最北端一揆~目指せ奥州編 8話
宴会が終わり、部屋に戻って一人で過ごしていると佐助が部屋を訪ねてくる。
「何か御用?」
「男が女性の部屋に夜伺うのはやはり抵抗がある‼って旦那が言うもんでさ。ちょっと旦那の部屋にいい?」
「うん、いいよ。」
「ありがとね。」
佐助が手を差し伸べて、立ち上がるのを手伝ってくれる。
動き始めに負担が来るのを察してくれているようだった。
「幸村さんがお話あるって?」
「そう。うまく言えないかもだけど勘弁してね。」
「うん?大丈夫。」
幸村の部屋の前で佐助は止まった。
「じゃあどうぞ。」
「佐助さんは?」
「こういうのは雰囲気が大事なもんで、俺様はここで。」
「えっ雰囲気?」
何も考えずに来てしまったが、まさか、と想像してしまう。
幸村は女慣れしていないように見えるので雑談だと思っていたが、まさか夜のお相手を?
「さ、佐助さん!?あの、もう少し内容聞いてからでいい?」
だって男慣れなどしていない。
一気に心拍数が上がってしまう。
「変な事じゃないよ。あ、ああでも受け手によるかな…。」
「分かんないよそれじゃ…!!」
「いいからいいから。」
佐助が軽い口調で襖に手をかけ、開けると同時にの背を優しく押す。
「!」
蝋燭が2つ灯り、薄暗い部屋の中で、幸村は真剣な顔で布団の上に正座していた。
「じゃあね。旦那頑張って。」
「が、が、頑張ってって… 」
どういうこと、と言葉を続ける前に、襖は閉まり佐助はいなくなってしまった。
「ご足労頂き申し訳ない。」
「い、いえ、近いし…。」
あまりの緊張で真っすぐ幸村を見つめることが出来ないままだったが、とりあえず布団の横に座り込もうとすると、幸村は立ち上がっての背に手を添えた。
「こちらに。」
「……えっ⁉」
誘導されたのは布団の上だ。
そこに座ったらもう幸村にすべて許してしまっているような、そんな風に受け止められてしまわないだろうか。
「脚は楽にしてくださって構いません。」
「は、は、はい……。」
緊張してしまうが、幸村の視線や触れ方に性的なものは全くと言っていいほど感じず、促されるまま布団の上に座る。
「なんでしょうか?」
「このようなお願い、殿を不快にさせるかもしれませぬが、どうしても、避けることは某の心が許しませんでした。」
「え……?」
「某が付けてしまった傷、見せて頂くことはできませんでしょうか……⁉」
幸村が頭を下げる。
土下座にも見えてしまう姿は見慣れることは出来ず、は慌てて幸村の肩に手を置く。
「頭下げないでください……!傷を、ですか?」
「……己がしてしまったこと、目に焼き付けたいのです。場所が場所なのは……分かっております……。少しだけでも構いません。」
「……。」
は幸村に背を向けた。
そして着物の平帯を外して、包帯と、傷に当てられた薬が沁み込んだ布の切れ端を慎重に外す。
傷以外は見えないように着物を支えながら、腰の部分を捲る。
「……見えます?」
「……ありがとうございます……。なんと痛々しい……。」
「でも治り早いって言われたので、大丈夫です。」
「……。」
黙ってしまった幸村を肩越しに振り返る。
「……心臓や、頭でなく、腰だったのは……?」
「……見通しも足場も悪い場所で、的が大きく……当たれば歩けませぬ。……即死せずに……仲間の居場所を吐かせることが出来ることも……。」
幸村が苦しそうに言葉を吐く。
は素直になるほどなあと思ってしまったが、幸村はそれどころじゃないだろう。
「もう、いい、ですか?」
「あ、はい!感謝いたします……!」
「幸村さんちょっと後ろ向いててもらっていいですか?」
「後ろですか?」
「包帯巻き直すので……。」
