伊達軍居候編 13話



奥州の見知った屋敷に戻ってくると、辺りはすでに暗くなっていた。
城の中はが居なくなったと少し騒ぎになっていた。
大丈夫だよ~ここにいるよ~とのほほんと姿を現すと、とくに怒りもせず皆がほっとしてくれた。
小太郎を紹介しようとしたらいやだと首を振り、消えてしまった。
かすがが教育しろと言っていたのはこのことか!?
それからなかなか出てくる様子もない。

「小太郎ちゃん~。」

夕ご飯を持って屋敷内をうろうろする。
どこへ行ったのだろうか。

「こ~たちゃ~ん」
同じ呼び名ばかり連呼もつまらないのでちょいちょい変えながら。。

「お腹空いたでしょ~?」

人気のない屋敷の隅のほうに来たところで、ストッと軽い物音が背後で聞こえた。
振り返るともちろんそれは探していた人だった。
「小太郎ちゃん、ご飯!」
膳を部屋の畳の上に置くと、小太郎がその前に座り、手を合わせて食べ始めた。
その様子をが黙って見ていると、ご飯を差し出してきた。
「私はもう食べたから大丈夫だよ。小太郎ちゃんの分だから」
そう言うと手を引っ込めて再び食べだす。

忍って普段は何してるんだろ……。
私の護衛ってそんなに仕事無いんじゃないのかな?
色々、お願いしていいものなのかな……。

「小太郎ちゃん。」
「?」
「今日は、近くにいて欲しいんだよね……。」
「……。」
こくん、と頷かれる。
「良かった。ありがと。」
にこっと笑って、胸を撫で下ろした。
放っておけば、佐助のようにどこか分からない所で寝るのだろう。
最初からそれは不安だったし、特に今日は、一人ぼっちで過ごす時間は少なくあってほしかった。



食べ終えたら食器を片づけ、また部屋に戻る。

小太郎ちゃんを待たせて……
……いたはずなのに!
「いない!」
慌てて周囲をきょろきょろと見回し探し始める。

やはり忍の扱いは難しいのだろうか!?

「…………。」
「おわ!?」

背後にいた!
心臓に悪い!

にかまわず、小太郎は足音も立てずに外に向かう。

「どこ行くの?」
「…………。」

振り向いて、おいでおいでと手招きされたので、急ぎ草履を履いて庭に出た。
「ま、待って……。」

ダッ

トントントン

スタ

何の音かって
小太郎ちゃんが屋根に登った音です。
……手招きしてるよ。

「無理だよ!」
「…………。」

戻ってきて

ゆっくり登って見せてくれた。

え、こうやるんだよ~って?

「……やってみるか。」

まずは塀にぴったりくっついて重ねられてる木箱に登っていって足場にして
塀の上に飛び乗って
屋根が最も近くにくるとこまで歩いて
……また飛び乗る。

これが怖い。

塀はそこそこ高いよ……?

「小太郎ちゃん……。」
情けない声が出たぞ……。

狙いの着地点の横に小太郎がスタンバイしてくれていて、大丈夫だから、と言われてる気がするから、受け止めてくれるのだろうか。

「……よ、よし」
確か小太郎ちゃんはなるべく前傾姿勢で前へ蹴り出す感じで……。

「とうっ!!」
戦隊モノっぽい掛け声が出たぞ。

なんとか片足が着いたので思い切り踏ん張って体全体を起こす。

……そういえば私
草履履いて……

ずる

滑っ……

「わっ……!」
小太郎が落下しそうになった腕を取って引き、なんとか体勢を整えることができた。
「ありがとう……。あはは、格好悪いなぁ」
「…………。」
は苦笑いするが、小太郎は無反応だった。
仲良くなるには前途多難だろうか、とも思うが、かすがと会った時も守ろうとしてくれる態度が見えたし、今も助けてくれたので本当に護衛はしてくれるのだろう。
何より、氏政が教えてくれた小太郎像を信じようと思う。
姿が見えなくても危機には必ず風のように現れて助けてくれる、頼りになる伝説の忍だ。

小太郎が歩きだしたので、も後をついて屋根の上を歩く。

夜空に浮かぶ、綺麗な月を見ながら。

大した距離もない、ちょっとした散歩だが、いつもより空が近くて新鮮な気持ちだ。

だが、小太郎にどうしても聞かねばならないことがある。
もしかすると、月を眺めて穏やかにしている小太郎の機嫌を損ねるかもしれないが、それを怖がってはいけないと思って勇気を出す。
「……小太郎ちゃん、明日政宗さんが帰ってくるの。」
「……。」
「政宗さんには、言って良い?」
「………………。」

手が少し震えてる?

