伊達軍居候編 04話
え、マジで?
戦国時代って一日二食なの?
腹ぐぅぐぅ鳴って仕方ないんですけど。
「へぇ、そんな違いもあるのか。どんな利があるんだ?」
「利?ああ、やっぱり健康には一日三食ってことで。脳を動かすのってかなりブドウ糖を使うのよ。ブドウ糖って栄養ね。それに、えと、朝ご飯は血糖値をあげるでしょ、昼は日中の活動のエネルギーになって……夜は寝てる間に成長ホルモンが出るし……これじゃわかんないか、ええと……。」
「あぁ、聞いた俺が馬鹿だった。単語がわからねぇよ。説明しろよ。小十郎、文出来た。」
「了解しました。至急届けさせます。」
「私、退室します?」
暇になってしまい政宗の部屋を訪れると、仕事をしながらも雑談の相手をしてくれた。
器用だなあと思いつつも、仕事が終わってから話をした方が良いのではと感じてしまう。
「相手してやれなくて悪いな。城の内部はだいたい判ったか?」
「えぇ、大体は。」
「ならこれ終わったら城下案内してやる。これは絶対俺が案内する。いいな!?誰かに誘われても断れよ!?明日になるかも明後日になるかもわからねぇが!」
……なんの意地だ。
しかし殿自らが率先して案内したいと言ってくれるなど嬉しくて仕方がない。
「うん!楽しみにしてます!私、女中さんの手伝いしてきますね!タダ飯も悪いですし!」
「おぉ。」
政宗は一人になって開け放たれた障子に目を留めた。
空は晴れ渡り、部屋に入る風は少し冷たい。
秋になったのだと感じ、頬杖をついて静かに想像する。
「……あいつ鷹狩りは知ってんのかね?」
足腰があまり強くなさそうだが、馬に乗って山まで行くとどういう反応を示すだろうか。
毛虫が多くいるところに行けば普通に怖がるのだろうか。
助けて政宗さんとすがりつかせれば、もう少し距離が縮まるかもしれない。
「未来……未来か。おもしれえ。どんな女なんだよ、はよ……。」
まぁ、その前に城下だ。
朝もらったお菓子のchocolateとやらは甘かったから甘いものは好きなのだろう。
城下に行ったら団子を食わせてやろう。金平糖も買ってこようか。
そう思っていたら、ふと、今の自分の感情にぴったり合う言葉が脳裏に浮かび、ククッと小さく笑った。
「……petの世話するご主人様、だな」
こんなこと言ったら、はどんな顔をするだろうか。
「仲良くしてやるよ。お前は俺に何をもたらしてくれるんだよ……。」
また笑ってしまう。自分は戦況を読む才はある。
その人間の本質を見抜く能力だってあるつもりだ。
この出会いの先は見えない。
それが楽しみでどうしようもないのだ。
洗濯物を片づけるお手伝いをすることになった。
褌に触るのは少し抵抗があったが、お世話になる身分でそれは申し訳ない。
丁寧に取り込み、縁側へ運ぶ作業を繰り返した。
……たまにヤンキーを思い出すような刺繍が入った着物があったりしたが、気にしないこととした。
もうすぐ終わるというところで、庭先から いってぇ! という声が聞こえた気がした。
兵がいるのだしそんなことは日常茶飯事なのかもしれないとも思ったが、気になってしまい篠に断りを入れて、その方角へ歩いていった。
「ばか!何してんだよ!!」
「るせぇよ!てめーが言い出したんだろ!……やべぇ……痛ぇ……。」
鍛錬場のようなところに出ると、二人の人影があった。
「どうし……?」
真っ赤な血が見えて、の言葉が途切れる。
一人が下腿を押さえてうずくまり、もう一人はおろおろしていた。
二人の足下には刀がばらばら落ちていてそれで斬ってしまったことは一目瞭然だったが。
「どうしたんですか大丈夫ですか!?」
「斬っちまって……筆頭のマネなんかしたから……!」
斬った後に転びでもしたのか、傷口が随分汚れている。
「あなた!おろおろしない!あれ井戸よね?水持ってきて!」
「あ……あぁ……!」
「あなたは寝て!」
「おお…」
足に触れると抵抗しようと男が手を伸ばしたが思い切り睨んで問答無用で袴をまくり上げ、彼の怪我した足を自分の膝に乗せて浮かせた。
止血をする前に、心の中で呟く。
ごめんなさい、政宗さん。
落ちてた刀を気をつけて使い、着物の袖に切れ目をいれ、びりっとやぶった。
「水持ってきた!」
「早いですね、Thank you!じゃ、医者居る?連れてくから、呼んで下さい!!」
