逆トリップ編 第9話



が道場に着いたときは三人が座り込んでた。
ぱっと見ガラ悪い。

!どこへ行っていたのだ!?心配した―!!」

しかしを見つけた幸村は安心した顔をして駆け寄ってきた。
可愛い……とにこにこしてしまう。

「遅いっての!!」
続いて政宗も眉根を寄せながら近づいてくる。

「ごめんね。」
「……まぁ、来るとは思ってたから別に良いが。」
「どーせ友達と喋ってたんだろ?あいつら話なげえ~よなあ~。」
も笑いながら立ち上がり、の元へ来る。

「うん、あの……、これ利用料……。」
「へーい、立て替えといたからな―俺にくれ。毎度どうも。」
きっちり渡して、また明日、の挨拶をする。
今日ははバイクだった。

「……。」
「……伊達?」
ヘルメットをするを凝視している。

「いいなぁ、あれ……。」
「……買ってやらないからな。高いんですし。」
「乗りてぇ……。」
「免許なきゃだめだし危ないのー!!」

幸村と一緒に政宗を引っ張って、家に戻った。





今日はいっぱい動いておなかがペコペコだというので、カレーを作って出してみた。
サラダと水と一緒に出すと、興味津々に目を輝かせて食べ始める。

「なんという食欲を刺激する香り……うまい。」
「小十郎の野菜で食ってみてえな。」
「あ!いいなぁそれ!食べたいね―!!」

ついつい雑談をしてしまうが、そろそろちゃんと真面目に話さないといけない。
それは全員判っていた。

「あの、何か良い案、浮かんだ?」

幸村がくわえていたスプーンを皿の上に置いて、難しい顔をして腕を組む。
「祭りがあった次の日に行き着くのだろう?たどり着きたくないのは中国だな。」
「中国……毛利?」
「あ~、そういや耳にしたな。」
「何?戦?」
どこで起きていてもおかしくないが、それほど嫌がるなら大きな戦があるのではないかとは身を乗り出す。

「ザビー教絡みって言や分かるか?」
「……ザビー?」
「竹中半兵衛がうちに来ただろ。」
ぴんときそうでこない。
には情報が足りなかった。

きょとんとするに政宗は仕方ねえなと呟いた。
「ありゃ俺がザビー教とやらの情報を得るために招いた客を、豊臣が間違って殺しちまったんだ。」
「うん……。」

殺しの話は慣れないが、それが戦国の現実なんだと言い聞かせる。

「俺らも表面上は怒ったけどな、正直喜んだぜ。豊臣に遠慮なく文句が言える。俺は向こうの文化に興味があるからな。純粋に物に興味があったで通せる。あっちに非があるんだから文句は言わせねえ。」
「え、そうであったのか。政宗殿はザビー教のほうに興味があったのかと……。」
「お前……。」
まさかそんな風に思われるわけねえだろちょっと考えりゃ分かるだろ俺があの宗教に興味があるわけねえと思っていたら、素直に信じていた人間がすぐそばにいて驚く。

「けど、一番怒るのはその……ザビー教?の方々だよね…?」

政宗がにやりと笑った。

「あぁそうさ。奴らははちきれんばかりに真っ赤に膨れ上がったそうでね。すぐに大阪城に向けて進軍したそうだ、が」
「船で瀬戸内を渡ってしまったのだ……。」

幸村が呆れたような顔をしてため息をつき、政宗が心底おかしそうに笑う。

「四国の鬼がいりゃあ、あいつらは即刻肉塊になってたな……。頭に血が上った神父様は行く手を阻んだ毛利に攻撃したらしいぜ!奴らに海上で戦いを申しこんで……今は毛利の水軍に総攻撃食らってるだろうよ。」
「……政宗さん。」

初めて見た、残酷な笑いだった。

「できることなら甲斐が良い。政宗殿とのことは、責任を持って送り届ける。」
「……幸村さんに賛成。幸村さん一人が奥州に来たら、なんか不安……。」
「そうか?まぁ、そうかもなぁ……。じゃあ信玄公を思い浮かべればいいわけだ。前田慶次のことは落ち着いてからだ。OK?」
「はい。」
「うむ。」

会話が終わって、それが戦国時代の現実だとは思おうとするが、それが正解なのかは分からなかった。









洗い物を終えて、寝る準備をする。
今日は政宗がベッド、幸村が布団、がソファベッドだ。

「明日は2限からだからゆっくり大学行こうかなぁ~~~寝る。私すごく寝る。」
とても眠そうでございますな……!すごく寝てくだされ!」
「うん……。」
顔を手で隠しながら、大きなあくびをする。
でも今日は体調が本当に良くない。
眠いのに、色々考えて寝付けない状態になるかもしれない。

