最北端一揆~目指せ奥州編 10話
政宗たちも北の農村に行っていたことを伝えられては驚く。
見に行っただけだといっていたが、農民を助けに来てくれていたんじゃないかなと思う。
もう少し耐えられていたらそのまま再会出来ていたのかもしれないが、これまでの道中の出会いの大きさとそれを比較することはできなかった。
いつきが心配していたから会いに行かせるからな、と言った政宗はもう怒ってはいなかった。
詳しい事情は夕餉の後で、ということになり、そのままにしていてくれた部屋に向かう。
そして部屋にいつきから預かった荷物を置いたから確認しろと言われたが、部屋を一目見るとすぐに回れ右をして来た道を戻る。
「小太郎ちゃん。」
天井裏から現れ、すぐ後ろに着地した。
「見た?」
こくり
「幻覚じゃないよね?」
こくり
調理場に来ると、急いで政宗の姿を探した。
「あの、政宗さん。」
料理の指示をして、自らも作っていた。
初めて見た、料理姿。
エプロンをしていないのが残念だ。
割烹着姿見たいな……じゃなくて
「早いな、ちゃんと確認したのか?」
「部屋にとても生活感があった。」
こくり
「ha?」
「何してやがる竹中半兵衛……。」
と小太郎に手を引っ張られるままの部屋に来ると、そこには半兵衛と部下が荷物を広げてくつろぐ姿があった。
「まだやることがあるんで泊まらせてくれと成実君に言ったら、いいんじゃないの?と言ったが?」
「成実―!!!」
「慶次君と一戦交えてるよ。」
「…………。」
慶次と戦うことに気を取られてるとこを話しかけられたのか?
政宗に柱の裏に隠れておくように言われたは、小太郎の忍術で気配を消してもらって大人しく会話を聞く。
「慶次君も泊まるらしいね。慶次君の部屋とは真逆の部屋はと聞いたらここだと言われてね。距離を置きたいんだ。」
「前田慶次を近づけたくない奴がこの部屋の主なんでね!もうこの際宿泊は許してやるから、遠慮して他の客間に行け。」
え?なんで?
……(貞操……)
「へえ?誰だい?」
「あんたのやることってのはなんだ?」
互いに質問でぶつかり合う。
小太郎ちゃん……また空気重いね
こくり
「……でてこい。」
そういわれたのでが急いで飛び出した。
「はいっ!いぃぃぃ!?」
袖を捕まれて強引に引き寄せられた。
政宗が屈んで、の肩に腕を回し顔を近づける。
「俺の女だ。」
小太郎も半兵衛もも目を丸くした。
小太郎が慌てての隣に寄って手を握り、政宗に向かっていやいや首を振った。
「こ……小太郎てめえ……。」
誤魔化すために言っているとなぜ思ってくれねぇんだ……
は固まっている。
……こいつらに演技の大切さを教えるべきだった……
「……君の女なのに、床は共にしないのかい?」
…………そうだよな。
なんかもうこれで通すの嫌になってきた。
「……聞きましたかみなさん。」
やっとが口を開く。
「女だって……犬でも猫でもポチでもなく!!しょ……しょ……」
昇格だあぁぁぁぁぁ!!
そう叫んで政宗に一度しがみつき、離れて小十郎の名を呼びだす。
報告しなくていい!!
