最北端一揆~目指せ奥州編 2話
「政宗様、織田の一部の部隊が北の農村に向かったとの報告が。」
「魔王さん……。次は浅井かと思ったが……。」
「率いているのは森蘭丸、魔王の子と呼ばれる者。」
北の一揆を未然に防ぐ?
防ぐなんてとんでもない。
ただ農民を殺しに行く。
「……一揆の対応なら俺たちだってできる。」
わざわざお出ましとは、弱い者いじめがそんなに好きか
「さあて……ご挨拶に伺おうかね。」
「はっ。それと……についての情報は今のところございません。」
「そうか。」
「政宗様……。」
「生きていればいいんだ。どこに居たって……。」
もしかしたらどこかに連れ去られたのかもしれない。
なら助け出せばいい。
絶対に、助け出す。
……死なせたりなんか絶対にしねえ。
もしかしたら帰れたのかもしれない。
だったら……
「最後に見たのが泣き顔なんて、胸くそわりぃ……。」
そればかり、頭に残っている。
「!こっち出来ただよ!」
「早いな~!ありがとう!じゃあこっち手伝ってくれる?」
「任せろ!」
戸惑っていた一揆衆も、作戦を一緒に考えているうちに仲良くなれた。
今は気軽に、明るい声をかけてくれる。
そして今は何をしてるかっていうと、トラップ作り。
だって危ないもん。
真っ向から戦うなんて。
「……。」
「お!いつき!そっちは大丈夫?」
さくさくさく、と、雪を小さく踏みしめながら、俯きがちのいつきに名を呼ばれる。
振り返って微笑みかける。
トラップ作りは私。
そのトラップへの誘導係を決めるのはいつき。
「大丈夫だが……。すまねぇな、こんなことしてもらって……。」
申し訳なさそうな声で、おずおずとおにぎりを差し出してくれる。
「ありがとう。というか、私が出しゃばっちゃって。」
「おらが、みてぇにしっかりしてたら……。」
「……しっかりしてる?」
「かっこ良かっただ……みんなに、命を大切にしろって……気合だけじゃ勝てねえって……生きて、春を迎えようって。」
突然現れた人間の言うことをすんなり聞くなんて思ってもいなかったのに、命を捨てに行くような作戦を聞いているとつい怒りがこみ上げてしまった。
そして説得というか、ただただ自分の意見を熱く語ってしまったのだ。
「しっかりしてないからこういうのが思いつくんだけどね。」
図面を広げる。
この土地で、残された時間で、効率的に敵を戦力を削ぐ……なんてできたらいいなって、一所懸命考えた罠の数々。
大きなものは村の大工さんが指揮をとって勧めてくれている。
私は手軽にできる罠を張り巡らそうと頭を捻る。
子供の悪戯のようなものだって、一歩間違えれば凶器だ。
「ハマったら笑ってやろうな!明るく一揆、だよね!」
「うん!」
優しくいつきの頭をなでた。
「あ、そうだそうだ、いつきにも手伝ってほしいものがあるんだけど……。」
「何だべ?」
戦前の最後の会議の際は村の皆で集まり、食事をしながら穏やかな会話も交わしていた。
「これで完璧だな!ちゃんすごいだなぁ!」
農民総出で取り組み、予定していた罠はなんとか完成させた。
「とにかく相手の兵を減らすための罠だから……戦いは避けられないでしょう。みんなちゃんと武装していつきちゃんを守るんだよ!」
いつきがハンマーを指差して立ち上がった。
「おらだって戦うだ!」
「判ってるよ!」
お米をもぐもぐ食べながら、いつきの細腕とハンマーの大きさを交互に見比べる。
一度、振れるの?と聞いたらひょいっと持ち上げて見せてくれた。
戦場でぶんぶん回したら大迫力じゃなかろうか。
「いつ頃来るの?」
「判らねぇ。見張りからの情報がはいらねぇと。」
「情報が見張りってーと……軍隊が見えたらってことだよね?」
美味しそうな味噌漬けに箸を伸ばす。
最初は貧しいのだろうかと食事も遠慮していたけど、私がどんなに食べても皆の食べる量には全く叶わなくて、今では満たされるまで食べるようになってしまった。
さすがは肉体労働者たちだ。
「……そうなるだ。」
「OK、余裕余裕。いつき達、いつもこうやってがんばってんだろ?だったら私も頑張ります。」
「……。」
「いつき!私いつきの楽しそうな顔あんまり見てない!辛いときこそ笑うの! みんないつきの笑顔が大好きなんだから!いつきが笑えばみんな元気になれるんだから!ね?」
「そうだ!いつきちゃん、笑ってけろ!」
「いつきちゃーん!」
「みんな……。」
愛されてるな、いつき……。
私も戦えれば、力になれるのかなあ……。
「ちゃんの事も、守るだよ!」
農民のありがたい言葉に照れてしまう。
だけど私は少しでも守りたくて、助けになりたくてここにいる。
気持ちだけもらって、できる限り戦おうと気持ちを高める。
「戦中はいつきのそばにいて良い?」
「もちろんだ!は……おらの、友達だもんな!」
いつきが手を握りしめてそう叫ぶ。
不安そうに。
「友達だよいつき―!」
私も拳を握り叫ぶ。
すぐにいつきの顔がぱあっと明るくなった。
「!は、いろんな事知ってるだよな!教えてくれ!この村の外のこと、教えて!」
いつきが飛びついてきた。
軽いからしっかり受け止めることができた。
「うん、知ってることでよければ。」
その夜はいつきと一緒の布団に入り、いつきが寝るまでお話した。
向けられる瞳はずっとキラキラしていた。
この子のことを守りたいと思うには十分だった。
国境をすぎてやっと村が見えてきた。
この村を破滅させれば、甘い甘いご褒美が待っていると思うとご機嫌になってしまう。
「ちっちゃい村だな―!警備もいないし、所詮は農民だよなあ!」
小柄な体とは不釣り合いな大きな馬から、一人の少年が降り立った。
「この蘭丸様がぶっ潰してやる!」
弓を構えて、走り出した。
「、その格好、かわええな。」
「いつきの服のが可愛いよ?」
現代の服を可愛いと言ってくれるとは、いつき見る目あるなと何様な感想を持つ。
「始まるだよ……。」
「うん。」
いつきがハンマーを握りしめる。
は短刀を握りしめ、空を仰ぎ、願った
無事を
成功を
平和を
忍が政宗の傍らに現れる。
「報告致します、政宗様。」
「おお、寒いなおい~。雪降りそうじゃねぇか……。」
もうすぐ国境、ということで伊達軍は休憩をしていた。
寒さに一部の薄着の野郎がgive upしやがった。
ごめ……殿……
なら着ろやあああ!成実!
