ゆらゆら船旅四国編 第1話



どさっと音を立てて三人が倒れ込んだ。
政宗と幸村はすぐさま起き上がって周囲を見渡し、警戒する。

「……。」
「ここは……?」

たどり着いたのは、木造の小さな部屋。
どこからか、ゴウンゴウンと機械音が響く。

「どこだ、ここは……。」

も二人に遅れながら起き上がって周囲を見渡す。
床が揺れている。

「……船の上だ……。」
の言葉に二人が驚く。
「船……!?」
「海の上か……!?逃げ場がねえ……ただの漁師なら良いんだが……。」
「待って……。」
足音を立てないように忍び足で壁に近づき、隙間から外を見る。

「……人、いっぱい居る……救いなのは日本人だって事かな……。すぐ近くには……いないみたい。」
海外に飛ばされたとあっては大変な事になる。
の言葉を聞いて、政宗と幸村も壁に近づき、外の様子を覗き見る。

「……普通に漁をしてるようだが。」
「さてどうするかね……。」

一通り見回した後、政宗は幸村とへ視線を向ける。
「信玄公のことは、考えてたろ?」
「もちろんでござる!!」
「うん!!」
「マグロが食いたいとか考えてなかったろ?」
「……考えてるとしたら、政宗殿しか……。」
「政宗さん、まさか……。」
「冗談だ。こっちの意見は関係ないって事か……。」

政宗が腕を組んで、難しい顔をする。
幸村も今の状況を切り抜ける策を必死に考える。

「出航日が判らぬというのが問題だ。先ほど出たばかり、というなら理由をつけて間違えて乗ってしまった、と言えるかも知れぬが……。」
幸村が小屋の中を物色する。
掃除道具のようなものばかりで手掛かりになるようなものは見当たらない。

「貿易船だったら他の国へ密入国しようとしてるとか思われない⁉甲板広いし……大きな船なんだと思うんだけど……。」

政宗がもう一度外を見る。
「もっと厄介かもなぁ?」
何かを確信したような声に、幸村とが政宗を見る。

「……毛利ではなかろう?外は平穏だ。」
「厄介かもしれねえし、Luckyかもしれねえ。」
「何か分かったなら教えて……!!」
「……ここは、長曾我部の船だ。」

幸村もも目を丸くした。

「暖かいと思ったら、四国……。」
「て、敵国!?政宗さん、幸村さん、長曾我部のお偉いさんと対立してたりしてる!?」
、その質問は無意味だ。対立してようがしていまいが、ここに勝手に居る時点で敵と判断されるだろ。」
「それはそうだけど……。」
「……俺は長曾我部と面識はある。」
「「!!」」

幸村は驚いただけだったが、は期待を露にした。

「……安心してんじゃねえ、。竜のお宝貰いに来たぜとか何とか言って、暴れまわって……。」
「なにか取られたのか?」
「いや、小十郎と戦ってたら……気が変わったとか言い出して、ウチで酒飲んで帰った。」
「「……。」」

破天荒だ……

「俺となかなか気が合う野郎だが……かといって歓迎してくれるかどうかはわからねえな……っ!!」

がちゃ、とドアが開いた。

「ほら!!人が居る!!」
「……嘘だろ!?まさか侵入者がいるとは……!!」

刀を構えた兵二人に見つかってしまった。

「わっ……!!」
「下がれ、!!」

政宗が少々強引にを引き寄せ、背後に隠す。

「どうする!?」
幸村が躊躇いながら槍を構え、政宗に向かって叫んだ。
「どうするってなあ……。」

言い終わるかどうかのタイミングで政宗が一気に間合いを詰める。

「ひ……!」
「わりぃな!!」

刀の柄で、男の腹を殴る。
倒れる男を避け、もう一人には蹴りを入れる。

「いってェ……!!」
よろける男の胸倉を掴み上げ、壁に押し付けた。
即座に抜刀して、刃を男の首元に。

「元親のとこに案内しな。抵抗したら喉を裂く。」
「ひぃ……!!」
低い声で、男に命令する。

「政宗殿!!そこは危険だ!」
「ああそうだな!!」

扉は開け放たれている。
外は異常事態をすでに察知し、慌てる男たちの声がする。
政宗は男を引っ張り、背後に回り、男を盾にした。
首元に刃を当てたままで。

「仲間の命は大切にしな!!」

そう言いながら一歩一歩、慎重に政宗が歩く。
幸村もゆっくり扉へ向けて歩き出す。
は幸村についていくが、足が震えていた。

「……、大丈夫、必ず守る。」
「幸村さん……。」
「だから、すまぬ、男になりきってくれ。あと俺たちのことは、幸村様、政宗様、だ。」
「はい、かしこまりました。幸村様」

