伊達軍居候編 17話



!無事だったか!』
「……。」
『なんと!立派な着物を着ているのう!わしは太っ腹じゃったろ?』
「くそジジイ。」
『なんと!?』

気が付けば枯れた桜の木の下に座っていた。
着物のまま。

、安心せい!一晩しか経っとらん!満月の力で行き、新月の力で戻ってきたんじゃ!とにかく早く帰り着替えろ!日が昇ってきとるぞ!」
「あ、あぁ……。そ、そうなの……?いやどういうこと?」

ふらりと立ち上がり、帰路につく。
体が異常にだるい。まるで長い長い夢を見ていたようだ。
いつの間にか手にバッグを持っていたし。

鍵を取り出し、マンションのドアを開ける。

いつもの、少し懐かしい部屋。

シャワーを浴び、着替えて、パンを食べる。

戻ってきた……。

ハンガーに掛けた着物をみる。

「……。」

懐に、刀の重み。

鞄を開けると、風呂敷に包まれた佐助がくれた下駄。

腕には治りかけの傷。

夢ではない。

一旦意識を現実に向け、スケジュール帳を確認しながら講義の準備をする。

「ジジイ―!!」

自分でも呆れるくらい元気よく家を出た。
舗装された道路は歩き易すぎる。

見える!いろいろ見える!霊感復活してる!

あぁ!ポチ!今日も元気だね!血は出てるけど…!

そこのお嬢ちゃん!今日はいつもより腸が出てるよ!?

大学に近づくにつれ、すでに登校している人がちらほら見えた。
現代人だ……。洋服だ……。

すぐにまた桜の木の下に向かうと、氏政が待ってたとばかりに現れた。

!早いな』
「ジジイ……説明してくれ……。」
『だから、ご先祖様が、力をわしに』
「満月の夜、私はまた戦国に行ける!?」

氏政が目を丸くする。

『何を言っとる!?危険じゃ!』
「なんで……大丈夫っていったじゃん!」
『あのお主をさらに不安にさせてどうする……。気休めの勘じゃ。どこに飛ばされるかもわからず、の体を向こうで保つための力はお主の第六感だ!疲労しているだろう!?』
「う……。」
だから向こうじゃ何も見えなかったのか。
『こんなことをしてすまなかった!だからもう行くでない!』
「でも……。」
『どれだけ心配したと思っておる!?』

氏政の顔が、今まで見たことないくらい真剣なものになる。

『向こうで何があったのかは判らんが、忘れろ……。さぁ、勉学の時間じゃぞ。』
「……。」
氏政の言葉に納得してしまう。
でももどかしくて、拳を握ってしまう。

あんな……あんな別れ方……。

、わしはお主に触れたようじゃな。』
「え?」
『手が、少し暖かくなったのを感じたぞ。』
「うん……。会えたんだ。会わせてくれる人が、いたんだ…。」

振り返って、教室に向かった。



!おはよ!早くない!?」
「おはよ―!もうやる気満々!」

友達と合流し、一緒に座って講義を受ける。
雑談しながらお昼食べて、また講義を受けて
大学が終わったら、友達と寄り道したり、大学に残って勉強したり、バイトに行ったり、その反復がまた始まった。

学食で友人と昼ごはんを食べてながら話す会話に、ああ、そう、そんな会話だったねいつも、と思ってしまう。
どれだけ戦国時代の記憶が強烈に脳に残っているのだろう。
例え忘れたくなったって、忘れられないと思う。

「ね~はサークル入らないの?先輩がぜひ誘って欲しい言ってたんだけど。」
「……そちら飲みサークルでしょ。」
真面目だから無理無理。」
「なんでそんなに出会い欲しくないの~?就職したら結構狭い世界よ?今のうちに他の大学とか学部とかでさ~。」
「ごめん……そういう空気苦手でさ……。」

女友達が唇を尖らせる。
構ってくれるのはありがたいのだが、今はそんなことを出来る精神状態になかった。

「そうそう。は真面目なのが長所だからそういうの巻き込まないでくれる~?先輩って誰よ?」
「!」
頭上から降ってきた声に反応し、上を向く。

…。」
新歓で話してから仲良くしてくれている同学科の男だった。
その先輩の名前を聞くと、女好きで有名じゃねえか!と眉根を寄せていた。
も便乗して、え、そうなの……?と眉根を寄せて不快感を示す。
これから断りやすくなる気がする。

