逆トリップ編 第2話
家に戻り、鍵を開けて、扉を開けて声を出す。
「ただい……ま……。」
語尾が小さくなって、気恥かしさに下を向く。
マンションにただいまと言って入ったのは久しぶりだ。
何気ない一言だが、家に誰か居るのは嬉しく感じる。
「……っと、そうしてる場合じゃない……。」
中に入ると、政宗と幸村は規則正しい寝息をたてていた。
苦しそうな表情はすでに無い。
なぜか幸村はベッド近くに敷いてあるラグマットの上だが。
……政宗さんに蹴られたのだろうか?
『。』
氏政がの名を呼びながらカーテンの方からすっと出てきた。
「爺さん、異常はなかった?」
『ああ、ぐっすり寝ておったわ。』
「そっか……って、どこ行くの?」
そう言うとに背を向け、ふよふよとどこかに行こうとしていた。
『ご先祖様に、ちゃんと説明してもらいたくてのう……。一体何が起きているのか……。』
「ねえ、ご先祖様って、一体どんな感じなの?言葉喋るの?」
『いや、何と言うか……ばちっと、頭に流れ込むかんじかの……。』
「……。」
小田原城で見たのは、ご先祖様が見せてくれたもの…?
「……それでなんで、ご先祖様って判るの?」
『血じゃ。ワシの血が、その瞬間、共鳴するように、煮え滾ったかのように熱くなる。そして何となく……判るんじゃ。』
「んん、そうか、じゃあそれは信じよう……。」
氏政はにこりと笑い、外へと行ってしまった。
その後ろ姿を見送ったあと、部屋の隅に荷物を置いて、二人の様子を伺おうと振り返る。
「殿……。」
ゆっくりと幸村が起き上がる。
「幸村さん、体調はどう?」
近づいて手を背に添えて、体を支える。
「頭、まだ痛い?」
「大分、楽になった……。」
「よかった……。」
その言葉に安心して、手を離そうとするが、幸村が自分の手を重ねてやんわりとそれを阻止する。
「幸村さん?不安?大丈夫、私がしっかりするから……だから2週間、我慢して……。」
「無事で、よかった……。」
幸村がをゆっくりと抱きしめた。
「恐ろしかった……もし、前田殿が間に合わなかったらと思うと……。」
は最後に見た慶次の姿を思い出し、体が強ばった。
察した幸村がの背を優しく撫でる。
「前田殿は大丈夫……殿……殿……すまぬ、本当にすまなかった……。」
「どうしたの?幸村さん……なんで幸村さんが謝るの……?」
「某は、槍で殿を突いた……あの時の、明智の姿……某は……明智と同じように……。」
「幸村さん……。」
もう、気にしてないと思ったのに……
「某も、あのような姿を、殺気を、殿に向けたのかと思うと、情けなくも体が動かなくなってしまい……助けに、向かえず……殿を、受け止めることしか……。」
「ううん、情けなくなんか……。受け止めてくれてありがとう……。」
「守ると申し上げておきながら……!」
「幸村さん!」
今度はが幸村の背を優しく撫でる。
「同じじゃなかったよ……違うよ!!」
「殺意に変わりはないっ……!!」
「幸村さんは、信玄様のために、人に殺意を向けたのよね?」
が少し離れて、幸村の顔をのぞき見る。
にやりと口元を上げた。
「あれは何というか……熱かったわ……もう、うざいくらいね……信玄様への愛に満ちあふれてたわ。」
「あ、愛?」
「明智はよく判んないけど、蘭丸君の邪魔した恨み~ってわけでもなさそうだったし、とりあえず殺しとこうみたいな……なんかそんな感じ。ね?全然違う!」
「う……。」
「無駄な事なんてないんだって思いたいんです。」
「殿?」
「森で会ったのが、幸村さんだったこと。怪我のおかげで、幸村さんが私を守るって言ってくれて。結果として私は運が良かったんです。」
「……殿……。」
まさか、そんなことを言われるとは思わず、挙動不審になってしまった。
「幸村さん、私の為にそう心を痛めてくれて、ありがとう。」
「某は……。」
「この話は、もう終わりにしよ?」
