京の祭編 第1話
朝、いつも自分より早起きしている政宗の姿がない。
何か用があるわけでもないが、一日の予定はまず政宗に手伝えることがあるか聞いてから決めようと、身支度を整えて、政宗の部屋に向かった。
「おはよーございます、政宗さ……。」
襖を開けると政宗はまだ爆睡をしていた。
布団を投げ出してやんちゃな寝相をしているので、かけなおしてあげようかと襖を自分一人入れる程度に静かに開ける。
「最近まともに寝ていなかったんだ。」
同じく政宗の様子を伺いに来た小十郎は、の様子を見て察し、そう声をかけた。
は小十郎に、政宗を起こさないよう小声でおはようございますと挨拶をした。
小十郎も小声でおはよう、と返す。
「そんなに忙しかったんですか?」
「原因がそれを言うか?」
「え?……あ。」
もしかして私の心配を?と思うと同時に嬉しさと申し訳なさが出てきて動揺する。
そんなに小十郎が、ふっと笑った。
「まあ、それだけじゃないがな。」
「え?」
「の頑張りを無駄にしないためにも、津軽と南部と戦をした。北の領土は頂いた。」
「え…ええ!?いつ!?」
そんな話を聞いていなかったはつい声を大きくしてしまった。
小十郎が人差し指を口元に当てる。
「しー……。竹中半兵衛が来ると決まった後すぐにな。だから俺は行けなかったが。」
「すいません。そ……それで、それは……。」
「年貢徴収についてはこれから話し合いだ。幸い、あの一揆集には武将は混じっていなかったようだからな、それほど警戒せずに進められるだろう。政宗様のことだ、税率はできる限り農民の希望に沿うだろう。」
「仕事が早い……。そっか、そうかー……いつきたち、もう一揆しなくても大丈夫なんだ……?」
「政宗様はあいつらに一揆なんてさせないさ。血の気の多い奴らだったら何かに使えると思っていたかもしれねえが、あれは嫌々仕方なくやっていただろう。」
それを聞いたは、忍び足で政宗の傍に寄っていった。
起こさないようにゆっくり布団をかけ直し、寝顔を覗き見る。
「ありがとう……政宗さん……。」
そう呟いて、指先で政宗の髪を撫でた。
ああ、ほほえましい光景だ、と小十郎は思うが、次に発せられた言葉に不意打ちを食らう。
「梵天丸……。」
「……突然びっくりしたぞ。呼んでみたかったのか?」
「うん……可愛い……でも本人に言う機会無いもん……今こそチャンス……。」
政宗が寝返りをうってに背を向ける。
起きたかと思って驚いたは目を見開いて動きを止めた。
「……。」
起きる様子はない。
「……びっくりした。」
「やましいこともないだろうに。」
「怒らせたくないもん……。」
「怒らないさ、それぐらいで。むしろ……。」
あ、
政宗様から殺気
起きてらっしゃる
余計なこと言うなと訴えている
「ま、まだ平気ね……?梵天丸……様。梵……。」
が警戒しながら気が済むまで呼ぶ気か?と思うくらい梵天丸と言い出していた。
もしも
もしも幼少の政宗様のそばにがいたら
政宗様は
「……。」
やめた
そんなこと考えたって仕方がない
「すごく熟睡……でもなぜ眼帯をして寝ている?」
「政宗様はめったに眼帯をお取りにならない。」
「お母様のことがあって?」
「っ……!!」
がびくりとして小十郎を見た。
咄嗟のことで怒鳴ってしまった。
悪気無く言ったということは分かっていたが、政宗が起きて聞いているから焦ってしまった。
が目線を政宗様に戻した。
「政宗さんは、堂々としてて凄いよね。」
「?」
が再び政宗様の髪を撫で始める。
「私は一度だけだけど、お母さんに怖い目で見られたことがある。」
「なぜ?」
「幽霊が見えたから。」
は淡々と話を続ける。
「そうなのか?しかし、別に迷惑をかけることでもないのではないか?」
「普通じゃない事は、怖いことなんだよ。自分の子供だと余計にね。」
「……。」
「だから私は、自分の第六感を憎んで隠し続けることで、普通だと思おうとしてた。親にも友達にも、知ってもらわなくてもいい、認めてもらえなくたって良いって……諦めて、逃げてた。」
が手を止める。
「いつか、政宗さんに子供の頃のお話、政宗さんの口から聞きたいなって思うけどそこまで踏み込んでいいのかなってのもありまして。」
「いつか聞ける機会がある。眼帯を外せる相手なのだからな。は。」
そうでしょう、政宗様、と心の中だけで呟く。
過去があって今の政宗が在ることを、大切に受け取ってくれる人だ。
「あ、でも今は霊感に感謝してるんですよ。みんなに会えたし。」
「それは、判っている。」
政宗様、いい加減起きればいいのに、と思う。
……まぁ、起き辛い雰囲気ですよね。
「政宗様、そろそろ起きてください。」
を立たせて、少し下がってもらって、政宗を揺する。
「……ん、あぁ……。」
少し演技臭いが、には判らないだろう。
「おはようございます、政宗さん」
「……あぁ、お早う。なんだ二人して……俺そんなに寝てたか……?」
