった。















暖かい布団の感触が心地よい。
右腕の痛みも和らいできている。
ひどく安心感があって気持ちは穏やかだけど、私はそんなに心が広くないから忘れていない。

「……くそジジイ殺す……」
「oh……どんな目覚め方だよ。」

目を開けると右側にあぐらをかいて座る伊達政宗の姿があった。

「……どっ……どうもこんにちは……。」

自分でも間違った挨拶だということは判っている。
予想を裏切らず、伊達政宗は困った顔をした。

「もう夜だぜ?まぁ、思ったよりかは早く気がついたか。」
「すいません……。」

この場所と元いた世界は時間が一致していないようだ。
氏政と話していたときは夜だったのに、ここに辿り着いたときは昼間だった。
電気はもちろん無く、月明かりと蝋燭の火が目の前の男を照らし、くっきりとした陰影が彼の凛々しさをより引き立たせている。
素直に、綺麗だと思った。

「いや、わりぃな、俺のせいであんたが怪我したんだ。医者がちと傷が残るかもしれねぇと言っていた。すまん。」

そう言ってぺこりと頭を下げるものだから、最初のイメージを忘れてしまいそうになる。
怖い人だと思ったのに。

腕にはしっかり包帯が巻かれている。
軽く押さえて大丈夫です余裕です女は出血にゃ強いんだよとおどけた口調で言ってみた。
すると伊達政宗はそうかとあっさり顔を上げた。
理不尽にも、もう少し申し訳なさそうにしてくれてもいいのになと考えてしまう。

「ここは俺の城だ。危険はねぇから、ゆっくりしてけ。」
「あ……ありがとうございます……。」

彼は今、鎧をつけていない。
着物一枚で武器らしきものを持っていない。
……敵ではないと判断してくれたのだろうか?
上半身を起こしてみるが、特に警戒した様子もない。

「えと、伊達政宗……殿?あの、私は本当に北条の人間じゃないです……。それは、信じていただけたのですか?」
「あんた随分と綺麗な目をしているよな。俺はあんたの言うこと信じてるぜ?……まぁ、ちと、小十郎がな……。」

キレイキレイってあんた恥ずかしい奴だな…
そう思いつつ難しい顔をする。
小十郎という男性は少ししか見ていないが随分と強面で警戒心が強そうだった。

「ここに来るにもちと苦労したんだぜ?見つからねぇよう、こっそりな。っつーわけで俺は明日の朝、おお、やっと目覚めたか、ってこの部屋入ってくるからあんたも話を合わせろよ?Are you OK?」
「うわぁ~、自信ない!笑いそう!」
「馬鹿、しくじったらてめぇ、俺の女中として一生こき使ってやるぜ」
「ペナルティ半端ないな!!」

戦場で見た笑い顔とはまた違う顔で伊達政宗が笑った。
目が細められ、口元が優しく上がる。

これは可愛い。

と思ったら急に真面目な顔になった。

「で、あんた何者だ?……いや、それは明日聞くから、正直に言えよ。あんたがどこの奴でも、悪いようにはしねぇから。俺が守ってやる。」
「まっ……!」

何てことを平然と言うんだろう。
今まで生きてきて、言ってくれる人なんて滅多に居ないけど言われてみたい、と思っていた言葉をこの短時間でこんなに言われる日が来ようとは思いもしなかった。
恥ずかしくないのかこいつと、照れ隠しで考えてみる。

「あのよ……その代わりといったらなんだ……怒るなよ?あれ、調べさせて貰った。」

あれ、と指差したのは、が持ってきた鞄だった。
部屋の隅に置いてあり、汚れも無く気絶する前に見たままの姿だった。
むしろ、ちゃんと持ってきてくれたということに喜びを感じる。
見られて困るものは入っていないはずだ。

「怒りませんよ。持ってきて下さってありがとうございます。」

武将が相手だからか、和室の雰囲気がそうさせるのかは知らないが、自然と礼儀正しくなってしまう。

「珍しい……な。」

感心するような、興味があって仕方ないような声色だった。
何がですか?と聞けば、意外な言葉だったらしく、瞬きを数回されてしまった。

「何だよ、自慢でも良いから説明してくれたっていいだろ?」
「じ、自慢?」

そそくさと立ち上がり、バッグを手に取りすぐに戻ってきた。
彼はバッグの表面を撫で、これ、これと繰り返した。

「何の革だ?」

……ナイロンだった気がします。
そんな言葉で、へえーと言われるわけが無いことが容易に想像できて、返答に困る。

「見たことねぇな。中に何か入ってるしよ。」

ああ、ファスナーの開け方も知らないだろうな、とここで初めて気付いた。

「これは風呂敷みたいなものですよ。」
ジーッと開けて、中を見せる。

「おお。」
「訳判らないものばかりでしょう?」

中には、ペンケース、教科書、ファイル、コスメポーチにスマホとiPad……明らかに大学帰りのものだった。
興味津々に覗いてくるが、教えてよいものなのか判らない。
歴史が変わってしまったりしないだろうか?
即答出来ない事を不審がってしまうかもしれないという不安もあり焦ってしまうが、政宗は私の返事を促すことは無く、本を手に取り、パラパラめくった。

すると、外の方でギシッと床を踏みしめる音がした。

「……やべ、小十郎だ。」
そう言うと、すぐに蝋燭の火を吹き消した。
「あ、足音で判るんですか?見つかったらやばいんですね?」
つられて、慌てて荷物を鞄に戻し、部屋の隅に寄せた。

「あぁ、失礼するぜ。明日な。good night!」
「はい、good night、政宗…様?」
「政宗でもいいぜ?……。」

隣の部屋へ通じる襖を開けて、政宗さんは小走りで逃げていった。
小十郎さんにはかなわないのかな?
というか

「名前ちゃんと覚えててくれたんだ……。」
いきなり呼び捨てなのはまぁ、気にしないとして。

足音がどんどん近づいてきたので、横になり布団をかぶった。
それは部屋の障子の前で止まった。
え……まさか入ってくる?

障子が静かに開いて、月の光に照らされる小十郎らしき姿が少し見えた。
「……。」
そしてすぐに閉められ、足音は遠ざかっていった。

ごめんね、小十郎さん
明日、敵じゃないってちゃんと言うから。
信じてもらえるまで言うから。
明日に備えて、瞼を閉じた。
枕が堅いのは我慢だ。