は深呼吸し、声を低くして、そう答えた。

外は日差しが強く、とても明るい。
状況に余裕は無いのに、海が綺麗だと感じてしまった。

「……騒いだほうが元親殿は現れるかもしれぬ。」

政宗も同じ事を考えていたようで、通る声で叫んだ。
「聞け!!俺たちは敵じゃねえ!!長曾我部元親に会いに来た!!」
「その状態で敵じゃねえってか!?ふざけんな!!」
「それに、会いに来ただ!?周囲にゃ小船一隻見あたらねえ!!何時から居たって言うんだ!?」
「アニキには会わせねえ!!」

政宗が眉根を寄せた。
「ち……まあいい……騒げ騒げ。」

幸村とは扉付近にいて、甲板に立つ政宗との距離をまだ縮められていない。
だから、政宗の周囲がよく見えた。
武装した者、漁師の格好をした者が混在し、小屋ごと囲むよう大きく半円状に距離をとっている。

「っ……俺のことはいい!!こいつをアニキに近づけさせるな!!撃て!!」
「!!」

政宗に捕らえられていた男が叫んだ。
かすかに、ジジ……と音がした。

「政宗様!!」
いち早くがすでに着火している銃を見つけ、政宗に駆け寄った。

っ……!」
「うぐ……!!」

ドンと言う音とともに、腹部に激痛が走る。
政宗を庇って弾丸を受けることが出来た。
周囲がざわつく。

「おい!!何もあんなガキ……!」
「仕方ねえだろ!!あいつが飛び込んで……‼」

は一度前のめりになったあと、勢いよく顔を上げた。
「いったい!!!!!!」
「へ……?」
「あ、あいつ何か腹に仕込んで……?」
「こんな距離からの弾丸を!?何を仕込んでるってんだ!?」

視線がに集まる。
おい、大丈夫なのかよ……と政宗が小声でに声をかけた。

大丈夫、と返そうとしたところで、今度はに銃が向けられているのを視界に捉える。

「……っ!」
ドン

今度は避けようと体を捻じると、側腹部を掠める。
そのまま弾丸は後方にあった樽にぶつかる。

「いっった……‼ちょっと‼」
「……化け物」
「化け物おおおおお!!!!アニキ!!アニキ!!化け物!!アニキー!!」

いい加減にしろとがキレそうになった時、男たちが叫んで散っていく。

「ええ⁉すごい防御力だ!じゃなくて化け物って言われるんです⁉」
、……good job」
政宗がクク、と笑いながら、を褒めた。

「大丈夫か!?!!」

幸村が騒ぎに乗じて駆け寄ってきた。

「ええ、俺は平気ですが……。」
政宗が捕えていた男を解放する。

「よくやった。こんだけ騒げば、さすがに起きる。」
「……おき……?」

まさか、長曾我部さんは

「なんだなんだあ?化け物?そりゃあ鬼より強いのか?ったく、うるせえなあ……。」

大股で歩いて、
背伸びをしながら大きく欠伸をして、
銀色の髪をかきあげて

「客か?」

腰に手を当てて、顔に笑みを浮かべて

「……やっとおでましか。元親。」
「アアン?これはこれは、独眼竜じゃねえか。遠路はるばるご苦労さん。歓迎するぜ」

は全身の力が抜けた。
あんなに緊張していたのに、こんなに簡単に、"歓迎するぜ"だ。

「この男が、長曾我部元親……。」

今まで寝ていた、お気楽男というのがの第一印象。









ゆさゆさゆさと揺さぶられて、成実は目を覚ました。

「ん~……勘弁してよ……昨日飲みすぎて……。」
「~!!~!!」
「ん……?」

目を開けると、必死な顔をした小太郎が自分を起こしていた。

「おかえり!!殿とちゃんは?京に行ったんだろ?忍に聞いたよ!!お土産は?」
「~~~~~~!!」
「……緊急事態、なんだろうけど……う~ん……判らないなあ……。ごめん……喋ってくれないかなあ……。」
「~~~~~~~~~~~!!」
「う~ん……怪我したとか……?」
「成実様。」
「あ、片倉殿。」
必死になってる小太郎の姿を見た小十郎は、眉を顰めた。

