逆トリップ編 第4話



「………え?」
「今日はよろしくお願いしまーす!」
「おう、頼む。」
「世話になる!!」

約束していた土曜の朝、はマンションの前で車を停め、に連絡をとった。
トランクを開けて待っていると、政宗と幸村が一緒にエレベーターで降りてきて驚いて目を見開く。
その反応を見て、あとの二人も女の子だと思っていたなら驚いてしまうかもしれないと、説明不足を悔やみながらに挨拶をした。

「昨日、会ったんだって?伊達と真田。二人が同行者なの。」
「あ、ああ……。の家に、泊まってたんだ?」
「うん!」
「そうなのか……。ま、まあ、従兄弟だしな!」
「うん、従兄弟!」
「従兄弟な!はは、従兄弟だし、間違いはねえよな!!」
「間違い……?ま、間違ってないよ!!ちゃんと従兄弟だよ!!」
「はははははははは。」
「はははははははは…。」
現代人二人は乾いた笑いをした。

政宗と幸村は早く車に乗ってみたくてうずうずしている。
「どういう構造かは判らぬが……いざ目の前にすると摩訶不思議なカラクリ……。乗り方はてれびで見たがうまくできるだろうか……?」
「落ち着け真田。の3ヶ条を忘れるな……。」

その1.車に乗っても平然とする。

その2.道場に行っても暴れない。

その3.名前は偽る。


というわけで名前を考えようと昨晩提案したのだが、政宗は、

『そんなのはその場の思いつきで何とかなる』

そう言って、借りてきた本を夢中で読んでいた。
あまりに真剣な表情で、はそれ以上話しかけられなかった。

トランクに着替えと、タオルなどを入れたの荷物を載せる。
「じゃあさっさと行きますか。」
「お願いします。」

ガチャリとドアを開ける。
真似してくれと二人に目で訴える。
こくりと頷いて二人も開ける。

ガチャリ

ボスンと座る。

とくに不自然さもなくできて安心する。
が助手席に座り、政宗と幸村は後部座席に座った。

「さて、出発!っても近いけどね。道、後で送るわ。」
「ありがとう!」

ブウゥゥン

「「!!」」

エンジン音に驚いて二人がうろたえた!!

「ん?」
ちょうどミラーで後ろをチェックしてたが気づいた!!

「あ、あの。」
「どした?え、え、まさかエロ本とかあった……!?おれのじゃねえよ多分一昨日も人乗せたからそいつの」
が後ろを振り向いた。
「えろほんとは……?」
「いやいやいやそんなんあっても気にしないから安心してほしいさあ行こう行こう!!」
急かして、あまり突っ込ませないようにする。

「??お~、いくぞ~。」
は不思議そうな表情をしたままだったが、車を発進させる。
入り組んだ道を抜けて、デパートへ向かうために二人も一緒に通ったことのある大通りに出る。

「ごめん俺、の女友達がダイエットとかで使いたいのかと思ったよ。ガチのやつだったりする?」
「いや、そんなガチじゃないよ。身体なまんないように~だよ。」

がミラーで政宗と幸村の姿を確認すると、目線は窓の外だった。
流れる景色をみつめている。
表情はリラックスしているので安心した。
車の中は流行りのJ-POPが流れる。

「今日はお爺さんいらっしゃるの?」
「あぁ、居るから判らないことは聞いてくれ。」
「うん……うん?あれ?」

裏路地に入って前方に見えてきたのは

きちんと看板が立っていて
きちんと門がある

……お屋敷。

「え?」
どこがボロい?

