京の祭編 第3話



「さすがウチの馬だねぇ!元気だ!」
こくり

とある民家の庭先で、佐助と小太郎が馬の世話をしていた。
「さて、んじゃ、宿戻るか!」
「???」
小太郎が歩き出した佐助の肩を掴んで止めた。
「馬見てなくて良いのかって?大丈夫、ここの家主は俺の部下だよん。」
「……。」
「しっかりしてるだろ?はーさーてやっと休憩ね!」
「……。」
佐助が背伸びをしながら宿へ戻る。
小太郎もその後ろを腕のストレッチをしながらついて行く。




「恋とは難しいのだな……。」
書で学ぶことは諦めた幸村は、ふらふらしながら宿に戻る。

前田殿や政宗殿に聞けば判るでござろうか……
しかし、まともに取り合ってくれなさそうでござる!!

「……。」

殿は当たり前のように政宗殿と一緒にいて
政宗殿も殿と並んでいるときは楽しそうな顔をされて

「武田に来てくれたら……。」

もっとたくさんの時間を共に過ごせたら、某ともあのような関係になれるのだろうか。

「想い……か。」

前田殿の言葉を思い出す。
殿は願うでござろうか。
政宗殿のそばに辿り着くようにと、願ってこちらに来るのであろうか。

「某は……。」

とても苦しい。


「あ、旦那!今戻ってきたの?」
いつの間にか宿の前に着いていた。
同じく戻ってきた佐助と小太郎殿と入り口の前で合流した。
「この町はどうよ?」
「あ、あぁ、なかなか、良いところだ。」

幸村は無理やり笑顔を作った。

「さてさっさと……!?」
突然、ドゴォ!と宿から音がした。
「えっ何っ……?」
「しぎゃー!!宿壊れる!誰か止めて―!!」
「キー!!」
と夢吉が宿から飛び出した。
小太郎がすぐさま中に入って行く。

「あぁ!小太郎ちゃん!しまったあ!判ってたはずじゃないか!小太郎ちゃんは私に甘いんだ―!ごめんよ―!!」
「はいはい、俺様も行くよ!安心しな!」
佐助も中へ入っていった。

「ごめんなさい!幸村さん!佐助さんまで……。」
「大丈夫でござる。佐助は誰にも負けぬ。」
「だ、だよね、でも……。」

殿は某の気持ちなど判らぬのだろうな……、と見下ろす。
むしろ嫌われてないほうが奇跡なのだ、と思うことで気持ちを落ち着ける。

「やっぱり、怒ってるのかな、政宗さん……城に残りたかったんじゃ……。」

が俯いてしまった。
なぜそんなことを思うのか。
そんなわけ無いのに。

「政宗殿は怒ってないでござるよ!顔を上げてください!」
「そうかな……。でも私、迷惑かけてばっかりで……。」
「な、なにを言うでござるか!政宗殿は殿と関わることを望んでおられる!」

……なぜ某は政宗殿の味方じみたことを……

「そうかな……大丈夫かな……げばー!!」
殿!」
殿の後頭部になにかがスコーンと当たった。

それは

「枕?」
「はっ!そうだ!政宗さんと慶次が喧嘩を……刀はやめてって言ったら枕をぶつけ合い……なんかもうビュンビュンと枕が……壁壊す勢いで……。」
「政宗殿、前田殿……。」

修理費は誰が払うでござるかぁぁぁぁ!!

「文無しのくせに好き勝手するでないでござる―!!」
幸村も中に入っていく。

「あ、そうか、政宗さん……いきなりだったもんな……。」

文無し武将かあ……

口に出したら殺されるな……。





「うああ……。」

一人で外にいるのも寂しいので、は警戒しながら宿の中へ戻る。
部屋の中に網が張られて巨大な蚊帳のような役割を果たし、その中で四人が枕投げを続けていた。
おそらく佐助と小太郎が網を張ったのだろう。
投げる勢いは衰えていないが、枕が壁を破壊するのは免れている。

幸村 佐助 小太郎vs慶次 政宗 という構図が出来ていた。
枕がビュンビュン飛び交う。

「まつ殿と片倉殿に請求書送ってやるでござるぁ!!」
「と、利に!やるなら利にしてくれ!」
「てっ、てめえ真田幸村ぁ!余計な事しねぇでてめぇが払え!」
幸村の気迫に押され、政宗と慶次は防衛戦だ。

「悪いけど俺ら忍は旦那の味方だよ!」
こくり
「小太郎はうちの忍だろが!俺を守れよ!」
「……。」
びしっと小太郎がを指す。
「え?」
お前なんて命令したんだ―!?」
「命令なんてしてない!二人止めてってお願い……。」
「小太郎殿は殿を危険な目に遭わせる事自体に怒りを感じておられる!」
こく!

