伊達軍居候編 14話



「というわけなんですが、政宗さん。」
「まぁ…有能な忍なんだろうが……。」
「ヘッドハンティングだと思えばいいじゃないですか。小太郎ちゃん、良い子ですよ?」
「お前、ちゃんとあいつの世話できんのか?」
「世話て!小太郎ちゃんを何だと思ってんだ!」

政宗に小太郎を伊達軍に入れてもらえるように交渉していた。
当の本人の小太郎はどこかに行って不在だが。
明日の朝、氏政の所へ出発する事にしたらしいのでその準備でもしているのだろう。
今は政宗との二人きりだ。
はぁ、とでかいため息を吐かれた。

「まあ、あの調子なら危険は無いと思うが。」
「ね!良い子でしょ!!」
「あいつと一回話しがしてぇ……が……。」
「……喋るかなぁ……?でも結構態度で判るよ?」
「面倒だな……試しに酔わせてみるかなぁ……ベラベラ喋り出すかもしれねぇ。」
「だったら面白いけど忍として不安になるやつっっ……!」

というかお酒飲むかな?と首を傾げていると、廊下から足音が聞こえてきた。
この音は小十郎さんだ、と分かるようになってきていた。

「政宗様。」
「おぅ!準備できたか!」
「あ、夕食?」
何言ってやがる、と政宗さんがニヤリと笑う。
「partyに決まってんだろ?」
「そうか!」
勝ち戦だもんね!!
……全く準備手伝ってない!






広間に行けばもう皆すでに酔いが回ってどんちゃん騒ぎをしていた。
成実が豪快に飲んではしゃいでいるのが目に留まる。

「殿―!ちゃん!先に始めてるよ―!」
「おう。」
「成実様が二人は再会の抱擁でもしてるだろうから邪魔するなって!あははははは!」
「……留守さん、完全に酔って……。」
「あぁ、忘れてた。」

政宗が両手広げてに近づいてくる。

「いっ……いらないいらない!」
「恥ずかしがんなよ。」
もちろん逃げますとも!

「あれ?」
駆け回ってたら女中も家臣に混じって一緒に食べてるところが見えた。

「小十郎さん!」
は一人で静かにお酒を飲んでいる小十郎に駆け寄る。
隣に座れば小十郎が微笑みかけてくれた。
「政宗様は?」
「後方で捕まったよ。」

部下たちに酌されているのを指さすと、仕方がないな、というように小十郎が軽いため息をつく。

「なぁ、、戦中何かあったか?」
「え?」
「女中がやたら主張するようになったんだが……。前はこのような場は遠慮していたのに。」

参加したいと意見したのだろうか。
小十郎は心底不思議がるだけで、不快に思っている様子が無くて安心する。

「女性だって楽しいことが大好きなんですよ、ふふ。」
「そうだな…!?」
「片倉様!お酌させてください!」

風呂場で小十郎に憧れていると言っていた女中が、の後方から声をかけてきた。
今まで声をかける機会を伺っていたのかもしれない。
小十郎はそれにただ戸惑っていた。
「い、いや俺は……に酌を……。」
目がと女中を何度も往復してる。
本当に苦手なんだなぁ、こういう色気のある話が、とは笑った。
「一度で構いません!」
かなり勇気を出してここまで来たんだろう。
ここは助け船を出すしかない。
「何遠慮してるんですか?いいじゃないですか。」
「そ、そうか?じゃあ、頼む。」
「ありがとうございます!」

トクトクと御猪口に酒が注がれる。
なるほど、ああいう風にするのか……、と感心しながら見つめていた。
注ぎ終わったらお辞儀をしてすぐに去ってしまった。
お話とかしたかったんじゃないかな、と思うが、居候の身、そこまでのお節介は出来なかった。