「……小太郎ちゃん、伊達のみんなに手を出さないで……。」

私は酷なことを言ってるのだろうか。

「……。」

立ち止まってしまった。

「でも、小太郎ちゃんを紹介しないと……ここに居られるか判らないし……私じゃお給料もあげられない……。私だって居候の身だし……。」

それに私が元の世界に戻ったら小太郎ちゃんは次どこへ……
……どこへでも行けるか?有能な忍だし……

ふるふる

小太郎が下を向いて首を振った。
突然の事に、は何に対しての否定か分からなかったので確認をする。

「紹介、やだ?」
ふるふる

違うらしい。

「伊達軍、許せない?」
ふるふる

これも違うらしい。

「お給料、欲しいよね?」
ふるふる

えっ!?うそ!?

小太郎がを見る。
かがんで、の耳元に顔を寄せて

「……え。」



……喋った……

ぱっと身を引かれて、背を向けて歩きだす。
またはその後を追う。


『傍にいさせてくれるなら、それだけでいい。の好きにしてくれて構わない。』


……なんだそりゃ。

……顔が熱い……。








困惑した顔をしながら布団に横になる。

近くにいろと言ったばっかりに、現在私は小太郎ちゃんと一緒に布団に入っております。
だってこんな可愛い子に出てけなんて言えますか!?
……それに一人じゃ爺さんの事考えそうだし。
あ、考えちゃった……。

「……。」

小太郎ちゃんは寝てる、と思われる。
兜は外しているけれど、長い前髪が目の周りを覆って、瞼を閉じている、だろう、くらいしかわからない。
髪を上げてみようと手を伸ばしたらすごい勢いで掴まれたのがちょっと怖かった。
寝息はわずかに聞こえるのだが、物音したらすぐに起きそうな、警戒は解いていないような強張りを感じる。

「……。」

その姿を見つめながら、氏政からもらった文の内容について考え込んでしまう。

小太郎ちゃんは、私なんかのためにここにいて良いのかな……。
理想は政宗さんに仕えてくれたら……。
でも爺さんの手紙にそうあったのに、無下に出来ないよ……。

北条で見た氏政の笑顔を思い出し、また涙ぐみそうになってがばっと布団をかぶる。
小太郎が起きてびっくりしたようだったが、一言、ごめん、としか言う余裕がなかった。

あぁ……寝よう……。
明日政宗さんに相談しよう……。
でもあれだな……読心術が使えるなら……。
小太郎ちゃんに私のこの迷い、気付かれてるんだろうな……。

今度は、ごめんね、と心の中で思いながら、目を閉じて眠りにつく。










政宗達の帰還は昼頃になるとの連絡があった。
それまで小太郎に剣術を教えてとお願いし、庭に出た。
政宗にもらった短刀を持って。

「おりゃ!」
「……。」
腕を振ると、ぱしっと小太郎の右手に掴まれてしまう。
小太郎は左手を軽く握って自分の腹をぽんぽんと叩く。

「え?もっと腹使えってこと?こう?」

今度はやや低く構え、お腹に力を入れて、体全体を使うように意識して攻撃を繰り出す。
小太郎が刀を抜いて、その一撃を受け止める。

ガキィン!

「あ、いい音響いた!」
「……。」(こくり)

小太郎が軽々受け止めるのに悔しさを感じてしまうが。
少しずつ、回数を重ねるほど感覚が掴めてくる。

「もいっちょ!」
大振りになってしまったが、体重を短刀におもいっきり乗せられた感覚。
「……!」

小太郎の軸足が少しずれた。

「今の良かった?」
こくり
「おお~!なんかちょっと扱い慣れてきたような!」



「……。」

素直に喜び、笑う様子を見ながら小太郎は考える。

は、飲み込みが早い。

俺の動きを事細かに観察し、分析している。

……無意識かもしれないが。

体力と力が無いのが欠点だ。

しかしそれを補う速さを身につけられれば……。

あるいは、的確に急所を突く技術を身に着けられれば


……何を考えてる。


俺はを守るためにここにいる。

命だけではない、立場も。

には未来の知識がある。

頭もいいようだ。

観察力、分析力、適応力、発想力、行動力、判断力…

相手をしていれば判る。

長けている。

気づかれれば、利用されてしまうかもしれない。

そうなれば、今の乱世の情勢が変わるかもしれない。

そうなれば、は傷つく。



だから俺が守る。
そう氏政様と約束をした。
それに何より……。


「…………。」
たくさんの蹄の音が迫ってくる。

「政宗さーん!小十郎さーん!みんな―!」

が大きく手を振る。

「って、あ―!消えないでよ小太郎ちゃ―ん!」



……あの男は、

伊達政宗は、彼女に対してどのような感情を向けるのだろうか。







「おかえり……なさい、政宗さん。」

政宗は近くに来ると手綱を引いて馬を止めたので、は駆け寄る。
しかし血臭を感じると、帰還を喜んだ表情も一気に曇ってしまった。
それに気づいているのかいないのか分からないが、政宗は馬上から笑顔を向ける。

