逆トリップ編 第10話
幸村が目覚める。
起き上がって、良く寝たと背伸びをして、カーテンを開けた。
青空が広がり、穏やかな風が吹いている。
「また、天気予報が当たっている……。俺がここにいる日々は毎日当たっている……すごい……。」
寝ぼけながらうわごとの様にぼそぼそ独り言を言う。
「眩しっ……。」
「政宗殿、お早うございます。」
「ああ……。はよ……。何時だ……?」
「しち……七時、でございますな。短い針が、七を指している。」
政宗もゆっくり起き上がる。
を見ると、まだぐっすり眠っている。
「幸村、お前は、朝っぱらから甘いもんいけるか?」
「む?問題ない。むしろ喜んで!」
「わかった。」
政宗が立ち上がって洗面所に向かう。
幸村は音を立てないように朝のストレッチを行う。
政宗と入れ違いで幸村が顔を洗い、戻ってくれば着替えを終えた政宗がキッチンに立っていた。
「政宗殿が朝食を?」
「材料があった。Pancakeってやつを作る。」
「ぱんけえき。」
「そこの書物にあった。ところで生クリームってやつは買わなかったのか。」
政宗は棚に無造作に置いてあるファッション雑誌の方を指差した。
「うむ。食べたくなったら出来合いのものを買った方が良いのではとが申して。」
「まあ朝からあの甘ったるいのはやりすぎか。Butterだけで美味いのか分からねえが。幸村、卵を混ぜろ。」
政宗は粉をふるいにかけはじめる。
「う、うむ!指示を頼む!」
はキッチンから漂う香ばしいバターの香りに反応して目を開ける。
「え……何時……?」
政宗と幸村の姿が見えず、はとりあえず着替えを済ませてからキッチンへ向かった。
「政宗さん、幸村さん……おはよ……?」
「おはよう。」
「おはようございまする~~政宗殿~~俺に盛り付け係はやはり重責すぎますぞ~~~!!」
「わかったわかったそれは俺が食うからいい。」
「いや俺が食う故のは政宗殿が頼む~~~~!!!」
「朝ごはん作ってくれてるの……?」
「……勝手に食材使ってるが。」
「うううううううん嬉しい!顔洗ってくる!!」
は小走りで洗面台に向かった。
「喜んでおったな。」
「この時代の女はこういうのが好きなんだと書いてあったが本当だったのか。」
「ほう。政宗殿もを気遣っておられるのだな。」
「……まあな。」
昨夜の謝罪とは言えない。
洗顔を終えたがキッチンへ顔を出す。
「ええ~パンケーキ……おいしそうに焼けてる~!凄い!朝からおしゃれ~!」
きゃっきゃと喜ぶを見て、政宗はそんなにか……⁉と驚く。
「は座っていてくだされ。」
「待って待って、じゃあ私コーヒー淹れちゃう!」
「こーひー?」
「苦みのある飲み物だけど、こういうのと合うんだ。もちろん口に合わなかったら緑茶にするから。」
「では、頼む。」
パンケーキとコーヒーを並べて三人でいただきますをする。
黒い飲み物を政宗と幸村が恐る恐る一口含む。
「に、苦い……!砂糖を頂いても?」
「どうぞ!幸村さんには牛乳も入れようか。」
「……うむ、まろやかになった。これなら飲める。」
「初めて飲む。変わった香りだな。俺は嫌いじゃない。」
「よかった!じゃあ私も……。」
はパンケーキをぱくりと食べる。
政宗がどうだろうかと不安になる隙もなく、はさらに笑顔になった。
「美味しい!フワフワしてる!え、うちの材料だけで作ったんだよね?」
「この書物の通りにしたつもりだ。」
政宗が雑誌を手に取ってぱらぱら捲る。
該当のページを広げると、女性モデルがおうちカフェという特集で数種類のお菓子を見栄え良くつくる特集だった。
「むう、あんなに卵の白身をかき混ぜなくてもよろしかったのか。夢中になってしまった。」
「メレンゲしっかり作ったの?そのおかげだよ~!」
「そうなのか?」
「うん!政宗さんも幸村さんも、本当にありがとう~!!」
今日はゆっくりだから、と、は食器と調理器具の洗い物をした。
政宗と幸村はその間に道場へ向かう支度を整える。
途中でもリビングで化粧を始めた。
そして一緒に家を出る。
「じゃ~お稽古がんばってね!」
「。」
「ん?」
政宗がを呼ぶ。
続きは少し言い辛そうに視線を外すので、昨夜の事だろうか、とも思うが幸村の前でそのことについて何かを言うとは思えなかった。
「……昨日、カレーと一緒に出てきたサラダ……。」
「あ、うん。」
「もう少し、食いてえんだが、今夜も作ってもらっていいか?なかなか独特な味だったからありゃ難しいのか?」