英語を発したところで、井戸水を持ってきた男は少し驚いているようだった。
政宗の影響で浸透してるものなのかと思っていたがそうでもないらしい。
いけなかったかな、と一瞬眉を顰めるが、その眼差しはすぐに憧れのような、尊敬のような輝きを発し始める。
「判った!」
素直に言う事を聞いてくれて、走り出す。
良かったと安心し、傷口を改めて見る。
少し知識のある場面で役に立てなければ、小十郎に認めてもらうなど到底無理だろう。
「傷口洗うよ~。」
水がかかった瞬間、彼の足がびくっと一度反応した。
「大丈夫だから!死にそうな顔してんじゃないわよ!」
汚れを落としたら布を傷口に当てて、圧迫止血を試みるが、止まらない。
着物をさらに裂いて大腿部に止血帯を行う。
「すまねぇ……女に助けてもらうなんて……!」
「……やっぱこの時代は女性の身分は低いの?男も女も差別反対!」
感じていたことではあったが、気づかないようにしてた。
改革したいなどというつもりは無いが、一人の人間としてみて欲しいと思ってしまうのは当然だろう。
男が上半身を起こし、の姿を見る。
「あんた……着物……汚れてるぜ?」
「まぁね!」
「……ありがとな。」
「いいえ!」
突然、目の前が陰った。
上を見るとこんな状況にも関わらず男性がにこにこと人懐こそうな笑みを浮かべ、腰を曲げてのぞき込んで居た。
「なにしてんの?」
「あっ……成実様!」
「なにって……止血……。」
成実様って誰……?
日本史最低限の知識しかなくてすいません……。
「へぇ、見ない顔だね。新入り?」
「あの……?」
「おっと、失礼。怪我人だ。血が止まったら屋敷まで運ぶよね?手伝うよ!」
「そんな、成実様……!」
先程まで痛みと戦うので精一杯だった男が手と首をぶんぶん振って遠慮している。
……偉い人だという事は判った。
「ちょっと、こんなか弱い女の子がここまでしてんだよ?俺が傍観しててどうするよ?そのくらいやらせてよ。」
「はい……!すいません!!」
成実と呼ばれた人の両手が伸びてきて、の襟の合わせ目を直す仕草をした。
そんなこと気にしてる場面ではなかったとはいえ、もしかして胸元が見えていたのだろうかと赤面してしまう。
「あらら勇敢な女の子と思ったら可愛い一面も。」
「いやっえっその、す、すいません…。」
「ええ?謝ることなんて何にもなかったよ?」
「じゃあありがとうございます…。」
「うんうん、そっちのがいいねえ。」
軽い調子を乱さないままの成実に手伝ってもらって屋敷へと運ぶと、後は任せてくれと言われてしまった。
篠はの破れた着物を見て動揺し、少しふらついた。
そんなに高価な物だったのだろうか。
しかしそんなことはお構いなしで、成実はの肩に手を置き、そのまま自分の部屋らしきところに案内した。
篠の反応が気になり、彼に着物のことを聞けば、にっこり笑顔で返された。
「"政宗様"がくれたんだろ?なあに、気にすんなよ!大丈夫!それよりさ、どこであんな教養身につけたんだ?凄く手際良かったな!血の出がみるみる少なくなってたし!!」
「え、いや…その…大丈夫なんですか…?あ、あの……。」
話が着物から逸れていってしまう。
怒られるのも嫌だが、全く咎められないのも不安になる。
それに、目の前の人間はどういった身分なのだろう。
政宗様、という呼び方がぎこちなく聞こえたのも気になる。
そう呼んで当然なものと思っていたが、他の呼び方があるのだろうか?
「えと…。」
不審がる視線で悟ったのか、あぁ、そういや名乗ってなかったな、と言って、目の前の男はあぐらをかいてに向き直った。
「俺は伊達成実。政宗様の従兄弟だよ。君の名前は?」
「です。」
……とても偉い人でした。
私から名乗ってご挨拶すべきでした。
後悔してももう遅いとは判っていたので、この先の言葉を捜す。
「昨日から、こちらでお世話になっておりまして、ええと……。」
まっ……政宗さぁぁぁん!
私のことなんて紹介するつもり!?
あああ聞いとけばよかった!
動揺をなんとかこらえ、深々と頭を下げて誤魔化す。
「夕食時、政宗さんが改めて紹介して下さると思います!」
「成実ぇ!」
背後の障子が勢いよく開き、驚いて頭をがばっと起こす。
立っていたのはもちろん、この城の主だ。
あぁ!政宗さん!よかった!
ボロ出しそうで怖かったよ―!
