逆トリップ編 第11話



家に戻り、早めの夕食を終えると、幸村がを呼ぶ。

「どうしたの~幸村さん……⁉」

キッチンで食後のコーヒーを淹れようとしたがリビングに戻ると、幸村は正座をして姿勢を正していた。
政宗はベッドで横になっていたが起き上がり、真面目な顔をして幸村を見ていた。
内心はおいおいおい俺に何か予告しとけ何急にやってんだよ何言う気だよつっこみ役も楽じゃねえんだぞと思っていた。

「某、殿にお願いがございまする。」
「え、何?でも正座なんてやめてよ。大丈夫だよ。頼ってくれるの嬉しいよ?」
「うっ……お優しい……!いえ、でもこのまま聞いて下され。某の我儘でございます……!」

我儘ってなんだよ俺の前で堂々と何かにさせる気じゃねえだろうな添い寝とかじゃねえだろうなそんなもんなくてもアンタ毎晩ぐっすりだろうが、と政宗は無言の訴えをしていた。

「某、某っ……‼」
「うん?」
もつられて幸村の前で正座をする。

「ぷりん、というものが食べてみたいのです……‼」
幸村が勢いよく頭を下げる。
「いいよ~。」
あっけなく許可が出て、幸村が勢いよく頭を上げた。
「誠でございますか!!」
目を輝かせて、幸村がの手を握る。

なんだよ食い物の話かよ、と政宗はベッドに横になり、読み途中の漫画を手にした。

「うん。どんなプリンがいいかな。色々あるんだけど。」
「そうなのか?俺が書物で見たのは黄色く……。」
「あ、うーんとねえ、幸村さんの好みになっちゃうんだけど、硬めか、柔らかいのか、ぷるぷるしてるのとか……。」
「そのように奥が深いものでしたか……!」

分からないものを選ばせるのは難しい。
は時計を見る。

「まだデパートもやってるし、お店に選びに行こうか。」
「よろしいのですか!ぜひ!」
「政宗さんも行く?」
「俺は今この漫画がいいところだ。」
「なるほどね。」

幸村と簡単に支度を済ませ、もう一度政宗に声をかける。

「政宗さんも何か欲しいものあるー?」
「イカの塩辛。」
「いや本当になんだよその現代への馴染み方は。」


ドアが閉まり、カチャカチャ、と鍵を閉める音がする。

「ん?」
政宗はふと気づく。
と幸村がいないということは
「風呂に入り放題か……!?」

そそくさと立ち上がって風呂場に行き、湯張りをする。
そして、がこれ使っていいよと言っていた入浴剤の入ったかごを漁る。

「これだ……。Dead sea salt……名前がかっこいいじゃねえか……!ゆっくり使わせてもらうぜ……!」

タオルと着替えを用意して、風呂場の前で思案する。

「換気扇を回せば、風呂入りながら漫画読めるか……?」

政宗は満喫していた。





幸村とは並んで歩道を歩く。
「うまく決まらなかったら、三つ買ってみんなで分け合おう。」
「ありがたい。では改めてお願いいたします!」
「敬語じゃなくていいよ~従兄弟設定なんだし。」
「あ、そうであった……。」
「あと、あの、もう少し近く歩いてもいいかな……?」

幸村との間には人一人分程の距離があった。

「ち、近くを……?」
「あの、すれ違う人のお邪魔になっちゃうので……。」
「あ、そう、そうだな……。」
久しぶりの二人きりに幸村が緊張してしまう。
道行く男女が手を繋いだり腕を組んだり、親しげに話しているのを見ると、自分たちもそのように見えてしまうのではと人の目も気になる。

「慣れないかな……?馬に乗せてもらった時のことを思い出して~。」
がそっと幸村との距離を近づける。
「……すまぬ……戦わずとも良い世の中で気を緩めて歩くのにはなかなか慣れませぬな……。」
「ううん。危険なことはあるよ。車とか気を付けてって言ったでしょ。じゃあ真田は私の事守ってください。」
「‼そういうことでしたら……。」
との距離を詰め、幸村が半歩先を歩く。
「ありがとう。」
「こちらこそ。は口が上手くて助かる。俺が守るのでご安心を。」
「はい!」

