伊達軍居候編 05話
「……。」
ぱちりと目を開けると真っ暗い部屋の中。
首を動かして周囲を見れば、初めてこのお城に来た時に目覚めた部屋と同じ場所。
政宗が自分にくれた部屋だ、と理解するには数秒を要した。
あれ……?夕ご飯をみんなで食べてたんじゃなかったっけ?
……あ。
「私……お酒飲んで……みんなで踊ってそのあと……。」
寝ちゃったんだっけ?
「わあ……やっちゃった……!」
そして誰かがここまで運んでくれたのだろう。
まさか初めからこんな調子になるとは思っておらず、恥ずかしさに布団の中で丸まってしまう。
「絶対食事残した気がするし……!……明日謝らなきゃ……!」
頭を抱えて反省して、ため息をつきながら布団から起き上がる。
「あ……。」
腕に巻かれた包帯が弛んでしまっている。
解いて、傷を見る。
思い出せば縫合が必要なんじゃないかと思うくらいだったはずなのに、肉芽が出来て塞がってきている。
「どういうこと……?」
そんなに浅い傷じゃなかったはずだ。
「湿らせるもの……無いよね……。ラップとかも……。」
普通の人間の身体ではないのだろうか。
怪我が早く治るのはありがたいが、恐怖も感じる。
このままここにずっといたら、私はどうなってしまうんだろう、と考えてしまう。
「……。」
のどが渇いてしまったため、どこかに飲み水はないかと探しに廊下に出た。
極力忍び足をしているのに、キシキシと足音がたってしまう。
「……あれ?小十郎さん?」
廊下の突き当たりにあぐらをかいて座っている人影。
シルエットから小十郎だとすぐに判った。
「どうした?」
「喉……かわいちゃって……。」
「そうか。付いて来い。」
ゆっくりと立ち上がり背を向け、案内してくれるようだ。
少々怖い雰囲気があるが、基本は良い人だと思う。
後方をしばらく付いて行くと、小さな部屋に小十郎が入っていった。 後ろで待っていると、瓶から水を湯呑に一杯注いでくれているようだった。
「ほら。」
「ありがとうございます」
差し出された湯呑を受け取ると、すぐにこくこくと飲み始めた。
喉が潤う感覚が心地よく、はふう、と息を吐いた。
「……俺が」
「はい?」
その様子を見つめながら、小十郎が無表情のまま話し出す。
「毒を盛るかもしれねえ、とは考えないのか?」
「毒?いえ、別に……。」
きょとんとしてしまう。
小十郎はそんなことしないはずだ、と考えてしまう。
「俺がお前を受け入れてねえのは感じているだろう。」
「感じています……。が、それは、小十郎さんを疑う理由と直結するんですか……?」
あまりに極端、と思う。
しかし簡単で、判りやすい。
「俺は、政宗様の突き進む道の弊害となるものはすべて切り捨てる。」
冷たい目で見据えられる。
でも強い意志を持った目というのが伝わってくる。
「……はい。」
「力のない者でも、女でも、この時代の者でなくとも。」
「はい、ねぇ、小十郎さん。」
「なんだ?」
「私、小十郎さんとも仲良くしたいです。」
「……。」
「私、小十郎さんほど政宗さんに強い気持ちは抱いてませんが、政宗さんのこと好きですよ。」
こんなに親切にしてもらっているんだもの。
嫌いなわけがない。
「好きだと思う人の望みは自分の望みにもなるじゃないですか。私、政宗さんの邪魔になるならもちろんここを出ます。」
これは本音。意地を張ってるんじゃない。
ここを追い出されたらどこへ行けばいいのかなんてわからないけど、むしろ住まわせてくれて自分の状況を理解してくれる人に最初から会えたこと自体が幸運すぎる話だ。
追い出されたらその時は、精神論でなんとか氏政のところへ辿り着いてみせると根拠のないやる気に満ちていた。
「お前は……。」
「小十郎さん、政宗さんのこと大好きなんですね!!やだな、取ったりしませんから安心してくださいよ!政宗さんだって小十郎さんのこと大好きですしね!!」
「な……!?だっ……だいすき……!?」
小十郎が頑固な表情を全く崩さないものだから、ちょっとふざけてみると予想以上に狼狽えた。
本当に政宗さんのこと好きなんだな―……。
