最北端一揆~目指せ奥州編 12話



翌朝、は洗顔を済ませると一人で庭に出て背伸びをしていた。
「うーん、帰ってきたって感じだなぁ……。」

昨夜は結局、政宗、小十郎、小太郎と並んで布団を敷いて寝た。
今度は難しい話は無しで、会ってない間に何があったかを気軽な空気で伝え合った。
利家さんを最後に見たのは熊と戦っているところだったと言うと、こいつは何を言っているんだろうという目で見られたし、も自分で自分が一体何を言っているのだろうと思った。

「……。」
再会を喜ぶ時間には一区切りだ。
時間はかなりあったはずだったが、政宗に言いたいことを何という言葉にすればいいのか答えが見つかっていなかった。
「うーん……。」

前回の別れ際では、泣いてしまった理由を何か勘違いされて、
お前には俺の全部見せれるぜ的な言葉を言われて

「見せてくれ!って?……いや違う。なんかそれは違う。うん。」

腕を組んで考える。

「でも、そんな真面目じゃなくていいはず。ほらに言われたみたいにええと……。」
「独り言が激しいね。」
その声にびく―‼っと体を震わせ、急ぎ振り返った。

「半兵衛さん……お早うございます。」
「お早う。」
にっこりと笑顔全開で挨拶をされ、もにへっと笑いかけた。

「昨日はなかなかおもしろかったよ。また君と話がしたい。文を送っても良いかな?」
「私で良ければぜひ!」

半兵衛が目を細める。
「……今まで聞いたどの預言よりも、君の言葉は僕を悩ませたよ。」
「預言……?い、いえ、私は、ただそう思っただけで……。」
「僕は秀吉の為に、僕の為に、ついてきてくれる部下の為に、君の意見に同意は出来ない。僕の信じる道が正しいのだと思うしかない。……あぁ、でも刺激になったよ。やはり僕は君が気に入った。」
「どうも……。」

半兵衛がに近づく。
手を伸ばせばすぐに触れられる距離に。

「次に会うときは国の話じゃない、君自身のこと聞く。何を聞かれても答えられるようにしておいてね。」
半兵衛がの髪を一束指に絡めとった。
「大変な課題を出しますね……。」
「君が僕を忘れないように。」
髪に口付けを落とす。
「‼」
驚いてが飛び上がるように一歩下がった。
その行動を先読みしていたのか、半兵衛は動じない。

「じゃあ僕は帰るよ。秀吉にいい土産話が出来たことだし。」
「はい……。お気をつけてお帰りください。」
「ありがとう。」

そうは言ったものの、その場でさよならは気が引けたので城の門まで見送った。
時折、半兵衛が振り向くので、そのたびにお辞儀をする。
その姿が完全に見えなくなると、後方から慶次が着物姿で現れた。
「やっと帰ったな。」
「慶次も今日帰るの?」
「今日戻るよ。」
「?そっか、ありがとね、慶次!心強くて楽しかった!」
表現を変えたことが気になったが意味は同じだろう、と深くは考えなかった。

「また会いに来る!……悪いな、俺が一緒にいたのに怪我させた。」
「大丈夫だったんだから気にしないで!」
「……ん、ありがとな。」
「キッ!」

夢吉がの肩に乗った。
お別れだと判っているようだ。

「夢吉も、またね。」
「キィ!」
夢吉のほっぺたを優しく突くと、また嬉しそうにキイ、と鳴いた。

慶次が着替えをする間に、は小十郎とお土産の野菜の準備を手伝う。
馬に荷を乗せていると、慶次が悪ィ悪ィありがとな!と声をあげながら小走りで向かってくる。

「大した馬だ。回復が早い。」
「虎のおっさんとこの馬だもんな!」

準備を終えて手綱を慶次に渡す。
門へ向かっていると、着物姿の政宗と合流した。

「独眼竜、世話になったな。」
を送り届けたことに感謝する。次来る時があればその時は事前に文を寄越せ。」
「ええ……気分で来ちゃだめなのかい……?」
「駄目だろ‼??」