「……政宗様と真田幸村が!?」
「ん?」
「判った、早急に対応する……小太郎は武田の忍と連絡をとれ。」
こくこく

「……。」
「成実様、成実様も早く着替えて……。」
「ごめん、その前に通訳してくれ。」









長曾我部元親に案内され、船内の一室に通される。

「さあて、なにがどうなってんのか説明しろよ?独眼竜に真田幸村がお揃いなんてなあ。」

正直、現在自分たちがどういう状況にある場所にいるのか把握できず、どう誤魔化すのが正解なのかわからない。

「……その前に、言っておく。判ってると思うが、俺たちは攻めてきたわけじゃねえ。」
「おう、たった三人でここにくるたあ、よほどの事があったんだろう?悪いな、長期間四国から離れてたんでなあ……情勢については、おおまかにしかわからねえんだよ。北の方まで把握してねえ。」
「!!」

長旅をしている最中に、ここへ来てしまったのか。
なら疑われてもしょうがない。
食料が知らずに減ってるなんてことも無く、今まで気配も無く、突然現れたのだから。

「カラクリの輸入か?相変わらずだな……。」
「作るのは戻ってからよ!ちいと大事な部品を調達しにな……。」
「お前自らいくなんて、よっぽどだな。」
「まあな。……で?そんな話で誤魔化す気なのか?笑えるぜ?独眼竜。」
元親がにやにやと笑う。

「……俺と幸村は戦ってたんだ。」
「ああ。」
幸村は黙って政宗の言葉を聞く。

「その時に第三勢力に邪魔された。」
「どこだってんだ?」
「……徳川だ。本多忠勝が現れて、俺と幸村と、たまたま近くにいたこいつが巻き添え食らって、攫われた。そんでここに落とされたんだ。」

本多忠勝何者なんだよ!!!!????と突っ込みたくて仕方のなかったは、必死に口を閉じて動きそうになる手を必死に止める。
その姿がその時の恐怖を思い出して苦しむ様に元親に映り、政宗の話に説得力をもたせていたことは元親しか知らない。

「んだと……!?本多忠勝がここに来たって言うのか!?」
「全く気付かなかったのか……。意図は不明だ。俺だって何がなんだか……家康に何かあったのかもしれねえな。」
「家康に……?」

元親が考え込む。
政宗の言うとおり、今回の航海は"よっぽど"だ。
だから常に警戒は緩めなかった。
なのにこの三人は、実際にここに居る。

「信じられねえならそれでもいい。元親、この船はいつ頃四国に着くんだ?」
「あと五日ほど。」
「……そうか。頼む、着いたら本土へ送ってくれ。その後は自分たちで何とかする。礼は必ずする。」
「礼だ?俺の欲しいものをくれるってか?いらねえな……海賊は欲しいもんは奪ってこそだ。」
「……。」
本心なのか、試しているのか、おそらく半々だ。

「……元親殿、某からも頼む。」

幸村が頭を下げる。
それに合わせても頭を下げた。

この状況に、は泣きたくなった。
自分のせいでこんな事になって、自分は二人を助けてあげられないなんて。

「……そこの小僧。」
「!!」
元親がを呼ぶ。
おずおずと頭を上げると、やはり顔に笑みを浮かべる元親がいた。

「さっき、化け物とか言われてたな……何をした?」
「お、俺、は……。」

政宗は険しい顔をした。
が目をつけられるのは、避けたかった。

「銃弾食らっても、痛い、それだけだってな?」
「防具を、つけていました。そのおかげです。」
「防具?見せろ。出せ。」
「……。」
は着物を上だけ脱いだ。

「……それが?」
変に気にせず脱いで、衣類が乱れているのは失礼だ、と考えているようなしぐさで着物を整えた後、元親に差し出した。

「見たことねえ。奥州のものか?」
元親が興味深そうに、防弾ベストを眺める。

「いいえ。政宗様が南蛮から取り寄せて下さいました。」
「……ローマで開発された試作品だ。一般には出回ってねえ。」
「ふうん。で、こんないいもんを小姓に着せてんのか?」
「試作品と言ったろう?んなもん武将に着せられっかよ。そいつは率先して、己の体で試すと言い出した。」
「独眼竜ほどの男がこの良し悪しを確かめなきゃ判らない、ってか?」
「念のためだ。お前らのおかげで確かめられたな。」
「ふうん……。」

室内の異常な緊張感と軽い船酔いで、は気持ち悪くなってきた。

「……防具つけてるからって弾道に飛び込むたあ、大した奴だな。よっぽど可愛がられてんだなあ?」

元親が、クク、と笑う。

「元親ァ……。」
政宗にはその意味が判る。
こいつは俺たちの望みを叶える代わりにを渡せと言い出す。

「お前、名前は?」
「……っ……。」
「おい?」

幸村が顔色悪く前屈みになったを支える。

「元親殿、しばし風に当たらせても構わないか?」
「酔ったか?いいだろう。逃げ場はねえしな……。」

幸村が一度政宗に視線を向け、を抱え上げ、外に出た。

「細ェ奴。ちゃんと食わせてんのか?」
「少食なんだ。」

が男に見えていることには少し安心した。
「……(男だらけの船内ってえのはあぶねえっての……)。」







「う、うえ……ごめんなさ……う……。」
「大丈夫だ。全て出してしまったほうがいい。」
幸村は桶に顔を突っ込んでいるの背をずっと撫で続けた。

「……あの空気は、きつかろう……。政宗殿にここは任せ、俺たちはここに居よう……。」
「う、うんっ……。」
「……泣かなくても、大丈夫。海賊ではあるが、人望があると聞く。悪い男ではないはずだ。」