わかった?と念押しした後、手が離れる。
「何か飲んだ?」
「え、いや、ずっと寝ていた……。」
「そっか、何か飲んだほうがいいよね。お茶持ってくる!」
暖かい方が良いだろうかとはポットで湯を沸かそうとガスをつける。
上がった炎に幸村が一瞬驚いたようだったが、政宗にもそれは何だと聞かれそうなので二人揃ってから設備の説明をしたいと思って、色々な説明は後でね、と声をかけた。
幸村はまだ寝ている政宗に目線を向けた。
「ま、政宗殿……。」
ゆさゆさと揺さぶる。
「政宗殿、どうしよう……。」
「……ん……?」
政宗が目をわずかに開ける。
だるそうに起き上がる。
「んだよ……。」
「ど、どうしよう、政宗殿……。」
「ha?What's the matter?……なにか壊したのか?」
「い、いや、あの……。」
「あァ?」
どうしよう……
某……
改めて……殿のこと、好きでござる……
「政宗さんも起きた?はいはい、お茶。」
「ああ、帰ってたのか……。」
「かたじけない……。」
湯呑を買っていなかったは、マグカップで差し出す。
取っ手を見て、政宗が、ああなるほどな、とすぐに理解し掴んで飲みだす。
一杯飲みほした後、政宗と幸村が周囲を見渡す。
「わけわかんねえ物がいっぱいあるな……。」
「でしょうね~~。」
「何でござるかこれは?」
最初に聞かれたのはテレビだった。
「えっとね、これでいろんなものが見れるのよ。」
リモコンを使って電源を入れる。
映ったのはニュース番組だった。
二人は音がした瞬間にビクッっと肩を震わせた。
やばい、可愛いぞ……
「どうなってんだ……?」
「それで作動させるのでござるか?」
幸村にリモコンを渡す。
しばらく色々押して、チャンネルを変え続けた。
は後で、歴史の番組は見せないようにチェックしておかなきゃならないなと思った。
「……な、何がなんだか……?」
「えーっとね、どういう仕組みでこうなってるのかとか私も上手く説明できないとこあるんだよね……。」
「そうなのですか?」
「専門家の知識の結晶がいっぱいでしてね……。せっかく未来に来たのにすみません。」
「いえそんな!うむ……そういうものだとただ受け止めることも大事でしょうな。」
政宗は再びきょろきょろと周囲を見回した。
「……ここが、お前の家なんだよな?」
「そうだよ~。狭くてごめんね。一人暮らしだからさ。」
「殿のご家族は……?」
「別のところに住んでるの。」
「ふーん。ならちょうどいい。説明しなくて済むな。ここに居ていいんだろ?」
「うん、もちろん!あ、それでね……。」
買ってきた服を出して、ハサミを取り出しタグをとって渡す。
「これ着てみて!!」
「この時代の服か?」
「うん、とりあえず大きさが合ってるかどうかだけでも確認したいな。」
あと見たいマジで見たいよ洋服の二人……‼と思いながら着方を教えてわくわくしながらリビングから出る。
「着替え終わったら呼んで!!」
1DKに三人暮らしは狭い。
冷蔵庫の中身を確認しながら、少しでも二人のストレスが無いように努めなきゃ!と意気込んだ。
「!!これでいいのか?」
「待ってました!!」
政宗の声を聞いてリビングに戻る。
「わ、わわわ!!いい‼凄く良い‼似合うよ~!!」
政宗にはシャツにジャケットとパンツはスラックスと綺麗目に合わせ、
幸村には赤味のあるニットとデニムでカジュアルなスタイルだ。
見事に着こなしてます!!
「殿……。」
「……て一人で盛り上がっちゃったけど、大丈夫?お好みにあう……?」
「そうじゃねえ……悪くない……。」
「あ、大きさは?きつい?」
二人とも何かをひどく言いにくそうにしている。
ひとまずもっとラフなものを買ってきて、雑誌やサイトを見ながら一緒に選んだ方がよかったかな……?と不安になる。
でも現代の感覚で服選び出来るかな……?