突っ込む政宗に、予想通りの反応!と慶次が笑う。
威嚇する政宗から逃げるように、ひらりと慶次が馬に乗って、すぐに走り出した。

ー!またなー‼」
大きく手を振る慶次に負けないように、も背伸びをして両手を振って、またねと叫ぶ。

慶次の姿もすぐに見えなくなり、政宗と小十郎は城へと足を向けた。
も一歩遅れてそれについていく。

「……知らぬ顔があそこまで笑うとはな。」
政宗が乱暴に頭を掻きながら呟いた。

「知らぬ顔?」
「竹中半兵衛のことだ。」

慶次ではなく半兵衛の話でぎょっとした。
先程のやりとりは見られていなかっただろうか。

「腹の内を決してみせねぇ。」
「知らぬ……いつもしらんぷりしてるってこと?」
「間違っちゃいない。」
「え―……意外―……。」
「それはお前ぐらいだ。」
政宗と小十郎はそのまま執務室に入っていってしまった。
はのどの渇きを感じて台所へと向かった。
湯呑に水をもらって部屋に運ぶ。
まずは謙信へ到着の文を書き上げなければと部屋に向かうと、小太郎が何やら作業をしていた。
どこからか台を持ち込み、紙と硯の準備。
私の思考を先読みしたのか、と感心するが、もしかすると氏政爺ちゃんにお返事を書いてほしい、ということだろうか、とも受け取れる。

「ありがとう小太郎ちゃん。まず氏政爺ちゃんと、上杉に無事の報告を書かなきゃ。」

いつきと前田家にも送るべきだろうか。
まてよ?お礼の品はいるのかな?と分からないことが増えてくる。

ひとまず小太郎が準備してくれた座布団に座り、紙と向きあう。

「……。」

筆じゃないと、だめかなあ?と考えて動きが止まる。

え?筆で手紙?筆で?

「せめてボールペン……!許されないかなああ……⁉」
「?」
小太郎が首を傾げる。

はふう、とため息をつく。
文字が書ける、読める、でも筆は苦手では話にならないか、そう考えて筆を持つ。
紙も貴重品の部類だろう。
長々と書く必要もない。一枚程度に思いを込めて書こう。

「よし。」

想いは大事、と慶次に言われたことを思い出し、手紙を書き始めた。






昼を過ぎるとは小太郎と共に庭の落ち葉の掃除を始めた。
木の葉の山を作って焼き芋をしようという提案が成実から上がり、それを実行する為でもある。
筆と格闘していたは気分転換になると喜んで協力した。


「小太郎ちゃ~ん。」
「?」
箒を動かす手を止めずに話しかける。

「人に気持ち伝えるって難しいや。」

何を伝えたいのか判らないときは尚更だ。
小太郎には手紙の内容で悩んでいると思われるだろうか。
手紙もだが、政宗にもだ。

「……。」

小太郎ちゃんは困ったことないのかな。
……爺さんは一方的に喋りそうだから首が前後左右に動けば問題なさそうだ。

「………。」
「?」
小太郎が箒を地面に置いた。
何かしようとしているのを察して、は黙って小太郎を見つめた。

ひらひらと、掃除したそばから落ちてくる木の葉をひとつ、小太郎が空中で掴む。
もう一枚落ちる。
掴む。
それを繰り返して
ある程度掴みとったら、手を広げて集まった葉を見せてくれた。

また握って、その手を心臓の位置に持ってきた。

「……あ、そっか。」

一度で全て伝える必要はない。

そう言ってるのだろう。

少しずつでも思ったことを紡いでいけばいい。


「小太郎ちゃん……良い奴……。ありがと。」
少し照れくさそうに下を向いて、手の中の葉を地面に落として再び掃き始めた。

「木の葉集まってきたね~。このくらいなら人数分焼けるかな?」
ちゃん!これをこっそり落ち葉の中に入れといて、火をつけたらあらびっくり作戦はどうよ!?」
成実が栗を腕いっぱい持ってきてに見せる。
「却下。」
「え―!?すりるがあっておもしろそうじゃん!」

