最北端一揆~目指せ奥州編 9話



喜多との挨拶を終えたを馬に乗せ、その後ろに小十郎も乗る。

「また会う機会があると思うわ。」
「そうですよね!では、その時はよろしくお願いいたします!」
「梵天丸様によろしくね。」
「姉上、あまりの前で梵天丸と呼ぶと……。」
「ふへへへ……はい、梵天丸様ですね……可愛い……梵ちゃん……梵たん……ボンタン?」
、訳判らなくなってるぞ。」

あぁ、政宗様を梵と呼びだしそうだ…止めるべきか意外と政宗様は喜ぶんだろうか、と悩むが小十郎には判断ができない。
喜多をはじめ家臣に見送られながら、白石城を後にした。

小太郎が消えたが近くにはいるだろう。
慶次は後ろからゆっくりついてくる。
それ程多くを詰めたつもりはなかったが、思いの外体制維持が難しいようだ。

、大丈夫なのか、腰は。」
「はい!ちゃんとお医者様に診てもらいました!」
「どこで……あ、いや、今聞いたら二回説明させちまうな。」
「私は大丈夫ですけど。」
「気になるが我慢する。」
「分かりました!」


……と一緒に馬に乗るのは初めてだが……
……近い
……良い香りがするな
いや、まあそれは当たり前と思うことにしよう。


「皆さんお元気ですか?」
がいなくなって混乱はしたけどな。」
「えっ……!すみませ……でもあの、ごめんさい嬉しかったりも…。」

その反応を見ると、やはり奥州から出たくて消えたわけではないのだなと再確認する。
自分に抱きついてきた時点でそれは確定でもあったのだが。

「悩んでいるか?」
「え?」
「何となくな……。」
はうつむいて黙ってしまった。
どうしてこう分かりやすいのだろうか。

「……何が起きたかは俺にはまだ判らないが…」
「ごめんなさい……。」
「黒脛巾組の一部を探しにあてたしな。」
「!!」

顔は見ずとも驚いて戸惑っているのが判る。

「……政宗様からの指示だ。ならば動いて当然だ。それは気にするな。」
「政宗さんが……。」
「もしかしたら、言い辛いこともあるかもしれないが、政宗様を信じて本当の事を言って欲しい。」

じゃあ本当の事を言ってしまったら、もっと迷惑をかけるのではないか?と思ってしまって小十郎の言葉に頷けない。

「……あの、私の事が迷惑だったり面倒だったら、はっきりそう言ってくれるかな…。」
「心配するな政宗様はそれは得意だ。」
「ア…………そっすか……。」

まあ確かにそうだろうなと思っては政宗さんに無理させちゃうかも…という考えは捨てた。


「……なぜ、政宗様がを城に連れてきたか判るか?」
「政宗さんは、私に傷がついたからだって言ってました。」

小十郎は予想していた通りの答えにやはりな、と思う。

政宗は気絶したを数秒見つめた後、止血を始めた。
そしてすぐに撤退すると小十郎に告げたのだ。
氏政と話をするまで何があっても引かないと決めていた戦でだ。

「俺はあの時捨て置きましょうと言ったし、町に置いておけば誰かが拾うでしょうと言ったのだがな。」
「なんとーーー……悲しみより小十郎さんらしさ感じるのでおっけーでーす。気にしません。」
「ありがとな。俺の提案は全く聞き入れてもらえなかったぞ。そりゃありえねえよと笑われた。」
「……そ、そうなんですか?」

の声が少し嬉しそうな明るさを持っていたが、その後政宗の口から発せられた言葉はとてもじゃないが伝えられない。
女の為なんかじゃない、小十郎を説得するための言葉だ。
面白そうなおもちゃを見つけた子供のような顔をした政宗を覚えている。


――なあ、小十郎、きっとこいつは嫌な奴だ。
  置いて行っちまえばここであった事をべらべら喋っちまう。
  独眼竜は女に庇われる軟弱者だと噂を流す。
  それはお前も困るだろう?
  だから連れて行こう。
  俺がこいつを躾けてやるから。