デパートに着いてプリンが置いてありそうな店の周りを往復すると、幸村はの予想とは違いすんなり欲しいものを選んだ。
「これとこれとこれを希望……なのですが……お金は大丈夫でしょうか……。」
「いや全然大丈夫だよ。」
おねだりする時はどうしても敬語が出てしまうらしい。

小さな瓶に入ったバニラビーンズたっぷりのもの、クリームが乗ったものと淡い色が可愛らしいカスタードプリンだ。
幸村さんは意外と映えるものが好きなのか……?と思いながら会計をする。

「直感で選んだの?」
「いえ!とても可愛らしいプリンだったので!」
「見た目ね~確かに可愛い。」
が食べているところを見たら幸せな気持ちになれるのではと!」
「ん?」
「あ、金額が表示されましたぞ。」

なんだか幸村がすごいことを言った気がするが、本人はレジに興味が移っている。
誉め言葉としてありがたく受け取ろう、と思った。
店員から、あら、という言葉と接客というにはにこやかすぎる笑顔を受けながら。

デパートを出る頃には、道行く人はまばらになっていた。
は店や街灯の多い道を意識して進もうと幸村を誘導する。

「イカの塩辛も一応買ったけどさ……言ってみたかっただけとか言わないよね……。」
「伊達のいた土地のものを購入したのだろう?なら絶対食べる。」
「だよね。興味あるよね!」

安心したところで会話が途切れる。
幸村は静かに空を見上げた。

「……未来の夜はこんなにも明るいのだな……。」
呟く幸村をが見つめる。

「……ねえ、ちょっと寄り道していい?」
がいいのでしたら。」
「そこの階段を上るんだけど。」

が指差した場所に向かって歩く。
小高い公園に通じる階段を上れば、ちょっとした夜景を楽しめる。
それを見せたくて、どこへ向かっているのだ?という幸村の問いに、なかなか良いところだよ、と返していた。
ベンチに座って、少しお話しよう、と思いながら到着するとは硬直した。

「あ……。」

数組のカップルがベンチで寄り添いながら夜景を見ていたり、抱き合ってたり、キスをしている。

「な、なんとこのようなところで破廉恥な……!」
幸村が視線を落とす。
は慌てた。

「ち、違うの幸村さん!!」
うっかり下の名前で呼んでしまう。

「違うとは……?」
「私、幸村さんとああいうことがしたくてここに誘ったんじゃなくて……‼」
「……え、え⁉いやそのようなこと一切考えておりませんぞ⁉」
が顔を真っ赤にし、幸村もの言葉に驚きながら顔を赤くする。

一切考えていなかったが、もしもが自分にあのような行為を求めてきたらと考えてしまいそうになり必死に耐える。

「少し、高いところにあるから、明るい夜を、見てもらえるかなって……。」
混乱と恥ずかしさでが頬に手を乗せる。
「問題ない!がそのようなことをされる方ではないと分かっている!」
「ほんと……?」
「本当だ‼」

ならば、とは空いているベンチを探す。
丁度一番街灯に近いものが空いていた。
たしかにくっつくには明るすぎて、そういう趣味でもなければ座らないだろう。
位置的にもカップルに背を向けられる。

幸村の右手をが両手でそっと握ると、幸村がびくりと跳ねる。

「な、なんでしょう……。」
「椅子があいてる場所に案内するので、幸村さんあの、破廉恥なものを見たくなかったら目を閉じてて……。」
「いや、そんな……。」
「ごめんね……私ここがそんな場所だと知らなくて……。」

は悪くないので謝ることない……!た、他人のことなど某、気にしない故、さあ、行きましょう!」

某と言ってしまっていて幸村も慌てているのは伝わってくるが、世話を焼きすぎるのもよくないかと、目を閉じてもらう案は心の中でボツにする。
小走りでさっさと通り過ぎようと考えたとき、幸村がの手を握り返した。