「そうでございますね!!」
幸村が慌てて背中を向ける。
それを確認すると、は着物を脱いだ。
ぱさりと着物が落ちる音に、幸村が顔を赤くする。
「いいって言うまで待っててください~。」
「もちろんです!はお一人で包帯が巻けるのですか。」
「ええ。医療を少々学んでたので。」
「それは素晴らしい……!そのような書籍をお持ちでしたな、そういえば……。」
「でも未来ではいろんな道具や技術があってのものですから…はいこの人の怪我なんとかして、って言われても何もできないでしょうね私……。無力感のほうが強いです。」
「そんな……!」
つい励ましたくて振り返ろうとしてしまう。
の背中が視界に入り、すぐ前を向く。
「……!!」
後ろで肌を晒しているのだと、急に意識してしまって緊張して体に力が入る。
着物の擦れる音が聞こえると、が口を開いた。
「はい、幸村さん、大丈夫です。」
「……はい!」
幸村もも同時に振り返り、目が合うと幸村が一度視線を逸らす。
「……殿。」
「はい。」
「もう二度と、殿を傷つけたくないと思っています。」
「幸村さん……。」
幸村がの瞳を真っすぐ見つめる。
「政宗殿と戦をすることがあろうとも、貴女様のことだけは必ずや守ります。」
「ま、待ってください、落ち着いて幸村さん。私幸村さんにそんなこと言ってもらえるようなことは何一つ……。」
「何かしてもらった恩義などは関係なく。こんな状況でも笑顔を絶やさぬ殿を見て、そう、某が思ったのです。誓わせてください。」
死にたくなんかない。
でもこの時代に懸命に生きている人たちに縋って守られながら何もせず生きていたくはない。
幸村にも、自分のせいで行動が制限されるようなことは起こって欲しくない。
そう強く思っていても、幸村の真剣な表情に頷くことしか出来なかった。
「……頼らせてください。」
幸村は嬉しそうに微笑む。
「幸村さんのこと、信じてます。」
その顔を見て、なんて可愛らしい笑顔だろうとも笑った。
「……ありがとうございます。お伝えしたかったことはそれだけで……では、お部屋までお送りしましょう。」
「一人で大丈夫ですよ!」
「いえ、少しでも長く一緒にいたいのです。」
は目を丸くしてしまった。
そんなことをさらりと言える人だったのか。
そしてあっさりした態度で、特別な意味が込められているわけではないのだろうか。
「じゃ、じゃあ……。」
部屋を出て、少々肌寒いですね、と、当たり障りのない話をしながらの部屋の前まで来る。
辿り着いて、は幸村の顔を見上げた。
「ここまでありがとう。おやすみなさい。」
「ええ、おやすみなさいませ。」
優しく目を細めて笑い、幸村は去っていった。
幸村の背が見えなくなって、は部屋に入る。
「どきどきしたけど、幸村さん真面目で純粋な方なんだなあ……。」
布団に潜っても、一生懸命な幸村の表情が頭から離れない。
あんな方に罪悪感を感じさせてしまって、山の中を無我夢中で歩いてしまった自分の行為を反省してしまう。
幸村も自室に戻って、すぐに布団に潜り込む。
すぐ近くに佐助の気配がして、顔を向けた。
「頑張れたじゃん。」
「き、き、き、緊張した……!!!」
「そんなに?見えなかったよ。」
「そうだったか……?ならよか……み?見……!?まさか佐助!殿のお身体を……!?」
幸村ががばりと起き上がるが、佐助は飄々とした態度のまま乱れない。
「あ、そんときはねえ、俺天井裏で見てたんだけどなかなか角度が…。」
「佐助!!!」
「はは、嘘だよ。そんときは席外しましたよ。」
「そ、そうか……。」
「蝋燭消すよ。旦那もお休み。」
「……佐助……。」
「ん?」