かわいいなぁ……。
「…っ!へらへらするな!変な奴だな……。」
「未来人ですから!」
がにやりと笑ってみせる。すると小十郎の表情が少し和らいだ気がした。
「うーん、でも、本当言うと、政宗さんの邪魔になるような事が私に出来る気がしませんよ?あの人、我が強そう。思ったら即行動。」
「なんだ、お前、こんな短期間で政宗様の性格見抜いたか。政宗様のやんちゃっぷりには俺も手を焼いている。」
「絶対、今日は寂しいから一緒に居て~とか甘えて言ったって、ヤダよって即答されそうなんですが。」
「……そんな女の我儘に付き合う政宗様か……!?想像できねえな……。」
二人で、女性の言いなりになる政宗を想像して、同じタイミングで、それはないと首を振った。
それに気がつき視線を向ければ目が合った。
ぷっと笑ってしまう。
「……すまねえ。」
「何がです?」
「政宗様の人を見定める力を疑ってはいねえ。だが、用心に越したことはねえ。俺が独断でお前を疑う役になった。」
「大事なことと思います。」
「変な女だな。ずっと睨みつけてた男にそんな言葉かけるか。怖くなかったか?」
「まあ、あの、少し……。」
「言いづらそうにしなくていい。」
一国の主のそばに、国の未来のことなど全然考えていない人間がいるのだ。
小十郎の気持ちも分かるような気もする。
「俺はまだお前のことを理解したわけじゃねえ、が……、ちとガキっぽいが、それなりに頭は回るみてえだし、害じゃねえなとは感じてる。」
ガキっぽいのは本人が十分承知なので、つっこみは入れないことにした。
「まあお前もいきなり知らねえ場所に来て大変だとは思うが……。」
そこまで聞いたところで、小十郎の口に手を当て、まった、と声をかける。
「何、会話終了にもって行く言葉発してますか。」
「何だ、他に何か用はあるか?」
ええ、ありますとも。
「私は、まだ小十郎さんを理解するに全然至っておりません。」
「というと?」
「小十郎さんのことが知りたいのですが。」
ならば、明日の朝起こしに行く。
そして黙って付いて来い、という言葉を残し、小十郎は去っていった。
あの筋肉、どんな鍛錬をしているのだろう……とドキドキするだったが、対照的に小十郎の顔はクスクスと笑っていた。
「……面白くねぇ……。」
政宗は大きな岩に寄りかかって、畑を眺めていた。
視線の先には、仲良くかかしを立てる小十郎との姿があった。
昨日まで全然話していなかったのに、一体何があったのか。
仕事が一段落したため、と遊んでやろうと思ったら小十郎と畑に行ったよという成実の一言。
「いつの間にfriendlyになったんだ?」
良いことなのだが、政宗が居ないところで、というのが気になった。
「政宗さーん!見て見て!」
「……政宗でいいっつってんのによ……。」
やれやれ、と近づいていく。
……まぁ、が楽しんでいるなら良いか、と気持ちを切り替える。
慣れない環境で肩に力が入ってしまっていたのを知っていた。
穏やかで、笑えばその場を和ませるような雰囲気を持っている女なのだから、その良さを引き出してやろうと思っていた。
まさか小十郎に先を越されるとは。
「で、なんだこりゃ。」
「政宗カカシ。」
カカシの顔には、右目に眼帯をして左目は睨みをきかせた顔が書いてあった。
「似てねぇよ。俺はもっと……。」
「似てますよ、政宗様……ふふ。」
「小十郎……お前……。」
なんつー顔で笑ってんだよ。
心の底から楽しんでんじゃねぇか。
「あっちに小十郎カカシも作ったの!何も寄って来なそうだわね!」
いい仕事したぜ!とが汗を拭った。
女ってのは不思議なもんだ。
汗だくでも大して臭いはしないし。
「政宗様を案山子になんて、失礼だと言いましたら、俺の野菜を守るには最強の守護神が必要だと言われまして……。気分を害されましたか?」
「だから似てねえっつーの!!どうでもいい!!」
それにしても、小十郎が畑に入る許可を与えるとは。
「思ったより早く終わったので、俺はもう少し畑の様子を見ていきます。 、疲れただろう?政宗様と城に戻るといい。」
気遣っている!?
