最北端一揆~目指せ奥州編 11話
夕食後に半兵衛を部屋に見送り、部下と談笑し始めるまでその場を動かなかった。
確認した後で事情を知る者達で広間集まる。
これまでの説明を順を追って話し出す。慶次も同席し、越後からの話では時々補足をしてくれた。
しかし嘘は言わないが、起こったことの全ては話せなかった。
今川の兵に襲われた話と、幸村の攻撃の受けた話には触れなかった。
「……小太郎、お前ジイサンから何も聞いてないか。」
こくり
「なるほどな……。偶然だが、この小太郎の人選は随分都合よく働くわけだ。」
隣に居た小太郎がの手を取る。
その意味は全員判る。
どこに現れても俺が見つけだす。
「小太郎ちゃん……。」
「任せていいのか、小太郎。」
こくり
「よかったな、……安心してこっちへ来るといい。」
小十郎さんが、来て良いと言ってくれた。
私、邪魔じゃない?
大丈夫?
「あ……あう……。」
「泣くんじゃね―!!大丈夫だって言ってんだろが!」
小太郎がの頭を優しく撫でた。
「なぁんだ。」
慶次がその光景を見て声を漏らした。
「どうしたの、慶次?」
周囲の視線が慶次に集まる。
「いや、は独眼竜に凄く会いたがってたからさ、愛し合ってんのかと思ったら、そうでもないんだなぁ……。むしろその忍のがいい感じだぜ……俺まだ望みあるなぁ……。」
「は?」
「独り言だから気にしないで。」
「しっかり聞こえたんだが。」
「俺のどこに愛がねぇっつーんだよ。」
「「「ないですよ。」」」
こくり
と小十郎と成実の声が合った。
「……戯れが過ぎないか、おい。」
明らかに気分を害した政宗をみて、は笑った。
「……なあ、、背中を撃たれたんだろう?なぜ腰が痛かったんだ?」
気が緩んだところで、小十郎の痛い指摘が来る。
武田には馬を借りにとだけで、上手い事誤魔化して話したつもりだったのに。
「……ぎっくり腰。」
「違うだろ。」
ばしっと慶次があぐらをかいた自身の足を叩いた。
「それはなあ!真田幸村にやられたんだ!!」
「けーじ!!」
「いいんだよ!言ってやれ!あいつはもっと頭冷やしたほう、が……。」
ゴッと伊達軍の鋭い殺気が押し寄せてきた。
「……………………真田幸村ぁ?」
「怒らないで!私が悪いの!私が下手に幸村さんに近づいたから‼!」
「……それでヤられたのか。」
「おうよ!とんでもねえよな!戦で気がたってたとはいえ弱い人間に襲い掛かってよ!」
政宗側と慶次、側で意味が違っている。
「……そんな……ちゃん……今も痛みが残るくらいヤられちゃったの……?」
「成実さん!大げさだよ!そんな大した事じゃ……。」
「言うなおい……じゃあ俺の相手もしろ。」
「???」
小太郎は意味がわからず首を傾げる。
「相手……?したじゃん……?(チャンバラを)」
「な!政宗様!?」
「殿最低!」
「はあ!?何言ってんだよ!!」
食い違っている事にようやく慶次が気付く。
このままでは幸村もも可哀そうだと認識修正の言葉を考える。
「……あー、その、、腰、包帯まだしてたよな?そろそろ替えなくてへいきか?」
「そうだね……大分良くなってきたんだけど、念のため替えようかな。」
「「「……。」」」
そのやりとり政宗らも勘違いに気付いた。
政宗が眼を閉じて、一息ついてから
「まあ、どのみち」
真田幸村ぶっ殺ーす!!!