「おう、帰ったぜ。外で待ってたのかよ?俺の部屋で待ってな。」

そのまま通り過ぎて行ってしまった。
それに続いて小十郎や成実達もの前を通り過ぎるが、小十郎は穏やかな表情で視線を向け、成実は笑顔で手を振ってくれる。

……兵の数人がやたら私をじろじろ観察してるのはなぜだ……?





戦の報告は広間で行うと聞き、は言われた通りに政宗の自室で待っていた。
だが半刻もしないうちに家臣の一人に呼ばれ、緊張しつつも兵や幹部の待つ部屋に向かうことになった。
政宗や小十郎、成実の他にも鬼庭綱元、留守政景らが座する中、案内されるまま正座をして、頭を下げる。

「改めて、お帰りなさい。」
「おぉ、もちろん勝ち戦だったぜ。」

それを伝えるために呼ばれたのかと、単純に思えなかった。
には私情があるだけで、政に関係はない。
何より偉い人たちに囲まれて緊張する。

「何ビビってんだよ?」
「ビビりたい雰囲気じゃないですか……。」

そうか?と周囲を見て、政宗は足をくずせと声をかける。
正座がどうとかではないのだが、皆胡座に変えてくれるあたり気遣いを感じて緊張が緩んだ。

「俺に聞きたいことあるんじゃね―の?」
「たくあん似てたでしょ?」
「あぁ、lineがそっくり……って違ぇ!」
ノリつっこみだ!
さすが奥州筆頭!

……という冗談もさておき、聞くべきことを、知りたがっていると思われていることを口に出さねば。
覚悟したとはいえ、下を向いて、一度口を開いて閉じて、拳を握って、時間はかかってしまったが、皆それを静かに待っていてくれた。

「……爺さん、逃げなかった?」
「あぁ、むしろ好戦的だったぜ。」
「……なら、うん。」

好戦的な爺さんて考えられないや。
……小太郎ちゃんを助けてまで……。

「ちょっと……殿……。」
「……政宗様……。」
「?」

成実と小十郎が眉根を寄せて政宗を呼ぶが、本人はそれを気にした様子もない。

「あ、いいんですよ、爺さん……きっと成仏……。」
「勝手に殺すなよ、ひでぇな。」

政宗はに対しもっと気遣え、ということかと思ったが、政宗の言葉は予想していたものとは大分異なり、何を言っているのか理解することができなかった。

「……は?」
「タチの悪ィ国境の騒動を理由にひとまずは禁錮3年。緩いかと思ったがなあ……老い先短いだろうしなあ……。」

まだ決まってないんだ……。
……って違う!!

「爺さん……は……。」
「兵とともに限界まで戦って、後は潔く降伏しやがった。ああいうのは嫌いじゃねぇ。」
「生きてるんだ……。」
「織田が援軍を出すと言い出してたらしいが、断ったんだと。世話にはならんと意地になってたらしい。」

向かいにいるみんなが、少し笑っている。

マジで?
ちょっと
なにこれ
下向いていいよね?

「……う~……」
「うわ、泣きやがった!」

生きてるんだ
よかった
きっと会いたいと言えば会わせてくれるのだろう
小太郎ちゃんも、寂しくないね
あ……そうだ、小太郎ちゃんの事……


「ただなぁ、北条の財宝の一部分が見つからねぇんだよな。」

その言葉にぴたっと動きを止めてしまった。

「まぁ、んなとこにこだわる気はねぇけど。」

……小太郎ちゃん……
給料いらないって
前払いで財宝貰ったのか…?