「目は閉じぬが、こ、これはこのままでもよいでしょうか……。」
「は、はい!」

手を繋いで小走りでベンチに向かう。
着くとすぐに座り込み、二人同時に安堵のため息をついた。

「あああ明るいでございますな!本当に……。」
「でしょ!あっちにさっき行ったデパートが見えるよ……!」
「看板も光ってらっしゃる……!の家や大学は……見えぬか……‼」
「あ、う、うん、逆……‼」
会話がぎこちなさすぎる。

繋がれたままの手を見て、は深呼吸をする。
もう少し真面目な話がしたいのだ。

「あの、幸村さ……真田は……。」
「今は名前の方でも、誰も聞いていないのではないか?」
「あ、そうだね……。幸村さん、あの、今更なんだけど……。」
「む?」
「信玄様のところの事情は知らないから……お祭に一緒に来てくれたり、あれは大丈夫だったの……?無理してなかった?」
「あの時は……。」

幸村がに視線を向ける。
心配そうな顔をしたに、大丈夫と言って安心させようかと口を開いたがそれはすぐに閉じた。

「……正直に話そう。俺と佐助の代わりは今の武田にいない。慶次の話を聞いて、その場しのぎの策を立てた。祭が終わればすぐに戻るという約束であった。」
「‼すみま」
。」
が謝ろうとするのを遮って幸村が名前を呼ぶ。

「少し、俺の話をしても?」
幸村は穏やかな笑顔をに向け、繋ぐ手に力を込めた。
はこくりと頷く。

「俺はずっと、お館様の為に槍を振るってまいりました。」

なんとなく、見ていれば分かることではあったが、ここで改めて聞けることに特別感を感じる。
場所のおかげでもあるのだろうか。
破廉恥なものを見せて申し訳ない気持ちよりも、連れてきて良かったという気持ちの方が上回って、は顔だけでなく体も幸村の方へ少し向けて、続きを待つ。

「そのために、鍛錬する日々でございました。そこに迷いなどないのですが、俺には、天下統一の先にあるもの、泰平の世とは何か、何を目指すべきか、俺はどのような世を望むのか、考えた事がございませんでした。」
「そうだったんですか……。」
「そのような俺に、この世界を未来となかなか受け入れがたく……別世界に迷い込んだようにしか思えず……。」

後ろにいたカップルが、少し寒くなってきたね、と言いながら立ち上がる。
幸村が後ろをちらりと振り返ると、手を繋いだ男女の後ろ姿が闇に消えていく。

「とても幸せそうに見えます。しかしこのような状況でも人を殺す者存在する。ここまで発展しても尚、問題は消えぬのものなのですね。俺にはそれに、少しの安心を感じてしまった。そこでやっと、ここは俺たちのいた時代の延長なのだと。そんな気付きで申し訳ない。」
「ううん、大丈夫。」
「政宗殿がおっしゃっていた。天下統一を果たし、ここに近づく……でしたか。ええ、俺も、ここに近づきたいと思いました。この目で見て、そう思えるなどと……。」

幸村は一度、夜景に視線を戻したあと、を見つめる。
優しい笑顔を浮かべて。

「なんと得難いことでしょうか。ここで過ごした日々は俺の財産となりましょう。」
「幸村さん……。」
「俺がここへ来たことを、の事を、誰にも悪く言わせませぬ。俺のこれからの働きで示して見せましょう。」

自分を慰めるためではない、心からそう言ってくれているのだと伝わってきて、はこくこくと頷いた。

「ありがとう、幸村さん……。」
の目が自然と潤む。

「……。」
綺麗な瞳だ、と思った後は、体が自然に動いていた。

幸村を見上げるの唇に、自身のものを寄せていく。

もう少しで唇が触れ合う、というときに、バタバタバタ!と大きな音がして、幸村はハッと正気に戻った。
目の前のの顔は困惑した表情を浮かべながらも耳まで赤くなっていた。

「あ……俺は……なんという……申し訳ありませぬ……。」
「いやっ、あ、私も、すいませ……びっくりして何もできず……。」

幸村も顔を真っ赤にして、ゆっくり離れていく。
は照れ笑いを浮かべた後、一点を見つめるとすぐに幸村に抱きついてきた。

「~~~~~~~~!!!!!??????」
!?」
胸に顔を押し当てて、回す腕には強く力が込められてて幸村は目を丸くした。

⁉お、落ち着いて下され!俺はそんなつもりは……いえ、が望むのでしたら俺は頑張るが……‼」
「蛾!!!!!!!!!!!!!!!!」
「が????」
「おっきい蛾!!!!!!!!!!!!!!!!!」

