伊達軍居候編 06話
「わっ、わぁ!なんですかあれ!」
「だから俺のそばから離れんなっつってんだろが!」
城下は思ったよりも栄えていて、は興味津々に目に付いたあらゆる物に駆け寄っていった。
昨夜、きちんとした歩き方をしようと思った事などすでに忘れている。
「ああああちょっと!!!首掴まないでください!!」
「ならちょろちょろすんな!首輪つけんぞ!?」
そんなやりとりをすると政宗を、小十郎は穏やかに見つめていた。
「、。」
小十郎が呼ぶとくるりと振り向いて首を傾げる。
あれ、あれ、と一軒の店を指さしている。
そこは客で賑わっていて、みんなが手にしているものに目を輝かせる。
「団子!?」
「あんみつなんかもあるぞ?」
「政宗さんー!」
「朝飯食って大して時間経ってねぇじゃねぇか……仕方ねえな……。」
わーいと喜び、店に駆け寄ろうとすると政宗が手を伸ばす。
「だから!!」
「ぎゃー!髪掴むなハゲる!」
店の暖簾をくぐると、座る席が見あたらないほどの繁盛ぶり。
外にも席はあったがそこはすでに埋まっている。
店の主人は殿!と驚いて挙動不審になったが、政宗が何か一言言うと奥へ引っ込んでいった。
権力を使ったのだろうか…。
そのあたりは政宗に任せて周りを見回していると、奥の方からでかい声が聞こえてくる。
「うまいでござるよ佐助えぇぇ!!今日はどうした!?こんなにっ……こんなに団子……がふっ……!」
その声に政宗と小十郎の動きがぴたっと止まった。
「あ~、もう、詰め込みすぎでしょ。取ったりしないからゆっくり食べなさい?」
次に聞こえた声はつい昨日聞いたばかりのものだった。
「……佐助さんの声?」
「……出るぞ。」
「え?」
「もう少し見て回ったらここに来よう。」
政宗と小十郎は静かに出口に向かうが
「おーい!遅いじゃん!旦那達!こっちこっち!」
佐助が手を挙げて叫んでくる。
「待ち合わせしてねぇ!」
政宗は勢いよく振り返り、不快感たっぷりに怒鳴った。
ため息をつきながら、政宗は佐助たちに近づいていった。
よく状況が判らないままだが、それについて行くしかない。
そして、佐助の隣に政宗が座った。
「、政宗様の隣へ。」
「はい。」
小十郎に促されたので、そのまま座る。
先程大声を出して団子を頬張っていた男は、目を丸くして席に着く三人を見つめていた。
斜向かいの位置で、初対面の彼の様子を観察しやすいので見つめてみるが、政宗に視線を向けたまま硬直している。
「政宗殿……?」
「真田幸村。お前そこの猿に連れてこられたのか?」
「う……うむ。団子を好きなだけ食べて良いと……。」
もだが、彼のほうが今の状況に混乱している様子だ。
真田幸村という武将の名前は知っているが、政宗とはどういう関係なのかは知らない。
「道中ずっと目隠しをされていたが……。」
「怪しめよ!!」
ドン!とテーブルを政宗が叩き、茶が湯呑みから少しこぼれた。
「佐助ぇ!こっ……ここは政宗殿のっ……!」
「あ~、ちょっと、飲み込んでからしゃべってよ~。」
様子を見ていても、幸村から感じるのは、可愛い男の子といった雰囲気だけだ。
戦場に立ったら目立つであろう真っ赤な鎧がとても似合っている。
じっと観察しているとは幸村とばちっと目があった。
第一印象は大事かと思いにっこり笑ってみたのだが、
「ぶはぁ!」
「汚ねぇ!」
団子を喉に流すために含んだ茶を吹き出して更なる惨事になった。
「まっ……まままま政宗殿!?その女性は……!?」
「あぁ?こいつは……」
紹介しようとの肩に政宗がぽんと手を乗せると
「は、は、は、破廉恥でござるぅぅぅぅ!!!!!」
「うるせえぇぇぇ!」
突然の叫び声に、幸村以外の全員が耳をふさいだ。
呆れかえった政宗は自分で名乗れと紹介を放棄して頬杖をついた。