その雰囲気から何かを察したのか、半兵衛がにやりと笑った。
「こんにちは、さん。まさかこんな所でまた会えるとはね。」
「……また?」
「あっ!ど、どうも、騒がしくしてしまってすいません。政宗さん、ここ来る途中で会ってね、親切にして頂いたの。」
小太郎に向けて大丈夫だよと笑顔を向け、半兵衛に向けて正座する。
「わたし他の部屋で大丈夫です。ここを使ってどうぞ。ただ私の荷物を……。」
政宗さんがあれだと指さした。
バッグが風呂敷に包まれてて何か笑えた。
半兵衛の部下がそれを取り、渡してくれた。
「ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ。」
そんなの姿を見て、政宗は目を細めた。
この顔。
何で相手が誰でも笑顔を向けられんだよ。
外を歩いて少しは社会勉強できたかと思ったが。
もっと警戒したって誰も咎めないのに。
「僕のやることと言うのは、君と会うことだよ。」
「へ。」
が目をまた丸くした。
「君のことが気になる。」
ふわりと笑って、美しく整った形の唇からそんな言葉を優しく言われれば、口説かれてると思ってしまっても仕方のない話だが
「そそそそそそそそそれは気のせいです。」
には怪しまれているとしか思えないようだ。
「政宗君、彼女と話がしてみたい。」
「だめだ。」
を立たせて引き寄せる。
「すいません、部屋を確保して、小太郎ちゃんを休ませてあげたいので……お話は夕食のときにでも……。」
「ばっ……‼」
「それは素敵なお誘いだね。楽しみにしているよ。」
お辞儀をして部屋を後にした。
すぐに政宗が耳打ちをする。
「何であんなこと言ったんだ。」
「え?小太郎ちゃんは白石城からずっと走ってきて疲れてるだろうし……夕食のあとは私の事情説明させてもらうし。夕食くらいしかお話できないかなって。」
「だからってah~……このやろ……。」
「え!?」
俺が近くにいたいと思ってんのに、てめえのためにいつもより気合入れて調理してるってーのに、
良い度胸だ。
政宗さんのお隣の部屋が空いてるんだって。
「遠慮します。」
「遠慮することが図々しいぞ。」
広そうだ……というかそこは客間じゃないよね?
問答無用で引きずられているんだけどね。
たどり着くとぽいと投げられるしね。
「あぁほら、私にはもったいないくらい広い……じゃあ小太郎ちゃん、布団並べて寝ようね!」
こくこく
「……ha?なんだそりゃ」
「疲れてるのに天井裏で寝かせるわけにはいかないよ。」
「なんで隣で寝る必要がある。」
「折角だから?」
こくこく
小太郎はいつもより早めに頷いている。
そんなに嬉しいか畜生。
「……小太郎にも部屋をやる。」
ふるふる
「……ah―……の護衛のためにって理由か?」
そりゃ職権乱用っつーんだよおぉぉ!
「政宗様―!味見をお願いできますか!?」
先程までうるさいくらい指示していたのだ。
女中が確認に政宗を呼ぶのは当然の流れだ。
「おお、待ってろ!……おい、。この話はまた後で……用が済んだら調理場に来い。」
「はい!」
政宗が居なくなってから、は小太郎と向かい合って座る。
「ねえ、爺さんは元気だった?」
こくり
「そっか、よかった……私も会いに行きたいな。」
「……。」
小太郎が、思い出したように懐に手を入れた。
紙を取り出し、差し出した。
「あ……お手紙。」
受け取って、広げると、前より見やすい字で記されていた。
小太郎が伝えてくれたのだろうか。
その配慮が嬉しい。
「……このような事になってしまったが、風魔は、お主に任せる。ご先祖様と、未来のワシの、戯れを許して欲しい……。」
馬鹿だな
また私の心配して
「お手紙、返したいな。字、綺麗じゃないけど、いいかな。」
こくり
「筆じゃなくていいかな……ペンと……ルーズリーフで……。」
風呂敷を広げてバッグを取り出す。
小太郎ちゃんが興味を示す。
「そういえば初めて見せるね。面白いものあったかな―……。」
前来たときと同じバッグに代えの衣類、本少々、非常食に……
「化粧水入れてたんだっけ。」
取り出して、見せてみる。
「?」
「顔を洗った後にこれを顔につけるとね、お肌綺麗になるんだよ。」
「……。」
ぷに
小太郎がの頬を人差し指で押した。
ぷにぷにぷに
「……こら、今は荒れてるから……。」
ふるふる!