「うん、判った。小十郎さん、ちゃんと水分取るんだよ!」
「はいはい。」
が手についた土をぽんぽんと叩いて落としている。
ピンク色の小さな爪は今は土に汚れて茶色い。
身だしなみも全然気にしねえでよくやるぜ……。
この根性に気を許したのか?小十郎。
「ずいぶんと仲良くなったもんだなぁ?」
「うん!小十郎さん、良い人だもの!」
「まぁ、良い奴だけどよ。」
……本当に不思議なもんだ。
隣でこいつが笑ってると俺まで笑う。
「仕事……終わったんですか?」
「あぁ、あと経費の処理して、……事業の許可申請あったか?そんぐらいだな」
「そうですか……。」
あ、下向いちまった。
判りやすいなこいつ。
「今日中に終わらすぜ。明日行くか?城下」
「……っ!!うん!!」
勢いよく顔を上げて、満面の笑み。
……本当に犬みてぇだ。尻尾振りそうな勢いだ。
「よーし、よしよし」
「だからペットじゃないよ!!顎を撫でないでくださいます⁉」
明日は城下を案内してくれるという事で、まるで遠足が楽しみな小学生のように気持ちが高揚していた。
しかし、わくわくして寝不足です、などということになれば、スタートの笑いにはなるが元気が出ず楽しめなくなる。
眠くなくても布団に潜り、目を閉じ休んでいた。
枕元には、政宗様と行くなら、と、くれたお出かけ用の着物が置いてある。
今日着たものより、手触りが全然違う。
それがにはプレッシャーになっていた。
「城下の人って、政宗さんの姿って知ってる…のかな?」
時代劇で殿がお忍びで城下へ、という場面は見たことがあるがそんな感じになるのだろうか。
テレビもない状況でどうやって民は主の姿を知るのだろうかとは分からず疑問に思った。
でももし知られていて、殿の隣の女は誰だ!?などと指を差されたらどうしよう。
「……どうにもならないよねー。そのくらい、政宗さんフォローしてくれるよね……。」
伊達政宗!!親の仇!!この女を助けたければこの場で自害しろ!!とかいう奴来て、私捕まったらどうしよう。
「……ドラマじゃないんだから……。」
休もうと思っていたのに、妄想は膨らむばかりだ。
「とりあえず……男の人と歩くんだし……。政宗さん、プライドありそうだし……。」
身だしなみはきちんと大人っぽくして、歩き方や笑い方、手先まで優雅に振舞えるようにシュミレーションしよう。
「…………。」
想像の中で優雅に振舞う私の横に居る政宗さんが、うわ何この女どうしたのって顔で私を見つめているのは何故だろう。
「小十郎さんがいれば、こういうとき守ってくれそうなんだけど…」
そう呟いた途端、疑問が浮かんだ。
「……うん?明日、政宗さんと二人?小十郎さんは……?政宗さんとは違う趣向のお気に入りスポットとかありそうだなあ。案内して欲しいなあ……。」
政宗が主要なところを時間の許す限り案内してくれると言っていたが、小十郎のことを知る機会にもなるし、一緒に行けるなら嬉しいと思う。
「ちょっと、聞いてこようかな……。」
もう寝ているかもしれないという考えもあったが、寝ていたら引き返して来れば良いだろうと気軽に考え、政宗の部屋に向かった。
きしきし足音をたてながら歩く。
少し顔を上げれば、雲も無く月が大きく空に浮かんでいる。
澄んだ空気が、居待月を一層綺麗に見せている。
空を見るのはとても好きだった。死んだらぜひとも空へ上りたい。
土に還るのは肉体だけにしてくださいと、子供のころからずっと願っていた。
「……うーん。」
そういえば、こっちに来てから一度も霊をみていないということに気がつく。
沢山居そうなのにな、と思うと自然に周囲をきょろきょろと見回してしまう。
そうしているうちに、探して見つけてどうするんだ、また今回のような厄介ごとに巻き込まれたらたまらないだろう、と考え、視線を空に戻したとき、突然ふっと目の前が真っ黒になる。
すぐ傍に人が立っているのだ、と気づくのに時間を要した。
気配もなく突然。逆光で、誰なのか判らない。
「え?だ、誰…?」
「女の子だぁ。」
答えになっていない言葉が、へらへらした口調で返ってきた。
「しかも随分と可愛いねえ。竜の旦那の好みってこんな子なのかな?」
そういって顔を覗き込むように一気に距離が縮まった。
「ちょ、近い!!いやだから誰⁉曲者⁉名乗ってくれませんかねえ⁉」
「俺?俺、猿飛佐助」
「さるとび……さすけ?」
知ってる。
知ってるけど、伊達軍じゃないよね……。
敵!?
「ぎゃっ……!」
「おっと、しーっ!!安心してよ、敵襲ー!じゃないから。で?君、女中?」
女中がこんな時間に歩いているのは普通だろうか?
女中としてしまって、この先不都合がないか?と必死に考えるが、答えは出ない。
厠に行く途中だった、ということでこの場を凌ぐというアイディアしか浮かばない。
「う、うん、一応……。といいます……。」
「うん、かわいい名前だねぇ。ねえねえ、ちょっと言いにくいんだけどさ。」
「……はい?」
「俺と一晩、どう?」
どうじゃねぇ。
全く言いにくさが感じられなかったことに、困惑のような怒りのような感情が芽生え、目の前の男を睨みつける。
「……ちょっとあんた……何様のつもりよ!!」
「あっはっは、冗談だよ!いいねぇ、威勢のいい子は結構好きだよ!」
「何の用ですか!いやだから近いって‼」
佐助の胸を押すと呆気なく距離をとった。
そしてやっと佐助の姿を確認すると、迷彩の服にオレンジの髪。
猿飛佐助って忍だよね……?