怖いわ‼






政宗と小十郎は急な来客で仕事の予定がずれ込んでいたため、執務室にこもるしかなかった。
早く終わらせて、の相手をしてやりたいと思いながら。
「……いい匂いしてきたな。」
「ええ、焼き始めて結構経ちましたしね。」

「……げほっ」
「……こほっ」

「……小十郎、障子、開けろ。」
「はい。」

小十郎はすぱああああん!といい音を立てて障子を開けた。

「はっ!?」
と成実様がでかいうちわで思い切り匂いと煙を送っていた。


何してやがるてめえらあああああああ‼

いい香りを送ろうと……

ものすごい煙い‼


「焼けたよ!」
「持って来いよ。」
「熱い!」
「じゃあ冷ましてから呼べ。」
政宗が机に視線を戻す。
「なんだよー、つれないなあ、殿!」

小十郎から見れば、政宗は早く仕事を終わらせたくてそんな態度をとっていると判る。
だがその気持ちを知らないは邪険に扱われてると思ってしまうのではないかと不安になる。

「分かった‼」
「……。」
しかしその不安に反して、は素直に返事をしてくるりとあっけなく回れ右して去っていく。
よくできた子だ……と小十郎は感心した。

そしてすぐにダダダダダダと足音が戻ってくる。
「……、戻るの早い……。」

今度は膳を持って現れる。

、それは……?」
「先にちっちゃいお芋焼いて、茶巾絞り作りました。」
が?」
「はい。このくらいはできました。」

にこにこ笑って、政宗と小十郎の間に膳を置くと、一口大の形にした茶巾絞りと茶を置いた。

「大きいの冷めたらまた呼びにきますね~。」
そう言って、成実と一緒に庭に行ってしまった。

「政宗様。」
「なんだよ。」
「摘まめる大きさです。仕事しながらでも食べれるように作ってくれています。」
「そうか、んじゃもらうか。」
政宗は机に落としていた視線を膳に向け、茶を一口飲み、茶巾絞りを手に取る。
ぽいと口の中に入れ、もぐもぐと食べ始めた。

「政宗様。」
「なんだ。」
「……の気遣い、可愛いですね……。」
「……。」
小十郎の口からそんな言葉が出るとは思わず、政宗は手を止める。

「どうした小十郎……。」
「いや、政宗様に食べさせるなら大きく立派なものを、と考える人間のほうが多いではないですか。未来では小さいのが主流なのかもしれませんが、仕事を止めずに食べられるとは、仕事熱心な政宗様のことを分かっている行いのように思えまして……!」
「そうかよ……。」
「あまり踏み込まぬようにしていましたが、昨夜はと再会を喜び合うことはできましたか?」
「聞いてどうする……。」
「今も政宗様はとの時間を作るために集中して業務に取り組んでいると分かっております。全力でお二人を応援したい所存です。」
「い、いや、これは」
「前田慶次にも真田幸村にも、政宗様との間に入ることなど出来ないと示していきましょう。」
「うるせえぞ!」

政宗の方が耐えられなくなり、筆に力を入れて文字を書きなぐると、庭へ小走りで降りて行ってしまった。
しまった、熱が入ってしまったと小十郎は後悔するも、机を見れば政宗はしっかりと仕事を終わらせていた。

「小十郎も参ります。お待ちください。」


立ち上る煙の元へ行くと、すでに騒がしくなっている。
綱元が芋を灰の中から取り出し、取り囲む家臣に美味しそうな香りをたてる芋を配っていた。
「あちっ!あちち!あち!」
成実様が二つに分けた芋を持って手をせわしなく動かしている。
「あ、政宗さんと小十郎さん来た!」
「待ってたよ~!ほい!いい感じのやつ!」
成実が良く焼けている芋を二つ投げた。
「Thanks.」
「成実様、食物を投げるのはやめましょう……。」

には小太郎が半分に割った芋を差し出す。
「ありがとう‼」
が受け取ろうとすると一度引っ込めた。
「あれ?」
そして今度はの口の近くに持っていった。
熱いから食べさせてやろうとしているのだろう。
「……小太郎ちゃん、手熱くないの?」
こくり
「でも……大丈夫だよ……あ、ほら平気……あっつう‼」
試しに触っていると徐々に熱くなったようで手を引っ込めた。
「~!」
「大丈夫!いや、ごめん!侮っていた!」
ちゃんは忍に甘えちゃいな!さ―、皆で食お!」
「おう。」

政宗様はと小太郎に向けていた目線を成実様に移した。
全員で食べ始める。
は芋を持った小太郎の手を両手で包んで食べている。

政宗様、嫉妬しませんか?