「よっ、殿!」
「よっ、じゃねえよ!戻ってきてたのかよ!おい、そいつに何もしてないだろうな!?」
びしっと指をさされた。
何って何だろうと、うろたえる事しかできない。
「してないですよ~?こんな可愛い子なら、豊臣だろうが徳川だろうが、長曾我部だって骨抜きになりそうですもんね!何々、身分適当に誤魔化して輿入れに使ったり?」
「違うっ!!そういうことを言うんじゃねえよ。ビビるだろうが。」
政宗がに目線を移すと、やはり着物に目がいくが、特に怒る様子も無い。
「あぁ、やっぱりお前か。怪我したやつの手当したって奴は。俺からも礼を言うぜ。」
「えっ、やだな、大したことはしてないし……。」
まさかそんな言葉を頂けるとは思わず、恐縮してしまう。
そして、自分の口から発せられたのは敬語でないことに気付くのに遅れてしまった。
それをもちろん聞いていたであろう成実は、大袈裟に首を傾けた。
「それで?この子は何?やけに親しいじゃないか。」
まるで自分だけ仲間外れにされて拗ねる子供のような口調になる。
政宗が居るので安心した心境でその姿を見れば、可愛らしく見えて仕方が無い。
観察していたら、横に居た政宗が肩に腕を回してきた。
いきなりの事で、目を丸くして硬直する。
「あぁ?見りゃわかんだろ?こいつは俺の」
俺の!?
まさかまさか、恋人とか言わないよね!?
ああやだ!顔が赤く……!
「petだ」
「こらあああ!胸キュン返せ―!!」
成実は傾げていた首を更に傾げ、頬を膨らませた。
「ぺっとってお手する犬とかじゃないの?誤魔化さないで!」
「何言ってやがる。こいつは俺がお手と言えばお手をするし、待てって言やぁいつまでも待つぜ?なぁ?」
「なぁ?じゃねえよ!しねぇよ!!」
「へぇ……そうなんだ。いいもん拾ったんですね、殿……。」
「わぉ!あなたすごいよ!ちゃんと耳聞こえてんの!?」
の事は気にもとめず変な方向に話が進む。
そして無情にも
「お手。」
の目の前に政宗が手を出してきた。
「ま……。」
「お手。」
問答無用っぷりが怖いんですけど。
本当にペットということで話を通してしまうのか!?
そんな馬鹿な!
きっと、政宗さんなりの考えがあるに違いない!
うん!
では!!
「……ゎ……わん。」
手をグーにして政宗の手のひらに乗せた。
「よし、いい子だ。」
「えっ、わっ……!」
政宗の大きい手がの頭をなでたり顎をなでたりした。
犬の扱いだけど嫌な感じはなくって
あれ……これはこれでいいかも……?
「というのは冗談だが。」
「貴様あああああ!!!」
呆気なくネタばらし!
特に何の考えもなかったようだ!
何かに目覚めそうになってたじゃんか!
人をからかうのはやめろ!
「うん知ってました。」
「じゃあ止めろよ成実さん!」
政宗も成実も笑い出し、は一人恥ずかしくて床にうずくまって政宗さんのせいだー!!と虚しく叫ぶ。
落ち着くまで、廊下で声をかけるタイミングを伺っていた女中さんには気付けなかった。
夕餉の準備がもうすぐできるらしい。
何も手伝えなかったことに罪悪感を覚えるが、強要はしないが仕事を覚えたいならゆっくり覚えていけばいいという政宗の言葉に甘えることにした。
着物の替えを貰い部屋で支度を整え、急ぎ広間へ行くと、まだ集まっている最中だった。
政宗の姿が見えないので、篠に夕食の席を聞けば
「……政宗さんの隣とは!」
家臣の方々より一段高い場所を指し示された。
先ほどからかなり多くの視線を浴びてるのにさらに!?
「おう!来たか!運ぶの手伝えよ!」
「は、はい!」
政宗がひょっこり調理場から顔を出した。
そこに近づくと、中を指差されるので入ってみると、運ばれていない徳利があったのでそれを持つ。
「……なんでです?」
「何がだ?」
「お殿様は、準備が出来たらのそのそ出てくるんじゃないんですか?」
「は?いいだろ、別に。味付けが気になったんだよ。」
歴史を知らないは、戦国武将というのはそのまんま、戦ばっかりしてた人たちと考えていた印象を持っていたがこの光景を見てがらっと変わった。
「やっぱりちゃんと、人間なのね……!!」
「おいおいおい?なんか殴っていい?なあ?」
そして、準備が整い、席に着く。
は緊張して心臓がばくばくしていた。
「………………。」
静かなのだ。
みんな暴走族のような髪型、表情をしているのに。
全員政宗に注目している。
集会か!
これが噂の集会なのね!?