肉体労働派の変な意地が……筋肉出したくて……
撃たれたらどうすんだ―!!
ぱちぱちと大きく瞬きをし、身体を丸めて酒を持った格好のまま政宗を見上げる。
「撃…?え?偵察じゃないの?」
「農民が負けんだろ。助けるぞ。」
さも当然といわんばかりに政宗は腰に手を当てた。
「それが……織田側の不利です。」
沈黙。
「無駄足~。」
「うるせ―!どういうことだ!?」
呆れ顔の成実を放って、政宗は忍に今にも掴みかかりそうな勢いで問う。
農民の怒りとはそこまでのものかと思えず、何とも言えない嫌な予感がしてくる。
「数々の罠にかかり、兵が壊滅状態のようです。まあ、農民と侮り、数も少なかったようですが。」
「罠?」
「なるほど、地の利を生かしてるのだな。それでどのような?」
小十郎も関心を持ち、興味深そうに近づいてくる。
「まず、村に入る門が狭かったそうです。一気に進入させずに、時間差を付けるためかと。」
「ほう……建て直したぁ、ご苦労なことだな。万全に備えて迎え撃ってるわけか。」
政宗が腕を組んでにやりと笑った。
あの織田軍が農民の作った罠にはまっている、それだけでおもしろい。
「いえ、門の周りに石を積んでそれを雪で固めて、狭めていました。ただの積雪に見えるよう、形も工夫されて……最初は私も分かりませんでした」
「……経済的だな。」
「殿とは大違いだね~。」
「うるせえ。」
政宗と成実のやりとりに少し頷きつつ、小十郎が報告の続きを促す。
「その先には坂があり雪玉が転がってきて、絶妙に美しくひらりと避けたら避けた先に落とし穴が」
「待て。なんだその主観的な報告は。」
「聞いたんです」
「聞いた?」
落とし穴にはまってた人に。
聞くだけ聞いて放置してきたな!?助けてやれよ可哀想だろ!
「その後、猪など獣にかける罠多数。障害物も多数で鉄砲が使えない模様。 民家からいい匂いがしたので入ったら食べかけの食事があったため、ついてるぜ!と疑いなく食べたら腹痛。」
……腹痛の奴に聞いてきたな……。
はい。
「食べかけだから気が緩んだんでしょうか。」
小十郎がはは、と笑う。
単純だが、数打てば当たる罠だ。
しかしその中に、相手方が主に使う武器が飛び道具と分かっているような罠が含まれているのは気になる。
「その先なのですが、いつき門と呼ばれる門の横に、橋が架かってる地点があり、先行部隊が足を踏み込むと橋が壊れました。」
「強度弱めたのか?……そりゃ思い切ったことを……橋が無くなりゃこの先困るだろが。」
「いえ、ですから門の横……門は閉じられていたので大多数がその橋に足を踏み込み……氷の技を使える者が居たのでしょう。崩壊した様を見た感じですが、ある程度の厚さのある氷に昨夜の雪が積り、それなりの道に見えました。吹雪で視界も悪かったので、それもあるでしょうね。」
ふーん、と政宗が腕を組む。
何かを考え込むように、視線を空に向けた。
「あと坂が凍ってる所があって、兵がツルツル滑ってましたよぷぷぷ……。転けた兵を農民が捕らえ」
「待て!それじゃ農民までツルツルだろうが!」
「政宗様……まるで農民がハゲみたいな表現は……。」
「これ見て下さいよ!あ、気をつけて持ってください。」
忍が背に手を回し、藁でできた長靴を取り出して差し出す。
「いて!」
「政宗様!?」
「なんか仕込んであんぞ!?釘か?」
足底に無数の棘が突き出ている。
政宗は指先でつんつんと触れたり摘んでみるがなかなか強く固定されている。
「薄い木の板に先端が貫通する長さの釘打ちつけて、それを靴の裏に仕込んでるんです。それが滑り止めの役割をしていたようですね。」
で、これ誰の?
そこら辺にいた人の盗んできました。
可哀相!!
「……ふーん、それで今は。」
「森蘭丸が残りの兵に守られながら侵攻中です。」
「これは全て農民の知恵か……?」
「誰か手を貸してるかもって?でも武士はこんなことするかね?」
「……。」
木の上にいた小太郎が動く。