逆トリップ編 第7話
平日は大学が終わったら毎日道場に向かう。
道場に着けばいつも政宗と幸村の声が響く。
「ha!どうした真田!!この程度か!?」
「伊達こそ!もっと本気を出せ!」
出すな。
今日も道場が壊れていなくて安心だ。
「伊達~真田~調子はいかが~?」
「おお、、来たか」
「調子は良いぞ!!」
竹刀を合わせたまま、こちらを向く。
竹刀がミシミシいってますよ。
今にも壊れそうです。
「もう少しやってく?」
「伊達、どうする?」
「明日も来ていいんだろ?今日はここまでにするか。」
竹刀ミシミシいわせながらのほほんと会話するな。
「そうだな。」
そこでやっと腕をおろした。
が鞄からタオルを出して、二人に近づいた。
今日はお爺さんはいないようだ。
「伊達、眼帯、換え要るね……。」
「あぁ。これじゃ蒸れる……。」
「道場にいるときはいつもの使った方が良いかな?」
「今日来た時本当に人いなかったぞ。明日からそうするわ。」
そう言って政宗が眼帯をしたまま手を滑り込ませて目を擦ろうとする。
「あああ伊達!そんな雑にしない方が~!」
「だってなぁ……。」
政宗がちらりと、水を飲む幸村の方を見る。
幸村もそれに気づいて、ペットボトルから口を離す。
見られたくないようだ。
「俺は気にしないが。」
「そういう問題じゃない。」
「席を外すか?」
「気遣われるのもむかつく。」
「ならばどうしろと!?」
どうしてそういう性格なのか!?と幸村もも驚く。
「じゃあこっち向いてください~。」
少し呆れた声で、が政宗を呼ぶ。
「ん。」
政宗殿もの優しさには従うのだな……甘えてしまってまぁ微笑ましい限りだと、幸村はのんびりとそんなことを考えてまた水を飲み始める。
視線を戻すと、
「わぁぁぁぁぁ!?」
政宗が壁に両手をつく。間にを挟んで。
まるで接吻でもしているようで幸村は声を上げて二人に駆け寄ろうとしてしまったが、途中でが眼帯を外して政宗の顔を拭いているだけなんだと腕の動きを見て思い出して足を止める。
「そこまでして見せたくないか!?というか伊達!狙ってやってるだろ!?」
「ah?真田なんだって?」
「あ、まって……まだ……動かないで……。」
「ああ、判ってる……。」
「ひぃぃぃ!それ素!?素の会話でござるか!?」
心臓に悪いでござる!!
「はい、いいよ~。」
「は~すっきりしたぜ。」
拭き終われば離れて政宗は伸びをして、は政宗と幸村の荷物をまとめて帰り支度を始める。
その程度のことは意識してない様で幸村は羨ましい。
「あ、あんなこと俺なら三日思い悩んで一大決心しないと出来ぬぞ……。」
「真田、顔赤いんだけど大丈夫?水分ちゃんと摂った?」
「……その赤さではない……。」
「え?」
準備を終えて、最後に受付に向かった。
お婆様が居たのでが利用料を渡し、入館者リストに終了時間を書く2人をこっそりとのぞいてみると
“伊達小十郎”
“真田佐助”
は吹きそうになった。
帰ってきては二人の服を洗濯機に入れる。
その日のうちに洗ってしまわないと着回しが間に合わない。
今日の夕食は簡単に鍋だったが、楽しそうに食べてくれた。
「やはり名前はちゃんと考えれば良かった……。」
「次郎と迷ったんだがな。藤次郎の次郎。語呂が悪い。」
「なんかなもっと現代っぽい名前のがなーー無難で安心だったのですが!」
片付けも終えて、幸村のシャワー中に政宗に小言を言ってみる。
政宗はベッドに寝そべって小さいサイズの英和辞書を読んでいる。
「それより。」
「何?」
「ここでの生活、慣れてきたぜ。今日はコンビニで買い物出来たしよ。」
「え。」
「握り飯とか気になるものを買って公園のベンチで食ってみたんだ。なかなか心地よかったぜ。」
「幸村さんと?」
「がいねえのがまあ物足りなかったが。」
視線を辞典からに移し、政宗は意地の悪い笑みを浮かべた。
「だから、もう気張ってねぇで力抜け。お前も俺に甘えろよ。」
「な……。」