「何なんだ……。」
小十郎が困惑しながら盃を呷る。
思わず笑ってしまった。

さん。」
「篠さん。」
篠は湯呑みのような物を持って、に近づいてきた。
「これなら飲めるわよね?特別に作ってみたの。」
「甘酒!?」

これなら酔わずに飲める!と喜んで受け取った。

「ありがとう!」
「いえいえ。」
「篠さんお酒飲む?私、お酌を……。」
「あ、私は……。」

酒が入ると口が悪くなっていろんな物を投げつけちゃうから……。

す、すいませ……。



篠もそそくさと去ってしまい、またすぐに小十郎と二人になる。
「仲良くやっているみたいだな。」
「はい、良くしてもらっちゃって……あ、これ食べていいんですかね?小太郎ちゃ~ん。」
はい、天井からスタッと参上。
小十郎さんが少しびくっとした。

「食べる?」
こくり
「飲む?」
…………ふるふる

あ、なにその間。ちょっと飲みたかったんじゃないか?
しかし人前だと装備外さないなぁ……小太郎ちゃん……。
「ね、この肩のやつとか頭のやつ、外して。」
ふるふる
「だめなの?」
こくり
「……どうしても?」
こくり
「…………小太郎ぉ」
びくっ
「……、勘弁してやれ。」
小十郎に言われては悪ふざけを大人しくやめて甘酒を飲むことにした。






真夜中になっても騒ぎは終わらない。

「……。」
あ、小太郎ちゃんじゃないです。私です。

最近規則正しい生活してたから、眠くなってきた。
……現代じゃ普通にオール出来たのに……。

まだまだ楽しくて、寝たくないなあと思いながらうとうとしてると小太郎が肩に手を添えて支える。
それに甘えて、が寄っかかる。

ちゃん!眠い?」
「……まだだいじょうぶ……です……。」
「眠いんだな……。」
「ha!前は酔いつぶれて今回は眠気に負けんのか!?」
いつの間にやら政宗も近づき、の顔を覗き見る。
「まけてない……もん…。」
「完敗してるだろ……。仕方ねぇな、運ぶか。」
こくり

頷くとすぐさま小太郎がを抱きかかえて部屋へと運んでいった。

「……。」
「殿、残念。」

を運ぶ気満々で伸ばされた政宗の手が居場所を無くして宙をさまよった。

「ある意味真田幸村よりやっかいな好敵手かもしれませんね?」
「……どーゆー意味だ!しらねぇよあんな奴!」

大股で不機嫌さを全開にしながら政宗が部屋を出ていってしまった。
成実と小十朗は少し笑って、兵達に殿に構わず宴会を続けるよう促した。




「そいつ寝たか。」
の部屋の障子を開ければ、布団で寝息を立てるの横で、小太郎が政宗に背を向けてあぐらをかいている。

こくり

「女の寝顔をずっと眺めるたぁ、あんまり良い趣味とはいえねぇな。」

びくっ!

「……。」

小太郎はくるりとに背を向け、政宗の方を向いた。
戦で命のやり取りをした忍と本当に同一人物か疑問に思うほどの素直な反応だ。

を大事だと思うか?」

こくり

……素直だな

が伊達軍に入れと言ったら入るか?」

こくり

「俺のために死ねるか?」

こくり

躊躇わねぇな……。
……そういう教育されてんのか……。

「しかし、お前が死んだらは泣くぞ。俺の言ってる事が判るか?」

沈黙

「死のうとはするな。生きるために戦え。」
「……。」
「ならば俺はいつでも歓迎する。」
「…………。」
「意味が分からねえか?」

一度下を向いて
顔を上げて

分かりたい、と

口が動いたのを、確かに見た。

「……分かるようになるさ。」

そいつの傍にいれば。必ず。







翌朝、早起きをして小太郎に持たせるおにぎりを作った。
気分はまるでお母さんだ。

「小太郎ちゃん、いってらっしゃい。気を付けてね。」
「……。」(こくり)

