逆トリップ編 第14話



日曜日は残った酒を今度は酔いつぶれないようにゆっくりと嗜みながら、政宗と幸村は装備の手入れをしていた。

「北に着いたら俺に任せろ。」
「頼もしきお言葉。京に行けそうならば向かいましょう。佐助は報告に発っているだろうが風魔殿は残っているかもしれませぬ。」
は脱衣所で着物を着ている。
男装の練習だ。

「どうでしょうか~~。」
はゆっくりと戸を開ける。

政宗の贈った紺色の着物を着て、髪を一つに束ねる。
眉をいつもより凛々しく太めに書き、リップコンシーラーで唇の色を抑えている。

「う~~~~ん。」
「少年に……見えなくもない……でしょうか。俺たちはが女性と知っておりますからなあ。」
「難しいね、男装。」
「あ!?胸どこいった!!??」
「言うなら最初に言って欲しかったですわね。ほんと無いでしょ~~!これ簡単に出来た!!」

コスプレに使われる胸潰しを買って着けてみるとぺったらとして、も脱衣所でおお~~と感動していたのであった。
これに防弾チョッキを着たら少しは体格良く見える気がしないでもない。

「俺がサポートする。は俺の小姓だ。」
「そちらの内情の方がお詳しいですからな。仕方なし。」
「仕方なし……?仕方ないのか……??俺は当然と思っていたが。」
「俺だってをお守りしとうございます。」
「俺の小姓なんだからお前が守っちゃおかしいだろ。」
「だからでございます……。もしもの時は運命共同体として守ります。」

政宗が甲冑の手入れを終える。
注いであった日本酒をあおる。

「小姓って、一人称は何がいいかな。僕でしょうか?」
「俺たちと同じ、俺、にしとけ。個性無く目立たねえほうがいい。」
「俺。」
が俺……違和感ありますな……。」
「私もですわ。がんばります。あとですねえ、鞄どれなら許される?」

は手持ちの鞄を並べる。
「「これ。」」
「即決というかこれしか許されぬですか。」

二人が指差したのはヒップバッグだった。
たしかに持つ必要が無く鞄を気にせず走ったりもできる。

「分かりましたよ。これに詰めよ。」
包帯や三角巾やガーゼ、消毒液、ミネラルウォーターなど、使えそうなものは詰め込んでいく。

「おっと意外と入る。やったね!……はあ。」
「情緒不安定だな。」
「そうなりますわ~!二人がいてくれて本当に心強いけど巻き込んでごめんなさい!!」
「このぐれえ余裕で乗り越えるってんだ。任せな。」
「その通りだ!大船に乗ったつもりでいてくだされ!」
「頼もしい……。ありがとうございます。あ、そういえば……。」

は通学鞄を取り出して、中身を漁る。

「印刷してきました。」

プリンを食べたときに撮った写真を二人に渡す。

「これが、写真。」
「あの時の空間を切り取っておりますな。」
「幸村と一緒とか家臣には見せられねえな。」
「俺もだ……。しっかりと隠し、宝にいたしますよ、。」
「うん。私も宝物にします。」

少しでも、危険がない場所に行くことが出来ますように、とは願った。








月が満ちる日も、は大学に行った。
政宗と幸村は家で帰りを待っていた。
息を切らして帰ってきて、大急ぎで男装をする。

何かを話す政宗と幸村の目を盗み、水族館で買った、小さい小さい、ペンギンとサメの陶器の置物を鞄のポケットに入れた。
向こうで、無事領地に戻ることが出来たら、良い思い出だったとして持っていてほしいと思う。