小太郎目線のは絶対かわいいですよ

小動物のように愛らしいに違いない!

「小十郎、口に出てる。」
「はっ!?申し訳ございません‼」
小十郎はとっさに手を口で塞ぎ、政宗様が少し呆れたようにため息をついて腰に手を当てた。

「俺は小太郎みてぇにはなれねえからな。」
「判ってます……すみません、余計なことを(というか小太郎みたいな政宗様は嫌だ……あっ!想像してしまった!嫌だ‼)」
「……なんか今考えたか?」
「いえ、なにも。」
「…………あぁそう。」







このまま満月を迎えるわけにはいかない。
そう思っていたのはだけではない。
政宗はの部屋の前に辿り着くと、中に人の気配があるのを確認してから戸を開ける。
。」
「あ、政宗さん。」
「……まぁ、予想はしてたけどな。」
小太郎が、机に向かって文を書いている様子のの傍に控えて同じく政宗を見上げる。

「小太郎。貸りるぞ。」
「……。」
頷かずに迷っている様子なのが見て取れる。
そもそもに危険が無いこの状況で小太郎に許可が必要なものでもないのだが、気配を消して付いてこられるのは面倒なので声をかけた。
普段のに対する行いを思い返すが、そんなに警戒されるようなことはしていないだろ!と政宗自身は思っていた。
しかし、が小太郎に指示すれば問題ない。

「小太郎ちゃん、ちょっと行ってくるね。」
「……。」
こくり

小太郎は大人しく頷くと、と小太郎が飲み終えた湯呑の片づけをし始めた。

政宗と並んで廊下を歩く。
「まだ日は沈まねぇな。外に出るぞ。」
「はい。」
踏石に草履が二足放置してあるのを見つけた政宗はそこから庭に出ていく。
もそれについていった。



「あのう……。」
「んだよ。」
向かい合う二人が手に持っているのは互いに短い木刀だった。

「二人で夕日を見てドキドキ青春的な何かでは……?」
「ah?夕日が見てえのか?見えるじゃねえか。」

黄昏時を迎えつつある空を、政宗が情緒もなくひょいと指差す。

……もういいです……ぐすん……

政宗がの目の前まで来てしまい、間合いには近すぎる。
木刀を使うのではないのか?と不思議そうに政宗を見上げた。
「腕だけ使え。そこから一歩も動くな。俺も動かねえ。かかってこい。」
「え……。」
「女は関節が柔らかいからな。それだけでもいけるだろ。いつでもBestな状態で刀が触れるわけでもねえ。経験しときな。」
政宗が構える。
は肩と肘を動かして動きを確認。

うーん……

取りあえず投球フォームのように腕を振る。
政宗が軽々と受け止める。

「軽すぎだ。動きがでかい。それじゃ簡単に読まれる。」
「あ、そういう……。」

木刀を離して次は突き。

弾かれる。

弾かれた流れで手首を返して下から上に振り上げる。

政宗が上半身だけを後ろにやや倒して避ける。

「弾かれるのを見越して、か。流れは良いな。」
「ありがとうございます。」
お礼は言うが喜べはしない。
政宗に一撃食らわせられるビジョンは全く浮かばない。
ならば肘か、屈んで膝か、と、考えるが、政宗の守りが固く、左目はの動きを一瞬でも逃さないつもりかというほどに真剣な眼差しを向けてくる。