上を見上げると、確かに大きな蛾が電灯に何度もぶつかっていた。
先程のバタバタという音はあれか、と幸村は思った。

「はあ、蛾。」
「ゆゆゆゆゆ幸村さん平気ですか……⁉」
「平気?あ、ああ、はあれを恐れているのか?」

こくこくこくと高速で頭が振られて、幸村ははは、と笑った。

「あのようなものが怖いとは、可愛らしいですな。では、そろそろ帰りましょうか。」
「蛾、いなくなった?」
「まだおりますので、見たくなければ俺にしがみついてどうぞ。」
またこくこくと頷く。

抱きつくを支えながらゆっくりと立ち上がり、買い物袋を忘れずに持つ。

「うううごめんなさい……。小さい頃、大きい蛾が私の顔面に直撃してきたことがあってそれ以来だめ……。」
「それはびっくりされますな……あ……。」

公園を出ようと振り返ると、まだべたべたとくっつくカップルがいて幸村も動揺する。

「……。」

キスをするカップルを見て、俺は先程にあれをしようとしていたのだな…と考えてしまいまた顔が赤くなる。

「足元、気を付けて。」
「はい……!!」

このまま帰って、政宗に何か感づかれるのはとも思ったが、その時は潔く殴られよう…と考えながら、しがみつくの背に手を回した。







マンションが見えてきて、やっと落ち着いたと手を繋いで歩いていた。
政宗さんを随分一人にしちゃったねえ、と話題は政宗の事に。

「大丈夫だろう。俺よりも政宗殿の方が順応性が高い……。漫画にテレビに……。」
「娯楽の順応性ね。来てしばらくは勉強ばっかりしてたから、遊びも覚えてくれて安心したけど。」

確かに心配はなさそうだ、と思いながら鍵を開けて家に入ると、部屋からバタバタと政宗の足音が聞こえた。

「ただいま政宗さん~。」
「今戻りましたぞ~。」
「遅ェ!!!!!」

遅いと怒っている政宗は、髪と肌がツヤツヤしてすっきりしているようだった。

「何かあったのかと思って心配したじゃねえか!!」
「政宗殿……!心配をおかけしてすまぬ。」
「お風呂入ってたの?」
「ああゆっくり入ってdetoxってやつだな!!!」
「めちゃご機嫌じゃないっすか。」

風呂場を覗くと、入浴剤の入った浴槽に、マッサージジェルやヘアマスクを使った形跡もあれば、脱衣所では化粧水や乳液も試していたようだった。

「いやほんと適応力。」
「政宗殿見て下され。こんなに可愛いプリンがあったのだ。」
「お~可愛い可愛い。明日食うか。今日はもう遅い。」
「うむ!」
「いやプリン見て可愛い言う政宗さんと幸村さんの可愛さなに。」

プリンを冷蔵庫にしまって、ルームウェアに着替える。
「入浴剤使わせてもらったぞ。」
「うん、私も入る!」
「では先にどうぞ!そのあと俺も。」
「いいの?じゃあ……。」
風呂に入る準備をするから隠れて、政宗は幸村の肩に手を回す。
そして耳元に話しかける。

の入った後の風呂に入れんだなあ幸村……。破廉恥破廉恥言うもんかと思ったが。」
「な……‼」
「変な妄想して欲情すんなよ?」
「何をおっしゃいますか……俺はそのようなこといたしません!」
なんとか余裕の笑みを見せる幸村だったが、風呂に行くのに横切るに咄嗟に手を伸ばそうとしてしまう。
「じゃ~お先に幸村さん。」
「あ、まっ……!!」
「?」
「あ、いや、なんでも……ごゆっくり……。」

ばたんと脱衣所のドアが閉まる。
頭を抱える幸村に向かって、政宗は声を押し殺して笑った。