最北端一揆~目指せ奥州編 6話



玄関先でまつと向き合い挨拶をする。

「お世話になりました!」
「娘が出来たようでしたわ。またおいでなさいませ。 慶次、さんをしっかり護衛するのですよ。」
「判ってるよ!行ってくる」
「お弁当を作りましたので、途中で召し上がってくださいませ。」
「ありがとうございます!」
「ありがとな!まつ姉ちゃん!」

大きなお弁当箱を慶次がひょいと持ってくれて、家を出る。 庭では、利家さんが熊と戦っていた。

……熊!?

「利ぃ!行ってくるぜ!」
「おお慶次!も!気をつけてな!」
「なんで普通だ!?熊!熊だぜ!?」
「あいつは五郎丸。まつ姉ちゃんに懐いてるから大丈夫」
「まつ姉ちゃんすごおおおお!!」

ただの鍛錬でしたか!?
















「秀吉。そろそろ行ってくるよ。」
「半兵衛、本当に大丈夫か?我も」
「そんな大事じゃないさ。秀吉はどっしり構えてればいいんだよ。」
「半兵衛……。任せたぞ。」

秀吉にだけ見せる、優しい笑みを浮かべる。

「それに……斬りかかってくるならそうすればいい。戦の理由になるからね。」

武器の刃先を指で撫でる。
弁明するなど簡単だ。
半兵衛の頭は、相手をどう翻弄するか。
しかも相手はあの独眼竜だ。

「むしろ、楽しみだよ。」












「旦那!どこまで突っ走んの!?」

前を走る紅蓮の炎に、佐助は必死に声をかける。
昨日からほぼ休みなく戦う上司にさすがに不安を抱いてしまう。

「佐助は西の方角を頼む!」
「ちょ、旦那ぁ!離ればなれって事!?」
「何かあれば行く!」
「……無茶すんなよ!」

戦は終わったものの、思ったよりも今川の生き残りは多い。

しかし、これほど殺すことはないのではないか。

「……暴れ足りなかったか?」
仕方ない上司だよ、全く……。










政宗が部屋で煙管を嗜む。
隣で成実はその姿を眺める。

「殿~、豊臣の奴ら出迎えする~?」
「いらね。」
「……ねぇ、殿、そんなに怒ってないよね?」
「ああ。」

噂は自ら広めた。
わざわざ小十郎を南に送ってまで。

「豊臣の奴と話ができる機会だ。ブチ切れてると思われといて探ってやるよ。」
「ふうーん。ところで客人は何者だったの?」
「ただの業者だ。南にザビー教とやらがあるらしくてなぁ、そいつらのご贔屓さんだ。」
「確かにそーゆー人らに聞きゃどんな奴らか結構判るけどな~。」

成実は畳の上に寝ころんだ。

「なーんか集まっちゃうよね。ここ。」
居るのは、が居た部屋。

「居なくなってから最初に来たときは、何も残ってなくて、でも、なんとなくさあ……居心地良いね。」
「そうだな。」
「……殿、ちゃんと会えたらどうすんの。」
「とりあえず殴る。」

……どこまでちゃんには厳しいんだ。
一番会いたがってるくせに。


「殿、文が届いていますが……。」

綱元が不思議な顔をして文を眺めながらやってきた。
「あ?誰だ?」
「差出人までは中を見ないと……ただ丹波国からと……。」
「明智か?なぜ……。」
「あ、あ、申し訳ございません……私でございます。」

篠が慌てた様子で早足で近づいてきた。

「君、丹波出身だっけ?」
「ええ、両親の死後に親類のいるこちらに。幼少の頃に城に使えていた頃の友からにてございます。」

怪しまれていると思ったのか、説明を始めた。
「もし、さんが明智につかまれば何をされるか……。さんのような女性を見なかったか文を出しました。勝手な事をして申し訳ありません。」
「へえ、有り得ないことじゃないね。」
「それで、どうだ?」

失礼いたします、と一言言い、文に目を通す。

「いえ、明智殿は城で大人しくしていたようです。森蘭丸をからかいに尾張へ向かうようですが。」
お役に立てずすいません、と頭を下げて、去っていった。

「……殴るだけじゃ済まねぇか?」
「愛されてるねえ……。」








「慶次!本当にこんなとこが近道なの!?」
と慶次が歩いているのは木々生い茂る獣道。
秋でも枯れることを知らない常緑樹が所狭しと並び、昼間のはずなのに届く光はわずか。

「こんなとこって、歩ける道はあるだろ!?未来にはこんなところはないのかい?」

慶次は見事にの話を信じた。
それどころか満月の夜に帰ってしまうなら、京の祭りを見てから帰りなよとも言ってきた。
単純なのかとも思ったが、信用してくれるということがすごく嬉しい。

「暗いよ!獣とかでない!?」
「出てきたら夕食だ!」
「ひー!頼もしい!」

途中で蜘蛛の巣に引っかかったり、小枝がぶつかったりする。
地味にダメージです。

「ここ抜けりゃすぐなんだよ。武田。」
「……武田?」
「そ。寄ってさぁ、武田騎馬隊の馬一頭借りようぜ!一番速い奴!」
「一番速い奴は無理だと思います!…そっか、でもお馬さん借りれたら早く政宗さんに会えるね…。」
「そうそう!名案だろ?」
そして幸村との約束も叶えられるのではないかと目を輝かせる。

