逆トリップ編 第8話
今日も政宗と幸村は道場へ行き稽古をしていた。
しかしいつもと違うことが一つ。
「「……。」」
道場の入り口の壁に、がもたれ掛かって、二人を見ている。
さっきからずっとだ。
真面目な顔で。
たまに現れることはあったのだが、差し入れをくれたり、掃除をしにきたりと来るなりの理由は見せていた。
大学は今日は無いのか?とか、お前もやるか?と話しかけても気にしないでくれと言うだけだった。
気になって集中出来ずにいた。
「真田、ちいと休むか?」
「うむ……。」
の横を通り過ぎ、外へ出る。
自販機で飲み物を買って戻り、玄関先に座って、それを飲みながら会話する。
「おい、あいつ何だ?俺たちを怪しんでるのか?」
「いまいち何を考えてるか判らぬな……。」
言葉を当てはめるなら、何かを迷っているような
何を?
に関係することだろうか?
「くそ……気分が悪い。直接聞くか……。」
「何か事情があるのかもしれぬしな。」
道場へまた向かうと、は剣道着に着替えて準備体操をしていた。
「おう!休憩はもういいのか!?」
「……何してんだ?」
「見て判んない?なぁ!どっちでもいいから俺と勝負してくれよ!」
にっこりと、いつもの人なつこい笑みを浮かべていた。
先程までの真面目な雰囲気は今は無い。
「……本気か?」
こいつは体格は良いが、俺たちと戦っても勝てないだろう。
手加減が居る。
しかしそれは相手に失礼だ。
「頼む。」
「……。」
そして再び、真面目な顔になる。
「伊達、ここは俺が。」
「いや、俺がいく。」
一歩踏みだそうとした幸村を政宗が止めた。
「ありがとな。」
が竹刀を持ち、構える。
「へえ……。」
未来の人間は隙だらけだと思っていたが、目の前の男は良い雰囲気を持っている。
どちらからともなく、竹刀を振る。
互いに防具をつけずに。
は執拗に政宗の右の死角を狙う。
彼の防戦一方になるのでは、と幸村は思っていたが、上手く政宗の攻撃をかわして、竹刀を振るうことが出来ている。
戦況を見極めることも、十分な力もあるようだが、経験の差は圧倒的に政宗が有利だ。
しかも
「……腕、どうした?」
「…………。」
は腕をかばっている。
政宗が一際強く竹刀を振る。
「っ!!」
の手を打ち、竹刀を落とした。
床に落ちる。
は叩かれた手を押さえ、政宗は全身の力を抜いた。
「ちぇ……。あんたくらいの奴とやりゃ、腕のことなんか気にしてられなくなるかなって思ったのによ。」
「そりゃ失礼なことをしたな。」
「いぃや。俺こそ最初からあんたにはかなわないって思いながらやってた。失礼はこちらこそ。」
幸村がぺたぺたと近づいてきて、心配そうな顔をした。
「左腕……どうなさった?」
「はは、いやぁ……。」
「言えよ。これも何かの縁だろ。」
政宗が腕を組んで顎で促した。
は困った顔をして右手で左上腕を押さえる。
「骨、折られたんだ。ヒビで済んだけどさ。」
「誰に……?」
「高校の時の全日本大会でさ、俺が次勝てば準決勝いけるって時に……。はは、笑えるよな……初戦で相手した奴らが腹いせにさぁ……俺が一人で居たときに、集団で囲みやがって……。」
声は悲しそうだが、瞳の光は強かった。
「弱い奴は束にならねぇと何にも出来ねぇ……大っ嫌いだね。けど何よりも嫌なのは、竹刀握ると思い出して怖じ気づいちまう自分だ……もう治ってるのによ……。」
「……。」
悔しそうに拳を握る。
「変わりたいと、思ったのか。」
「もう剣道やらなきゃいいって思ってたんだけど、あんたら見てたらな。なんか……剣道だけじゃなくて勉強もバイトでも、俺、難しいことあったら諦めがちで挑戦してねえなって思い出して。」
「なるほど。それで挑もうと。」
「完敗だけど、うん、なんか、すっきりした。楽しいよな、楽しかったはずなんだ。頑張るのって。」
何かを掴めたような感覚があるのか、自身の胸に手を当てて、確かめるような声色で話す。
「バカか。てめぇ、きっかけなんかお前のすぐそばにころころ転がってんだろ。」
「……爺ちゃんに相談したって、ガキ相手にしたって……。」
「お主のそばには、が居るであろう……。」
言いたくなかった言葉だが。
「は?ちょ……何言ってんの?話判んない。」
政宗はじれったいと思う。
しかしそれは自分にも当てはまることだ。
「お前、が好きなんだろ。」
の顔がぼっと赤くなった。
幸村並みだ。
「へ……。」
「見てりゃあ判る。の前じゃあ、にやにやしてよ……。好きならの事はお前が守れ。この世界にいるときは。」
「世界……って?」
「俺たちはずっとと一緒には居られないからな……。」
「そりゃまあ……えっと?社会人ですよね?」
顔が赤くなりながらは疑問符を頭上にいっぱい浮かべた。
「くだらねぇ理由だっていいじゃねぇか。に良いとこ見せたくて竹刀を振ったっていい。そのほうが効果的なんじゃねぇの?」