「……換えの、これ、ないのか?」
そんなの考えをよそに、政宗が腰を指差した。
換えの……
あ……
し、下着だ……‼
「ごめんなさい!!今から買ってくる‼」
慌てて財布を持って出て行こうとしたが、名前を呼ばれて立ち止まる。
「待て、。俺らも連れてけ。この格好なら外に出て問題ないんだろ?」
「へ……。」
「外、見たいでござる!!歩きたい!!」
「う、うん!じゃあ行こう!……あ!靴!!サイズ判らないから買ってな……ついでに買いに行こう!!それまで草履ね!!」
平日昼間だし、そんなに人はいないだろ!!
気にしない!!
「あと、ごめん、政宗さん、眼帯をこっちに変えてくれないかな?」
薬局で買った、一般的な白いパッドと綿の眼帯を取り出す。
「……ん、まあ、いいが。」
幸村に背を向けて、ちょいちょいとを指で呼ぶ。
察したは箱から眼帯を取り出しながら近づいた。
「眼帯外しますね。」
「頼む。」
コトリとテーブルに置いて、すぐに替えの眼帯を政宗につけた。
「大丈夫?」
「少し違和感はあるが、慣れるだろ。問題ねえ。耳にかけるのか。」
その様子を見て、幸村は政宗にとって隠す右目がどういうものなのかを僅かながら悟った。
「よし!!じゃあ行こ行こ!!」
ドアを開けて、いざ出陣!!
ガチャ
「お?」
鍵をかけたら二人が反応した。
「朝の音はそれか。」
「鍵の音でござったか。」
「うん!しっかりかけないと、空き巣に入られたら大変だし!」
「ふん、その時は守ってやるよ。」
「……鉢合わせ確率低いけどね。」
嬉しいけどね‼
大通りの歩道を歩きながら、まず危険について話す。
「とりあえず、車と電車、自転車には絶対気をつけて。」
「くるま……でんしゃ?」
「そ。これが道路。ここを車が走るの。ああ、ほら、あれ」
ちょうど赤いスポーツカーがすごい速さで通ってくれた。
真昼間からスピード出してくれてありがとう。
二人が驚く速さで走ってくれて。
スピード違反だくっそ~~~やめろ!!!!!
「な、ななななな何でござるかあの……箱……。」
「車。馬みたいな、移動手段だよ!人が操作してるの。」
「どうなってやがる……?」
「ん~……私車持ってないからなあ……そうだなあ……日曜日はレンタカー借りてどっかいこうか!」
「え、何?」
「乗せてあげます!楽しみにしてて!!」
免許取ったばかりだけど、まあ何とかなるさ!!
「へえ……それで、でんしゃ、というのは?」
政宗は幸村ほど驚いてはいなかったが、顔はいつもより真面目だ。
とにかく目に見えているものを頭に入れているようだ。
「ああ、家の近く通るよ。買い物したら、見に行こう。時間帯が合えば、帰り道見えるかも。」
目的地は近くのデパート。
最低限周囲の環境は知らせておかねば。
私が大学のときはずっと家……って訳にもいかないだろう。
キャンキャンキャンキャン!!
「ぎゃあ!!」
幸村が散歩中の犬に吠えられた。
「すみません……。」
犬のご主人様は驚きすぎな幸村に驚いていた。
「な、なんでござるか……あの、足の短っ……。」
「ミニチュアダックス!!可愛いですねー!!こちらこそ過剰反応してしまいすみません!!失礼します!!」
幸村の口を両手で塞いで、にっこり笑顔を向けて、そそくさと小走りで道を進む。
「幸村さん、あの、なんと言うか、思ったことを私以外の人の前で口にしないで……。」
「す、すまぬ、普通にしている……。」
「全くだ。田舎モンみたいだな。」
幸村より政宗の方が早々に馴染んでいるのはなぜだろうと首を傾げ、決定的に違うものがあったことに気づきは納得する。
「そう、あと、言葉遣い。」
「言葉でござるか?」
「ござる、は使ってないんだよ。あと、一人称は某じゃなくて、俺とか、僕とか……できる?」
「そうなのか、分かった。俺といおう。」
あれ?