「立派ではないか。」
「へぇ、こりゃ楽しみだ。」
「あ、と……。」

予想外だと思ってしまったのは、彼はいわゆる今どきの若者、という風貌だったからだ。
由緒正しそうな家へ出入りする人間には見えなかったと、外見で判断していたことには申し訳なさを感じる。

駐車場に車を止めて、のうしろについて中に入る。

「おじゃまします。」
靴を脱いで上がると、玄関は普通の民家だった。
「爺ちゃん家の離れを道場として改装してあんだ。ここの廊下をまっすぐ行くと道場に行ける。」
「へぇ……。」
「テキトーだろ?」
「そんなことない……。」

立派な日本家屋で驚く。
お線香の香りがする。
これは政宗も幸村も落ち着ける場所になるのではないだろうか。

「へえ、普通だな。」
「あ、ちょっ……。」
道が分かった政宗が、を追い越し廊下をどたどたと歩いていってしまう。

「図々しくてごめん……。」
「いいっていいって。」
政宗の期待が高まっての行動だとには分かるが、傍から見たら失礼なのではないかと、代わりに謝る。

辿り着いた道場は広かった。
改装どころか改造しているだろう。
子供から大人まで参加して、剣道の練習をしていた。

竹刀の音と声が響く。

「うっわ……。こんなところに伊達と真田を参加させていいのかしら……。」

流石に殺し合いはしないはずだが、好敵手である政宗と幸村だ。
周りが見えなくなるほど熱中してしまわない保証はない。

「ha!なかなか綺麗なところだな!気に入ったぜ!」
「し、しかし、人が多いな……。」
「土日は多いよ。けど平日は寂しいもんさ。昼間なんか特にな。」
「じゃあ、都合いいかも……。あの、伊達と真田が平日昼間に来たいんだけど、お金は、一回一回来る度にって……無理?」
「どんだけの家に滞在すんの?その間、やりたいってことだろ?」
「2週間ほど。」
「あ、なんだ、そのくらいなら大丈夫じゃね?って……2週間?従兄弟さんは学校とか仕事は?」
「長期の休みなんだ!!お爺さんはどこ!?」
即行で話題を変えた。
は壁際で剣道着姿で壁に寄りかかって全体を見渡しているお爺さんを指差した。

ご挨拶だよ、と、政宗と幸村の背を押しながら、近づいた。

「爺ちゃん、こいつらが昨日言ってたやつだよ。」
「ぬ?」
「初めまして!」
「おお、これはこれは、ようこそいらっしゃいました。」
予想通り、笑顔の素敵なお爺さんだった。

お金の事も了承してもらい、道着も貸してくれて、さっそくやって良いと言ってくれた。
も借りて着替えてみる。
防具は付けずに今日は雰囲気だけ体験だ。
更衣室から戻ると、隅の方で三人が早速竹刀を持ち出していた。

「どの位経験あるんだ?」
どの位!?な、なんて答えるんだ!?
「相当なもんだぜ?」
「俺はずっと槍を使っていたので、剣術は幼少の頃にかじったぐらいで」
「……槍?」
「わっ、私初めて!!」
幸村さん正直すぎる!!

初めてだア?と政宗が怪訝な顔をするので、政宗さんとのチャンバラは別!と小声で話した。

だって、面、胴、小手、突き位判るよな?」
「うん。」
「まあ、突きは危ないからやめて……みんなが防具着けてる所を打ちゃあいいや。」
「あ、そんな感じ……。」
しかし、やって損は無いだろう。

「まさっ……だ、伊達!!手合わせ願う!!」
「!!」
幸村がうずうずしながら叫ぶ。
動きたくてしょうがないようだ。

「ああ、こちらからもお願いすんぜ。いいか?」

政宗がたちを見る。

「じゃあ俺はにまず基礎知識教えっから、ここのスペース使っていいぜ。」

が壁際に寄る。
私は懸命に口を動かして、手え抜いてね!!お遊び程度ね!!とメッセージを送りながらついて行った。

、まず姿勢からだけど……。」
教えてもらいながら動きを真似するが、意識は二人から離すことができなかった。
予想通り、二人の眼光が鋭くなる。

、あの、あの二人、チャンバラ始めるけど許して……。」
「……剣道じゃないの?」

ばちいいいいん!!!と竹刀の音が大きく響く。


最初から近づけば風圧を感じそうな打ち合いから始まり、徐々に二人のテンションが高まり互いの連撃が繰り出される。
周囲の目線が集まり、もうはごまかす術が思いつかなかったのでそのまま頭を抱えていた。
しかもには、彼らが本気出したらこんなもんじゃない、ちゃんと手を抜いてこれなんだ、と分かってしまうから複雑だ。