幸村がの居た場所を見つめながら、布団をきゅ、と握る。
「殿は……お姿もお心も……美しい方だな……。」
「ん、ん?んんんん。」
「な、なんだその返事は……。」
「いや、あ、ああ、まあ、俺には、まだ、のんびりして……可愛く見えるけど……。」
「そうか……。見え方も人によるのだな……。」
そう言ってまた布団に潜っていく。
体温が上がって、鼓動が速くなっているのが感覚で分かってしまう。
「旦那……。」
そんなに本気の思いになってるの?それは厄介な恋だぞ~~~?と、佐助は頭を掻く。
ため息をついてから蝋燭を消し、部屋から出て行った。
翌朝、早々に身支度と朝餉を済ませて出発の準備をする。
が屋敷を出ると、佐助と慶次が地図を手に話し合っていた。
道の確認をしているのだろう。
も把握しておいた方がいいだろうと近寄ろうとすると、幸村が後方から現れて声を掛けられる。
「体調はいかがでしょうか?」
「はい!問題ありません!」
「某達は用あって見送りしか出来ませぬ。道中お気をつけて。」
「うん!豊臣の人がいるんだよね……もし会っても変な事しないように気をつけます!」
「……あの。」
「はい?」
首を傾げて幸村の言葉を待っていると、目を逸らされてしまった。
「……幸村さん、本当に、怪我の事気にしないでください。」
そのせいで気まずくなっているのかと思い声をかけるが、幸村はぶんぶんと首を振った。
「某、もうくよくよいたしません!いつか殿を守って……詫びといたします!」
「……よろしくお願いします。次にお会いするときは元気にお話しようね!」
「!」
が幸村の手を握る。
「お~い!準備できたってさ!」
幸村が顔を赤くしたところで、佐助から声がかかった。
「はーい!」
「行きましょう。」
手を離して、は佐助と慶次の方を向く。
動揺してしまったが離されてしまった手に寂しさを感じて、幸村は自分の手を見つめてしまった。
「ちゃん、気をつけて。またな!」
「うん、佐助さんも元気でね。」
「…と。」
何かに気付いた佐助の視線を追うと、信玄も見送りに出てきていた。
「、伊達に文を送ろうかとも思ったのだが、今からでは遅い…眠っている間にできれば良かったのだが、すまんのう。」
「お気持ちだけで嬉しいです!ありがとうございました!」
「いきなり行った方が楽しいって!よし!乗れ!」
先に馬に乗っていた慶次がに手を伸ばす。
下から幸村に手伝ってもらい、傷を庇いながら乗馬する。
準備が整ったら、手を振ってお互いにバイバイの挨拶をした。
「さぁて!行くぞ!」
慶次の掛け声とともに馬が勢いよく走りだす。
「お―!小十郎さんに会えますようにー!!そして政宗さん待ってろ!!」
二人が見えなくなってもまだ視線を外せない幸村に佐助が声をかける。
「またすぐ会えるじゃない?」
「…ああ。すぐ、会える!」
「さてさて仕事仕事。頑張りますかねえ~。」
先に屋敷へと戻る佐助の後を、幸村は小走りで付いていった。
白石城では小十郎が縁側に座ってゆっくりと茶を飲んでいた。
傍らには政宗の乳母でもある小十郎の姉、喜多が寄り添う。
仕事が終わった後に政宗の相手もせず、畑仕事もなく、こんなにゆっくりするのはいつぶりだろうか。
「では、姉上、本日俺はここを発ちます。お世話になりました。」
「ええ、気をつけて。梵天丸様によろしくね。」
「だから政宗様だと何回言えば……。」
「いくつになっても私にはかわいい子だわ……。」
そう言って目を細める喜多は、昔を懐かしんでいるように見えた。
「気になるならば、会いに来ればいいものを。」
「会わずとも噂を聞けば判ります。元気でやっているわね。」
「まぁ……心配はいらない。」