幸村がいつのまにか小太郎と意志疎通していた。
「小十郎の次は真田幸村に懐くのか小太郎―!?なんだその順番は!?というか」

一番を危険にさらしてんのは氏政だろうがぁぁぁ!!

びくっっ





みんなの熱が引いてきたので、タイミングを見計らって声をかける。
「みなさんお疲れ~。」
「おぉ……。」
珍しく政宗の息が上がっているが、小十郎に怒られるかもという心配からかもしれない。

「枕投げというものは楽しいでござる!」
幸村は途中から怒りを忘れて楽しんだようで、目を輝かせていた。

「まつ姉ちゃんは……まつ姉ちゃんだけは……。」
慶次はぶつぶつ床に突っ伏して落ち込んでいる。

は佐助と小太郎が網を片づけだしたのでそれを手伝うことにした。
「いや皆意味わかんない腕力してるなあ!なんか途中から普通に感心しちゃったよ。」
「俺様かっこよかったでしょ~?」
「うん!!」
「良い子だなちゃんは!武田に居てくれたらさぞかし俺の癒しになるんだろうに……なんで竜の旦那のところかなぁ……。」
「そんなに疲れてるの?」
「だって旦那はいつもお館様お館様お館様!俺には団子買ってこい煎餅買ってこい!!どういうことよ―!!」
「あはは……幸村さんらしい……。」

佐助がをじっと見る。
その視線に気づいては手を止める。

「どうしたの?」
「使い分けの基準は?」
「何の?」
「呼び名。幸村さん、佐助さん、小太郎ちゃん、政宗さん、慶次。」
「あぁ、なんとなく。」
縄を外し終わると、佐助が小さく折り畳んで収納する。
「旦那の事は判るけど、俺はさん付けしなくて良いよ?小太郎と同じ忍なんだし。」
「でも……。」
「ほら、言ってごらん?佐助ちゃん。」
「断る。」
「冗談だよ~、そんな怖い顔しない!!佐助って!」
佐助がの予想通りの反応に満足そうな顔をした。

「……佐助。」
「そうそう。」
「初めての呼び捨ては照れますな。」
「照れるとそんな語尾になるの⁉まあいっか……はいも一回。」
「さ、佐助。」
「どもんないの!もう一回!」
「さすけ!」
「んん?まだ違和感……もう一度!」
「佐助!」
「良くできました!」

「……。」
母子じゃねぇんだから

と、小太郎はの頭を撫でる佐助に呆れの視線を向けた(自分のことは棚に上げて)。

「じゃあ佐助!私のことも呼び捨てでいいよ!」
「え?いいの?」
「うん!小太郎ちゃんだって私のこと呼び捨てだし!」
「小太郎?え?何、あいつしゃべったの?」

佐助が小太郎を見る。
小太郎はふいっとそっぽを向く。

「ちょこっとね!」
「へ―……。あいつが……。」

そんなにちゃ……
の事を気に入ってるとは思わなかった。

金で動く忍だったのに。





慶次はなんだかんだ皆を気遣って準備をしてくれていた。
ここからは目立たない格好をしようということで、一般的に流通している鎧を忍以外に配る。

「……安っぽいな。」
「うるさいな独眼竜!!大体一番お前が目立つんだよ!!なんだよ六爪流って!!」
「なんだと……!?幸村の真っ赤っかのが目立つ!!」
「ああもう、喧嘩しないの!!」
が畳をばんばんと叩いて威嚇する政宗を止めた。

慶次は落ち着きなおしてまた話を進めた。
「今日はここの宿屋の浴衣着て、明日はこいつを着て出発!風呂敷に包んで自分の装備は自分で管理しろよ!!」

慶次が幸村を見た。
「明日はは俺の馬な。」
「なっ……。」
「お前じゃ京につかねぇもん!破廉恥破廉恥言いやがって!逆にに失礼だってわからねえのか?」
「う……。」

