伊達軍居候編 03話



「good morning!!」
「む……むぅぅ……。」

ぴしゃあん!と音を立てて障子が開かれた。

「ha!まだ寝てるのかよ!」
「お……おはようございます……今起きます……。」

怪我人にその起こし方は無いんじゃないか…?と思うが、この城の主が自分と話したがっている良い兆候と受け止め、疲労が抜けきれない体を懸命に起こした。

「あれ?」
視界の隅に、ぴんとはねた髪が映る。
寝癖がついているようだ。
「鏡……。」
政宗から顔と髪を隠すように俯きながら部屋の隅の鞄の元へ行き、中から鏡を取り出す。

「oh…」
「わああ!ストップ!!身だしなみ整えますから!まだ寄らないで!」

政宗が後ろからのぞき込もうとするのを、鏡で顔を隠して防いだ。
昨日会った人間に寝起きを見せられるほど、自然体でいられる人間ではない。

「これが鏡?でけえなぁ……生意気なもんだ。」
「生意気って……。」
学校帰りに雑貨屋で買った安物に生意気って何…?と思ったが、氏政がそういえば鏡はこの時代貴重品だったと言っていたのを思い出す。
あまり気軽に出していいものではないのだろうか。

待たせるのも申し訳なく、ある程度整えて政宗の方を向くと、廊下に小十郎が立っていた。
「あ、おはようございます、小十郎さん。」
「……お早う。」

何か言おうと口を開いたら、ぱたぱたと軽い足音が聞こえてきた。

「失礼します、政宗様。着物はこちらでよろしいですか?」
女性だった。質素な着物ながらも、教養のある人物なのだろうと感じさせるオーラがあった。
しかし、話す内容を聞けば女中のようだ。
所々に小さな花の模様のついた、薄いピンク色の着物を政宗に見せていた。

「おう、いいじゃねぇの?」
「着物?ま、政宗さんそんな可愛らしいものを着るのですか……?あ、いや、に……似合うんじゃないでしょうか?」
「ah?何言ってんだ?ほら、お前に。」
「え?いいんですか?こんな可愛いもの……。」
「むしろ着替えろ。その服汚れてるだろ?洗わねえと。」
昨日、馬に乗ったり森に行ったりしたことを思い出す。
「ということは布団も……。」
「あぁ、今から洗う。」
「すいませ……。」
「なあに、気にすんなよ。」
仕方ないこととはいえ、お世話になりっぱなしなのが申し訳ない。

政宗と小十郎は廊下に出て行った。
女性が着物を着せてくれるらしい。
下着姿になった時点で彼女の動きが止まる。

「これは……?」
そうだろうなと思いつつ、残念な気持ちが隠せず眉根を寄せてしまった。
「えと……こういった感じのものはここには……」
「あの、申し訳ないのですが、このようなものを見るのは初めてで……。」

下着を付けないというのは、正直抵抗がある。
しかしいらない布でもあったらそのうち裁縫でもして作ろうと思い立った。
これから政宗や小十郎と話す時にはもちろん間に合わないが。

「い、今は、仕方ないですよね……。」

とりあえずここは彼女を困らせないよう努める事にした。
着終わると、次に何をしたら良いか戸惑うに、片づけをしながら言葉をかけてくれた。

「とてもお似合いです。」
「ありがとうございます!」

そしてすぐさまの着ていた衣類を持って行ってしまった。

「えっと……どうしよ……。政宗さん~?」
部屋から顔を出すとすぐに楽しそうな声と共に政宗が姿を現す。
「お、なかなか似合うな。」
「政宗さん……ありがとうございます。」
「捕虜じゃねえんだから、当然だろうが。朝飯食おうぜ。come on!こっちだ」
「はい!」

どんな食事か楽しみで笑顔になる。
この時代って健康食じゃなかったけ?