姿勢を直して、幸村に体と顔を向ける。
「真田、幸村さん……?」
「はっ……そっ、某は真田源次郎幸村と申す!」
「初めまして、政宗さんにお世話になってます、と言います。」
「おおおおお世話になっている……?」
幸村はと政宗の顔を交互に見て、顔を赤くした。
何想像してんだ。
あんたが破廉恥だ。
「お待たせしました~。」
その微妙な空気をお店の女の子が可愛らしい猫撫で声で割り込み、団子を持ってきてくれた。
小十郎がそれを受け取り、政宗との前に置く。
コトッと置かれた皿を凝視してしまう。
団子の表面には香ばしく焦げ目が付き、キラキラしたタレがよく絡んでいる。
とても美味しそうなみたらし団子だ。
しかも高そうな皿に盛られている。
「……えぇ!?そんなのあったの?」
「ha!俺ら限定だよ!」
「おいしそうでござる……。」
「……幸村さんの皿、あたしたちの倍以上あるんですけどまだ食べたいんですか?」
しかもほぼ無くなってるんですけど。
「……団子は別腹で……あぁ!」
政宗がパクリとひとつ。
続いて小十郎もひとつ。
その姿を幸村はじいいいいいと凝視している。
申し訳ないかなとも思うが、これは自分の分のお団子だし、と思い直し、もひとつ口に運ぶ。
「……わあああ!おいしいいいい!!」
「……うぅ……!」
幸村は前かがみになり、とても食べたそうにしている。
「俺は餡の方が好きだがな」
「なっ……ならば下され!片倉殿!」
「文句言うんじゃねぇよ、小十郎。今日はに合わせろ。」
……幸村さんを無視してぱくぱくぱくぱくと……
佐助さんは必死に笑いをこらえてるし。
幸村さん、涙目だし……
……え!?涙目!?あんたそんなに団子好き!?
そして、全く相手にしてくれない二人は諦め、幸村さんのターゲットは私になったようだ。
すんごい物欲しそうな目で見てる。
「幸村さん……。」
「なっ、なんでござるか!?」
「己の望みを叶えたいと思ったとき、人は試練を乗り越えてそれを達成すべきではないですか?」
「……え、う、うむ、某もそう……思う。」
「じゃ、はい。」
幸村の前に串に刺した団子を差し出す。
「え……。」
「口開けてくださいな。あーんて。」
幸村の顔がみるみる真っ赤になっていく。
「あー!いいなぁ、旦那!ちゃん、俺にも!」
「黙れよ、猿。」
俺すらしてもらったことねぇよ!と政宗が文句を言った。
「は……れんち……。」
「じゃあいらない?幸村さん?」
「食べたい……。」
「じゃあどうする?」
「う……。」
葛藤する幸村さん可愛い……。
私、Sっ気があったのかな……。
と、思いつつこれ以上は可哀そうになってきたので、普通にお裾分けしようと団子を皿に戻そうとしたところで、
「っ……頂くでござる!」
意を決したように眉尻を釣り上げたと思ったら身を乗り出し、ぱくりと一口で食べてしまった。
あ、と4人が声を上げる。
自身も、まさか本当にいくとは思っていなかった。
「おいしいでござるよ殿おぉぉ!!」
「あははは!政宗さんに感謝をお願いしますね!特注らしいから!」
「弾力からして先程のとは違う!ありがたいでござるよ政宗ど……」
殺気を感じて幸村が止まる。
気づいてないは、のんびりと団子を食べ続けた。
「政宗殿……。」
「破廉恥野郎。」
「なっ……!心外でござる!撤回して下され!」
「いや、今のは旦那が悪い。」
「佐助まで……っ!ぐわあああ!」
隣から小十郎がお手拭きで幸村の口を思いっきり拭いたというか擦った。
「な……何してるんですか?」
遅れて周りの異常に気づいたは、小十郎に問いかけた。
「いや、粉がついていたもので。」
「へぇ、小十郎さん優しいんだね!」
「優しくないでござるっ!あいた!何でござるか!?」
初対面で間接kissたぁ良い度胸だ、とテーブルの下で政宗が幸村の足を思いっきり蹴った。