政宗さんは本当に、素人に向かって容赦がない。
初めての時も、手合わせする時はいつだってそうだった。

思い出して、懐かしく感じる。

大して時間は経ってないはずなのに。

変わってない、私相手の太刀筋。

思い出してきた。

あの時の感覚。

政宗さんの言葉と、戻ったときに感じた、虚しさと
単純な自分の気持ちが。

色んな事がありすぎて、難しく感じて霧がかかったようなの心を晴らしていく。

政宗が木刀を大きく振った。
隙が見えた。
躊躇うことなく、飛びついた。
政宗はしっかりとその身体を受け止める。

「oh~……やるじゃねぇか。」
の背中を政宗がぽんぽんと優しく叩く。
「動くなって言ったのによ。まあこれなら合格点かな。」
「……たい……」
「ん?」
「政宗さんのことが知りたい。」

本を読み漁ってネットでも検索して、勉強してきたんだ。
でも何か足りない気がして仕方なかった。

「……あぁ。」

政宗さんの口から

私に向けた言葉で知りたい。

「だから教えて。政宗さんがどんな人なのか知りたい。政宗さんに教えてもらいたい。」
「Of course.」

躊躇うことなく返された返事が嬉しくて、は政宗の着物をぎゅっと強く握った。

「俺にも聞かせろ。のこと。」
こくりと頷いた。

「あ、おい、夕日。沈んじまうぜ」
そう言われ、政宗からゆっくり離れて空を見る。

小太郎と見たときのような美しさはなかったけれど、
政宗の隣で、政宗と同じものを見て、同じ事を考えてるのだろうと思うと、
嬉しいような、泣きたくなるような感覚が全身を巡った。

本当に、本当に、また会えて良かった。

「一つ、聞かせろ。」
「何?」

政宗は夕日を見たままに問いかける。

「もし、こっちへ来るのが強制じゃなかったら、どうしてた。」
「同じ事してたよ。爺さんに無理やりやらせてね。」
それを聞いた政宗がクク、と笑う。
「容赦ねえな。」
「あんな別れ方、一生引きずるもん。絶対嫌だった。」

政宗が今度は優しい眼差しをに向ける。

「……ちゃんと、お別れの言葉と、感謝の気持ち、言いたくて。」
「畏まった別れの言葉は必要ねえよ。またな、でいい。」
「それは今の状態にはありがたい‼」

にこやかに笑うに、政宗が手を伸ばす。

「よく、戻ってきた……。」
「わ、わ!」
政宗がの頭に触れ、髪を撫でるような優しい手つきでの顔を赤くさせる。
夕日に照らされてすでに赤いだろうが、この男は変化を見逃さないだろう。
青春的なものはないのかと言ってはいたが、いざこうなると恥ずかしさが先に出てしまい、は誤魔化すように話題を変えた。

「あ、あの、あと……刀を返そうと思って。」
「やるよ。」
「え。」
「お前が持っていた方が良い。」
「でも小さい頃の……。」
「俺のことが知りたいんだろ?持ってな。損はしねぇよ。」

現代では銃刀法違反にならないためには登録をすればいいんだっけかな、と一瞬真面目に考える。
しかしこんなに綺麗な状態の刀で政宗のものと知られたら絶対に騒ぎになるのではないか。

「……ありがとう!じゃあお手入れの仕方教えて?」
「ああ、貸してみろ。」

懐から刀を取り出し、政宗に渡す。

あ、
やばい、

「待って待って!やっぱり後で!」
「なんでだよ……?」

必死に取り返そうとするがもう遅かった。

抜けにくい刀を不思議に思いながら力任せに引き抜くと、黒ずんだ血で汚れたままの刃が姿を現す。

政宗さんのチョークスリーパーをくらった。







先程までの空気はどこへ行ったやら、政宗は大急ぎで部屋に戻り、刀の手入れの準備を始めた。
「びっくりしたわHorrorかと思ったわ!拭くぐらいできなかったのか⁉」
「すいません……。」
「ああああ錆びてねえな!鞘は変えるぞ!いや待てこれの予備はあった気がするが……小十郎呼んで来い!」
「はい!」
「……じゃねえ!待て!小十郎呼ぶ前に待て!」

随分と混乱している政宗に、自分はなんてことをしてしまったんだろうと罪悪感を感じながら立ち上がろうとすると、腕を引かれる。
政宗も肝心なことを聞いていなかったことに今頃気付いて、さすがに心の中で反省していた。