ここだ、と案内された部屋には小十郎しかいなかった。
それと3人分の膳が用意されていた。
ご飯に野菜のすまし汁、鰹、大根の味噌漬けなどが並び、現代社会で不規則な食生活になっていたには、食べきれるか不安になる量だった。

政宗が肩にぽんと手を置いた。

「俺の部屋だ。」
「えっ……。いいんです?ここで食べて……。」
「あぁ、少人数のが何かと話しやすいだろ?」
「ありがとうございます!」

正直うまく話せるか判らないけど、出来る限りがんばってみよう。
両手を合わせていただきますをして、すまし汁に箸を伸ばす。

「おいしい!」
「そりゃそうだ。小十郎が作った野菜だぜ?」
「小十郎さんが!?」
じぃっと小十郎さんを見つめて、すごくおいしいです!とにやけ顔を隠さず向けたら、少し笑った気がした。
それが嬉しくて、絶対に残さず食べよう、と思った。

一通り食事を済ますと、いよいよ本題に入る。
意外にも切り出したのは小十郎だった。

「……で、あんたは本当に北条の奴じゃねぇんだな?」
「あの、はい。そうです。」
「小十郎、そんな怖ぇ顔すんなって。」

そうですよ、と同意したくなるくらい、睨まれている。

「何者なんだ。随分と珍しいものを持ち、見た事のねえ服装。南蛮から来たのか?」
「違います。えと、あの、未来から……来ました。」
いざ口にすると恥ずかしい。
はいそうです南蛮人です、と言えば納得するのかもしれないが、それは昨夜の政宗との約束に反する。
どうしてもそれだけはしたくなかった。

「……政宗様、この者は……。」
「ちょっと!最後まで聞いてよ!そのかわいそうな人間を見る目はやめてくださいます!?」
「…unbelievable」
政宗は普通に左目を丸くし、驚いていた。

「政宗様!?信じるのですか!?」
「yes」
「政宗様!」

疑われるのは承知の上だった。
構わず続けることにした。
「未来で……元居た世界で私は北条氏政に会いました。もちろんすでにお亡くなりになってました。霊を見る能力が私はあったので……。」

小十郎が政宗に向けてた目を再びに向ける。
政宗はずっとから目を離さなかった。
それに応えるように、先を続ける。

「それで氏政爺さんが生前の自分を私に見せたいってご先祖様に頼んだら叶えてくれたんだとさ。つまりジジイのせいで時の迷子さ。あっはっは」
しかしいざ言葉にしてみると、何この私の境遇、ゲームのやりすぎじゃないの?などと思えてきて、投げやりになってきた。

「小十郎、来い。 、お前もだ。」

突然、政宗が立ち上がり、足早に部屋を出てしまった。
と小十郎は慌ててついていく。

向かった先は、が寝床にしていた部屋だった。
問答無用と言わんばかりに、のバッグを開けて逆さまにし、中身全て畳の上にぶちまけた。

「いや―!!スマホ―!!」
「……これは……?」
「全て未来のものなんだな?aren't you?」
「そうだよ!丁重に扱ってよ!」

昨日は気がつかなかったが、お菓子やら友達に借りた小説も入ってた。
こんなに詰め込んでいたかと、自分のものながら慌ててしまった。

小十郎が、興味あるのだがどこから手をつけていいか判らないようで、とにかく目についた物に触っていた。
そんな小十郎が少し可愛かったので

カシャ

「!?」

コミュニケーションにもなるだろうと、写真をとってみることにした。

「小十郎さん、写真写りいいねぇ~。」
「なんだそりゃ!?見せろ!」
「政宗さんも!止まって~!」

カシャ

きょとん、とした表情の政宗が撮れた。
かっこいいんだか可愛いんだか判らなくて、クスッと笑ってしまった。

「俺が居る!見ろよ小十郎!」
「はぁ……ど、どうなっているのだ……?」

二人で小さい画面をのぞき込んで、首を傾げて不思議がる。
失礼ながらも、可愛らしく感じて仕方が無い。

その後も、本を開いて説明をしたり、朝食を食べたばかりだったが、入っていたチョコレートを開けて一口ずつ食べてもらったりして、自分のいた世界の話を聞いてもらった。

約400年先という飛んだ文明を見て、小十郎も、南蛮のものなんじゃ……、という疑いは薄くなっていった。
何より、政宗が信じている。
を疑い続け、発言を続けるのも限界があった。