「電気を消しますぞ~。」
幸村がスイッチを押してくれて部屋が暗くなる。

「おやすみ。」
政宗の声と、布団に潜り込む音がする。

「おやすみい……。」
もなんとか寝てやるぞと意気込んで毛布にくるまった。


しばらくすると、幸村の寝息が聞こえる。
「……。」
は幸村が寝ている方向に視線を向ける。すぐ寝れたのか、いいなあと思いながら、ベッドの方にも視線を向けた。
「…………。」
政宗は寝たのだろうか。こちらは全く動かず、様子がわからない。

幸村の寝顔を思い出す。
ふわふわ優しくてかわいい寝顔だ。
安眠効果があるかもしれない。

のそりと起き上がり、こそこそ見るのを許してくださいと心の中で思いながら、幸村の寝顔を覗き見る。
ああ、やはりすやすやと深い眠りに入っている。
強い人だと分かっていても、守りたいなと思わせてくれるようなあどけない顔だ。

「……なにしてんだ。」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
いつの間にか政宗がこちらを見ていて、は心臓が跳ね上がった。

カーテンの隙間から入るわずかな月明かりで政宗の顔が見える。

それほど悪いことをしたとは思わないが、政宗に見られたということが無性に居心地を悪くする。
いやでも、本当のことを言っていいのではないか、と、政宗に小声で話しかけようとベッドに近づく。

「政宗さん起きてたの……。すいません変なの見せて……あの……。」
「……。」
そこまで言って気付く。
政宗が怒っている。

「……寝付けなくて、幸村さん、ぐっすりだから、いいなって……。」
気付かないふりをして、そのまま話しかけ続ける。
「幸村さんの寝顔見たら私も眠れたりしないかな~とか、思って……。ご、ごめんなさい。そっか、あの、武将の枕元に近づくの、だめだったかな?」
政宗が怒る理由を探してみるが、そのくらいしか思いつかない。

「……。」
政宗が起き上がって、に手を伸ばす。
「!」
簡単にベッドに引きずり込まれてしまい、政宗に組み敷かれる。
頭から掛布団をかぶせ、声の漏れを防ぐ。

「え、政宗さん、どうし……」
「眠れねえなら体力底つくまで犯してやろうか。」
「え……?なんでそんなこというの……?どうして……。」
政宗の表情は見えないが、そんなこと本当にするはずがないと信じたいは幸村を起こさないように小声で話しかけ続ける。

「なんで怒ってるか、教えて、政宗さん……。」
「……。」
「政宗さん……?」
の顔の横についた政宗の手に、が触れる。

「……、何か俺に言いたいことがあるんじゃねぇか?」
「言いたいこと……。」
「南方の戦の話をしてから、お前の空気が変わった。俺が、怖かったか。」
「……。」
「……わざと言った。あれが俺だ。俺の進む道の邪魔になりそうなやつらの死を望んで笑う。」

政宗がそんなことを自分に言うとは思わなかった。

まただ。
また、私は政宗さんは昔の人で、そういう環境で育った人だから仕方ないと、遠くから見ようとしていた。
何も声を掛けられない。

「もし、お前が……。」
何も言い出せないに、政宗が話を続ける。

「小田原で、何もできずに俺たちに捕まっていたら……。」
「い、たら……?」

政宗が沈黙する。
も先を聞くことに躊躇いがあって先を促せない。

「……手がかり無しで帰るわけにはいかなかった。俺はきっと、お前を拷問してでも何かを吐かせようとした。」
「……っ!」

そこまで言うと、政宗はなにか吹っ切れたようにクク、と笑った。
夜目がきいてきて、うっすらと政宗の表情が見える。
歪な表情で笑っていた。
政宗の手が、の顔に触れる。

「……まあ俺は、最初からお前の顔は好きだ。顔は殴らせねぇよ。吊るして水でもぶっかけて……四肢くらいだったら、斬りつけてたかもしれねえな……。お前は本当に肌が柔らかい……そうなってたら俺は……それを楽しんでただろうなあ……。」

はそんなことをする政宗が想像できなかった。
同時に、そんなことをされる自分も。

「……っ!」
なのに、吐き気がした。
口で手を覆うと、わずかに指先が震えていた。

そんな自分に驚いた。
もしもの話に、これほどショックを受けるなんて。

「……だが、俺は思う。」

何を?とは聞き返せなかった。

「お前は俺を信じさせる。そんな状況だったとしても、お前は必死になって俺を説得するんだ。」

それは

私を高評価しすぎだよ……

「……無理……だよ」
「それで今みたいな状況になるんだ。一緒に笑えるようになるんだ。」
「……痛いのは怖いよ……泣き叫んで……やめてって言うしかきっと私……。」
「一緒に城下へ行ったり、一緒に夕食を作ったり、鷹狩りに出かけたりするんだ。」
「政宗さん!!」