流れゆく雲を意味もなく眺めながら、穏やかな会話をする。
話は尽きないが黙る時間も心地よい。
「そう言えば、聞きましたよ?梵天丸様が一人の女性を側に置いているとか。どのような娘なの?身分は?」
喜多と仲のいい女中が文のやり取りをしているのは知っていた。
その中の話題の一つに入っていたのかもしれない。
小十郎が騒ぎ立てることでもないと感じているのは、は害がない人間だと判っているから。
知らない者は焦っても仕方ないだろう。
「会いに来ればよいでしょう?喜んで姉上に迫っ……近づきましょう。姉上は身分を気にしますか?」
今はいないのだが……とは言えず、問題ない身分だとも言えず。
それでもきっと、姉はを気に入るんじゃないだろうかと思う。
「私はともかく、義姫様が……あの方の耳に届くのも時間の問題でしょう?」
「……。」
確かに、それは怖れている事態。
風呂場で結婚の話をしてもは動じなかった。
政宗様をそのような目で見ていない。
……まあ、一目惚れするような出会い方でもないし、互いに珍しがっている時間の方が多かった。
居なくなって落ち込んではいたが、あんなに笑顔を見せて楽しそうにしていた人が急に消えたのだから、寂しさを感じるのも仕方ない。
しかし義姫様の耳に届けばは何をされるか判らない。
快く歓迎されるとは思えない。
身分はありません。それは未来の者だからですなんていえる訳がない。
政宗様の友として認められればいいが……女として見られたらそれは難しい……
引き離すためには追放なんてことになったら……
いや追放なんかで済むか?殺されてしまう……
「そんな難しい顔しないで。ごめんなさいね、けどまだ大丈夫だと思うわ。広まってはいないもの。」
「本当ですか?女のお喋りには恐ろしいものが……。」
「女同士の陰湿さはもっと恐ろしいわよ?ふふ、広めようとするものなら……うふふ……。」
「……。」
成実、お前は正しかった。
の修羅など可愛いものだ。
口元がひきつり目を細め血管が浮き出そうな姉の顔に小十郎は冷や汗をかいた。
しかしそんな心配は杞憂になってしまうのだろうか。
今の捜索は小太郎に一任しているが、報告も何もない。
どこかで世話になっているのだろうか。
「……。」
何があったのかわからないが、そうだとしたら小十郎も寂しさを感じてしまう。
もっと野菜をおいしそうに食べる姿を見たかった……。
そんなことを考えていると、急に城の外が騒がしくなる。
「かっ、片倉殿!!侵入者!侵入者ぁぁぁ!」
「何!?状況は!?」
「馬に乗り、門を突破!死者は居ませんが、このままでは……!」
強化したばかりの陣を突破?
「こんな時に……目的は俺の首か?上等だ……。」
刀を握って立ち上がる。
家臣がすぐに胸当てを持ってきたが、手で制す。
着替える暇はない、と感覚で察する。
「いえそれが、野菜をくれと……。」
「……。」
気合い入れ損のような気がする。
いやしかし俺の野菜は俺が認めた者にしか渡さない、と再度気合を入れなおす。
「大変。つっこみ役がいないわ……。私に務まるかしら。」
「姉上は下がっていてください。正面から俺の野菜を狙いに来る輩……相当腕に覚えがあるようです。」
「まあまあ小十郎ったら。野菜の事になると本当にどうしようもないわね……。」
喜多が湯飲みを持って立ち上がった。
小十郎が本気で刀を振るいたいようだと察して、邪魔にならない場所へ隠れようと屋内へ引っ込む。
すると間もなく、叫ぶ声が聞こえてきた。
……さーん……
「!!」
また、もう一度聞きたかった声が耳に届く。
しかしそれに交じって聞き覚えのない声も聞こえてくる。
かたくら―!!
こじゅうろ―さーん!
やさいくれぇ!