「伊達……兄さん。」
「兄さんじゃねぇ!交際は認めねぇ!!」
「伊達!兄さんぽくなってる!!」
政宗は一度深呼吸をして落ち着いて
「は今、おかしな事に巻き込まれている。」
「……が?」
「が不安になったときは、お前が支えてやれ!」
この男は純粋にが好きなのだろう。
なら、こっちにいるときはのそばに居てやって欲しい。
……悔しいが、が少しでもたくさん笑えるように。
「……そっか。」
「交際は認めねぇ!!」
「何も言ってねぇよ!!……あのさ」
が苦笑いをする。
嫌な予感がするが、それはもう当たっているだろう。
「あんたら従兄弟じゃねえだろ。」
「まあな。」
正直に政宗が答える。
「いいのか?伊達……。」
「いいだろ。なぁ?」
「あぁ。あんたらだってが好きでしょうがないんだろ?居候。」
「……。」
「好きでござる!」
「真田ぁ!?」
一瞬口をつくんだ政宗に対し、幸村は政宗を押し退けて主張した。
「俺は伊達とは違う!が好きとはっきり言える!」
「真田てめぇ……俺だってな……。」
「あぁ、いいよいいよ。これは早いもん競争じゃないだろ。」
が肩をすくめた。
「だけど、負けねぇよ?」
「ふん……良い眼してんじゃねぇか。」
政宗が満足げに笑った。
が竹刀を拾う。
「ま、の前では従兄弟って事で。嘘に騙されてやろうじゃないの。」
「はお主を騙そうとしたのではなく、俺たちを心配して……。」
「なに言ってんだよ。好きな女のこんな嘘なら喜んで聞くっつーの。」
「そうか……。」
好きな女とはっきりと
政宗は眼を伏せた
俺はどうだ?
が好きか?
好きだ。
大好きだ。
……だが、この感情は恋と言うより……
「っつかさぁ、あんたら不思議だよな。」
その言葉に反応して政宗が目線をに移す。
「不思議?」
「ん~、なんつーか、一番思ったのは伊達と相手したときだけど、不安定っていうか。」
「不安定?何が。」
は言いづらそうに口ごもる。
「目の前にいるのに、なんかすぐどっか行っちまいそうな感じ……?ってーのかな……?いや何言ってんだろ、ごめん映画の見すぎかな。」
言われて改めて、自分達はのおかげでここに存在してるんだと確認させられた。
「そういや、遅いな、は。」
「え?」
「もう講義終わってるはずだけど。」
「うおおお何て女子大生だよ私はよ……。」
は
墓場にいた。
「ここにいると霊感強くなりそうな気がするんだよ、タロウ」
『ワン!』
は体に火傷がある柴犬に話しかけた。
外から見れば完全に不審者だ。
「最近頭ぼーっとしちゃって……疲れる……体だるい……。」
今までに感じたことない体への負担があり、どうしたらいいかわからない。
は墓地を囲む塀に寄りかかってただ過ごしていた。
「霊感強くなったって言われても、いまいち……むしろ今までよりうっすらとしか見えないなあ……まあ、それはほかの事に使ってるからだろうし……。」
霊が見える上に政宗と幸村の二つの体を支えている。
もう霊感は隠さずお坊さんに弟子入りでもした方がよかったのか!?とまで考えだした。
もしかしたらコントロールできるものかもしれない。
視覚は抑えて、政宗さんと幸村さんだけに力を注ぐ……で負担を少なく、みたいな。
今は力だだ漏れの状態だろう。
……力、と表現できるものかどうかはさておき。
「見ちゃうのは逆効果かな……?でも、おらに力を分けてくれ~!ってやつだ。頼みます幽霊様!私に力を!!」
『クゥン…』
タロウが耳を伏せて尾をだらんと下げた。
無理らしい。
「……だよね。」
諦めて道場に向かおうとしたとき、背後から声が聞こえる。
『うらめしや~』
「裏飯屋?」
振り返ると着物着た女の人が漂っていた。
『違うわよ萎えるわね!!恨めしいって!』
「すいません、あまりにベタで……。」
誰だか分からないし見たこともない霊だったが、とりあえず頭を下げて謝る。
『あなたが噂の北条の知り合いね?』
「氏政爺さん?」
『そう。ちょっとあなた有名よ。』
「有名……?ああ、見える人がいるって、ですか?」
女が眼を細めて微笑む。。
『あなたに頼めば救われるって。』
「はは、冗談じゃない。」
今の状況にいっぱいいっぱいなのに、そんな力があるわけがない。
『北条は誤解とくのに必死になって毎日演説してるわよ?感謝しなね。北条が居なかったらあんたに霊が集団で襲いかかってるわ。助けてくれって。まぁ、北条のせいでややこしいことになってるらしいけど。』
「……。」
通りで最近見かけないと思ったらそんなことをしていたのか。
「爺さんには、本当に感謝してる…。」
過去でも今でも、思い返せば爺さんとの会話はとても楽しかった。
孫のように心配してくれるのも嬉しかった。
しかし、それを私に言いに来るこの女は誰だ?