耐えられなかったのは

政宗さんが理想を私にぶつけてくるから

「何でそんなこと言うの……?」

声が震えたが、構わず続けた。

「政宗さんは、私に何を望んでるの……?」

どんな反応をすれば、どんな返事をすれば政宗の機嫌を損なわずに済むのかと一瞬考えようとしてしまったのはやめた。
そんな関係はとうに過ぎたはずだ。

「……俺は」
「殺されそうになっても、自分を見失わないでいられるかなんて、自信ないよっ……!!私は政宗さんが思ってるような人間じゃないし、そんな人にはなれないっ……!!」
「……お前に、愛されたいだけだ。」

政宗がを抱きしめる。
その手は優しく、抵抗すればすぐに逃げることが出来そうだった。

「俺はな、。」
政宗の呟く息が耳にかかる。

「お前が未来の女だろうが、敵国の姫だろうが、忍だろうが、神だろうが、そんなことはどうでもいい。」

政宗の肩口に顔をうずめながら、は首を動かすが、政宗の表情は見えるはずがなかった。

「俺は、それだけなんだ。」

抵抗しない様子に、今度はもっと強く抱きしめる。

「……お前に愛されたい。なぁ、これが俺の気持ちのすべてだ。おかしいか?おかしいよな?普通なら愛してると囁くんだろう?愛してるから愛してくれと言うんだろう?おかしくて笑えるよな。」
「……政宗さん……。」

なんて

なんて幼稚な感情

愛されたいだけ?

自分から愛する事なく?

なんて調子のいい


……それは、過去のトラウマ、なんだろうか


いつか見放されるかもしれないと思ってしまうのだろうか。


母の様に、と


「なあ、大丈夫だって、言ってくれねえか……。俺とお前は今こうして出会ってこうして一緒に居る。もしもの話なんて嘘でいい。俺は敵じゃねえ。敵になるかもしれなかった、というだけだ。そうだと言えよ。俺にどんな事されても屈しなかったと。最善を尽くして乗り越えたと。それで、今のようになって……。」
「……。」

言葉を発せず、ただ政宗の背に手を回す。
上下に擦って、ぽんぽん、と優しく叩いた。

「……言うつもりはなかった。こんなこと。悪いな。こんな自分勝手なこと言って。」
「……大丈夫……。」
「……俺、よく、判らねぇんだ……恋だとか……。人の気持ちなんて不安定なものだ。でも、お前には……」

続きは

「……お前、には……」

発するのが躊躇われて

「悪い……。」

そう言って、の上から政宗が離れる。
被っていた掛布団をばさりと退けて、に戻っていいと顎で促す。

「……政宗さん。」
「なんだ?」
はすぐには離れず、政宗の裾を握った。

「私、謝らなきゃ。」
「何を……。」
「私、ちゃんと受け止めてなかった。政宗さんがひどいこと言っても、武将だからって言葉で片付けようとしてた。」
「それは……。」

仕方のねえことかもしれない、と言う政宗に首を振る。

「あんなに後悔したのに。政宗さんのこと知らなくて、勉強しなかったせいだと考えて、政宗さんに聞かなかったこと。」
「……。」
「だからちゃんと向き合う。政宗さんと。」
「……。」
「私に思っていたこと、言ってくれてありがとう。」

がベッドから下りる。
ソファベッドに横になろうとしたところで再び起き上がり、政宗にもう一度寄る。

「どうした。」
「私が幸村さん見てたら怒ってたのなんで?戦国時代ルールでなにかある?」
「そりゃ……。」
これはまずいことになったのだろうか。
俺の行動をいちいち説明させるな、と思って頭をかく。

「幸村のことが、す、好きで、見てたのかと思ったからじゃねえか……。」
「え。嫉妬……⁉」
「うるせえ。」
「へへ、そっか。」
「うるせえさっさと寝ろ!」
「しー!!」
普通に怒鳴った政宗に、は自分の人差し指を自分の口元に当てる。
幸村はごろんと寝返りをうつが、起きる様子はなかった。

「改めておやすみなさい、政宗さん。」
「……おやすみ。」

今度こそ布団に潜る。
とてもじゃないが心が温まるような話ではなかったのに、政宗が心の内を吐露してくれたのは嬉しい。
そしてそんなことを聞いたせいで脳が疲れた。
政宗さんのせいで眠れそうだと、は笑顔を浮かべながら目を閉じた。