目立つだろこの人……。
『目立つ忍なんて慣れっこだぜ。信玄公んとこのほどじゃねぇよ。』
一気に政宗の言葉を思い出した。
この人のことか!!
そう合点がいくが、敵地にいるはずなのに余裕の笑みを浮かべている。
どう対応すればいいのか判らない。
そしてわざわざ私の前に姿を現した意味も判らない。
「そんなに見つめないでよ~!俺様照れちゃう! ちゃん、めちゃくちゃ俺好みの顔だし。」
「さっきから全く話が進んでないのですが!!」
顎を掴まれて上を向かされる。
警戒したいが、こんな態度をされてはただの軟派男としか思えない。
「……おい、てめえ、そいつから離れろ。」
横から、ぞくっとするような低い声が耳に届く。
気配は全く感じられなかったが、佐助はわかっていたかのように笑顔を崩さなかった。
「はいはーい。竜の旦那。こんばんわ!」
「政宗さん!」
寝巻き姿だったが、剣を一刀持ち、今にも柄に手をかけそうな雰囲気だった。
目の前で斬りあいが始まってしまうかもしれない状況に、血の気が引く。
話し合いで事が済むならそうして欲しい。
「あの、政宗さん、敵襲じゃないそうです!」
「優しいねえ、ちゃん。俺の身を案じてくれてんの?」
「うるさい!あんたもう少し真面目にできないの!?暴力が嫌なだけなの!!」
「、こっちに来い。猿、さっさと文を渡せ。」
その一言で、文を届けに来たのか、と理解する。
「せっかちだねぇ……はいはい、これですよ~。出来ればすぐ返事欲しいんだよね。ってことで即行で返事書いて俺に渡して?」
「……仕方ねぇな」
政宗の部屋に佐助が入っていく。
そして、も引きずられていく。
「……。」
蝋燭の火を頼りに、政宗が武田信玄からの手紙に静かに目を通す。
佐助は相変わらず笑みを浮かべながら、ただ返事を待っていた。
は急なこの状況に正座をして縮こまっていた。
「……、爺さんと会えるぜ。」
「本当ですか!?」
「ちゃんは北条の爺さんに何の用?」
「詮索してんじゃねぇよ」
「ど、どういうことですか?」
「武田は北条と同盟結んでる。信玄公に仲介を頼んだんだよ。……まぁ、俺とお前で乗り込んでも良かったんだが……。どんな歓迎うけるか判らねぇしな。」
「竜の旦那も優しいことで。」
二ヤニヤしてそんなことを言う佐助は、わざとやっているしか思えない。
みるみる政宗の機嫌が悪くなっている。
だが文句は言う事なく、ただ一度ため息をついた後、紙と筆を取り出し、さらさらと何かを書き始めた。
終わるのを待つ間、佐助がに話しかける。
「……一介の女中さんじゃないんだね?先程は失礼」
「いえ……。大した身分じゃないです……。」
「お詫びに今度何か奢るよ。武田領においで。あぁ、いや、むしろ今連れてっちゃおうかな……。」
「俺に無断で誘ってんじゃねぇ!出来た!ほら持ってけ!」
政宗が書き終えた手紙を折りたたんで佐助に投げつけた。
予想していたようで、簡単に受け止め、懐にしまう。
「……ちぇっ……ちょっとくらいいいじゃないの……。じゃあね~」
次の瞬間、ばしゅっと音を立てて佐助さんが消えた。
「忍ってすごい……。あんなことが出来るんだ。」
が感心していると、政宗が棚から何か取り出した。
それを持っての目の前まで来て、しゃがみ込み目線を合わせる。
「これを持っていろ。」
小さい刀をの手に持たせた。
柄の部分に竜の鱗のような装飾が施されている。
「で、でも……。」
「自分の身が危ないと思ったときは躊躇いなく振れ。」
「政宗さん……。」
「てめえの時代は、戦なんてないんだろうな……。」
人を傷つけたこともないの手を、政宗が刀ごとぎゅっと握った。
「この時代は、そういう時代なんだ。」
政宗の手が離れる。
視線を刀へ移し、少し鞘から抜いてみると、鋭利な刃がキラリと光った。
元に戻し、刀を握りしめた。
「ありがとうございます。」
「何、もうすぐ戻れるだろ。それまでの辛抱だ。」
政宗の手が後頭部に添えられた。
そのまま引き寄せられ、政宗の胸に体を預けた。
励まされるような、慰められるような優しい手つきだった。
「戻れる。」
「政宗さん……。」
戻れるってことは別れると言うこと。
早く帰りたかったはずなのに、それは寂しいと感じてしまう。
複雑な気持ちになったまま、部屋に戻って眠りについた。