「あ、そういえば、はいこれ。」
今思い出した、といった雰囲気で佐助が懐から文を取り出す。
「これがmainだろうが。ついでみたいに出すんじゃねぇよ。」
「昨日のお返事?」
「そうだよ~。」
「む?な、何事なのだ?佐助?」
「旦那には決まってから言おうと思ってね。」
いや、言ってやれよ……と思ったのはだけではないはずだ。
「……ok、この条件で良い。」
「はい、決定~。あのね、旦那、伊達のこの二人が北条側に話があってね、でもなかなか北条の爺さんが首を縦に振らないからうちが仲介役をする事になったわけ。 で、日時は明後日、俺ら同行で北条の屋敷にて。」
「お、おぉ。」
「明後日か……。」
思ったよりも早いことに、寂しさを感じてしまった。
もしかしたら明後日でお別れになってしまうかもしれない。
「……猿、このlast一文は断る。」
「え~?何で~?」
「政宗様、何が書いてあるんですか?」
まさか無理難題な事が書かれているのでは、と小十郎が心配そうに聞いた。
「……明日、幸村と佐助の案内で甲斐に来い。一泊した後、共に北条へ向かおうぞ……って事は今夜はうちに泊まるっつーことか!?」
「だめだめ、そこ重要なんだから。 ね、ちゃん? 俺居た方が心強いよね?なんなら布団の中も一緒に居たげる……」
「破廉恥ぃぃ!!」
「あー……。」
幸村が佐助に向かって皿を投げつけ、佐助の服に思い切り餡が付いてしまった。
「騒いでしまい申し訳ない‼」
「気にしないで幸村さん!」
所変わって呉服屋。
佐助は場所を借りて、部下が持ってきた服に着替えている。
「はーい!お待たせー!」
「おわ!黒!」
「似合うー?」
「似合う似合う。落ち着いてる感じする!」
店の奥から出てきた佐助は、全身真っ黒な着物を着ていた。
これはこれで目立つと思うが、大人な顔つきをした佐助にはとても似合って風景に溶け込む。
「殿、あまり褒めない方が……。調子に乗ってしまう。」
「幸村も言うようになったじゃねぇか。俺も同意。」
「実は私も同意かもしれない。」
「えー、何ソレー。」
結局、幸村と佐助を一晩泊めることになった。
ついでに城下案内にまで付いてくる。
「ちゃん、欲しいのあったら遠慮なく俺に言ってね?昨日のお詫び。」
「いいってば、そんな……。」
「さっ、佐助!殿に失礼な行いを!?某もお詫び申し上げる!……して、殿は政宗殿とどのような関係で?」
幸村が恐る恐る質問する。
正直何が正解で何がはずれか分からないが、先程の反応を考えれば男女の関係でなければ問題ないだろうと思う。
「私は女中「嫁だ「義理の妹です」
順番に、政宗、小十郎が発言した。
「小十郎……。」
「何ですか?政宗様?」
にこにこと笑ってはいるが、政宗様ふざけたこと言うのもいい加減にしてくださいというオーラが出ている。
これが黒い笑いか!
初めて見た!!
しばらくは周囲を見ながら街をのんびりと歩いていたが、一軒の店舗から政宗を呼ぶ老人の声が皆の足を止めた。
「これはこれは、殿……。」
「おぉ……。ちと行ってくる。小十郎、こいつら見てろ。」
「はっ。……って、こら!お前ら!」
小十郎が振り向くと、の手を引っ張り佐助がスキップをして行ってしまった。
幸村も楽しそうに後ろをくっついていく。
「着物に比べてさぁ、履き物が地味だと思ってね。」
「ちょっと!お世話になってる女中さんのコーディネートに文句言わない!」
「殿、こーでねーととは?」
「えっと、着物や履物の組み合わせを考えることかな。」
「ほぉ!なるほど!南蛮語でございますな?さすがでございます!」
政宗のおかげである程度のカタカナ語をうっかり話してしまっても大丈夫なようだ。
しかし控えよう……と幸村の尊敬の眼差しを浴びながら考える。