「軽いな!手加減が必要か!?」
「なんの!!まだまだこれから!!」

盛り上がって技を繰り出してしまわないかとおろおろしてしまう。

「相当なもんって……あれ試合じゃなくて実戦みたいな……。」
が眉根を寄せる。
「そ、そうなの!?昔っからああいうお遊び好きで……二人揃っちゃうと始めちゃうの……。」
「あぶねえ……けど、そうだな。公民館とかじゃありゃ出来ねえよな。あんだけの技術と体力ありゃなんかオリンピックとか目指せそうじゃね?」
「そ、そうかな……。でも二人その気はないと思うので……。」
「ふーん……。」

と同様に驚いていたは徐々に冷静になり、二人を真面目な顔で見つめ始める。
「……。」
剣道を真剣にやっていたと聞いた。
彼もあれを見て闘争本能が出てきたりするのだろうか。
一戦交えたいと言われたらどうしよう。

。」
「は、はい!」
「飯なんだけど。」
「ん?何?」

まさか俺も二人と戦いたいというのではと身構えていたので聞き返してしまった。

「飯。この近くに定食屋あんだよ。腹減ったらそこ行けって二人に言っといて。夫婦でやってる個人の店で味はすげえおいしいから。ファミレスもあるけどしっかり食いたいならそこおすすめ。」
「あ、そうなの。わかった……。」

じゃあ今日のお昼に早速行こうかな……と話していると、激しい打ち合いの音が止まる。

「……おい、剣道なんでやってねえんだよ。」
「な、なにをお話されていたのでしょう?」

息一つあがってない政宗と幸村がに近づく。
あ、結構周囲は見えてるんだな、と安心した。

「お昼ご飯の話。」
「飯?」
「近くにお店あるって。今日行ってみよ。」
「ああ、わか……?」
「おにいちゃんすごーい!!」
「いまのなに?どこでならったの?」

政宗と幸村を子供たちが囲む。
戸惑うが、キラキラした目で見上げられて、二人は笑みを向けた。

「こらこら、伊達も真田もお前らと同じここの客だから。先生じゃないから邪魔すんなよ。」
が声をかけると子供たちはケチ!と頬を膨らませる。
政宗と幸村がしゃがんで子供たちと視線を合わせる。

「構いませぬよ。今のは俺と伊達だから出来るものだ。真似はするでない。」
「あんたらはあんたらのruleで強くなれ。ほら、先生が寂しがってるぜ?」

いつも言うことをなかなか聞いてくれないやんちゃな子供も、大人しく頷いた。
沢山の部下を率いる二人の言葉には時代を超えても変わらないカリスマ性を感じる。
先生のもとへ戻る子供たちを見送って、が声をかける。

「子供好きなんだ?」
「Ha?子は国の宝だ。当たり前だろうが。」
「え!?あ、す、すいません……。」

そんなことサラッと真面目に言ってかっこいい~とが口元に手を当ててしまう。
世話をする人間として、もそんな政宗を誇らしく感じてしまう。

「しっかし今のでも目立ってたか?」
「う、うん。」
「さっきも言ったけど平日なら問題ないから自由にやってよ。あんたらみたいな奴に使ってもらえるの嬉しいよ。」
「なぜそのように思われるのです?」
「俺はスポーツとしてしかやったことないけど、剣術に真剣に向き合わないとあんな技術身に着かないってのは分かるし。子供に優しいし、暴力じゃなくてなんか守れる強さって感じだし。普通に尊敬する。」
「Thanks.もう少し打ち合ってもいいか?真田、今日だけはなんか縛り入れるか?」
「俺はなんでも良い。」
「そうだな……利き腕じゃねえほうでやるか。連撃もなし。」
幸村がこくりと頷き、また対峙する。

その様子にあまり心配はいらないな、とは微笑んだ。

、私にも教えて!」
「ん。でも俺らはまずストレッチからやろうか。」
「はーい。」






正午を回ったところでは政宗と幸村に声をかけた。
参加者入れ替えの為に作業があるというは出口まで一緒に来てくれる。

「道場入り口のここの名簿に名前と使用時間書いてくれればいいから。んで使用料はまとめて後払いでもいいけど。」
「申し訳ないから都度払うよ。」
「分かった。じゃ~お昼行ってらっしゃい。」