ごめんなさいこの
「バカ慶次いぃぃぃ!!」
ばっと馬が塀を飛び越え小十郎の前で着地した。
「な……。」
「小十郎さん!!」
慶次に馬から下ろしてもらい、事態が呑み込めないでいる小十郎に駆け寄る。
「小十郎さぁぁぁん!!」
抱きついて頬を胸にすり寄せた。
後ろからすたっと何かが降り立つ音がして小十郎がびくりとする。
「あれ!?小太郎ちゃん?いつのまに小十郎さんと仲良しに?」
「いや、え?いたのか?許可してない……。」
小太郎がふらふら近づいてきて、小十郎からを奪い抱きしめた。
「心配してくれたの?ごめんね、大丈夫だよ!」
「……(ぐすん)」
「泣くなよもう!可愛いな―!!」
が小太郎の頭を撫でてよしよしと慰める。
何そいつ泣いてんの!?と小太郎を観察する慶次。
何で前田のこいつと一緒なんだか判らないけどとりあえず兵の立て直しが必要だと考える小十郎に、
が居れば後はもうどうでも良い小太郎。
想像とは違った光景に、喜多も歩み寄る。
「小十郎、もしかしてその方が梵天丸様の…?」
何故判るんだ。女の直感こわい。
「ぼんてんまる……?あ、政宗さんの事ですか?はい!お世話になってます!」
歴史の勉強してきたからそれくらい分かる!!とは得意げな顔をする。
「初めまして、喜多と申します。」
「こちらこそ初めまして、……喜多さん?こっ……小十郎さんのお姉さま!?」
「よく知っているな……そうだ、俺の姉だ。」
「姉弟水入らずのところ邪魔してすいません!」
が思い切り頭を下げる。
慶次も謝れと怒りだす。
元気そうだ。
鉄砲に撃たれたのではなかったか?
……気になるが、城についたら政宗様と一緒に聞こう。
「な―、あんたが竜の右目だろ?野菜分けてくれよ~!」
馴れ馴れしく肩に手を置く慶次に、もしこいつに助けられたのだとしたなら、何か気に食わないと感じる小十郎だった。
「俺の作った野菜は青葉城だ……。」
「やっぱり?じゃあ青葉城まで俺らは行くぞ!」
「え!小十郎さんは!?」
「俺も今日戻るところだ。」
「じゃあ一緒に‼」
「え―!?二人きりじゃねぇの!?」
「……。」
小太郎がを背後から抱きしめながら慶次を睨む。
「なぁんだよ、おっかねぇ忍だな……。」
慶次が小太郎の気迫に少し後ずさった。
「ここには私が作った野菜がございますよ?よろしければ如何ですか?」
「おっ、姉ちゃんは親切だな!いいのかい?ならそれも欲しいな!」
「よく判らないけど、とにかくさんを連れてきて下さったお礼…ということで、ね?小十郎?」
「……姉上がそう申すならば。」
喜多がにっこり笑って、歩き出す。
もっと他に聞きたい事があるだろうに。
小十郎は何も聞かない姉に感謝した。
最も、小十郎も聞きたいことだらけであったのだが。
「こちらにございます。」
「おう!!ちょっと行ってくる!」
「うん!慶次!喜多さんは口説くんじゃないよ!」
「……は?」
小十郎の顔が引きつった。
慶次はにっこり笑う。
「はは!俺も少しは空気読めるよ!」
「ホントかよ―!あはは!はっ!?小十郎さん!顔怖い!冗談だから!」
「俺も行ってくる…、馬を見ててくれ。……忍、ちょっと。」
「……。」
小太郎がを見る。許可が欲しいのだろうか?
「小太郎ちゃん、小十郎さんが話あるって。行ってあげて?」
「……(こくり)」
ゆっくり離れて、時々振り返りながら進む小太郎を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「またすぐ……離れ離れになっちゃう……。」
そのたびに小太郎はあんな風に心配してくれるのだろうか。
……心配かけたくない……
何が正しいのかどうしても判らない。
全てを言うべきか、それとも……
後ろで馬がせわしなく頭を動かしている。
「……あ、お水欲しい?」
ヒヒィィンと少し大きく鳴いて、
走り出した。
「えーーーー!?」
繋いでおけばよかった……!!