「しっかりしなきゃーって思ってたんだろ?もう大丈夫だ。」
「ま、まだまだ見せてない世界あるのによく言う……。」
そりゃ当たり前だよ……二人の為に頑張るに決まってるけど……
そっか
めちゃくちゃ安心した
「……。」
「お。」
政宗の隣にが寝そべった。
ベッドがギシリと音を立てた。
「Aから1ページずつ見てちゃZまで読み切れないよ?パラパラめくって一通り読んだら?」
「……ん~そうだなあ……。」
政宗に寄り添って、は辞典を覗き見る。
「所々色が違うのは何でだ?」
「大事だから線引いたの。」
「ふぅん……なぁ、これくれ。」
「ずっと使ってた私のお古ですよ?いいの?新しいの買って……。」
「これがいい。」
「うん、政宗さんがいいなら、いいよ。」
そんなやりとりをしながら、政宗は辞書を片手で持って、空いた手での髪を撫でたり指に絡めたりした。
当然なのだが、戦国で過ごしていた時より髪は柔らかくサラサラしていてよい香りがする。
それが政宗には悔しく、石鹸やシャンプー、コンディショナーの開発に力入れるか……と考える。
は気持ち良さそうに目を閉じる。
「……?」
「……。」
「寝たか……。」
すうすうと隣から規則正しい寝息。
「……無理はすんなよ……。」
辞書を閉じて、ベッドの隅に置いて、政宗は体ごとの方を向いて、の寝顔を見つめた。
「……俺は、俺だって、」
起きないように、囁くような声で言葉をかける。
「信じられねえよな……。大して一緒にいねえのによ。もう……が俺の隣にいねえ生活が考えられねえよ。」
幸村に先を越されてしまった言葉。
「俺と一緒に、同じ時代を生きて欲しい……。」
これは独占欲にも似た感情だ。
に、ここにあるものをすべて捨てろという非情な言葉だ。
俺は俺の時代を捨ててこの世に来いと言われたら、絶対に出来ないのに。
「……。」
一房、の髪をとって、触れるだけのキスを。
唇に当たる感触が心地よい。
「……経つ時間は一晩、か。それでも……毎度一緒にこっちに来るわけにはいかねえのが、残念だ……。」
天下を取るか、このの旅に規則性が見えるのが先か、終わるのが先か。
「……。」
の手を優しく握った。
辿り着いた先で辛いことがあったなら、忘れるまで俺に甘えてくれて構わない。
だから、頑張り続けて欲しい。
「まさむねどのぉ!?」
「あ?静かにしろよ。は寝てんだよ。」
幸村が風呂から上がってくるなり叫ぶ。
まあこの状況なら当たり前だろう。
「な、ななな何故、そこに…」
「から隣に来たんだよ。」
「ありえぬ!!」
「何でだよ!!」
政宗はがばっと起き上がり、幸村は小走りで駆け寄りながら叫ぶとすぐに同時に二人が手で口を覆った。
「ん……。」
「「……。」」
を見ると、小さく吐息を漏らすように声を出すだけで、変わらずすうすうと寝ている。
ほっと胸を撫で下ろした。
幸村もベッドに近づき、の様子を見た。
「疲れているのだろうか。」
「こいつにゃ、世話になっちまったな。俺たちみてえに権力持ってるわけじゃねえのに。」
「戻ったら、には何か礼をしよう。」
戻ったら
「お前がそうすんなら俺までしなきゃなんねえじゃねえか。」
「当然であろう。」
「ハッ……仕方ねえな。」
次は大丈夫
俺たちが居るから
守るから
「お前はが俺たちの世で暮らしたい言ったら万歳して喜ぶんだろうなあ。」
「いや、正直言えば困りもするであろう。」
「あ?」
もちろん嬉しいでござるよ!!とにっこり笑うかと思ったのに
「奥州に侵攻しにくくなってしまう。なんとか武田にを招かねば。」
「俺が攻め込むまで待ってろよ。」
「お館様の天下の為、そういうわけにもいかぬな。」
「俺が攻め込む前に」
政宗が背を正す。
幸村と正面から向き合った。
「上杉と決着をつけろ。」
「……政宗殿?」
政宗も上杉を狙っているのかと思った幸村は意図が一瞬掴めなかった。
「そうしたら次は徳川だ……俺もお前も。」
「っ!!それは……」
同盟……?