「え!!いいよ!大丈夫むしろ簡単だよ!オリーブオイルとか粉チーズとか塩コショウとかで作ったやつだから政宗さんでもすぐ作れるよ。」
「おお!俺もあれは良いと思ってまして!ぜひお願いしたい!」
「そう言ってくれるの嬉しいよ~!今夜作るね!」
「……ん。」
政宗を見上げて笑顔を向けると、政宗は手を伸ばしての髪を数回撫でる。
「「!?」」
も幸村もその行動に驚いて目を見開いてしまい、それに気づいた政宗が咄嗟に手を離した。
「……じゃあな!!も勉強頑張ってこいよ!」
「あ、え、ええと、また後で合流しましょう!」
「は、はい!じゃあまた……。」
互いに手を振って別れる。
「……政宗殿。」
「なんだ。」
「今朝の、ぱんけえきはに美味しいものというよりは、あの書物の女性のようなの笑顔が見たかったのか?」
突然の幸村の問いに吹き出してしまう。
「お前には妄想豊かな趣味があったのか!?」
「いえ、俺も恩恵にあずかってしまった故。可愛らしかったな……。」
「簡単そうだったからだ!」
「そうなのか……?でも最近のは疲れている様子だったので、あのように明るいお顔を見れて本当によかった。料理ができるというのは羨ましいでございますな。」
「……。」
俺はお前のそういう話濁さず意地悪くもなく言えるのが羨ましいわだからお前の寝顔覗きに行ったんだろうな!!と政宗は心の中で叫ぶ。
「……可愛くてつい頭を撫でてしまわれたのですか?」
「そ、そういうんじゃねえ。」
「ならどういう。」
「うるせえ……。」
講義が終わり、はに話しかけようとしたが、は終わるなり教授に質問をしに行ってしまった。
「あー……。」
「、最近ほんと熱心だよね。」
「あ、ああ。」
その様子を見ていた共通の友人が声をかける。
「救急救命に興味があるっぽいんだけど……、でも他にも、手あたり次第って感じで履修してないものまで聞きに行ったりしてるんだって。」
「そうなのか……?大変じゃねえか……。」
「意識高っ!って最初笑ってたんだけど、もしかして身内で大変な人がいるのかもなって最近思ってきた。」
「そういう話きいたことねえな……。」
「私も直接は聞けてない。だけどデートに誘うのは今はほどほどにしてあげて。」
「で……デートって……。」
「え?違うの?」
急に恥ずかしくなって、口元を手で覆ってしまった。
俺ってそんなに分かりやすかったのか……。
でも伊達と真田に聞かされた話と何か関係があるのかもしれないと、教授と一緒に教室を出て行ってしまったを探す。
昼休みなのだから、ラウンジか中庭だろうか。
「あ。」
窓から中庭を覗き込むと、ベンチに荷物を下ろすの姿を見つけた。
近づくと、熱心に荷物を広げてiPadで調べ物をしていた。
と思ったのだが、もう少しで触れられるという距離に来ると、広げていたのはコスメポーチの中身だった。
「……?」
のiPadの画面が見えてしまう。
『初心者レイヤー必見!手持ちコスメで出来る男装メイク』
というタイトルだった。
「……?」
「おおおおおおおおああああああああ!!!???」
話しかけられ、は声を荒げる。
「あっ、ああ!?何々気付かなかったどうしたの!?」
「話がある。」
「え、そうなの、あの、その前に何か見た?」
「そのまま聞いてくれ。男装もきっと似合うと思うけど、おれはのブラックロリータが見たい……。」
「がっつり見られてる!!!!!!」
は赤面しながら化粧品を片付け始める。
まとめて自分の膝の上に移したタイミングで隣に座る。
「いや、あの、ちょっと事情がありまして……。」
「聞かない方がいい?」
「うん……ごめん。」
「大丈夫大丈夫。はいこれあげる。」
「え?」
はビタミンドリンクをに渡す。
「いいの?ありがとう……。」
「忙しそうにしてるから。二人の世話もしながらな。」
「あはは!まあ二人も気を遣ってくれてるからうまくやってるよ。」
「そっか。じゃあいなくなったら寂しくなるな。」
どきっとする。
戦国に行く心配しかしていなかった。二人をきちんと帰すことばかり考えていた。
でも、次の旅が終わり二人のいない部屋に戻ったことを想像したら本当に寂しい。
「遠いのか?」
「遠いよ。仙台と山梨……長野かな?」
「そうでもないじゃん。新幹線使えばすぐだ。」
「……うん。」
そう言って口ごもるに、は不安そうな顔をした。