「……判りました、政宗様、この小十郎も、この者の言うことを信じます。」
「いいねぇ、coolだぜ!小十郎!」
「ありがとう!小十郎さん!あ……の……それで、どうやって帰ったらいいか判らなくて……。」
それが一番の深刻な問題だった。
正直、このままここにいても、戦国時代を生き抜ける自信はない。
「……爺さんがkeyになってるかもしれねぇのか?そうさな……面白いもん見せて貰ったし、いいぜ、、協力してやるよ。どの道、俺も爺さんに用はあるしな。」
「まさむねさまああああああ!!」

なんて優しい!
心が広い!
と思ったら、なんかにやにや笑ってる!

違う!この人楽しんでるだけだ!!

でも何にせよ、帰れる希望が見つかって、万歳して喜んだ。
政宗さんが単純だな、と笑ったが、いいんです!
嬉しいんですもの!

「といっても今すぐってわけにもいかねぇからな、今日は城の中案内し」
「政宗様、仕事がたまっております。」
政宗が言い終わる前に小十郎が口を挟んだ。

「しかしこいつは客だし」
「北条側にもう一度文を出しましょう。話し合いの場を設けませぬと。のことを多少記して構わねえな?」
「えっ!あ、えと……はい、もちろん。」

政宗にかける口調と、自分に向ける口調の違いに驚いてしまった。
しかし、少し乱暴な物言いの方がこの強面には合っていると感じてしまう。
それに、いやらしいものでなく、彼のように対する人物によって素早く態度を切り替えることが出来るというのは、格好良い。

「小十郎……おい。」
「政宗様」
「…uh……判ったって、たく、おい、女中に案内してもらえ。さっきの奴。」
「はい、ありがとうございます」

政宗は手を振りながら自室に戻っていった。
残されたは小十郎に視線を向ける。
それに気付いた小十郎は、部屋に散乱した鞄の中身を指差した。

「片付けるのは、手伝う。」
「すいません…。」

まだどう接して良いか判らず、自分からはなかなか話しかけづらい。

(というか警戒されてるよね絶対……。いや、逆にいきなり城に来ちゃった人を警戒しないほうがどうかと思うけどさ、小十郎さんは正しいと思うけど……。)

お世話になる所の人間だ。
信用してもらうために自分から積極的に動かなければいけないとは思う。

「…………。」
(ご趣味は?なんて聞けないしなああああああ!!!!!!!!)

悩んでいるうちに、片付け終わってしまう。

「この部屋、」
「何でしょうか!!!!」
「……お前の部屋にして良いからな。」

小十郎から話しかけられたのが嬉しくて、思いっきり元気のいい返事をしたら、用件はそれだけだった。

「私のためにこんな広い部屋を、ありがとうございます!」
しかし構わずハキハキとした態度で返す。

「……怪我は心配ねえ様だな。」
「あ、怪我は、大丈夫……みたいです。」

答えながら、次の日に大丈夫、と言える様な深さで無かったことを思い出し、腕を見る。

「……少し、ズキズキしますが……。」

傷口の様子が気になる。
だが、妙な予感がして、一人のときに見ようと思った。

「……まあ、大人しくしていてくれな。色んな意味でよ。」
「承知してます……つもりです……。」
正直に言えばお城を見て回りたいし城下にも行ってみたい気持ちだが、そうは言えなくなってしまった。
「小十郎様、お待たせいたしました。」
「おう、こいつを案内してやってくれだと。」
小十郎の言い方に、うっ……と言葉が出そうになるのを堪える。

(それは、政宗様がそう言うから仕方ねえ、俺は許可してねえ、って意味ですよねえ……。)