「少々様子が気になる程度には。さあ、身支度を整えましょう。」
そんな三人に外で起こった異常はまだ耳に入らない。
「待て待て待て待てい!俺を倒してから進めー!!」
「やなこった!そんな時間ねぇんだ!」
二人の男が叫びあう。
政宗が起き上がって背伸びをした。
と目が合うと、そのまま動きを止めて、じっと見つめる。
「政宗さん、低血圧?元気ないような……ご飯ここに持ってこようか?」
「お前は食べたのか?」
「まだ。」
「……ふーん、じゃあ二人分持ってこい。ここで食おう。」
「賛成!持ってくるね!」
がぱたぱたと軽い足音を立てて去っていく。
「政宗様、聞いていましたよね?」
「ああ。」
政宗が着替えるのを、小十郎が手伝った。
「……なんだよ、感想は?ってか?複雑だ。あのヤロ……俺の事調べやがったな。」
「俺の姉のことも知っていました。調べれば分かるのですか……。五百年と言っていましたな……。そんな先でも……。」
「他言はするなよ。……俺が教えてやるって、言ってんのによ。」
ああ、本当に複雑そうな顔だ。
自分に聞いて欲しかったような、
知ろうとしてくれて嬉しいような。
「……あいつは、天下統一するのは誰かもきっと知ってる。」
「……‼」
「聞くつもりもねえが……ここにいるからには俺たちか~?とも予想できねえな。は恩だけで明日滅びる場所にも平気で滞在しそうだ。」
「聞くつもりは、ありませんか。」
「ねえよ。小十郎もそうだろう。」
少しだるそうな視線で小十郎を見る。
小十郎ももちろんそうだ。天下統一は政宗様が成す、と信じている。
同時にに問い詰めるようなこともしたくはない。
「もちろんです。天下を統一するのは政宗様です。」
「おうよ。」
満足そうに笑って、顔を洗ってくる、と部屋を出る。
小十郎は布団を片付け始めた。
「……。」
知っている、ということは十分な武器だ。
逃げていた今川の兵に襲われても、真田幸村に怪我を負わされても歩みを止めずに進み続けて笑顔を見せるのは、戦の中の極限ともいえる精神状態を理解して仕方なかったと思えるからか。
そんなことを想像できるものなのか。
「誰か、残している者がいるのだろうな。書物か……。」
俺も政宗様について記そうかと思ったが、文才が自身にあるのか分からない。
「いや何事も挑戦すべきか。」
あと良い野菜作りの秘訣を記した文書も残そうか、と小十郎は楽しくなってきた。
「戻ったぞ……どうした小十郎。やけに笑顔だな。」
「は……!すみません政宗様の前で弛んだ顔を……!」
「いや、いいけどよ……?」
「政宗様ぁ!!伝令…!」
慌てた足音が聞こえ、庭に視線を向ける。
家臣が険しい表情で走ってきた。
「何事だ。」
「敵襲っ……!」
息を切らして単語だけ述べる。
「どこの者だ?現状は?」
「成実様が今追っておりますが、敵方が馬で暴走しているため初動が遅れました……‼」
「う……馬……?」
小十郎が眉間にしわを寄せた。
前にもこんなことがあったような……。
「申し訳ございません!道とも言えぬ場を通っていたようで気づくのが遅れ……奴は……‼」
「慶次何してんだてめー!!‼!!!!!!!!!!!」
「あー!先に言うな!前田慶次まかり通るー!!‼!!」
声のする方を向くと、慶次がを抱えて、馬に乗って去っていくところだった。
「なっ……‼」
「小太郎!追え!!おい!鎧を!早く!」
屋根の上から小太郎が軽やかに飛んだ。
「政宗様……‼」
女中がやってきて、すぐさま武装を始める。
「追う!小十郎!しばし城をあける!任せた!」
「待ってください政宗様!ここは小太郎に任せて……‼」
「が小太郎に前田慶次を攻撃しろと言うか!?助けてくれと言うか!?」
「政宗様っ……しかし……‼」
小十郎だってのことを心配していないわけではない。
一国の主が、一人のために動くということに、仕えるものとして意見をしないわけにはいかない。
「もう嫌だ!あいつが俺の居ないところで消えるのは!!ちゃんと、またなって言って、見送って別れたいんだ!」
「……。」
政宗が、片手で顔を覆った。
「知ってる……これは、俺のわがままだ。」
小十郎が大きくため息をついた。
「冗談じゃありませんよ。政宗様……。」
「小十郎……。」
「また前のように、が気になって印の位置はでたらめ、誤字脱字だらけの書類。」
「なっ……‼」
「一番厄介なのは表面上は冷静なふりをしてるところ……。」
「そ……そんなの俺の勝手だろ!」
政宗が顔を赤くする。
「こちらとしてもそのような状況は避けたい。さっさと奪い返してきて下さい。」
「……thank you.」
装備を終えて、政宗が外に飛び出す。
「行って来るぜ!!」
「政宗様!城の事はお任せください!!安心して、をっ……!!」
「ああ!判ってるぜ!!」
見送りながら、考える。
「何のつもりだ……前田慶次……。」
を返して欲しくば、もっと野菜をくれと言われたらどうしよう……
小十郎は要らない心配をした。