「ねえ、幸村さんてもしや……。」
「ああ、普段は俺と言っているから問題は無い。」
「ええ!?」
違和感無く言うからもしやと思ったら、ここへきて新たな発見だ。
「知らなかった……!!ずっと某だったじゃん……。」
「殿と会うときは大体政宗殿もいらっしゃったので……。」
「そりゃそうだ。」
フランクに話す女子高生のグループや、家族連れとすれ違う。
会話が聞こえてきた政宗がなにかを察する。
「殿呼びもやめたほうがいいな?」
「呼び捨てで良いのか?」
「かまわねえよ。ここじゃ俺は殿じゃない。殿は他にいるんだろ?」
「殿様は居ません……。」
「じゃあ誰が統治してんだ?」
「国のトップに首相がいて、えーと、各国は……都道府県って言うんだけど、知事がいて、さらに細かい地域によっても長がいるよ。気になるなら帰ったらもう少し詳しく説明する。」
「へえ、まあ時代が変われば名称も変わるわな。」
デパートに着くと政宗と幸村は、不安がる事も無く違う方向に歩き出した。
夕方になり、夕食の買い物をする客で賑わっていた。
とりあえず食品売り場は早々に通り過ぎ、ファッションエリアに向かう。
しかし思いのほか二人の興味を示すものが違うので、
「これなんだ?」
左の腕を政宗に引っ張られると、
「、、あちらに色鮮やかなものが」
右側の腕を幸村さんに引かれる。
「これの説明が先だ。どっかいってろ、幸村」
「断る!」
ピンポンパンポン……
迷子のお知らせをします……
「!!なんだ!?」
「あ、あそこから聞こえる……。」
は、政宗と幸村が放送でフルネームで呼ばれるところを想像した。
……だめだ、それはだめだ……!!
「伊達。真田。」
いきなり名字呼びになったに二人が驚く。
二人の手をしっかり握って、歩き出す。
「離れたら、だめ。そんで買い物が先!!」
「あ、ああ……。」
「それで、外でフルネームは絶対出さないで!!二人は嬉しい事に有名人ですから!!」
「そうなのか……?」
「まさかこの時代に本人がいるなんて思われないだろうけど、出さない方が生きやすいから。お願い。」
二人の事は、私が守る!!と改めて意気込んだ。
エスカレーターにもびびる二人が可愛くて、とにかく守らねばと思いました…。
靴を買って、下着とついでにルームウェアを買って、はお母さんな気分になって帰路についた。
重くは無かったが、政宗と幸村が荷物を持ってくれた。
環境の変化に余裕なくしてもいいだろうに、気遣ってくれるのは嬉しい。
しかし、自販機や電柱に張られた広告にすら興味を示す為、家に着くまでにやたらと時間がかかった。
家の近く戻るとちょうど電車が通る時間になり、踏切まで来た。
カンカンカンと音が鳴って遮断機が下り、これが下りてきたら通っては駄目なんだと伝える。
レールの上を電車が通る、と指差すと同時に電車が通って行った。
政宗と幸村は大きさとスピードに硬直した。
本当にわけが判らないのだろう。
反応が可愛くて、ぷぷ、と笑ってしまった。
家に着いたらさっさと荷物を整理した。
「さて、今からご飯作るから、大人しく待っててね!これ、寝間着ね!着替えちゃっていいから!!」
スウェットを渡して、今着ている服を掛けるためのハンガーも渡して説明する。
「これはsimpleな服だな。肌触りも良い。」
「うむ、暖かそうだ。」
与えた物は素直に受け取ってくれるから助かる。
「さて……あの、政宗さんみたいに料理上手くないけど、そこは勘弁して……。」
「あ、おい、、いつもお前が食べてるものでいいからな。」
「え?」
政宗さんの言葉にきょとんとしてしまった。
「なんか……少ししか見てねえが、売ってた食物、あれだけ豊富なんだ。料理のレパートリーも沢山あんだろ?下手に気を使わなくていいからな。」
「そうだな!ど……に負担はかけられぬ!!」
二人とも優しいからそう言っているのは判る。
判るが
「そういうわけにもいかないよ……!!」
ここは甘えちゃいかんっ……!!