「いらっしゃいませ!」
佐助に引かれるまま店に入ると、若い女性の声が元気に迎えてくれた。
「試着していいかな?」
「はい、どうぞ!」
佐助が確認を取った声が聞こえるとすぐ、幸村は女性物の赤い下駄を1足持ってきた。
「殿!これは如何でございますか?」
「あぁあ本当だ~!ちょっと高さがあるけど…可愛い!」
「いや待って待って!ちゃんにはこっちのが似合う!」
「欲しいのあったら言えっていったじゃん!」
あれにしようこれにしようと幾度か言い合いをしたが、結局、佐助好みのを買い、その場で履き替えることになった。
知り合ったばかりで申し訳ない気もしたが、プレゼントしてもらって、は素直に嬉しかった。
「ありがとう、佐助さん。」
「そんな高いもんでもないしさ。」
「大切にするよ。」
「やぁ、そんなこと言われると照れちゃうね。」
今まで履いていた物は綺麗に拭いてもらい、布にくるんで小さい巾着に入れた。
店を出ると小十郎が店の壁に寄りかかって待っていた。
買ってもらった下駄を、どうでしょう?と見せると、良かったな、と微笑んでくれた。
「お待たせしてすいません、小十郎さん。」
「いや、政宗様がまだ話終わらなくてな……。」
「ならもう少し自由に歩き回ってよろしいでしょうか!?」
幸村の問いかけに、小十郎が一瞬悩む。
しかし問題ないだろうと、こくりと頷いた。
「殿!あちらにうまそうな饅頭が!」
「まだ食べるの!?」
今度は幸村がの着物の袖を引っ張る。
「仕方ないなぁ……。」
「あまり遠くへ行くな!」
「はい!」
「俺様が居るから平気だよ。」
お前が一番不安だ、そう思って小十郎がため息をついた。
「待たせて悪い……。って小十郎、あいつらは?」
「……饅頭を食べに行きました」
「really?また食うのかよ!?」
仕方ねぇなあ、と政宗が頭をガシガシとかいて、3人の後を追う。
その一歩後ろを小十郎が歩いた。
そこで、気になっていたことを尋ねる。
「政宗様、北条氏政はを未来へ帰す能力があるのですか?」
「知らねぇ。だが爺さんがこっちにあいつ寄越したってなら、爺さんに頼ってみるっきゃねぇだろ。」
「そうですね……。」
ゆっくり歩きながら空を仰ぐ。
今日は快晴だ。
「これも何かの縁……か?」
「政宗様?」
後ろからでは、政宗の表情は見えない。
「短い間だったが……まあ、楽しかった。城が騒がしくなってよ。本当はもっと未来のことを聞きたかったが。」
それを聞いて、小十郎がぷっと笑った。
「俺に言ってどうするので?」
「うるせぇな!こんなありきたりな事言わねぇよ!」
「遠回しだと伝わらないかもしれませんよ?」
「わかってる!」
こんな政宗を見るのはかなり新鮮だ。
「うまー!」
「うむ、やはりうまい!」
幸村は饅頭をひとつ、と佐助は腹がふくれていたので一個を半分こした。
そして話は好きな食べ物の話に。
「某は甘いものが好きでござる!」
うん、知ってる。
「私は……何だろ……。」
あんまり意識したことが無い。
高級品は別として、現代は食べたくなったら何でも食べれる。
といっても高級なものを食べたいと思う人間でもない。
「竜の旦那んとこの食事は凝ってるでしょう?たまには質素なもん食いたくなるよねぇ。」
「え、あれ普通じゃなかったんだ?」
大名すらあまり分からないのに、食文化の知識が入っているわけがない。
驚いてそう聞き返したら、二人とも目を丸くして驚いている。
……口を滑らせたようだ……。
「……ちゃん、どこのお姫様?」
「違う、一般人、一般人。」
「殿、何者でござるか!?」
「だから、女中「よ「義理の妹です」
また同じやりとり。
後ろからでかい手がの頭をがしりと掴んだ。
といっても政宗さん、『よ』しか言えなかったね。ドンマイ。
そう言いつつ笑ってんじゃねえ!!