「政宗様。幸村様。」
「お、なんだ?」
「あ、ごめん呼ぶ練習です。」
「人気のある所に行きつく保証もないんだろうがそうだな、一応な。」

一度言ってみると違和感なく馴染む。
尊敬の念が常にあるからだろうか。

幸村がベランダに出る。
もう月は出ている。

はベッドに畳んで置いていた政宗と幸村が着た服に触れる。
もうすぐ持ち主不在になってしまうのは寂しさがある。

政宗は二人から離れ、刀を一度抜く。
感覚は失われておらず、すぐ戦場を思い出す。


~。』
「あ、爺さん。」

幸村をスウっと通り過ぎて、氏政が現れる。
の声に反応して、政宗と幸村もリビングに集まる。

『今回はあまり一緒に居られなかったのう……、無事帰って来い……。』
「うん、行ってくるね。」

政宗と幸村には氏政の声は聞こえないが、の言葉で察する。

「ジイサン、のことは俺が守るから安心して成仏しな。」
「某も守るでござる!!氏政殿、心配なさるな!!」
『小童が……何を言うか……。』

爺さんは少し泣きそうな顔になった。
私が向こうに行ってしまったから、爺さんが生きた時代と、私が経験しているものが同じものだとは思えないけど、面識があるのかもしれない。
爺さんにとって二人は敵だが、同じ時代を生きた仲間だから、会えて嬉しいのだろう。

「うん。二人がいてくれるから、今回は大丈夫だよ。」
『うむ……。』

爺さんとねねさんはどうなのだろうと、ふと思った。
ねねさんは爺さんのこと知っていたし、時々会って、話したりしているのだろうか?

そう考えてると、また別の疑問が

……現代に

政宗さんと幸村さんの霊は居たりするのだろうか……?

「……。」

二人の顔をちらりと見る。
戦国時代を全力で生き抜いて、成仏してそうだとしか思えない。

「それにしてもいつ迎えが来るかわからねぇってのは落ち着かねえな……。」
「政宗様、準備は万全のようですね。」
「今ぐれえは普通に声かけろと思わなくもねえな。まあ準備は出来てるぜ。」
「あ、英和辞典……。」
「すでに。」
政宗が懐から英和辞典を出した。

「政宗殿、何かから頂いたのか?」
「羨ましいか?」
「そ、それはもちろん……。」
「幸村様も何かあるものでよければ持っていていいよ……いいですよ!」

の言葉を聞いて、きょろきょろと部屋を見渡す。
選んでいるのではなく探しているようだった。
そして手に取ったのは、いつぞやのスポーツ観戦で買ったオペラグラスだった。

「これを!」
「なんだそれ?」
「遠くが見えまする!」
「へえ~俺にも見せてくれ。」

幸村には優秀な佐助がいるが、戦で戦況をするときなど重宝するのかもしれない。
はこくりと頷いて、持って行っていいですよ、と告げた。

「政宗様は本だけでいいんです?」
「iPad」
「だめ。」
「なら……。」

政宗が棚に向かう。
香水の瓶を一つ取る。

「これだろ。俺が気に入った香り。」
「あ、そうだけど……。」
「もら……っちまったらが付けられねえか。」

持とうとするが、迷って手が彷徨う。

「同じの買うから持ってっていいよ。」

そう言ってふと考える。
そんなに好いてくれたのかということや、私が居ない時でも私の事を思い出してくれそうなものを欲してくれてるのか。

「(い、いやいや、考えすぎ……。単に良い香りだったから欲しいだけかも……。)」


その会話を終えると、三人は静かになる。
まだ迎えは来ないのだろうか、と考えていることは一緒だった。

その沈黙に政宗が耐えられなくなると同時に、ひとつの案を思いついて、にやりと笑う。

「せっかくの空き時間だ。ちいと暇つぶししねえか?」
「暇つぶし?」
「爺さん、行きたいところがある。俺たちはアンタみたいに透明にはなれねえのか?」
「え?行きたいとこって……?そんな無理だよここで大人しく……。」
『出来るぞ。』
「出来るんかーーーい!!!」
出来るのか……と政宗と幸村も思った。

『わしも伊達に長年霊をやっていないぞ。』
「自慢になってないよ!?」
『どちらかと言えばそなたらはわしら寄りの存在じゃ。わしがの力を調整する。』
「!!」
「お。」
「おお。」