手をひらひら振り、が振り返すと政宗も幸村も手を振る。
その姿が可愛くては吹き出してしまった。

「手ェ振りそうにねえ外見なのに……!良い奴らだな……‼」
の真似をしているというようにも見受けられる仕草があまりにも仲良しで、こりゃ同じ屋根の下でも安心か、と思ってしまう。



教えてもらった食堂は政宗と幸村にも馴染がありそうな古き良き外観をしていた。
引き戸を開けるとなかなか広く、座敷の席もあった。

三人、と伝えて案内されたのは四人掛けのテーブル席だ。
おしぼりとお冷がすぐに用意される。

「今のところ問題ない?」
「ああ。」
「よかった。メニューは……。」

ランチはワンコインから立派な定食まで揃っていた。
和食も洋食もあるし文字だけでなく写真も貼られている。

「図にされてると分かりやすいな。」
「焼魚……焼肉……からあげ……とんかつ、定食……色々ありますな。」
「どう?」
「どれでもいいのか?の懐事情はどうなんだよ。」
「ご心配痛み入る。けど大丈夫!ここやっすい!」

千円を超えるメニューはほとんどないがボリュームがある。
近くの高校や大学の生徒に好まれそうな店だ。

「興味あるもの頼んで。」
「ざるそば。」
「最初なので焼魚にいたします。」
「私はえーっと……」

突如は肉食べたい欲に襲われる。
二人に便乗してヘルシー志向が身についてきたと思っていたが幻だったようだ。

「……唐揚げ定食……。」
「なんでそんな辛そうな顔をして選んだんだ。」
「私が一番カロリー高いもの……!」
「俺たちに遠慮せずお好きなものを食べてくださいませ。」
「ありがとう真田……。」

しばらくして運ばれてきた膳を見て、はふと考えてしまう。
主食、主菜、副菜、汁物、漬物、毎食このくらいの品数が出てくる方が二人には当たり前なのだろうか。
「……。」
そこまでエンゲル係数を上げる余裕は無い。

黙って膳を見つめたを見て政宗が察する。
手を合わせた後、早速蕎麦を口にする。

「美味い。」
「あ!よ、よかった!私も頂こう!いただきます!」
「……が、の飯も美味い。」
「!」

幸村も手を合わせて汁物から口に含む。

「……比べるものではございませんが、熟練の味というものでございましょう。が作ってくださる食事は俺たちの事を考えてくれているものですから……。」
「う、うう……二人とも~……!」
「ふむ……。」

幸村が店員が厨房へ去ったのを確認すると小声で呟く。
確かに、この時代の食事は少々味が濃い、と。

「品数は多くなくていいから作ってくれよな。手伝うからよ。」
の作ってくださる食事が一番でございます。」
「ありがと~‼作り甲斐ある~‼」


食事を終えて、二人に支払いの流れ見てて、とお願いする。
政宗も幸村もレジを興味津々で見つめていた。

道場へ戻ると、今度は大学生か社会人と思われる年齢の数人が使用していた。
先程よりも多くない人数で、は政宗と幸村の使用可能スペースを大きくしてくれる。
はまた二人とは離れて基礎レッスンを受けながら、楽しそうに打ち合う二人を見ていた。

帰りも送るというの申し出には、道を覚えたいからという理由で断り帰路につく。




「ただいま~。」
「誰もいねえぞ。」
「雰囲気で~。」

家に着いて部屋着に着替え、はすぐに洗濯機を回す。
そこへ幸村が顔を出す。

「喉乾いてない?すぐお茶淹れるね。」
「俺に教えて欲しい。」
「あ、うん。」

洗濯機を作動させるとすぐに幸村を茶葉の保管場所へ案内する。

「ここに……この筒にあるから。」
「他の容器は?」
「緑茶じゃなくて、紅茶とかコーヒーとか。これもそのうち出すから飲んでみて。あとは急須に入れてお湯注いでって一緒だから。」
「わかった。ならば俺にも出来る。そちらの、ガス台、でしたか。そこでお湯を沸かすのですね。」
「うん。ポットがここで……。」