見送りの際に小太郎に風呂敷に包んで渡すと、腰の防具のすぐ上の腹の部分に巻いてきゅっと縛るのでおかしな格好になってしまったが。

「爺さんによろしくね。いろいろありがとうって伝えてね。」
こくり

頷くと、すぐにバシュ!と音を立てて消えていった。

「……さてと。」

今日もお手伝いをしよう、と振り返り、城に向かう。
毎日これの繰り返しでいいのかと、疑問を持ちながら。
何もしないで戻る手がかりが見つかるとは思えなかった。
人に甘えてばかりもいられない。戻れるように、手掛かりを探す旅にでも出たほうがいいのかもしれない。

―!!」
「え、はい!?」
政宗の声が聞こえ、考えを中断する。
すぐに声のした政宗の自室に向かうと、一人で机に向かい書類に囲まれていた。

「なんでしょう?」
「それやっといてくれ。」
「え?」
部屋に入り、政宗が指をさす場所を見ると、書類がばらばらに崩れて散乱していた。
「落としたらばらけちまった。日付順に、新しいものを上に綴じてくれ。」
「うん、わかった。」

物品名と漢数字がいっぱい記されているが、日付は全てわかりやすい場所に記されていた。
……会計報告書……ってとこかな?と思いながら、ひたすら拾って並べていると、違和感を感じて止まる。

「……あれ?」

辺りをせわしなく見渡して、何かを探し始める。その姿が視界に入り、政宗は声をかけた。

「どうした?」
「一枚足りない気がする。」
「さっきまでは揃ってたぞ?」
初めて見た書類に、そのように何かを言われるということが意外だった。
ほかの場所に飛んでいったようには見えなかった。
「多分合計合わないよ。一覧とかある?」
「それはまだ作ってねえ。ねえなら、外に飛んだか?」
「廊下とか?勢いよく落としたの?」

並べ終わったものを政宗のすぐ横に置いてが外に出た。
少し気になってそれを覗き見る。

一目見て判ったのか?
こんな文字だらけの書類。
俺が見てもうんざりするのに。

「……。」
「あったよ、政宗さん!ちょっとこれ全部食費!?かけすぎじゃない!?」
「うっせぇよ!食事は大切だぜ!?」
「そりゃそうかもしんないけど!だって過去の軍事費と比べて……。」
「覚えたのか?」
「え?大体の額だけど、まあ……。」

そうだった。
こいつの持っていた本が読めたのは、見たこともない漢字の羅列には最初にカナがふってあったからだ。
さっぱりわからない記号の羅列は理解する気も起きず流してしまった。
とぼけた顔をしているが、未来から来たの基礎教養の高さは日本一ともいえるものなのだろう。

「た、他言はしません!」
「当然だ。信じてる。」
「はぁ……どうも。」

信じるという言葉に素直に喜んで照れているをしばし見つめる。

「政宗さん?」
机に書類はたまっているのに、手の動きが止まってしまっていて、今度はが首を傾げてしまう。

「何でもねぇ。じゃ、それ綴じろ。次は」
「え!?まだあるの!?」
「まだっつーほどやってねぇだろ!」
「だって殿の仕事手伝うなんてプレッシャーだよ―!」
「光栄です、っつって大人しくやれ!」
「うわー!無理やりじゃんか!」