……俺に報告漏れがあるな?」
「ぐう……。」
「誰の血だ?」

山で動物を殺して食べる野性味はから感じられず、それにそんなことをしたら嬉々として報告しそうだと政宗は思う。

「……今川さんとこの人に、」
「おお」
「お……お……」
「おぉ?」
「……お」
「お?」
「お……」
「どうしました?」

そこへ丁度通りがかった小十郎がやってきた。

「邪魔すんな、小十郎。」
「な、何のですか?」
『お』しか言ってなかったじゃないですか……と理不尽さを感じながら、小十郎も部屋に入ってくる。

「……今川の兵に襲われて、押し倒されたから……なんとか……蹴りとか、刀で……抵抗して……。」
「「‼」」

思い出して、彼らはどうなったかな……とは考える。
あんな環境で開放創を負わせてしまったのだ。
感染症にかかってしまうかもしれない。

「……何考えてんだ。」
「え?」
のことだから、相手の怪我の心配でしょう。」
「だって……。」
「阿呆だな。」
「阿呆と言われる筋合いはないような⁉」

政宗が大きなため息を吐いて、小十郎は笑う。

「怖かっただろう。無事でよかった。」
その言葉は小十郎に先を越され、政宗は心の中で残念がった。
「ありがとうございます。」
「そういうことで刀がこんなだ。小十郎、鞘あったよな?」
「すぐに持って参ります。」



小十郎が道具をそろえると、政宗は慣れた手つきで刀を直していく。は横で見ていることしかできなかった。
政宗が刀を持ち上げて、満足そうな顔をした。

「よし、こんなもんか。いいか、今度からは拭い紙で下から上に拭いて、打粉で刀身を軽く叩いてもう一度拭いて、油のくもりが取れるまでそれを繰り返す。そしたら新しい油を塗るんだ。ああ、1人でやる時は柄は外さなくていい。」
「え、え、拭い紙?和紙ですか?う、打粉?どんな成分の粉⁉」
「あとでやるから。とりあえず手順は覚えたな?」
「うん!」

政宗の言葉を聞きながら、小十郎がを見つめる。

、ちょっと来てくれないか?」

その言葉に弾かれた様に政宗が小十郎の方を向いた。

「え、な、何だよ小十郎……。」

露骨に嫌そうな顔と声色の政宗に、そんなに⁉と驚きながらも、小十郎もどうしても確かめたいことがあり譲れなかった。

「少しと話す時間をください。」
「はい、どこにいけばいいですか?」
小十郎とが一緒に立ち上がり、部屋を去っていく。
「こ、小十郎にとられた……?」
その二人の背を見送りながら、政宗が呟いた。



小十郎の背を追っていると薄暗い部屋に辿り着いた。
掃除はされているようだが、人の出入りは少ないような感じを受ける。
部屋の中は壁に沿って、大きな本棚がいくつか置かれている。
「ここは?書庫?」
「ああ、政宗様が年少の頃に学んだ書だ。」
「わあ……本いっぱいあってすごいですね……‼」

が近くにあった本を手に取った。
「読めるか?」
「……漢文……長い……。」
「それは兵法書だな。」
は学校で習った気がすると思い出そうとしたが、基礎的なこと以外は忘れてしまっていた。
「えと……孫子曰わく……兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざる……べからざるなり?」
「読めるな?」
「頑張らないと読めない……。」
の顔が強張った。

「未来では、そのような教養はどうしている?」
「へ?軍事ですか?やらないですよ。専門にする一部の人間しか……。」
「全く?」
「私は全く。なんでですか?」
「あ、いや。」
小十郎が目を泳がせる。しかし隠すことでもないかと正直に言うことにした。
「農村でのあれは……こういった、勉学からかと……随分その……独特の……。」
「あ、その話!そんな大そうなもんじゃなかったでしょう。運が良かっただけです!あと、農民のみんなが頑張ったから……。」
そこまで言って、が俯いた。