「ねぇ、慶次は幸村さんと佐助さんと仲良し?」
「ん?まぁそんな感じ。」

どこかで佐助が寒気を覚えた。

「幸村さんとお茶したいんだけど、時間あるかな?」
「あんた顔広いな!すげぇ!そうだな!真田幸村に奇襲かけるか!」

が突然現れたら、幸村さんはびっくりしてくれるかな?と想像する。
びっくり顔もきっと可愛い。
反対の声は上がらず、も慶次もにこにこ微笑んだ。

しかしその直後、耳に聞こえてきたものが一気に空気を変えた。

「なんか聞こえたな……。なんか居るなぁ……。」
「えっえっ、こ、声だった……?人?」
、ここで待ってな。」

慶次が茂みの中に入っていく。
は道の隅により、身を屈めて、慶次の背を見送った。

「……ついていけば良かったかな?」

一人になると、怖さが倍増する。

「慶次……はやく……。」
どうか、ただの動物の鳴き声でありますように。
手を合わせて、目を閉じる。
背後から手が伸びてきたことに気付くのが遅れてしまった。

「!!」
口をふさがれ、慶次が進んだ方向とは逆の方へ引っ張られる。
「だ……れ!?」
一人じゃない。
まさか、今川の

「こんなところに女だ……。」
下衆な声が降り注いだ。







「ちっ……。なんだこりゃ。」

思ったよりも多い無惨な死体。

「この家紋……今川か……。」
戦はもう終わったはずなのに。
ずいぶんと新しい死体。

「やべぇ、何か居るなぁ…………。」

一人にするんじゃなかった。
薄々気づいていたんだ。
わざわざ確認しなくてもよかった。

ガサガサと思い切り音を立てて進む。
見つかるなら俺が良い。
――来い……。

「あれ?前田の風来坊?何してんの?」

「……。」

期待していたものとは違った。
猿飛佐助が頭上から涼しい顔で降りてきた。

「なぁ、ここいらで今川の奴ら殺しまくってんのはあんたか?」
「だいたいは旦那だねぇ……。それよりこの辺にまだちょいと残ってんだけど、あんたも掃除してく?」
「……残ってるだぁ!?」

先ほどよりも音を荒立てて茂みを素早く進む。
佐助は興味がわいたのかそれについていく。
小道に出れば、誰もいない。

「どこだ!!」
「え?」
「あんたも知り合いだろ!?上から探してくれ!」
「……何であんたと?ってのは後で聞く」

佐助は一気に杉の木を上る。







「はぁっはぁっはぁっ……。」

全速力で走った。
右も左も前も後ろもどうでも良い。
とにかく逃げた。

「あっはっは……ブーツの鳩尾蹴りは……痛いだろ―……。」

組み敷かれて押さえつけられて
怖かったけど抵抗しないでおとなしくして力が緩むのを待って
一人には蹴りを
もう一人には

手が震えている
持っているのは短刀

「まさむねさん……。」
躊躇わずに振ったよ
怖かったよ

急所は外したはずだ。
切ったのは静脈だ。
刃からは血が滴っていて、皮膚を裂く感覚は残っているが
殺してはいない……。
大丈夫……大丈夫だ……。
そう、ひたすら自分に言い聞かせる。

「……っ慶次……。」
はぐれてしまった。
とにかく、森を抜けなければ。








「……これで最後だと思ったのだが。」
人の気配。
佐助ではない。

「一人……だが絶対に逃がさぬ。」

こんなところをうろうろしているのだ。
お館様への恨みを持って逃げれぬ者かもしれない。








「忍!はどこだ!」
「急かすな!気配はあるんだ!……けど的確な位置までは……ちゃんのは感じ取りにくいんだ。」
「未来の奴だからか?」
「……そこまで知ってんのかよ。」








「う~」

どんどん迷ってる気がする。
周りがさっきよりも暗い。
しかしわずかだが日の差し込む方向からこっちが東のはず……。
お腹が空いた。
「まつさんのお弁当……食べたい。」








近い。
殺気はない。
油断している。
いつでも仕留められる。
どんどんこちらへ寄ってくる。

「……。」

息を潜めて木の影で待つ。






―今だ。





身を屈めて地を蹴り一気に間合いを詰め
槍を突き刺す
腰を狙う

「ゆき……」
「!!」


忘れもしない声。
躊躇うには遅すぎた。

突き出された槍の先に血が滴る。

……殿?」
「いた……」

ドサッという音を立てて、倒れる。


どうしてこんなところに?
どうして判らなかった?


殿ぉ!!」
「だいじょぶ……掠った……。」

急いで身体を支えると、確かに槍はの右腰を掠ったようだった。
しかし手で傷口を押さえてすぐに止まる出血量ではなかった。

「なぜ……なぜ……!」
「骨はイってない……多分いや絶対……。……あ~……すいません、どこか医療機関に連れてって下さい……。」
「申し訳ない!!」

背と膝に手を回してを抱えあげる。

「少し我慢して下され!」
「うん……。」

そして全速力で走り出す。
揺さぶらないように気をつけながら。

「旦那!何してんの!?」

佐助が走る幸村の後ろに現れた。
ぴゅうっと口笛を吹くと横から慶次が現れた。
事情を聞く暇はない。

「真田幸村!?何事だよ!?」
「それちゃん!?ちょっと……血……!」
「某がっ……!殿を……傷つけてしまった……!!」
「真田幸村!!てめぇ後で殴らせろ!」
「存分に殴られよ!某は……なんて事を……!」
「幸村さんは悪くないよ……。」
「旦那!貸して!俺が飛んで運ぶ!走ってちゃ時間かかるし振動が……!」
「すまぬ!」


振り返って佐助にを渡す。

「お先!」

佐助が一気に空へ飛びあがった。

は出血よりもその高さに目がくらんだ。