「そんな奴らより俺たち構ってくれない?今日あいつの誕生日なんだけど、飲みどう?」

指差す学食のテーブルには、成績も上の方で顔も整った男たちがこちらに向かってにっこり笑って手を振っていた。
は、ああ~~こりゃみんな断らんな~~と思って見回すと、友人たちは全員目を輝かせる。
「いく―!!」
間髪入れずに答えて、すぐに待ち合わせ場所やお店の情報を聞き出し始めていた。

「やったね。も行くよな?」
「うん。」

即答したのは彼への感謝の為だった。
その先輩とやらが自分を狙っているという噂は耳に入っていて、でも気付いていないふりをしていた。
自分を紹介すれば彼女のサークル内での株が上がるんだろう、ということは分かりすぎるくらいしつこかった。
上手く話を逸らしてくれたお礼だ。

現代社会でもこういう地味な戦はあるんですよ……政宗さん、とふとした時に考えてしまう。






誕生祝いは居酒屋の個室で行われた。
居酒屋らしいつまみやご飯ものが運ばれ、皆笑顔で大学の話や自身の近況を話し出す。

そして時間が経つにつれて席替えを繰り返し、気付けば男女で隣に座って会話をし始める。

あんま飲んでないな。」
「強くないんだよね。」
の隣にはが座っていた。
「そうなの?なんだ!楽しくないのかと思った!良かった。」
「え、ごめん。」
「いいよ!俺こそごめん。」
だってウーロン茶……ウーロンハイ?」
「俺車で来ちゃったから。ここからだと終電早くて。」

酔いが回って、ボディタッチを可愛くする友人たちを横目で見る。
そういうことが出来る人間じゃなくてごめんね、と考えてしまう。

って話しやすいよな~。俺結構人見知りしちゃうんだけど、は大丈夫だった!」
「そうは見えないんだけど、お世辞でも嬉しい!」
「ちょっと!信じてよ!」

それでも楽しそうに笑ってくれるは本当に良い奴で、友達になれてよかったと思う。






!」
「う~?」
「ありゃ。この子だめだ……。!あんた車だよね?送ってってあげてよ!」
弱いと自覚していたのに、いつもより飲んでしまって、友人にもたれ掛かってしまった。
酔っぱらってきたなと思っていたところに、誰かが注文した日本酒がテーブルに置かれた。
そのとき、政宗さんが飲んでいたのは透明な日本酒ではなかったが、飲み方は上品だったなと姿を思い出して。
私にもちょっと頂戴、と声をかけると、ちょっとが一口どころではなかった。

「立てるか?」
「うん……。」
腕を掴んでもらって立つが、足がふらふらしてしまう。

ぼすっと何かに座らされる。

あぁ、車か……。
お尻痛くなんなくてすむ……。

!起きろ!家どこ?」
「大学近くの……マンション……。」
「わからねぇよ!おい……ちゃんと言わないとお持ち帰りすんぞ?」
「……む~……ファミマの角曲がったとこ……。」
「あ、言いやがった。あそこか……分かったよ、マジで駄目なんだな……。」

エンジンがかかる。
上の空で、あの日から欠け続けている月を見つめた。

~、今度二人で飯食おうよ。」
「……うん、いいよ~。」
「やった!そんでまあ色々語ろうぜ!」
「語る?」
「そ!俺、のこともっと知りたいし。あいつらといるといっつもどうでもいい話ばっかりになるしさ。」
「……そうだね、私も……。」

あの日

もっと早くこう言えれば良かったのか。

教科書だとか
勉強してないとか関係ないから

目の前にいる政宗さんを知りたいと

教えてくれと

触れられる距離にいたのに

過去の人だと、そういう目で見ていたのか

あんなに一緒にいてくれたのに、私はいつかいなくなる人だからと遠巻きに見ていたのか

……最低じゃないか。




?」
「ん?」
「眠いか?」
「……うん。」
「……俺の前で寝んなよ?理性吹っ飛んだらどうしてくれんだ。」
「……欲求不満?」

車が大きく蛇行した。

「お前は―!」
「ご、ごめん」
「にっぶい奴だな!」
「……?」

マンションが見えてきた。
手前の路地で車が止まる。

「ありがとう。」
「部屋まで大丈夫?」
「うん。大分意識はっきりしてきた。」
「そっか……。」

降りようとすると腕を掴まれる。

?」
「約束したからな……今度は二人で。」

約束


また共に茶屋に行けるでござるか?