「小太郎ちゃん……。」
何かあまりにぷにぷに突かれるから
「私にもぷにぷにさせろー!!!」
「!!」
うっかり襲い掛かってみました。
「あははは!!お返し!!うりゃ!!」
「~!!!」
「安心して!フェイスペイントには触らないよ!!お肌つるつ……る?」
「……。」
思いのほか荒れてる……
しかも目の下にくま出来てるし……
それに、少し痩せた……?
「小太郎ちゃん……。寝てないの?」
……ふるふる
「私の居ない間、ちゃんと食べてた?」
……こくこく
その態度は嘘だとわかりすぎる。
「ご……ごめんねえ……。」
「!!!!」
小太郎ちゃんがおろおろしてしまった
涙ぐんでごめん
だって……だって……
「ごめんね小太郎ちゃんー!!」
「!!」
がばあ!と抱きついてしまった
そんな状態なのに、ここまで自分の足で……‼
小太郎ちゃんの口がパクパク動く
解読できないけど小太郎ちゃんのことだから、大丈夫だよという意味を言ってるのだろう。
「ご、ごめんね!!今日はいっぱい食べて、いっぱい寝ようね!!一緒に……‼」
こくり
小太郎ちゃんが抱きしめ返してくれた。
今の自分はかなりガキくさい顔してるんだろうなあと思いながら、小太郎ちゃんの暖かさに甘えることにした。
半兵衛が居ると聞けば慶次は席を外すのかと思ったが、広間に姿を現した。
半兵衛のことは見ようとしない慶次の態度は昼間とは一変して話しかけづらい。
慶次もまた、家だけでなく、恋への憧れだけでなく何かを背負っているんだと感じるが、約束したのだからとは半兵衛の隣に座って頂くことにした。
夕食には政宗の嫌みの如く骨の多い魚が出た。
の隣は小太郎が座り、向かいに政宗、小十郎、慶次と並んだ。
観察されているのだろうが、そんなに嫌な空気ではない。
「あの後別の馬に乗り換えたんですけど、嫌われずにすみました。」
「それはよかった。しかしあまり気にしなくて良い。君の手は不思議だから馬も慣れていなかったんじゃないかな。」
「不思議?」
「名字持ちだから、どこのお姫様かと思ったんだけど、貴族のような手でもなければ、かといって女中や農民の様に仕事をしている手でもない。」
政宗が箸を止める。
「……。」
話がしたいというから何だと思えば、を探るのか。
……しかし、名字まで名乗ってしまったか……厄介な事に……
「え?ああ、名字……そんな身分でもないですよ~。そのうち女中さんみたいな手になってみせます!!料理上手くなりたいですし!!」
……は普通に雑談だと思っているのか、でもそこまで考え無しじゃない、無難な会話で乗り切ろうとしているのかもしれない。
「ぜひ君の作った料理を食べてみたいね。」
「あははは!毒盛ってないのに腹痛おこしたりしてね!」
「それは怖いな。」
「冗談ですよ!」
……毒という単語を出すな。
「半兵衛さんは豊臣秀吉さんのお友達なんですよね?」
その話をここでそんな直に聞くのか!?
ちょっと待て、つい今しがたの作戦と信じてみようと思ったがやはり考え無しなのか⁉大丈夫か⁉
「そうだよ。秀吉は僕の友だ。」
慶次がピクリと反応する。
「どんな方なんですか?秀吉さんて。」
……まあしかしそんな質問、俺らでは出来ないものだ。
無邪気な奴の特権か。この直球に半兵衛がどう返すのかは興味がある。
「立派な男さ……僕は秀吉に命を捧げているよ。それだけの価値がある。言葉でいうよりぜひ会ってほしいと思うよ。」
半兵衛の声がわずかに小さくなる。 それは慶次の存在を無視することが出来なかったからなのか、ただ大きな声でする話ではないと思ったからなのかは分からない。
「秀吉さんも天下統一を目指してるんですよね。」
「秀吉の目には天下統一はただの通過点だ。」
「……天下統一もすごいことだと思いますけれども。」
「そうだね、でも秀吉はすでに世界を見ている……彼はここにとどまって良い人間じゃないんだ。それを支えることが僕の喜びなんだ。」
「……。」
が何か考え込む。
「気分を害したかな?政宗君は天下統一が目標なのに。」
「いえ、あの……。」
小声でしゃべる二人だが、意識を集中すれば聞き取れる。
雑談する周囲に黙れとも言えないからそれで我慢する。
は何か言いたいようだが言いにくそうだ
俺が許す!言ってやれ!