いつもよりも結束が固くなった伊達軍に、は必死に声をかける。
「だから大丈夫だってー‼!!」
説明が終わると、は政宗の部屋に引きずられていった。
「ふん……満月か……てめえと月見は出来ねえってことか。」
「そうだねえ……残念ながら。」
向かい合って座っている。
時々、外吹く風で障子がカタカタ音を立てる。
その音が自然に耳に入る、その程度の声量で、二人は穏やかに時間を過ごしていた。
「越後には少し忍を向かわせたが、加賀だったか……。しかし、この短期間で上杉、前田とお友達作ってくるとはな……大した奴だぜ。」
「ありがとう。」
「そんでそのお友達が何の用だ?」
「え?」
政宗が天井に小刀を投げる。
カッ、と良い音を立てて突き刺さった。
カタンと、天井板が一枚外され、そこから顔をのぞかせたのはかすがだった。
「…………。」
「かすが!?」
「……お友達……なんだろ?」
かすがの顔はなぜか怒りに満ちていた。
の心当たりは一つしかない。
「ごめんね!送ってくれるって言ってくれたのに勝手に出てって……‼」
「それはいい……。無事に着いたのだしな。」
心当たりが外れてしまった。かすががストッと軽い音を立てて部屋に降り立つ。
「……ここは俺の部屋なんだが。」
かすがの目にはしか映っていない。
「……謙信様が」
がしい!と勢いよく胸倉を掴まれた。
「かかかかかすが!?」
「に貰った、ねっくれすとやらを毎日離さず付けている……。時折じっと眺めている……愛しい者を見るような優しい瞳でなあ……。」
嫌な予感がする。
「き、気に入って頂けてうれしい……。」
「……私はお前にすー――――ごく嫉妬しているんだが。」
ひいいいいい!!!
「おっかねえな。頭に血が昇ってんぜ」
「落ち着けかすが!まったまった!!」
かすがから離れて、ばたーんと襖を開けてバックに飛びついて、慌てて荷物をばら撒いて目的物を探す。
「あった!これ!」
贈りたいと思っていたブレスレットを取り出して、かすがに向き直る。
こちらもシルバーで、かすがには美しい髪色に似たゴールドの方が似合うのかなと思うが、手を取って付けてみると黒の忍装束に良く映える。
「これは……?」
「謙信様に贈ったもの同じブランド……じゃなくて、同じお店で買ったものだよ。」
「……綺麗だな。しかもこんな繊細な技巧……どうやって……?」
かすがが物珍しそうに眺める。
貴金属は珍しくないのだろうが、デザインが気になるのか、チェーンと石の繋ぎ目を指でなぞりながら凝視する。
「そんな細せえもんこいつに渡してもすぐ壊すんじゃねえか?」
「独眼竜は黙れ!!わ、私だって着物を着て、それなりの格好で……町に出ることもある……。」
「わ~着物のかすがも綺麗なんだろうなあ~!見たいな~!」
政宗に同調せずかすがを褒めるの態度にかすがは気をよくして、政宗に視線を向けるとふふんと鼻先で笑った。
「あのね、謙信様が気に入ってくれたから、これはかすがにあげたいなって思ってたんだ。」
「…。」
「謙信様に貰ったこと伝えてね!!似た装飾持ってると遠くにいても繋がってる気がしない?」
「な……!!そんな恐れ多い……いやしかし少し分かってしまうその気持ち……!!良い……!」
葛藤したが理性が勝ったようだ。
頬を赤く染めながらブレスレットを見つめて何かを妄想して、両手で顔を隠し始める。
かすがは結構ロマンチストだ。
「……本当にこれ……いいのか?」
「うん。お礼!助けてくれて、本当にありがとう‼!」
「あ、ありがたく頂く。」
「……なあ、俺の部屋で何やってんだよお前ら。」
女のこういう話にはついていけないと、政宗はため息をついた。
しかし同性と話すときはあんな気を許したように見える笑顔をするんだなと、のことは観察していた。
「ところで小太郎は?」
「今はどっかいっちゃった。」
「そうか。……仲良くやれよ。」
「うん!」
かすががちらりと政宗をみる。
「……んだよ……殺りあうか?」
「……いや、では。」
かすがが一気に外に出て、バサッと白い鳥を出現させて、それにぶら下って去っていった。
「……が来てからありえない事が起こりすぎる……。」
「いいこと?」
「さあな。」
「あ、そうだ!」
はまた鞄の中を探る。
小さな筒のようなものを取り出して、政宗の横に座り込んだ。
「これ、政宗さんに。」
「なんだこれは?」