真剣に覚えようとしていて、幸村も人を働かせて自分はのんびりできるような人間ではないのだろう。
掃除もそのうち手伝ってもらおうかな、と考える。

政宗の分のお茶も用意してリビングへ行くと、部屋着に着替えてまた政治の本を熱心に読んでいた。

「政宗殿、お茶です。」
「お……悪い。俺も何か手伝うか?」
「お手伝いは大丈夫。だけどちょっと読書ストップして。」
「おう。」
本を床に置いて、が何かを取り出すのを見つめる。

「今度からお食事の支払いしないとだから。これ、お金。」
「ああ、そうか。」
今は使っていない財布にお金を入れて、テーブルの上に置く。
まず政宗が手に取って中を覗いた。
は自分の財布から硬貨と紙幣を取り出して並べる。

「銀と…銅と紙幣……。」
「これが数字。一円、十円、五十円、百円、五百円、千円、五千円、一万円。」
指を差しながら言葉に出すのを二人が目で追う。

「ふむ。縦線が壱……。めにゅうに書いてありましたな。」
「言われた数より大きい金額を出せばいいからね。じゃあ政宗さん、六百八十円でーす。」
「ろっぴゃく……これでいいか?」
めんどくさがって千円を出すかと思ったが、政宗が七百円を出す。

「そう!!よくできました~政宗さん!」
嬉しくなって、政宗の頭をつい撫でてしまった。
政宗が一瞬沈黙してされるがままになるが、子供じゃねえんだぞ!との手を払う。

「え、そんなつもりじゃ。」
「……俺もやってみます。」

幸村は横から、政宗が嬉しそうな顔をしてすぐに恥ずかしがった過程を見逃していなかった。

俺もに撫でられたい。

「じゃあ幸村さんは……千三百五十円で~す。」
「む。ぴったりありますな?」
幸村が千円をまず出して、その後これでいいのだよな、と不安になりながら百円三枚と五十円玉を出す。

「そうです!間違えてもお店の人が言ってくれるだろうから、あ、うっかり間違えました~って顔すればいいよ。」
……俺の事は撫でてくれないので……?」
「何言ってんだ幸村。」
「え、撫でていいの?じゃあ……。」

偉い偉い~!と幸村の頭を撫でると、幸村がににこーっと笑顔を向ける。
可愛い!とも笑顔になり、政宗はなにしてんだこいつら……と思いつつ素直な幸村が少々羨ましい。


「二人とも飲み込み早いな~。なんか安心したわ。政宗さん、読書再開してどうぞ。」
「おお。」
政宗がまた本を手に取る。
三分の一ほど読み進めていた。

「政宗殿もうそんなに読み終えてらっしゃるのか。俺も負けてられぬな。」
「……いや、褒められたもんじゃねえよ。とりあえず分からねえとこは飛ばしてる。」
「勉強になってる?」
「あのよ。」

何か質問されるかな?とは身を乗り出して本を覗き込む。

「そもそもなんだが。」
「うん。」
「この書の綴じ方はなんだ……?この文字は?絵の色は?人の手で書いたものじゃねえんだな?」
「印刷技術ね。」
なんと説明したものか、とは悩む。

「……カラクリを使って作ることが出来るの。」
「どれぐらいの期間で?」
「お願いする業者や何冊作るかにもよるけど……うーんと。」
はスマートフォンを取り出して印刷会社を調べる。
「……中身が出来上がって、これお願いしますって頼んでから、四日とか五日で出来るみたい。」
「そんなに早くか!?」
「うん。」
「つまり、お館様の教えを広く人に広めたいと俺が書を作ろうとすると……!」
「幸村さんが執筆終わったら、四日五日あれば何十冊と作って配り歩くのも可能ってことね。」
政宗と幸村が顔を見合わせる。
驚愕の話だよな……?と互いの認識を確認する。