隣で政宗がいつもより大きく息を吸う。
「よお!お前等!知ってる奴も居るだろうが、こいつが今日から俺らの仲間になるぜ!」
よく通る声が部屋に響いた後、家臣皆おおおおお!と騒ぎ出した。
このノリの良さはどこからくるのだろう。
小十郎は静かに正座をしていたが。
そのまま小十郎に意識を向けていたため、ぐいっと腕を引かれても対応できなかった。
体を政宗に預けてしまった。
「ってんだ!!おめぇら仲良くしろよ!」
また、おおおお!と声が上がる。
なにこの歓迎ぶり。
めちゃくちゃ嬉しいんですけど‼
そして仲間の一言で済むんだ!?
「おい!挨拶しな!」
そう言われて背中を押される。
いざ名乗るとなると緊張してしまうが、立ち上がって、歓声に負けないくらいの声を出さねばと大きく口を開く。
「といいます!しばらくお世話になります!!ざっ……雑用とか……出来ることはしますのでよろしくお願いします!」
「ha!formalだな!緊張してんのか?」
すぐに座り込み、政宗に小声で、もちろんですとも!!と返事を返す。
まあ後はテキトーに進むからここに座ってな、と言ってもらえたので、安堵感を覚える。
すると周りから、
よろしくな―!
とか
可愛いぜ―!
とか
天下取ろうぜ―!
など、あちこちから言葉が聞こえた。
「なんか受け入れて頂けて嬉しい……!!何でですか?」
「俺が拾ってきたことになってるからじゃねえの?」
「ふ、複雑……!!!ま、まあ長いものには巻かれましょう!!」
それからは皆でわいわいと食事を頂く。
しかし、途中で女中の姿が見えないことが気になった。
まだ女中さんには数えるほどの人数にしか会っていない。
そんなものなのだろうか?
ぼんやりと考えてたら政宗が酌くらいしろよと頭を小頭いてきた。
親戚のおじさんにビールを注いだことぐらいしか無いが、同じようなものだろうと思い酌をすれば、手つきがなってないとか言うので、少し唇を尖らせる。
後で誰かに聞いて、政宗さんがびっくりするくらい上手くなってやる……!!と負けず嫌いが発動する。
そのまましばらく政宗の横で大人しく座って様子を見ていると、一人の男性が小走りで近づいて来た。
政宗さんに一礼した後、私に話しかけてきてくれた。
「昼間はどうも!」
「あ、あの、怪我した人と一緒にいた……!!」
「本当にありがとうな。あいつ、今は休んでるが、医者の話じゃ傷が塞がったら戦に出ても問題ねえと。」
「そうなんですか!よかったですね!!私は大したことしてませんので、気にしないで下さい。」
「まあまあ、謙遜するなよ!!酌するぜ!ほら!」
酌……。お酒ですか……。
は酒が弱かった。
顔は笑っていたが、気持ちは不安でいっぱいだった。
しかしこれを断ったら空気が読めない人決定だ。
そしてご機嫌なのか、彼は溢れんばかりの酒を注いでくれた。
「……では、ありがたく!」
覚悟を決め、一礼して頂く。
一口飲めば、それほど度数が高くないようで、くぴくぴ飲み進めることができた。
「よっ!いい飲みっぷり!」
「やは―!どうもどうも!」
半分以上が無くなった。
そして一気に酔いが回る。
……頭が、くらくらしますよ?
…………そして、なんだか騒ぎたい……。
「さん!踊らねぇか!?」
どこからともなくそんな呼びかけがきて、何人かが立ち上がった。
「お、いいじゃねぇか、、なんか踊れっか?」
「知らない―!!教えて教えて!!」
あ―、なんかテンションあがってきたぞ?
気づけば出来てた空きスペースに数人集まって手招きされていた。
簡単に手と足の動きだけ教わって、あとはみんなの声と手拍子にあわせて踊る。
ノリがいいなぁ!みんな!
あ―なんか気持ちよくなってきたぞ―?
一杯しか飲んでないのにね―そういえばお酒飲むの久しぶりだったなー?
えへへへへあたしさけによわいみたい……
あははは……
ばたーん
「ぎゃ―!さん―!?」
倒れた。
あまりに突然倒れたので、政宗も心配し急いで駆け寄る。
「おい!どうした!?お……。」
「ぐ―……」
「…………。」
「ちゃん、どうしたの?殿……。」
遅れて成実も心配そうに寄ってきた。
「一杯で酔いつぶれてんじゃねぇよ!」
「ぐぶっ!……すぅすぅ」
ばちこーんと政宗が頭をひっぱたくが起きる気配がない。
倒れた勢いで乱れた着物から覗く細い足に、周囲がごくりと唾を飲む音を政宗は聞き逃さなかった。
ひとつため息をついて、着物を整え抱き上げて、寝床まで運んでいった。