最北端一揆~目指せ奥州編 5話



「旦那!どこ行くんだ?」
「……まだ、仕留め損ねた兵がうろついているだろう。お館様に伝えてくれ。」
「……はいはい。俺も同行しますかね。」

戦になるとこうだ。
真面目すぎる狂気。
お館様のためにと、それだけの、純粋な黒い想い。

「今晩帰れるかねえ~……。」

槍を強く握り走り出す主を、ため息をつきながら追いかけた。












「なぁ、疲れてない?」
「ヨユーヨユー……。」
町は通り過ぎて再び山道に入ってしばらく経った。
歩きっぱなしで、しかも身長も体力も全然違う慶次に付いて行くとなると、疲労の溜りが早く感じる。
バイクや車や電車に頼った生活をして、この世界の誰よりも体力が無いんじゃないかと考えて落ち込む。気にかけてくれる慶次に申し訳ない。

「……慶次は、疲れてない、よね?」
「疲れてないよ?」
「だよね!じゃあ私も疲れてない!」

気合を入れようと元気に叫ぶと、慶次が吹き出した。そして声を上げて笑い出す。

「負けず嫌いだな!俺に甘えたって良いって!誰も見てないんだし!」
「甘えって……弱音吐いたって距離が縮まるわけでもない……。」
「ほら。」

武器を前に斜めにかけて慶次がしゃがむ。
前傾姿勢で、肩越しに振り返る。

「乗りな!」
「お、おんぶ!?恥ずかしい……!」
「ここは人通りが少ないんだ。足を捻ったとでも思えばいいだろ。」

ほらほら、と促されて慌ててしまう。
断って、そのうち歩けなくなってしまう方がよっぽど迷惑だろうか。
おずおずと近づいて、その背に身を預けてみる。
どっこいしょ、というように立ち上がるかと思ったら、慶次は何でもないことのようにスっと自然に立ち上がるので驚いてしまった。

「軽い!走れそうだな。」
「ほ、ほんとに!?無理しないでよ!?」
「してないよ!余計な心配しなくて平気だから!」

体力が回復したら下ろしてもらおうと考えてお世話になる。
うーん……。慶次の束ねた髪が、顔や体に当たってくすぐったいやら気持ちいいやら。

「けーじー、ごめんね―。」
「あーあー!耳元で言うな!」









前田家に着いた頃には日が落ちていた。
結局慶次は疲れた気配も見せずにおんぶし続けてくれて、途中でまた馬を借りることもできてうまい具合にたどり着けた。
前田もこれまた城に住んでるのかなと思っていたが、案内されたのは大きめだが普通の民家に見えた。
門をくぐって玄関に入ると荷を降ろし、奥に向かって大きく叫ぶ。
「まぁつ姉ちゃ~ん!松茸もらってきた~!」

すぐに、ぱたぱたと軽い足音が近づいてくる。

「早かったわね、おかえりなさい慶次。寄り道しなかったよう……ね?」

出てきたのはエプロンをした綺麗なお姉さんだった。
わっ、この人がまつさん?素敵な人……!

「慶次!!また女の子に声かけて!節操がないのもいい加減になさい!!」
「っつ……!」

笑顔で迎えてくれたと思ったら、隣にいるの姿を一目見ると、眉を吊り上げて怒り出した。
怒ると怖い人なんだな!?

「まつ姉ちゃん!誤解されるような事言うな!困ってたから助けただけだよ!」
慶次が私の後ろに隠れてしまった。
「はっ、初めまして……。と申します。」
「これはこれは。見苦しい所をお見せしてしまいました。わたくしは前田利家が妻、まつにござりまする。」
その場で膝をつき、深々とお辞儀されたので、自分も慌てて頭を下げた。
「どうも……。ええと、目的地までの道が判らず、慶次さんが地理にお詳しいようでしたので、案内して頂いてます。」
「あらそうでしたの。私ったらてっきり……。どちらまで行かれるので?」
「奥州です。」
「まぁ、ではもう日が暮れております故、今日はこちらで休んでいっては?」
「え……?」
「俺もそうした方が良いと思うな。疲れただろ?強行軍だったしな。」

その言葉にまつが反応した。

「慶次!このようなか弱き女性に対して、何てことを!配慮がなってません!そんなことでは……」

お説教再開……!

