京の祭編 第6話



「ふがが‼」
「旦那、しー!!」
佐助は幸村を抱え口を塞ぎ、近くの木に登っていた。

「明智光秀だ。こんな行事にゃ興味無いかと思ってたが……。」
「む、あの者が。」
佐助が幸村から手をゆっくり離す。
観察していると、慶次が二人を川原とは反対方向へ案内した。

「お、上手いことやったか?」
殿達はどこへ?」
「小太郎があっちの方に運んで……あ、いるじゃん、あの裏通り…ん?竜の旦那がなんか抜け駆けしてる?」
着物を渡しているのだろう、と幸村は思う。
「佐助、今は放っておいてやろう……。」




政宗とは小太郎に裏通りに連れてこられた。
最初はいきなり引っ張られて怒った政宗だったが、すぐに状況を把握して冷静になった。

「あの人が明智光秀……白いな。」
は見たままの感想を述べた。

「あのちっこいのは……。」
政宗は目を細めた。
「えと……森蘭丸君だっけ?」
「……。」
「顔を見られてるか?」
「うーん、どうかな……?」
「どちらにしても、会わない方がいいな。」
こくり

会話までは聞こえなかったが、慶次が明るい笑顔で何かを二人に話している様子は良く見えた。

「……。」
政宗は手に持っている荷物を見る。
「……。」
「え……ぶっ!!」
ぼすんと顔にそれを押しつけた。
「何!?」
「お前に。」
「え……。」
政宗が手を離し、がしっかり受け止めた。
「何?開けて良いの?」
「着物だ。戻ってから開けろ。」
「着物?」
「男物だ。」

と小太郎がきょとんとした。

「男装した方が、比較的危険が少ないと思ってな。」
「ありがとう……。」
「顔は化粧でごまかせ。」
「はい……。」

が荷を見つめた後、政宗と小太郎を交互に見た。

「どうした。」
「?」
「私、いいんだよね?」
特に不安がる様子もなく、疑問を言う。

「小太郎ちゃんを探して、政宗さんを探して、いいんだよね?」

小太郎がの肩に手を添える。
政宗がの頭に手を乗せ、先ほどの自分の行動により乱れた髪を直すように優しく撫でた。

「当たり前だ。」
こくり

それを聞いて、ふにゃりと安心したようにが笑う。
「うん……ありがとう……。へへ、政宗さんには、いろいろ貰ってばかりだ。次来るときは、何かみんなにお土産持ってくる。」

政宗が口を半分開けたが、何も発することなく閉じた。


おぅ、楽しみにしてるぜ

てめぇの見立てじゃ不安だなぁ……

いつもの口調で言えることはいっぱいあるだろうに

ガラでもない

一番最初に言いたいと感じた言葉が

『お前が無事なら、十分だ。』

……誰が言うか。

こんな、人に心配ばかりかける奴に
こんな、俺を惑わす奴に


「川原に、向かおう。」
「うん!」
こくり

慶次達の姿が人ごみの中に見えなくなるのを確認してから、進む。
それを待っていたかのように、ちょうど幸村と佐助が横から現れた。

「さあて、風来坊が向こう行ってる隙に行きますか。」
「慶次、こっち来れるかな……。」
「前田殿なら大丈夫であろう。皆、人が増えてきたゆえ、はぐれぬ様に。」

花火を見に来たのか、昼間よりも人が増えている。
全員が頷いて、ゆっくりと歩みを進める。
空にはすでに満月が顔を出している。
それを見ないように俯いて進むの背を、後ろに居た政宗が肘で小突いた。

「堂々としてろ。」
「う、うん!!」
「竜の旦那~、もう少し優しく出来ないかね……っと、ここ、裏道入るよ~。」

上空から地理を把握したのか、佐助の道案内は的確だった。
裏道を進んで、小さい門を抜けると、小さい野原へ出た。
祭りの喧騒もわずかしか聞こえない。
川のせせらぎが、静かさを一層引き立たせている。

「こりゃ、いいところを教えてもらったもんだ。」
「慶次にお礼言いたい……。」
がそわそわしている。
いつ消えるか判らないのだから、それも当然だ。


出来るなら、小田原城のときのように

帰れなくて、泣いてしまえばいいのに

そう考えてしまい、阿呆なのは自分もか、と呟いた。

政宗と幸村が同時に。

「「……。」」

気まずい。







「ここ!見えるぜ!花火!」
達がいるところとは反対側の、小さな神社に案内した。
嘘は言っていない。
本当に、ここからだって見える。

「ふーん、教えてくれて、あ、あ、ありがとうな……。」
珍しく素直に蘭丸がお礼を言った。
「ありがとうございます。貴方もここで見ていきますか?蘭丸も、貴方が居たほうが良いようですし……。」
光秀が余計な事を言う。
「な、そんなわけないだろ!!確かに、お前よりはいいけどな!!」
蘭丸も余計な事を言う。
断りづらい……

「はは!悪い悪い!実は俺、恋人待たせててさあ!」
「先ほどは、お一人でしたよね?」
「ああ、店で働いてる子だから、昼間は会えなくて。そろそろ仕事終わるはずだから、それから合流するんだ!ってわけで悪い!俺は行かなきゃ!」
「あんまり恋人恋人言ってると、信長様みたいになれないぞ!!」
「なれなくていいっての!お前もいい人見つけろよ!」
そう言って、慶次が走り出した。