「……織田の兵は、ほとんど生きていた。」
「ほとんど、ですか。」
小十郎もすべてを確認したわけではなかった。
しかし報告には、やはり農民の中にはこれまでの恨みと捕らえた織田の兵を殺したものもいれば、橋の落下で打ちどころが悪く死亡した者もいた。
それを察しただろうは、顔をあげない。あげられないのかもしれない。

「後悔しているか。」
「農民に手を貸したことは後悔してない。けれども、私は、戦への覚悟もなく始めてしまった。最善は、事前に食い止める事だったな、とは思います。」
「そうする方法はあったか?」
「……分かりません。あったのかもしれないし、なかったのかもしれないし。」

自分よりも小さい子供たちが、命を取り合っていたことは、今もなおの心に衝撃を与え続けていた。

「……俺も、政宗様も、が鉄砲で撃たれたと聞いたときは、嘘であってほしいと願った。」
小十郎はうつ向いたままのの肩に触れた。
「あ、ありがとう、ございます。」
「でも、同時に、らしいとも思ったよ。後先考えずに人を守ろうとするところが。」
「二人にそんな印象を……⁉いやでもそれなんか良くないですよね⁉考えなしの行動……!」
「そうだな。そんなこと何度も続けられては俺たちも心臓がもたんぞ。でもそういうところが、俺たちを惹きつけるのかもしれないな。」

おずおずとが顔を上げる。戸惑った表情だったか、小十郎はそんなに微笑みかけた。

「突然消えたときの、成実様の騒ぎようもに見せたかったな……。」

居なくなっちゃ嫌だとか戻ってきてよーとか、喚いていたな…

「えっ!そ、そんな……あの……。」
が居ないと知ったときの、小太郎の落胆ぶりもな。」

部屋の隅に丸くなって、放心状態だったな……。
最も一日経ったらすぐに探しに出て行ってしまったが。

「結果がどうあれ、俺たちはを責めないし、間違っているとは思わない。それだけじゃ、不満か?」
「不満なんて、そんな……!」
が目を丸くした後
「……ぷっ……!」
噴き出して笑った。

「どうした?」
「い、いや、なんか、小十郎さんに励ましてもらってばかりだなと思って!」
「そうか?」
「そうですよ!えへへ、ありがとうございます。うじうじ考えるのは止めます!」

吹っ切れたようににっこり笑って、が小十郎を見上げる。

「……。」

小十郎がに手を伸ばす。
髪を指に絡ませながら、頭を撫でる。

「……本当だ。さらさらでふわふわ、だな。」
「!」
「俺も触ってみたいとは、思ってたぞ。政宗様の前じゃ出来ねえが。」
「え、あ、そ、そうだったんですか……。」

強面の小十郎に優しく触れられるというのは衝撃が強い。
自分でも驚くほど照れてしまい、小十郎の顔が見られなくなり視線を逸らす。

?」
「わ、私の髪でよければいつでもどうぞ……。」
「はは。じゃあ政宗様に振り回されて疲れたときに頼むぞ。」

微笑みながら部屋を出る小十郎の後を追う。政宗の部屋に戻る廊下を進む。

「しかしあれだな……、あまり公の場であのようなことはしないでくれ。」
「その理由は?」
「使える者が居ると知られれば、狙われる。」
「狙われる?」
「大げさだと思うか?世には占いすら本気で信じる将もいる。わずかでも勝算があがるなら、何でもする人間が居るんだ。」
「なんでも……。」
「竹中半兵衛には、特に気をつけろ。」
「……はい。」

どたどたと、聴き慣れた足音が近づいてきた。
何かあったのだろうか。

「あ!発見!」
廊下の曲がり角から勢いよく現れた成実の顔は、やけに焦っていた。

「片倉殿ぉ!殿が……!」
「!政宗様がどうした?」
「ひたすら米をとぎ続けているんだけど!」
「は?」
が大げさに手で口を覆った。
「そんな……手がふやけちゃう!」
「そうなんだよ!頼むよ!止めてくれよ!」

大変なことになった……
お、俺が突っ込むのか……

「も、問題はそこじゃないー!」
ぺちっとの頭をたたいた。
「痛い!」
「あはははは!片倉殿、ぎこちないなー!って、いや、マジなんだよ!殿は一体どうしたの?」
「え?さっきは普通でしたよね?」
「……。」