「……?」
「そりゃたった二週間だけど……だめ!!今日はとりあえず和食出しますからね!」
肉もそんなに食べないし、調味料だって少ないし、油だってめったにない……そんな食生活からいきなり現代の食事を与えるのは抵抗がある。
「何言ってんだよ。折角の未来だ。食いたい。」
たしかに興味もあるのかもしれない。
自分の普段の食事を思い出す。
ハンバーグ、オムライス、パスタ、中華……か、カロリーが……!!工夫しないと……
健康なもので納豆、キムチ、煮物、サラダ……あと魚は……
……う、思い出すとかなり肉中心だよ……‼
「ああ、わ、判ったけど、最初は我慢して……お腹、徐々に慣らそう。」
「そんなに違うのか?」
「た、多分。怖いから、お願い、最初は……‼」
懇願するを見て、政宗と幸村が顔を見合わせる。
ケチとか言われたらどうしようかなと思い、下を向いてしまった。
「……、そなたは、優しいな。」
「ん?」
何でそうなるのか判らなくて、変な声を出してしまった。
「鵜呑みにすりゃあ良いのによ、俺に反抗とは良い度胸だな……今に始まったことじゃないが。」
政宗さんがベッドに腰掛け、呆れたような声を出した。
「だって、だってさ、今ぐらい、二人の心配させてよ……。」
「俺たちは心配かけたくないんだが?」
「ちょっとは、頼ってくれよ……心配、したいんだ……。」
自分は頼りないかもしれないけど、でもどうしても二人の助けになりたいという気持ちが先行する。
戦国時代でお世話になった恩を抜いてもだ。
「……心配したいなどと、初めて言われてしまった。承知した、、任せましたぞ。」
「え。」
「俺もだ。ったく、しょうがねえなこいつは。判った。気遣ってくれ。手伝いはさせてもらうけどな。」
「う、うん!!」
自分の気持ちは伝わっただろうか。
判らないが、とりあえず優しく笑ってくれているので、安心して胸をなでおろした。
そしてキッチンに立って、覚悟を決める。
「うーむ、センスが問われるな……家族以外の人に作るなんて初めてだ……。」
友達同士でみんなでわいわい作った時は問題なかったが、評価を受けたことはない。
「ようし。政宗さあん!」
「なんだ?」
呼ぶとすぐにキッチンに顔を出した。
「味付けをご指南頂きたいよ。私普通に作るとしょっぱいかも!」
「わかった。わかったが、調味料……これか……?」
醤油、みりん、塩、砂糖、胡椒、日本酒に味噌や酢、ポン酢も取り出して並べる。
「こんなにあるのか⁉すげえ‼」
「俺も覗いていいだろうか~?」
盛り上がる政宗の声に反応して幸村も現れる。
「まず調味料の味をみていいか⁉」
「え、あ、どうぞ……。」
スプーンと小皿を渡す。
こだわりもなくすべてスーパーの特売品で買ったものだがいいのだろうか……と思いながら。
「うわ。味しっかりしてんな……。」
「俺もいいか?さ、砂糖がこんなに大袋に……⁉」
調味料で盛り上がりはじめてしまった。
は先に筑前煮の下ごしらえをしようと、肉と野菜の準備を始めた。
「あ、と、汁物も欲しいよね?わかめ……わかめ戻す……。」
あとはグリルで魚を焼けばいいかな、と思う。
政宗と幸村はまだ調味料で盛り上がっていたが、着々と食材を切るに気付いて政宗がはっとする。
「悪い。俺の出番はいつだ?」
「煮物と汁物の味付けだからまだ先だよ~。」
「そうか。俺もそのうち調理していいか?」
「もちろんです。ここから水が出ます。」
水道の蛇口を開ける。
「こっちが火。ここを捻ったあと……ここをさらに押しながら捻ると……。」
コンロを点火する。
「便利だな。」