「わっ、私が休まず行きたいと言ったのです!途中、私を案じて背負って下さったりして……!慶次さんにはお世話になってしまって!」
「あらそうでしたの?」

……嫌だぞ、こんなパターンが延々と続くのは……。

「そういうことだ!ほら、松茸!利は?」
「奥で休んでます。慶次、いたずらしてはなりませんよ」
「へいへい。」
「いたずらするの慶次?」
「へへ……後で良いもん見せてやるからな。」

慶次がまつさんに聞こえないようこっそり耳打ちをした。

利家さんドンマイ……。

慶次が私の腕を取って家の中に入った。
そのままついていくことにした。

「利ぃ!紹介したい人が居るんだけど!」
「ちょっと慶次!利家さん休んでるんでしょ!?」
「大丈夫だよ!あれ?俺、あんたに利の本名言ったっけ?」

言ってなかったっけ……?

「言っ……われなくても判るってぇ!!有名だし……「あ、そか、さっきまつ姉ちゃんが言ってたんだっけ。」
「……うん、そうだよ!!!!!!!!」
はコロコロと意見を変えたが、慶次はあまり気に留めていないようで、にこにこしていた。

「何だ慶次~。帰ったのか~!」

前から、今度はどたどたと大きな足音を立てて男が近づいてくる。
とても薄着の、露出の多すぎる男性で。
この人が利家?
直視していいのかしら?

「利!この子って言ってね、俺の嫁さんに「ならない。」
口挟んですいません。

「ははは!なんだ慶次!ちゃんと紹かっ」

ずぼっと床が抜けた。
上からタライが落ちてきた。(ドリフか
利家さんが下向いた。
何か踏んだようだ。

「いてててててて!!ぎゃー!!」
猫のしっぽだったようだ。
フー!!という鳴き声。
かなり引っかかれてるのだろうと、利家の表情で推測できる。

「あははは!利!猫は俺も予想外だ!」
「助けなよ。」
「いや!?お嬢さんが助けてくれても良いんだけどな!?」

ここは、幸せそうな家だ。








まつがすぐに食事を作り、食卓を囲んでのどかな夕食の時間となった。
いただきます、と手を合わせ、ほかほかのご飯と味噌汁を堪能する。

「へ~、越後から来たのか。確かに女性一人であの辺りは今は危ないなあ。慶次!偉いぞ!」
「まあな!」

すごい勢いでご飯を口の中に放り込みながら二人が喋る。
その気持ちも分かるくらい美味しいお米だったが、行儀が悪くて呆れてしまう。

さん、ご飯が進んでないようですがお口に合いませぬか?」
「いや、まつさん、二人と比べないでくれ。」
「「おかわり!」」

二人同時に空の茶碗を勢いよく出してきてびくりと驚いてしまうが、まつは穏やかに茶碗を受け取る。
慣れなのか!?それとも私が家庭的でないということか!?

さん、よろしければ慶次によそって下さいませんか?」
「あ、はい!すみません気づきませんで!」
「いいえ。こちらこそ申し訳ございません。慶次がさんにして欲しそうな顔をしておりまして。」
「さすがまつねえちゃん!のよそったメシ食いたい!」
「炊いたのはまつさんなんだから……。」
「そ。まつねえちゃんが炊いた米をがよそってくれる!!最高だねえ!!」
「ちょ、調子がいい……!!」

満面の笑みで素直に言われると悪い気はしない。
茶碗を渡して、また自分の食事を始めた。
おかずには今日取った松茸が香ばしく焼いてあり、越後で食べたものとはまた違った味付けで美味しい。
こんなに松茸を食べられる日がくるなんて、幸せでゆっくり噛み締める。

「明日すぐに行ってしまわれるようなのですから、たくさん食べてゆくのですよ?」
「はい!ありがとうございます!」
「ん?どこへ向かうのだ?」
「奥州の青葉城のほうに。」

それを聞いた利家が箸を止めて目を丸くした。

「……今行くのか?」
「えっ、なぜですか?」

利家は真剣な顔つきになった。
箸は動かし始めて食べながらだったが。

「昨日、独眼竜が呼んだ南方からの客人が、向かう道中で豊臣軍にやられたらしい。なんでも、鉄砲を誤射したらしい。それで伊達はいきり立ってると聞く。」

慶次が豊臣という言葉に反応した気がしたが、それどころではなかった。

「え!それって、戦するってことですか?」
「いや、とりあえず豊臣が謝罪しに行くと聞いたが……。それが竹中半兵衛自ら出向くという話だ。独眼竜はそれを受け入れたようだが、警戒はしてるだろうな。片倉殿も今は南の警備強化のため独眼竜のそばを離れているらしい。」
「小十郎さん!?南の方にいるの!?」