「政宗さん、小十郎さん、もう終わったんですか?」
「あぁ、珍しいもの取り寄せたってんで見せてもらった。」
「政宗殿!殿は本当に女中なのか!?」
「……何で俺でも小十郎でもなく、こいつの言うこと信じてんだよ。 、どうするんだよ、猿が殺気立ってんぞ。…俺に向けて。」
「ううん?じゃあお城戻ったら小十郎さんにしたのと同じ事しようか。」
「いいのかよ?」
「だって、隠し事してるのバレバレだし…これから協力してもらう人達なんだし…。私は構わないよ。」
「仕方がねえか…。信じなかったら、俺らの頭がおかしいってことでいい。」
「その時は私の頭がおかしいでいいって……。」
その会話を聞いていた幸村は、政宗殿は意地の悪いことを言うことはあるが、嘘は付かぬと知っている!!と叫んだ。
そう思ってくれているというのは、政宗も小十郎にとっても良いことなのだろうが、言う内容が内容なだけに、素直に笑えない。
城へ行ってから、ということで勘弁してもらい、しばらく城下を探検して城に戻った。
城へ戻ると、門の前で成実が軽装で待っていた。
こちらに気がつくと、笑顔を見せてくれたが、すぐに目を丸くしたきょとんとした顔になる。
「お帰り~。あれ、お客様?俺、聞いてませんよ。」
「俺も今日知った。」
そんな言葉を聞いても成実はにこやかにしている。
良い体格をしてるが優しい微笑みをする彼を見ていると、戦するところなど想像出来ないなと思ってしまった。
「うむ!お世話になります!」
「はい、いらっしゃい。部屋用意しなきゃね。」
「かたじけない!」
礼儀正しく挨拶をする幸村に成実は友好的だった。
普段政宗がお世話になっているからというのもあるが、今のには分からない。
「俺は天井裏でいいから~。」
「佐助さんは天井裏で寝てるの!?」
「ん?いや、いつもじゃないけどね?」
まあ、いろいろとね、とにっこり笑う。
詮索されたくないような雰囲気を察したため、はそれ以上は聞かなかった。
「ha……どこの天井裏で寝る気だ?」
「え?そんなこと聞くの?じゃあちゃんの部屋の上って言っとこうかな?」
「go to hell……」
政宗が六爪を構えようとしたため、急いで幸村が政宗と佐助の間に入った。
「おおお!?申し訳ない政宗殿!佐助のことは拙者が責任をもって…」
「真田幸村ぁ!てめぇマジでこいつから目ぇ離すんじゃねぇよ!」
「りょ……了解した!佐助ぇ!!なぜそのようなことを申すか!!」
「いやはや、雰囲気でね……。」
「どういう雰囲気だ!!」
は苦笑いしてこの光景を見てることしかできなかった。
布団と寝巻きを用意する程度だったが、幸村と佐助に泊まってもらう部屋の準備をした。
その間は広間で政宗と小十郎と会議をしているようだったので、外で待ってて終わったら案内しようと思ったのに、 部屋から聞こえてくるのは政宗のずんだ餅談議と幸村の美味い美味いという声だったので遠慮なく笑顔で広間の戸を開ける。
こっちは結構どきどきしているのに、呑気なものだなあと思いながら。
夕食を食べた後で二人を部屋に招き入れ、小十郎にしたように、自分の荷物を見せて未来から来ましたと告げた。
「へぇ、すげぇ。」
「おかしな音が鳴りますな!」
幸村さんはスマートフォンを気に入ったようで、ずっと弄っている。
データはバックアップしてるから、まぁ何しても大丈夫だろう。
「未来なんてびっくりするけど、ちゃんの言うことなら信じるよ、俺。しかも北条のじいさんがやらかしたとか?嘘なら面白すぎでしょ。独眼竜が北条と接触するための嘘。もっとうまい嘘つくだろね。」
「某ももちろんでござる!こんな珍妙なものが今の世にあることの方が信じがたい!」
「理解ある人たちで助かるよ。」
軽蔑の眼差しを向けられることもなかった。
政宗も、政宗の周囲の人間も良い人ばかりでこの縁に感謝する。
「俺聞いてないよ、そんな話。」
背後から聞こえた不機嫌そうな声には、びく!と背筋を伸ばしてしまった。
「成実さん……。」
振り向けば後頭部で手を組んで佇む成実の姿があった。