「うん。やってみて政宗さん。」
火を止めて、政宗を促す。
「押しながら……捻る……。おお。」
ボ、と火が簡単に起こる様子に微笑んでいた。
「もし火が出なかったら、戻してもう一回やってみるのね。」
「分かった。」
下ごしらえを終えて早速食材を炒め始める。
油は少なめにした。
菜箸を使って炒めていると、政宗がの後ろに回り込む。
「慣れた手つきじゃねえか。Homeだとこんな感じなんだな。」
「どうも~。一人暮らしだと自分でやらないといけないからね……。」
キッチンで調理する自分の後ろに男性がいる。
政宗は興味の方が勝ってにぴったりくっついているのだと分かるが、よくある恋人同士のシチュエーションではないか、と心臓がどきどきした。
「え、えーと、はい。」
味を大体薄めに整えたら、小皿に汁をよそって政宗に差し出した。
「ん。」
すっと飲み干し、政宗が舌なめずりをする。
「も~~少し、醤油、かな。」
「分かった。」
「俺が入れていいか?」
「うん。お願いします。」
がわずかに横にずれて、政宗に場所を譲る。
政宗の横顔は心底楽しそうだ。
その二人をじっと見る幸村に気づきはっとする。
放置されてると思ってしまっているだろうか。
「任せっぱなしですまない……。俺も多少は料理を学んでおけばよかったな。」
なんだ、そんなことか、とは安心する。
「ううん、大丈夫。幸村さんはゆっくりしてて。お腹すいてない?もう少しでできます。」
「かたじけない。楽しみにしている。」
幸村はリビングに戻り、テレビをつけた。
やっていたのは音楽番組だった。
魚も上手く焼け、みそ汁も政宗に味を確かめてもらいながら作ったから大丈夫のはずだ。
三人で手を合わせる。
「「「いただきます。」」」
一口
二口
「……どうかな……?」
としては薄味だが十分現代の食事に感じる。
「美味い‼」
「本当?」
先に幸村が感想を言う。
「俺が手伝ったんだ。当然だ。は?」
「すっごく美味しい‼政宗さんは?」
「ああ、美味い。やっぱもっと色んなもの食ってみてえと思うな。」
「ちょっとずつね。」
はふと、自分の今の状況を客観的に見る。
友人はいるとはいえ、自分の家に招いて食事をするなんて数える回数しかしていない。
賑やかな家というのが久しぶりで、嬉しさを隠せない。
安心感を与えてくれる二人だから余計に。
「どうした。にやにやして。」
「ううん、改めてようこそマイホームへ~って思ってね。」
「こちらこそ改めてよろしくでござる‼あ、ござ……、よろしく‼」
「不自由なことがあったら遠慮なく言ってね。」
「は、明日の予定は?」
政宗に問われ、予定を確認する。
休講の掲示は出ていなかったはずだ。
「明日も大学だけど、そんなに遅くはならないよ!」
「そうか、では明日はここで大人しくしていよう。外出は……外を少し散歩程度ならよろしいか?」
「うん、もちろん。合鍵をお渡しします。」
「どこかに道場みたいなところは無いのか?」
「あ、そっか、体なまっちゃうよね……。」
公園で暴れさせるわけにもいかないと、二人の攻撃力の高さと繰り出す技の派手さを思い出す。
「待ってね、明日、調べてくる。」
パソコンで今すぐ調べられるが、それはやめておいた。
もし、二人が使い方を覚えてしまい、自分の名前を検索したり、戦国時代について調べてしまったらと思うと恐ろしかったからだ。
夕食を済ませたら、シャワーの使い方と、シャンプーコンディショナーなどの使い方を説明して、入らせた。
すこしでもゆっくりして欲しくて、ゆずの香りの入浴剤を入れる。