「北条があんな態度だったんだ。これをきっかけに織田と戦なんてことは無いでしょ。」

成実が喋りながら腕を組んで天井を見上げる。

「北条の土地使って奥州、越後と攻める気だったんだろうが、こうなれば作戦練り直しだろう。下手にごり押しすれば越後だって動く。」

綱元もそう言いながら天井を気にしだした。

「ね。……一気にウチらと対立なんてさすがの魔王もしないだろ。ただでさえ美濃と交戦中?浅井と睨み合い?うっわぁ、贅沢にも程があるね。」
「ちっ……つまらねぇな。」
「そういわないでください、政宗様。しかし警戒はしておくべきかと。北条との同盟後にすぐここへ攻め入ろうとしてた……それは国境の軍備から確実で」
「判ってるよ。」
「……政宗さん。」
「ん?」

頭を深々と下げた。
畳に額がついたが、もっともっと頭を下げたい気持ちだった。

「ありがとうございます。」

成実が慌てたような声で、頭上げなよ!と言うのが耳に届いても、構わずそのままでいた。

隣にストッと軽い音。

見なくても判る。小太郎ちゃんだ。天井裏にいたのか。
視線を向けると、片膝立ての格好で、同じく頭を下げる。
みんな驚いてるだろうか。

正面を見ると

……みんな目を丸くしてます。

「な……。」
「政宗様!お下がりください!」

小十郎が政宗の前に立つ。
気付いてはいたのだろうが、この無防備な状態、慌てて警戒するのも最もだ。
だが小太郎がそれ以上動く気が無いのは、雰囲気で察した。
政宗がすぐに冷静になった。

「俺としたことが、あの時斬ったのは影だったか。」
「え!?」

政宗さんと戦ったんだ……。
負けて、こっちにきたのかな……。
それが条件だったのかな……。
負けを悟れば、引いて私の護衛。

……罰ゲームかな?????

じゃないとすんなり爺さんのとこ離れたりしないよね……。

「小太郎ちゃん……。」

畳についた手を握ると、握り返され……
るどころか腰に抱きつかれて体勢を崩した。

「あぁ!?ちゃん!」
「よよよよかったね、小太郎ちゃん!政宗さん、小太郎ちゃん嬉しいって!喜びすぎだよもう!あはははは…!」
「そうか、それはよかった。小十郎、そいつぶった斬れ。」
「いや―!やめてあげて―!こら!小太郎ちゃん!殿の御前ですよ!?」
「……。」(ぺこり)

かすがのアドバイス、役に立ってますよ……。
こいつには教育が要る……。

「それで?何でそいつはここにいる?小十郎、下がれ。」
「……はっ。」
「こ、この手紙を見てください。」

懐にしまっていた氏政からの手紙を取り出す。
政宗は受け取ると、黙って目を通す。

「……。」
「はい。」
「お前の事は俺が守る。」
「へ……。」

ひぇ~と成実が叫んで頬に手を当てた。
小十郎は首を掻いている。

「それでも、そいつを側に置くのか。」

政宗の言葉を聞いて、何も答えは思いつかなかった。
その答えを持っているのは自分ではないと思い、隣に視線を向ける。
小太郎に向き直り、ゆっくりとした口調で呼びかける。

「……小太郎ちゃん。」

政宗に頭を下げた時、氏政への想いが溢れていたように見えたが、今の小太郎からは全く感情が見えない。

「氏政爺さんは生きてる……爺さんの所へ戻ったっていいんだよ?小太郎ちゃんはどうしたい?」
「……。」
「小太郎ちゃん……。」

なぜ?と逆に問われている気がする。
あなたが命令すれば俺は何にでもなると。
聞く必要なんか無い、と。

「……私……小太郎ちゃんと友達になりたい。」
「?」
「だから、小太郎ちゃんの気持ちが聞きたいんだよ。尊重したいんだよ。」

困ったように、口が開く。

……友達って、何?

判らなくて戸惑っている。

「私と、小太郎ちゃんは対等なの。」
「……。」
「……おい、何とか言えよ。」
「黙ってな、成実。」

すいません、政宗さん。
これはちょーっと長期戦になりそう……

「うお!?」
そう覚悟してたら突然、小太郎ちゃんが私の頭を両手でがしっと掴んで引き寄せた。
耳の近くで小太郎ちゃんの吐息を感じて少し肩をすくめた。
昨夜もありましたなこんな事……。
いや、昨夜はもう少しときめき感じるやつだったような……。

「!」

聞こえてきたのは小太郎ちゃんの意志。
すごく嬉しかった。

「小太郎ちゃんっ!」
あまりに嬉しくて両手を広げて抱きつこうとしたら

「わーーーー!!??」
「そいつ、何だって?」

いつの間にやら後ろに来ていた政宗さんが思い切り私の着物の襟を引っ張った……



『氏政様に一度会いたい。
……そしてここへ戻ってきたい。』