「待って!」
慌ててしまい、慶次たちを呼びに行くという発想は出来ず、急ぎ馬を追いかけた。
慶次と喜多は野菜についての話しで盛り上がっている。
その後方を小十郎が歩く。
小太郎は小十郎の後をついて行く。
「忍、お前さっきの話聞いていたな?」
こくりと頷いた気配を感じ、話を進める。
「が今どういう状況にいるか判らないが……義姫様からを守るのはお前の役目だ。」
「……。」
……首を傾げたようだ。
意味が判らないか?それとも義姫って誰?か?
「義姫様は政宗様の母君…が義姫様に目をつけられてしまったとき、一番自由に動けるのはお前だからな。」
「……。」
……また首を傾げた
振り返って少し様子を見た。
「……お前」
あぁ、何だ。
俺がそんな事言う意味が判らなかったのか。
言われなくても、相手が誰でも、どんな時でもを守るってか?
「そうだな……俺もそうありてえもんだ。」
見失ってしまった……
どうしよう……
信玄様のご厚意で貸していただいた立派な馬……しゅんめ?とか言ってたかな。
まだまだ必要だし、元気な姿で武田にお返ししたい。
こんなふうに逃げるなんて思わなかった。
「すごく賢い子だったから……崖とか行かない気がするけど……‼とにかく道なりに……‼」
そして赤い鞍だったから目立つはずだ。
絶対見つけなければと意気込んで走っていると、小高い丘に出る。
「あ……いた……。」
馬の姿に安堵するが、隣に誰かが居る。
風になびく柔らかそうな銀髪。
白と紫色の服に細身な体を包み、左肩に下げたマントが揺れる。
馬を撫でて、なだめているようだ。
の気配に気づいたのか、ゆっくりと振り返った。
白い肌に、紫色の仮面。
なんだか異様な格好……
「君の馬かい?」
耳に残る優しい声で我に返る。
彼に目を奪われ、彼の居る空間が非現実的なものに見えて思考停止してしまっていた。
「借りものですが……すいません……ちゃんと繋いでいなかったので……。」
側まで近寄ると、瞳まで美しい紫色で、謙信様とはまた違う美しさ……いや、儚さを持った人だなという印象を受ける。
「いや、大丈夫。大人しい馬だ……しかも立派な……君はどこのお嬢さんだい?」
馬のどこにも武田の家紋は付いていない。これは信玄様の配慮だろう。
「なっ……名乗るほどでも……。」
「そうはみえないけどね……あぁ、失礼、初対面でいきなり失礼だったかな。」
「いえっ……こちらこそ馬をなだめて下さって……ありがとうございます。」
手綱を受け取った。
馬がまたヒヒンと鳴いてきょろきょろしだした。
彼との対応の違いにちょっと傷つく。
「う……私馬に嫌われるようで……。」
男の人がクスッと笑った。
何て上品に笑う人だろう。
「馬を怖がってないかい?」
「え?」
私の手を取って馬の鼻筋の上に乗せた。
彼の手が上から重ねられる。
そのままゆっくりと撫でる。
「強ばってるよ……力抜いて……。」
「は、はい。」
強ばってるのはあなたのせいでもあるんですけどね!と思ったが、思うだけにした。
「怖くない……優しい目をしているだろ?」
そう言われて馬の目を見る。
初めて馬の目を凝視した気がする。
本当だ。
可愛い……。
そう思って撫でていると、馬が気持ちよさそうに目を細めはじめた。
「ほら……大人しくなったね。もう大丈夫だよ。」
「確かに私怖がってたのかも…ありがとうございます!」
「お礼を言われるほどじゃない。」
「いえ!だってこんな親切にされて……わっ……私、と申します。」
男の人の顔を見上げ、目を見つめた。
あまりに端正な顔立ちで、絶対に只者じゃないと感じるが、ここまでしてもらって名乗らないというのは嫌だった。
「僕は竹中半兵衛……。」
「半兵衛さんですか!ありがとうございました!今日から馬と仲良しになれます!」
「お手伝いができてなによりだよ。」
また優しい笑みを浮かべる。
細められた目の睫毛が長い。
なんで戦国時代こんなに綺麗な人がいっぱいいるんだろう?