狭いとか文句が出るかと思ったら、香りが気に入ったらしく、むしろ嬉しそうだった。
そして最大の問題は寝る場所である。
「んん……ベッド一つと、予備の布団一つ……。ああ、ついでに買ってくればよかった……?」
けどさすがに徒歩で布団は買いに行けない。
通販しても、布団三つも置く場所がない。
「この寝台に二人寝れるさ。」
政宗さんがベッドに乗って、どかりとあぐらをかいて座った。
ギシッと音がした。
はベッドの横に座って改めてベッドの大きさを見た。
「昼間、幸村さんを落としといてよく言うよ……。」
「ah?何言ってやがる?俺とお前だよ」
政宗がの顎に指先を当て、少しの力を入れ、上を向かせた。
「ま、ままま政宗殿!!何をしてらっしゃる!?」
幸村さんが顔赤くしてテンパってるじゃないか。
そして殿付けじゃないか。
まあ、言葉の問題は外だけでいいか。
「政宗さんと私ですか……。」
「照れる必要はねえだろ?初めてじゃねえんだから……。」
「だったら、私と幸村さんのが、体格的に。」
「……言葉を間違えた。俺のが体格がいいから、俺の上で寝やがれ。」
の言葉にうっかり納得してしまった政宗は無理矢理言葉を並べた。
「ううううう上とは何でござるか!!破廉恥な!!」
「ラッコと貝殻みたいなもんか……あ!怖っっ!!ぶち割られる!!」
「割らねえよ!!というか、何だ、らっこって……大事に扱ってやるよ!!」
「あああ扱うって……何……わああ!!政宗殿は歩く破廉恥でござる!!」
「それは酷ェな幸村ぁ!!訂正しろお!!」
口論を始めてしまったが、いつもの政宗と幸村に戻ったみたいだと感じる。
少しはリラックスできているかな。
「まあ、私はどこでも寝れるけどね。」
「お?俺の上か?」
「ここの上。」
「え?」
「この、敷いてあるもの。」
机を退かして、布団を敷いて、あと毛布を取り出してラグマットの上に置いた。
「ベッドと布団に政宗さんと幸村さん、どっちでもいいから寝てね。」
「……お前そんなとこで寝るのか?」
「ちょっと、そんな畳の上じゃないんだから、大丈夫。枕はあるし。」
「しかし、世話になる身で……申し訳ない……。」
そんな事言ってたら決まらない。
「二人は慣れない環境なんだから、できる限り良く待遇してあげたい。なあに、ちょっと、お偉いさんが遠慮してんじゃないわよ。大体、私が勝手にやってるの!なので従って‼」
びしっと指を差して怒鳴ったら大人しくなった。
「ah―……しゃあねえな……。」
政宗さんが目を伏せて、髪をかきあげながらそう言った。
「は、はい!従うでござる!!で、では、某……こちらの布団で……。」
幸村さんはいそいそと、ベッドの隣に敷いた布団にもぐりこんだ。
「何だ、そこでいいのか幸村……じゃあ俺は遠慮なくここ使うぜ。、一緒に寝たくなったらいつでも来い。」
「仕方ないな、政宗様は寂しがりやだな。」
「おおおおお前なんだ!?未来にきた途端その態度!!」
ここは私の城なんだよ!!
朝になると、幸村が一番に起きてくる。
を起こして、布団たたむ。
起きたは顔を洗い、味噌汁と目玉焼きを作ってレタスとトマトを添えた。
朝食とは別に二人が空腹になった時の為におにぎりを握る。
政宗を起こして、三人で一緒に食べて、大学へ行く準備が出来ると、合鍵と、少しのお金を置く。
「お腹すいたらこのあたりのもの食べてね。」
「用意してくれたのか。Thanks」
「いえいえ~‼じゃあ、いってきます!!」
そう言えば、おぅ、とか、待ってるでござる……あ、いや、待っている!!と返事が来る。
自然と口元が緩んだ。