「あのさ、何か、悩んでる?勉強頑張ってるのと急に従兄弟さんが来たのって関係あんの?」
「え?」
「身内になんかあったとか……。」
「ああ、いや、そういうんじゃないの。二人が来たのは偶然なの。勉強は……不安で……。」
「不安?」
「近くにいる人が、怪我したら、倒れたら、適切に処置できるかなって、臨床もまだで……。」
「出来なくて普通だろ。今はまだ応急処置と救急車を呼ぶのが正解。」
「う、うん。」
「何焦ってんだよ、国試だってまだ先……。」
そう言いながらを見ると、俯いて、渡したドリンクをぎゅっと握っていた。
「っ……!!」
そういうことではないのか、と察する。
の話を聞こうと来たのに、自分の意見を押し付けようとしてしまったか。
「あのさ、その……。」
伊達と真田を思い出す。
そうだ聞いてて恥ずかしくなるような真っすぐな言葉でいいんだ。
変に先読みしたり常識の話とかはしないで。
「その、不安なの、俺が何か力になれないかな……。」
がの方を向く。
「なってる。もうなってくれてる。」
「え……。」
「伊達と真田の服買いに行くのに最高のタイミングで声かけてくれて、道場も貸してくれて。」
「そのぐらいのこと……。」
「ううん。それに手間取ってたら、私もっと焦ってた。ありがとう。」
「いや、ちょ、ちょっと待って……。」
真剣に見つめてくると目を合わせ続けられず目を逸らしてしまう。
あれ、もしかして本当に従兄弟だった?と思ってしまうほど三人の空気が似ている。
「伊達と、真田と仲良いんだな……。あの二人すげえ眼光鋭い時ない?俺はたまに気圧される時あるんだよ。」
「はは!私もあるよ!」
「あ、そうなの?安心した俺だけじゃなくて。」
「そうだよね~。皆イケメンだ~かっこい~って言うけど!」
「には優しいのかと思った。」
「怖い時もあるけど、それ以上に、たくさん守ってもらったから、私が守れるときは頑張りたい。」
「えっ、そんな関係なんだ……。」
がハッとして自分の口に手を当てる。
「今、私寒いことを言った……⁉」
「そんなことないよ。羨ましい。」
が安心したように微笑む。
「そう言ってくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
「一つ、全然違う話していい?」
「どうぞ?あ、でもご飯食いながらでいい?」
結構時間が経ってしまったのに昼食を食べてないことに気づく。
二人は買っていたパンを袋から出して食べ始めた。
「異世界に行っちゃうストーリーってあるじゃん。」
「SF?」
「というよりは、うーん、冒険ものとか、恋愛ものとか。」
「ああ。小説でも漫画でもゲームでもあるなあ。」
「あれどっちの展開が好き?最後、異世界で生きるのと、現実世界に戻ってくるの。」
「ん?」
本当に全然違う話だな……と思いながらも真面目に考える。
「今の自分に置き換えたら、俺は戻ってくるなあ。そんなに作品知ってるわけじゃないけど、異世界行ってちやほやされてたらそれ珍しいからじゃね?勘違いしてね?って思うし、苦労の連続だったら親しみ湧くけどそこまでして居る価値あるかー?って考えちゃて。」
「お、そんな感じなんだ。」
「まあでも、もし残りたいって強く思って実際に残る人がいたら、それ凄いなと思う。今までのもの捨ててだろ?後悔しないのかなあって気になりはする。」
「後悔……。」
「後悔してもそこに居るしかないんだろうけど。」
パンを噛みながらを見る。
なんでこんな話をしたのか本当に分からないが、顔は真剣だった。
「はどっち好きなの?」
「え、いや、むしろ、私はどっち好きかなあ~って思って参考に……。異世界で必要とされたら残っちゃうかなあとか思ったんだけど、そうだよね……自分でちゃんと残りたいって思わないと後悔するよ、きっと。」
「……?」
「次も教室一緒だよね?食べ終わったら一緒に行こ。」
「あ、ああ。」
ビタミンドリンクも開封して、が一気に飲み干す。
ありがとう!元気になった!!というにはチョロい!!と笑った。
「帰りも大体一緒だろ。道場まで送るよ。バイクだけど。」
「ヘルメットあるの?」
「……昨日から誘おうと思ってたので持ってきてまーす。」
「助かりまーす!」
バイクの爽快感でも気分転換できるかな、という気持ちと、伊達と真田にちょっと嫉妬されたい気持ちで誘う。
しかし道場についた途端に飛び出してきた伊達に俺も乗せろ!!!!と追い掛け回されるとは想像出来なかった。