悲しみを感じながら、しかし今どうにかできるものではないと判断し、女中さんに近づいてよろしくお願いしますと頭を下げる。

「城内をご案内致します。どうぞこちらへ。」
「あの……私といいますが、あなたは……?」
「私は篠と申します。」
……笑ったら絶対可愛いのに……顔崩さないなぁ……

小十郎にお辞儀をして別れ、先行する篠の後ろを着いて行く。

「まずは……そうですね、温泉がございますので、そちらへ行きましょう。」
「おおおおんせん!?」

まさかそんなものがあるとは予想できなかったため、必要以上に驚いてしまう。


廊下をしばらく歩くと、1つの戸の前で立ち止まる。
「こちらです。」
引き戸が開けられ、脱衣場らしき部屋に一歩踏み込む。
さらに奥にある戸の隙間から湯気が漏れていて良い香りがする。

近づいて、からからと戸を開けて中を覗く。

「わぁ!いいなぁ!毎日温泉入れるなんて!」

感動のまま駆け寄り、湯に手を入れるとちょうど良い湯加減。
柔らかな水質で、期待が膨らんでしまう。
案内してくれたのだから、きっといつか入らせてくれるだろうと考えてしまう。

「政宗様は基本的に、ご自分で体を洗います。」
「ん?」
なんですかそのプチ情報。

「背を頼まれることがあるかもしれません。そのときはあちらにある清潔な布で……。」

んん?

「次は調理場を。」


何か引っかかるがそれが何なのかよく判らないので彼女に従い後ろをついていく。

「調理を任せられることはないでしょうが、こちらです。」
「はぁ。」

たどり着いた先にあったのは、竈など時代劇で見たことがあるものが揃う調理場だった。
もし料理しろといわれたら、絶対に一人では無理だ。
炊飯器も冷蔵庫も、それどころかガスも電気も無い生活が考えられない。
……水汲みと、漬物ぐらいなら、できる気がします。
そのくらいしか思いつかず、苦笑いした。

「戦があると忙しくなります。その時は兵達への配膳の手伝いもしてください。」

‘も’?

「次は……あぁ、そうです……こちらへ……!」
「ちょ、待ってください、えーと、風呂があっちでここが調理場で……!」

必死に城内見取り図を頭の中に作りながら、そして迷わないようきょろきょろして目印を見つけながら着いて行く。
障子も柱もいっぱいありすぎて目印になるのかは謎だったが。

今度は比較的小さな部屋。
廊下に面していない、襖に囲まれた部屋。

「こちらが寝巻きです。」
「あぁ、どうも……。あれ、でもさっき……。」

この部屋を使っていいからな、と小十郎さんに言われたから、寝食は先ほどの部屋では……?

「殿が来る前にこちらにいて下さいね。蝋の火は消さずに。」
「……殿?」

あぁ、何?
篠さんは私を政宗さんの嫁さんか何かだと思ってるの?
いや、扱いからしてあれだろ、いわゆる

「篠さん!!私、違います!小姓でも側室でも何でもないですから!」
「えっ⁉違うのですか⁉女性を連れてくるなんて初めてで私はてっきり政宗様もついにそういうお年頃にと…。」
「そういうお年頃はとうに過ぎているような⁉」
「hahaha!俺は構わねえけどな!そういう相手でもよ‼」

スパーン!と良い音を立ててひとつの襖が開いた。

「政宗様!」
「ままま政宗さん!?」
「隣で仕事中だよ。声筒抜けだぜ。」
「びっくりしたけど丁度良いや!!あの、私はここで一体どういう立場で……!?」
「oh、Don't worry!今夜の夕食の席で紹介しようと思ってたんだぜ?」

手を顎に当てて笑いながら、何かを思案中な政宗はとても無邪気な子供の様に見えた。

「いっそ、そういうことなら誰も怪しまねぇかもな……。というか、こんな珍しいやつ正室にしたら面白そうだな!!」
「いややややや!無理無理無理無理!!形だけでも無理!ってゆーか正室いないの!?」
「おいおい、つれねぇな……。傷つくぜ。」
「政宗様の事を思っての無理!」

武将の嫁なんて務まる気がしない!!!!