幸村は黙ってしまった。
佐助はフォローしないというかごもっともすぎて出来ない。

「ha!だからなんでお前の馬だよ!は俺の馬に乗り慣れてんだからその方がいいだろ。」
「慣れてんなら譲ってよ!」

幸村が下を向く。
は幸村を見つめた。

「幸村さん。」
「すまぬ……。某が、殿を必要以上に意識してしまって……。」

ぎゅう

「!!!はっ……」
「破廉恥でござる禁止!!」

が幸村の腕にしがみついた。

「何してんの!?!」
「幸村さんが慣れればいいんでしょ!?慶次!そういう事言わなくても良いじゃん!幸村さんはこういうのダメなんだから!」
「……、それでその行動の意味は?」

政宗が口元ひきつらせてるが、は今は幸村さんの味方だ!と意気込んで続ける。

「こうしてればそのうち慣れるかも!」
殿……。」
小太郎が幸村を睨むが、それ以上は何もしない。

「いや―……大丈夫かね……。女っつーか……だからあんなんなってんだし……。」

幸村がの腕に手を添えてやんわりとしがみついた腕を離す。
ああやっぱり駄目だったか、でも慌てて振りほどいてない!偉い!と佐助は思っていた。
しかし次の瞬間、幸村はの身体に腕を回して優しく抱きしめる。

「「「「!!!」」」」
「すまぬ、殿、某のために…もう大丈夫でござる。明日、また某と一緒に馬に乗っていただけるか?」
「うん!!」

その会話を聞き届け、政宗が立ち上がって部屋から出ていく。
「……shit!」
「あ、政宗さん?」

幸村が思うほど、政宗に余裕があるわけではなかった。
の交流が広くなればなるほど、自分だけのものではなくなる感覚を受ける。

もっと色んな話をして共に時間を過ごしたいのに。
は明後日には戻ってしまうのに。






外は闇に包まれていて、もうすぐ満ちる月が憎たらしい。

「政宗さん!」

が俺を追いかけてきた。
それだけの事にすら喜びを感じるなんて。

「あの、怒ってる?」
「別に。」
政宗の一歩後ろで、申し訳なさそうな声を上げる。

「……隣に来い。」

そう言うと、は政宗の横に並び、顔を覗き見る。
怒った表情はしていないと分かると、政宗の視線を追った。

「……もうすぐなんですよね……。」
月を見て、は呟いた。

の意志をどうにかしたところで止まらないのが厄介だ。


いっそのこと光の届かぬ地下で
月の見えぬ牢で
枷をつけて閉じこめてしまえば

一緒にいられるのだろうかとまで考えるように

そんな事できるはずないのに

「政宗さん。」

が政宗の袖を掴んで引っ張る。
政宗が視線を落とすと、眉根を寄せて真剣な顔を向けていた。

「あの……今度は、笑って、またねって言って、お別れしたい。」
「……そうだな。」
の頭に手を乗せて、ぽんぽんと軽く叩いた。

「今伝えとく。」
「何を?」
「俺がお前を城につれてきた理由。」

が数度瞬きをした。
小十郎に聞いたことを思い出すが、政宗の言葉でも聞きたいと思い、先を促す。

「どうしてつれてきてくれたの?」
「傍に置いてみてえと思ったんだ。変なかっこして、馬鹿みてえな行動をしたお前をな。」
「お、おおう……。」

夜、二人っきりで月を眺めてても良い雰囲気にはならない言葉選びが政宗さんっぽいわ……とが思う。
でもそれに居心地の良さを感じている自分がいるのも確かだ。

「そんな理由でも、私は政宗さんに拾ってもらえてよかったって思ってるよ。」
「そうかよ。……ってそんな理由ってなんだよ。この俺が興味持ったって言ってんのに。」
「え、ええーー……。変と馬鹿って単語出てきたのに……。」

政宗がの肩に手を回して引き寄せる。
力が強くて、は足元がふらついて政宗に寄りかかってしまう。

「俺だって連れてきてよかったって思ってんだよ。」
「そ、そう?なら安心した……。」
「だから……。」

もっと一緒に居たいと思っている。

言いたいことは言えるうちに伝えなければ後悔すると分かっているのに、躊躇われる。
どこまでの距離感なら、また俺に会いに来てくれるんだ。
踏み込みすぎたらそんなつもりはないと拒否をするのか?