「……政宗殿は……」
「織田は……祭の件で何か動きがあるかもな。戻ってから考えたほうがいいが、出来れば明智から潰す。先に豊臣をぶん殴りてえんだが……魔王んとこほったらかしですんなり通れるとは思えねえ。」
「政宗殿!!」
「ただの独り言だ。」
動揺する。
奥州と、同盟……
「……。」
複雑な顔をして俯いてしまった。
お館様なら、今の伊達なら、受け入れてしまうだろうな……
政宗殿と、戦うことが出来なくなるのか……
「ち……俺も気が緩んでるぜ。」
未来に居るからか
隣にが居るからかは判らないけれど
幸村に漏らしてしまった。
正直武田の軍は欲しい。
欲しいが、戦をして支配下に置いて、自分が兵をまとめなおす時間が惜しい。
武田信玄なら……信用できる。
「……忘れていい。ここじゃ、俺とあんたしかいない……するのは妄想の話しかできねえ。」
「政宗殿……。」
早くを安心して迎えられる世界を作るために。
起きる気配のないをベッドに寝かせ、政宗が布団を使う。
幸村はソファベッドで、これも寝心地が良い、と思いながらも政宗の言葉が頭から離れず眠れない。
「……。」
静かに起き上がり、キッチンに向かう。
冷蔵庫からペットボトルの水をコップに注ぎ、一気に飲み干した。
ふう、と一息つくと、リビングから物音がした。
政宗かが起きたのだろうかと覗くが、動いた気配すらしない。
「……。」
もしかして、と思い、小さく呟く。
「氏政、殿……?」
幽霊なら夜の方が活発だと思っていたし、最近はが氏政と話している様子がなかった。
久しぶりに見に来たのだろうか。しかし本当に居たとして、自分には見えない。
パチ、と天井から音がした。
「も、もし氏政殿でしたら、パチパチと二回お願いいたします!」
するとすぐに、パチパチと音がした。
「おお……。」
某でも意思疎通ができるのか……と感動する。
窓が開いていないのに優しい風が吹き、今度は幸村の頭上からパチパチと音がした。
氏政が移動し、近くに来てくれたのか。
「氏政殿、お聞きしたいことがございます。」
パチ……と小さく音がした。
「え、ええと、はい、なら二回、いいえ、なら一回音をお願いいたします。分からなければ無音で構いませぬ。」
パチパチ
「某、が危機に俊敏な動きをするのを見ました。は不思議な力で守られているのでしょうか?」
何も音がしない。
「……そうでしたか。では氏政殿も心配ですな……。」
パチパチ
「守護霊のようなものはいらっしゃるのでしょうか?」
パチパチ
「……なるほど。ここからは某が感じたことでございますが……その、俊敏な動きというのがどうも、忍の動きに似ていたのです……。」
言い終えると同時に、背筋に悪寒が走る。
一気に幸村の周囲だけ温度も気圧も下がったかのようで、咄嗟に身を屈めてしまう。
「氏政殿……⁉」
幸村が声をかけると、空気が元に戻る。
小さい音で遠慮がちに、パチパチ、パチパチと音がする。
生前の姿で、すまん、すまん、と慌てる氏政の姿が思い浮かんで、幸村は微笑む。
「大丈夫です。氏政殿とは色々ありましたが敬意は真にこの胸にございます。と某を会わせて下さったお方でもありますし。」
氏政が忍の霊でもに憑かせているのかとも思ったが、今の反応では初耳といったところだろう。
「改めて、某も、政宗殿も、を守ります。ですのでご安心を。」
では、と一礼して、幸村は寝床へ戻る。
氏政もそれについて行き、穏やかな顔で眠っているを見つめる。
『……忍か……。』
風魔の話をから聞いて、もしかしたらと風魔の霊を探してみたが見つけられなかった。
のことを気にかけてくれる忍というと風魔くらいしか考えられないが、の動きが忍の様だというのはどういうことだろうか。何かが乗り移っているのか?その力は味方と思っていいのか?
『ワシも心配性すぎるのかのう……。』
しかし最近は今まで見たことが無かった霊が彷徨っているのを見かける。
異変が起こっているのはの身だけではないのだろう。
政宗と幸村に視線を向ける。
との出会いは新鮮すぎて楽しいじゃろう。
こんなところに連れてきてくれる存在なんて特別に思えてしょうがないじゃろう。
また会いたいと思ってしまうじゃろう。
ワシがお主らの立場でもきっとそう思ってしまう。
『ワシが……ワシが止めないといかんのう。』
戦国時代の者には誰にも頼れない。
誰に恨まれようとも、ワシが何とかせねばならん。