「そうやって知を共有してるってわけか……。」
「……。」

知の共有、と考えた事はなかったが、そうなんだよな、と考えてしまう。
当たり前にあって、選ぶ側に居て、時にこの本は分かりにくいって文句言ったりして、ありがたみをそれほど感じずに。
政宗と幸村の視点は色々なことを教えてくれる気がしてくる。

「そうなんだよね~。だから私もありがたくお勉強しよ。でも明日は遊びに行こうね!天気予報チェックしないと。」

がテレビをつける。
まだ天気予報には早く、前番組のドラマがやっていた。

「あ。」
毎週見ていたドラマだったが、最近の騒動で見るのをすっかり忘れていた。もう最終回近くだろう。
ヒロインがウェディングドレスを着ていて、結婚式でハッピーエンドなのかな?と推測する。

「美しい服を着ておりますね。」
「白無垢か?」
それに二人も反応した。
勉強だけでなくファッション雑誌も時折見ていることを知っていたは、やはりこの時代の服飾にも興味持ってくれたんだな、と安心する。

しかし何かあったのか、ヒロインは泣き始めていた。

「……違うのか?」
「死装束か?」
「あの者これから自害ですか?」
は物騒すぎる話題を軽く出した二人に吹き出してしまった。

「……白無垢の方で、合ってます。」
「泣いてらっしゃるが。」
「ん~……なんか色々あったのかな。親に感謝の言葉言ってるけど。」
「Happyな……御伽噺か、これは。」
「そうそう。」

場面が変わり、教会へ。
誓いの言葉と指輪の交換をする。

「あれが婚姻ですか?」
「うん。この後接吻をするかもなので幸村さん見たくなかったらどうぞ目を閉じて。」
「な、なんと破廉恥……!い、いや、儀式なのですよね?ならば正当なる行いでしょう。見ず知らずの方ですが、見守らせていただく。」
「なんと律儀。」
しかし予想は外れて、キスはせずにまた場面が変わる。
悪役のカットが入ってその回は終わった。

「はいもうすぐ天気予報~。」
「……も、婚約の際はあの衣装を身に纏うのか。」
「え。」

驚いた顔をして政宗を見てしまった。
私にそれ聞きますか?と考えてしまう。

結婚式一回三百万円……友人たちは呼べば来てくれそうだがご祝儀を払ってもらうことを考えるとそんな私になんてそんな価値……とネガティブになってしまって……いやそもそも相手が……

いやしかし未来人代表として模範となる夢のある回答をするべきか?

「……が着たら、とても美しいでしょうな……。ん??」
幸村が想像しながらに目を向けると眉間に皺をよせていた。

き、着たくないのか……?

「いや……まあ……相手にもよるんじゃないでしょうかね……。」
「やらなきゃならねえわけでもねえのか。」
「うん。やり方も親族友人大勢呼んで派手にする人もいれば、身内だけでやったり。あ、やらないけど記念にあの衣装は着て写真を撮る人もいるか……。」
「へえ……。家より個の意思が尊重されてんだなあほんとに。」
「由緒正しいお家柄だと決まりがあるのかもしれないけどね。あんまりそういう知人がいないから話聞いたことないや。」

二人の姿を見て、政宗さんも幸村さんもタキシード絶対似合うよな、と思うが、白装束かどっちだなどと言い出すなら白装束も似合うということにもなりかねないので口には出さない方がいいだろうか。

「なんだよ?」
の視線に気付いた政宗が声をかける。

「ううん。なんでもないよ。明日は晴天!」
天気予報にを指差して笑顔になる。

「……明日どころか七日間の予想が出るのですか……!」
幸村も天気予報に関心を示すが、本当なのだろうか?という疑いがぬぐいきれずに顔を顰めた。
「当たらない時もあるよ。」
も今度は幸村に視線を向けて天気の話を始める。

「……。」
政宗は、あの衣装をもちろん着たい!とは言わなかったに安堵してしまった。

俺たちの時代では用意することが難しいだろうし、もし用意できたとしてもあのような美しく細やかな装飾に凝り、光沢まで放つもの、技術的に不可能だ。
出来たとしても劣化版だ。
南蛮で探せばあるのだろうか。

「…………ん?」

俺は一体何を考えているんだ……と我に返り、本に視線を落とす。