「あの、あなたは誰?」
『私はねね。』
「ねねさんね。ねねさん…ねね…ねね?ね、ねね!?」
『なあに?そんなに覚えづらい名前じゃないでしょ?』
ねねって……
秀吉の妻で、慶次が恋した……
女は黙って見つめるの隣に座り込むようにした。
若干地からは浮いている。
慶次の話を聞いたときにイメージした女性とは違った。
可憐な方だと思ったら、結構姉御肌だ。
『もしかして私の事知ってる?』
「ねね、さん……豊臣秀吉の……。」
『当たり!』
にっこりとねねさんは笑った。
この人は、秀吉に殺されて……それで……無念で……?
「……あなたは、助けて欲しいの?」
『まさか。自分でも何でここにいるのか判らないのよ。』
「そうなんですか……。」
を見つめる眼はとても輝いてる。
確かに悔いなどなさそうだ。
ということは秀吉に殺されることをこの人は許容して受け入れたのか。
最後にどんな会話を交わしたのだろう。
愛する人に殺されて、そんな穏やかな顔が出来るものなのだろうか。
聞きたいのに、聞きにくくては言葉に詰まる。
心の中を見透かされるようなねねの瞳が優しくを見据える。
『私よりもあなたのが死人みたいよ。』
「え?」
『疲れた顔してるわ。』
「……う。」
ねねがに顔を近づけた。
小さくて綺麗な顔で、はとても羨ましいなと思った。
『知らないの?生きてる人間は睡眠を取るのが一番いい休み方なのよ。幽霊に力もらって回復しようだなんて、あなた馬鹿ね。』
「……もっともですね。」
先程のタロウとの会話を見られてたのか。
恥ずかしくて顔が赤くなった。
『ふふ、じゃあ特別に、』
「!?」
ねねがの頬に自らの頬をくっつける。
いまいち感覚はないが。
『元気がでるおまじないよ。体があれば良かったのに……。』
「おまじない……。」
『私が考えたのよ。ほっぺたって柔らかくていいわよね。なぁに?不満?』
「……ありがとう。」
女同士なのに変なの。
すごくドキドキしている。
体があってされたら慌てて騒いでる。
『あら?効いた?良い顔してるわ。』
「効いたよ!ねねさんは誰にしてたのこんなこと!秀吉さんに?」
『あの方は私に決して弱いところを見せなかったわ。そんなことしたわけない。』
じゃあ……
……慶次には?
……聞けない……
『ところであなたいつまでここにいるの?帰らないの?』
「え!!今何時!?」
『さあ?』
「えと……わ!!もうこんな時間!!私行く!じゃあね!ねねさん!!」
鞄を持って、手を振って墓地を出た。
ねねが笑顔で手を振り返す。
『……なぜかしらね。』
タロウがねねに擦り寄った。
その頭を撫でるように手を動かすと、喜んで尻尾を振った。
『私ね、成仏したはずよ。気が付いたらここにいたの。』
氏政は、引き寄せてしまったのかもしれん、と言った。
確かなことが言えなくてすまぬと謝ってきた。
私はあの子に引き寄せられたの?
あの子に何を望んでいるの?
『私の、後悔は……。』
それならひとつだけ、心当たりがある。
それをあの子に託したいと思っているの?
『そんなの……できないわ。困らせるだけだわ。』
霊感の強い女性だと聞いて見てみれば、それを利用して何かするわけでもない。
偏見から逃げて、でも死者の声を聞いて、彼らから命の尊さを感じて、必死に生者の為に生きようとしている子で。
でももし、叶えることができるなら
『……そう、考えてしまう、私のような人がいっぱいいるから、氏政はを守ってるのね。』