……政宗様、睨みすぎです
「世界は広く、素晴らしい文化がたくさんあります。でも、日本もそれを構成する国の一つですし……貴ぶべきものがたくさんある……それが戦により壊されている……それは、寂しい、です。」
「……。」
「天下を統一し、国が安定すれば、世界はより近いものになる……。誰が何と言おうと私は天下統一を偉業だと思います。だから…ただの通過点なんて言わないでほしいかな、って思います。通過点がなきゃ、目的地にはたどり着けないものですし、その通過点で命を落としてしまう人のためにも。」
……はそんなこと言える奴だったのか。
「……意外だよ。そういった思考を持ち合わせているんだね。」
「うう~~ん私も私なりに色々考えてるんですけど、正解は分からないですよね。」
「それはどういうことだい?」
小太郎が少し身体を強張らせる。
半兵衛を警戒する。
「君も乱世に心を痛め、先を見ようとする人間なのは分かった。しかしその統率者は、日本だけじゃない、世界を見据える秀吉だ、という僕の主張は正解かどうかわからないかい?」
返答が難しいな、とは思う。大名がしてきた様々な政策とその結果を知っているから余計。
そして豊臣が歩む道も。
「一つの島国しか見ていない人間と、世界を見ている人間と、君はどちらも変わらないというのかい?」
「半兵衛さん、これは私の妄想なんですけどね、」
「ああ、聞かせてくれ。」
乱されているのは半兵衛の方だ。
もしに何かしようものならすぐ飛び出せるように政宗は意識を集中させる。
「島国しか見ていない人も、いずれ否が応でも世界に目を向けなければいけない時が来る。世界を最初から見据えていたとしても、予想外の事態というものは必ず起こる。」
「……。」
「その時、島国ひとつで築きあげてきたものが役立って乗り越えて、世界で確固たる地位を築けるかもしれない。世界を見つめ続けた力が予想外を打ち壊して、世界で注目される国になるかもしれない……どちらも辿り着く先は同じかもしれない。そして進んだあとで実は別のやり方のが良かったんだとは誰も立証できない。そういった意味で正解が分からないかなと。」
「……君は」
「……気分を害されましたかね?」
やや前のめりになっていた半兵衛は、肩の力を抜き、姿勢を正した。
「……面白い発想をするね。」
「いい加減にしろ!!」
突然キレたのは政宗だった。
「違うだろうが!そこは、残念だよ、君と僕は分かり合えない……だろうが!!どれだけに甘いんだ!!」
落ち着けと、よりによって慶次になだめられた。
「失礼だな……。僕だって人の意見を聞く耳は持っている。この子の言う事はどこか説得力がある。」
「……共感する気はないくせにな。」
「それが残念なんだよね。」
「判ってますから大丈夫です。みんな強い思いがあるから天下を目指せる……。私の気持ちを押し付ける気もないですし、話を聞いていただけただけでも嬉しいです。」
「……。」
小太郎が元気をだしてとの頭を撫でた。
その姿を見つめる。
「……。」
「何ですか?政宗さん。」
「真面目モード引きずって隠してる気かも知れねえが、魚の骨がひでえぞ。」
「おっと……気付かれたか……。」
もう既に遅いと思いながらも、無残なバラバラ焼き魚を両手で隠した。