そんなこと一切思っていなかったでしょうに。
しかしあの時点では判断できず、賛成も反対も出来なかった。

小十郎が分かりましたと言った後の政宗にも焦った。
奥州への道すがら、を馬に乗せて支えながら顔を凝視したかと思うと、こいつの顔、化粧だよな?こんなに薄付きで綺麗な白粉が小田原には流通してるのか?やら、この口紅はなんだ?すげえぷるぷるしてふっくらに見えるじゃねえか、と興味津々で、何度も触れようとするからその度に止めに入った。
嗅いだことのない香りがする、と髪や首元に顔を埋めようとしたときは小十郎も慌てて怒鳴ってしまい、政宗の機嫌を損ねてしまった。


「……傷がついたからというより……。」

小十郎がの腕に視線を向ける。

「そんな細腕で政宗様を突き飛ばして……会って間もなく、人質としようとしてた俺たちの身を案じるなど……。」
「あのときは必死で……!!」
「必死で出た行動があれなら大したもんだ。の生き方に興味を持ったんだ。」
「い、生き方……?」
「あとは珍しさからかな。気になってしょうがねえってのが隠せてなくてな。それは分かるんじゃねえか?」
「はい、いっぱい興味もってくれてました!」

の弾む声に小十郎の口角が上がる。
この素直さは正直に可愛いと思う。

武田に仲介を頼むことは俺も進言していたのに聞く耳を持たず出陣して、
しかしが現れ、政宗様は考えを改めた。
こんな女にかばわれるほど今の俺は冷静さを欠いているのか、と思ったのかもしれない。
はもしあの時一緒にいたのが政宗様でなくとも、同じ行動をとっていたのだろう。

が思っている以上に、政宗様はの事を信じているぞ。」
「!」
「だから、すべて話してほしい。きっと力になれることがあると思う。」
「……わかりました。上手く伝えられるように努めます。」

小十郎の言葉で心を決め、それが挨拶もなしに消えた自分が政宗に出来る礼儀だと気合を入れた。

「そういえば豊臣とのいざこざはどうなんです?大丈夫なんです?」
ふと思い出したようで、が眉根を寄せて小十郎を見上げる。
「知っているのか。大丈夫だぞ?」
「は?」
呆気なく答えすぎる小十郎に、は首を傾げる。

「戦にまではなるまい。政宗様に直接聞いたほうが安心するか?しかし、政宗様とすぐに会話は出来ないだろうな。今日、竹中半兵衛という者が来るんだ。だが長居はしないだろう。」
「……。」

慶次の様子を見ようとしたら思いの外近かった。
「なんだい?俺が恋しくなった?」
聞こえてただろうに、いつもの笑顔を浮かべている。
慶次なりに気を使っているのか?

「夢吉が恋しくて。」
「またそういう事言う!!」
「キッ!」

夢吉はやはり馬の頭の上で可愛らしく指をしゃぶっていた。







門をくぐり、案内されるまま道を進む。
「半兵衛様!ごきげんですね!」
「そうだね……。」
「何か策がおありで!?」

半兵衛が手を握ったり開いたりしている
かと思えばじっと見つめたりしている。

「……帰りは、同じ道を辿ろう。」
「……へ?は、はぁ……。」

もしかしたら面白いお土産が手にはいるかもしれない、と半兵衛は微笑んでいた。








「見えた見えた!城ー!!」
「思いの外早く着いたな」

途中ではもっと飛ばして平気!と言い出した。
怪我は本当に大丈夫なようだ。

「へー!結構栄えてんじゃん!早く行こうぜ!」
荷の重みにも慣れてきた慶次が小十郎とを抜いた。

「あぁ!慶次何してんの!先に行くなんて……!」
小十郎も慶次を追いかけスピードを急に上げる。
後ろにいた小十郎の部下が、突然の事にえぇ!?と驚いた声を出していた。
町に入ると、人々は左右に寄り道を作っていた。
それをいいことに慶次はスピードを少ししか落とさない。

「子供が飛び出すかもしれないから気をつけなさい慶次ー!!」
まつさん化してきた。
「……それもそうだな。」
小十郎がいきなりスピードを落としたためは前のめりになった。
もちろん小十郎が片手で軽々と支えてくれたが。







達が着いたころ、青葉城では政宗と半兵衛が対峙していた。
「今回の件では家臣がすまないことをしたね。」
「そうだなぁ……。あんたが来るとは思わなかったが……。まさか竹中半兵衛、自分がここに来れば許されるとか思ってないよな?」
「もちろん、お詫びの品は持ってきたよ?なんだか君はザビー教に興味があるみたいだね?」
「ほう、何か情報か?」
「はいザビー教の壺。」