越後から南に来たんだ。
小十郎さんだけにならすぐ会えるかもしれない、と期待を込めて利家に詰め寄った。

「片倉殿とお知り合いか?」
「はい!」
「そうか、なら慶次、まず片倉殿の元に行って状況を確かめた方が良い。」
「……あぁ、判った。」

ひと目で分かるくらい慶次の元気がなくなって、声から明るさも消えていた。

「慶次……?」

背に手をおいて顔をのぞき込んだ。
「ん?あぁいや、大丈夫、守るから。」
「……?あ、ありがとう。」

豊臣と何かあるのかな?








小さめの部屋と寝間着を貸していただき、自分で着ていた服をインナーだけ洗濯して、部屋干しした。
明日までに乾くことを祈る。

バッグの中に少しの着替えは入れていたのだが今は手元にないから仕方ない。
いつきの事が少し心配になったが、彼女は強いし、大丈夫だろう。
そんなことを考えていたら、目的地を通り過ぎた。
ぼんやりしすぎだと思いつつも引き返す。

「慶次、入って良い?」

障子の奥に人の気配を感じて言葉を発した。

「夜這い!?ちょっと待って俺、心の準備が」
「そんなことないから安心して。」

あっさり否定した。


部屋に入ると夢吉が飛びついてきた。
それを抱っこしながら慶次に近寄る。
彼は長い髪を下ろして布団の上にあぐらをかいていた。
昼間はずっと軽い態度をしていた彼だったが、今はこの状況からか緊張しているようで可愛らしく感じる。

「ど、どうした?」
「今日のお礼しにきた!リフレクソロジー!」
「りふれくそろじぃ?」
「凝りをほぐしましょう。いや、そんな凝ってなさそうだけど。足ツボやったげる。」
「出来んの!?」
「うん!任せて!」

向かい合って座って慶次に足を出させる。
自分の膝に乗せてツボ押し開始。

「おお……!」
慶次、良い反応してくれます。

「明日は、小十郎さんのとこまでよろしくお願いします。」
「青葉城まで行くって。」
「でも、豊臣の人と会いたくないんじゃない?」

慶次が苦笑いした。

「……俺そんなに顔に出てた?」
「結構……ごめんね、ふれられたくなかった?」

慶次が一度天井を見上げ、すぐにまたに笑顔を向ける。

「へーき。女の子に気を使わせてごめんな。まあ確かに会いたくねーな。でもまつ姉ちゃんに野菜分けてもらってこいっていわれたし、会うとは限らないし。」
「小十郎さんの野菜?」
「へー、そいつが作ってんの?美味い?」
「すんごいおいしい!!私からも分けてもらえるようにお願いするね!」
「おう!ありがとなっいてぇ!!そこ痛い!」
「……肝臓のツボ。」
「肝臓?」
「お酒飲み過ぎではない?」
「……へへ。」

慶次が頬をポリポリ掻く。

「ほどほどにね……。」
「もうすぐ京で祭りあるから無理……かな。」
「……祭り?」

京の祭り……なんて惹かれる言葉だろう。

「行きたいか!?」
「えっ、見てみたいけど……いつなの?」
「満月の日さ!綺麗なお月様の下で祭り!最高だね!あと一週間ってとこだな!前夜にもいろいろやるからさ~来ない!?迎えに行くよ!」
「満月!?」

一気に表情が曇る。
まだまだ先だと思っていたのに、もう帰る日の話を聞くことになるとは。
なにも成し遂げてないこの状況で、祭に行けるかどうかの話ができるほどに余裕はない。

「どうした?無理?」
「……うん。満月の夜は家に帰らなきゃならないんだ。」
?」
「誘ってくれてありがとう。でも行けないや……。ごめんね。」

慶次がじいっと私を見る。
質問されるのを覚悟したが、発せられたのは予想とは違う言葉だった。

、俺あんたともうすぐお別れで、もう二度と会えないとか考えてないからな。」
「慶次?」
「だから、話したくなったら教えてくれ。あんたのこと。」

私、お世話になってるのに隠し事してんのに
なんでそんな優しい事言うかな……。
理由も言わずに誘いを断るなんて、不信がったらいいのに。

「ありがと、慶次……。」

言ったって信じないだろ?

……慶次




「……私ね~この時代の人じゃないんだ……。」


しかしまあ、秋の夜長に暴露大会も良いんじゃないだろうか?