「……また来いよ。」
「政宗さん……。」

政宗を見上げて、は笑顔でこっくりと大きく頷いた。

「まだお別れじゃないですけどね!政宗さん、そろそろ寒いので中入ってご飯食べましょう!」
「a little more・・・」
「?」

「・・・Could you be a little more together?」

二人で、もう少し一緒に

「…Yes, with pleasure・・・ 」













片倉殿がさっきから同じ文を見つめている。
もう読み終えてるだろうに。

「何見てるの?片倉殿。」
「……また政宗様への見合い話が。」
「そういう時期なんかね。まあでも殿は断るよ。片倉殿も分かってるでしょ?」
「それはそうなのですが……。これからのことを考えると俺が諫めるべきなのでしょうか。」
「さあねえ。俺はちゃんにどうしたらここに留まってもらえるか考えるのに忙しくて。」

殿は今絶対、毎日を楽しく過ごしている。

それが変わるのは怖い。

結婚なんかしたらどうなる?

「……成実様は、政宗様とが一緒になることをお望みで?」
「もちろん。」
「……は個人で多少なりとも上杉、前田、武田、もしかしたら豊臣とも友好関係を持つかもしれない。」
「うん。みんなちゃんのそばに居るときはすぐにでも殺せるぐらい無防備だよね。」
「そういうことを言わないで下さい……。もしも二人も望む日が来るのならば、その話を出せば、婚約することは可能でしょうか……。」
「義姫様や家臣に認められるかどうかって話?」
「……あぁ、身元は明かさずとも……。」

小次郎様に家督を継がせたいと思う者はまだ少ないとは言えない。
輝宗様のことを根に持つ輩だっている。
政宗様は下手な事はできない。
しかし、譲れないものはある。

「上手く誤魔化せば大丈夫かもね。」
「そう思いますか?」
あまり考えたくないが、利用価値があるなら皆認めるだろう。

「うーん、けどね、片倉殿、殿はどう思うかな?」
「政宗様が……?」
「結婚なんて形で一番近くに置くかな?だからなー頭使うんだよなー。どうしたらいいかなー。」
「それは」
バサッと読んでいた書を机の上に置いた。
その風でろうそくの火が揺らいだ。

ちゃんが、公に殿の弱点になる。交友関係の広さが裏目に出る。今は仲良くしてくれても、それは無害だからだ。立場が変われば見る目も変わるよ。それは今の状況じゃやばくね?」
「……確かに。は、消えては現れ、消えては現れ……もし、伊達軍を良く思わぬ軍の領地に現れたら……。」
「人質。」
「友が多ければ、それを理由に婚約するなら、外交に関係することになり…それだけ顔も知られてしまう…か。」
「ただでさえどこかの勢力の忍がうちに偵察しに来れば当然知られるんだし。……まー、そう簡単にはさせないけどさー……。」

成実が壁にもたれ掛かった。

「俺たちがそんな妄想する前に、殿の、ちゃんの気持ちは、どうなんだろ……。」
は、そんなこと考える余裕はないと思うがな……。そうだな、まだ俺たちの勝手な妄想だ。」
「だよな。殿だって……ちゃんはいつか帰るから、一線置いてただろ……?それがこんな事になって……。」

確かに政宗は、最初はに踏み込もうとはしていなかった。
と笑い合ってただけだ。
どうすればいいのか、自分の抱いている気持ちがなんなのか、悩んでるのは政宗も一緒だ。

「政宗様は優しい方だ……。を守ろうとするだろう。」
「ならビビッてちゃんを隠して守んのか?」
「そういう言い方もあるかもしれません。」
「……怒れよ片倉殿。冗談だぜ?」
「承知しておりますよ?」

余裕を見せる小十郎に、成実は苦笑いを浮かべた。

「ま、殿がビビんなら俺がちゃんもらえば解決だよ。ならずっとここにいられるし?」
「成実様が!?」
「もちろん子は作らせてもらうけど~?なんだよ、反対かよ?殿が望むならばって話だよ!……あ?もしかして片倉殿もちゃんのこと……。」
「何を言いますか!!俺はそんな……。」
「ぎゃははは!片倉殿顔赤い―!なんだよみんなして!!」
「成実様!!」
「怒った!怖ぇ怖ぇ!!逃げよ―っと!!」
「成実様―!!」

夜中にばたばたばたと、騒がしくなる。

政宗ももいない城で。