……幸村さんと

帰るときは、俺にちゃんと挨拶してから帰れ。勝手に消えるな。

政宗さんと……



破りたくない

どんなに辛くなろうとも、後悔したくない。


!」
「ん?」
「ありがとう‼!!」

悩んでるくらいなら命かけてやる!
絶対もう一度会って……さようならの言葉を。

さあて、明日は爺さんの説得だ!

ガチャッと勢いよく車のドアを開け、外に出る。

「……何が?」
の言葉は聞こえなかった。










新月まであと4日。

「なるほど、規則性なのね。約15日周期。」
確か佐助さんと会ったときは居待ち月。
逆算して、向こうについたときは満月の次の日。
きっかけとしたら多分、戦国の満月の夜と今の満月の夜がシンクロして、爺さんのわけわかんねえ力がさっさと成仏しろよジジイ。

説明途中でキレるでない!

そして月が力を使った後、私は存在した。
だから着いたのが日が昇った後。

次に行けるのは新月の日だと爺さんが言った。
とにかく満月と新月の日に行き来できるらしいが……。
ご先祖様に聞いたって……。

なんじゃその目は!わしはボケとらん!

問題は時間の流れ。
こっちは一晩しか経っていなかった。
むこうもそうだろうか?
泣いてしまった日の次の日に行けるか?


『うむ。それは行かないと判らぬ。まあこちらの生活に支障はない。じゃが、わしが心配してるのは』
「私死なないよ。小太郎ちゃんがいるもん。」
『なに!』
「きっと探してくれる!」
すいません、確証がない事言ってます。

『風魔が……。わしの記憶ではずっと北条にいた、となっているが……。』
「爺さんが私のために小太郎ちゃんを預けてくれたんだよ?本当にありがとう。きっと急に消えて、驚いてるかな……。」
『あの風魔が……。』
やや話を盛ったが、氏政には随分と効いているようだ。

しばらく考え込むと、わかった、と頷いてくれる。

『仕方ない!もう一度だけじゃ!しっかり会って別れを言ってこい!』
「ありがとう爺さん!かっこいい!」

かっこいいじゃと!?と照れている。
お世辞だったが。

『しかし、やはり不安だから準備は怠るな!武装はするんじゃ!お主の最大の武器は未来の人間であることじゃからな!』
「へへ~、実は防弾ベスト注文しちゃった!ネットで!」

織田の名前が盛んに出てきたから、織田といえば鉄砲!と思い購入した。
買った後で防刃ベストという存在も知っただったが、もう一着買う金銭の余裕は無かった。

『むしろ鉄砲を買っては……。』
「買い方知らないよ……。」
そして犯罪だよ……。

「じゃ、頼むよ!もう少しだなぁ!」
『楽しそうじゃのう……。わしらの生きた時代を好いてくれるのは嬉しいのう……。』
「何言ってんの!じゃ、今日は帰るね!」
いろいろ準備しなきゃいけない、と、足取り軽く帰路に着いた。




防弾ベストが届き、短刀や着物を一緒に一つのバックに入れる。
「よし!スマホもiPadも準備OK、バッテリーフル充電4回分も持った‼写真だろうが音楽だろうが楽しんでもらえる!あと一応、香水もね……。」
小さなアトマイザーに入れ替えて、政宗が気に入ってたらしい香水を鞄のポケットに仕舞う。
それを肩にかけて、元気よく桜の木の下に向かおうとしたら氏政の声がして振り返る。

―!!』
「ぎゃあ!」
慌てた顔して窓にべたぁと張りつく氏政が目に入る。
「何し……。」
『勝手に空間が歪んだ!こっちに来るぞ!』
「え?」

つまり

心を決めなくても

ずっ……

『頭上にっ……!』

頭から飲み込まれて

「えええええやっぱり真っ暗こわいこわい!!!!強制ですか―!?」