「ちえ……なんだあいつ……。女好きめ……。」
「蘭丸……。」
「なんだよ。」

慶次が行った方向を見つめながら、光秀が口を開いた。

「慶次の、恋人、見に行きましょう。」

まさか興味を持つとは思わなかった。
蘭丸が目を丸くして光秀を見た。

「花火は……?」
「慶次だって、愛する人と見るでしょう。もしかしたらここよりよく見えるところがあって、そこへ二人で行くかもしれませんね?」
「ずるい!!」
「決まりですね。」

二人が走り出す。
慶次の後を追う。
完全に姿を見失ってはいるが、町の人に聞けば素直に、慶ちゃんなら向こうに行ったよ、と教えてくれる。

ここしばらく出陣の命を受けていなかった光秀は飢えていた。
狂気が疼いて仕方なかった。

光秀は舌なめずりをした。


花火が上がると同時に、恋人に鎌を振りかざしたとき

美しい花を咲かせる爆発音と

鮮やかな赤を散らせる断末魔と

どちらがあの男の耳に甘美に響くのでしょうか










人ごみをかきわけて裏道へ入り、全力疾走する。
!まだ帰るんじゃねえぞ…!!」

明日になれば、はどこかに現れる。
明日だ
明日なのに

それが、すごく遠く感じる。

「キ、キイ!!キ!」
夢吉が慶次の肩からずり落ちそうになった。
「ふんばれ夢吉ぃ!!と会いたいな!?」
「キッ!!」
「よし!!」
夢吉がしっかり慶次の着物にしがみついた。
それを確認した慶次は、塀を飛び越えて、目的地へと到達する。

「慶次ー!!」
!よかった!間に合った!!」

草の上に着地して、の元に駆け寄る。
嬉しい事に、が荷を持っていない方の腕を広げて、こちらに駆け寄って来るではないか。

…そんなに俺に…ー!!」
慶次も両手を開いて走り寄る。

後二、三歩で抱き合うというところで、夢吉が飛び出した。
「キ!!」
「夢吉ー!!」
「ええ!?」
は夢吉を両手でしっかり抱きしめて頬擦りをした。

「冗談きっついぜー!!俺だよな!?夢吉は予想外の…」
「馬鹿だな、前田慶次。それがだ。」
「独眼竜ぅぅぅぅぅ!!うあああ!やけに説得力あるのがむかつくぜえええ!!!」
慶次が頭を抱えてうずくまった。

「慶次、慶次。」
が慶次の着物の裾を引っ張った。
「何!?」
今度は何を言われるのか、少し慶次がビクついた。
天然爆弾は精神を破壊するので怖い。

「ここ、この場所教えてくれてありがとう。とっても素敵なところ。気に入りました。」
にこっとが笑う。
…。」
「それに明智の相手もな。なかなか気が利くねえ。」
佐助も慶次のそばに来て、にっと笑った。

「あいつの事は仕方なくだ!礼言う事じゃねえよ。厄介事は勘弁だ。」
「全くでござるな。」
「……(こくり)」
全員集まって、並んで座り込む。

「あっちから、上がるはずだ。」
慶次が空を指差す。
全員がその方向へ視線を向ける。

ひゅるるるる…

「上がった!」
「おお。」

ドーン

「キレーだなー!」

緑の大輪の華が空に咲く。

ズ…

「!」
「一瞬にして消えてしまうというのは、寂しい気もするが。」
音に気付いたのは、だけだった。

が荷物を抱えて、立ち上がって、後退する。
ブラックホールのように楕円形に現れた闇の横に、少しの抵抗とばかりに距離を置いて立った。

?」

ひゅるるる…

「あ!?また上がった!?一発じゃねえの!?」
「お迎え来ちゃった。」
「え」
「!!」
「今…!?」
会話がごちゃ混ぜだ。

もっと落ち着いてお別れしたかったが、
でも、花火見るまで待ってってくれてありがとう…かな?とも思う。

…ズズ

ドーン

青い花火が全員の顔を照らした。
全員が花火ではなく、の方を見ていた。
慶次も幸村さんも、佐助も小太郎ちゃんも複雑な顔してるけど
政宗さんは、笑ってた。

笑ってお別れ、うん、果たしてくれてありがとう。

「またな。」
「うん!またね!」

ひゅるるる…

また花火
「三発もいくとは、景気がいいね。、絶対、また会おう!」

慶次が立ち上がって手を振ろうとしたが、

顔が一瞬にしてこわばって、


「どこへ、行くのですか?」


背後から、冷たい声が聞こえた。

!!」
「てめ…!」
「やめろ!!」
「!!!」



ドーン






「……え?」





何が起こったかよく判らない。

視界に一瞬、一筋の光が見えた。

慶次に思い切り引かれて、体が宙に浮いて、投げられて、

政宗さんと、幸村さんが私を受け止めてくれて、

慶次が、

慶次が…?

赤いのは

花火だけではなかった


「慶次…?」

視界が黒に飲み込まれる


「おい光秀!!!何してんだやりすぎだろ!?」


最後に聞こえたのは、そう言う、甲高い声。

手が震えて止まらない。


「慶次っ!!慶次ぃ!!!」

慶次に気をとられて、背後にある体温に気がつかなかった。

頭が混乱する

視覚には、赤が

赤がこびりついて離れなかった。