ごとりと、

胡散臭い壺が出てきた。

「……お前、洒落が出来るんだなぁ」
「見直したかい?」


「……。」

一見会話はフレンドリー。

しかし空気は重い。

重すぎて吐き気を覚えた家臣も居た。

二人がにこにこしているのが余計に怖い。







「お帰り片倉ど……の……。」
「土産です。」
「成実さぁん!」
ちゃん!!みんな!ちゃん戻ってきたー!!」

成実とが互いに駆け寄って熱い抱擁をしたが止めるものはいない。
嫉妬する者はいたが。

「前田の!お前が連れてきたのか!?」
「おうよ!」
「あぁそう。」
「なんだそりゃ!感謝しろよー!……まぁ……いろいろあったけどよ…」

城の中から多数の足音が聞こえ、ばたばたと騒がしくなった。

さん!良かった無事で……!」
「心配したのよ!?」
「ごめんねみんな!詳しい話、するから!」
「そんなの後でいいの!とにかく良かった……。」

ああ、こんなに暖かく迎えてくれるなんて…
嬉しくて涙出てくるよ…

「政宗様は今客人のお相手してますから、会うのはまだ我慢ね?」
「篠さん……そんな子供諭すように言わなくても……判りましたよ……。」

腹のさぐり合いが行われてるのだろうか。
邪魔しないようにしなければ。






「何やら騒がしくないかい?あぁ、お得意のパーティーだね?」
「話逸らしてんじゃねぇよ……ウチは血の気の多い奴が多いからなぁ……んなもん日常茶飯事だ。」
「少しは自制させるよう指示した方が良いんじゃないかなぁ……おっと、そういう話は片倉君にした方が良いかな。」
「てめぇ……。」

睨み合い。

しかし心の中は至って平静。

次の言葉を待つ
次の言葉を考える
次の行動を読む
タイミングを伺う






「政宗さんの話はいつ終わりそう?」
「ん~、俺途中まで居たんだけどね~あまりに空気重いから逃げてきた。」
「成実さんらしい。」

その会話を聞いて慶次が楽しそうに笑った。

!まだ終わらねぇなら城案内してよ!」
「私が!?」
「ヤなのかよ!いいじゃん!別に敵じゃねえし!!」
「……野菜はどうした。分けてやるからさっさと帰れ。」
「ひでー!ちょっとくらいいいじゃんかよ!」

いじられすぎな慶次が少し可哀想になってきた。

「私の下手なガイドでよければ行きましょう!はい慶次様ご案内~‼」
「がいど……?おう!行く!」
「俺、さぽぉとする~。」
「……。」
「監視する……。城を壊されたらたまらん。」

慶次は前田家の者であるとはいえ、信用はできる。
厠などはむしろ案内しておいた方がいい。
成実さんと小太郎と小十郎さんもついてくるし、教えてはいけない所は言ってくれるだろう。


「さてさて、……ええと、ここらへんはみんなの部屋だなあ……。」
の部屋に案内してくれ。」
「絶対ダメ!殺す!」
「成実様……俺も参加する。」
「ちょっ……冗談だから!!もう勘弁してよ!!」

慶次はいじられているのか本当に女遊びが激しくて噂が流れてるのか分からなくなってきた。

ちゃん、その先は殿たちがいるからだめ。」
「え?そっちでやってるの?じゃあ戻らなきゃですね。」
「めんどくせー、忍び足で通っちまおうよ。」
「履き物がそこにあるから庭に出よう。」

小十郎の提案に従って庭に下りた。
障子が閉められた部屋の前を通ると、確かに何やら重い空気を感じる。

「うぐ!重い!空気おもい!こっちまでくる!」
小太郎が慌てて近づいてきて周りの空気を手で払い出す。
優しすぎて可愛い……とは感動した。

「確かにこりゃ毒だ……塩撒かねぇか!?」
慶次がビクつく夢吉の頭を撫でて落ち着かせながらナイスな提案。
「調味料を粗末にするな。」
小十郎に正論で止められた。
「外に出たついでだ。畑に行こう。それが目的だったろうが。」
それには全員が賛成し、足音を立てないように気を付けながら畑に向かった。




「「……。」」

沈黙。

豊臣は毛利の水軍を狙っているのだろう?