氏政がに触れて目を閉じると、政宗と幸村の身体が徐々に透ける。

「消えないよね⁉」
『任せい。』
「危険な感じはしねえ。」
「むしろ暖かい。祝福されているような感じも受ける。」

政宗と幸村の身体がある程度透けたところで、も、この状態は普通の人には見えない、と直感する。

「え、それで、どこへ……?」
「歩いて行けるよな?」
「ええ、道は覚えております。」
「え?幸村さん、政宗さんがどこ行きたいか分かったの?」
「一つしかありませんよ。」
「?」










はベッドに寝そべって考え事をしていた。

「今日、地元に帰るのか……。伊達と真田。」
見送りに行きたいと大学で告げると、もう発ってしまったとは言った。
昨日、道場で会って別れの挨拶をして去っていったのが最後だった。

「まあまた、来るよな……。会えるよな。、寂しくなんだろうな……。」

明日会ったら慰めてやろう。
俺が泊まりに行ってやろうか?とふざけた口調で言ってみよう。

「……。」
久しぶりに、男同士でのバカ騒ぎが出来て、自分の事を知ろうとしてくれた人に会った気がする。
俺が外見をそうしたせいもあるけれど、大学での友人はすぐに女の話をしたがった。
男同士での集まりに彼女を連れてきたりと、自慢げな顔が不愉快だった。
彼女というのはそういうものじゃないだろうと思って仕方なくて、二人がに向ける想いは綺麗すぎて、羨ましくて、理想だった。


~♪

携帯が鳴る。

自分が一番反応してしまう、専用の着信音。

「も、もしもし!?」

スマートフォンに飛びつく。

「どうした?!こんな夜中に……!おいおい、寂しくなったか?家行ってやろうか~?」

―おい、いつまでそんな軽い男でいるつもりだ?

聞こえてきた声は

「……え、伊達?どうした……帰ったんじゃ……?」

―外、見れるか?

言われるまま、カーテンを開ける。

「……!?」

外灯に照らされた、三人の姿。
おかしな格好で。

「なん、だ、その格好……?甲冑……?まで着物……?なんで……?」
会話は携帯で続けた。

「この俺と手合わせした事、誇りに思いな。」

が、なにそれ初耳だ!と言う声がした。

「独眼竜、伊達政宗……知ってるか?」
「……伊達政宗……?って、戦国時代の……?」
「ご存知とは光栄だ。俺のことだ。」

何を言っているんだろう。この男は。
子孫というならまだ判る。
なのに、本人だと言っている……?

「こいつは真田幸村。知ってるか?」
「ちょっと待ってくれ……お前、何を……?」
「本気になるなら今のうちだぜ?不戦敗はもう懲りてるだろう?」

が首をかしげた。

幸村とは何となく察しがついた。

今までの出来事を考えると

伊達が言ってる事が本当だとすると

でも、頭の半分が否定する。
そんなわけない。
そんなの、ふざけた話だ。

「っ……と、お迎えのようだ。じゃあな。」
「おいっ……!?」

幸村も笑顔を向けて、小さく手を振った。
すぐに三人の姿が消える。
は何か言いたそうに口を開いたが、声を出す前に消えてしまった。

「おい……。」

との不思議な会話を思い出す。

異世界に行ってしまうストーリー、最後、異世界で生きるのと、現実世界に戻ってくるのどっちが好きかって?

「……過去か、今か、選ぼうとしてるのか?」

そんなのおかしい

「おかしいじゃねえか……俺たちは、今生きてるんだろうが!?ゲームじゃねえんだぞ……。」

カーテンを握り締める。

「昔より、今のがいいに決まって……!!」

自分の言葉に矛盾を感じて、その先を言えなくなる。

さっきまで俺は、

伊達と真田を羨ましく思っていなかったか。

今の友人と比べて理想だと思っていなかったか。


「……っ!」

混乱して、目が潤んでくる。
涙を流すなんて何年ぶりだろう

落ち着け

落ち着こう

「……俺が、の残る理由になればいい。」

そうだ

不戦敗なんて馬鹿げてる

気付けてよかった

「別れの挨拶無しに、去るような奴じゃない。」

今気付けて良かった

「……待ってる。」