政宗に腕を引かれて半ば強引に隣に座らせられる。
嫌そうな顔をするが、役に立てるというのが嬉しくて、行動しなきゃいけないと判っているのに、今が楽しい。

そんなやりとりして気がたるんでる時に、
「戦中は何してたんだ?」
という素朴な疑問を投げかけられた為、
「え……。」
は露骨に怪しい反応してしまった。

「……何してたんだよ。」
「家事手伝い!」
「何で今どもったんだよ。」

あぁああこの人敏感……。
でもそれは本当だし……。

「いや、言ってもオチも面白味もないので……。ま、政宗様の期待にそえないと……。」
「んなもん期待してねぇ!」

みんなで温泉入っちゃいました~。
お団子作りました~。
小太郎ちゃんと山行って夕日見て、
かすがと会って……。
小太郎ちゃんに剣術教えてもらって……。

その時その時出来ることに努めたつもりだったが、今思い出すと遊びすぎなのでは?と思う。

「……おぅい?」
「怖っ!こ、小太郎ちゃんに稽古してもらってました!」

政宗の声が一段低くなったことに驚き、一番無難そうな選択肢を選んだ。
もし団子と言って作ってみろと返されたら、食にうるさい政宗の口に合いそうな料理ができる自信はないし、他国の忍、かすがのことを言うのも憚れる。

「ふ―ん、じゃあこれ終わったら成果見せてもらおうかね。」
「えっ⁉容赦がないですね⁉そこはがんばってるね!って褒めてくれるだけでいいじゃないっすか!!??」

の言葉での抵抗はどこ吹く風で、政宗は先程よりもうきうきした表情で仕事に取り掛かり始めた。
問答無用で決定事項になってしまい、は必死に小太郎に教えてもらった動きを思い出すことに努め始めた。





「しかも!vs政宗ときたもんだ!」

仕事が一段落して庭に出ると政宗が木刀持ち出してきた。

(いやあの木刀って危ないから長ネギとかにしてくれないかな)

にも子供用らしい木刀持たせて対峙する。

(そういえば小太郎ちゃんとは短刀対クナイだったんだよな今思うとあぶねぇ!)

手加減するためだろう、木刀を片手で、体の正面で構えている。

「さぁ、かかってきな。」
「いやあの……。」
「俺からいくか?」
「コワイヨ―!!」

構えてるわけでもなくただ立っているだけの政宗にさえ隙のようなものがには見つけられない。
しかし挑まなければ終わらないのだろう。

「とりあえず、あの、いきます!」

姿勢は教えてもらった。
後は学校で見た剣道の試合を思い出すが、もし力勝負になったら押し負けて終わりは確実だ。
面、胴…は、無理だな。小手だな。うん、小手だ。

そんなことを考えながらひとまず木刀を右方向から政宗の武器を持つ手をまめがけて水平に振る。
政宗が軽々と受け止める。

「へぇ……。馬鹿正直に真正面からくるかと思ったが。」
「そっちのが怖いって…あ!」

政宗さんの剣先が円を描く。
私から見て時計回り……
となると……

武器弾かれ

てたまるかぁぁぁぁ!!

政宗さんの力のベクトル利用したらぁ!

って何か頭では思いつくんだけど

体ついていかね―……。

体に左回りの回旋力がかかったから、不安定になる前に右足を軸に体反転させて政宗さんの横に回り込んだんだけど

「ぎゃん!!」

足がもつれて転んでしまった。

「大丈夫か?」
「かっこ悪い!!」
がばっと起きあがると、政宗さんがしゃがみこんで手を差し伸ばしてくれていた。
さっきまでの意地の悪そうな笑いではなく、優しく微笑んでいた。
「んなこたねぇよ。俺がなめすぎてたぜ。雰囲気はあるな。全く知らねえわけじゃなさそうだし。」
「え。」
政宗の手をとって起き上がりながら、予想してなかった言葉に目を丸くしてしまう。
「見たことはあるって感じだな。」
「未来は平和ですが、命は取らない競争としての剣術はあるんだよ。」
「そうか!よし!Let's do again!」
「なぜそうなる!?」

その話をしてくれと言われることを期待したは、いつまでこれをやるのかと青ざめる。

「政宗さんにとっちゃ準備体操にもならないでしょ!?」
「気晴らしにはなる。」
「まじか……まじかーーー……」
木刀をぎゅうっと握って不安になるが、楽しそうな政宗の表情をがっかりさせるのも嫌だと思ってしまう。
政宗は加減ができるだろうと信頼して、また構えた。