「半兵衛様―!!そろそろ行きましょう!」
家臣らしき男が丘の下から叫ぶと、半兵衛がそちらへ振り向く。
「判っている!!じゃあお嬢さん……また機会があれば……。」
そう言うと、マントを翻して颯爽と歩みを進める。
「はい!半兵衛さん!本当にありがとうございました!」
もう一度お礼を叫べば、足を止めて振り返り、ぺこりとお辞儀をしてくれた。
不思議で、とらえどころのないような人だった。
優しそうだがそれと同時に、何を考えているか理解するのは難しそうな人だ。
「ん?」
竹中半兵衛?
……いや、待て待て待て、私でも知ってる名前じゃないか。
「豊臣のぉ!?」
なんたること!どれだけ危機感無く容姿に見惚れてたんだ!!!
しかしイケメンには弱い。仕方ない。うん。
高速で反省からの開き直りをしたは手綱を引いて小十郎達の元へ戻ろうと歩き出した。
こんなところで会うとは、もしかして慶次と鉢合わせする可能性もあると不安になる。
もしそうなったらどうしようと悩んでいると、小太郎が丘をかけ上がってきた。
「小太郎ちゃんごめん!馬が逃げ出しちゃって」
「~~!!」
ぎゅううううと抱きしめられた。
また不安にさせてしまったのだろうか。
「ごめんね、でも大丈夫だよ!」
「…………。」
「小太郎ちゃん……。」
自分の為に動き回ってくれていたのだろうかと思うと、自然と腕を回してしまった。
見通しの良い場所で何してるんだろなあ私と思わなくもないが、とにかく小太郎を安心させたかった。
「心配してくれてありがとう。」
「…………。」
小太郎が首を横に小さく振ると、から離れる。
ちょいちょいと小十郎たちの居る場所を指差すので、はこくりと頷いて、馬を引いて来た道を戻った。
屋敷では野菜を木箱に入れて嬉しそうにしている慶次と、自分が乗るのであろう馬を引く小十郎さんがいた。
「どこいってたんだよ!そいつにこれ積むんだからな!」
「ごめんごめん!」
慶次と小十郎さんが器用に荷を積む。
そして今度は喜多さんがやってきておにぎりをくれた。
お礼を言って、風呂敷に包んでが持つ。
小太郎は馬など必要なく、足で行く気満々のようだ。
「となるとは俺の馬だな。」
「……へ……あっ!荷を積んで……うあしまったぁ!謀ったなぁ!」
「小十郎さんの馬~凛々しい顔~。」
馬を撫でてスキンシップをとる。
特に嫌がられる様子もなく、本当に大丈夫かも!とは半兵衛に感謝した。
「は怪我してんだからな!気をつけろよ!」
「慶次!小十郎さんは優しいから大丈夫なの!」
「何だよ俺だって優しかったろ!?」
「そんな記憶がほとんど無いなあ!?すんごいスピード出すわ揺れるわ…‼」
優しい優しくないよりも小十郎と小太郎には気になりすぎる言葉があり、それに反応する。
「……怪我とは……。」
「……。」
小太郎がの肩に手をおく。
「ん⁉」
探るように手を動かし始める。
「ふぎゃ―!小太郎ちゃん―!弄るんじゃない!くすぐったい!うあははは!セクハラ…ぎゃははは!ふぎゃ!」
腰の部分で手が止まり、思い切り服をひっぺがえした。
「度が過ぎる―!!‼!!!」
最も、防弾ベストが見えただけだが。
「??」
はじめて見たからだろうか、防弾ベストを不思議そうに触っている。
「いい加減にしろ忍!は腰を」
「腰ぶっただけだから!!小太郎―!脱がしにかかるんじゃない!打ち身だからああ!」
小十郎が小太郎の首根っこをつかんでから引き剥がす。
小太郎は大人しくそれに従った。
「……、そういうことにしといてやる。早く出発しよう。」
「はい……。」
明らかに疑われてますね……
仕方ないけどね……