「気に入ってくれてた、私の香を少し持ってきたの。手を貸してくださ~い。」
腕を出すと、は政宗の手首にシュ、とひと吹き香水をかける。
初めて会ったときから香ったものと似た香りを僅かに感じ、手首を鼻に近づけて確認する。
「……ああ。」
この香りだった気がする。
だが自分から香る可愛らしい香りに違和感を感じてしまう。
「、いつも付けてるようにやってみろ。」
「私?いつも?」
は政宗に背を向ける。
どうした?と覗こうとすると、胸元を広げて香水を吹きかけていたのですぐに視線を逸らした。
「付けたよ!時間が経つと初めて会った時の香りになるかと。」
そう言いながらが笑顔で振り向く。
知らない場所に一人で来て戦に巻き込まれるどころか協力して戦って
目の前に現れた謙信や前田の匿ってくれそうな場所に助けを求めず留まりもせず
怪我をしながらも俺との小さな約束を守るために奥州まで来て
二人きりになったら怖かった辛かったと零すかなと思えば
俺が香りを気に入ったことを覚えていて、それを共有しようとこの時間を使うのか
「……。」
好感をもった女にそんな健気なことをされたら、可愛い、と思ってしまうのは仕方がないのではないだろうか。
が言った通り、今は近くに小太郎がいない。
どこかで監視しているのではと思って神経を尖らせても部屋の周囲に気配を感じられない。
これは俺たちを気遣って消えた、だと信じてみることにした。
「……ああ、確かに……。」
「!」
屈んでの胸元に顔を近づける。
「良い香りだ。」
上目遣いで顔を見ると、が顔を赤くしていた。
この程度で照れちまうのかよ、と笑いそうになってしまう。
そのまま腰に腕を回すとぴくりと反応した。
政宗が上体を起こしてを観察する。
「痛いのか?どこをやられてる?」
「右腰……だけど、もう痛くはないよ!」
嘘をついているようには見えない。
怪我をした衝撃を思い出しただけだろうか。
「……俺に会いたがってたって?」
「ん?」
「さっき、慶次が。」
「あっ!あはは……そんなに慶次に言ってたつもりなかったけど……うん!私、政宗さんに会いたかった!」
が姿勢を正そうとするが、政宗は楽にしろとそれを止める。
その気遣いに嬉しそうに笑ったあと、ぺこりと頭を下げる。
「急に消えてごめんなさい。」
「No problem……仕方なかったんだろ。」
「私もびっくりしたほうだけど……。」
ぽんぽん、と優しく頭を撫でると、何かを迷うように視線を泳がせた。
「……好きにしな。」
「い、いいの……?じゃあ……。」
それを聞いたは、政宗に寄りかかり体を預ける。
「あの、色々想像しちゃったんだけどね。呆れられてるかなとか、怒ってるかなとか、それともすぐ忘れられちゃったりかなとか……。」
「こんな強烈なもんすぐ忘れられるわけねえだろう。」
「……そっか。だから、あの、また会えた時、怒っててくれてたの、結構嬉しかった、です。」
「急に敬語。」
「そういうことは気にしないで!!」
やっと甘えたな、と政宗は満足そうに笑う。
しかし出てくる言葉は自身への感謝で、また可愛いじゃねえかと考えてしまう。
「……じゃあ、ちゃんとここに来れた褒美をやらねえとな。」
政宗は何がいいかなと悩みだす。
それに慌てて、は上体を起こした。
「え、い、いらないよ!!私が来たくて来たんだし!!」
「だからやりたいんだよ。」
「そういってくれて嬉しいけど、でも」
「受け取れ。」
の頬に手を添える。
驚いたの反応は無視して、顔を近づけていった。
が
「待てよ!こーたーろー!!」
「~~~~!!!」
ばたばたばたとやかましい足音が響き、政宗の動きが止まる。
「ん?」
「……ちっ。」
「ー!!!」
小太郎が政宗の部屋に飛び込んできた。
を見つけると、政宗と密着しているのを気にもせずに飛びついた。
その勢いで政宗とが離される。
「うわ!何してんの慶次!小太郎ちゃん!」
「だってこいつおもしれーんだもん!」
小太郎の後ろ髪がツインテールになっていた。
「小太郎ちゃんかわいいー!」
丁寧なスタイリングとは決して言えないものだったが、結ばれた髪をつつくとふわふわと可愛く揺れる。
「!!!」
「ほら~、可愛いってよ!良かったな!」
「……。」
小太郎が戸惑いながらも、の前で大人しくなってしまう。
慶次の持っていた櫛を借りて小太郎の髪をいじりだした。
「てめえら……。」
信じた俺が馬鹿だった
ちょっとは殿を気遣え・・・