唇をやや尖らせて、いじけている様な表情で。
しかしオロオロしながら成実に何と言うべきか思案していると、にこっといつもの笑顔を向けられた。
「安心して。ちゃんを咎める気はないよ。ちょっと仲間はずれみたいで悲しかっただけ。」
「あっ、ありがとうございます、成実さん……。すみません……!」
「最初に言ってくれれば良かったのに。」
「だって……あの……こんなとんでもない話……。」
「だからこそだよ!なんなの未来って!真田幸村!俺にも見せろよ!」
「あ、嫌でござる!今は某が……!」
成実が幸村に襲いかかった。
スマホで音楽を流していた幸村と、それを覗き込もうとする成実。
の目には、犬がじゃれあっているようにしか見えず、微笑ましい。
笑いながら見ていると、今度は廊下から優しく凛とした声が聞こえてくる。
「様。」
篠が名を呼びながら部屋を覗く。
「は、はい?さ、様なんてつけなくていいですって」
「いえ、あの、湯浴みの準備が出来たので、如何ですか?」
「……いいんですか?」
「じゃあ俺と入る~?」
「佐助ぇぇ!何て事を!!殿!某が佐助を逃さぬ!今のうちに‼」
「あ、俺も押さえとくからね!ちゃん、入ってらっしゃい!」
「冗談なんですけど!?」
「ありがとね……。」
私の裸など見ても面白くないぞと言おうとしたが、自分が悲しくなるだけなのでやめた。
賑やかな空気が楽しくて、お願いしますよ!?と叫んで、篠が案内してくれた浴場へと向かうことにした。
温泉に入るようになってからお肌の調子が良い気がする。
独特の香りも好きで、生活の楽しみになっているのは確かだ。
嬉しそうに顔を緩ませながら、風呂場へ小走りで向かった。
「あれ?先客だ。」
脱衣場には一人分の衣類がすでに置いてある。
自分のものはまさに今胸に抱えているので、誰かが居るのだろう。
女中の人ならば、お世話になっている身、仲良くするしかない。
そう思い、礼儀と思い長い布を体に巻いた。
「いきなり裸の付き合いなんて緊張……いっ、いやいや、行くぞ!」
ガラッ
「……It slows in coming!いつまで待たせんだよ!!」
ぴしゃっ
……なんて口の悪い女中さんだろう。仲良くなれるかしら?
いや、無理だよね。うん、なんかすごい筋肉ついてたしさ、短気そうだったし、目つき悪かったし。
ちょっとヘマしたら平手打ちくらっちゃうって、うん、やっぱ自分の身が大切だよね今入るのはやめておこう……。
ガラ
「何してんだよ、早く入れよ。寒いだろ?」
「何普通に話しかけてきてるんです!!!!!!」
引き戸の反応で察して下さいよ!!と叫ぶも政宗は気にした様子がない。
「まっ、政宗さん!?破廉恥でござるよ!?」
政宗の事を直視できず、下を向いたまま後ずさった。
「haー?ちゃんと腰巻きしてんだろー?いいじゃねぇかたまには。幸村の真似してんなよ。」
あぁ、頭がくらくらしますよ、政宗さん……。
政宗さんにとっては私と風呂なんて犬猫と入るのと一緒なのかも知れませんがね?
私は心臓止まりそうです。
「……意識してんじゃねぇよ、何想像してんだ?」
「この過酷な試練にどう立ち向かおうか考えております……。」
近づいて屈んで、に挑発的な視線を向けるが、は下を向いて目を閉じて眉間にしわを寄せている。
政宗はその動揺している様子に、これではいつもの調子は望めないとため息をつく。緊張を解すのが先だ。
「どういう意味だそりゃ!さっさと入れ!襲いやしねえよ!」
腕が伸ばされ、政宗の手がの腕を掴む。
そこでやっと顔を上げ、政宗の姿を見た。
思ったよりも細身で筋肉の流れがはっきりわかる。
無駄な肉なんかなくて、女なら誰だって見惚れてしまうだろう。
逞しいと言うよりも、綺麗だなと思った。
桶が置かれた場所に近づくとしゃがんでなにかをし始める。
背中から腰にかけての線が滑らかで美しい。
…………私が襲うかもしれませんよ……。
「上等だ。」
「なっななな何が!?」
私の心の読まれちゃ一番いけない部分を読まれましたか!?