俺がをとったのがそんなに精神にきましたか……?
す、すみません、政宗様……

の顔を見れば元に戻るだろう。」
「え⁉その重役なにプレッシャー!」
「うん!そうだな!行こ!」
成実がの手を引いた。


ザッザッザッザッ……

引かれるまま歩いていくと

ザッザッザッザッ……



薄暗い調理場の隅の方で政宗が

ザッザッザッザッ……

ひたすら米を……

ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッ……

「怖いよー!これこそホラーだよー!」
「殿ー!殿ー!ちゃんが遊んでほしいって!」
「!」
政宗が肩越しに振り返った。
表情は至って普通であったため、成実とは強張っていた肩の力を抜いた。

「な、なんだよ、仕方ねぇな……遊んでやるよ……。」

あっけなく元に戻る政宗に、その場にいた全員が安堵した。

政宗が米を女中に預け、後は頼むと言った。
「じゃ、俺の部屋行くぞ!」
「うん!」
「判った!」
「かしこまりました。」
「なんで小十郎と成実まで⁉」

この調子だと小太郎も来るだろう。



政宗は部屋に着くと、に小さな箱を手渡した。
、これが道具だ」
「刀の手入れのね?ありがとう。」
成実が首をかしげた。
「刀、持ってるの?」
「護身用に頂いてしまいました。」
「殿が?」
「ああ。」
「……むやみやたらに振っちゃいけないよ。」

珍しく成実がまじめな顔をしてを見つめた。
責めているわけではない、警告するような口調だった。

判っている。
この世界で武器を持つ事の意味。
護身用であっても、変わらない。
傷つける覚悟があることと同時に、傷つけられる覚悟も。

「それは、こいつだってよく知っている。」
「はい。みんなほどじゃないけど……。」
「謙遜しなくていい。」

政宗に持っていろと言われたということもあるけれど、それだけではない。
この刀を見ればいつだって政宗の強さを思い出す。
それは見本となり、励みになり、の心を強くしていた。

そして、いつでも迎えてくれるように、政宗に、奥州に恥じない人間でありたいと思わせてくるものでもあった。

「……。」
小太郎が襖からひょっこり顔を出した。

「ああ!小太郎ちゃんごめん!まだ途中だったね!」
「何がだ?」
「爺さんと、謙信さまと、時間があれば前田家の皆様にお世話になったお礼の手紙書いてたの。」
「ほう、見せてみろよ。文面。」
「嫌。」
書道の授業以来の筆だ。内容の前に字が下手で自分でびっくりしているのだ。

「随分と自信があるんだなあ?俺の指導はいらねえってか。」
「指導?」
内容チェックではなく指導、それなら嬉しい気がする。

「筆に慣れてなくて、字が下手なんだけど。」
「筆に慣れてない?未来はどんなもん使ってんだ?」
「えーと。」

は鞄に小走りで駆け寄り、ボールペンとシャープペンを取り出した。
まずカチカチカチとシャープペンの芯を出すと、政宗、小十郎、成実がそれを凝視する。
「何だこれ?」
「シャープペンといって、墨は不要なものです。」
「……本当に、未来にはいろんなものがあるんだね……。」
「あ、そういえばだな、」
成実の言葉を聞いて、政宗がふと何かを思い出した。
「なに?」
「iPad、じゅうでんぎれした。」
「もうそんなに使った⁉」


氏政への手紙はともかく、上杉、前田には交流のきっかけができるかもしれないという政宗と小十郎の案で、内容を考えるのに一晩くれといわれてしまった。
近況や小太郎のことを気楽に書いた氏政への手紙は小太郎に渡して、次に爺さんに会うときにでも渡してくれと伝える。
会いに行きたいが、いつきにも会いたいし、もう少し落ち着いてからだ。

もし手紙を保管されてしまい後の世に残ってしまってはいけないと、最後に読み終わったらこの手紙は燃やしてくれと一言付け足した。
その文句はなんだかかっこいい……と政宗に思われていたが、にはそれを知るすべはなかった。