その探りを入れてた最中。

空気が少し軽くなったため、家臣はどうしたのだろうかと不思議がった。

二人は気配をとらえた。

政宗は

半兵衛は昼間会った女の子の

しかし今外に出るわけにはいかない。

「何を言ってるのか意味が判らないなしかし仮に僕たちが毛利を狙ったとしても君には関係ない。」
「そうかしかし俺はてめえと毛利の知略合戦が起こったら面白いだろうなといっただけだがなんでそんなにマジなのかね水軍獲ったらどこに攻め込む気なんだ稲葉山城を龍興に返してそのまま黙ってられる奴かてめえは?」

早口になった。

早く終わらせたいようだ。

今度は緊張の空気がピリピリ流れる。






「うお、すげぇ、色キレーだなー。」
引っこ抜いた人参の土を払いながら慶次が言った。
小十郎は誇らしげに腕を組む。

「俺としてもそんなに多くはやれないし、お前だって荷が重くなるだろう?いくつか選べ。何の料理に使うんだ?」
「鍋!」
「鍋か……何が良いか……いやこういう事は政宗様の方が詳しい……。」

女の私でなく政宗さんのが先に思いつくんですね小十郎さん、いや政宗さんと張り合ったって勝てる気がしないから黙ってますが。

……。

小太郎、哀れみの目で見るな。


「今日の夕食に野菜使う?」
畑をうろうろしていた慶次が何か思いついたように目を輝かせる。
「あぁ。もちろん。」
「じゃあ食べてみて決めて良いかい!?」
慶次が小十郎に詰め寄る。まさか断らないよね⁉という勢いがある。
「前田の、食べてから帰っちゃ夜になるよ?」
「え!?泊まっていきなって言わないのかい!?」
成実は慶次があまり好きではないようで、ずっと態度を崩さない。
「……仕方ないな、政宗様に聞いてやろう。」
「ありがとな!」

収穫は夕食用の野菜だけにして城に戻る。
入り口では半兵衛との話を終えた政宗が怒った顔をして立っていた。





そんなこと構いやしない!!!


「政宗さああああん!!」

は政宗に向かって猛突進した。

そして抱き合って感動の再会に

「させるか!!」
「ひどいぃぃぃ!」

政宗の腕一本での突進は制される。
そして胸倉を掴まれた。

「てめぇ!今日は納得いくまで説明してもらうからな!覚悟しろ!」
「はっ、はい!覚悟してます……。」

想像以上に怒ってるぜ……

「政宗様、竹中半兵衛は……?」
「今は帰る準備してんよ。いらねえモン土産持ってきやがってよ……他に謝罪文と、兵の教育指導についての書類と……まあ、あとで見せる。」
「かしこまりました。」

政宗が慶次に目を移す。

「何なんだ、今日は。」
「あんたが独眼竜かぁ!俺はを連れてきた!」

慶次は誰に対してもこんな調子か。

「ふうん、奴に会いに来た訳じゃねぇんだな。」
「そうだけどよ……やっぱ……一発殴ろうかな。」
「殴る!?」

殴ったら美しくスローモーションで倒れそうだなああの美しい半兵衛さんは。
いやきっと彼も強いんだろうけど。

「ここではやめろ。やるなら帰路途中襲撃しろ。」

物騒なおすすめをする政宗をが小突く。







庭で色づいてきた紅葉を見ながら謙信がゆっくりと歩を進める。
後方には良く知った者の気配。

「謙信様、ただいま戻りました。……あの、は……?」
「おかえりなさいわたくしのつるぎ。けいじがここにきまして、をおくってくださいましたよ。」
「あっ、あっ、あいつが!?」

かすがが動揺する。
それを見て謙信がクスリと笑う。

「ふあんですか?だいじょうぶ、けいじならばぶじにおくりとどけるでしょう……。しんぱいならばあいにいってあげなさい。」
「……はい。」

慶次はさかんに自分に謙信様に気持ちを伝えろと迫るような奴だ。

大丈夫か……変なお節介をされていないだろうか。

そんな心配をしながら謙信様の背を見つめる。

「……。」

そういえばなぜ私はを信用したのか

最初は小太郎の女なのかと思って……

不思議な娘だと思って

気がつくと


「もうすこしここにいてもよかったですね……。ともにこのにわをあるいてみたかった……。」
「……。」


待っていろ、近々会いに行くぞ。
謙信様に惚れていないか確認せねば。