「ah?お前も見ろよ、これ。上等なもんだぜ?すげえ良い香りする。」
そう言って政宗が取り出したのは、竜の形が掘られた石鹸だった。
「昼間の、珍しいものって……。」
「あぁ、もっとも一般的な用途はガキが溶かしてシャボン玉作ったりしてるらしいがな。こういう使い方もあると聞いて試したくなった。」
「えっ!もったいないなぁ!子供の玩具にするのが一般的なんですか?」
無いものだと思っていたから、毎日じゃなくても使える日があるというのがとても嬉しい。
顔を近づけると柚の香りがした。
「使いたい!」
「おぉ、いいぞ。」
「政宗さん!お背中流します!!」
「頼む。」
政宗が本当に何でもないことのように振舞うので、もこの状況に慣れてきた。
自分に魅力が無いのでは、という思考は心の奥底に封じる。
使い方は自分の知っている方法で良いだろうと思い、まずは泡立てる。
「はい、政宗さん、いきます。」
「おぉ。」
桶で湯を掬って軽く背中にかけて、布で優しく肌を擦る。
「……。」
そんなに目立った傷が見えるわけではない。
むしろ綺麗な背中だと思う。
けれど、腕や脚に付いた細かい傷跡が、に、この人は武将なんだと再確認させるには十分なものだった。
こちらへ来た時に遭遇した戦のようなことが、この世界では珍しいものではないことを実感させる。
「……ん?どうした?」
「……へ!?ううん、何でもないよ!」
手が止まっていたことに気が付き、慌ててまた洗い出す。
「もっと強めがいい?」
「いや、そのくらいでいい。」
「はい。」
返事は少し、上の空だ。
後ろからじゃ表情は見えないのだけど、政宗さん何か考え事してる……?
「……。」
「……。」
気まずい沈黙でもなかったので、無言で洗い続けた。
一通り洗い終われば、お湯をかけて流す。
自分は政宗に洗ってもらうわけにはいかないから、終わりましたよ、と声をかけようとしたが、政宗が話出す方が早かった。
「はよ。」
「えっ!?はい?」
背を向けたまま政宗がいきなり名前を呼んだ。
「死んだジイサンが、この時代で生きている自分を見せたくてこっちに送ってきたんだったな。」
「……はい。」
今はその話はあまりしたくないと思う。
どうしても、この人たちとお別れしてしまうのが寂しいと感じてしまう。
「とすると、最悪ジイサンと会った瞬間戻っちまう可能性だってあるよな?」
「は、はい。」
最悪、という言葉に反応する。
即帰ってしまうことが最悪。
……え、政宗さん、私との別れを悲しんでくれてるの?
「んで、ジイサンが全く関係ないってpatternもあるんだよな。」
「そうですね……。」
別れは寂しいが、それはそれでどうしたらよいか分からなくなるので、は困った口調で返事をした。
あ~……と唸ったかと思ったら、政宗が項垂れた。
「政宗さん?」
「ひとつ言っとく。」
「うん?」
「俺は北条のジイサンに感謝してんぜ。」
……え?
「まっ、さむね、さん、……それは……」
「だから、……お前に会えてよ」
「はい!!」
「…………こんな平和ボケした生き物が未来にいるなんてことを知れてだな」
こら―――!!
「勉強になった、うん。未来は明るいな。」
テンション落ちるぜオイ!!
「珍しいもん見れたし、ちと癒されたしな。」
「な―!!何でそう言うかな―……あ?」
……癒されたって言った?今?
本当に?
おいおいちょっと
政宗さん、私、政宗さんの言うとおり平和ボケ全開かもしれません。
めちゃくちゃ嬉しいですよ、殿。
「殿―!!!」
「何してんだてめぇ―!!!!!!!」
いいだろもう、ペットなんだろ私は!
タオル一枚で後ろから抱きついてしまった。
「私っ、じゃ……邪魔じゃなかった!?本当に!?」
「ha!邪魔ならとっくに切って捨ててる!おい、離れろ!」
「嬉しいですよ政宗さん!!」
ゆっくり離れると政宗が振り向いての肘を掴み、勘弁してくれと口の端をヒクつかせていた。
とても怖い。ごめんなさい。
だって政宗さんは殿なんだし。
でも私の相手してくれて、嬉しくて楽しかったんだけどどこか不安だったんだよ。
「私、政宗さんがそんな風に思ってくれてたのが、本当にうれし……」
「……あぁ?どういう意味だそれは?もしかして誘ってたのか?」
「ん?」
まさかの問いかけに、は目を丸くして口を結ぶ。
「……そうか、しかたねぇな。折角の縁だ。相手してやるか。」
「いや、そんなことないですって……えぇ!?」
政宗の手がの身体を覆う布に伸びる。
はびっくりしてその手を払い、後ずさりする。
「んだよ、したことねぇのか?」
「しっ……したことって……。」
聞くなよ!
なっ……無いですよ!