の目からぽろぽろと涙が流れていた。

「四国……これから、どうするのですか……?船で本土に行けても、帰るには、どれほどの期間を要するかっ……!!」
「大丈夫。連絡手段はあるのだ。、そなただって、風魔殿が今頃必死になって探している……大丈夫、なんとかなる。」
「小太郎ちゃん……うん、探してくれる……前なんて、ね、寝る間を惜しんで、ろくに食べずに……探してくれて……う、うう……ごめんなさい……う、えっ……。」

の口からはもう胃液しか出なかった。

「風魔殿ももう判っているだろう?のこの心配性を……大丈夫でござる。無茶などせぬ。は風魔殿に笑顔を見せてあげればよい。」
「でも……でも……それに……慶次だって……私……。」

幸村がを背後から優しく抱きしめた。

「船に、慣れるのが先でござる。はは、某も、少し気持ち悪い。」
「……幸村様、も……?……そっか……頑張ろう、ね。」
幸村の優しさに、がやっと心を落ち着ける。

ちなみに背後にギャラリーが沢山いたが、本人たちは気付かなかった。


「……(男同士……)。」
「(男同士だ……)」
「……(いいなあ、俺もアニキとあんなふうに……)。」

甲板も異様な雰囲気に包まれていた。










「だからよお!!大人しく俺たちを本土に送りゃぁいいんだよ!!」
「んだとお!?そうですか、はいはいって俺が聞くと思ってんのかぁ!?アア!?」

幸村とが不在となった室内では、政宗は短気発動し、元親の胸倉を掴んでいた。
元親は元親で政宗を睨んでいる。

「大体、瀬戸内では元就と南蛮野郎がやりあってんだろうが!!」
「志摩のほうに出しゃぁいいだろうが!!」
「それがものを頼む態度か!?」

元親が政宗の手を払う。

「判ってんだろう?お前は。」
「てめ……。」
「俺に渡して満足させられるような宝は持ってねえんだろ?さっきの防具もいいが……あれだけじゃ割りにあわねえ。あの小姓を置いていくってなら、考えてやってもいい。ひ弱そうだが人手は有った方がいいなあ?」
「だから、奥州に着いたら礼をすると……」
「同盟もねえ相手国に踏み込んで礼とはなんだ?砲弾の嵐か?この状況で信用してねえんだよ。今すぐだ。今すぐ差し出せ。」

政宗が歯を食いしばる。
この男を知り尽くしているとは言えないが、長曾我部元親という男は人を物のように扱う人間ではないというのは知っている。
試されているというのは理解していた。
だが返す言葉も策も、悔しいほど浮かばなかった。

「おいおい、悩むのか?お前ほどの奴なら代わりなんていくらでもいるだろうが……どんだけイイんだよ、あれは?」
「……悩んでねえよ。」
「ん?」
「俺はあいつを手放さねえ。他の提案をさせてもらう。」

穏便に事を進めるような言葉を発しながら、今まで見たことないような、鋭い眼光だった。
元親は笑った。

「はははは!!おもしれえ!!面白いもん拾ったぜ!!」

政宗の顔を覗き込むようにしで、政宗の目をまっすぐ見つめた。

「嘘で守れる命もあるだろうに、それが独眼竜の生き方か?」
「……。」
「お前は今、あの小姓が自分の弱点だと言っちまってる。素直なのも考え物だ。嫌いじゃねえがな。この船の上でお前がおかしな行動取ったら、俺は真っ先にあの小姓の首をはねてやるよ……。」
「shut up!!……俺は、そんな守り方しねえ……。」
「クク……そうだな、俺もだ。」

また、睨みあう。

「……お前の言う事はどこまでが本当なのか正直悩む、が、小姓を見下した発言をしたことは詫びるぜ。」
「ふん……なら言ってんじゃねえ。」

船が揺れた。
部屋の窓から、爽やかな潮風が入ってきた。
二人の髪を揺らす。

「……こっちが出す条件、全部飲むってえなら、送ってやってもいい。」

政宗が頷いた。